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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 晦冥
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/04 20:12
※今回小ネタ ネタ元『ブラック・ラグーン』(BLACK LAGOON、広江礼威先生)




1998年8月14日 京都防衛戦開始。


8月15日 未明、京都。


漆黒の夜の闇の中を、1群の戦術機が夜目に鮮やかな噴射炎をたなびかせ、低空を突進している。
もう突撃路は限定されている、琵琶湖湖上から比叡山上空を縫うように飛行し、一気に南下する、それしか他に無かった。

「リードより全機、ポイントデルタ通過、もう直ぐマウント・ヒエイの上空だ。 そこからは『サーカス』だ! フェニックスを撃ち込む前に山に激突、なんてアメリカ海軍の恥晒しはするなよ!?」

―――『サー! イエス・サー!』

7機に減じた米海軍CVN-71『セオドア・ルーズベルト』所属のVFA-103―――第103戦術歩行戦隊、戦隊長のスコット・マッケイ少佐が率いる最後の攻撃隊。
7機のF-14D≪トムキャット≫が編隊を維持しつつ、見事な夜間低空突撃を敢行しつつあった。 行く手は京都、東山。

「RIO、リズィ!?」

『サー、5ミニッツ。 ベクター2-9-5、エンジェル500(フィート)、タノダニ・パス(田ノ谷峠)からマウント・ダイモンジ(大文字山)を回って、アタック・ポイント!』

RIOのエリザベス・ヤング大尉の声は冷静だ。 流石は『アイス・ドール』、しかし本当は情熱的な女性だと知っている―――他言は一切出来ない関係だ。
10分前にJIN(日本帝国海軍)の母艦戦術機甲部隊が、連中にとって最後の攻撃を仕掛けた、被害は甚大だった。
しかしその結果、光線属種と言う『天敵』のかなりを排除できたと言う―――主よ、感謝します。 そして勇者達の魂に、安息があらん事を。
やがて編隊は田ノ谷峠上空を通過した。 攻撃開始地点まであと10数秒。 視界が目まぐるしく移り変わる。 大文字山の山肌が高速で視界を流れる。 そして―――見えた。

「リーダーより≪ジョリー・ロジャーズ≫全機! 攻撃態勢!」

―――『ラジャ!』

部下達が一斉に唱和する。 7機のF-14Dは、戦隊長機を中心にウェッジ陣形に空中で展開した。 夜間、低空突撃中、それは見事な空中機動だった。
眼下は地獄だ。 燃え盛り、爆発し、黒煙を噴き上げ滅びゆく、千年の都。 若かりし頃、横須賀に入港した際に足を延ばして観光した事が有った。 美しい都だった。
スコット・マッケイ少佐は微かに頭を振り、過ぎし日の感傷を振り払う。 感傷に浸って死んでしまっては、笑い話にもならない。 合衆国軍人の姿では無い。
同時にフェニックスを一斉全弾発射。 祇園から清水寺周辺にかけて展開中の斯衛第16大隊周辺に群がりつつあるBETA群を、一斉に吹き飛ばす―――大型種が姿を現した。

『シット! やっぱりデカイ連中は、しぶとい!』

2番機の操縦衛士であるジム・オコーナー大尉が、吐き捨てる様に言う。 それでも思いたい、自分達の支援は少しでも有効だったのだと。

「―――第103戦術歩行戦隊≪ジョリー・ロジャーズ≫、戦隊長より帝国斯衛軍! フェニックスを届けに来た! これが最後の手土産だ、貴軍の武運を祈るッ!」

『ザッ・・・より・・・ ザッ・・・≪・・・ロジャース≫、そなたら・・・心よりの感謝を・・・』

重金属雲の為に、雑音が酷い。 それでも聞こえた、『感謝を』と。 我々が支援する為の部隊は未だ、この地で奮戦している。 そして我々の支援は無駄ではなかったと。
戦域をフライパスする寸前に見えた、青色のファントム―――いや、インペリアル・ガーズのType-82か―――から聞こえた声に敬意を称して敬礼し、飛び去って行った。





8月15日 未明 京都放棄。

近畿1都1府4県人口約2250万人。 死亡約1020万人。 累計死者数約2380万人。

8月17日 BETA群3万8000、北陸方面へ移動。 敦賀市の海軍連合陸戦第3旅団、全滅。 琵琶湖運河敦賀水道、使用不能に。
8月18日 BETA群、福井県福井市侵入。 東海軍管区第6軍第15軍団、第45師団迎撃開始。
8月19日 第45師団、金沢市まで後退。 BETA群、石川県金沢市に侵入開始。
8月20日 第45師団全滅。 BETA群約3万6000、富山市内突入。 第15軍団第36師団迎撃開始。 
     北関東の第14軍団(第35、第48師団)、新潟県上越市に展開開始。
8月21日 第36師団、突破される。 BETA群、黒部から新潟県境へ。 第36師団残余、能登半島に。
     九州の西部軍集団、近畿の中部軍集団、再編成。 戦力の統合・他地域への抽出開始。

北陸3県人口約308万人。 死亡約280万人。 累計死者数約2660万人。

8月22日 早朝、上越市防衛戦。
8月23日 第14軍団、新潟市へ後退。 BETA群約3万3000の内、約2万5000が渡海開始。
8月24日 新潟市防衛戦。 BETA群、約8000。 BETA群約2万5000、佐渡島・小木海岸上陸開始。 
    「佐渡島防衛戦・佐渡島救出作戦(島民約6万3000人脱出作戦)」を海軍第3艦隊開始。
8月25日 0115時、BETA群、真野湾付近到達。 1420時、両津港防衛戦。





1998年8月25日 1630 新潟県佐渡島 両津港


「急いで! 列を乱さない! 大丈夫、脱出船は十分にある!」

「割り込むな! まずは女子供と年寄りが先だ! おい、貴様! 大の男が取り乱すな! 女性と子供が最優先だと言っておる!」

「ああ、ああ、大丈夫だ、大丈夫だよ。 向うでお母さんに会えるから・・・」

「第4陣、出港します! 続いて第5陣、入港予定は15分後! 収容人数3200名です!」

「これまでの脱出人数は!?」

「約1万2000名!」

避難民で溢れかえる港湾で、誘導を行っていた帝国海軍第3艦隊から派遣された士官達の間に、呻き声が漏れる。
1万2000人。 少ない数では無い、しかし島民の数は約6万3000人。 どれだけの数がBETAの犠牲になったかまだ判らぬが、額面通りだとあと5万1000人。
果たして時間は大丈夫なのか? 脱出する為の時間は? 第3艦隊主力は真野湾一帯に猛烈な艦砲射撃を加えているが、それでBETA群を押し止められるか?―――無理だろう。

第3艦隊は大陸や半島、それに統一中華や大東亜連合への支援攻撃に参加した、実戦経験豊富な連中が集まっている。
その実戦経験からして、時間は酷く少ない事を理解していた。 そしてその結末も、彼等は理解出来ていたのだ。
目前の、恐怖に怯える民間人の顔、顔、顔。 前にも経験した、その顔が永遠に失われてゆく様を―――経験したくなかったが。

「通信長! 藤崎中尉! 戦隊司令部より、収容完了予定時刻の確認が入っております!」

第3艦隊打撃駆逐艦『長波』通信長の藤崎省吾海軍中尉もまた、艦から派遣されて港湾で避難民脱出の指揮を執っていた。
両津南埠頭ビルに仮設された収容本部に入り、部下の下士官が差し伸べる野戦電話をひったくり、藤崎中尉は怒鳴る様に報告した。

「完了予定ですって!? 『完了』は有り得ません! タイムリミットまで間に、どれだけ助けだせるか、です!
は? 想定人数?―――戦術機部隊の頑張り次第ですよ! 精々、今日半日保たない! 船団はあと3陣か4陣が限界です、都合2万人前後!」

それだけ言うと、叩きつける様に受話器を置いて電話を切った。

(―――畜生! 駄目なんだよ! こういう場合は全員の収容なんて、無理なんだ! 俺は半島で経験した! あの釜山港の惨劇を!)

