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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 北嶺編 7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/12/11 20:22
2000年1月26日 1335 カムチャツカ半島 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー北西・モホヴァヤ


冬のカムチャツカらしく、曇天が続くこの数日。 今居る場所は、ペトロパヴロフスク・カムチャツキーから北西に数kmほどの小さな町・モホヴァヤ。
ああ、違う、『かつては小さな町』だった場所だ。 今は人口で30万人に達する、カムチャツカでも中規模程度の街になっている。
主にペトロパヴロフスク・カムチャツキーの港で働く軍属(労働者だ、ソ連では『労働戦士』とか何とか言うらしい)が住む街。 そして・・・

『おい、周防、こっちだ』

カキエフ中佐の案内が無かったら、こんな入り組んで迷路の様な場所、さっぱり判らずに、迷子になる事は請負な場所だ―――『モホヴァヤ南西区』、通称『ムスリム区』
そう、ここは雪崩を打って崩壊しつつあったソ連邦各地から避難して来た、各共和国の住民が固まって暮らす居住区のひとつ。 主にムスリム(イスラム教徒)が多く住む。
ソ連共産党が長らくタブー視して来た事を、このBETA大戦で敢えて『解禁』したのは幾つかあるが、その中で最も重大な解禁を行ったのが2つある。
そのひとつは『民族』、そしてもうひとつは『宗教』だった。 いずれも共産党のテーゼに従えば、『それに拘泥する事は、共産主義建設の敵である』と、昔は言っていた。
が、BETAはそんな人間の愚かな『建前』を、木っ端微塵に砕いた様だ。 今やソ連政府とソ連軍は、民族、そして宗教に従った編成を取る。

そんな中、かつての『ソ連邦市民』、今の『ソ連邦労働英雄』達の住まいは、民族・宗教ごとに住み分けているのが現実だった。 少なくともカムチャツカと北樺太はそうだ。
そしてこの辺りは、元々の市街地では無い。 避難して来た『国内難民』達が自然発生的に寄り集まり、拡大した住民区のひとつ。
計画性など端から無いままに、無秩序に拡大したものだから、未知は入り組み、インフラ状態は最低だ。 まともに上下水道が来ている場所など、殆ど無い。

『なにせ、元々は原野だ。 そこに掘立小屋から始まって、軍港や基地、飛行場周辺の廃材なんかで補強して、無理やり出来た街だ。
クソ寒いからよ、道幅も広く取らない、密集して少しでも寒風を防ごうってな。 お陰で3年前の大火事の時には、逃げ遅れた2000人が焼け死んだ』

案内役のカキエフ中佐が、こちらを向かずに説明する。 時々、すれ違う住民―――中央アジア系か、コーカサス系―――から『サイード・ベイ』と呼ばれ敬意を受けている。
『ベイ』、って確か、前に誰かに教えて貰った筈。 ギュゼルか? いや違う。 イルハンか? そうだ、彼だ、イルハン・ハミト・マンスズ。 今はトルコ軍に復帰している筈。
こう言っていたな、元々は遊牧民の部族長や軍事集団長の事で、オスマン朝では『パシャ』に次ぐ尊称になって、今では男性への敬称になっている、と。
もっとも、敬意を受ける人物にしか、この敬称はつけないとも。 そう言う意味で、カキエフ中佐はこの辺一帯の住民からは一種の有力者、と捉えられているのか?
雪と泥で凍った道を歩く事、15分ばかり。 迷路のような街区の中心付近(と聞いた)の広場を抜け、また小路を歩く事5分。 ようやく目的地に着いた。

『まあ、入れ。 俺の家だ』

―――中佐殿の家、と言うには・・・

『どうした? あんまりみすぼらしくて、驚いたか? くく・・・この辺じゃ、どこでもこんなもんだ。 そんなトコに突っ立っていても、クソ寒いだけだ、早く入んな』

表向きは小路に面した3階建ての、ろくに窓も無い集合住宅。 入口は1階の扉からだけ―――入ってみて驚いた。
3階まで吹き抜けで、外に面した側も、他も、全て部屋が有って回廊の様になっている。 真ん中に大きな暖炉がドン! と置いてあり、そこから3階天井まで煙突だ。
所々から支管が伸びて、各階の床下に入っている。 どうやら簡易ながら、床下から温める仕組みなのか? 支管はまた戻って、勾配を付けて煙突に繋がっている。
その中の1室、1階の奥の部屋に通された。 2間続きで結構広い。 どうやらこの部屋が、カキエフ中佐の『自宅』なようだ。

『さっき、スリムから連絡が有った。 お前さんの部下達、無事保護したそうだ。 無謀だぜ、あそこに訳も解らない外国人が近づくのはよ?』

『・・・お手数を、お掛けした。 部下達には厳重に、注意と処罰を与えておく』

『ま、程々にしてやんな。 まだ若けえ連中だ、好奇心ってヤツだろう。 あそこの顔役は、俺の馴染みでな。 ヤポンスキーに騒がれても、色々と困る』

『・・・判った。 では、部隊内で罰則でも課す様にする』

まったく、あの馬鹿共め。 しかも、北里まで居ながら・・・! 暫くBETAの動きが判明するまで待機状態だが、その間、血反吐吐くまで扱いてやる・・・!
ヤマダエフ少佐だったから良かったものの、もしあの界隈の住民だとしたら・・・軍人がマフィアを兼業している様な場所だ、身ぐるみ剥がれて、位は幸運な方だったぞ?

『何か飲むか? 何にする? 酒か? ツァイ(お茶)か?』

『・・・勤務中に付き、お茶で』

『クソ真面目だな、ヤポンスキーってヤツは。 クソ拙い合成紅茶しか無い、それもロシア人が飲む薄くて不味いヤツだが、我慢しろ』

―――我慢も糞も、俺は余り紅茶を飲む習慣は無い。 どちらかと言うと珈琲派だ(我が家では、奥さんが紅茶派だ。 現在、主導権争い中・・・大苦戦だが)
なので、美味い不味いは、関係無い―――って、待て。 紅茶に牛乳(合成モノだが)はいい、しかし岩塩にバター(これも合成モノ)ってのは、一体・・・!

『―――ツァイだ、美味いぞ』

これって、これも確かに聞いた事は有る。 昔、欧州に居た頃にギュゼルが散々こぼしていた、飲みたいって。 イルハンも同じ事を言っていたな。
薄い赤茶色、と言えばいいのか? この色は? なんだがドロッとした感じだが・・・ええい、飲んでやるよ!

