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No.20952の一覧
[0] Muv-Luv 帝国戦記 第2部[samurai](2016/10/22 23:47)
[1] 序章 1話[samurai](2010/08/08 00:17)
[2] 序章 2話[samurai](2010/08/15 18:30)
[3] 前兆 1話[samurai](2010/08/18 23:14)
[4] 前兆 2話[samurai](2010/08/28 22:29)
[5] 前兆 3話[samurai](2010/09/04 01:00)
[6] 前兆 4話[samurai](2010/09/05 00:47)
[7] 本土防衛戦 西部戦線 1話[samurai](2010/09/19 01:46)
[8] 本土防衛戦 西部戦線 2話[samurai](2010/09/27 01:16)
[9] 本土防衛戦 西部戦線 3話[samurai](2010/10/04 00:25)
[10] 本土防衛戦 西部戦線 4話[samurai](2010/10/17 00:24)
[11] 本土防衛戦 西部戦線 5話[samurai](2010/10/24 00:34)
[12] 本土防衛戦 西部戦線 6話[samurai](2010/10/30 22:26)
[13] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 1話[samurai](2010/11/08 23:24)
[14] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 2話[samurai](2010/11/14 22:52)
[15] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 3話[samurai](2010/11/30 01:29)
[16] 本土防衛戦 京都防衛前哨戦 4話[samurai](2010/11/30 01:29)
[17] 本土防衛戦 京都防衛戦 1話[samurai](2010/12/05 23:51)
[18] 本土防衛戦 京都防衛戦 2話[samurai](2010/12/12 23:01)
[19] 本土防衛戦 京都防衛戦 3話[samurai](2010/12/25 01:07)
[20] 本土防衛戦 京都防衛戦 4話[samurai](2010/12/31 20:42)
[21] 本土防衛戦 京都防衛戦 5話[samurai](2011/01/05 22:42)
[22] 本土防衛戦 京都防衛戦 6話[samurai](2011/01/15 17:06)
[23] 本土防衛戦 京都防衛戦 7話[samurai](2011/01/24 23:10)
[24] 本土防衛戦 京都防衛戦 8話[samurai](2011/02/06 15:37)
[25] 本土防衛戦 京都防衛戦 9話 ~幕間~[samurai](2011/02/14 00:56)
[26] 本土防衛戦 京都防衛戦 10話[samurai](2011/02/20 23:38)
[27] 本土防衛戦 京都防衛戦 11話[samurai](2011/03/08 07:56)
[28] 本土防衛戦 京都防衛戦 12話[samurai](2011/03/22 22:45)
[29] 本土防衛戦 京都防衛戦 最終話[samurai](2011/03/30 00:48)
[30] 晦冥[samurai](2011/04/04 20:12)
[31] それぞれの冬 ~直衛と祥子~[samurai](2011/04/18 21:49)
[32] それぞれの冬 ~愛姫と圭介~[samurai](2011/04/24 23:16)
[33] それぞれの冬 ~緋色の時~[samurai](2011/05/16 22:43)
[34] 明星作戦前夜 黎明 1話[samurai](2011/06/02 22:42)
[35] 明星作戦前夜 黎明 2話[samurai](2011/06/09 00:41)
[36] 明星作戦前夜 黎明 3話[samurai](2011/06/26 18:08)
[37] 明星作戦前夜 黎明 4話[samurai](2011/07/03 20:50)
[38] 明星作戦前夜 黎明 5話[samurai](2011/07/10 20:56)
[39] 明星作戦前哨戦 1話[samurai](2011/07/18 21:49)
[40] 明星作戦前哨戦 2話[samurai](2011/07/27 06:53)