思い出す、思い出さずにいられない。 今年の1月。 世の中は『光州の悲劇』しか覚えていない。 しかしそれに匹敵する悲劇が、釜山でも有ったのだ。
1998年1月19日 半島南部、釜山港。 港湾ゲートに群がる避難民。 その群集に銃口を向け、発砲命令を出した自分。 そして・・・

(『―――藤崎中尉、大変心苦しいのですが、私の生徒達をお願いします―――ここに残る30人は、私の担任クラスの女生徒たちなのです』)

微笑んで、残る教え子達と共に死んでいった女教師。 何と言ったか―――ああ、白先生。 白愛羅(ペク・エラ)先生と言ったか。
佳人だった、実に佳い女性だった。 聖職者とは、彼女の様な存在を言うのだろう。 生徒達は大層慕った事だろう。

(・・・だけど、もう見たくないぞ)

あんな哀しい美しさは、もう見たくない。 本当に見たくなかった。
そんな回想はほんの一瞬。 直ぐに我に返ると本部を出た。 まだまだやる事は山ほどあったからだ。
本部を出て受け持ち担当区の市立小学校へ戻る。 そこに1群の戦術機部隊が補給の為に戻っている様子が見えた。
第3艦隊の母艦戦術機部隊―――『飛鷹』か、『準鷹』の部隊だろう。 どっちだ? 暫くして見知った顔を見つけた事で、『飛鷹』の部隊だと判った。

「おい、史郎!」

藤崎中尉の呼びかけに、その海軍衛士―――同じ海軍中尉―――が振り返る。 そして藤崎中尉を認めて、嬉しそうな人懐こい笑顔を見せた。

「ああ、省吾兄貴。 やっぱりここに居たか」

衛士の名は、右近充史郎海軍中尉。 藤崎中尉の母方の1歳年少の従弟。 海軍兵学校も1期下だった。

「やっぱり? どうして?」

「ウチの艦からも、通信(通信士)と航海(航海士)が派遣されているからな。 多分、『長波』からは省吾兄貴だろうなって」

「ま、そりゃそうか」

首を竦めて苦笑する。 そして直ぐに軍人の表情に戻った。

「で、史郎。 どうなんだ?」

「何とか日付が変わるまで・・・ いや、やっぱり駄目だな、保たないよ、それまで」

「そうか・・・」

最前線で阻止戦闘を展開している2隻の戦術機母艦所属の、合計48機の戦術機部隊―――84式戦術歩行戦術機 『翔鶴』
幾ら戦艦やその他の艦艇の支援があるとはいえ、たったの48機では防波堤にすらなりはしない。 やはり時間との勝負か。

「既に『準鷹』の部隊は半数にまで減った、12機だ、1個中隊。 僕達も10機を失ったよ、残存14機。 合計26機が正真正銘、最後の護り手だ」

疲れた表情で、それでも闘志を失っていない目で、右近充中尉がそう言う。 最後の護り手―――そうだ、帝国軍は『醜の御盾』なのだから。
どんな事があっても、どんな苦境でも、泥を啜ってでも生き抜き、皇帝陛下と帝国と、そして国民を護り抜く義務がある。

「・・・昨日な、『駿河』の叔父貴から連絡があった。 直衛兄貴と直秋の2人な、京都防衛戦を生き残ったって」

第3艦隊の戦艦『駿河』艦長・周防直邦海軍大佐は、2人の母方の叔父であった。 そして今出た名は、陸軍に所属して京都防衛戦を戦った、2人の母方の従兄弟達だった。
その事に、右近充中尉が嬉しそうに微笑む。 同年代の従兄弟同士として幼少の頃から良く遊び、仲の良かった間柄だ。 無事なのは、やはり嬉しい。

「直衛兄貴は歴戦の衛士だから、余り心配して無かったよ。 でも直秋は僕より2つ下だから、正直心配だった。
よかったよ、本当に。 だったら、またみんなで集まって・・・ 今度は一杯飲もうか? 従兄弟同士で集まるのも、久しぶりだしね」

「ああ、そうだな、そうしよう。 だから―――死ぬなよ、史郎?」

「省吾兄貴もね」

そう言って、2人の従兄弟達は別れた―――永遠に。





1998年8月25日 1830 新潟県佐渡島 両津港沖 第3艦隊戦艦『駿河』


『両津港の収容本部より通信が入りました!』

『BETA群、佐渡空港に到達! 一部が加茂湖に入りました!』

『戦術機部隊、収容完了! 残存機数、『飛鷹』が6機、『準鷹』が5機! 損失37機!』

『僚艦『遠江』、巡戦『鈴谷』、『熊野』より入電あります!』

戦艦『駿河』艦長の周防直邦海軍大佐は、CICではなく夜戦艦橋に陣取って、彼方に見える佐渡島を睨みつけていた。
もうタイムリミットは過ぎた。 多くの民間人を脱出さす事は出来たが、より多くの民間人を置き去りにする事となった。

『井口だ。 周防、突入はどうするか?』

僚艦である戦艦『遠江』の艦長で、海兵同期生でもある井口大佐が確認してくる。 同期生だが、周防大佐の方が卒業席次は上―――先任だった。
第3艦隊司令長官である小沢中将が30分前、重光線級のレーザー照射で倒壊した前部射撃指揮所の倒壊に巻き込まれて負傷した。 参謀長も巻き込まれたのだった。
その為に第6戦隊の2戦艦『駿河』、『遠江』と第11戦隊の大型巡洋艦(『最上級』、巡洋戦艦とも言われる)の2隻、『鈴谷』、『熊野』の指揮を周防大佐が執っていた。

『安倍です! 周防さん、突入しましょう! 4隻の一斉砲撃ならば、まだ救える!』

『田所です、周防さん、このままでは、我々は佐渡島を・・・ 多くの民間人を・・・!』

『鈴谷』艦長の安倍大佐、『熊野』艦長の田所大佐、海軍兵学校の3期後輩の指揮官達も聞いて来る。 安倍大佐は日頃の熱い情熱のままに、田所大佐も隠れた熱情を表して。
内心では周防大佐もまた、突入を命じたい欲求が荒れ狂っている。 しかし、先程負傷した小沢長官の言葉―――『戦は長いぞ、周防君』 それが耳に残る。

「・・・突入はせぬ。 全艦、要請有り次第、全火力を叩き込み、その後に離脱する」

『ッ! 周防さん!』

『佐渡島を・・・ 放棄すると?』

後輩の大佐2人が、憤懣やる方ない表情で悔しがる。 目前にはBETAに蹂躙される『我等が国土』があるのに! ここで引かねばならぬとは!

「安倍君、田所君、私も悔しいのだよ。 だが解れ、指揮官ならば。 諸君は一艦を預かる艦長だ。 井口、貴様、判るな?」

『・・・うむ、貴様の言う通りだろう、周防。 小沢長官も同様に言われるだろうな。 おい、安倍君、田所君、『周防伍長』の言う事だ、聞け』

―――『周防伍長』とは

海兵時代の懐かしい呼び名に苦笑する。 海軍兵学校での生徒隊は1学年10人程で、4学年40人程の『生徒分隊』を構成する。 大体30~40分隊程があった。
その中の指導役、最上級生の1号生徒(4年生)の中から成績最優秀者を『分隊伍長』に任じ、生徒自治を重んじる伝統があったのだ。
周防大佐の兵学校生徒時代、彼は1号生徒の頃に『分隊伍長』をしていた。 同じ分隊で補佐役の『分隊伍長補』が井口生徒―――今の井口大佐だった。
そして同分隊の3期下、入学後間もない4号生徒(1年生)の中に、安倍生徒と田所生徒がいた―――今の安倍大佐と、田所大佐だった。

『むっ・・・ むうう・・・!』

『・・・安倍、仕方が無い。 悔しいが、周防伍長と井口伍長補の言う通りだ・・・』

同僚達がようやく同意したその時、未だ佐渡島―――両津港の港湾ビルに取り残された脱出収容本部から通信が入った。

『本部より艦隊司令部。 これから指示する座標にありったけ、撃ち込んで下さい!』

転送されてきたその座標を見て、司令部要員も艦橋要因も、一様に絶句する。 予備の後部射撃指揮所に移っていた『駿河』の砲術長が、躊躇いがちに返信した。

『こちら『駿河』だ。 収容本部、この座標に間違いないのか? ここだと、君達は・・・』

『・・・収容本部、藤崎中尉です。 周囲はクソッたれなBETAで溢れかえっております。  ですので―――四の五の言わず、俺達の真上に、ありったけの砲弾を撃ち込め!』

その言葉に全員が目をつぶる。 恐らく収容本部の残員達は、逃げ出す事が出来なかった避難民と共に、BETAの重包囲下にある。
そしてBETAに喰い殺されると言う恐怖を、少しでも、ほんの少しでも和らげる方法は、今の艦隊にはひとつしか無いのだと、そう言っているのだ。
それまで沈黙していた『駿河』艦長・周防大佐が通信機の受話器を握る。 両津港の収容本部へ問いかけた。