『・・・! 美味い・・・』

冗談じゃ無く、無意識にそう、声に出ていた。 いや、塩味とクリーミーな感じが、不思議に合わさった・・・そんな美味さと言うか・・・
そんな俺の表情を見ていたカキエフ中佐は、少しばかり満足したような表情で、自分のツァイを飲み始めた。 客をもてなす主人の満足、そんな感じの笑みと言うか。
にしてもこの建物、一体どれ程の人が住んでいるんだ? 1辺に2間で、ぐるりと1周して1フロアで8部屋。 玄関のある1辺は倉庫や台所的に使っている様だ。
3階建てで22部屋。 1部屋は日本式に言えば8畳間程の広さか、1家族2部屋・・・は、ちょっと狭いか? 1家族4部屋で、5家族とプラス、カキエフ中佐か?

『・・・ん? どうした?』

『ああ、いや・・・ 中佐、この住居、他の住民はどれくらい居るんです?』

何となく、基地での獣じみた雰囲気が和らいでいるためか、不意に相手が2階級上の佐官である事を意識して、口調が上級者に対する口調に戻っていた。
その中佐と言えば、俺の顔を不思議そうに見て、手にしたツァイの茶碗を持ったままだ。  ややあって、いきなり笑い始めた。

『お、お前・・・他の住民って・・・ここにゃ、俺の家族しか、住んじゃいねえよ!』

大笑いするカキエフ中佐。 何だって? 家族だけ? それで、この数の部屋を!?

『俺の爺様に婆様、お袋に妹とその息子と娘。 弟の嫁たちが3人に、その子供達だな。 全部で18人ってトコだ。
弟は3人いたが、2人は戦死した。 残っているのは下の弟だ、上と中の弟2人は、アッラーの御許に参じたよ。 親爺殿と叔父御殿達も、もう死んだ、戦死した』

聞けば両隣の建物は、死んだ2人の叔父達の家族―――息子や娘、その伴侶に子供達。 言ってみればこの辺がカキエフ一族の『住まい』なのだとか。
BETAに喰い殺されるか、BETAとの戦争で死ぬか、一族でも結構な数の者が死んだそうだ。 そして故郷を遠く離れたこのカムチャツカで、一族が寄り添って生きていると言う。
カキエフ中佐はチェチェン人だが、彼らだけでは無い。 他にもウイグル人、カザフ人、トルクメニスタン人にアゼルバイジャン人、その他色々・・・
ソ連邦を構成した『共和国』ごとに、それぞれの民族がいた。 彼らの殆どは故郷をBETAに侵され、追いやられて、膨大な死者を出しながら、こうして極東の片隅に辿り着いた。
そしてかつては帝政ロシア、その後にはソ連共産党によって迫害された『民族』と『宗教』を、一部なりともこの地で取り戻した。
ここに来る前に、モスクも有ったし、正教会の教会も見た。 間に合わせのバラック同然の建物だったが、その中の人々の表情は、真摯で真剣だった。

『このモホヴァヤだけじゃない、南東のドリノフカ、北東のドルゴニ、北西のニコラエフカ、ソフノスカにバラトゥンカ、テルマリニ・・・どこも元は原野だった。
カフカス、カザフ・ステップ、ドン・ステップに中央シベリア・・・ 故郷を追われた連中に宛がわれた土地は、そんな場所だった。
大勢死んださ、真冬には気温が氷点下40℃まで下がる。 凍死に餓死だ、満足な配給も無かった。 俺の2人の従姉妹は10歳と7歳で、ガリガリになって、飢えて、凍死した』

多分、カキエフ中佐の一族だけの話じゃ無い。 どの民族も、シベリアを経由してこの地に逃れるまでの間、無数の犠牲者を出してきた。
BETAに喰い殺されるのと同じ位、いやそれ以上の数が、餓死と凍死で死んで行った筈だ。 国連での統計でもそう出ているし、帝国もその情報は掴んでいる。

ソ連共産党の物資供給先順位は、6順位に分かれる。 まず始めに『共産党員』とその家族。 特に党幹部は未だ、『ノーメンクラツーラ(赤い特権階級)』だと聞く。
これに民族の区別は無い、如何に『共産党中央』と言う至高の権力に近しいか、ただそれだけだ。 最も多いのはロシア人だが、他にも様々な民族の『権力者』が居るそうだ。
ついで『ソ連軍人』、この場合は『正規軍』であるソ連邦軍人と、その家族だ。 この中でも、ロシア系と非ロシア系の区別が有ると聞く。
そして各国家機関に属する者達。 中でも軍と双璧を張るのが『KGB』とその従属組織。 国境警備軍もその一つだ。 軍、KGB、共に内部で最も優遇されるのは、ロシア系。
言わばここまでが、ソ連邦国家の権力と、その端っこにギリギリぶら下がる『階級』と言える。 当然ながら民族差別は存在する、特に軍とKGBは。(党中央は逆にそれが薄れる)

3番目は『ロシア人軍属』 直接、軍に属する正規軍人では無く、軍関係の各組織(生産工場もそうだ)に属するロシア人達と、その家族。 言わば昔の『ロシア人市民』達だ。
4番目が『東スラブ系軍属』 ウクライナ人やベラルーシ人と言った、民族的にも言語的にも、ロシア人とは近縁民族の者達。 そして長く『ロシアの支配』を受けて来た者達。
5番目はポーランド系、ヴォルガ・ドイツ系、バルト系と言った、その他の白人民族。 一応、イディッシュ(東欧ユダヤ系)も、このカテゴリーに入るらしい。
最後の6番目が、その他の非白人系民族。 カフカスやドン・ステップ、カザフ・ステップ、シベリアの奥深く、そんな所で先祖代々過ごしてきた者達。

順位が下がれば下がる程、配給物資は少なく、その遅延も酷くなると言う。 それに避難先で住居が宛がわれたのは、3番目の『ロシア人軍属』までだとも聞く。
4番目以降は粗末なバラックか、カキエフ中佐の一族の様に、全く何も無い原野に放り出されて終わり、と言う状況だったと言う。
そんな状況では、誰しも『兎に角、最低限の物資配給が保障される』ソ連邦軍人になろうとするのは、当然の流れだ。 
ソ連の国策もあるが、特に『被支配者層』の親達は、子供をこぞって軍に入れようとするのだと言う。

