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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] それぞれの冬 ~緋色の時~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/16 22:43
『逃跑(タオパオ)、快速(クァィスゥ)!(逃げて、早く)』

『香梅(シィァンメイ)!』

『もう機体は満足に動かないわ、跳躍ユニットも大破した・・・ ここで12秒を稼ぐ、その隙に!』

瞬く間に戦車級が機体に群がり始める、咄嗟に残った最後の120mmキャニスター弾でその群れを薙ぎ払う、ボロボロになった『殲撃』8型。
そして最後の力を振り絞る様に、それまで遮蔽物として光線級から身を隠していた岩山の陰から、一気に荒野に躍り出た。

『私が囮になる! 貴方は逃げて!―――怪物ども! 私はここだ! ここに居るぞ、狙えぇ!』

『待て、早まるな、香梅!』

離れた岩陰に身を隠す、77式『撃震』の管制ユニットから、悲鳴に似た絶叫があがった。
その声を聞いた殲撃8型の衛士の口元に悲しそうな、そして嬉しそうな、最後に満足げな笑みが浮かぶ。
同時に82式戦術突撃砲から36mm砲弾が、連続した重低音と共に発射された―――元より狙っての事では無い、大半が前衛の要撃級、その前腕でガードされる。
次の瞬間、管制ユニット内に響き渡る照射警報のアラーム音、そして網膜スクリーンに浮かぶポップアップ・メッセージ―――無視する。

『馬鹿は止めろ、香梅!』

同時に耳を打つ、愛しい男の声。 ああ、この声を聞けなくなるのは、本当に残念だ・・・ やがて数秒が経過する、もう脱出は不可能だ、本照射は一瞬後にも放たれるだろう。
やがて眼も眩む様な光に満たされる、圧倒的な圧力を持った光の帯。 果たして人が知覚出来る時間だったのだろうか?

『香梅!』

―――ああ、最後に聞こえた。 最後に聞けた、もう一度、あの声を。

(『我愛你(ウォアイニー) ・・・愛しているわ、勇吾・・・』)

その瞬間、殲撃8型の管制ユニットが蒸発した。





1998年12月5日 0435 宮城県仙台市 士官官舎


「・・・香梅!」

視界に飛び込んできた真っ暗な部屋の情景、思わず身震いする肌寒さ―――違う、ここは違う。 ベッドに上半身を起こした状態で、混乱する頭を何とか目覚めさせる。
上級士官の部屋にしては、見事に何も無い、味気ない部屋。 カーテンが半ば空いた窓からは、微かな月明かりが差し込んでいる。 違う、ここは違う、日本だ。
大きく息を吐く。 気付かなかったが、喉がカラカラだ。 それに寝汗が酷い、これは着替えた方が良いな。
ベッドから降り立ち、汗で濡れたシャツを脱ぎ棄てて、クローゼットから新しいシャツを取り出して着こむ。

その足で洗面台に向かい、蛇口を捻って流れ出る水を掬って飲み、ついでに顔を洗う―――冷たい水のお陰で、正気が戻って来た。
水道を止めて、顔を上げる―――鏡に一人の男の顔が映っていた。 余計な贅肉など一欠けらも無い、鍛え抜いた鋼の様な細面の顔立ち。
人によっては男前だと言うだろうか、しかしその顔に刻まれた『何か』が、安易な形容を否定している顔。 瞳の奥には、言い知れぬ虚無の様な何か。

暫く己の写し鏡を見ていたが、やがてそこには何もない事を思い出し、場を離れる。 無意識に窓際に移り、外の景色を見つめていた―――ここは、違う。
冬の雪景色。 北国の仙台の雪景色、自分は今、故国に居る。 あの、砂塵と真夏の灼熱の太陽に照らされたあの地、西安では無い。

「・・・そう言えば、久しぶりに見たな・・・」

かつては毎夜の如く見た夢、見なくなって久しかった。 どうして今になって―――判っている、俺は後ろめたいのだ。
はっ、笑える。 何と言う未練、何と言う軟弱。 だが許して欲しい、俺は後ろめたいのだ、そう思う程に・・・

(・・・ヤキが回ったか、あんな小娘に)










1998年12月20日 1530 福島県福島市 福島第2駐屯地 第18師団 第181戦術機甲連隊第1大隊


「現在、大隊保有戦術機は定数を満たしています。 常用40機、補用12機。 ただし先般にも師団G4(兵站主任参謀)より連絡が有りました通り、機体は全て『撃震』です」

「撃震か・・・ 新任少尉の頃以来だな。 羽田、お前さんは訓練校以来になるんじゃないか?」

「そうですね。 俺の期が大陸に派遣された頃には、既に92式が出回っていましたし。 神楽さんは?」

「うむ・・・ 私も撃震は、そう長くは搭乗しておらぬ。 訓練校以外では、新任当時・・・ 92年の7月からはもう、92式に乗っていた。
それ以来、92式、92式弐型、94式・・・ 我ながら、贅沢な搭乗経歴だな。 当時の本土防衛軍では、撃震が多数を占めていた時代にだ」

目前でブリーフィング風景。 大隊の配備状況を説明するのは、大隊CP将校で大隊副官を兼務する江上聡子大尉。
そして第1中隊長の神楽緋色大尉、第2中隊長の佐野慎吾大尉、最後任中隊長である第3中隊の羽田亮大尉、3人の中隊長達。
大隊の戦力は、頭数だけは揃った。 旧第14、第18師団の生き残りに、これも新潟で善戦した旧第35師団の生き残りを加えて、中核と為した。
足らぬ頭数は、この10月1日に訓練校を卒業したばかりの、24期B卒の新米で補っている。 少なくとも練成に3ヵ月―――連中には、地獄の苦しみを味わってもらう事になる。