「・・・『駿河』艦長、周防大佐だ。 収容本部、藤崎中尉。 この座標に全艦艇の、全火力を撃ち込む。 それで―――良いな?」

『・・・感謝します、艦長。 周防大佐、お願いします』

通信に一瞬の間があった。 軍人同士か、叔父と甥か、果たしてどちらとしての会話だっただろうか。
無言で周防大佐が片手を上げる。 それを見た艦橋要員が、後部射撃指揮所へ通達する―――『主砲、射撃用意!』と。
僚艦へも通達が行く。 全艦艇が針路を調節し、全砲門を佐渡島へと向け終わった。 周防大佐の片手が振り降ろされる。
同時に命令が通達された―――『主砲、発射! 全VLS、発射!』、と。 凄まじい轟音と甲高い飛翔音と共に、第3艦隊の全火力が佐渡島に向かった。


『叔父貴・・・ さっき、史郎が死んだ。 最後まで踏み止まって、機体をレーザーで焼かれた。 お袋や姉貴達に宜しく言っておいてくれ、史郎の分も』

不意に、通信回線にプライベートな内容が流れた。 誰も咎めようとはしなかった。 周防大佐は目を反らさなかった。 佐渡島に自分の姉達の顔が重なった。
藤崎省吾中尉は、周防大佐の次姉の息子。 先程戦死したと知らされた右近充史郎中尉は、長姉の息子だった。
着弾まで、あと5秒。 佐渡島から無数のレーザー照射が立ち上る。 艦隊からは連続した艦砲射撃が続く。 

『今度は、見捨てない。 もう、あんな事はしたくない・・・ 残念だよ、直衛兄貴や直秋、みんなと飲む事が出来なくて・・・』

周防大佐は佐渡島を凝視し続けた。 両津港一帯に爆炎が立ち上り、やがて見えなくなり、そしてレーザー照射も上がらなくなるまで。

「・・・射撃、止め!」

周防大佐の号令に、全艦艇から砲撃と誘導弾の発射が止まる。 殷々と木霊した砲声が収まった、やがて大佐の感情が全く欠落したような声が、艦橋に響いた。

「・・・艦隊針路、135度」

黒煙がもうもうと立ち上る両津港を暫く見据えたあと、艦隊は新潟へ向け反転して行った。





8月25日 1830時、佐渡島放棄。 島民の65%(約4万人)が命を落とす。
     2025時、新潟防衛戦、BETA群市内中心部侵入開始。 信濃川にかかる西区=中央区の全ての橋を爆破。
     2105時、住民は新潟港、新潟東港から脱出船乗船開始。 第3艦隊、海岸線付近まで接近・直接砲撃開始。
2355時、新潟市放棄。 
8月29日 衛星情報、佐渡島にハイヴ建設開始を確認。

新潟県人口約240万人。 死亡約190万人。 累計死者数約2850万人。


9月4日 第14軍団(第35師団、第48師団)戦力半減(阿賀野川防衛線) 佐渡島よりBETA群約2万7000、新潟に上陸。 新潟のBETA群、約3万4000にj。 南下開始(南下個体数、約3万2000)
9月5日 関西よりの第49師団(元第9軍団)、長野県に展開完了。 BETA群、三条から長岡・小千谷に到達。
9月7日 BETA群約2万4000、千曲川沿いに長野県内に侵入開始。 BETA群約8000、新潟=群馬県境威を突破。 北関東侵入開始。
    「関東軍管区」再編成完了。 新編第2軍団(第43、第50師団。 関西より第40師団の3個師団)北関東で防戦開始。
9月8日 南関東の第4軍団(第13、第44、第46師団)、静岡の第37師団第371旅団戦闘団、長野県内展開。
9月10日 重慶ハイヴ周辺の飽和BETA群、約3万を確認。
9月12日 米国政府、イカロスⅠよりの全データ解析完了と発表。





1998年9月12日 2100 アメリカ合衆国ニューヨーク州 ニューヨーク市


―――マンハッタン、アッパー・イースト・サイド。 
高級住宅地として知られるエリアの一角、かつて20世紀初頭にはとある大富豪の邸宅として建てられた豪壮な屋敷。
今は合衆国で最も力を有するある財団が所有する、『クラブ』として運営されている。 ここに出入り出来る人間は、極めて限られている。
英国上流階級の嗜好を引き継ぐその『クラブ』は完全会員制、女性は完全立ち入り禁止。 限られた東部支配階級―――エスタブリッシュメントだけだ。 
広大な敷地、豪壮で格式のある館。 その館内は豪華な食事を供する食堂、図書室、カード室、喫煙室など、50数部屋を数える。

「・・・第2師団は壊滅。 第25師団の損害も甚大。 海兵第3師団も戦力の35%を失った。 
戦死1万1500余名、戦傷2万1000余名、合計3万2500。 実に遠征部隊の半数に相当する―――未曾有の大損害ですな」

ソファに腰掛け、葉巻とブランデーを楽しんでいる初老の男が、まるで他人事のように言った。
その言葉に同席する何人かが、不愉快そうに顔を顰める。 その表情を可笑しそうに見つめ、初老の男が言葉を続ける。

「Times(N.Yタイムズ)、W.P(ワシントン・ポスト)が大騒ぎですな。 WSJ(ウォールストリート・ジャーナル)は、この下半期の株価下落を予想しております。
まったく、困ったものだ。 最近は環境団体や人権団体も煩い、何より婦人団体がね。 どんなモノ好きな篤志家でも、大切な息子を無駄に死なせたい母親は、おりませんからな」

その言葉を受けて、暖炉の前でコニャックのグラスを傾けていた鋭利な印象の中年男性が、壁にかかった絵画を眺めながら言った。

「・・・大統領支持率は、60%を割って50%台前半まで落ち込んでいる。 このままでは秋の中間選挙を勝つ事は難しい、政権運営に支障が出る事となる。
党としても、只今の議論は前向きに検討せねばならない、そう言う結論となった。 ああ、ジェネラル、無論の事だが軍の縮小は無い、安心したまえ」

思わずソファから身を浮かしかけた軍人に向かって、声と手で制止する。 軍部の『利権』を保障されたその将軍は、ほんの少し安堵の色を見せ坐り直した。

「だが実際問題、野党の追及は厳しさを増すばかりだ。 世論も逆風となれば、これはもう早期の撤退を実現せねばなるまい?」

「それはいい、既に確定事項だ。 ホワイトハウスへも通達済みだ、我々の『お友達』からな。 大統領は反対できぬよ。
それより大丈夫なのか? 我々の、合衆国軍の庇護を失った日本が早々にBETAの前に陥落したとあっては、今後の全体計画の見直しが必要になろう?」

「くっくっく・・・ 『トータル・プランニング』? 一体、誰にとってのプランかね?」

室内に失笑が漏れる。 この場に居る人物達は、合衆国内の複数の立場・勢力をまたに掛ける連中だった。 
特定の立場には無い、さながらアメーバの如く、合衆国の深い闇の底の、権力の源泉近くに生息する者達。

「・・・皆にとって、だよ、君。 共和党、民主党、連邦政府、財界、官界、軍部・・・ オルタネイティヴ4計画、オルタネイティヴ5計画、各々に関わる者達。 皆にとってだ」

彼等にとって、特定の集団は意味を為さない。 その全てを把握し、操作し、己が思う様を描き―――支配し、利益を得る。
その意味では合衆国大統領さえ、彼等にとってはチェス盤上の駒に過ぎない。 他の様々な勢力、諸外国―――そう、日本帝国もだ。

「くくく・・・ オルタネイティヴ5か。 『イカロスⅠ』の状態がどうなっておるか、公表されれば連中も青褪めるだろうて」

「・・・それは良い手ではないか? どうも第4計画の旗色が悪い、第5計画一辺倒ではバランスがな。 どうかね?」

「宜しいですな。 丁度明日、連邦政府が国連総会に捻じ込む予定だ。 その後が良いだろう、NASAとESAに根回しを―――予算の増額を餌にな」

「ああ、それがよかろう。 それと先程の兵站については、筋書きが既に整っておるよ。 一旦外国に売却した『新古品』をどう扱おうが、我々の知った事では無い。
それに向うの頑迷な民族主義者も、面子を潰さずに済む。 まったく、度し難い連中だ。 だが、餌を与える方法とタイミングさえ失さなければ、飼い馴らすに容易だな」

ラングレー(CIA)のペーパー・カンパニーが仲介の労をとる、一旦タックス・ヘブンの国にあるそのペーパー・カンパニーが輸入し、後は複数を経由して、日本へ。
連中をここで飢え死にさすのは、得策ではない。 大量消費が見込めるマーケットとして、大金を生み出す金の鵞鳥として、何よりステイツの防波堤として。