『まあ、不味い合成モノでもだ。 軍だと、とにかく飢え死にする事は、まだ無いからな。 それにボロ屋の補強資材も、裏で融通を付けやすくなる』

この家に来る前、街角で幼い子供達を見た。 どう見ても7、8歳位かと思ったら、10歳だと言っていた。 食糧事情の悪化で、幼年時から発育不良が顕著になっているそうだ。
カキエフ中佐の甥や姪達は、何とか普通に育っていると言う。 中佐や、下の弟さんがソ連邦軍人である事と、闇物資の融通が付けやすい事、このお陰だと。

『だもんでよ、何とかここを生き抜いて、今年の夏には北サハリン(北樺太)に転属しなきゃな。 今は弟が行っている、前は俺が行っていた。
弟は今度、夏前にこっちに転属だ、順番でな。 なので、俺が向うに行く必要が有るんだ。 何でか判るか? 周防』

その時、そう言ったカキエフ中佐の左腕の腕時計が目に入った―――見覚えが有る、俺の親父がしているのと同じだ。 あれは結構、高級な時計のはずだ・・・

『・・・北樺太での、密貿易。 ソ連側のマフィアと、帝国側の軍官民がグルになった密輸入は、俺も北樺太で実態を知っている』

帝国の場合、北樺太を崩壊させない為に目を瞑っている『必要悪』だが、そこに官民どころか、軍の国境警備部隊までが1枚噛んでいる。
そして噂では、そこで得られた資金はあちこちの、帝国の公然・非公然の組織にプールされているとも。 有名なのは軍の特務機関や、情報省のダミー会社用の資金だと聞く。

『マフィア、ねえ・・・? 実態は、俺達の互助組織みたいなモンさ。 当然、共産党は気付いちゃいるが、実態は掴んで無い。
それに連中にとっちゃ、自給自足してくれりゃ、物資配給の枠を増やさずに済む。 双方、目出度し、目出度し、ってモンさ。
ん? 俺のこの時計か? 前の北サハリン勤務の時だ、ヤポンスキーの中佐からせしめた。 代わりに奴には、ポロナイスク(敷香市)のロシア人街で、女を宛がってやったさ』

―――敷香市内には、不法に越境して住みついてしまったソ連からの『国際難民』達が暮らす街区、つまりロシア人スラムが有る。
そこでは様々な非合法な事が為されている、樺太県警察はそう発表している。 何せ、日ソの国境警備部隊がグルなのだ、行き来は連中の思うがまま。
中には親兄弟を失った子供が、国境を越えて売られて来る事も有る、そう言うレポートを読んだ。 北樺太に居た時にだ。
帝国の法に従えば(ソ連邦の国内法でもそうだが)、立派な国際犯罪行為である、だが北樺太の密貿易は、極東で逼迫する貧困に喘ぐソ連の『国内難民』にとっては、最後の命綱だ。

『工兵隊なんてよ、普段は森林伐採業や、鉱山の採掘業者だぜ。 歩兵部隊も砲兵部隊も、戦車隊もな、何らかの副業を持ってやがる。
海軍なんてよ、普段はベーリング海で魚を取っているぜ。 大型の冷凍庫設備なんか持った給糧艦なんかよ、まるで大型漁船さ。
俺らか? 戦術機甲部隊は、ボディガード兼、仲介業者だな。 一番美味しい所だ―――何故って? そりゃお前、誰だって戦場で戦術機部隊に、そっぽ向かれたく無いぜ?』

チェチェン、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア、アヴァール、チェルケス、オセット、クムイク、ノガイ・・・コーカサスだけでも、多数の民族がいた。
カザフ、ウイグル、キルギス、タジク、トルクメン、ウズベクと言った、テュルク系の草原や高原に住まう民族も、多く居た。
彼等は今、僅かに残った生き残りたちがこのカムチャツカや北東シベリアに押し込まれ、ベーリング海峡を渡る事を許されず・・・

(―――それでも何とか絶望の淵、ギリギリで踏み止まって生きている)


暫く雑談が続き、その内にカキエフ中佐の『家族』達が顔を見せに来た。 中佐の祖父は、実際の年齢以上に年老いた感の有る老人だった。
息子達や孫達を死なせ、なかんずく3人の娘(中佐の叔母達だ)とその家族は全て、BETAに喰い殺された。 一族の長として、それを助ける事が出来なかった苦渋と悲哀。
そんな感情を押し殺して外面の内に押し込んだ、寡黙な老人。 殆ど喋らなかった。 中佐の祖母は、随分と前から痴呆だと言う。 
中佐の母は義母(中佐の祖母)の世話に付きっきりだ。 それに普段は軍の生産工場に『配属』されていて、そちらも忙しい。
中佐の妹に、それに3人の弟の嫁たち。 妹は中佐より10歳年下と言うし、弟の嫁たちもその位の年と言う、俺と同年代だ。 こちらも工場労働者。

ソ連では、全国民が軍属登録をされる。 そして一定年齢以上になると、全員が軍や公的機関・組織に『配属』されると聞いた。
一応の『定年』は有ると言う。 軍だと15歳前後から軍歴を始めて、40年の勤務が『定年』、それ以降は『予備役将兵』として、管区予備防衛大隊に更に15年、登録される。
他の公的機関・組織も同様だ。 つまり『リタイア』する年齢は70歳を越してから。 最もそれまで生き残れる者は、殆ど居ないのが現実だ。
抜け道は有る。 例えばアラスカに住む共産党員は、例え軍に入っても前線には出てこない。 シベリア配属になっても、ほぼ全員が後方支援部隊だそうだ。7
一般のロシア系は、『賄賂』を要所に配る事が出来る者だけ、アラスカに居続ける事が出来る。 或いはアラスカに戻る事が出来る。 それ以外は戦場だ。

『つまりな、ここに居るのは袖の下も用意出来ない、阿呆なロシア人と、ロシア人以外の連中だって事だ。 最低な場所だが、ロシア人の目が緩い事は、良い事だ』

この地に住む少数民族(敢えてそう言う)にとって、生活の糧は滞りがちな配給と、自前で用意した様々な闇物資。 余りやり過ぎると、KGBの国境軍も時々手入れを行う。
だから彼ら少数民族の『互助組織』も、その筋にはたっぷりと鼻薬を嗅がせる。 ブツは主に日本との密貿易で得た嗜好品、或いは円やドルと言った外貨を直接渡す事も。