[41] 明星作戦 1話[samurai](2011/07/31 23:06)
[42] 明星作戦 2話[samurai](2011/08/12 00:18)
[43] 明星作戦 3話[samurai](2011/08/21 20:47)
[44] 明星作戦 4話[samurai](2011/09/04 20:43)
[45] 明星作戦 5話[samurai](2011/09/15 00:43)
[46] 明星作戦 6話[samurai](2011/09/19 23:52)
[47] 明星作戦 7話[samurai](2011/10/10 02:06)
[48] 明星作戦 8話[samurai](2011/10/16 11:02)
[49] 明星作戦 最終話[samurai](2011/10/24 22:40)
[50] 北嶺編 1話[samurai](2011/10/30 20:27)
[51] 北嶺編 2話[samurai](2011/11/06 12:18)
[52] 北嶺編 3話[samurai](2011/11/13 22:17)
[53] 北嶺編 4話[samurai](2011/11/21 00:26)
[54] 北嶺編 5話[samurai](2011/11/28 22:46)
[55] 北嶺編 6話[samurai](2011/12/18 13:03)
[56] 北嶺編 7話[samurai](2011/12/11 20:22)
[57] 北嶺編 8話[samurai](2011/12/18 13:12)
[58] 北嶺編 最終話[samurai](2011/12/24 03:52)
[59] 伏流 米国編 1話[samurai](2012/01/21 22:44)
[60] 伏流 米国編 2話[samurai](2012/01/30 23:51)
[61] 伏流 米国編 3話[samurai](2012/02/06 23:25)
[62] 伏流 米国編 4話[samurai](2012/02/16 23:27)
[63] 伏流 米国編 最終話【前編】[samurai](2012/02/20 20:00)
[64] 伏流 米国編 最終話【後編】[samurai](2012/02/20 20:01)
[65] 伏流 帝国編 序章[samurai](2012/02/28 02:50)
[66] 伏流 帝国編 1話[samurai](2012/03/08 20:11)
[67] 伏流 帝国編 2話[samurai](2012/03/17 00:19)
[68] 伏流 帝国編 3話[samurai](2012/03/24 23:14)
[69] 伏流 帝国編 4話[samurai](2012/03/31 13:00)
[70] 伏流 帝国編 5話[samurai](2012/04/15 00:13)
[71] 伏流 帝国編 6話[samurai](2012/04/22 22:14)
[72] 伏流 帝国編 7話[samurai](2012/04/30 18:53)
[73] 伏流 帝国編 8話[samurai](2012/05/21 00:11)
[74] 伏流 帝国編 9話[samurai](2012/05/29 22:25)
[75] 伏流 帝国編 10話[samurai](2012/06/06 23:04)
[76] 伏流 帝国編 最終話[samurai](2012/06/19 23:03)
[77] 予兆 序章[samurai](2012/07/03 00:36)
[78] 予兆 1話[samurai](2012/07/08 23:09)
[79] 予兆 2話[samurai](2012/07/21 02:30)
[80] 予兆 3話[samurai](2012/08/25 03:01)
[81] 暗き波濤 1話[samurai](2012/09/13 21:00)
[82] 暗き波濤 2話[samurai](2012/09/23 15:56)
[83] 暗き波濤 3話[samurai](2012/10/08 00:02)
[84] 暗き波濤 4話[samurai](2012/11/05 01:09)
[85] 暗き波濤 5話[samurai](2012/11/19 23:16)
[86] 暗き波濤 6話[samurai](2012/12/04 21:52)
[87] 暗き波濤 7話[samurai](2012/12/27 20:53)
[88] 暗き波濤 8話[samurai](2012/12/30 21:44)
[89] 暗き波濤 9話[samurai](2013/02/17 13:21)
[90] 暗き波濤 10話[samurai](2013/03/02 08:43)