「精々、頑張って貰わねばならん、今回の『お仕置き』は別としてだ。 飼い主としては、飼い犬に餌を与える義務がある」

彼等にとっては、世界中の全てが『飼い犬』だ。 己と同等の存在など、認める事は無意味だ。

「では、全てはその方向で。 宜しいな、ジェントルメン?」

初老の男の声に、皆が頷いた。





9月13日 米国、国連総会においてオルタネイティヴ5計画への早期移行を要請。
9月14日 重慶ハイヴ周辺の飽和BETA群、約2万8000が移動開始(重慶A群)
9月15日 NASA、ESA、共同声明発表『イカルスⅠよりの通信途絶により、ダイダロス計画は失敗』 米国政府は否定。
9月18日 長野県、群馬県の戦線、膠着状態(BETA群、不活発状態に)
9月20日 重慶ハイヴBETA群、2分裂。 約1万8000(A-1群)武漢市から北東に移動。 約1万2000(A-2群)長沙市から福州方面へ移動。 
鉄原ハイヴ周辺の飽和BETA群、約2万3000を確認。
9月25日 中部軍集団より第14、第18、第29師団、後方へ移動。 戦力再編制を命じられる。





1998年9月26日 1330 和歌山沖 戦術機母艦『大隅』


黒潮の流れが荒い。 艦の舷側で海を見てそう思った、まるで今のこの国の様子の様だと。 そんな事を考えながら、煙草を吸える場所―――煙草盆、喫煙所を目指して歩いていた。
何となく艦内に居たく無かった。 中隊の連中は一足先に他の母艦に詰め込まれ、一路北日本を目指していた。 俺達指揮官は事後処理で出発が次の便になったのだが・・・
士官室の空気が暗い。 源さんや三瀬さん、間宮もだんまりだし、佐野君や葛城君も口数が少ない。 いつもの賑やか面子の和泉さんと愛姫、美園に仁科まで。
緋色はずっと塞ぎがちだ、圭介もむっつりして言葉少ない。 俺自身、自分のバイオリズムの低下を意識しているから、余計に気が滅入る。

そんな事を考えながら喫煙場所に辿り着いたら、先客が居た。 木伏さんだった。

「・・・なんや、周防。 お前もあの空気にウンザリした口かいな?」

見かけは変わらず飄々と。 しかし内心の奥底が示す影は消しようが無い。 黙って隣に座り(備え付けのデッキチェアだ)、煙草に火を付ける。
一息吸って、盛大に紫煙を吐き出す―――不味い、こんなに不味い煙草、久しぶりだ。 銘柄は変えていない、軍至急のヤツだ。 と言う事は、俺の内心が不味いと言っている。

暫く2人黙って海面を見ながら、煙草を吹かしていた。 と、唐突に木伏さんが話を振って来た。

「おい、周防。 お前、綾森とは結婚せぇへんのか?」

「・・・唐突に、何を。 しますよ、結婚。 彼女の傷が癒えたら、迎えに行きますから、絶対に」

「そりゃ、ええ事やな。 思い立ったが吉日、ってやつや。 どうせこの艦は仙台に行きよる。 綾森も今月、あっちに転院したんやろう? リハビリやったか?」

祥子は片腕、片脚の疑似生体移植手術を受け、その後はリハビリの為に仙台の軍病院分院に転院していた。
今頃は辛いリハビリを頑張っている事か。 疑似生体手術を受けた衛士の、復帰率は10%を切る。 大抵は神経接続の状態が、衛士復帰の条件に達しないからだ。
内心で、その方が良いとも思う自分が居る。 身勝手と言えば言え、俺は彼女にこれ以上戦場で生死を彷徨う目に、会って欲しくない。

「ですね。 衛士復帰は、可能性は低そうですが・・・ CP将校か何か、別の兵科に転科でもしてくれれば・・・」

「・・・それがええわ。 惚れた女が生きるの死ぬの、めっちゃ堪えるで、あれは・・・」

木伏さんは視線を海に向けたまま、手に何かを握り締めて弄んでいる―――指輪だった。

「まったくなぁ・・・ 殺しても死にそうにない様な女やって、そう思うとったけどな。 どうもワシの目は、とことん節穴やったらしいわ」

・・・水嶋さんの事か。 やっぱり、言うつもりだったんだな。

「あいつが死ぬとは、思うてへんかった。 お前ら後任連中にとっては、結構怖い肝っ玉姐御やったやろうけどな。 あれでいてな、中身は情の深い、ええ女やったんや・・・」

新任当時から、散々お世話になった。 情が深い、そうだ、あの人は本当に情の深い女性だった。 そして俺達後任の事を、いつも気にかけてくれていた。
木伏さんと水嶋さん、同期同士の2人。 出来れば・・・ 本当に出来る事なら、一緒になって欲しかった。 一緒に幸せになって欲しかった。

海風が冷たくなってきた。 まだ陸地は残暑が厳しいけれど、海上は秋の風が吹いている。

「この指輪なぁ、実は水嶋がくれたんや」

「・・・はい?」

「普通、逆やで? ホンマに・・・ ワシがな、『今度、結婚せえへんか?』って言うたらな、2日後にアイツ、この指輪買うてきよったんや。 『私を世間の尺で計らないでよね!』ってな」

「・・・本当に、世間の尺にはまらない人ですね・・・」

少し唖然とする。 でも、それを受け取る木伏さんも、木伏さんだと思う。

「結局、形見になってもうたわ。 正直、ワシには似合わんけどな、それでも最後までコイツと一緒や。
あいつが命かけて守ったこの国や、ワシがここで降参する訳には、イカンわな。 なあ、そうやろ?」

そう言う木伏さんの顔が、寂しそうで、切なさそうで、それでいて少しだけ誇らしげに見えた。





10月5日 米国、日米安保破棄。 在日米軍、総撤退開始。
     重慶A-1群、山東半島より黄海渡海。 鉄原ハイヴへ到達。 鉄原ハイヴ周辺飽和BETA群、約4万1000。
10月22日 鉄原ハイヴ周辺飽和BETA群、約3万8000が半島東岸に到達。 渡海開始(重慶・鉄源B群)
10月26日 重慶・鉄源B群のBETA群、佐渡島に上陸。 佐渡島ハイヴ周辺飽和BETA群、約4万を確認。






1998年11月2日 1355 インドネシア・ジャワ島 バンデン州・コタブミ


かつてはバンデン州の州都・スラン郊外の小さな町が、今や東南アジア経済圏でも有数の貿易港となっている。
ジャワ島の最西端、スンダ海峡を挟んで対岸はスマトラ島だ。 工業地帯を抜けた西の端、外港であるコタブミ港の埠頭近く、新市街の外れのビル群。
東アジア系と見える2人の男が、一室でひそひそと密談をしていた。 片方の男は40代半ば頃、暑い最中にも麻の背広を着込んでいる。

「では、ミスター・モアイ。 マージンはこの通りで。 大丈夫だ、支払代金はキチンと『綺麗にされた』資金が使われる。 オタクの『会社』に迷惑はかからんよ」

見かけに反して見事な発音のクイーンズ・イングリッシュで話す『商談相手』の素性は、調査通りなのだろうな、麻の背広姿の男はそう思った。
それにしても、ボラレたものだ。 合衆国からカリブ海の某国―――タックス・ヘブンの国―――の『お友達の会社』を経由して、このジャワ島へ。
ジャワ島で『ラベル』を張り替え、『大東亜連合製』に変身してから、船団に積み込まれて帝国へと『輸出』される訳だから、マージンの2重取りだ。
まったく、これだから国粋主義者と言う連中は! 付き合いのある2、3の陸海軍軍人の中には、『撃ち込んでしまえば、メイド・イン・USAだろうが何だろうが、関係無い』と言う人物も居ると言うのに。

「商売繁盛だねぇ、ミスター・バックジーシン。 シンガポールの『本社』も業績益々盛んで、羨ましい限りだよ」

「・・・この世の中、クソッたれな事ばかりだ、ミスター・モアイ。 しかし俺はね、あのクソッたれなBETA共は唯一、正論を示している、そう考えるのさ」

「ほう? それは、何かな?」

「くっくっく・・・ この世の中『力は絶対的な正義、暴力はその正当な手段』だとね! どうだい?」

「おやおや、君の故郷はその『絶対的な正義』の、腹の中に収まった筈だけどねぇ?」

「そうさ、だから俺は学習したのさ。 そしてここで―――現代の『ソドムとゴモラ』で、その実践と復習をしている訳だ。 どうだね? 勤勉じゃないか!」

ミスター・バックジーシン―――白紙扇。 三合会(サンヘィフィ)、既に陥落した香港を根城とした、かつての黒社会組織、その幹部職の名の一つ。
目前の男も、表向きは堅気の公司(会社)の総経理(社長)の肩書を持つが、実際はシンガポールに拠点を移した14K傘下の坐館(2次団体)のボスだ。
表向きは輸出入商事業の他、不動産業、証券業、運輸業を営むが、裏では娯楽業に関わる様々な合法・非合法の『シノギ』を持つ。