『煙草や酒、そんな嗜好品なんか、もうソ連じゃ作ってない。 日用品だって貴重だ。 国境軍や憲兵、軍の上の連中には、日頃そんなモノを握らせておくのさ。
大体が、ロシア人の高級将校なんざ、誰もがアラスカに戻りたがっている。 そんな連中には、円かドルだ。 連中はそれを、アラスカで自分の人事を握る偉いさんに送るのさ。
ソ連社会は、帝政ロシアの頃から賄賂の社会だ。 その金を集める為に、下層の連中を搾取する。 下層の連中は苦しいから密貿易で何とか食い繋ぐ。 変わらねえよ』

再び2人だけになった時、中佐がそう明かした。 口減らしの為、まだ幼い子供を(公的『洗脳教育機関』に入る前の年の幼子を)日本経由で売買する事も有ると言う。
売られた子供達は・・・考えたくも無い。 帝国内でも問題になったし、東南アジアやオセアニアへも『転売』されるとも聞いた。 右近充の叔父貴からだ。
それに、日本からは北海道産のアヘンがソ連に流れる。 モルヒネの原材料だが、精製しなければ麻薬だ。 こんな事、BETAとの戦争前には全て無かった事だ。
アラスカ経由は流石に無理だそうだ。 共産党のお膝元だし、米国の国境警備隊の目も光っている。 樺太は日本帝国の目も、かなり緩んでいるからな・・・


2時間ほどお邪魔して、お暇する事になった。 帰り道、また中佐に案内して貰って(迷路の構造が判らない)戻る最中、バラック小屋に身を寄せ合って寒さを凌ぐ人々を見た。
様々な民族。 共通しているのは、目に宿った絶望。 碌に食べていないのか、やせ細り、中には骨と皮だけの様になり、逆に腹部だけが異常に張った、飢餓者特有の状態の者達。
虚ろな目で、物乞う手が震えている母親。 その腕の中で、身動きも出来ない程消耗した赤子。 家族4人が1枚の毛布にくるまり、じっと動かずに寒さに震えている。
路地の奥に、半ば白骨化した子供の遺体。 衣服は全て剥ぎ取られていた。 死を待つばかりに思える、横たわって全く動かない少女、やせ細っている。

カキエフ中佐は、そんな光景を路傍の石の如く無視していた。 その表情は無表情に近かったが、ほんの時折、苛立ったような表情を見せた。 俺はそれを、見逃さなかった。
密貿易で必需物資を手に入れると言っても、精々が一族や遠縁、所縁のある者達で精一杯だろう。 中佐はそうして、一族を守って来たのか。
だが、この街に住む、いや、この街だけでなく、他の街にも多く住む『同胞』達全ての面倒など、到底無理だ。 守る者達と、守れない者達の区別。
元々、先祖代々、暮らすにも厳しい土地柄の出身だ、その辺りは割り切っているのだろうが・・・流石に平静にはなれないらしいな、この状況は。

やがて大通りに出た、ここからなら車輌が使える。 中佐が待たせておいた車輌が走り寄って来た、運転は中佐の部下だ。
乗り込んで、この街を走り去る。 ペトロパヴロフスク・カムチャツキーへ。 道行く途中の原野にも、粗末な集落が多数見えた―――『ソ連国内難民』の集落だった。





『・・・にしても、あのスーカめ。 何故、あの場所に居た・・・?』










2000年1月27日 2030 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー Г(ゲー)-05基地


目前に、若い少尉達が6人、直立不動で立っている。 顔色は、程度はそれぞれだが、まあ一様に青い顔色だった。
俺の目前に、第1中隊長の真咲大尉が陣取り、先程から怒声を張り上げている。 そのやや後ろに、大隊指揮小隊長・兼・大隊副官の遠野中尉。
こちらは普段の温和な表情はどこへやら、険しい表情で少尉連中を睨みつけている―――俺から見れば、少し背伸びしている様が伺えて、可愛いものだったが・・・

「貴様ら! もしもの事があったら、どうする気だった!? 帝国軍はそんな馬鹿者どもの為に、ビタ一文払わんし、救助なども行わん!
この極寒のカムチャツカで、恥さらしな丸裸で凍死でもしたかったか!? 名誉の戦死でも無く、訓練中の事故死でも無く、不名誉な死に様で恥を晒したかったか!?」

「「「「「はい!―――いいえ! 違います、中隊長!」」」」」

「ほう?―――私はてっきり、貴様らがクソBETAとの戦いに怖気づいて、気でも触れた揚げ句に、馬鹿な死に方を望んだと思ったぞ!? 
貴様らは戦友を、先任を、上官を見捨て、己の身が可愛さに、戦場に出たくない一心で! とっとと辛いこの世に見切りを付け! 安楽な逃避に走った! そうだろうが!?」

「「「「「はい!―――いいえ! 違います、中隊長!」」」」」

「違わない! 嘘をつくな、この卑劣漢共! 貴様らはBETAを駆逐し、皇帝陛下と帝国を守護し国民に平安をもたらし、人類の勝利を目指す日本帝国軍の本務を蔑にした!
あまつさえ、同胞・友軍が戦場でBETAと対峙している今! その辛苦を脇目に、独り己が勝手で安楽な逃避を行ったのだ! この恥知らずの、卑怯者共め!」

「「「「「はい!―――いいえ! 違います、中隊長!」」」」」

「違わん! どこまで性根の腐りきった、恥知らずな卑劣漢どもだ、貴様らは! 同じ空気を吸うのも我慢出来ん! 今すぐ、その息を止めろ! 汚らわしい!
貴様らと同じ空気を吸う事は、私はこれ以上、1秒たりとも我慢がならんのだ! 貴様らが吸って良い空気は、ここには無い! 吸って良いのはBETAと戦う衛士だけだ!
貴様らはもうこれ以上、BETAとの戦いの場には出んでもいい! 貴様らの役立たずの父親、淫売の母親に感謝しろ! 
そんなクソ役立たずな、クソまみれな馬鹿者に産んでくれた、クソッたれな親共にな! 親が親なら、子も子だな!?」

「「「「「はい!―――いいえ! ち、ちがいます・・・! 中隊長!!」」」」」

真咲の罵声のオンステージ―――流石は大陸派遣軍の生き残り、罵声のボキャブラリーは、まだまだ健在か。
派遣軍に比べて『上品』な本土防衛軍や、訓練校の訓練教官の罵声位しか経験のない若い連中には、ちょっと堪えるか?―――まあいい、これも経験だ。
第1中隊の5人の少尉、美竹少尉、楠城少尉、半村少尉、槇島少尉、高嶋少尉は、もうかれこれ20分近く、真咲の罵声に耐えている。
全員が中隊長の罵声を、顔がくっつく程近くで浴びせられ、その都度、全否定され、懸命の弁明も許されず・・・脂汗をびっしり掻いていた。