[91] 暗き波濤 11話[samurai](2013/03/13 00:27)
[92] 暗き波濤 最終話[samurai](2013/04/07 01:18)
[93] 前夜 1話[samurai](2013/05/18 09:39)
[94] 前夜 2話[samurai](2013/06/23 23:39)
[95] 前夜 3話[samurai](2013/07/31 00:02)
[96] 前夜 4話[samiurai](2013/09/08 23:24)
[97] 前夜 最終話(前篇)[samiurai](2013/10/20 22:17)
[98] 前夜 最終話(後篇)[samiurai](2013/11/30 21:03)
[99] クーデター編 騒擾 1話[samiurai](2013/12/29 18:58)
[100] クーデター編 騒擾 2話[samiurai](2014/02/15 22:44)
[101] クーデター編 騒擾 3話[samiurai](2014/03/23 22:19)
[102] クーデター編 騒擾 4話[samiurai](2014/05/04 13:32)
[103] クーデター編 騒擾 5話[samiurai](2014/06/15 22:17)
[104] クーデター編 騒擾 6話[samiurai](2014/07/28 21:35)
[105] クーデター編 騒擾 7話[samiurai](2014/09/07 20:50)
[106] クーデター編 動乱 1話[samurai](2014/12/07 18:01)
[107] クーデター編 動乱 2話[samiurai](2015/01/27 22:37)
[108] クーデター編 動乱 3話[samiurai](2015/03/08 20:28)
[109] クーデター編 動乱 4話[samiurai](2015/04/20 01:45)
[110] クーデター編 最終話[samiurai](2015/05/30 21:59)
[111] 其の間 1話[samiurai](2015/07/21 01:19)
[112] 其の間 2話[samiurai](2015/09/07 20:58)
[113] 其の間 3話[samiurai](2015/10/30 21:55)
[114] 佐渡島 征途 前話[samurai](2016/10/22 23:48)
[115] 佐渡島 征途 1話[samiurai](2016/10/22 23:47)
[116] 佐渡島 征途 2話[samurai](2016/12/18 19:41)
[117] 佐渡島 征途 3話[samurai](2017/01/30 23:35)
[118] 佐渡島 征途 4話[samurai](2017/03/26 20:58)
[120] 佐渡島 征途 5話[samurai](2017/04/29 20:35)
[121] 佐渡島 征途 6話[samurai](2017/06/01 21:55)
[122] 佐渡島 征途 7話[samurai](2017/08/06 19:39)
[123] 佐渡島 征途 8話[samurai](2017/09/10 19:47)
[124] 佐渡島 征途 9話[samurai](2017/12/03 20:05)
[125] 佐渡島 征途 10話[samurai](2018/04/07 20:48)
[126] 幕間~その一瞬~[samurai](2018/09/09 00:51)
[127] 幕間2~彼は誰時~[samurai](2019/01/06 21:49)
[128] 横浜基地防衛戦 第1話[samurai](2019/04/29 18:47)
[129] 横浜基地防衛戦 第2話[samurai](2020/02/11 23:54)
[130] 横浜基地防衛戦 第3話[samurai](2020/08/16 19:37)
[131] 横浜基地防衛戦 第4話[samurai](2020/12/28 21:44)
[132] 終章 前夜[samurai](2021/03/06 15:22)
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[20952] 佐渡島 征途 前話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:ab389913 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/10/22 23:48
2001年12月16日 1930 日本帝国 帝都・東京


