2001年12月25日 1225 佐渡島 国仲平野 旧佐渡市仲野 国道305号付近
「ゲートNo.314から318、硬化剤注入75%」
「No300から308までは封鎖完了、309から313まで、硬化完了15分後」
「319から324、硬化剤注入開始しました。 325から330のハイヴ内調査完了は18分後の予定」
「よし・・・314から318の注入、急げ。 319から324への注入、硬化補助剤の比率を上げておけ」
「良いのですか? 隊長・・・そうなると、硬化障壁の強度が不足するかと・・・」
「不足すると言っても、3日や4日で食い破られる程度じゃ無い。 要は作戦中に、余計な穴からBETA共が湧き出るのを防げればそれでいい」
「は! おい、325から330の調査、15分で済ませろと伝えろ!」
佐渡島の全域に空いた穴・・・ハイヴの横坑の出口、ゲートだ。 BETAはここから地表に出てくる。 工兵の役目は、まずその穴を塞ぐことだ。
全てを塞ぐわけでは無い。 数と装備の問題から、物理的に不可能だ。 だいいち、そんなことをすれば今度はBETA共、新しい穴を掘り始める可能性が高い。
第15師団工兵隊は、定められたエリア内のゲートの内、作戦に沿って指定されたゲートの封鎖作業を実施している最中だった。 全員が化学防護服を着用している。
簡易型とは言え、化学防護服を着用しての作業は、なかなか困難で有る。 しかし島の中、特にこの辺は重金属雲をはじめとする、人体に極めて厄介な物質が飛び交っている。
「要は・・・昔の城攻めと同じだ」
「は?」
作業指揮所としている特殊改造型の特大型トラックのコンテナの中、作業進捗を見守っている第15師団工兵大隊長・草場少佐の独り言に、傍らの幕僚中尉が首をかしげる。
どうやら若い中尉には、大隊長の独り言の意味がわからなかったようだ。 その若い顔を防護服越しに見ながら、草場少佐は講義するような口調で言った。
「昔の日本の城はな・・・特に平城は、全周を水堀で囲ったりせずに、わざと1方向だけ空堀にしていた。 大坂城など、有名だな」
「はあ・・・そうなると、城の防御力が低下するのでは?」
「だから、わざとだ。 わざと防御力の低い方面を作り、そこに敵兵力を吸引する。 空堀と言え、乗り越えて城壁にたどり着くのは一苦労だ。
城方はそこを鉄砲で狙い撃ちする。 兵力も集中させてな・・・ほれ、講談物の中に有るだろ、信州の武将の名を冠した・・・なんとか丸ってな」
「ああ・・・読んだことは有ります」
「あれだよ。 あそこは大坂城の南辺だが、空堀だった。 幕府軍はそこに殺到して・・・結局、城方の防御兵力集中に跳ね返された」
「ははぁ・・・わざとゲートの一部を封鎖せず、BETA共の出現地点を限定すると・・・」
「全て成功するわけじゃ無いが・・・それでも、おおよその出現地点はこちらで把握できる。 つまり、防御戦闘の主導権を握ることになる。 これは大きいぞ」
成程、勉強になりました―――若い中尉が、納得顔で敬礼して離れてゆく。 勉強になる、か・・・その為には、生きて帰してやらんと・・・
周囲を見渡す。 今のところ、国仲平野でのBETA出現の方はその後無い。 もっぱら大佐渡山地での戦闘に終始している。
爆発の閃光、曳光弾の光、120mm砲や36mm砲の射撃音、支援重砲の砲撃音に着弾の衝撃、更には沖合からの艦隊の支援砲撃・・・戦場音楽は意外と近い。
しかし、近いがこの辺りは奇妙なほど穏やかな状態になっている。 周囲は友軍が押さえ、BETAの小集団さえ近寄っていない。 時折姿を見せるが、全て撃破されている。