「・・・ふん、まあ良い。 本来なら営倉にブチ込んで、貴様ら生まれてきた事を後悔させてやる所だ! 
が! 『BETAの動向不明なりし今、一兵でも多く潰す数を要する』との大隊長のお言葉が有った!
喜べ、貴様ら! 次にBETAの来襲が有った時には、貴様ら5人、真っ先にクソBETA共のド真ん中に放り込んでやる!
そこで1秒でも長くBETAと潰し合え! 1秒でも友軍が有利な状況を作れ! 1秒でも長くクソBETAを潰してから死ね! 
それまでは各自、自室から出る事、まかりならん! クソをするにも、私の許可が必要と言う事を忘れるな!? 判ったか、このクソ馬鹿共!」

「「「「「はい! 中隊長!」」」」」


ようやく、真咲の罵声ステージが終わった。 お次は―――遠野か。

「―――北里少尉」

「は、はい!」

「貴様の犯した事は、帝国軍軍律違反、帝国軍野戦行動違反、帝国軍宣誓違反。 これがどの様な重大事か、理解しているか?」

「―――はい!」

「ならば、何ゆえにその行動を取ったか。 ここで説明せよ」

「はい!―――そ、それは・・・」

「どうした? 貴様は、自分が自身の行動に対し、説明が出来ない程の低脳だと、そう自分で言っているのか?」

「い、いいえ・・・!」

「ならば、明確に、筋道を立てて、論理的に答えよ―――貴様の行動の、その根拠は?」

「あ・・・の・・・」

「何度同じ事を言わせる? 貴様はオウムか何かか? 私が質問している相手は、鳥か?―――成程、貴様は鶏頭なのだな? 3歩歩けば、忘却の彼方なのだな?」

「い、いいえ・・・!」

「ほう? 私の耳には先程から『いいえ』か、『はい』か、どちらにせよ、ここでは意味を為さない音しか聞こえない―――繰り返す、貴様が取った行動の根拠は?」

ううむ―――真咲の罵声とはまた別で、こっちもなかなか・・・うん、良い感じじゃないか? 普段は元気者の北里が、びっしり脂汗をかき始めている。
傍で見ている5人の馬鹿共―――真咲の罵声の洗礼を受けた連中も、ビクビクしながら直立不動だ。 こうやって、理路整然と責め立てられるのも、かなり厳しいからな。

「―――貴様、もう一度小学校からやり直すか? 貴様の国語力は小学生以下だ、全く聞くに堪えない。 そして判断力と理解力はそれ以下だと、私は確信した。
よって、貴様は衛士たる資格なし、そう判断する。 小学生以下の者に、戦術機に搭乗させる訳にはいかん。 アレに一体、どれ程の国民の血税が注がれていると思っている?」

「は、は・・・!」

「まったく失望した。 貴様にはとことん失望した。 小隊長として、己が見る目の無さに絶望しそうなほどだ―――北里少尉!」

「―――はっ! 小隊長!」

「貴様に言い渡す。 本土帰還まで、出撃時以外は自室にて禁足! 理由は・・・先程、真咲大尉殿が仰った事と同じだ。
真っ先に名誉の戦死を遂げる事が出来るのを、感謝しろ。 私の指揮小隊に、この様な無分別な大馬鹿者は、不要なのだ―――判ったか!?」

「はっ!」

さて―――どうやらようやく、俺の出番の様だ。 ゆっくりと、真咲を脇にどかして前に出る。 はは、若い連中の顔がまた引き攣っているな。
1年先任の北里と美竹の2人も、緊張で顔色が青いし強張っている。 まだ任官半年少々の残り4人は・・・おい、そんなに震えるほど、俺が怖いか?
怖いだろうな。 何せ、さっきから真咲と遠野が叱責を続ける中、俺は一言も発せず、黙して腕組みしながら、薄眼を閉じたままだったしな―――不気味だ、それは。

「・・・ミスは、誰でも犯す」

心持ちゆっくり、全員を見渡す様に。 決して声を荒げることなく、腹に力を込めて。

「人で有ればな。 衛士とて人だ、全くミスを犯すな、とは、大隊長は言わん。 人は完全ではない」

わざと、連中とは目を合わさない―――が、まあ、どんな表情をしているか判る。 はっ、いつか来た道だ。

「だが、覚えておけ。 貴様らの勝手な行動が、貴様ら自身を滅ぼし、貴様らの僚友を死なせ・・・ひいては中隊を、大隊を、そして旅団を壊滅させ・・・」

丁度、連中の真正面で足を止める。 一旦言葉を区切り、無言で全員を見渡す―――次の言葉に、必死で身構えている様が良く判った。

「最後には皇帝陛下のご宸襟を乱し、帝国を危地に貶め、国民の生死を揺るがすに至る事を。 忘れるな、貴様らは士官―――大隊長の信を受ける士官である事を。 以上だ」

「「「「「「―――はっ!」」」」」」

「全員、大隊長に対し、敬礼!」

真咲と遠野を含む、全員の敬礼に答礼を返し、そして『やんちゃ』をやらかした連中を、大隊長室から退出させた。
部屋の外では第1中隊の2人の小隊長―――第3小隊長(先任小隊長)の宇佐美鈴音中尉と、第2小隊長の鳴海大輔中尉、指揮小隊の来生しのぶ中尉が、待ち構えている。
哀れな子ヒツジ達は、中尉連中に引っ立てられて、自室で禁足状態と言う訳だ。 まあ、任務の時は当然出すけどな。

「・・・ふう。 まったく、ソ連軍から連絡が有った時は、顔が赤くなるやら、青くなるやら・・・」

「はい・・・普段は任務に精勤する、優秀な娘なので・・・少し、取り乱してしまいましたわ」

真咲が思いっきり嘆息して言う。 遠野も似た様な表情だ。 しかし、やってくれたな、真咲に遠野め。 今回は2人して、示し合わせやがった。
直属上官―――中隊長と指揮小隊長が、大隊長の前で部下を直接叱責する事で、まだ若い少尉達が、大隊長から直接叱責される状況から庇いやがった。
直属隊長達がああ言う形を取った以上、最上位者の俺としては、追い打ちをかける叱責は出来ない。 締める形で、抽象的に言わざるを得ない―――叱責とは反対の方向で。
本当なら最後の言葉、あれは常套句としては『皇帝陛下と帝国国民の信を受ける―――』とやるのが、通り相場なのだが。
そこでわざと『大隊長の―――』に言い換える事で、最終的には今回の件、禁足以上の処罰はしない事を、暗に言い聞かせてやったのだ。