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「祥子、暫く俺の実家か、そっちの実家に行っていろよ」

「大丈夫よ、母が泊まりに手伝いに来てくれるから。 お義母さまも様子見に来て下さるって、連絡下さったわ」

「そうか・・・じゃあ、帰って来るのは年末の頃だろうけれど」

「年越しそばでも用意しておくわね。 おせちも任せて」

「・・・良く材料が手に入ったな」

「ふふ・・・」

夫婦ともに、他に何も言わない。 夫はこれから戦場だ。 妻も軍人―――現在は療養休暇中―――だ。

「お? そちらも今からご出勤か?」

玄関を出ると、隣家の夫婦と出くわした。

「・・・『会社』が一緒だろうに、何を言っているんだか」

「はい、お久し」

「新潟から戻って、また逆戻りか。 愛姫、ご苦労様だな」

「愛姫ちゃん、お母様がいらっしゃるの、明日よね。 それまで圭吾君はウチで預かるわ」

「助かるわぁ、ありがと、祥子さん」

判っているから、何も言わない。 判っているから、普段と同じ様に出て行き、普段と同じ様に見送る。 これから向かう最終地は・・・佐渡島だった。









2001年12月17日 1330 日本帝国 帝都・東京 麹町 国家憲兵隊司令部


「明18日、各部隊の収容を開始。 その後、出航。 19日夜に各々、琵琶湖運河通過、並びに津軽海峡に入ります。 20日早朝、敦賀湾、並びに陸奥湾に錨泊。 
21日に富山湾、並びに酒田沖に錨泊。 米第7艦隊、並びに国連太平洋軍、ガルーダス軍を搭載した輸送船団との合流が22日となっております」

国連軍作戦名『甲21号作戦』―――日本軍側秘匿作戦名『決号作戦』、米軍側秘匿作戦名『鉄の暴風(Typhoon of Steel)』
全体の作戦発令自体は既に発令されている。 それに伴い、今月11日より兵站補給作戦『決5号作戦』が発令され、開始されていた。

「海路、並びに鉄道路での兵站補給充足率は90%に達しました。 道路輸送は兵站主地から兵站地へのピストン輸送が為されています。 85%で、あと3日で完了予定です」

「・・・20日の事前制圧砲撃(『決1号作戦』)に間に合うか」

部下から手渡された報告書を目にした右近充大将―――国家憲兵隊司令官代理―――は、照明の灯を押さえた執務室でボソリと呟いた。

本来ならば、国家憲兵―――刑事警察と軍事警察、そして公安警察―――の管轄外だ。 ただ、国家憲兵隊も戦場に武装憲兵隊を派遣している関係上、無関係では無い。

「・・・それと、年明けに軍法会議の第2審が始まります。 こちらを・・・」

クーデター騒ぎを起こした者達、その中でも首謀者格と見做される青年将校達、或は重要な役割を為したと判断された者達への、第2回の軍法会議が年明けに始まる。
第1回目の判決は、非情では有るが、軍刑法に照らし合わせて妥当と思われた。 軍と軍人は武力を有する。 故にその行使には厳格な制約が付いてしかるべき・・・

その報告書を読みながら、右近充大将は誰ともなく口にした。

「かの大王がマキャベリに駁論した国家論でもなければ、近代民主主義の最も重要な特徴である多元論でもない。 そもそも、見ている視線と地平線が異なるのだからな・・・」

上は元首・政府から下は市民国民に至るまで、与えられた職務を忠実にこなし続ける事。 歯車や発条の様に忠実にこなし続ける事。
そうする事で、社会と言う『時計』が幸福の時を刻み続ける・・・彼らの信奉する地平線は、その延長上だ。 だからこその『蹶起』だったのだろう。

対して『ある種の者達』の信ずる所は『天秤』なのだ。 人類の生残を天秤にかけ、全てを決定する。 どちらに傾くか、その分量は?
BETAと言う脅威に晒された、『地球』と言う名の惑星に生を受けた知的生命体として、その種の生残を何よりまず最優先とする。 その為の『天秤』

その萌芽は既に、旧ソ連・旧中国の崩壊過程で醸造されていたのかもしれない。 国家としての存続すら眼中に無いかのように思われる、『生残の為の』大量破壊兵器の国内使用。
彼らは既に『天秤』を用いねばならない状況下に、既に追い込まれていたのではなかろうか。 無論、意識しての事では無かろう。 結果論とも言えるかもしれない。
しかしその戦局の様相をして、他の最前線国家群、そして後方国家群へ与えた影響は無視できないだろう。 『時計』では有り得ない状況。 『天秤』を迫られる強迫観念。

