2001年12月25日 1203 佐渡島 小佐渡山地中部 経塚山跡
―――あそこか。 結構固まってやがる・・・3000は居るか?
FO(前進観測班長)の少尉が、食い荒らされた山腹に設置した前進観測所から双眼鏡を覗き込み、目標を凝視する。 蠢く異形の存在。 本来この星にいてはならない存在。
レンズ越しの視界はまさにパノラマの世界・・・破壊と死。 その二つが支配する世界。 BETAに食い荒らされ、そのBETAと殲滅戦を繰り広げる世界。
ほんの3分前、フェイズ4移行の総司令部命令が達せられた。 少尉の属する砲兵大隊、その大隊が属する砲兵連隊の使命は、軌道降下兵団の降着予定地の『掃除』、その前段階だ。
その為に『山頂』に、砲兵大隊の前進観測班が陣取っている。 双眼鏡から見える『世界』に魅入られつつも、F10(個人用携帯無線機)を手に取り、送信ボタンを押す。
「・・・13、こちら26。 修正射、送レ」
『26、こちら13、送レ』
送信相手のFDC(砲兵大隊射撃指揮班)から、直ぐに返信が入った。 FOは大隊から伝えられた制圧範囲、その火力制圧案を元に観測した結果を、FDCに伝える。
「座標1680-2250、標高35、観目方位角4100、送レ」
『座標1680-2250、標高35、観目方位角4100、了。 続いて送レ』
「制圧エリアのBETA群、突撃級300,要撃級500を含む、約3000。 陣地正面7500。 縦深2500、光線属種は観測せず。 効力射にはM782、送レ」
目標の位置・種類・状態、射撃方法の弾種。
『こちら13、了解、待て』
指示に従い、その場でなお観測と続ける前進観測班。 とは言え、気分は悪い。 周囲を護衛の機械化装甲歩兵部隊が固めているとは言え、ここは戦場だ。
観測から漏れた小型種の群に襲われたら最後、前進観測班など一瞬に食い尽くされて全滅してしまう。 その為に1個小隊の機装兵が護衛に付いているのだが・・・
FOから報告。 暫く空電。 この間にもFDC(砲兵大隊射撃指揮班)では大隊射撃指揮幹部以下、前線からの『要求』に一斉に動いている。 指揮所テントの中が、慌ただしくなる。
「アシスト! FOから射撃要求です! 修正射、座標1680-2250、標高35、観目方位角4100! 光線属種は観測されず! 効力射にはM782!」
COP(射撃図下士官:伍長)がFOからの『射撃要求』を受け、アシスト(指揮班長、射撃指揮補佐将校:大隊運幹が兼務)に報告する。
「1中隊、2中隊、FOから射撃要求。 まもなく射撃に入る。 座標1680-2250、標高35、観目方位角4100。 M782」
COPの報告と同時に、Comp(算定下士官:軍曹)が速やかに射撃中隊(砲列)に予告を与え、準備を施す。 座標、方位、弾種。
アシスト(指揮班長)の砲兵大尉が、瞬時に状況を脳裏に展開する。 現在空いているのは1中隊と2中隊。 目標の座標は正確に取れていない、『修正射』でいく必要がある。
弾種? 当然M107榴弾だ、問題は信管だ。 敵は突撃級と要撃級BETA群で、数がそれなりに固まっている―――よし、ここはFOの言う通り、M782(多機能)だ。
効力射弾数―――突撃級と要撃級の数は800だ、効果25%として各砲弾数20発。 いやいや、確実に制圧すべきだろう。 なら効果50%で行くべき。
「大隊長! FOから要求の突撃級、要撃級含むBETA群を、速やかに制圧する必要あり! 1中隊、2中隊の修正射、効力射にはM782、各砲40発を撃ち込みます!」
瞬時のそれだけの判断を下したアシストが、奥に陣取る大隊長に報告と実施項目を伝える。
「予備は、大丈夫か?」
「まだ余裕があります」
「よし・・・撃て!」
大隊長が『決断』を下した。 アシストは大隊長の命令を受け、FDCの各員に対し、『射撃命令』を下達する。
「射撃命令、1中、2中! 修正基準砲、座標1680-2250、標高35、観目方位角4100! M782、装薬白6、効力射、40発!」