「それは当然でしょう? 可愛い部下達を、大隊長の毒気に当てさせる訳には・・・」

「私は存じませんが、真咲大尉からの要請でしたので・・・申し訳ありません、出過ぎた真似を・・・」

―――好き勝手言いやがる。 苦笑しか出ない。

遠野にコーヒーを3人分淹れる様に言って、椅子に座る。 2人にも備え付けの折椅子を勧め、熱い(そして不味い)コーヒーを飲んで、一息入れる。

「・・・真咲、そんなに、俺のは酷いか?」

「自覚、無いのですね・・・ 昔、そう、遼東半島が陥落するちょっと前ですよ。 あの頃、私は第18師団に居ましたけど、大隊長は第14師団でしたよね?」

「ん? ああ、あの頃か。 そうだ、14師団だ。 貴様、そう言えばあの頃は18師団だったな」

満韓国境防衛の、最終ラインを巡る戦いの時だ。 97年だったか、俺は14師団で中隊長をしていた。 初めて指揮した中隊だったな。

「ええ、小隊長をしていました。 当時の中隊長は、市川大尉―――今は訓練校で教官らしいです」

「・・・最後に、一緒に脱出した、あの隊か」

「ええ、そうですよ。 で、当時、国連軍派遣帰りの、14師団の口の悪い中隊長2人―――周防大尉と長門大尉の噂は、同期から散々聞かされましたので」

「・・・美薗とか、仁科とか、か?」

そういや、そうだった。 真咲は美薗、仁科とは同期生だったな。 昔、2年目少尉の頃に、同じ大隊の別の中隊に配属された新人たちの中に、真咲も居たな。

「物凄い、それもお下劣なボキャブラリーを散々披露したとか。 聞いていますよ? ウチの宇佐美と鳴海は、その当時の新米連中だったらしいですね?」

「・・・ああ。 そうか、あの2人もだったな―――いや、あれでも場を弁えて、控えめのつもりだったのだけどな・・・」

「どれだけ、お下劣なのですか、まったく・・・ 鳴海に聞きましたよ? 訓練校を出て1年経過していた宇佐美でさえ、当時の中隊長に叱責されて、思わず涙ぐんだって」

「あ、いや、まあ・・・」

「まあ・・・宇佐美はあれで、なかなか芯の強い娘ですのに・・・ 大隊長? あまり部下に悪影響を及ぼす様な言葉は・・・」

「おい! どうして俺が、ここで責められる!?」

冗談じゃない! ただでさえ、最近はこの間の乱闘騒ぎやらで旅団参謀長から、お小言を頂いているんだ! この上、部下達まで・・・!

「・・・まるで、上から抑えられ、下から突き上げられる、世に言う中間管理職、そのモノだろう・・・!?」

「大隊長職は、中間管理職なのでは?」

「お察し申し上げます」

―――澄まして言う2人の部下達が、全く小憎らしかった。







「わざわざ貴重な時間を。 物好きだな、お前も」

圭介が呆れた声で言う―――うん、我ながらそう思うよ。 隣で美鳳と文怜も苦笑していた。 場所は間借りしている基地の、上級将校用サロン。

「でもね、台湾でも程度の差こそあれ、似た様な状況ではあるわ・・・」

「そうね。 内省人(今では台湾人の事)による、外省人(中国本土からの避難民)差別、なんてのも有るわよね」

「日本国内にも有る。 その上に国内難民と、国際難民との待遇格差、とかもな。 半ば社会問題化している」

圭介と美鳳、文怜、3人の会話を聞きながら、漠然と考えていた。 どうして人と言う種は、同胞を『差別』出来るのだろう? と思う。 別段、聖人君子ぶる気は毛頭無いが。
見た目、言語、文化風習、それに基づく行動。 そのひとつ、ひとつで人は他者を差別出来る。 時には数十万、数百万単位の虐殺を行える程に。
自然界にも同じ種で、集団対集団の競争は有る。 だがあれは、純然たる『生存競争』だ。勝つか負けるか、純粋に対等な生存競争。
人類だけだ。 言葉を得、文字を得、思考する能力を得、そして文化を得、その結果は―――皮肉にもならない、と思う。

「ご高説、ご尤もだがな、直衛。 その答えは出ないぜ、多分。 人類の有史以来数千年の歴史は、他文化との対立と戦争の歴史だ―――お前の言う『差別の歴史』だよ。
今まで数千年、繰り返してきた。 今この場で答えなんぞ出るか? だとしたら、お前さんの方が人じゃない、って事になる。 全知全能、万能の神にでもなるか?」

「身も蓋も無い意見ね、圭介?」

「事実だ、お前さんの国もそうだぞ? 文怜」

「・・・ま、そうなんだけどね・・・」

―――答えは出ない、か。 確かにそうなのだろうが、どうもな。

カキエフ中佐との会話の内容が、頭の中で蘇った。 そして『ザーパド』大隊が悪名を広げ始めたきっかけの出来毎。

『・・・75年のあの時、俺はまだ10歳だった。 近所の友達と遊んでいてな、夕方家に帰ったら、お袋が蒼い顔をしていた。
俺は何が有ったのか、聞いてみた。 お袋は何も言わなかった。 その内、親爺と叔父貴達が帰って来た、怖い顔をしてな。
俺は親爺に聞いた、何が有ったのかって―――ぶん殴られたぜ、『子供が知る事じゃない』って言ってな。 とにかく手の早い親爺だった・・・』

『・・・もしかして、親爺さんは・・・?』

『察しが良いな、親爺は当時、ソ連軍の少佐だった。 『ザーパド』大隊の指揮官だった。 独立派は親爺の命令で殺された、そこに集まった同胞もな。
中には、俺の学校の友達の親兄弟も居た、死んだ連中の中にな。 俺は暫く・・・数年の間、親爺を憎んだ。 
何故かって?―――俺の一族は、元々反ロシア派だったからさ。 俺はあの『シャミール』の血筋なんだぞ?』

『・・・シャミール?』

『知らないか? 1817年から1864年まで、カフカスじゃロシア帝国支配に逆らって、チェチェン人やダゲスタン人、アヴァール人がロシア相手に戦争したんだ、47年間もな!
シャミールってのは、その戦争で一番有名な指導者だ。 今でもカフカスの民の間では英雄で、崇拝の対象だ。 俺の玄祖父ってのは、シャミールの娘が産んだ息子なんだよ』