この国仲平野北辺と、大佐渡山地とが接する辺り。 そしてウイスキーとエコー、両部隊の作戦区域接点が、ハイヴ突入の突入路であり、かつ、兵站路の入り口となるのだ。
余計な穴は封鎖して然るべき。 現在、第10、第14、第15師団工兵隊の他、第1派、第2派上陸部隊の工兵部隊、第3派上陸部隊の工兵部隊も総出で作業中だった。
国仲平野以東の(小佐渡山地に至るまでの)ゲートの封鎖作業を行い、突入路と兵站路を確保すると共に、迎撃エリアを限定する事で、地表の防御戦闘の主導権を得る作戦だ。
その為には、この『注入封鎖作戦』は完璧に為さねばならない。
その時、離れた場所の横坑内から、甲高い発砲音が複数鳴り響いた。 あれは120mmの発砲音と、12.7mm機銃弾・・・
「第151機甲、第153機装兵より通信! 『横坑内でBETAと遭遇戦生起、小型種30、大型種5! 排除成功』、以上です!」
「よし・・・作業急げ! BETAが這い出て来ないうちに、ゲートの封鎖を完了させろ!」
草場少佐の背筋に、見えない嫌な冷汗が流れた。 経験上、BETAとの接敵は後ろに控える集団が控えている事を示す。 時間は余りなさそうだった。
『―――第9層SE-1012横坑(スタブ)、探査完了。 スリーパードリフトは確認されず』
一種、幻想的な情景だな―――網膜スクリーンに映る外の景色を見ながら、半村中尉はそう思った。 初めてのハイヴ突入だ、見るも不思議な光景だった。
見れば判る、少なくともここは、地球上の知的生命体の感性で造成された場所では無いと。 奇妙でグロテスクで、しかしある種の『美』さえ感じられる幾何学模様の空間。
半村中尉は、自身も部下達同様、ハイヴ突入は初めての経験だ。 古参の中尉以上の者で無ければ、『横浜』は経験していない。 あの頃、半村中尉は未だ訓練校の訓練生だった。
(―――奇妙な材質だな。 めちゃ硬い、ッテ訳じゃなさそうだが・・・それでも120mmの直撃にも耐えるって・・・それでいて、なんか柔軟性も有りそうだ・・・)
上官へ報告しながら、こんな時だというのに、つい興味が勝ってしまう。 緊張でテンパっているより余程宜しい心理状況だが・・・
『―――小隊長、パックボット、進めますか?』
「そうだなぁ・・・一応、サンマル(300m)進めろ」
『―――了解です』
先行する大型パックボット―――昔の軽戦車並の全装軌式の車体に、上部に用途に応じた各種モジュールを取り付けることで遠隔操作が出来る多目的大型『ロボット』
自走速度は最大45km/hで、ゲーム用コントローラに似たスティックコントローラで操作し、GPSとコンパス、そしてMCUを搭載し、最大8km離れた場所から操作可能だ。
今回は、上部にLQQ-7B・地上・地下探知ソナー(聴音機と脅威受信機、熱源探知機・振動探知器等を統合し、多機能を有する複合ソナー)ユニットをアタッチメントしている。
ハイヴ内の先行偵察、更にはスリーパードリフトの探査など、離れた後方から『比較的』安全に偵察と探査を行えるよう、日米の軍需産業界と電気産業界が合作した『秘密兵器』
この他にも78式雪上車を改造し、後部に装軌式トレーラーを取り付け、2連から3連で各種ユニットを積載してハイヴ内に運び込む『90式特大型全装軌トレーラー』
半装軌式に改良され、最大積載量20トンの『88式中型半装軌トレーラー』や、これまた半装軌式に改良された、最大積載量50トンの『92式特大型半装軌運搬車』など。
ハイヴ内の輸送に欠かせない全装軌、半装軌式車両群が、『安全を確保した』ゲートから次々と突入して、兵站物資を送り込み、通信ケーブルを敷設してゆく。