それにしても―――報告書をめくりながら、部下の中隊長達の会話に、内心で苦笑する。 未だ現役の77式『撃震』 それすら彼等にとっては、とんでもない旧式に映るのだから。
自分が訓練校を出たての新米少尉の頃、『撃震』とその祖となったF-4、そしてその系列に繋がる戦術機は、もう一方の雄であるF-5系と共に、人類が有する最強の剣だった。
忘れもしない、1983年の4月。 少尉任官後に初配属された部隊で、『自分の』搭乗機体で有る『撃震』を与えられた時の、誇らしげな想いは。
以来、92式系に乗り換えるまでの9年以上に渡って、自分は『撃震』と共に有った。 同じくF-4系の戦術機を有する友軍と共に、戦場を駆け巡ったのだ―――彼女と共に。

「・・・長、大隊長? 宇賀神中佐?」

「・・・ん? ああ、済まん。 何だ? 神楽大尉」

想いに耽って、部下の声さえ聞こえなかったとは。 どうも締まらんな、あの夢を見出して以来、集中力に欠ける。

「は・・・ 運用課(司令部第3部運用・訓練課)からの指摘事項ですが。 確かに新米達の技量を上げる為には、猛訓練しかありません。
が、それでも限界を超える訓練は逆の効果しか・・・ 所見内容は最もですが、小官としてはせめて、あとひと月ほどは練度を見極めての調整を続けたい、と考えます」

「ああ・・・ そうだな。 しかし周防の奴め、参謀に収まった途端に手厳しい事を。 流石、今まで散々に自分がやられてきた事は、良く見えると言う事か?」

報告書に添付された、運用課から回って来た所見内容は、思わず目を覆いたくなる様な文面―――事細かに部隊の状況の不備を、ひとつ残らず指摘する内容だった。
作成者が、つい最近まで戦術機甲中隊を率いて居た男だと言う事。 指揮官だった故に外から客観的に見た場合、不備の詳細とそれに至る問題点が良く見える事。

「それも有りましょうが。 しかしこの指摘は極めて客観的な事実のみを、言い当てております」

何よりあの男は、一時的に帝国軍以外―――欧州方面の国連軍に所属した経験が有る。 特に米国式の高等教育を一時的にとは言え、受けた経験も有る男だ。
『原因』を追求し、解決する為に古巣への感情の一切を排したその指摘は、指揮官の自信すら打ち砕く様な、客観的状況把握だった。

「ですね・・・ 確かに今のまま実戦に投入されたら、大隊は壊滅しますよ」

「ヒヨっ子共の面倒を見つつ、BETAとの殲滅戦・・・ ベテランでも、気がつけばあの世行き確定ですね。 生き残れるのは、3割も居ないでしょう」

部下達の言葉に頷き、再び報告書に目を落とす。 そこに記載された内容は指揮官ならば、誰もが頭を抱えたくなるような内容だった。
まず人員。 各中隊共に実戦を経験している者は6名から7名、つまり半数前後は今年3月卒業の24期のA卒と、9月卒業のB卒の新米達。
A卒組は卒業配属後3カ月で、BETAが本土に上陸した。 その頃はほぼ全員が東北の練成部隊に配属されて、技量向上の為の延長教育中だった。
大陸と半島で帝国軍が経験した、一連のBETA都の戦闘。 その結果が、訓練校卒業早々に前線に出た衛士の生還率の極端な悪さ。 
故に卒業後最低でも3ヵ月は前線部隊への配備は行わず、練成部隊で実戦技術の延長教育を行うと言うものだった。
したがって彼等は九州防衛戦に始まる一連の西日本防衛戦、京都防衛戦はおろか、北陸・新潟の各戦線は大半が経験していない。
極少数の西日本部隊配備になった者と、これも少数の関東配備組が実戦に参加した。 が、その殆どはやはり、再び生きて帰ってはこなかった。

この実情を見た軍部は、東北配属の新任衛士達を動かさなかった。 各々の教官連中もだ、半世紀前と同じ轍を踏む余裕は、今の帝国には無い。
そして9月卒業のB卒組、彼らは全員が東北・北海道の部隊で練成に入った。 その代わりに、十分な訓練を受けた先任者達が主に西関東防衛戦に引き抜かれている。
従って部隊の戦力は、頭数だけは充足しているものの、実質的な戦闘力は以前の半分程度。 そう判断されている。 あと最低でも3ヵ月は猛訓練が必要だと。

「新米どもには地獄を見て貰おう、戦場でBETAが優しく思える程には。 しかし何だな、神楽よ。 かつて間宮と言い争っていた内容、その全く逆を貴様が言うのも、面白い」

「エレメント・リーダーとしてならば、今でもかつての通りです。 しかし中隊指揮官としては・・・」

100の技量数人と、30から40の技量のその他大勢よりも、65から70の技量で中隊を纏めた方が生き残る確率が上がる。 そう言っている。
なるほど、かつて少尉時代はその突出した近接格闘戦の技量故に、突出しがちだった女武者も、今では少しは全体を見渡せる指揮官となりおおせたか。
少尉時代、そして中尉の小隊長時代と、長く自分の部下だったその女性衛士を面白そうに、そして本心は頼もしげに一瞥し、宇賀神中佐は部下に命令を達する。

「大隊の方針は、今までと変わらない。 最低でもあと1カ月は連携訓練を徹底させる、個々の戦闘技量向上はその後だ。
これ以上無駄に戦力を潰す贅沢は、もはや許されん。 徹底的に連携を叩き込め、個人戦闘は二の次だ―――訓練参謀の言う通りだな」









1998年12月26日 福島県 第13軍団司令部


連隊最先任指揮官―――先任大隊長・兼・副連隊長ともなれば、ただ大隊の事を見ていればいい、という訳にはいかない。
今日も軍団司令部の主宰する、戦術研究会に出席した後だった。 戦術機甲科、機甲科、装甲歩兵科、機械化歩兵科、砲兵科。
最低でもこれだけの戦闘部隊が、戦場でひとつの意志の元に連携し、戦わねばならない。 そして戦闘部隊を有機的に繋げる戦術管制部門。
陸軍では最小の戦術戦闘単位である大隊、その指揮官である大隊長は、『最も美味しい』と言われる役職だが、同時に連隊長を補佐する立場となれば、それだけでは済まない。