Comp(算定下士:軍曹)が野戦電話を掴み、射撃号令が射撃陣地の1中と2中砲班長に達せられる。 同時にCompはFCE(射撃諸元算定装置)で射撃諸元の計算に掛かっている。
「1中隊、2中隊、修正射! 基準砲、M782、装薬白6」
『1中隊修正射。 基準砲、M782、装薬白6』
『2中隊修正射。 基準砲、M782、装薬白6、了』
射撃陣地から即、復唱が帰ってくる。 そして熟練の古参下士官であるCompは、射撃諸元の計算を同時進行して止めない。
「諸元、後から」
『了解・・・ おい、M782、装填!』
『M782装填、了!』
電話口の向こうから、砲班員の復唱する声が聞こえた。
その間にもCompは射撃諸元を計算し、対面ではCOP(射撃図下士)が同様にFCEを用いて計算し、Compにミスが無いかチェックをしている。
やがて射撃諸元の計算が終わった。 熟練の砲兵下士官の技か、僅かな時間しか経っていない。 Compが野戦電話を掴み、1中隊と2中隊へ射撃諸元を伝える。
「方位角1008(ミル)、射角302(ミル)!」
『方位角1008、射角302』
「良し!」
Comp、1中隊と2中隊砲班長の伝達状況を確認したCOPが、最終的に正常を確認した。 Compが最終的な射撃指示を出す。
「各個に撃て! なお、効力射にはCVT80発を準備!」
『了解・・・よぉ~い、撃ッ! 基準砲、初弾発射!』
後方から重低音と共に、砲弾が迫りくる音が聞こえた。 途端に地表に炸裂する、同時に白煙が立ち上った。 場所は―――いいぞ、要撃級の群れのど真ん中。
「13、こちら26。 修正射確認、左右良好、前後下げ50、送レ!」
『26、こちら13。 修正射、左右良好、前後下げ50、良いか? 送レ』
良いも悪いも無い、まさに要撃級BETAの群の、ど真ん中にオン・ターゲットだ。 贅沢を言えば、もう少し近めの着弾ならば、突撃級BETA群をミンチに出来る。
「13、こちら26。 要撃級のど真ん中にオン・ターゲット! 下げ50で突撃級のど真ん中だ、縦深250! 急いで効力射、やってくれ! クソッたれのBETA共を吹き飛ばせッ!」
『26、こちら13! 了解した! 大至急、出前を届ける!』
2001年12月25日 1205 地球周回低軌道 高度296km
アンビリカル・コネクタ解放、再突入カーゴの全系統切り替え―――OK。 これで全コントロールはエレメント・リーダーの手に渡った。
『司令駆逐艦『バックレーⅢ』より、オール・ダイバーズ。 本艦の軌道離脱噴射まで100―――降着地点は、IJA(日本帝国陸軍)とUN(国連軍)が確保』
管制ユニットのコンソール・ライトに、網膜スクリーンに映った女性管制官の顔が映る。 島の降着地点は、取りあえず確保―――墓場がある事は目出度いことだ。
軌道降下作戦―――今までリヨン、マンダレー、そして横浜などの作戦で行われた、ハイヴ攻略戦の常套手段。 今ではハイヴ攻略戦の常道として定着した。
但し、『成功例が無い』 軌道降下兵団の生還率は2割を割る。 100機突入して、生還機は20機を割る。 普通の戦術機甲部隊なら『壊滅』判定だ。
今回軌道降下兵団を構成する4個大隊は、国連軍第6軌道降下兵団『オービット・ダイバーズ』 第6は欧州出身者を中心に、中東、中央アジア、南アジア系で補充された部隊。
そして今回の降下兵団の中には、過去の軌道降下の経験者が『10人と居ない』と言う事。 そして軍隊と言う暴力組織の常で、それは一切問題視されていない事だ。
だが当の軌道降下兵団の衛士達にとっては、それの現実が全てだ。 2割の生をもぎ取るか、8割の望まぬ死に飲み込まれるか。
畜生、これだったら、さっさとブッディストかヒンドゥーに改宗しときゃ良かったか? 自分の神様は、なんてったって『全知全能の』神様だ。 それがこの有様。
笑うな。 多神教だったら、一神位は恐怖にションベンを漏らす、クソッたれなチキン・ダイバーズの神様だって、居たっていいだろう!?