「結局のところ、先のクーデター騒ぎ。 あれは『天秤』を無意識に怖れる事の・・・『時計』への回帰願望だったのではないのか・・・そう思えて仕方がない」

「・・・自分も、できれば『時計』が時を刻んでいた頃に帰りたい、そう思います。 人として、ですが・・・」

世界人口約10億人。 BETAとの遭遇以来、累計で一体、何十億の人類が死んでいったのか。 最早、人類の至上命題は、確かに『種の生残』であるのだろう。
だとすれば、従来の『国家』と言う枠組みは、或は人類の生残と言う命題の枷になるのかもしれない。 しかし、事はそれほど簡易にはいかないのも事実だ。

「民族、宗教、文化、歴史・・・『天秤』だけを選択するには、人類の文明、数千年の歴史は、少し重い・・・と言う事でしょうか」

「ああ、そうだな・・・それこそ人智を外れた『魔王』でもなくば、今の世界情勢を丸々飲み込んだうえで、『天秤』のみを選択する事は出来ないだろうからな」

―――だが、それを『人』と言えるかどうか、儂には判らんよ。

そう言った後、右近充大将は小さく呟いた。

―――最も、そんな事が出来る奴は、余程の底の抜けた大馬鹿な大英雄か、或はかのヒトラーやスターリンでさえ、無垢な赤子に思える様な大悪魔だろうな。

そして恐らくは、佐渡島での最終選択は『天秤』となるであろう。 帝国軍上層部、国連軍上層部、そして日本政府・・・国連軍横浜基地も交えての、最終選択肢の合意。
日本帝国臣民としては・・・日本人としては断腸の選択肢である事に違いない。 しかし、『天秤』にかけた場合の選択肢としては、外す事は出来なかったのだ。

(・・・最終判断は作戦総司令官の嶋田さん(嶋田陸軍大将)次第がだな・・・)

その前に2人の作戦副司令官、ロブリング米陸軍大将(地上作戦担当)と、小澤海軍大将(海上作戦担当)の合意が必要だ。 何せ、『最終選択肢』とは・・・

「・・・その前に、反応炉に到達する事を願うか・・・」

そう願わずにいられない。 それが如何に困難な事か、理解はしていたが。









2001年12月18日 2230 日本帝国 東京湾岸 某所


暗闇の中、真っ黒な海の水面に泡が立っている。 沈められた者の断末魔の証か。

「これで、とりあえずの後片付けは終了。 それでいいのかしら? シスター・アンジェラ?」

「はい。 ご協力、感謝しますわ。 藤崎警部補」

岩壁に立つ2人の女性。 1人はパンツスーツ姿の上にロングコートを羽織っている。 切れ者のキャリアウーマン風の日本人女性。
もう一人は何と、カトリックの修道女姿の欧米系の女性。 こちらも流石にコートを羽織っていた。 そして彼女たちが見つめる先は、夜の海に浮かぶ微かな気泡。

「・・・『恭順派』のシスターに、『プロヴォ』の男。 使用後は用無しって事かしら?」

「・・・悔い改め、神の元に召されたのですわ」

―――よく言うわ、カンパニーの牝犬が・・・

藤崎警部補・・・特別高等公安警察、日本帝国の秘密警察『特高』である藤崎都子警部補は、表情を崩さずに内心で罵りながら、外見は微笑んで話しかけた。

「ニューヨークで、ご老人がおひとり、無くなったとか。 そう言えばラングレーでの人事異動、聞き及びましたわ」

「五摂家とその周辺の重臣家で何家か、ご当主が代替わりなさったとか・・・」

チラリとシスターの横顔を見るも、相変わらず柔らかい笑みを浮かべているだけだった。

(・・・この女狐、カンパニー『だけ』の紐付きじゃないわね。 『会議』の紐付き・・・?)

