170分後―――2001年12月25日 1146 日本帝国 佐渡島西部 旧真野町 国府川河口付近
『第1小隊、第2小隊は旧沢根! コンテナ種別を間違えるな! 旧高瀬は艦隊の補給船団からコンテナを撃ち込む!』
『軍団輸送隊より中トレ32輌、大トレ24輌、特大12輌、赤泊から旧豊田の工場跡地に到着しました! デポ(物資集積地)への搬入を開始!』
『沢根のウイスキー第1派より入電! 『補給を! 至急!』です!』
臨時に設置された兵站末地本部。 真野御陵の入り口近く、旧350号線が走っている。 旧新町海水浴場にも近く、側には小さいながらも防波堤を備えた港が、奇跡的に残っていた。
退役寸前の77式『激震』を改造した(制式採用では無い)『90式戦術歩行輸送機』が2個小隊、戦闘部隊ならば背部兵装担架が付いている場所に、コンテナ担架を取り付けている。
そこに補給ユニットを背負い、最前線まで『補給のデリバリー』を行うのだ。 跳躍ユニットまで廃しているため、高速移動は脚部噴射パネルによるサーフェイシング程度。
それでも1機でコンテナ1個を運べ、しかも最低限の自衛(87式突撃砲を装備)が可能なため、兵站末地から最前線への補給は、この数年は専ら『戦術歩行輸送機』が行っている。
操縦するのは輸送科員だ。 衛士資格は有していないため、戦闘機動技能は有していない。 それでも跳躍ユニットが無いため、耐G装備は最低限で済み、操作も最低限覚えれば済む。
『―――輸送隊、護衛に付く。 15師団151TSF、第2中隊『ハリーホーク』だ』
『了解、ハリーホーク。 軍団輸送隊第2輸送大隊、第1戦術輸送中隊第1小隊です!』
『同じく、第2小隊! ハリーホーク、護衛を頼みます! 沢根まで、何とかコンテナを8基、届けてやりたい!』
巨大なコンテナを担いでいるため、サーフェイシングでも速度が遅い90式戦輸機(戦術歩行輸送機)、その2個小隊の側面を1個戦術機甲中隊―――3個小隊がトレイル陣形で守る。
『―――第2輸送大隊第1中隊、第3、第4小隊、帰還します! 護衛の15師団151TSF第1中隊も一緒です!』
『第2中隊第5、第6小隊、コンテナ搭載作業、あと15分で完了します。 護衛は15師団151TSF第3中隊!』
『第2中隊第7、第8小隊、15師団152TSF第1中隊、出撃します! 第3中隊第9、第10小隊はあと10分、護衛は15師団152TSF第2中隊!』
『第3中隊第11、第12小隊、15師団152TSF第3中隊、帰還します! 損失無し!』
『第2兵站集積地、椿尾に設置完了! 小木港跡より旧81号線、旧287号線、旧350号線での兵站ルート、確立との報告です!』
『椿尾からの輸送第1陣、大トレ30輌、出発しました!』
『警戒中の154、155戦術機機甲大隊より、『65号線、81号線警戒エリアにBETA群を認めず。 継続哨戒に当たる』、以上です』
兵站末地本部は控えめに言っても修羅場だった。 最前線の補給部隊など、修羅場以外の状況などあり得ない。 簡易テントの中の指揮台、その上の戦術地図を睨む補給指揮官。
「いったい誰よ・・・! こんな胡乱な補給計画を考えた大馬鹿は・・・!」
陸軍少佐の階級章を付けた女性将校が、地図を睨みながら忌々しげに吐き捨てる。 年の頃は30代後半だろうか、それでも若く見えるのは内面の活力のせいか。
「作戦総司令部の兵站主任参謀殿か、その下の頭の良い秀才兵站参謀殿達でしょうねぇ・・・」
傍らで肩を竦める仕草をして苦笑しながら、それでも指示を出し続ける部下の陸軍中尉。 こちらは20代後半の、どこか飄々とした雰囲気の男性将校。
「あんた、判ってんならさ、いっちょ、総司令部に乗り込んで、首を締め上げてきな」