『ホーネット01、軌道離脱噴射、スタンバイOK・・・生き残れ、戦友!』
『ホーネット02、スタンバイ了解。 ベルリンを・・・この目でもう1度見るまで、死んで堪るか・・・! 良いか!? やってみせろ、戦友!』
西経40度、南緯35度、ウルグアイ東方・南大西洋上軌道高度270km。 速度26,100km/h。 軌道離脱噴射、開始―――高度250km・・・200km・・・150km・・・
もうHSSTとの通信は途切れている。 ユニット離脱タイミングを示すカウンターだけが、不気味にその数字を減じていく。
カウントダウン―――10、09、08・・・03、02、01、00! ロックボルトが爆発分離された、再突入殻分離!
『再突入殻分離、確認!』
『確認! 現在地、西経36度、南緯26度、南大西洋ど真ん中の上空!』
外部モニターに映し出される、軌道艦隊が見えた。 全艦がロケットブーストで、高度と速度を回復しつつ、低周回軌道へと復帰して行く。
暫しの別れ。 そう、暫しの別れだ。 生還率2割? それがどうした、それより低い生還率の作戦も有った! それを生き抜いてきたのだ、俺は!
眼下の地形がみるみる変わって行く。 長い航跡を引いて、この世で最も臆病で、そして生と死と、人の見栄の何たるかを知る貴き愚者達が、流れ落ちて行く。
2001年12月25日 1206 佐渡島東方洋上 作戦総旗艦 強襲上陸作戦指揮艦『千代田』
『国連軌道艦隊の再突入殻分離確認。 再突入開始しました!』
『降着予定時刻、1215!』
『降下軌道に変動無し。 予定軌道を降下中!』
『国連軍A-02、長岡付近を進航中。 航宙軍『義烈(戦略航空機動要塞YG-70b)』、能登半島沖20海里付近を進航中。 各ステーションまで65分』
『第17軍団(ウイスキー上陸第2波別動部隊)、第14、第15師団、降着地点を確保。 引き続き警戒中・・・』
『ハイヴ突入、独立機動兵団(戦術機甲4個大隊)、旧350号線ラインに進出。 ハイヴ突入、スタンバイ・・・』
2001年12月25日 1208 佐渡島 国仲平野中央部 第15師団第151戦術機甲大隊
『ゲイヴォルグ・マムより、ゲイヴォルグ・ワン! 師団本部より、オービット・ダイバーズ降下! 降着地点の確保下命! エリアD7RからC9R! 大隊はD7Rを担当!』
「ゲイヴォルグ・ワンよりマム、了―――エリア戦力評価、続けて送レ」
『マムよりワン。 エリア戦力評価、およそ700。 師団担当正面、およそ2700』
「ワン、了―――シックスより01、02、03! スイープ! エリアD7Rだ! フォーメーション・ウイング・ツー! 続け!」
『『『―――了!』』』
37機の戦術機―――94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)がフォーメーションを組み、大隊長機を中心にサーフェイシングに移る。
目標は旧佐渡市中心部、かつて藤津川ダムがあった辺り。 隣接する戦区は僚隊の第152、第155の両戦術機甲大隊が担当する。 後詰めは第153、第154、第156戦術機甲大隊。
『大隊長! 前方100、BETA群! 300!』
『マムよりゲイヴォルグ・ワン! 光線族種は確認されず!』
大隊担当戦区の中の、およそ半分弱のBETA群を確認した。 主戦線から零れて流れてきた個体群か。 光線級は確認されず、大型種も比較的少ない。
網膜スクリーンに浮かぶ、呼び出したコペルニクスC4Iコンセプト作戦指揮系(OPS)共通戦術状況図(CTP)を見る。 同時に共通作戦状況図(COP)を操作する。
どうする?―――無論、殲滅する。 どうやって?―――左右の比較的高度のある地形、その陰に2個中隊を機動させて包囲殲滅。 ならば自分は?―――決まった。