勿論、100%の安全が確保される訳では無いから、スタブ内は戦術機甲部隊と、機械化装甲歩兵部隊が、兵站路周辺の横坑内に幾重にも配置され、警戒している。
『お~し、半村。 お前の小隊はそのまま、SE-10ホールまで探査しろ。 隠れ横坑(スリーパードリフト)は見逃すんじゃねぇぞ・・・香川、お前の小隊はSE-11ホールまでだ』
上官の姿と声が、網膜スクリーンと通信システムを通して届いた。 その声にも姿にも、過度の緊張感は窺えなかった。 中隊長は『横浜』でハイヴ内戦闘を経験している。
第151戦術機甲大隊第2中隊『ハリーホーク』中隊長の八神大尉は、自身も1個小隊を率いながら、指揮下の各小隊の報告を作戦MAPにインプットしている。
『ハリーホーク02、了解』
「ハリーホーク03、ラジャ。 隣は大丈夫ッすかね? フリッカ(第3中隊)の方は・・・」
『なんだ? 半村。 貴様、遠野(遠野万里子大尉、第3中隊『フリッカ』中隊長)が気になってんのか?』
上官の冗談(と思いたい)に、思わず顔をしかめる半村中尉。 どうして、そこで遠野大尉って事になる!? 1階級上官で(そして年上で)、しかも大尉の親爺さんは将軍閣下だ。
半村中尉の守備範囲は、正直、同い年から年下。 容姿は贅沢言う気は無いが、まあ10人並ならそれで良し。 性格の良い、明るい子が好みだった。
「冗談言わんで下さい、中隊長。 俺んとこのエリアの隣、楠城の担当なんすよ・・・あいつ、見落としゃしないかと・・・」
すると横合いから、含めたような笑い声と共に、別の声と姿が網膜スクリーンにポップアップした。 どこかクールな印象を受ける女性衛士、そして女性将校だ。
『半村、少なくとも楠城は、アンタより注意深いわよ・・・ああ、そう言う事ね』
『そう言うことだ。 皆まで言ってやるな、香川』
「なんすか、香川さん、その含んだ言い様は・・・違いますからね、中隊長!」
中隊長の八神大尉と、先任小隊長の香川由梨中尉が、後任小隊長の半村真里中尉をからかう。 隣のエリアの第3中隊第3小隊長である楠城千夏中尉は、半村中尉の同期生で・・・
『ま、しっかりやんな。 生きて帰ったら、撃墜しろや』
『楠城は、良い子だからねぇ・・・』
「ちょっ!? なんすか!? その生暖かい目は!? 中隊長! 香川さん!」
この間、部下達は何も言わない。 それどころか、第3小隊の面々は、やはり生暖かい目で網膜スクリーンに映る小隊長の姿を見守っている・・・
『―――シックスよりハリーホーク・ワン、状況は? オーバー』
大隊長から、状況連絡の督促が入った。 スクリーン上でちょっと思案顔になる八神大尉。 大隊長は普段、神経質というわけじゃ無い。 むしろ神経が数本抜けているような・・・
とは言え、半村中尉から見ても大隊長の周防少佐は、普段は結構手綱を緩めるが、戦場では一切の妥協を許さないところが有る、結構厳しい上官だ。
こういう時、直属上官としては、八神大尉は有難い存在だと、半村中尉などは思う。 直属上官としては、周防少佐はちょっと遠慮したいのが、半村中尉の本音だった。
(流石の大隊長も、ハイヴ突入戦だしな・・・)
そんなことを考えていると、中隊長の八神大尉が大隊通信系に切り替え、報告する。 そうなると小隊長クラスでは、通信を傍受する事しか出来ない。 権限が無いからだ。
『ハリーホーク・ワンよりシックス。 SE-10から12ルート、現在異常なし。 このままSE-10、11、12ホールまで探査を続行します。 オーバー』