「無茶を言わんで下さい。 京都防衛戦の直前に、まだ府の職員の身で、本土防衛軍の参謀殿をやり込めた貴女じゃ無いんですから・・・おい、それは第5陣に回せ」
今は軍籍―――予備主計将校―――とは言え、本チャン(正規将校)では無く、所詮は招集された予備将校に過ぎない。 それも予備主計少佐と、予備主計中尉。
「陸大(指揮幕僚課程)を出ている本チャン連中に、俺の様なリザーブの予備主計将校が何か言えるとでも・・・? ま、貴女なら別でしょうが、沙村少佐殿」
「何よ? その含んだような言い方は? あん? 久須、アンタ、あたしに何か含むところでも・・・」
「ございません! マム! 集積地の状況確認、行って参ります!」
身の危険をいち早く察知した部下の主計中尉・・・久須予備主計中尉が、簡易テントの本部を慌ただしく『脱出』してゆく。 その姿に苦笑しながら睨み付ける沙村予備主計少佐。
すると久須予備主計中尉と入れ違いに、1人の長身の野戦将校がテントに入ってきた。 衛士装備を身に纏っている、階級章は少佐。 戦術機甲大隊長だ。
「・・・補給部隊長、貴女の部下が血相を変えて出て行ったが・・・?」
「気にしないで、第151戦術機甲大隊長。 ああ見えて、要領と勘所は外さない馬鹿だから・・・で? 何か用かな? 直ちゃん?」
「・・・その呼び名、母と姉以外では久しぶりだな。 相変わらずですね、維実さんも」
沙村維実陸軍予備主計少佐。 元は大阪府の防災室長補佐。 招集されて京都防衛戦を、甲22号作戦を、そして実はシベリアとマレー半島にも、補給隊指揮官として従軍している。
最前線での補給作戦に従事した経験が豊富な、『補給隊のビッグ・マム』 何しろ、道理に合わなければ相手が師団長であっても、ボロカスに抗議する『女傑』だ。
『―――戦場で本当に怖いのはな、敵が目前に迫った時に、補給が途切れることだ。 それより怖いのは『ビッグ・マム』を怒らせて、補給が届かないことだ・・・』
ある歴戦の下士官が、部下の新兵に切実に語ったとか・・・
そして第15師団第151戦術機甲大隊長の周防直衛陸軍少佐にとっては、実姉の親友でもある女性である。 数少ない、頭の上がらない女性の一人。
「悪いね、直ちゃん。 戦闘部隊を護衛に借り上げちゃって」
「良いですよ。 自分の部隊は、ここまでの突破戦力でしたので・・・エリア哨戒は154と155が、緊急即応任務は153と156が担当しますから」
周防少佐の指揮する第151戦術機甲大隊、そして長門少佐の指揮する第152戦術機甲大隊は、この旧真野新町までの師団突破戦力として、先頭を切ってBETA群を駆逐してきた。
これまでの損失は戦術機7機。 衛士の戦死3名、負傷後送4名。 大隊戦力は33機で、辛うじて80%を維持していた。 長門少佐の152大隊も同じ数の損失だった。
「そっか・・・しかし、ま・・・沢根まで補給コンテナを届けるのがホネなのよ。 甲府川を渡って、旧八幡新町、旧河原町を抜けて、旧窪田を突破するのがね・・・」
「BETA群との最前線は・・・今は青野から東野、そして金北山から西へ抜けるラインです。 補給隊への襲撃が十分あり得る・・・輸送車両は使えないか」
「そう言う事。 戦輸(戦術歩行輸送機)にコンテナ担がせて、ボッカ(歩荷)させて運ばないと・・・それで数個軍団の補給量をさ、どうやって運べってのよ!?」
「は・・・うわっ!?」
急に『ぶち切れた』沙村少佐が、周防少佐に迫って叫ぶ。 そしてマシンガンのように射出される、兵站幕僚部への罵詈雑言。 もはや慣れたとは言え・・・
「あれか!? 兵站本部の賢い秀才参謀様達は、最前線のBETA出現率さえ過去の平均統計数字以上は出ないとでも思ってんの!? 『約束された計算結果』!?