大陸から中国が叩きだされる数年前、三合会はこぞって香港を捨てた。 以後、本拠を華人国家であるシンガポールに移し、東南アジア全域に進出して行った。
今では南シナ海、ジャワ海、バンダ海、アラフラ海―――大東亜連合と豪州を含む地域の流通に、かなり食い込み、その影響力を強めていた。
その地域はやがて、大陸諸国の陥落と共に重要性を増し、今やアジア全域の中でも1、2を争う大商業地域と化した。
そしてここ、南国の新たなビジネスセンターにして、悪徳と背徳の栄える都、コタブミも例外では無かった。

「まあねぇ、私としては香港映画が存続する事は嬉しい限りでねぇ。 ああ、君、知っているかなぁ? 呉宇森(ウー・ユィセン)監督のあの映画!
サム・ペキンパーやセルジオ・レオーネへのリスペクト溢れるあの作風! いやぁ、漢とは、ああ有るべきだよねぇ・・・ ん? そう言えば、君の愛用も同じベレッタだったかな?」

「・・・その話は止めてくれないか、ミスター・モアイ」

心底うんざりした表情の相手を、内心楽しげに見つつ、恐らくは日本の関係者で有ろう麻の背広姿の男は、商談の最後のまとめに入った。

「では、保険はこのパーセンテージで。 ああ、心配していませんよ、この辺りの海の『商売人』は皆、あなた方の『お仲間』ですしねぇ」

「・・・仲間なもんか。 ま、いいさ。 連中だって俺達に盾着いたらどうなるか、重々弁えている。 ああ、そうだ。 最後にひとつ、『一口噛ませろ』―――赤い会社の、怖い姐さんからの伝言さ」

「―――『そちらについては、おたくのヴォールと話が付いている』、返答はこれで」

やれやれ、そんな表情で苦笑する相手を横目で見つつ、さてどうしようか、あの連中にはカンパニーもヴァチカン(既にイタリアから南米に脱出しているが、通称で呼ばれる)も影響力が無い。
そう言えば、確か日本国内に正教会の組織は有ったな。 そこから接触して見るか―――お土産は、イコンが良いだろうか? あれはあれで、なかなかに趣があって・・・





11月10日 長野のBETA群、突如活発化(佐渡島より新たなBETA群、約3万到達)  BETA群約5万4000の内、3万4000が長野県南部から静岡県内に侵入開始。 磐田=袋井間で太平洋に到達。
東海軍管区(軍集団。 第31、第41、第52師団、第37師団第372旅団戦闘団)『天竜川絶対防衛線』策定。
佐渡島よりBETA群約8000、新潟に上陸、一斉に南下開始。 北関東へ殺到する。
11月11日 重慶A-2群のBETA群、約1万2000、台湾対岸の福建省福州市近郊に到達。  統一中戦線軍、福州防衛戦開始。
11月12日 長野県内残余のBETA群約2万、甲府盆地に侵入開始。 第2軍団、司令部を大月に移動。
11月15日 国連、オルタネイティヴ4計画本拠地を第2帝都・仙台に移設。
11月16日 静岡のBETA群、東進開始。 山梨のBETA群、南下開始。 

甲信・東海の死者数、約480万人。 累計死者数約3330万人。

11月17日 北関東のBETA群、利根川防衛線前で停滞。 
11月18日 BETA群約3万1000が静岡県富士川に到達。 一斉に東進開始。 夕刻、沼津に到達。 一部が伊豆半島を南下開始。
11月19日 早朝、BETA群約3万、小田原到達。 南関東防衛第4軍団、八王子から相模原、平塚に展開。 
第1軍団(禁衛、第1、第3師団)、町田=横浜間に展開完了。
11月20日 北部軍管区より兵力移動完了。 南樺太の第47師団、茨城県鹿島港に到着。 『利根川絶対防衛線』支援の『鬼怒川防衛線』に展開。
11月21日 甲府盆地のBETA群約2万、甲府・大月から相模原へ侵入開始。 第4軍団、横浜防衛線まで後退。
      南関東のBETA群、約5万1000。 北関東のBETA群、約1万6000。
      北海道の第7師団、鹿島港に到着。 第1軍団増援として展開。





1998年11月23日 1610 東京湾 横浜港沖 第1艦隊打撃巡洋艦(重巡)『青葉』


『主砲、第19斉射!』

『幻の艦砲』、米海軍で不採用となったMk-71 8インチ砲の流れを組む55口径203mm連装砲、前部2基4門から高初速203mm砲弾が速射される。
砲弾は瞬く間に磯子の海岸線付近に着弾し、炸裂する。 同時に全VSLから誘導弾が発射された。 これも感覚的に瞬時に地表で炸裂していた。

『BETA群、湾岸線新森町高架付近! 距離、2海里!』

『磯子のゴルフ場に重光線級、3体確認! 照射しています!』

『高射砲、撃て! 撃て!』

両舷に設けられた、より速射能力の高い76mm単装両用砲が2基、毎分100発と言う高い発射速度で76mm砲弾を吐き出す。
僚艦『加古』、他に打撃軽巡洋艦『神通』、打撃駆逐艦『雪風』、『舞風』、この5隻が横浜港沖に残った最後の『連合艦隊』だった。

『重光線級、3体撃破!』

『磯子のBETA群、照準完了―――撃てぇ!』

再び各艦の火力が火を吹く。 陸軍部隊の防衛網をすり抜けたBETA群が、中小口径砲とは言え、陸軍の重砲に匹敵する火力で吹き飛ばされてゆく。
連合艦隊主力―――第1艦隊は浦賀水道を脱し、既に太平洋に出ている頃だ。 もしかすると三浦半島を、外洋から砲撃しているかもしれない。
少なくとも、この身動きが取れない東京湾に籠って全滅するより遥かにマシ―――海軍首脳部はそう考えた。
既に第1艦隊の母港である横須賀さえ、陥落した。 連合艦隊は数年前から建設の始まった新しい母港―――仙台市北東部の松島湾全域を、新たな一大軍港地帯として―――に帰還する。

大陸の戦況が芳しく無くなった頃、海軍部内では有力な軍港が横須賀を除き、西日本に集中している事を憂慮した。
そして持ち得る限りの政治力を駆使し―――帝家まで働きかけ―――大蔵省主計局の高級官僚がショック死しそうなほどの予算を獲得し。
その予算で以って、宮城県の松島湾、青森県の大湊湾、北海道の石狩湾―――小樽港全域―――に新しい軍港、『鎮守府』を設立した。
一連の動きは産業界にも波及し、造船、鉄鋼、化学工業、電機・電子工業、機械工業各種の企業群が工場を移転、或いは新たに建設した。
これには陸軍の嫌味を無視し、国内政治勢力の圧力を押し切り、海軍が主導した『護衛船団』方式による産業移転・育成政策がモノを言った。
北九州、瀬戸内海・播磨、そして阪神工業地帯の半ばを失い、国内最大の工業地帯である東京湾一帯を失いつつある現在、この『新工業地帯』の重要性は増すばかりだ。
第1艦隊の東京湾脱出は、松島軍港地帯の防衛も含まれている。 佐渡島で奮戦した第3艦隊は、今は大湊に入港していた。

「何としても、時間を稼げ! せめてあと30分! 最後の脱出船が大桟橋埠頭を離岸するまで!」

そこから大黒埠頭の北、『新帝都高速(今月改名)大黒線』の架橋の下をくぐれば、そのまま京浜運河を通過して川崎港に出る事が出来る。
川崎まで出る事ができれば、そこから羽田基地の沖を通過して千葉港へ行ける。 横浜の民間人脱出は陸路と海路、二手で進められていた。
但し陸路は既に飽和状態だ。 海路もそろそろタイムリミットだ、BETA群が横浜市内中心部の直ぐそこまで押し寄せて来ていた。

「艦長! 本艦の損害、後部艦橋倒壊、後部主砲塔全損、後部VSL、使用不能! 弾火薬庫の誘爆は、緊急注水で防ぎました。
機関は第3、第4機械室が全滅、ですが機関指揮所は健在。 機関長の報告では、出し得る速力、12ノット」

「うん、ご苦労、主計長」

本職の応急指揮官―――運用長が戦死した為、各科科長の中で『戦闘中、最も暇な』主計長である周防直武海軍主計少佐が、臨時応急指揮官を演じていた。
艦長と並び、艦橋で横浜の街並みを見た。 懐かしい、昔住んでいた街だった。 中学生の頃から、海兵入学まで。 ああ、母校はどうなっただろう? あの、丘の上の学び舎は。
砲弾が撃ち込まれ、炸裂する。 誘導弾が空中で炸裂し、無数の子弾が花火の様に地表に降り注ぐ。 かつて友と共に笑い、遊び、時には喧嘩もした故郷が壊れてゆく。