前方数100メートルをゆく大型パックボットを見ながら、そこから送られてくる情報を確認しつつ、上官へ報告する八神大尉。 パックボット操縦は部下に任せている。
現在の所、突入部隊(オービット・ダイバーズと機動突撃大隊群)は、ウイスキーJ(ジュリエット)、K(キロ)大隊が第10層まで完全制圧した。
H(ホテル)、I(インディア)、L(リマ)の3個大隊が、先行して第12層に突入している。 もっとも突出しているのはH大隊第2中隊『ザウバー』だった。
この他にもエコーM(マイク)、N(ノベンバー)大隊が別ルートから第12層を目指しており、O(オスカー)、P(パパ)、R(ロメオ)の3個大隊が第11層をサーチしている。
日本帝国陸軍のハイヴ兵站警備部隊(第10、第14、第15師団戦術機甲部隊/機械化装甲歩兵部隊)は、地表から第10層までの兵站路警戒を続行中だった。
『―――シックスよりハリーホーク・ワン、E-21ルートで第10師団が第10層横坑でBETAと接敵した。 100体程度の小型種の集団だったが、スリーパーから出現した。
複数回の確認を行え。 連中、何も無いところでも掘り進んでくるぞ。 先入観を持つな、何度でも、何度でも、疑わしきは疑え・・・疲れるが、頑張ってくれ。 アウト』
『・・・了解です。 アウト』
―――頑張ってくれ、だって!?
あの上官が、戦場でそんな言葉を掛けてきたのは初めてじゃ無いか!? 普段は,物わかりの良い上官だが、戦場ではとことん厳しい。 特に指揮官クラスに対しては。
その上官が、寄りにも因って、まさに本番を迎えているハイヴ内で・・・『頑張ってくれ』だと!? いやいや、まさか・・・八神大尉も、一瞬、呆気にとられている。
『・・・ハリーホーク・ワンより全機! スリーパードリフトのサーチを徹底しろ! 少しでも疑わしきは捨て去るな! 報告しろ! いいな!』
『っ!? 02、了解です』
「03・・・ラジャ、です・・・?」
2人の小隊長も、上官の豹変(?)に驚いている。 八神大尉としては、不気味で仕方ない。 ただし、上官―――周防少佐にしてみれば、単に部下を慰労しただけなのだが・・・
様々な思いや勘違い(!)を重ね、ハイヴ兵站路警備部隊は、更に徹底した警戒態勢を整えていった。
「第10層までの兵站路、通信路は確立できたか・・・有線の経路は、もう数ルート増やしておきたいな。 無線の簡易基地局も設置せねば」
「警戒は続行中だ。 さっきもエコーの警戒エリアで、小規模なBETA群との接触が有った」
「スリーパードリフトは、完全には潰しきれない。 何度でも重複探査が必要だな・・・」
「それしか無い。 これから更に深部へ突入していくからな。 損害は未だ軽微で済んでいる。 ここで上層部を固めておけば、下に行く際に楽になる」
「下はBETAの密度は高まるだろうが、ルートは狭まるだろうからな」
第10層、S-10広間。 今のところ、最深部の兵站末地となっているホール。 そこに仮設された指揮所で、数名の高級将校達(中佐や少佐)が話し込んでいた。
服装はまちまちだ。 防護服を着込んだ兵站将校や通信将校、戦車兵用防護服姿の機甲科将校、衛士強化装備姿の戦術機甲科将校や、簡易強化装備姿の機械化装甲歩兵科将校まで。
「第9層より上は、『接触』はほぼ無くなった。 現在は第10層、第11層で哨戒と探知中だ・・・まだスリーパードラフトが発見され続けている」
「数は少ないな、精々50から100体程度の集団だ。 スリーパー自体もそれほどの数じゃ無い、今のところは全て殲滅している・・・が」
「ここからだな。 これより深度が深まれば、BETAの密度が増す。 連中、何も無いところでも掘り進んでくる。 横浜の時のように・・・」