馬鹿じゃ無いの!? 不整地を進むだけで、機械ってのはストレスが十分かかるのよ! 輸送車両でも故障するわさ! 1発必中の戦場だってかい!? ニワトリ頭め!
前線部隊がどれだけ景気よく、無駄弾ばらまいてパニくっているのか、知っているの!? その補給をどうにかしなきゃ、あっという間に戦線崩壊だっての!
陸大じゃ、そんな事さえ教えていないのかね!? 算数も出来ないって!? 小学生以下か、あの盆暗どもは! ええ!? 直ちゃん!」
「いや、その・・・俺に言われても・・・」
「戦輸機だって、戦闘部隊の戦術機のように数が有るわけじゃ無いんだよ! こちとら、虎の子の戦輸機をフル稼働しているんだよ!? だったら、お古でも良いから77式寄越せ!
さっさと役立たずを改造しまくってやるわさ! 戦輸の1個連隊(120機定数)も有ればさ! 補給コンテナをピストン輸送で1時間あたり360個は届けてあげるよ!
それがどうだい! 現状で回ってきた戦輸機はたったの1個輸送大隊だけ! しかも2個小隊編成の(1個小隊欠)中隊3個で編制された! 24機だけだよ!? 戦輸機は!」
これで佐渡島南部の兵站輸送を行え、と言うのは不可能だ。 輸送車両は有る。 有るのだが、現状では海岸線の旧350号線、そして旧45号線を使えない。
まず、上陸地点として真野湾を使ったため、真野湾岸の旧350号線、旧45号線は艦砲射撃と艦対地ミサイルの嵐で掘り返されて使用不能。 車両が通行できる状態に無い。
更にBETAとの最前線に近く、『はぐれ』の小規模BETA群が現在でも確認されている事。 光線属種は確認されていないが、輸送車両にとっては兵士級や闘士級でも致命傷だ。
真野湾を横断する海上輸送も考え物だ。 万が一、交戦級が出現すれば・・・足の遅い上陸舟艇を改造した輸送舟艇では、特大のカタツムリ以下の的でしか無い。
「真野湾・・・八幡新町や河原田本町に兵站末地を設置するなんて、出来ないよ!? どうしても甲府川のこっち側にしなきゃさ! 或いは65号線ライン以東にさ!
衛星軌道投下の補給コンテナ!? どれだけの数を衛星軌道に打ち上げられると!? しかもだよ、ピンポイントで佐渡島に落着させなきゃ! それも島の北西部に!
だったら、もっと戦輸機を寄越せ! 自衛が出来て、高速で逃げ出せる器材で無きゃ、部下達を無駄死にさせるだけじゃないよ!?」
益々エスカレートする沙村主計少佐。 それでいて彼女は判っている、この補給を成功させない限り、軍団単位で『補給欠乏で作戦失敗』になってしまうと。
「だからさ・・・おい、久須中尉!」
「はっ! 久須中尉、入ります!」
補佐役の青年将校が入ってきた。 周防少佐とは同年配だろう。
「久須中尉、しばらくの間、本部指揮権を委譲する! 復唱!」
「はっ! 久須中尉は、暫くの間、本部指揮権を継承し・・・はぁ!? 少佐!? 何を言ってんですか!?」
(―――大丈夫か、この女・・・とうとう、煮詰まって頭に蛆が湧いたか・・・?)