「おい、宇賀神」

研究会でのシュミレーション結果が記された書類を眺めながら、無意識に難しい表情になって歩いていたら、背後から呼び止められた。
振りかえると、軍団司令部で戦術管制の責任者をしている中佐―――同期生だ―――が居た。 かつては戦術機乗り、負傷後はリタイアして主任戦術管制官。

「・・・中島か。 何だ?」

「おいおい、つれないな。 久しぶりに会った同期だ、この後で一杯・・・ そう思ったんだが、どうだ?」

今日の予定は既に終わった。 この後は福島まで帰って、将集で晩飯を食って、官舎に戻ってひと風呂浴びた後で一杯ひっかけて寝る―――我ながら、侘しいものだ。

「ん・・・ よかろう、特に予定も無い。 だが貴様は? 嫁さんと子供はどうした?」

「札幌の実家に帰しているよ、軍の特権だな?」

北海道か。 今の日本では、『とりあえず』最も安全な大都市だ。 しかしそこまで疎開する手段は、一般難民には無い。 確かに『特権』だった。
しかしそれをどうこう言う気は無い、自分達とて日本国民なのだ。 家族は軍人では無い、最前線から少しでも遠ざけたいと願う事を、非難する理由が有ろうか?

「それは、良かった。 しかし今からでは偕行社(帝国陸軍将校・准士官の親睦・互助・学術研究組織)しか、開いていなさそうだな」

「十分だ。 それに今のご時世じゃ、娑婆の店より偕行社の方が、良い酒を確保しとる」

ああ、それもそうか。 確かに物資の統制が厳しくなった現在、娑婆の店には期待は出来ない。 
そして2人の中佐は、揃って市内中心部にある偕行社へ向かって行った。






「なあ、宇賀神。 貴様は結婚はせんのか?」

「・・・唐突に、何だ?」

偕行社のサロンで、今や貴重品となった寿屋のオールド・ウィスキーを、ゆっくり味わう様に飲んでいる。
寿屋は京都の山崎と、山梨県に有った蒸留所を、北海道の余市に移転させていて、ようやく生産が再開されたばかりだ。
既に2本のボトルが転がっている、今は3本目だ。 いくら中佐の俸給が、少佐のそれより飛躍的に多くなるとは言え、佐官の懐でそうそう飲み倒せる代物ではなくなっている。
だが家族持ちの中島中佐と違い、未だ独身の宇賀神中佐は極端を言えば、俸給の全てを飲み倒しても問題は無い―――将校の体面を維持する為の、最低限の金額を除けば。

「あのな、俺達9期で生き残っているのは13人だ、100人のうちの13人。 その中で未だ独り者は宇賀神、貴様だけだぞ?」

「・・・13人か。 随分死んだな、戦死率87%か」

「ああ、死んだ。 みんな死にやがった。 だからな、生き残った俺達は、死んだ連中が出来なかった事―――家庭を持って、子供を作り、育てる。
死んで行った奴らが、その夢に託した日本の未来だ。 それを実らせないと、ならんのじゃないか?」

「相手が居れば、その内な。 心配するな、俺とてなにも、独身主義を広言している訳じゃない」

「・・・疑わしいが、まあ、いい。 そう考えているのなら、いい」

空になった宇賀神中佐のグラスに、中島中佐がボトルの中身を注ぎながら嘆息する。 どうもこの同期生は、どう考えているのかいまいち判らない、そう感じながら。
グラスに注がれる琥珀色の液体を凝視しながら、同期生の嘆息に苦笑した宇賀神中佐がポツリと呟いた。

「・・・13人か。 一ケタ台の期は、もう殆ど残っていないな。 去年の8月に早坂さん(故・早坂憲二郎大佐)が戦死して、1期生もとうとう全滅した」

「ああ、早坂さんか。 衛士訓練校の『花の1期生(別名は地獄の1期生)』で、唯一生き残っていた人だったがな・・・ 
1期から俺達9期までで、文字通り『全滅』したのは1期、2期と4期に5期か。 誰ひとり生き残らなかった」

「うん、他にも3期、6期から8期が90%以上。 俺達9期が87%・・・」

「10期から12期までも、戦死率は80%を越しているさ。 13期からは前期(A卒)、後期(B卒)になったが、その13期も両方とも70%台だ。
その後の14期が60%台。 15期以降は50%前後。 大陸派兵の初期を経験した期は、特に戦死率が高い」

最初期の衛士訓練校出身者の、戦死率が凄まじい。 中島中佐の言う通り、1期生、2期生と4期生、5期生はそれぞれ卒業50名で、戦死50名。 全て戦死したのだ。
3期生は50名中戦死48名、6期生は50名中戦死47名、7期生は70名中戦死66名、8期生が100名中戦死92名と、軒並み90%台の高い戦死率となっている。
帝国陸軍にとっても、手探り状態での対BETA戦争だった当時。 正式な大陸派兵は未だ為されていなかったが、中国や東南アジア諸国、インドへの支援に各々派兵された世代だ。
そして手探りで戦争を模索していたが故に、当時の初陣での戦死率は文字通り、『死の8分』が誇張でもなんでもない事を示していた。

「今でこそ、JAIVSなんて便利なモノが有るけどな。 俺達の頃は、戦場で初めてBETAとご対面だった」

「ああ、それでパニックを起こす。 随分と死んで行ったな、それのお陰で」

宇賀神中佐達、9期生の初陣は1983年の秋、中国大陸の西安防衛戦。 当時は訓練校を卒業して半年が過ぎたばかりの、新米少尉だった。
そこでBETAの猛攻を食い止めるべく苦戦していた中国軍への増援、そして帝国陸軍にとっての『戦場研究』の為の派兵だった。
その数年前から個々の戦場への派兵は行われていた。 旧ソ連領―――シベリアへの派兵もまた。 それに東南アジア・インド方面へも。
1期生から9期生までの中尉や少尉達―――当時は訓練校出身者の昇進速度は、今と比べ物にならないほど遅かった―――は、各戦線で血反吐を吐きながら、戦ったのだ。