「―――シックスよりドラゴン、右翼。 ハリーホーク、左翼。 クリスタル、続け」
CTP(共通戦術状況図:Common Tactical Picture)は、CEC(共同交戦能力:Cooperative Engagement Capability)のサブシステムのひとつ。
CTPにおいて表示されるのは、その瞬間にCTP作成者が把握している彼我の位置関係(座標および空間ベクトル)、および戦力状況(交戦や武器の状態)である。
そこに含まれる情報は、5W1Hのうち、Who(誰が)、What(何を)、 When(何時)、Where(何処で)であり、この情報は大隊長以上の各ユニット間で共有される。
上位システムにCOP(共通作戦状況図:Common Operational Picture)がある。 COPが明示する情報は、Who(誰が)、Why(何故)、So what(従ってどうするか)である。
従って状況判断と意思決定を加味したものであることから、その生成は半自動的なものとなる。 連隊や旅団、或いは師団システムとリンクし、他部隊の行動理由を共有する。
『大隊長・・・!』
『ドラゴン、了』
『ハリーホーク、ラジャ』
『クリスタル、了―――北里、諦めなさい・・・』
『遠野大尉!』
何か、とんでもなく失礼なことを言われた気がするが・・・周防少佐は意識して気にしないようにする。 心配性の部下を持つと、上官も苦労する・・・
『・・・誰が、苦労ですか・・・! 萱場、宇嶋、両翼を! デッド・シックス(6時後方)は私が!』
わざわざ口にして! どうせ言っても無駄だ、こういうときの大隊長は!―――悟った北里中尉は、大隊長機の背中を守ることに専念しようと決めた。 両翼は部下に任せた。
2個中隊が左右両翼に急速展開する。 同時に機動砲撃開始。 ベテランは確実に、中堅も9割以上、新米達も8割の命中率で屠ってゆく。
高速機動中の砲撃は、いかにFCS(射撃管制装置)があれど、実のところ命中率は言われるほど高くない。 9割に達すれば十分『熟練』なのだ。
そして実のところ、日本帝国陸軍戦術機甲部隊のドクトリンは、従来では近接戦闘を重視してきた。 これはハイヴを近くに控える国の軍隊に顕著な傾向だが・・・
その関係で、日本帝国陸軍戦術機甲部隊における、高速機動砲撃の命中率は、数年前までは米軍のそれに比して、低い数値だったのだ。
現在、その傾向は修正されつつある。 幸か不幸か、大陸から『叩き出された』後に、更に本土防衛戦を経験した者達が、部隊長、或いは中隊指揮官に昇進し始めた頃からは・・・
「左翼100、右翼100、中央100・・・5分で始末しろ。 かかれ!」
命令と同時に、大隊長機の01式近接制圧砲(BK-57ⅡB)から、57mm砲弾が撃ち出される。 その射弾は狙い違わず突撃級BETAの装甲殻に着弾し、数発で射貫させた。
脚部噴射パドルを逆噴射させて、急制動をかけて着地する。 その周囲を3機の大隊指揮小隊の機体が守る様に布陣した。 同時に突撃砲の36mm砲弾を浴びせる。
「遠野、上昇限度、100まで許可。 前面の突撃級のケツを破ってこい」
『クリスタル、了! リーダーより各機! 躍進跳躍! 高度制限100、距離300! 続け!』
後方から1個中隊の(1機欠)、11機の94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)が躍進跳躍で、跳躍ユニットを噴かせて飛び越えてゆく。
同時に左右から多数の誘導弾攻撃。 第1と第2中隊が攻撃を開始したのだ。 網膜スクリーンに投影される戦術MAPで、周囲の隣接戦区の状況も含め確認する。
前面におよそ300のBETA群。 北東から250、北西から300ほどの第1陣が流れてきている。 総数850・・・両翼は長門少佐と、佐野少佐の大隊が受け持つ。 阻止は可能だ。