思わず失礼極まる感想が頭をよぎった久須中尉。 しかし乍ら、彼の上官は至って本気だった。
「これから軍司令部にカチコミかけてくる! 少なくとも軍予備の戦輸機を全部! それで足りなきゃ、後方で未だ上陸してない第3派から、77式引っ張ってくる!」
「ちょ!? 無茶ですって! 大体、今更77式を引っ張って来てもですね! 背部兵装担架にゃ、補給コンテナは担がせられませんよ!」
「手が有るだろ! 手が! 2機1組で運ばせる!」
「そんな無茶な! ねえ、少佐っ!・・・あ~あ、行ってしまった・・・」
嵐のように去って行った上官。 その後ろ姿を呆然と眺める久須主計中尉。 ポン、と彼の肩が叩かれた。
「・・・頑張ってくれ、中尉。 それしか言えない・・・」
明後日の方向に顔を向けながら、疲れた表情で言う周防少佐の横顔を、恨めしそうな顔で久須中尉が睨めつけていた。
佐渡島西方海域 作戦総旗艦・強襲上陸作戦指揮艦『千代田』
「弾薬が無い!? そりゃ、無闇にバカスカ撃てば直ぐに消耗する! 推進剤を寄越せ!? 意味も無く戦闘哨戒をばらまくからだ! 基本は戦線を維持しての持久戦だろう!?」
『千代田』の作戦式ブロックの一室で、作戦総本部G4(兵站主任参謀)の少将が、各所から上がってくる悲鳴の様な要求に声を荒げていた。
本作戦の兵站作戦指揮は、全て総司令部G4、そしてG4が指導する(実質的に指揮官)兵站作戦部で統括指揮を執る。
そして甲21号作戦における兵站作戦は・・・上陸開始後、120分を過ぎた時点で既に破綻、事実上『失敗』したと言って良かった。
有るべき筈の補給物資が無い。 届くはずの補給コンテナが、輸送手段が無いために兵站末地で積み上げられたままだ。 途中で補給隊が『はぐれ』BETAの襲撃に遭った。
総面積で東京都の半分程度しか無い佐渡島。 しかも使えるエリアは極限られた場所でしか無く、そこから最前線への『輸送作戦』は、まさに『決死作戦』になりつつある。
中には戦闘部隊の中で、機体を一部損傷した戦術機が、本来ならば後方に下がり修理を受けるはずが、そのまま兵站末地まで飛来して補給コンテナを『かっ攫って』ゆく始末。
この兵站主任参謀の少将とて、事前の検討で補給作戦の困難さは十分に理解していた。 そしてなるだけ要求に添える様、手を尽くしてきた筈だった。
それでもまだ『失敗したと言って良い』レベルで済んでいるのは、バックに付いた米軍の補給体制のお陰だ。 この兵站少将は、米軍の兵站担当者は皆、完全な悲観主義者だと断じている。
つまり、元々の算出された必要弾薬数量が過大すぎるため、失敗した兵站作戦でも、弾切れを起こしていない・・・なんとも皮肉な話しだ。
「海岸線の制圧エリアが狭すぎる・・・! 万が一光線族種が出現した場合、輸送車両どころか、戦輸でさえ一方的に叩かれて終わりか・・・!」
陸上補給作戦が破綻しているのだ。 真野湾も両津湾も、その東端に設置した兵站末地から最前線への補給ルートが、陸上ルートは特にBETAの脅威に晒されている。
無理な突破補給作戦を行えば、補給する物資より早く、補給手段としての輸送車両や戦輸が全滅してしまうだろう。 そうなれば本作戦も失敗する。
後方の一部からは、衛星軌道からの補給コンテナ投下比率を、もっと上げるべきだったとの声も出ているが・・・今更外野が馬鹿をほざくな、と言いたい。
そもそも衛星軌道への補給コンテナ打ち上げ費用がどれ程か、判っているのか。 小型のSS-700型ロケットで補給コンテナを2基、イプシロンⅡロケットで4基。
大型のH3Aで8基、その改良型のH3Bでさえペイロードは補給コンテナ12基だ。 本作戦で用意された補給コンテナは、優に数万個に上る。
そして打ち上げ費用は小型ロケットのSS-700型で1回800万円(約290万ドル)、イプシロンⅡで950万円(約345万ドル)ほどだ。
しかし大型ロケットのH3AやH3Bだと、1億6000万円(約5800万ドル)から1億7000万円(約6180万ドル)もかかる。
(・・・数万個だぞ! 数万個! 補給コンテナが数万個! それを衛星軌道に打ち上げて、だと!? BETAに負ける前に、国家財政と経済が破綻して滅びる方が早いわ!)