『・・・つまり、6代前の先祖って訳か』

『まあな。 でだ、当時の俺は、どうして親爺が独立派をブチ殺したのか、判らなかった。 一族はシャミールの血を引く、誇り高き戦士の一族だ。
それがなあ・・・言ってみれば、ロシア人共や共産党と結託して同胞の、それも同じ反ロシア派の独立派の人達を、あそこまで虐殺しちまった。
俺は親爺を憎んだ、そして親爺は翌年に戦死した、カフカス防衛戦でな。 慣れない戦術機に乗って、たったの5分でBETAに殺られちまったそうだ』

『・・・』

『一族はその後、海路で船に乗せられて黒海からウクライナに脱出した。 それからシベリア、そして北極海周りでカムチャツカだ。
俺は徴兵されて衛士になった、『ザーパド』に配属された。 当時の上官には、未だあの事件の当事者たちが少数残っていた。
聞いてみた―――やっぱり殴られた。 でもな、その時ようやく判った。 親爺も上官達も、どうしようもないほど暗い、哀しい目をしていたな、ってな』

『・・・アンタは、それが判った・・・?』

『何年も経ってからな。 当時の『ザーパド』大隊は、心情的には実は独立派支持だった。 だけどな、軍に居て、戦況も知っていた。
当時のイラン戦線は、相当にヤバかった。 イランもトルコも、そしてアメリカも、カフカスにテコ入れする余力なんざ、ありゃしなかったんだ』

『それは・・・そう言われているな』

『けど、カフカスはイランにとって、頭上に振り上げられたBETAの刃だったし、トルコにとってもアナトリアに突き付けられた、ナイフの切っ先だった。
アメリカとしては、何としてもこの状況は避けなきゃならねえ。 親米国家をでっち上げるか? CIAは最初、そのプランを考えたそうだな。
けどそれじゃ、時間が無い、切迫していたからな。 で、第2案だ、イラン軍とトルコ軍の進駐、次いで米軍の進駐。 カフカスはイランとトルコで分割する。
てっとり早いわな、両国ともムスリムの国だ、カフカスにはムスリムが多いしな。 でもその案は、アルメリアの独立派から漏れた。 連中にとっても、死活問題だからな』

『アルメリア・・・同じカフカス地方でも、アルメリアはイランやオスマン朝とは、昔から衝突していたな』

『ああ、そうだ。 アルメリアは正教会・・・キリスト教徒だ。 そして共産党や連邦派に取っちゃ、ヤバい話だ。 俺の親父殿は考えた。 今、事を起こすのは最悪だと。 
カフカス駐留のソ連軍と、アメリカ・イラン・トルコ軍とが衝突するかもしれん。 そうなれば・・・判るか?』

『そうなれば、BETA迎撃どころの話じゃないな。 カフカス駐留のソ連軍が撤退したのは、そのすぐ後の1976年の2月だ』

『そうさ、もうカフカスの北はBETA一色になった頃だ。 黒海からルーマニア方面に逃げ出した。 その頃には、イラン方面の戦況はもう、カフカスどころじゃない状況だった。
そんな事も有って、親爺殿は全てを腹に飲みこんで、命令を下した。 『同志を殺せ』、とな。 歯痒かったかもな、同志達の『短慮』が』

『中佐の親爺さんは、そう考えたのか?』

『・・・想像だよ、想像。 第一、親爺は俺が11歳の時に死んでいる。 死人に聞ける訳もねえ。 だけどな、俺も隊を任されてから、考える事も色々と有った。
俺達チェチェン人の力は小さい、カフカスの民の力も小さい。 とても単独でBETAに抗し得る事なんか、出来やしない。
確かに共産党もロシア人も、大嫌いだ。 だけどその力を逆に利用してやるのも、立派な手だってな。 奴らは俺達が用意出来ない物を、用意する力が有る』

『つまりそれが、中佐が連邦派内に居る理由か?』

『・・・ここでの事は、共産党には邪魔はさせねえ。 俺達は兵力を供給する、連中からは要る物を引き出す。 連中は俺達から『安全』を買い取る。 それだけだ』









2000年1月26日 2230 カムチャツカ半島 ソ連軍Ц-04前線補給基地


「・・・ねえ、プガチョフ伍長。 この地中埋設センサー、何箇所かイカれてますよ?」

「ああ!? ああ、そんなの気にすんな。 地中侵攻なんざお前、そう度々有るもんじゃねえ。 こないだは半月前か・・・『データ通り』なら、あと2ヵ月半はねえよ!」

「し、しかし・・・現に、28箇所のセンサー設置個所の内、8箇所が全く検知不可能で、7箇所が精度不良状態ですよ!?
本当なら5日前に更新している筈なのに、兵站部は何も言ってこないし・・・半数以上ですよ? 半数以上!」

若いロシア系の1等兵が、不安な表情で言い返す。 彼は半月前にアラスカからこのカムチャツカに転属になったばかりの、まだ16歳の少年兵だった。
両親ともに工場労働者の軍属、彼自身も特に取り柄が有る訳ではない、ごく標準的な補充兵。 アラスカに戻る条件は、何一つ持っていないロシア系兵士の典型だ。

「・・・あのな、チベンコ、教えてやる。 今、この基地の前面には『28箇所の地中埋設センサーが設置されている』、そう言う事になっているんだよ」

「え・・・?」

「所詮、書類上の事さ。 5日前、ペトロパヴロフスク・カムチャツキーの兵站廠は、合計15個のセンサーを送りました。 当基地兵站部は、それを受け取りました。
書類でそうなっているのさ! 目出度し、目出度し!―――どこに不備が有るって言うんだ? 書類上はそうなっているんだぜ?」

「で、でも! だとしたら、本当は、センサーは・・・!」

プガチョフ伍長は観測室の室内を、首を巡らせて見やり―――当直将校のラザスキー中尉は、居眠りをしている。 シュバーキン軍曹は・・・酔って寝ていた。

「・・・数さえ合ってりゃ、誰も文句は言わねえよ―――お偉いさん方の懐に転がり込む、円だかドルだかの額が、減らない限りな」

「ッ! よ、横流し・・・!」

「しっ! デカイ声出すな! ・・・あのな、何時だってこんな事、やってる訳じゃねえぞ? たいていは、地中侵攻パターンの狭間の時期だけだ。
地中埋設センサーってのはな、条件次第でセンサー素子の耐久が、メチャクチャ変わるんだ。 特にこのカムチャツカやシベリアじゃ、凍土のお陰で寿命は2カ月程度だ」