「・・・問題は・・・無いか」
背後から支援砲撃、遠方のBETA群に着弾。 100機以上の戦術機が、狭隘な戦区で戦っている。 BETA群の主力集団は、ウイスキー、エコーの両主力部隊と熾烈な叩き合いの最中だ。
お陰様で、こちらに流れてくるBETA群は、思い出したように数百から精々1000ほどの中規模集団のみ。 3個大隊で当たれば対応は可能。 支援砲撃も期待できる。
更に言えば、島の中央部から第14師団が、北部から第10師団が、第15師団同様に『降着エリア』確保のために押し出している。
所々に発見される『門(ゲート)』、その周辺を制圧して、オービット・ダイバーズ降着の憂いを取り除く・・・時間が少ないのは確かだが、連中もプロだ、降着後は任す。
『マムよりゲイヴォルグ・ワン! オービット・ダイバーズ降着まで、あと300秒! 予定軌道を降下中です! フォール・アラート! 待避まで250秒!』
「マム、了」
250秒―――4分有れば、ほぼ確実に掃除は完了する。
目立たない脇役の戦区だが、確実に遂行する事を求められる戦区だ―――本音を言えば、主役など御免だ。 生きて帰る算段を・・・自分と部下の。
勿論、本音と建て前。 軍隊では、そして戦場では、往々にして後者が最優先されることも、重々承知の上で・・・部隊長として、その判断を行う覚悟もある。
(・・・いつも通りに、だ)
周防少佐は一瞬だけ目を瞑り、そして命じた。
「―――シックスよりオールハンズ! フォール・アラート! 200秒で仕留める! リエントリーシェルの落下予測をチェック! 目視も使え! 計器を鵜呑みにするな!」
2001年12月25日 1210 熱圏 高度78km 第6軌道降下兵団『オービット・ダイバーズ』
『はあ! はあ! はあ!』
荒い息、誰だ?―――自分だった。 軌道降下の真っ只中。 そろそろ熱圏が終わり、中間圏に突入する高度だ。 全行程の中間地点はとっくに過ぎた。
先程眼下に、カスピ海が見えた。 アラル海は無かった―――カフカスは低地ばかりだ。 本当なら5000m級の峰々・・・かのアララト山もあった筈・・・
≪ザッ・・ザザッ・・・!≫
鈍いノイズと同時に、網膜スクリーンの視界がブラックアウト。 熱圏から中間圏に突入したのだ。 さあ、ここからいよいよ、災害の難関に差し掛かる。
『むっ・・・! ぐっ・・・!』
シートから押し出される様な、マイナスGが急激にかかる。 高度70km、速度23,700km/h・・・軌道降下に伴う減速を補う為に、ロケット加速が始まったのだ。
外部視界は全く取れない、なので自分がどこをどう『落ちて』いるか、想像するしかない。 予めプリセットされたプログラムで、再突入殻を制御するしかない。
『ロール反転・・・開始・・・!』
ほんの僅かなスラスター噴射と、シェルに複数個所取り付けられたモーメンタム・フライホイールのトルクモーメントを使ってS字軌道を描く。
着陸までに都合4回、強引に70度以上の深いバンク角度でS字軌道を開始する。 これも軌道降下戦術のひとつ。 現在推定地点、旧呼和浩特(フフホト)上空。 蒙古高原だ。
俗にBETAの予測を外す、等言われるが、チキンズにとって迷惑この上ない苦行だ。 瞬く間に、次のターンが迫ってくる。
再びロール反転、想定位置・旧石家庄市上空、高度66km。 更に減速した、ロケット加速第2段。 くそっ、Gが半端無い・・・!
更にロール反転、想定位置・旧唐山市上空、高度62km。 骨がきしみそうだ、だがまだ大丈夫、大丈夫な筈だ。 まだ大丈夫・・・!
最終ロール反転、想定位置・旧大連上空、高度58km。 ロール反転はこれで終わり。 さあ、次こそいよいよ・・・!