とは言え、何も手を打たない訳にはいかない。 兵站主任参謀の少将は、部下への指示を出しつつ、とある別部署への直通回線を開かせた。 そこには今少し『マシな』器財が有るはずだった。
178分後―――2001年12月25日 1154 日本帝国 佐渡島 真野湾海域
『コンテナ射出、5番から9番、用―意! 撃っ!』
腹に響く重低音の射出音を残し、数トンもの重量を持つ補給コンテナが次々に撃ち出される。 特設給兵艦『樫野』の後部甲板に設置された射出器から次々に撃ち出される。
特設給兵艦『樫野』は、武器・弾薬などを輸送し、時に前線の前面海岸線に向けて補給コンテナを射出出来る様、射出器を後部甲板に設置された、戦時急増特設支援艦だ。
同型艦は60隻。 全て商船ベースの船体であり、低速、かつ非装甲。 『樫野』は第2補給隊に属し、他の姉妹艦10隻と共に真野湾沿岸部の陸上部隊への強行補給を行っていた。
『コンテナ射出、15番から19番!』
『20番から24番、セット完了!』
『1番から4番、再装填、異常なし!』
20隻の特設給兵艦が、危険な真野湾に侵入してまで補給コンテナ射出を行っている理由。 それは陸上補給線がほぼ途絶してしまったためだ。
完全に途絶したわけでは無い。 陸上補給部隊も、戦輸(戦闘歩行輸送機)を増強させたり、『樫野』に搭載している射出器の陸上型を急遽運び込んだりと、努力している。
しかし陸上設置型の射出器では、補給コンテナを飛ばしても、精々八幡新町や河原田本町までだ。 その先の、島の西南部の最前線まで射出するには飛距離が足りない。
作戦総旗艦(つまり作戦総本部)の兵站司令部から『要請』が入り、そこで急遽、第2補給隊の中から補給コンテナ射出能力を有する、半数の特設給兵艦が急行したのだ。
それまで佐渡島西方海域で補給任務に当たっていた10隻は、護衛の戦闘艦艇に『盾に』なって貰いつつ真野湾へ侵入し、旧沢根の友軍最前線へ補給コンテナを飛ばしていた。
『僚艦、『波戸』、『都井』、『野間』、補給コンテナ全射出! 新町の甲府川集積地に向かいます!』
『入電! 『佐田』、『日御碕』、『生石』、補給コンテナ補充完了! 甲府川集積地を出航!』
ウイスキー上陸部隊への補給は陸上からでは無く、洋上から―――西部海岸線沖からと、真野湾北西海岸沖の2カ所から、補給艦や給兵艦からコンテナ射出しか出来なくなっている。
真野湾、両津湾までの内陸兵站線は確立出来た。 しかしそこから先、最前線までの補給ルートの確立が非常に困難を極めている。 控えめに言っても『困難』、正直に言って『無理』
相変わらず、地上での補給も継続しては居る。 総司令部の兵站司令部が本腰を挙げて、90式戦闘歩行輸送機(戦輸)3個連隊を投入したのだ。
真野湾に1個連隊と2個大隊。 両津湾へは1個連隊と1個大隊。 1時間当りの補給コンテナの輸送量は真野湾で380から400個、両津湾で300個から320個に達した。
しかし、それでもまだ不足する。
『樫野』とその同型艦の特設給兵艦は、補給コンテナ射出器を24基装備していて、艦内に240基の補給コンテナを積み込める。
4基ずつの射出で、24基全てを射出するのに要する時間は約6分。 1時間当り240基の射出能力を有している。 10隻で1時間に2400基のコンテナを射出可能だった。
「急ぎで急行したからな・・・半数はコンテナ射出済みで、半数は30%しか残っていなかった」
「本艦と、他の3隻だけが、丁度補充し終わったところでしたからな・・・」