「うん、そうだな。 帝国軍だけじゃ無い、友軍も随分と死んだ。 気の良い奴、気に食わない奴、勇敢な奴、臆病な奴、みんな死んだ。 ・・・そう言えば」

「・・・ん? そう言えば?」

「何て名だったか、中国軍の・・・ ああ、そうだ、王香梅(ワン・シィァンメイ) 確かあの当時は中尉だった。 宇賀神、貴様、惚れていたのではなかったか?」

「・・・昔の話だ」

意識的に表情を殺しているが、声色の奥に秘められた感情は、当時を知る同期生には隠しきれなかった様だ。
宇賀神中佐の無感情な横顔を見ながら、中島中佐は当時を思い出すかのように、ゆっくりとした口調で、諭すように言う。

「酷い言い方だがな、宇賀神よ。 俺は貴様たち2人、決して結ばれる事は無かったと思うそ」

「中島・・・?」

「まあ聞け、いくら友軍とは言えな、相手は共産中国の軍人だ。 到底、国防省が認める訳が無い、下手をすれば憲兵隊がうろつくぞ?
向うも同様だ、我が国は、日本帝国は立憲君主国で資本主義国家だ。 そして俺達はその帝国の軍人―――共産党にとっては、悪夢のような相手だ」

そこまで言って、中島中佐はウィスキーのグラスの中の残りを、一気に飲み干す。 そして宇賀神中佐を見据えて、言った。

「当時、俺たち同期生は、貴様の事を心配していた。 もしかしたら取り込まれたのか、ともな、そう言う奴も居た。
まあ、貴様が向うさんのお題目とは、到底かみ合わない奴だと皆が知っていたから、それ以上深刻な話題にはならなんだが・・・」

「・・・一緒になれるなんて、思って無かったさ」

「宇賀神?」

「お互い、そんな夢想はしちゃいなかった。 判っていたよ、お互いな―――お互い、生きていればそれで良い、そう思っていた、そう願っていた」

「おい、貴様・・・」

「惚れていた、ああ、我愛你(ウォアイニー)―――何度も香梅にそう言った。 お互いが生きていれば、それで良いと・・・」

遠い昔を懐かしむ、そして封じた思い出を開き取り出す様に。

「生きてさえいれば・・・ 互いが生きている世界に、生きられれば。 そう、願っていた。 儚い願いだった・・・」










1998年12月28日 仙台市 神楽家


仏壇に手を合わせる。 正直馴染みのない義母だったが、それでも故人への弔意は示すべきだろうし、何と言っても家族だったのだから。
聞く所によれば、京都脱出の最終段階で義母は急遽、将軍家居城に引き返したと聞く。 何か重要なモノを取りに戻ったと言うが・・・ 
その中身を聞かされて、正直狂おしい程の負の感情が一瞬でも芽生えた事は、内心に仕舞っておこう―――自分はこの家で、それほどまでに愛された記憶が無い、そう思った。

「・・・随分とすっきりしたものだな、我が家も」

目を開き、部屋内を見渡し思わず呟く。 これでも庶民の家と比較すれば大きな方だろう、だが広壮と言えた京都の屋敷に比べると、雲泥の差だ。

「雨露を凌げる家が有るだけ、感謝しなければ・・・ 父上はもっぱら城内省の仮庁舎に泊まり込みですし、私も宗英も隊舎暮らしです。
もっぱら家の者達の仮の宿としていますけれど・・・ それでも手狭には変わりないですね」

「贅沢は言えぬ、家も無い難民が溢れかえっておるのだ。 我が家は武家、それも山吹の家格を頂くと言うだけで、これ程の家を無償で与えられているのだから」

京都を放棄した後、第2帝都である東京へ遷都したのもつかの間。 BETAの東進を押し止める事が出来ずに今は更に『新第2帝都』の仙台に移っている。
摂家を頂点とする武家社会もまた、それに従い仙台に移っていた。 昔の屋敷からすれば、あばら家とでも言いたくなる程の家を宛がわれて。

「判っていますよ、緋色。 本当に感謝しなければ・・・ 執事の長尾などは、当家の現状を嘆いていますが」

「・・・長尾か。 あの者にも、いい加減に現実を見よ、と言いたいものだな。 それより緋紗、お前も宗英も、ずっと隊舎なのか?」

「ええ、斯衛も京都の戦いで甚大な被害を・・・ 大宰府の第3聯隊、出雲の第4聯隊は文字通り全滅です。
私の属する第5聯隊も戦力は3割にまで落ちましたし、第1、第2聯隊も戦力は4割程度しか残っていません。
今は唯一無傷だった第6聯隊(関東)を解隊して、それに旧第3聯隊の生き残りも加え、第1、第2聯隊を再編成中ですよ」

神楽緋紗斯衛大尉は、北近畿での対BETA防衛戦闘、続く京都防衛戦を戦い、生き残った。 最早、斯衛に有っては『猛者』の一人である。
ましてその戦歴は、初陣は93年の大陸防衛戦―――『九-六作戦』当時に遡る、斯衛軍中の歴戦衛士でもあるのだから。

「陸軍からは、随分と苦情が出ておるぞ? 貴重な中堅の衛士を、けっこう引き抜いたのだからな」

「・・・陸軍の戦力総数から見れば、僅かな数字でしょうに。 斯衛の実質戦力は最早、2個聯隊だけ。 あとは警備部隊しか残っておりませんよ?」

「感情の問題だ、数字だけで論じるには戦況は余りに酷過ぎる。 ・・・戦死者を出した家が、随分とあるようだな?」

「ええ。 蒼や赤では今の所は居らっしゃらないですけれど。 山吹や白の家では、斯衛に子弟を出していた家の半数以上が・・・」

斯衛の人的損害は、元々が陸軍の様な予備兵力を有さない組織であるが故に、深刻を極めていた。
そして京都を巡る戦いの最後に於いて、九州大宰府、山陰出雲の戦いから続いた損失は頂点を極めた。 山吹や白と言った『中核』を為す人員が払底したのだ。