『金沢文庫付近に、BETA群1万1000! 重光線級居ます、約100体! 北上してきます!』

―――駄目か、そろそろ潮時か。

「・・・『新氷川丸』の出港予定時刻は?」

「25分後!」

―――間に合わない、恐らくその時にはBETA群は横浜市内中心部に到達している。

「陸軍第1軍団は? どこに居る?」

「既に鶴見川防衛線に入りました!」

―――だとしたら、手はひとつしか残っていない。

「・・・本艦針路、0-2-5 横浜港に入る。 『加古』、『神通』、『雪風』、『舞風』に通達せよ」





25分後、5隻の『連合艦隊』は横浜港内に侵入した。 既にBETA群は本牧ふ頭周辺に群がり始めている。
大桟橋から『新氷川丸』他の3隻の客船・フェリーが離岸しつつあった。 相互の位置関係、BETAの侵攻速度、船の速度・・・ いかんな、いかん。

「・・・艦を山下公園に突っ込ませろ! のし上げる気で行け!」

「艦長!?」

「他の各艦にも伝えろ! 『加古』、『神通』は本艦に続行せよ! 『雪風』、『舞風』は脱出船の後方に占位、盾となれ!」

つまり、『青葉』、『加古』、『神通』の3隻は、何がどうあっても助からない。 まさしく特攻による脱出船団護衛。
『雪風』、『舞風』は最後の盾。 『青葉』以下の艦が沈んだ後は脱出船の盾となって、レーザー照射を一身に浴びて沈む事が任務。
艦長の言葉を、乗組員総員が理解した。 帝国軍人とは言え、彼等とて人間だ。 生きたいと願う欲求は動物としての本能レベルで自覚している。
愛しい家族、愛する人、帰りたい家、懐かしい故郷―――それを、今、断ち切った。 守る人達がいる、守るべき人たちが。 ならば誓約に従おう。

「機関全速! 砲門開け! VLS残弾、オールファイア!」

「後方、『加古』、『神通』、本艦に続行します! 2隻とも全砲門開いた!」

「4番艦『雪風』、5番艦『舞風』、変針します! 『雪風』より発光信号! ≪武運長久を祈る、サラバ≫、以上です!」

「・・・返信。 ≪ワレ、誓って達する。 サラバ≫、以上だ」

陸岸が迫ってくる。 右手見える大桟橋から客船がゆっくりと離岸して行く。 その後方に無理やり2隻の駆逐艦が割り込み、盾となって護衛する様が見えた。

「ッ! 重光線級、照射始めました!」

「全砲門、目標、重光線級―――撃て!」

「重光線級、レーザーを・・・!」


そこから一連の戦闘を、周防主計少佐は良く覚えていなかった。 艦は全ての攻撃力を重光線級に叩きつけ、僚艦もそれに倣った。
対して重光線級はその圧倒的な破壊力を、たった3隻に集中したのだ。 おぼろげに『神通』が10数本のレーザー照射を同時に喰らって、爆沈した事は覚えている。
その直後に大きな衝撃が有り、体を投げ飛ばされた。 暫く意識を失っていたのか、ようやく正気に戻った。

艦橋内を見回してみる―――酷い有様だ。 戦闘艦橋の天井が消失していた。 さっきまで、元気に主砲発砲を命じていたホチ(砲術長)の声がしない、彼はどうしたのだ?
数秒してからようやく気がついた。 主砲射撃指揮所は戦闘艦橋の上部に在る。 そして戦闘艦橋の天井からは、夕焼け空が見える。
よろよろと立ち上がった。 途端に滑りそうになった、誰かの血で―――いや、艦橋に居た数名の血で、艦橋の床が酷く滑る。
艦橋窓まで行こうとした、外を確認しようとしたのだ。 そして何かに躓いて転んだ―――艦長が血まみれで転がっていた。

「・・・艦長、艦長!」

周防所少佐の呼びかけに、苦しげに呻いて艦長が薄眼を開いた。 そして息苦しそうに、咳と共に声を絞り出した。

「・・・主計長、か。 い、今は・・・ 現時刻は・・・?」

奇跡的に動いていた艦橋時計を見る―――1655時、横浜港突入後、15分が経過していた。

「現時刻、1655です、艦長」

「そうか・・・ なら、脱出船は大黒埠頭を過ぎたな。 りょ、僚艦は・・・?」

そうか、そうだ。 もう十分時間は稼いだ。 しかし僚艦は? どうなった?
再びよろよろと立ち上がり、艦橋から外を見た。 『神通』は艦体を真っ二つに割って横転していた、轟沈だっただろう。
姉妹艦の『加古』は、『青葉』から200m程先で横転している。 艦腹に確認しただけで5か所の大孔が開いていた、レーザーの直撃だ、穴の周囲は溶解している。
そして見える範囲の海面には、脱出船の残骸も、『雪風』、『舞風』の残骸も無かった。 彼等は無事に脱出したのだ。

「・・・『加古』、『神通』、共に義務を果たしました、艦長。 我々もです」

「そ、そうか・・・ そう・・・ か・・・」

不意に艦長の目から光が消えた。 大きな傷が2か所あった、出血多量による失血死だった。
艦はひどく静かだった。 遠くで未だ戦場音楽が聞こえる、しかし『青葉』は静かだった。 奇跡的に機能が生き残った艦内電話を手に取る。

「・・・主計長、周防少佐だ。 我々は義務を果たせた、諸官の奮戦に感謝する・・・」

果たして聞いている者がいるだろうか? 怪しいものだ、しかし言わずにおれなかった。

「本艦は沈む。 そして諸官等はここで果てるだろう・・・ 義務を果たし、名誉を護り、愛する者達を救った軍人として―――そして、一個の帝国国民として」

家族は父母に預けた、今頃は仙台に疎開しているだろう。 ああ、愛する妻と子供達。 お前達にもう2度と会えない事が寂しい、哀しい―――しかし、俺は悔やんではいない。

「・・・いつの日か、必ず反攻の烽火が上がる事を、我々は確信する。 この世に義務を果たし、名誉を護り、愛する者達を救おうとする人類が居る限り」

父よ、親より先立つ不孝、御許し下さい。 周防家の跡取りは、我が息子が。 母よ、悲しんで下さるな。 貴女の慈愛は、私の妻子には未だ必要なのです。
姉上よ、泣いて下さるな。 貴女の弟は、妻子を護り、軍人としての義務を果たし、死んでゆくのですから。 残した妻子を、貴女の義妹と甥、姪の事、よしなに。

「であれば、何を思い残す事が有ろうか・・・ 我々はここで果てる。 人類の最後の勝利を確信して―――有難う、諸君。 さようなら、靖国で会おう」

直衛―――結局、俺の方が先に逝く事になったな。 前にお前に言われた事、現実になっちまった、済まんな。
親爺とお袋の事、頼む。 親爺ももう年だ、お袋も弱ってきている。 ああ、俺の妻子の事も。 お前しか、頼める奴が居ない。
知っているか? 右近充の叔父さん所の史郎も、藤崎の叔父さん所の省吾も、佐渡島で戦死したそうだ。 
一族で男は拓郎(右近充拓郎海軍少佐)と直秋、それに直純(周防直純、直秋の末弟)、それにお前だけになっちまった。
頼む、直衛。 頼むよ、俺はもう、何だか体が重くなってきた。 眠くなってきたよ―――ああ、俺も大怪我をしていたのか、気付かなかったな・・・

「さようなら、諸君。 有難う、諸君。 後は・・・ 靖国で」

艦橋から山下公園が見える。 その視界の片隅に、重光線級が見えた。 途端に猛烈な光に包まれ―――周防直武海軍主計少佐の意識は、そこで途切れた。





11月23日 横浜市内にBETA群侵入。 第1軍団、第4軍団、第14軍団が神奈川県と東京都(新帝都)西部の町田市、八王子市等を放棄。 『多摩川絶対防衛線』策定。
11月24日 東北4県防衛の第6軍団(第54師団、第58師団)、阿賀野川、猪苗代湖、郡山市の福島防衛線まで南下。
11月25日 帝国政府、第2帝都・仙台に遷都。
11月26日 『多摩川絶対防衛線』、『利根川絶対防衛線』を正式に閣議決定。 戦線膠着状態。 軍部は以後、24時間体制の間引き攻撃を決定。