海軍予備士官の艦長(予備中佐)と、これも予備士官の副長兼運用長(予備少佐)が、艦橋から陸地を見ながら会話を交わす。 2人とも『危険な』艦橋に居る事に違和感が無い。
戦闘艦艇ならば、最もアーマー(装甲)の分厚い場所に移動するが、所詮は商船船体ベースの非装甲特設艦。 レーザー照射の1発も貰えば、即轟沈確実だ。
「光線族種が出てこない限り、4時間でコンテナ1万個前後は保証するが・・・出てきたら即、アウトだな」
「護衛艦艇も、数回は耐えきれるのは戦艦だけです。 他は・・・」
支援艦艇の『盾』として海岸線前方を遊弋している戦闘艦艇群を見ながら、艦長と副長は内心で共通の決意を固めた。
最後の最後は、たとえ撃沈されても、1個でも多くのコンテナを射出してみせる、そう考えていた。 彼らは良くも悪くも、日本人なのだった。
182分後―――2001年12月25日 1158 日本帝国 佐渡島 真野湾岸 旧河原田本町付近
『ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ・ワン! 脅威警戒警報! 旧佐和田ダム跡付近よりBETA群接近中! 規模、約2500! 『セラフィム(154大隊)』前方へ出ます!』
『セラフィム・ワンよりゲイヴォルグ・ワン。 周防さん、151はそのまま、護衛しつつ沢根まで抜けてください! こちらはセラフィムが受け持ちます!』
『第1025大隊より第151大隊! 燃料消費が激しい、サーフェイシングは東窪田から先でやりたい! それまで護衛を頼む!』
砲弾と誘導弾、そして迎撃レーザー照射が上空を飛び交い、あちらこちらで爆発と爆炎が吹き上がる戦場。 BETAの残骸、戦術機の残骸、戦闘車両の残骸―――死体は意識しない。
第151戦術機甲大隊長の周防少佐は、37機に回復した(軍団予備から回して貰った1個小隊を編入)大隊を率いて、1個戦輸機大隊の護衛として沢根までの突破を試みていた。
今のところ大規模なBETA群の襲撃は無い。 精々、200から300程度の小型種の襲撃が散発的にあるだけだった。 大隊戦力であれば、ほぼ損失無しに排除可能だった。
「・・・2500か。 常識的に考えれば、光線族種や要塞級が居なくとも、突撃級と要撃級は、それぞれ200から400は居るか・・・」
間宮少佐指揮の第154戦術機甲大隊(定数40機、現有38機)だけでは、少々荷が重いかもしれない。 艦砲射撃や砲兵部隊の支援砲撃は期待できるが、光線級が出現すれば・・・
「よし・・・シックスよりクリスタル・ワン。 遠野、貴様の中隊は引き続き輸送隊の直援に当たれ。 ドラゴン、ハリーホーク、俺に付き合え。 クリスタルの側面援護だ」
『クリスタル・ワン、了解です。 1025大隊! 直援に当たります!』
『ドラゴン、ラジャ』
『ハリーホーク、ラジャ。 大隊長、主演ですか? 助演ですか?』
ハリーホーク・リーダー、第2中隊長の八神大尉は、こういう時でも必ず一言入れてくる。 それが彼の戦場での余裕を保つスタイルなのだ。
「フォーメーション、アリーヘッド。 指揮小隊が先頭に立つ―――八神、たまには相手を立てる事も覚えろ。 じゃないと、モテないからな?」
『くぅ! 既婚者の言葉は違いますって?』
『八神、俺は独身だけどな・・・それでも、そう言いたいぞ?』
『酷ぇなぁ、最上さんまで・・・はいはい、判りました! ドラゴンリーダーより全機! 今回は美人大隊長殿の引き立て役だぞ! 間違っても目立つなよ!?』