「陸軍では珍しくも無い話だ、海軍でもな。 斯衛もようやく、同じ舞台に立ったと言う事か」

「・・・それは少々、偽悪趣味に過ぎますよ? 緋色?」

「ふっ、許せ、『姉上』 それより何より、無事で良かった、緋紗も、宗英も。 特に宗英は初陣であったろう? 『死の8分』、よくぞ乗り越えた」

軽く姉に向かって苦笑しつつ、神楽緋色陸軍大尉はそれまで静かに脇に控えていた少年に向かって、普段はあまり見られない柔らかい笑顔で言う。

「有難うございます、緋色姉上。 しかし無我夢中でした。 武士(もののふ)たる者、いかなる時も平静を保たねばと、姉上たちに教えられましたが・・・ 
実際にあの醜悪な敵を目の当たりにした瞬間、我を忘れそうになりました、未熟な限りです」

2人の異母弟―――神楽宗英(むねひで)斯衛少尉が、まだまだ子供っぽさの残る顔を紅潮させて、生真面目に答える。
そんな弟の、少年期の生真面目さを微笑ましく思いながら、そこは生来の生真面目な性格ゆえに、つい説教じみた言葉が出てしまう。

「誰しもがそうだ、宗英。 私もかつてはそうであった。 斯衛とて人の子、心はなかなかな・・・ 何時いかなる時も平静を保つなど、古の名人でさえ至難であった。
ましてや戦場では、明鏡止水も心気力一致も、全ては画餅ぞ。 ・・・ああ、怒るでない、無論の事、修練は大切だ。 心構えひとつ有り無しで、大きく違う」

「まずは戦い、生き残った事を誇りなさい、宗英。 今はそれで良いのです、いずれ次の高みへ上る戦場が来ましょう。 それまで過ぎし戦場を振り返り、一層励みなさい」

姉2人に諭された弟が、少しだけ強がって不承不承、しかしそれでも面映ゆい気もしながら、頭を下げる。
それから暫くは、久しぶりに顔を合わせた姉弟3人での、身内の話に花が咲いた。 母親の違う姉達と弟だが、仲が悪い訳ではない。
今年17歳になっていた弟は、斯衛少尉として北近畿の戦場、そして京都を巡る戦いで、初めてBETAと相まみえた。 
内心で2人の姉達は大層心配していたが、杞憂に終わってホッとしていた。 多くの戦死者を出した斯衛の中で、17歳の新任少尉が戦いを切り抜け、生き残ったのだ。 
それは誇っても良い筈だった。


やがて所用で席を外した弟の後ろ姿を見送った後、姉が妹をみて嘆息しながら言う。

「もう、斯衛も人材の総動員です。 中には全く武人には向かぬと思える者さえ、家の者が半ば強制的に・・・」

「頭数を揃えた所で、その様な者たちは戦場に出ればそれこそ『8分で墓が立つ』、陸軍ではそう言う。
大体が斯衛は体面を気にしすぎるのだ。 ほら、あの家の・・・あの娘にしても、武人向きではなかった。 将軍家の女官か、はたまた宮内庁の女官か。 
あるいは『赤』の家格であるならば、宮中式部で国際親善の御役も良かろうし、書陵部でこの国の文化研究に励んでも良かった筈だ」

姉妹共通の知人でも有る、とある武家の娘の事を話題にする。 
およそ武人には向かぬ中庸の性格と資質、しかし今の斯衛はその様な『些細な』事を認める余裕は無い。

「・・・武家は須らく、上は将軍家から下は白の家格まで、皇帝陛下の藩屛ですよ? この国難の折、軍務に就いてもおかしくは無いでしょう?」

「一国全てが、軍部体制下か? それは? 緋紗、矛盾するぞ? 常日頃より軍部が暴走しがちな昨今を非難しておるのは、主に武家社会ではないか」

「・・・我等斯衛は、政には関与しません。 止めましょう、緋色。 この様な事で、久方ぶりに会えた妹と、仲違したくありません」

姉の憂い顔に、やや気拙い思いになった。 そうだ、折角生きて再び会えた姉妹だ、こんな事で仲違はしたくない。
ふと、仏壇の遺影が目に入った。 馴染みの薄かった義母、しかし自分から話しかけた記憶もまた、少ない事に気がついたのだ。
もしかしたら、と思う。 もしかしたら、生きていたならば、打ち解ける機会が有ったのだろうか? その機会を掴めたのだろうか?―――生きてさえ、いたならば。









1999年1月17日 福島県 水原演習場


『11機甲(第11機甲中隊)よりTSF-11(戦術機甲第11中隊)へ。 B戦闘団(機甲21中、TSF23中、装甲歩兵22中)が畳石から箕輪へ抜けた。 どう動く?』

1km離れた道路上に展開する戦車中隊の指揮官から、通信が入った。 その声に改めて戦術MAPを確認して、戦況を再確認する。
目標は安達太良山付近に陣取った光線級の排除、あそこに陣取られては東方からの反撃を封じこまれてしまう。
現在、自分達A戦闘団(TSF11中、機甲11中、装甲歩兵32中)はその南東から、安達太良山を迂回攻撃する位置に出ようとしていた。
更に南にはC戦闘団(TSF31中、機甲32中、装甲歩兵13中)が迂回攻撃を仕掛けるべく、移動を続けている。 あと5分もすれば攻撃発起点だ。

理想はB戦闘団が攻撃正面を受け持ち、自分達A戦闘団は側面支援。 その隙にC戦闘団が一気に南から安達太良山を突き、始末をつける。
AとBは上手くやるだろう。 戦術機甲部隊に限って言えば、A戦闘団の自分―――神楽緋色大尉も、B戦闘団の最上大尉も、大陸以来の歴戦指揮官だ。
この様な状況は実戦で何度も潜り抜けてきた、その対処方法は良く判っている。 不安はC戦闘団―――同期の恵那大尉だが、それ故に最後の吶喊役を任せた。