この将校達―――大半は日本帝国陸軍だが、少数の国連軍将校もいる―――は、過去に横浜ハイヴ攻略戦、『明星作戦』に従軍した経験を有する。
中には国連軍通信将校(中佐)の様に、リヨンとボパール、そしてマンダレーまで潜った経験のある、兵から叩き上げの古参将校すらいる。
つまりは歴戦の実戦指揮官連中なのだ。 その彼らにしてからが、あの横浜ハイヴ内の戦闘は悪夢だった。 そしてこの佐渡島・・・甲21号は、横浜(甲22号)より大きい。
指揮官同士の打ち合わせは、警戒をより厳に、と言うことで纏まった。 仮設指揮所から乗機に戻る途中、第15師団第151戦術機甲大隊長の周防直衛少佐は、ふと周囲を見渡した。
なんとも言えない情景だった。 ある種、幻想的な美しさも備えつつ、しかし、やはりこの星の知的生命体が為し得る構造デザインでは無い、そう感じる。
「・・・生身でハイヴ内を歩くなんざ、そうそう出来る経験じゃねぇな」
背後から声を掛けてきたのは、第152戦術機甲大隊長。 僚友で、古くからの親友である長門圭介少佐だった。 長門少佐も周囲を見渡している。
「俺は2度目だけどな・・・直衛、お前は部隊を指揮してハイヴに突っ込むのは、初めてだろ?」
「ああ・・・横浜では師団参謀としての参戦だったからな。 最後の最後に、臨時中隊率いて最深部まで潜ったけど・・・お前とな。 で? 圭介、経験者としての助言は有るのか?」
「特にはなぁ・・・いつもと同じだろうな。 ああ、そうだ、振動探知と熱源探知は、絶対にサボるな。 こう狭い空間だ、前後を挟まれたら、それで終わりだ」
「ヴォールク以来の戦訓の通り、か・・・」
意外と柔軟性の有るハイヴ内の床(?)を踏みしめながら、乗機に戻る周防少佐と長門少佐。 この先、第10層から第11層の南部分は、彼らが率いる2個大隊の担当だった。
「・・・絶対、絶対に、これから出てくるぞ、連中は」
「ああ。 これまでの接敵が少なすぎる。 地表に出てきた数もそう多くない。 この下に密集しているな・・・」
周防少佐も長門少佐も、若い少尉や中尉時代から、ハイヴから飽和した10万を越えるBETA群との、気の遠くなる様な大規模会戦を何度も経験している。
20代後半の彼らは、世間では未だ『青年』と呼ばれる年代だが、軍内、とりわけ戦術機甲部隊内では、10年近い実戦を経験して生き抜いた『大ベテラン』になるのだ。
その彼らの経験が、盛んに警鐘を鳴らしている。 こんな筈は無い、絶対にだ。 ここから下、深部にはそれこそ無数の(ハイヴ内では特にそうなる)BETA群が待ち構えていると。
現在、国連軍オービット・ダイバーズは、第12層に取りかかっている。 別ルートのエコー突入部隊も、第11層から第12層に降りた。 未だ殆ど接敵していない。
「多分、15層に降りるまでに・・・何らかの動きが有るだろうな」
「ここはフェイズ4だ、最大深度は推定で1200m、階層は30層から35層あたりが最深部だ。 まだ3割ほどしか進んでいない」
「フェイズ4ハイヴの想定BETA数は約20万。 地表に出てきたのは、4万ほどしか確認されていない。 有るぞ、大規模逆襲が・・・」
小声で話し合う2人の戦術機甲大隊長。 お互い目配せをして、乗機へと進む。 やるべき事は判っている。 今までと同じ、いや、それ以上に慎重に、かつ大胆に、集中して。
何せ、ここは『ハイヴ』なのだから。
2001年12月25日 1245 佐渡島 小佐渡山地山麓 旧真野御陵 上陸第2派司令部 通信指揮所
「SE-10エリア、探知結果来ました」