電子音が管制ユニットに鳴り響く、ブラックアウトが終わったのだ。 中間圏を何とか生きて抜けた―――地獄への玄関口は抜けた。 これからだ・・・!
『高度55km、速度23,400km/h・・・旧元山市上空、成層圏突入用意・・・』
いよいよ成層圏に突入する。 さあ、『あれ』が始まる・・・!
『・・・高度50km、速度23,000km/h・・・ターミナル・エリア・エネルギー・コントロール! 成層圏突入! 大減速、開始!』
ドンッ!―――背中を一気に蹴飛ばされた。 いや、とてつもない何かにブチ当たった感じだ。 強化装備の耐G機能が無ければ、この一気のマイナスGには耐えきれない。
『高度50・・・45・・・40・・・高度35km、速度12,500km/h・・・最大減速・・・!』
目玉が飛び出しそうになる。 内臓が押し上げられて、全てを吐き出しそうだ―――歯を食いしばって耐える。 マイナス8.0Gを超す猛烈な大減速! 正気の沙汰じゃない!
一気に高度25,000m、速度2,500km/hまで、速度で20,000km/h以上の大減速をかける。 頭から一気に血が引く、足元に全て集まる感じだ、視界が暗く狭まって意識が・・・
(―――途絶えさせるものかよ!)
日本海上空を、流星群さながらに猛速で降下して行く軌道降下兵団。 高度20,000・・・15,500・・・10,000・・・5,000・・・
『マニュアル・コントロール復帰! リエントリーシェル、離脱!』
ドッ!―――衝撃と同時に、背面で落下していたリエントリーシェルから、一気に戦術機ごと開放される。
同時に最後の補助ブーストを自動で利かせ、リエントリーシェルがハイヴに向け急速突入して行った。 レーザー照射は・・・無い!? 嘘だと言ってくれ!?
『シックスよりホーネッツ! 淑女と野郎ども! 全員居るか!? フライドチキンになった奴は居ないだろうな!?』
『ホーネット05よりシックス! B小隊全機いますぜ!』
『シックス、ホーネット09! C小隊、A-OK!』
『02より01、A小隊、しぶとく全機、居やがった! くそったれの『フライング・コフィン』め! ざまぁみろ!』
腹の底から、何か判らない感情がせり出してきた―――全機、軌道降下をやり遂げやがった! イエス! イエス! イエス!
『OK! クソッたれ共! 重金属雲発生高度、1560m! 突入前フォーメーションを組め!』
―――『了解!』
跳躍ユニットを下方全開にして、減速着地態勢に入る。 真下に黒々とした重金属雲が広がる、あの中に入るのは嫌なものだ。 だがここではアレが唯一の『イージス』だ。
『重金属雲・・・突入!』
『うっ・・・おおっ!?』
『すげっ・・・!』
『あれがオービット・ダイバーズの『コフィン・ダイヴ』かよ・・・!』
部下達の声・・・経験の浅い少尉達の驚愕の声が、通信回線に流れてくる。 確かに驚くに値する光景だ。 何せ衛星軌道から『フォール・アタック』を掛けているのだから。
リエントリーシェルの落下に巻き込まれぬよう、100秒の余裕を持って待避していた大隊が、その落下攻撃を目前に声を飲む。 艦砲射撃を遙かに上回る『質量攻撃』だった。
大隊の大半が、リエントリーシェルの落下は初めて見る。 過去に経験があるのは、小隊長の中尉以上だけだろう。 大隊長の周防少佐にしてからが、横浜以来なのだから。
「―――シックスより01、02、03、オービット・ダイバーズがご入場だ。 以後、作戦計画フェイズ4プランに従って行動する」
『01、 了』
『02、ラジャ』
『02、 了解です』
その瞬間、分厚く張り巡らされた重金属運の中から、音を立てて大質量の精密機械の塊―――戦術機群が突き抜けてきた。
ボッ―――そんな音がした気がした。 途端に視界がブラックアウト、重金属雲は通信だけでなく、センサー系も異常を発生させる。 速度455km/h、高度650m!