関東の死者数、約1060万人。 累計死者数約4390万人。









1988年12月2日 1700 日本帝国第二帝都 仙台。 


冬晴れの夕暮れ空、はや雪がちらつき始めた季節にしては少し暖かい―――などと、ここが故郷の愛姫は言うが、どこが暖かいと言うのだ。
仙台市―――今や遷都に次ぐ遷都で、帝国の首都となった北の『杜の都』 その市を構成する5区の内の一つ、太白区。
長町副都心に近い場所に、そこは有った―――帝国陸軍第1中央病院。 元は東北帝国大学医学部付属病院長町分院。 今は軍が接収して陸軍病院として使っている。
俺が今日ここを訪れた訳は、丁度非番だったからと言う事と、彼女の退院が今日だったからだ。 彼女―――綾森祥子陸軍大尉、俺の恋人は負傷が癒えて、今日退院する。
約4か月前の7月24日のあの日、祥子は阪神間の防衛戦で負傷した。 片手と片脚を失い、両眼にも怪我を負ったのだ。
最悪、失明も覚悟した。 幸いにも疑似生体視神経移植は良好で、視力に問題は生じなかったと聞いた時は、思わず安堵したものだ。

軍服の乱れを直し、病院の門をくぐる。 受付で病室を聞き、通りかかった看護下士官の案内で3階まで階段を上っていった。
病室は端の個室。 大尉クラスにしては贅沢だと思った―――本当は2人部屋だったらしい、相方は退院したとか。
病室前で看護下士官に礼を言い、扉をノックする。 『はい、どうぞ』―――長く聞きたかった懐かしい声が、ようやく聞けた。
静かにドアを開いて病室に入る。 彼女が―――祥子が立っていた。 既に軍服に着替え、身の回りの物も行李に入れて。
長かった、綺麗で真っすぐな髪は、肩口辺りで切り揃えられていた。 少し痩せたか?―――笑顔は変わっていない。

「・・・直衛」

「・・・久しぶりだ、元気そうでよかった、祥子」

ああ、こんな時なんて言えばいいのだろう? まったく、俺と言う人間はその辺、全く気が回らない奴だ。
結局何も言えず、気がつけば彼女を抱きしめていた。 お互い暫くそのままに、お互いの体温を確認する様に。

「ん・・・ こほんっ!」

不意に第3者の声がした。 見るとまだ幼い―――とは言え、中学生くらいの―――少女が祥子の荷物を持っていた。
ああ、覚えがある、祥子の実家に挨拶に行った時に会った。 祥子によく似た少女、多分中学の頃の祥子は、こんな少女だったのだろう。

「・・・済まないね、笙子ちゃん。 気がつかなかった訳じゃないんだ」

「いいえ、私の事はお気になさらず! 大尉とお姉ちゃんは、4か月ぶりなのでしょうから!」

何か、気に障る事をしたかな、俺? 目の前の少女―――祥子の妹の綾森笙子嬢は、明らかにご機嫌が悪い。 祥子を見ると、苦笑している。 原因は判っている様だが、はて・・・?
兎に角、いつまでも病室に居る訳にもいかないので、退院手続きをする為に1階に下りる事にした―――手続きと言っても、軍病院だ、簡単なものだ。
病院の駐車場に停めてあった車(こっちに来て購入した、中古車だが)を俺が運転する。 後部座席に祥子と笙子ちゃん。 向かうは祥子の実家の疎開先。
愛姫の伝手で祥子の実家は、そこそこの広さの1軒屋を借りていた。 それに祥子の父親は逓信省の上級官僚だし、政府は仙台に遷都している。
今は両親と末の妹の笙子ちゃんの、3人暮らしだそうだ。 祥子の直ぐ下の弟、喬(たかし)君は海軍兵学校の生徒(1号生徒・最上級生)で、今は松島に移転した兵学校に居る。
上の妹の蓉子ちゃんは17歳、陸軍の看護専科学校の2年生だ。 卒業は来年の春か―――その頃、この国はどうなって・・・ 馬鹿な、俺がそれを言うな。

郊外に入ると、緑が豊かな光景が飛び込んできた。 愛姫が言っていたな、いい街だよって。 『杜の都』か、確かにな。
やがて目的地に着く。 少し離れた駐車場に車を放り込み、俺が荷物を持って2人の後を歩いてゆく。
家には祥子の御母堂がお一人だった。 父親はやはり官庁務め、今は勤務時間中だな、当り前か。

「まあ、周防大尉、わざわざ申し訳ありません・・・」

祥子の母親は、彼女によく似ていた。 長女と三女が母親似、長男と次女は父親似なのが、ここの家系だ。
しかし余り恐縮されても、こちらもどう対応して良いか困る。 と、内心で苦笑していたら祥子が助け船を出してくれた。

「お母さん、何時までも玄関先で・・・ ただいま、お母さん」

「・・・おかえり、祥子。 さあ、早く家に入りなさい。 周防大尉も、どうぞ」

・・・こんな時は、素直に好意に甘えればいいんだよな? で、祥子の家にお呼ばれして小1時間程、談笑していた。
祥子は傍目に嬉しそうだ。 当然だろう、地獄の戦場で負傷しながらも生き抜いて、今こうして最愛の家族が居る家に帰って来たのだから。
祥子の母親も、妹の笙子ちゃんも、嬉しそうに祥子を見て話している。 愛する娘、大好きなお姉ちゃんが帰って来た。 銃後の家族にとって、これほど嬉しい事は無い。
だけどそろそろ時間か、今日は他にも用事が入っている。 名残惜しいが、ここで辞する事にした―――祥子はほら、ここにちゃんと居るのだから。

「・・・申し訳ないですが、私はそろそろお暇させて頂きます」

「あら、そんな。 お夕食をご一緒にと、思っておりましたのに・・・」

祥子の母親が、残念そうに言う。 何度かお会いして判ったが、祥子の性格もまた、母親譲りだ。 なので、本当に俺を夕食に招待する積りだったのだろう。
しかし残念だが、どうしても外せない用事があった。 心苦しかったが、敢えてこの場を辞する事にした―――後日の招待に応じる約束をして。
玄関で挨拶をし、外に出て車に向かうその時、小走りの足音が聞こえた。 祥子か? と思ったら、笙子ちゃんだった。

「待って、大尉―――直衛お兄さん!」

笙子ちゃんは俺を「お兄さん」と呼んでくれる。 姉の恋人―――近いうちの義兄だと、そう思ってくれていた。
振り返ると、白い息を吐きながら笙子ちゃんが走り寄ってくる。 表情が険しい、さては病院の続きか?

「・・・何だい? 笙子ちゃん、俺に言いたい事が有るのだろう?」

勢いよく走り寄って来たものの、どうもその先を考えていなかった様だ。 言うべきか、言うまいか、そんな感じで迷っている。

「何だい? 言ってごらん?」

「・・・約束・・・」

「ん?」

「約束、今度は守って。 直衛お兄さん、1回破ったわ、私との約束! お姉ちゃん、あんな大怪我したわ! 約束したのに、あの時! お姉ちゃんを守ってねって!」

・・・確かに、そうだ。 あれはこの春だったか、祥子の実家に初めて伺った時の頃か。  初めて会った時から、妙にこの子に懐かれた。 その時だ。
確かに約束したな、笙子ちゃんと―――『直衛お兄さん、お姉ちゃんの旦那様になるの? だったら約束! お姉ちゃんの事、守ってね! 約束よ!』

(・・・ああ、そうだな、俺は約束を破ったな)

あの時、神戸の西の戦場で俺は、自分の中隊の指揮で手が一杯だった。 そして祥子も自分の指揮中隊を、何とかして生き残らせようとしていた。
お互い、指揮官として全力で戦っていた。 生き延びるか死ぬか、無傷か負傷するか、それは天秤がほんの少し傾くだけの差だ。 俺達はそれを知っている。
しかし俺の目前で微かに涙さえ浮かべて、抗議の表情を示すこの少女に、それを言っても仕方の無い事か。

「ゴメンな、約束、守れなかった。 次は、今度は・・・ 今度こそ、守る、必ず」

「・・・本当に!?」

「本当に。 約束は守る」

―――そう、命に代えても守りたいモノは、確かに存在するのだ。

「笙子! 何を困らせる様な事を、言っているの!?」

「お、お姉ちゃん!?」

祥子だった。 俺に見せるのと同じように、ちょっと眉を顰め、腰に手を当てて妹を睨んでいる―――そんな表情も、可愛いのだが。
俺にとっては微笑ましい?表情も、妹にとっては怖い姉の顔なのだろう。 思わず首を竦めて目を瞑る笙子ちゃんの仕草が、何となしに可愛らしい。

「勝手にそんな約束して! お姉ちゃん、怒るわよ!?」

「だ、だって!」

「だって、じゃありません! もう、本当にこの子は・・・! ごめんなさい、直衛」

「・・・いや、いいさ。 俺がした約束だし」

怒る祥子と、意気消沈する笙子ちゃんと見比べて苦笑する。 何だかんだ言って、姉思いの良い子だ。
項垂れる笙子ちゃんの頭に手を置いて、改めて約束する事にした。 そう、笙子ちゃんとの約束で、俺自身の誓約だ。