「S-10エリア、振動探知結果はどうなっている?」
「第15師団TSFからの哨戒データはどれだ!?」
通信指揮所と同時に、偵察・哨戒データの解析センターも兼ねるこの場所では、多くの将校・下士官達が前線部隊からもたらされたデータを解析している最中だった。
音響、振動、熱源・・・各種データは、貴重なハイヴ内の生データであると同時に、BETA群の移動を早期察知する為の非常に有効で、無くてはならないデータだ。
「ここです。 この微振動。 結構長く続いています」
「ふむぅ・・・しかも、複数か・・・似たデータは?」
「ハイヴ内の物ではありませんが、地上作戦中の物でなら、これです」
解析担当の中尉と、当直将校の少佐が話し込んでいる。 ハイヴ内で収集された各種データの中から、僅かであるが妙に思われる兆候を中尉が発見した。
「確かに、似ているな・・・地上戦での、BETAの地中侵攻直前時の振動データの波形と・・・」
「現在、本土のデータベースにアクセスして、『横浜』の時に似たデータが無かったか、照会中です。 あと1分以内に・・・ああ、出ました」
「うん、どうだ?」
「はい、現在結果表示中です・・・あ、くそ!」
「むぅ・・・!」
結果が表示されたモニターを見た2人の将校が忌々しそうに呻いた。 素人が見れば何が何やら判らない波形の表示。 しかし専門家が見れば一目瞭然。
似ているのだ、非常に。 『横浜』で観測されたそのデータと、今現在ハイヴに突入している部隊が送ってきたデータが・・・最悪を想定せねばならない。
「横浜でも観測された現象です! BETA共、この時はシャフトやドリフトを通らず、新たに『穴を掘って』進んできました! そのお陰で、初撃で1個大隊が包囲殲滅されました」
「ハイヴ内を掘り進んで・・・侵攻部隊の後背や横合いに突如出現した・・・あの報告のか!」
「どうします・・・?」
中尉の声と視線は、直ぐにでも現地部隊へアラートを発した方が良い、そう言っている。 当直将校の少佐も同意見だった。
「よし・・・おい、通信! ハイヴ内全部隊に緊急警報発令! 続いて探知情報結果をOPS(作戦系コペルニクスC4I)に流せ!」
そうすれば、少なくとも大隊長クラス以上の指揮官へは、リアルタイムでこの情報が伝わる。 後は・・・現地指揮官連中に任せるしか無い。
その指示を出した後で、当直将校は上級司令部へ繋げるよう指示を出した。 恐らくこれから、地獄が開演するだろう。 そうなれば非武装の通信部隊は・・・
「おい、即時撤収準備を進めておけ。 大至急だ」
「は!? はっ!」
『―――有線データリンク、うまく作動していないようだ・・・』
『―――現在、ウイスキーJ(ジュリエット)、K(キロ)大隊が第10層を完全制圧。 L(リマ)大隊がN15『広間』に到達、直に追いつく・・・』
『―――地上陽動も平均的損耗率で推移。 作戦自体は極めて良好。 地下茎(スタブ)内兵站も第10層まで確立』
『―――フェイズ4ハイヴの最深到達記録511m、あと71m(現在440m)』
「っ!? なに!?」
1253―――突如、網膜スクリーンに浮かび上がった緊急警報情報に、周防少佐は一瞬身構えた。 直ぐに内容を確認する―――同時に、旅団(兵站路警備司令部)から通信が入った。
『周防! 長門! 有馬! TSFは即時戦闘態勢に入れ! 皆本(第151機械化装甲歩兵大隊長)! 機械化装甲歩兵は兵站部隊の直援に回れ!』
A旅団長の藤田准将が、直々にスクリーン上に姿を見せた。 非常に珍しい。 こんな事は普段ならあり得ない。 同時にB旅団長の名倉准将の姿も。