それは知っている―――無言で頷きつつ、チベンコ1等兵は内心で言った。 それ位、ソ連軍の基礎訓練課程でも教える。

「・・・理解してくれて、助かるぜ。 でよ、この前の地中侵攻は半月前だ。 この辺りは、過去のBETAの侵攻パターンからして、大体3カ月に一度、中規模地中侵攻が有る。
ッテ事はだ、お次は2カ月半後って予定だ。 そして地中埋設センサーの『本当の』交換は2カ月後。 つまり、今回『交換』したセンサーが、『故障しました』って言える時期だ」

「つ、つまり・・・」

「そうよ。 BETAの地中侵攻パターンを割り出しちまえば・・・ 上手くいきゃ、2回に1回はチョロまかす事だって出来る。
中東や東南アジアに、高く売れるそうだぜ?―――ペトロパヴロフスク・カムチャツキー兵站廠のアンドレーエフ少将は、早くアラスカに帰りたいそうだ」

「・・・」

「それによ、この『副業』ってのは、チェチェンやカザフの連中が仕切っている。 変な勘ぐりいれてみろ・・・ここいらじゃ、連中の方が数は多いぜ、ヤバいだろ?
でもって、連中からの『上納金』ってのは、お前、お偉いさんや政治将校殿にとっちゃ、アラスカ復帰の運動資金だしな・・・」

「う・・・」

「なぁに、目ぇつむってりゃ、悪い様にはならねえ、お目こぼし料ってやつさ。 俺達にもささやかな、おこぼれってな。 ヴォトカに食料、軍の配給以上に手に入る」

何て事だ―――アラスカの訓練基地や、最初に配属された観測基地に比べ、確かにここの方が給食事情は良かった。 そんなカラクリが有ったなんて・・・

「心配すんな、次の設置は2カ月後。 今度は本当に更新設置だ、クソBETAの地中震動波を見逃す事なんざ、ありゃしねえよ・・・」









2000年1月26日 2310 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー ソ連陸軍 B(ヴェー)陸軍基地 第66独立親衛戦術機甲旅団第2大隊 『ユーク』大隊・大隊長執務室


『ユーク』大隊副官のサフラ・アリザデ大尉は、暫くぶりに安らいだ気分になっていた。帰還後処理について確認を終えた後、上官とお茶の時間を持つ事が出来たのだ。
備え付けのサモワールからティーポットを取り、まず上官のカップに注ぐ。 そして自分のカップに。 合成モノだが、自分はこの味しか知らない、だからそれで良い。
特に何をするでも無い、何か話すでも無い。 上官は読書に熱中している―――昔の、ロシア文学だ。 ここ数年で随分と解禁されたらしい、自分は興味無いが。

「―――サフラ、貴女も読んでみなさい。 教養と言うのは、身につけていて損は無いわ」

いつものセリフ、そしていつもの私の苦笑。 そしてまた、上官は読書に没頭する。 以前は、そう、7年ほど前はここにアリとファラが居た。 幼い従弟妹達が。
基地の部屋じゃ無くて、粗末ながらも慎ましやかな官舎で。 私の親兄弟は既に、BETAに殺されたが、それでもまだ叔父が―――ウゼイル叔父さんが居た。
まだ10歳にならずの私を、孤児となった私を育ててくれた、母の弟のウゼイル叔父さん。 可愛い、まだ幼子のアリとファラ。 そして・・・

(―――そして、いつもリューバ叔母さんは笑顔で、精一杯ご馳走を作ってくれた・・・)

国家を挙げての撤退戦の最中だ、それに叔父も叔母も軍人だった。 いつ命を落とすか知れない戦場で戦いながらも、幼い双子の息子・娘と、姪の私を育ててくれた。
リューバ叔母さんはベラルーシ人だけど、叔父さんが本当に大好きだった。 叔父さんもそうだ。 私は、そんな叔父さんと叔母さんを見るのが大好きだった。
けど、そんな時間は余りに短かった。 撤退に次ぐ撤退で、私達はどんどん、シベリアの奥地に移動し続けねばならなかった。 そんな時、叔父さんが戦死した。
叔父さんが戦死した直後、アリとファラが―――可愛かったあの2人が、撤退途中の大混乱の最中、預けていた軍の保育部隊がBETAの襲撃に遭い、死んでしまった。
叔母さんは、哀しみのどん底に落とされたと思う―――私は衛士育成機関で、訓練中の頃だった。 叔母さんに、何も声をかけて上げる事が出来なかった。

それから数年間、別々の部隊で戦っていた。 それが昨年、前任部隊がほぼ壊滅して、生き残った私を含む数名は、新たな大隊に転属となった。 私は大尉になっていた。
そして転属初日―――私は、死んだ叔父さんと、幼いアリとファラがそこに居ると実感した。 新しい上官は、大隊長は・・・リューバ叔母さんだったのだから!
軍も、あまりに散逸した資料が多過ぎたせいなのか。 それとも単に、姓が違うので判らなかったのか。 多分、前者だと思う。
とにかく私―――サフラ・アリザデ大尉は、リューバ・ミハイロヴナ・フュセイノヴァ少佐の副官を拝命した。 それから1年が経つ。

「・・・少佐、部下達の給食事情が好転しました。 皆、喜んでいます―――有難うございました」

「・・・サフラ、ここでは階級はいいのよ。 昔の通り、呼んで頂戴。 それと、その件については、あまり気を使わない事、いいわね?」

「・・・うん、リューバ叔母さん・・・」

―――本当に、私はリューバ叔母さんが大好きだ。 死んだ母さんの様に温かい。 だから私は戦う。
叔母さんを死なせない為に。 多くの同胞―――年下の、部隊の弟妹達を死なせない為に。









2000年1月27日 0230 ペトロパヴロフスク・カムチャツキー ソ連軍航空基地


「・・・天候が回復する?」

「本日の午後あたりから回復する見込みだと、日本軍部隊から連絡が有りました」

「助かるな、連中は気象衛星も運用している。 我が国の気象予測体制は、既に米国や日本任せの所が多いからな・・・」

「同志大尉・・・」

「おっと、今のは無しだぞ? 同志少尉。 教条主義の政治将校殿に聞かれてはな。 よし、なら今日の昼前後から偵察機を飛ばせるな。 偵察ヘリもシェリホフ湾上空に出せる」

「はい。 地中侵攻の震動派は、観測されずとの事ですので。 恐らく光線級も居ないでしょうし、いきなり奇襲を受ける確率はこれでかなり低くなります・・・」





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