通信回線にどっと沸き上がる笑い声。 この中隊は指揮官に似て『いい性格をしている』と称されている。 良くも悪くもだが・・・
『セラフィム・ワンよりゲイヴォルグ・ワン。 エリアB5Dから側面援護をお願いします。 それと・・・八神、貴様、この作戦が終わったら、じっくり『お話し合い』しましょうか?』
『ご遠慮します、マム!』
にこりと笑っているが、目が全然笑っていない間宮少佐のバストアップが網膜スクリーンに現れると同時に、八神大尉は通信系を大隊受信系にすぐさま切り替えていた。
そんな戦場らしからぬ会話を聞きながら、輸送隊と直援の遠野大尉の指揮する1個中隊が、旧窪田の交差点を抜け、旧東窪田の交差点に差し掛かる頃、連中がやって来た。
「来たぞ! 1025、全速ランで抜けてくれ! 遠野、山側に中隊を持って行け! ドラゴン、ハリーホーク、行くぞ! 続け!」
跳躍ユニットを噴かし、超低空ブーストジャンプを行いながら、旧東窪田からほぼ北の旧青野方向へ大隊を進出させる。 間宮少佐の大隊は旧二宮から北西へ突き上げた。
『ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ・ワン! 接敵まで15秒・・・10秒・・・5秒・・・3、2、1、エンゲージ!』
「シックスよりオールハンズ! エンゲージ・オフェンシヴ! 側面から真ん中を突き破る!」
戦術MAPを視界の片隅に置きながら、ブーストジャンプから噴射パドルを逆噴射させ、一瞬でサーフェイシングに移行した周防少佐の94式『不知火』壱型丙Ⅲ(壱型23型)
主兵装の01式近接制圧砲―――2001年に制式採用されたばかりの、62口径57mm高初速リヴォルバーカノンから、57mm砲弾を吐き出して目前の要撃級BETAを屠る。
そのまま速度を落とさず、BETA群の中に突入する。 要撃級BETAの振り上げる前腕の一撃をギリギリの距離でスピンターンで交わすや、側面に57mm砲弾を数発叩き込む。
その後背から迫る別の要撃級を、指揮小隊の北里中尉機が横合いから36mm砲弾をまとめて叩き込んで沈黙させた。 3番機の萱場少尉、4番機の宇島少尉は周辺を警戒する。
「ゲイヴォルグ・ワンよりドラゴン、ハリーホーク! 60秒間だけ掻き回す、その後に旧白山神社跡まで突き破るぞ」
『ドラゴン、ラジャ』
『ハリーホーク、了解っす。 半村ぁ! ぶっ込み隊長、行け!』
『ラジャ!』
第2中隊がBETA群の群れの中を派手に掻き回す。 この状態では確実に光線級は出てこない。 出てきてもレーザー照射を行わない。
歴戦の八神大尉はそれを判っているために、中隊を大胆に動かして機動戦闘を展開する。 その後方で、最上大尉が中隊をスクリーンとして動かし、八神大尉の中隊を援護している。
大隊の先頭を切ってBETA群に突入した周防少佐と指揮小隊の4機は、今は2個中隊の結束点として動いている。 周防少佐は防御戦闘を行いながら、状況の経過を確認した。
BETA群は集団としての統制を失いつつある。 小集団ごとに各々の方向に動き始めている。 そして南東方向から間宮少佐指揮の1個大隊が、強襲を加え始めた。
『クリスタル・ワンよりシックス! 輸送隊の沢根突入を確認! 繰り返す! 輸送隊の沢根突入を確認! 損失はありません、少佐!』
戦輸大隊の直援につけた遠野大尉から通信が入った。 目前に突っ込んできた突撃級BETAが2体。 即座に噴射パドルを噴かしてサーフェイシングで、その僅かな隙間に機体を入れる。