『荒蒔! 連中が穴を掘りながら来るぞ! 間宮! 佐野! 荒蒔に合流しろ! 志摩(第152機械化装甲歩兵大隊長) 兵站ルート上部を確保しろ!』
A旅団は藤田准将の指揮の元、戦術機甲部隊は周防少佐、長門少佐、有馬少佐の3個大隊。 そして機械化装甲歩兵部隊は、皆本少佐の大隊が属している。
B旅団は名倉准将指揮の元、戦術機甲部隊は先任大隊長の荒蒔中佐と、間宮少佐、佐野少佐の3個大隊。 機械化装甲歩兵は志摩少佐の1個大隊。
同時に全大隊長のコペルニクスC4Iに、共通情報が更新された・・・そして全員が絶句した。
『このルート・・・ッ』
『下手すれば、退路が・・・!』
佐野少佐と有馬少佐の掠れ声が流れる。 他の大隊長も同じ思いだ。 途端に、上官から叱責が飛んだ。
『馬鹿者! 指揮官が狼狽えてどうするか!』
往年の名戦術機甲部隊指揮官だった藤田准将が、咆哮する。 その怒声で大隊長全員が、ハッとなって冷静さを取り戻した。 同時に先任大隊長の荒蒔中佐が意見具申する。
『第10、第14師団と合流します。 ルートはS-09からS-08、SE-08ホールに至るルート。 BETAの予想進撃路からは、僅かですが逸れます』
旅団長クラスに次いで実戦経験豊富な荒蒔中佐の意見具申に、2人の旅団長達も賛同を示す。 その頃には他の大隊長達も冷静さを取り戻している。
「―――意見具申。 A旅団警戒部隊は兵站部隊の殿軍を行いつつ、S-10、S-09からS-08へ抜け、第14師団と合流するルートを」
A旅団の周防少佐が、旅団TSF先任(3名の少佐の中の先任)大隊長として意見を具申した。 第14師団は3個戦術機甲連隊、9個大隊を有する。 合流すれば何とか・・・
『機装兵は兵站部隊に先んじ、進路『前方』の警戒と確保を』
A旅団機械化装甲歩兵大隊長の皆本少佐も、意見を具申する。 ハイヴ内では、機械化装甲歩兵部隊では、BETAとの大規模戦闘はかなり不利だ。 先導役を務めて貰う。
結局、A、B旅団共々、第14師団との合流を指示される。 正確には第15師団A、B旅団との合流だ。 第10師団は第14師団C旅団と合流する事となった。
『―――10師(第10師団)と言えば・・・棚倉と伊庭も潜っているな』
長門少佐が周防少佐まで、秘匿回線で話しかけてきた。 第14師団にも同期生が居るが、第10師団にも棚倉少佐、伊庭少佐と、2人の同期生が大隊長をしてハイヴに突入していた。
特に伊庭少佐は、周防少佐の従姉と最近婚約した。 今年5月のマレー半島での遠征以来、会っていなかったが、この作戦が終われば一席設けようと思っていた相手だった。
「・・・腕も、悪運も、両方持ち合わせている連中だ。 何とかするさ」
自分たちは大隊指揮官だ。 まずは大隊指揮の義務と、その部下達に責任を負う。 仲の良い同期生は気がかりだが、彼らとて同様だ。 まずは己の義務と責任を果たせ。
A旅団、B旅団の全部隊に緊急警報が発令された。 同時に指揮官から即時の即応体制を取るよう命令が飛ぶ。 そして・・・
『―――振動と音紋に感有り! 下層より推定4万以上!』
『―――N17『広間』まで後退! 後続と合流して迎撃用意!』
『ゲイヴォルグ・マムよりシックス! 緊急事態! BETAの地中・・・いえ、ハイヴ内・・・いえ・・・侵攻が発生しました!
第12層N19ホール付近で、国連軍オービット・ダイバーズ3個中隊全滅! 他にも連絡途絶部隊、多数発生!』
2001年12月25日 1255 佐渡島 甲21号目標第12層。 BETAの大群が、新たなシャフトとドリフトを掘り進めながら、突入部隊に襲いかかってきた。