「TSF11中≪ソードダンサー≫より11機甲、B戦闘団の攻撃開始と同時に、側面攻撃に入ろう。 機甲部隊はダックインで視認できる範囲に砲弾を撃ち込んで欲しい。
その隙にこちらは山影を利してNOEで接近する。 32中(装甲歩兵32中隊)は向うの稜線との間の谷間、あそこまでを押さえてくれぬか?」

『32中よりTSF-11、歩兵に谷間を押さえろとは、これまた酷な依頼だな―――ま、それが妥当な判断だろう、帰ったら二杯は奢れ』

「私に飲み勝ったならな―――B戦闘団、攻撃開始した! 行動開始!」

『了解―――撃ぇ!』

『中隊、指示したラインを突破されるな!』

やがて南のC戦闘団も攻撃に参加した。 3方向から同時攻撃、BETA群の動きに変化が出始めた。 特に光線属種のレーザー照射密度が薄くなってきている。
よし、これならば山頂の連中を排除するのに、そう問題は無い。 そうそうに目標は達成できる―――部隊を指揮しつつ、目前の小型種を突撃砲の砲撃で排除しつつ思った矢先。

≪状況、TSF-11、TSF-31中隊長機、被弾、戦死。 薬師山頂に、新たな光線級。 他にBETA群2500≫

「な、なに!?」

いきなり自分が『戦死』したのだ。

『クソッ! C小隊長より中隊全機、中隊長機被弾! 中隊長戦死! A小隊、上苗! 指揮を取れ! B小隊、周防!?』

『B小隊、陣形崩すな! アローヘッド・ワン! ここまで来たら、後ろには下がれねえぞ! 古郷さん、付いて来てくれ! 突っ込む!』

『A小隊、フォーメーション・トレイル! C小隊に続けぇ!』

部下の先任小隊長で、第3小隊長の古郷誠次中尉が指揮を引き継ぎ、突撃前衛長である第2小隊長の周防直秋中尉が咄嗟の吶喊を行うも、僅かな隙は戦況に大きく響いた。
機甲中隊や機械化歩兵装甲中隊との連携に齟齬が生じ、その部隊への損害が発生し、B戦闘団全体に混乱が広がる。

『32機甲よりTSF-31、応答しろ! 次席指揮官は誰だ!?』

『B小隊長より中隊各機! 騒ぐな! 指揮はB小隊長が引き継ぐ―――うわっ!?』

『B小隊長機、レーザー被弾!』

『13中(装甲歩兵13中隊)よりTSF-32、31機甲! BETA群だ、約1500! 正面の山麓だ、阻止攻撃を乞う! 早く!』

駄目だ、C戦闘団はこちらより酷い、もう無茶苦茶に蹂躙されている。
見ると突撃した部下達が、正面山麓の中途で別口のBETA群、約1500に捕まっていた。 本来の攻撃目標のBETA群が、機甲部隊へ突進している。
通信回線から聞こえるのは、怒声と悲鳴、混乱し、指示を求める部下達の声。 しかし自分は何もできない、『死人に口無し』―――例えは違うが、まさにその通りなのだから。

「・・・くそう・・・」

この程度の戦場では、そうそう簡単に後れは取らない、その位の自信はある。 なのになぜ自分が『戦死』なのか?―――理由は判っている。

「くそう、周防め・・・ 参謀になった途端、やりたい放題しおって・・・!」

司令部の訓練幕僚である同期生が、自分と恵那―――同期の恵那大尉を『戦死』させたのだ。 お陰で3つの戦闘団は大混乱だ。
AとC、2つの戦闘団が所定の行動を為せなくなり、負担は残るB戦闘団にのしかかった。 先程、A戦闘団戦術機甲指揮官の最上大尉が盛大に罵声を洩らしているのを聞いた。

「・・・くそう!」

練度が、なにより練度が、足りなさすぎる。 指揮官連中はいい、連中はあれでも歴戦だ。 だが配属間も無い新米は―――どうしようもなかった。
ああ、これで帰還したら大隊長の大目玉だな―――それもまた良しとするか。 戦場で有れば、『戦死』したならば2度と大目玉さえ、喰らう事は適わないのだから。









1999年2月25日 福島市 福島第2駐屯地 第18師団


『・・・と言う訳よ。 だから緋色、アンタも是非、協力して』

電話口から聞こえる親友の言葉に、思わず力強く頷いてしまう。

「うむ、委細承知した。 愛姫、貴様の言う通り、これは聞き捨てならん事だ。 こんな前例を作られては、後々でこちらが困る」

まだ何もカタは付いていないのだが、それでもこの前例は困る。 いずれ攻略すべき要衝だ、折角ならその成果は大体的に飾ってみたいと思う。

『んじゃ、麻衣子さんには、私から言っておくね』

「うむ、沙雪さんには私から話そう。 それと念の為だ、美園にも話しておこう。 仁科には、愛姫から話を通しておいてくれぬか? あの二人も浅からぬ仲だ」

『判ったわ。 他には?』

そこでちょっと考える。 これは包囲殲滅戦だ、友軍は多いに越した事は無い。 それも強力で有能な味方が必要だ。

「広江中佐は、外せぬだろう。 それに開発本部も仙台に移転しておる、河惣中佐へも連絡を」

『上と下、両方からの包囲殲滅戦ね、判った。 広江中佐には私から連絡するけれど、河惣中佐は実はあまり接点無いのよ』

河惣中佐か。 自分も少しは関わりが有るが、あの2人程には・・・ いやまて、中佐の兄上の奥方は確か、自分の姉とは芸事の同門ではなかったか?―――よし。

「そちらは任せろ。 実は実家の伝手で、中佐のご実家とは接点が有るのだ。 河惣中佐には、私から連絡を入れる」

緋紗に少しだけ手伝って貰うとしよう。 あの面倒見の良い姉の事だ、訳を話せば労を惜しむ事は無い筈。 それに姉はあの男とも、少なからず接点が有る。 

『ん、お願い。 何としてもこの作戦、完遂するわよ?』

「当然だ、私の未来にも関係する、何としても成功裏に終わらせるぞ」

電話を切って、改めて闘志をかき立てる。 相手は難攻不落の独身主義者(なのだと思ってしまう)、しかしだからこそ、落して見せる。
でも―――そう、でもそうして自分は、これほどまでにあの人が好きになったのだろうか? 年は10歳近く違う。 お世辞にも、優しいなどという形容が似合う人でも無い。
失敗には厳しい人だ。 小隊長の頃、散々叱責された記憶が有る。 或いは当時の広江大尉より、厳しい人だったかもしれない。
だが同時に、自らにも厳しい人だった。 そして公正に見てくれる人でも有った。 上手く出来たと内心でホッとした時に、よくやったと言ってくれる目が、実は優しい人だった。
そんな背中を、ずっと見続けてきた。 気が付けば、その背中を追い掛けている自分が居た。 最初は戸惑った、そして気付いてしまった。