「約束するよ、笙子ちゃん。 君のお姉さんは、俺が守る。 何が有っても、必ず守る。 今度は約束を破らないから」

「・・・本当? 絶対に?」

「本当に。 絶対に、だ」

絶対に―――世の中に『絶対』など、存在するものか。 ましてやBETAとの戦場では尚の事。 しかし、これは俺の誓約だ。 誓って言う、俺はそう誓約する。
俺の顔を暫く見ていた笙子ちゃんだったが、何か思う所でも有ったか。 不意に納得した表情で頷くと、勢いよく今度は家に戻って行った。

その場には俺と祥子の2人だけ、周りはもう暗くなっている。

「・・・そろそろ、家に戻った方がいい、祥子。 病み上がりなのだし」

無言で祥子が俺の軍服のネクタイを握りしめる。 頭を俺の胸に押し付け、少し震えていた―――抱き締めた。

「・・・戦場で、いや、この世の中で『絶対』なんか無い、判っている。 でも、俺は誓約した、昔に、93年の夏に」

大陸派遣軍から、国連軍に飛ばされたあの夏の日。 俺は確かに誓約した、彼女の、祥子の『生きる理由になる』と。
俺にとってそれは、彼女を守ると言う事。 彼女が生き続ける限り、俺は生きる。 俺が生き続ける限り、彼女も生きる。 そう誓約したのだから。
暫く、お互い抱き合っていた、無言で。 俺にとっては、己の誓約を確かめる為に。 愛する人が腕に中に居る、この人の為に生きる、この人を守る。

「・・・私の誓約も、同じよ。 私の約束も、同じなのよ」

―――祥子が、小さな声で言った。






2030 仙台市郊外。


俺の親爺殿は、ここに家を移していた。 いやまあ、本当の事を言えば親爺殿の会社の社宅、その一つなのだが。
政府の疎開によって、企業もその本社機能を仙台に移転させつつある。 親爺殿は一応、会社の役員なので(未だに信じられない)、こっちに移っていたのだ。
俺はこの日、ようやく非番で休暇が取れた。 部隊は―――第18師団は京都防衛戦で受けた損害が激しく、後方で再編成の真っ最中なのだった。
18師団だけでは無い、14師団も、29師団も。 陸軍全体で10個師団が再編成中だった。 そう言えば、久賀の第9師団も青森で再編成中だったな、会う機会は有るだろうか?
BETAの本土侵攻前には55個師団を数えた、帝国軍本土防衛軍。 今や健在な師団は28個師団に過ぎず、他に7個師団が戦力3割減の状態で戦っている。
戦力50%減で再編成中が10個師団。 他は―――7個師団が、編成表から姿を消した。 実に12万人以上、他の戦死者を含めれば20万人近くが、この本土で散って行った。

実家の仏壇に遺影があった。 兄貴―――周防直武海軍主計中佐(戦死後1階級特進)の姿が、そこに在った。
手を合せる。 様々な思い出が蘇ってくる。 幼い頃の俺と、少年時代の兄貴。 新任少尉時代の兄貴、俺は中学生になる前だった。
結婚前の義姉を連れて家に帰って来た時の事、嬉しそうな、照れくさそうな顔の兄貴。 横で義姉さんは微笑んでいた。
子供が生まれて大喜びしていたあの頃、次第に父親の顔になって行った兄貴。 子煩悩な父親だった。
大連で偶然再会したあの時、確か祥子と一緒だった。 『九-六作戦』の時、救助された母艦の艦上から兄貴の乗艦を見ていた。 無事でよかったと思った。

後ろで義姉さんが押し黙って、嗚咽を漏らしている。 傍らで駆けつけた姉さんが、その肩を抱いていた。
今日、正式に国防省から兄貴の戦死通知が入った。 重巡『青葉』が横浜港で爆沈した事は、既に軍内の情報で知っていた。
しかしそれを、その事を実家の家族に知らせる勇気は、俺には無かった。 目を開き、義姉さんの方を向いてお悔やみを言う―――俺だって家族だ。
子供達はまだはっきり判らないようだ、自分のお父さんとはもう、会えないという事実を。 どう言うべきなのか。

結局何も言えず、奥の座敷に引っ込む事になった。 お袋はショックだったのだろう、少し体調を崩して寝込んでいる。
義姉さんは―――今は姉さんに任すか、俺では大した事が出来そうにない。 情けない、本当に。
奥の座敷に入ると、右近充の叔父貴と藤崎の叔父貴が居た。 従兄弟も何人か。 親爺がぼそりと呟いた。

「・・・こんなご時世だ、息子や娘を死なせた親は、山ほどおる。 静香や可南子(親爺の妹、俺の叔母達)の所の省吾も、史郎も、佐渡島で死んだ。
しかしな・・・ しかしな、子供が自分より早く逝くなどと、思いもせんかったわ・・・ 本当にな、本当に、思わなんだわ・・・」

―――親爺殿の背中は、こんなに小さかったのか? 子供の頃、とても大きく見えたあの背中が、今は酷く小さく見える。
親爺殿の傍に座り、手を肩に置いた―――小さく、すすり泣く親爺殿の声が響いた。





庭に出ると、後から藤崎の叔父貴が付いてきた。 普段は厳めしい顔が、今は消沈している。 
遣り手の外交情報監督官、外務省国際情報統括局・第1国際情報統括官室長―――彼も人の親だ。

右近充史郎海軍大尉(戦死後1階級特進)―――右近充の叔父貴の息子で、俺の3歳年下の従弟。 海軍の母艦戦術機乗りだった。 その最後は、直邦叔父貴から聞いた。
佐渡島で最後まで防衛線を維持しようと奮戦して、最後の最後に光線級のレーザー照射の直撃を管制ユニットに喰らったらしい。
従兄弟達の中では一番穏やかな性格で、争い事を嫌う優しい従弟だった。 まさか戦術機乗りになろうとは、思ってもみなかった。
その史郎の最後を知らせたもう一人の従弟―――藤崎省吾海軍大尉(戦死後1階級特進)もまた、佐渡島で戦死した。
省吾の最後もまた、直邦叔父貴から聞いた。 叔父貴は内心で酷く懺悔している、叔母は―――可南子叔母さんは心の底では、弟を一生許さないだろう。
自分の弟が、自分の息子を殺した―――戦場の実情は、説明出来ない。 伝えきれない。 俺は省吾の覚悟も、叔父貴の覚悟も感覚として判る。 だが、可南子叔母さんは・・・

「・・・儂は、直邦を恨まんよ。 息子がBETAに喰い殺されるなどと・・・ 軍人として、人としての矜持を持ったまま、逝ってくれた。 直邦に感謝しとる、感謝・・・ しとる、よ・・・」

駄目だ、この場で俺が言える事は無い。 家族が死んだと言うのに、身内が死んだと言うのに。 この人達の様に、純粋に悲しめない俺は冷血なのだろうか?
兄貴が死んだ、悲しい。 仲の良かった従弟達が死んだ、悲しい。 身内の悲嘆を想うと、悲しい。 くそっ! 俺は生きてやるぞ。

叔父貴と入れ違いに、今度は従姉妹達がやってきた。 右近充涼香陸軍衛生少尉、史郎の姉で、陸軍病院で看護師をしている。
藤崎都子、省吾の姉で内務省警保局特別高等公安局の巡査部長。 肩書は強面だが、もっぱら内勤だ。 2人とも俺とは同年の従姉妹達だった。

「史郎と省ちゃんの次は、直武兄さん・・・ お母さんもおばさん達も、参っているわ」

「省吾と史郎ちゃんが戦死したって聞いた時は、もう目の前が真っ暗になったな・・・ 今度は直邦兄さん。 
直衛、アンタは死んじゃ駄目よ? 直邦叔父さん所の直秋も、同じ隊なのでしょ・・・?」

昔よく一緒に遊んで、悪戯してよく泣かせた従姉妹達。 その度に、兄貴の拳骨を喰らったな。
表面は気丈そうにしているけれど、お互い可愛がっていた弟が戦死したのだ、平静な訳が無い。
だけど、ここで何を言える? 省吾と史郎は立派に戦った?―――確かにそうだ、だがそれが、彼女達の慰めになるとでも?

結局、俺が言えたのは最も陳腐な言葉に過ぎなかった。

「・・・俺は、くたばらないよ、涼香、都子。 くたばってたまるか、生き抜いて、やる事が有るんだ」

―――彼女と、共に。

涼香と都子、2人の従姉妹が俺に向ける笑顔が、悲しげに見えた。 その顔に、祥子の顔が重なって・・・ いや、違う、断じて違う―――畜生!




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