『・・・む・・・う・・・ 抜けた!』
高度420m、重金属雲を抜けた。 どうやら海上と地上の友軍部隊は、念入りに降着地点の『掃除』を実施してくれていたらしい。 予定より300mも分厚いとは!
『最大逆噴射! 着地に備えろ!―――待たせたな、ジャパニーズ!』
『日本帝国陸軍、第15師団! ダイバーズ! フライドチキンじゃなくて何より! 降下ポイントはエリアC9R、旧新保川ダム跡地だ! ハイヴは北方5km地点!』
『ピンポイント過ぎて、涙が出る!―――ホーネッツ! さあ、地獄の門だ! 獄卒共を喰い尽せ!』
『『『『―――応!』』』』
『オービット・ダイバーズ降着』
『エリアD7RからC9Rを確保。 TSF151、152、155、ゲート105から112周辺を確保。 TSF153、154、156、ゲート115から119を確保』
『第14師団、エリアC7Dに進出』
『第10師団、エリアB5RからC7Fまでの回廊を確保』
『軍団司令部より入電。 フェイズ4、ミッション002-004、ハイヴ内兵站作戦準備にかかれ』
『ウイスキー、エコー、最終第3派、上陸開始しました』
師団司令部内に、かえって重苦しい空気が充満する。 取りあえず、玄関口まで入った。 これから中庭に侵入し、そして最後は奥の院まで・・・行けるか?
ウイスキー、エコー、共に第1派上陸部隊の損害は酷いモノだ。 戦闘部隊だけで言えば、損耗率30%を超した。 そろそろ戦闘続行は限界に達しつつある。
「ふむ・・・藤田君、名倉君、TSF(戦術機甲部隊)全部と、機装兵(機械化装甲歩兵部隊)を2個(大隊)預ける。 ハイヴ内補給線確保の防衛任務だ」
「はい」
「はっ」
師団長・竹原季三郎少将の言葉に、第1機動旅団長・藤田伊与蔵准将、第2機動旅団長・名倉幸助准将が頷く。 この両将は、ハイヴ内の兵站線、その確保の為の指揮を担う。
「佐孝君、機甲(機甲部隊)と機装兵1個(大隊)、それと機動歩兵に砲兵、自走砲を預ける。 ゲートへの充填剤注入の間の防衛を行え」
「はっ! 閣下!」
第3機動旅団長・佐孝俊幸准将も頷いた。 先任の2人の旅団長達が、ハイヴ内での指揮に専念する為、周辺の『門(ゲート)』封鎖の間の安全(ある程度の)確保が役目だ。
「10師と14師からも、部隊が抽出される。 通信(通信参謀)、ハイヴ内は元より、地上でも、連携は密に」
「はっ! 特にハイヴ内は無線、有線、共に複数回線を確保。 通信断の無きよう、万全を期します」
師団G2(情報・通信参謀)であり、第2部長でもある矢作冴香中佐が、師団通信課長(通信大隊長兼務)に目配せしながら答えた。
ハイヴ内の情報は、ほぼ無きに等しい。 いや無い。 突入部隊からの通信情報、それをひとつ、ひとつ繋ぎ合せ、ハイヴ内のスタヴ情報を構築してゆくのだ。 通信が命だ。
「沢渡君(沢渡平蔵大佐、後方支援連隊長)、軍団支援旅団と連携し、ハイヴ内兵站路を構築しろ。 草場君(草場信一郎少佐、施設工兵大隊長)、ゲートへの充填剤注入作業を」
「はっ!」
「はっ、準備は完了しております」
「よし・・・」
いったん、竹原少将は言葉を切る。 さあ、ここからがメインステージだ。
「ハイヴ内作戦は、私が直率する。 支援作戦、ゲート封鎖作戦は、熊谷君(熊谷岳仁准将、副師団長)、君が指揮を執れ。 フェイズ4、師団作戦副調整官だ」
「はっ! よし、各部、かかれっ!」
ここからが、本当の地獄の門の中だ―――誰かがそう言った。