『実はさ、緋色ってば、そこに『得られなかった父性愛』みたいなものを、感じているんじゃないの?』

かつて親友が言った言葉を思い出す。 確かに自分は、実の父とはその様な間柄ではなかった。 幼少の頃の養父は、実に頼もしい『父親』であったが・・・
だが、親友はひとつ誤解している。 確かにきっかけはそうだったやもしれぬ、だが私は今や、その伴侶の座を狙っているのだ。

(仕方がないであろう? 気づいてしまったのだからな・・・)

最初は懊悩したが、あれはいつの話だったか―――ああ、阪神防衛戦の直前だ。 周防と話した時に、奴から聞いた元武家の女性の話。
人を好きになって、不幸な事など有るものか。 傍から見ればそうであっても、本人が幸福ならそれは、不幸などでは無いのだ。
それに『生きてさえいれば』などと悠長な事は言ってはおれない。 生きていても、伝えなければ想いは伝わらない。 想いは形にしたいのだ。

その想いと共に、さっそく電話をかけ始めた。 斯衛の隊舎の電話番号は聞いている、この時間なら当直以外ならば姉はまだ起きているだろう・・・









1999年3月5日 福島県 第18師団


「最近は賑やかなものだな、あの男の周辺は」

軍務に影響の無い範囲で、と言って色々と動いている部下の事を思い出し、自然に苦笑が出てしまう。
なにも部下だけでは無い、今は師団の副官部に居るかつての部下も、そしてあの『夜叉姫』さえもが、動き回っているのだから。

「はあ、どうやら周りは我慢の限界を越したようでんな。 そっち方面に関しては、全く煮え切らん男でしたさかい」

同僚であり、後任大隊長で有り、かつての部下でも有った第3大隊長の木伏少佐が、グラス片手に苦笑している。
そう言えばあの男は、木伏の後任や部下だったな。 新任の頃から面倒を見てきたからか、昔を思い出して苦笑しているのは。
酒保で仕入れた酒を、将集で飲んでいる。 最初はもう部屋に引きこもって寝ようかと思ったが、木伏少佐に捕まったのだ。

「あいつが結婚か。 それはまあ、喜ばしい事だ。 それにしても広江さんはやはり、あいつらが可愛くて仕方が無いらしいな」

「開発本部の河惣中佐も、脅迫じみた電話を入れたそうでんな。 妙に年上受けがええ男ですわ」

「河惣さんもか。 貴様も知っているか、満洲駐留時代にはあの人とも繋がりが有ったとか。 色々とまあ、世話を焼いたり、焼かせたりだったらしいな」

確か92式の採用直前の話だったか、直後に広江さんから話を聞いた。 河惣さんも、旦那の故・准将(故・河惣准将)の件が有って以来、結構とがっていたが。
あの直後からか、随分と雰囲気も柔らかくなった―――昔の余裕が戻って来たというか。 なにがどうなるか、判らんな。

「ところで宇賀神さん、結婚なさらんのでっか?」

唐突に木伏少佐が話を振って来た。 片目を少し上げるような仕草で相手を見つつ、無言で『どう言う事だ?』と言ってみる。

「この間、軍団司令部の中島中佐と、飲む機会が有りましてん。 王香梅中尉でしたか? まあ、ワシも人の事は言えまへんが・・・」

(中島め、要らぬ事を。 しかし、ああ、そうか。 こいつはやはり、水嶋(故・水嶋美弥少佐)―――戦死した同期生とは、いずれそう言う事に。 そう約束していた訳か)

それから暫くは、無言でお互い酒をあおっていたが、口火を切ったのは、木伏少佐だった。

「・・・荒蒔少佐は、再来月には結婚するそうでんな。 なんでも、お互いに再婚同士やとか」

「荒蒔君は新婚早々に、当時司令部に居た奥さんを戦死で喪っている。 随分と苦しんだようだ、内心でな。 相手も旦那を戦場で喪ったそうだ、お互いにもう数年前の話だが」

荒蒔少佐の相手は民間人だが、それが何の変わりかあると言うのだ。 愛する人を失った悲しみや苦悩は、軍人も民間人も変わりはしない。
あの空恐ろしい程の空虚さ。 そして孤独感。 無意識に自責の念でその埋め合わせをしようとする、そしてそれに気付く自己嫌悪。
実の所、自分は表向き立ち直るのに長い時間を有した。 しかし恐らく、まだ完全には立ち直ってはいないのだろう。

「あきまへんな、やっぱり。 夜に独りでおると、無意識にあいつの事を、考えてますわ。 色々と言いたい言葉も、仰山有りましたんや。
けどもう、伝えられまへん。 自分でもこんな女々しい奴やとは、思いまへんでしたわ・・・」

自嘲気味に笑う木伏少佐の顔を、じっと見つめる。 ここに居るのは、あの頃の自分の姿だ。
かつて自分もそうだった。 お互い生きていればそれで良い、お互いが生きる世界に生きられれば、それだけでいい。
そうは思ったが、それでも伝えたい気持ちはあった。 伝えたい言葉は多かった。 今はそれも適わなくなって久しい。