そして擦過するほんの僅かの時間に、片方の個体の側面下部に57mm砲弾を叩き込み、すれ違ったその瞬間にスピンターンを掛け、残り1体の後方からやはり57mm砲弾を叩き込んだ。
『少佐! 無茶しないでください! 萱場、宇嶋! トライアングルを組め!』
『ラジャ! 宇嶋、ライト!』
『ライト、ラジャ・・・あんな機動、出来ないよな・・・』
ぽつりと宇嶋少尉が何か呟いたが、気にしない。 北里中尉には気苦労を掛けるが・・・大隊指揮小隊長の役目は、いかに気苦労をするかだ。 これも気にしない。
周囲に固まり始めた戦車級BETAの群れにキャニスター弾を数発見舞い、霧散させる。 同時に護衛の3機が36mm砲弾をばらまいて他の小型種BETAを始末した。
八神大尉の指揮する第2中隊の『撹拌』は功を奏している。 集団として統制され無くなったBETA群は、南東方向方から突き上げた間宮少佐の大隊に散々叩かれ、散り散りになった。
後は個別の小集団を各個撃破すれば、この集団は殲滅できる。
「シックスよりクリスタル・ワン。 輸送隊の沢根突入を確認・・・よくやった、遠野。 1025大隊、ご苦労でした! 帰り道もこのまま護衛を続行します!」
『第1025輸送大隊! 第151戦術機甲大隊、感謝する!』
周防少佐は大隊をそのまま北東方向へ突破させ、旧白山神社跡まで抜けるや、そのまままた反転して一撃離脱を繰り返した。 間宮少佐の大隊はその動きを受けて、正面から叩き続ける。
やがて2500ほどのBETAの集団は、少数の取りこぼしの他は殲滅された。 そして取りこぼした小集団は、更に後続の155大隊と、輸送隊護衛の152大隊によって殲滅された。
184分後―――2001年12月25日 1200 日本帝国 佐渡島西方海上 作戦総旗艦・強襲上陸作戦指揮艦『千代田』
『―――ウイスキー部隊損耗18%、エコー部隊損耗13%』
『―――ウイスキー第1派主力、旧沢根、旧高瀬に戦線構築。 第2派主力は旧窪田より西進中』
『―――エコー第1派主力、旧北松ヶ崎を確保、北上中』
『―――ウイスキー第3派上陸開始、エコー第3派上陸開始』
作戦指揮所で状況を確認している作戦総司令官・嶋田大将に、参謀長が報告する。
「閣下、『ブーゲンビル』、並びに『最上』より、作戦フェイズ移行の具申です」
『ブーゲンビル』には作戦副司令官兼、地上作戦担当司令官のロブリング米陸軍大将が、『最上』にはやはり作戦副司令官で、海上作戦担当司令官の小澤海軍大将が座乗している。
「ふむ・・・どう思う? 参謀長、君は。 僕にはどうも、何かが引っかかる」
「確かに、何かが、と言えば、何かが引っかかりますが・・・しかし、中断もこれ以上の延長も出来ません。 状況に変化無くば、予定通りに実行すべきかと」
「ふむ・・・」
再びスクリーンを睨む嶋田大将。 多くの大規模作戦を指揮してきた、そしてその中には敗戦も少なからずある、日本帝国有数の対BETA戦の作戦家が逡巡する。
「ふむ・・・まあ、逡巡していても始まらんか。 よし、参謀長。 全軍通達、フェイズ4に移行だ」
「はっ 全軍、これよりフェイズ4に移行します」
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この世界の『円』は、旧円、新円の切り替えが無かったとの想定です。 1ドル=2円75銭~2円76銭。 リアル40円=この世界の1円相当で計算しています。
小型ロケット打ち上げ費用、リアル換算で3億2000万円、大型ロケットの打ち上げ費用はリアル換算で64億円ほどと想定(回数増によるコストダウン込み)