「・・・使い古された言葉だが、時が有る程度は癒してくれる。 それは本当だ」

「・・・中佐?」

「俺にも居た、そう言う女性が、昔な。 戦死した、もう会う事も、言葉を伝える事も出来なくなって久しい」

そう、もう伝える事も適わなくなった、そう長い間思っていた。 そして時は残酷で、そして時々優しい。 俺は今、別に伝えたい相手がいるようだ。

「どうやら、荒蒔君を見習うべきかもしれんな。 木伏、貴様も時が癒してくれる。 その時まで生き残れ」

「・・・あいつを、忘れろと?」

「違う、忘れるなど、出来るものか」

忘れられないからこそ、あれだけ愛したのだ。 忘れられないからこそ、伝えたいと思う気持ちが無くならなかったのだ。

「・・・忘れられないからこそ、伝えたいと願う気持ちもまた、忘れないものだ」






「神楽。 貴様、伊達と組んで、どこまでやらかそうとしているのだ?」

「人助けです、宇賀神中佐。 どこまでも何も、最後までやるつもりでありますが?」

傲然と胸を反らして、当たり前のように言う部下。 それを呆れながら聞く上官。
どうやら最近は、国連軍(に出向している中国軍)の知り合いすら、動員し始めていると聞く。

「他人の世話で、これか。 自分の時は、一体どうする事やら・・・」

独り言のつもりだったが、どうやら相手に聞こえた様だ。 聞きとめた彼女は、真っすぐこちらを見据えて言い放った。

「―――覚悟なさってください。 自分は本気ですから」

「・・・おい」

「本気ですから、中佐。 あなたに」

挑みかかるかのような視線と共に、その言葉を残して立ち去って行った。





1999年3月10日 福島県 第13軍団司令部


最近、軍団司令部に顔を出す度に、この男に絡まれる頻度が高くなってきたな―――宇賀神中佐は些かうんざりしながら、ニコニコと近づいて来る同期生を迎えた。

「おう、聞いたぞ、宇賀神! 貴様、とうとう身を固める決心をしたか!?」

「・・・ちょっとまて、中島。 貴様、なにをどう聞いたら、そう言う言葉になるのだ!?」

「照れるな、照れるな! いやまあ、なんだ? 9歳も年の離れた若い娘を貰おうと言うのだ、貴様が気恥ずかしく思う気持ちは判るぞ?
しかしなんだな、貴様も剛毅な奴だな。 相手は実家が武家、それも山吹の家らしいじゃないか?」

頭がクラクラして来た。 未だ何も話していないと言うのに、どうした事だ、これは!?

「ん? どうした?」

「中島、貴様、その話は誰から聞いた・・・?」

「誰からって・・・ さっきだ、18師団の作戦課長が嬉しそうに話していたぞ? 彼女にとっても、浅からぬ間柄だそうだな、相手の女性大尉は。
貴様も昔は、作戦課長と同じ隊に居たよな? ほれ、91年の大陸派兵の最初期の頃だ―――ああ、その前に少尉時代も同じ隊だったか、確か」

悪い予感しか思い浮かばない。 あの男―――周防大尉への『包囲網』を作る最中で、どうやら自分も巻き添えを喰らった事になったようだ。
自分は女心については正直疎い、そう自覚しているが、同時に彼女達の妙な一体感は無視できない、そう学習もしてきたつもりだったのに・・・

「戯け、そうなったらまず先に、貴様に話している。 残り少ない同期生を後回しにするものか」

「ふん・・・ なら、早い所決めちまえ。 神楽大尉だったか? 似ているな」

「・・・似ている?」

「顔立ちじゃない、雰囲気とか、伝え聞く人柄とか。 彼女も一本気で生真面目だった、そして情の深い女だったな―――王香梅中尉も」









1999年3月23日 福島県 第18師団第181戦術機甲連隊


「何とかまあ、カタが付いた様ですわ」

結婚式から帰隊した木伏少佐が、宇賀神中佐の顔を見るなり開口一番、そう言った。 その顔が妙に穏やかに吹っ切れている。 
ここの所見せていた、乾いた哀しさを伴った江見はまだ変わらないが。 それでも何かに悩み続け、思いつめる様な感じは無くなっていた。

「貴様も、ひとつ吹っ切れた様だな、木伏?」

その問いかけに、変わらず乾いた笑みを浮かべるだけの木伏少佐だったが、それでもひとつの峠を越した事は確かなようだった。

「・・・7ヶ月ですわ、あいつが逝ってから。 忘れまへん、忘れはしまへんけど、ワシもそろそろ前に歩き出しますわ。
せやないと、遠い将来あいつにばったり会うた時が、えろう怖いでっから―――あいつはワシを拘束する為に生きとったんや、あらしませんしな」

そうだな―――そう思う。 自分もそう思う。 思えば昔の自分は、彼女の死を免罪符にして、自らを拘束していたのだろう。
もうそろそろ、いいではないのか? 何時までも拘泥しているのは、自分自身だったのではないのか?

(『我愛你(ウォアイニー)、勇吾。 でもどちらかが死ねば、私達は別の道を探すべきよ』)

―――我愛你、香梅。 俺はそろそろ、別の道を行く事にする。 道の向うに、伝える相手が出来た。









1999年4月 福島県 第18師団


「正式に決定した、8月決行だ」

いよいよ、本土奪回作戦の歯車が回り始めた。 これからの数カ月、その為の準備に死ぬほど苦労するだろう。

「望む所です。 部下達もようやく、満足な実戦的な動きが出来るようになりました。 どの部隊にも、後れは取りません」

「気負い過ぎるなよ? 神楽。 今更だろうが、そうそう、くたばる事は許さん」

「ご心配無く。 せめて本土から連中を叩き出すまでは、死ぬ予定は有りません」

傍らの補佐役の女性将校―――先任中隊長が、静かに闘志を燃やしているのが判る。
そんな彼女を見ていたら、不意に思いがけない言葉が口から出た。 いや、本当に言いたかった言葉だ。

「―――いや、それも許さん。 お前は俺の傍に居ろ、ずっと、この先もずっと。 いいな? 緋色」

一瞬、軽く眼を見開いて、そして静かに微笑んで彼女は言った。

「―――はい。 ずっと、お傍に」





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