『会議』―――『ビルダーバーグ会議』 

合衆国大統領、英国の宰相、EU事務総長に世界銀行総裁。 欧州の各王室関係者にロートシルト、モルガノ、ロートウェラーメロウズ、デュポント・・・
他にも欧州系の様々な、世界的に有力な大財閥の指導的立場の関係者。 エネルギー資源を牛耳る国際的コングロマリットの代表者。 NATOの事務総長・・・
CFR(アメリカ外交問題評議会)のメンバー、ブルッキングスやヘリテージ、ランド研究所などの他、英国王立国際問題研究所や、日本帝国国際問題研究所からも参加している。

(・・・上からの指示も、案外『三極委員会』経由かもね。 そう言えば右近充の伯父さんは、『三極委員会』とは、絶対に繋がりが有る筈・・・)

彼女の伯父、母の姉の夫である右近充陸軍大将は、今や日本帝国の軍事・秘密警察である国家憲兵隊を掌握する人物だ。 『三極委員会』と繋がりが有ってもおかしくない。
もっともそれは、彼女の父親・・・外務省国際情報統括官である彼女の父・藤崎慎吾国際情報統括官もまた、その疑いが有る・・・

「・・・今後の連絡も、変わらず『カリタス修道女会』経由で?」

「はい。 そうお願いしますわ」

微笑みながら一礼して、その場を立ち去るシスター・アンジェラ。 つい先ほど、呪詛の言葉を吐きながら海の底に沈んでいった若いシスターと、難民解放戦線過激派の男。
その『始末』を依頼し、その最後を見届けた人物と同じとは思えない、慈悲深い笑み・・・ただし、目の底は冷え冷えと凍っているのを、藤崎警部補は見逃さない。

再び海面に視線を移し、終わった事だと納得した藤崎警部補は、部下に撤収を命じた。

「・・・ヴィクトリア・ラハト」

あのシスターの、もうひとつの名前。 本名か否か、それはどうでも良い。 N.Y駐在の『お友達』からは、どうやら周防の叔父(周防直邦海軍中将)ともつながりが有る・・・
今回のミッションは、最後まで謎が多かった。 結果としてクーデター騒ぎは鎮圧された。 だがその裏で、一体どれほどの勢力が暗闘していたのか、彼女にも把握出来ない。

(・・・何だろうね、このモヤモヤは・・・?)

一介の現場指揮官の彼女には、窺い知れなかった。









2001年12月19日 1000(日本時間12月20日 0000時) アメリカ合衆国 N.Y郊外


ひっそりとした葬儀だった。

故人の生前の影響力を考えれば、ささやか以上に質素な葬儀。 参列者もまばらな葬儀は、小雨の中でしめやかに執り行われ、棺は墓の下に収められた。

「ミスタ・ポートマン。 『会議』は故人の席を、貴方にご用意すると申しておりますわ」

「・・・アンハルト=デッサウ侯妃。 そして貴女が『監視役』と言う訳ですね」

「ユダヤ系の力は巨大なのです。 ミスタ・ポートマン、貴方は『天秤』を正しく扱える・・・そう評価されておりますわ」

ほっそりとした、淑やかな美貌の貴族女性・・・アンハルト=デッサウ侯妃・イングリッド・アストリズ・ルイーゼが、まっすぐに見据えてそう言った。

「極東の島国の情勢も、ほぼ落ち着きました。 かの国の伝統的懐古勢力は、その力を十分落しました。 故人が繋がりを持っていた方々は・・・」

国防総省国防長官官房・国際安全保障問題担当部アジア・太平洋担当副次官補のダスティン・ポートマンは、遺伝子上の『祖父』に成り代わり、この国で『天秤』を計るのだ。

「全ては、貴方がたの思惑の通り、と言う事ですか?」

その言葉に振り返ったアンハルト=デッサウ侯妃の目は、どことなく哀しげであった。

「・・・私どもは、神ならぬ身。 所詮は人ですわ、ミスタ・ポートマン」

振り向いて、ポートマンの目を見据えて言う。

「今回、私どもは『天秤』を計りました。 どちらがより『生き残れるか』の天秤を。 その為には、ささやかながら影響力も行使しました。
ですがこれは、私どものみならず、極東のあの国や、他の様々な勢力の思惑も絡み合っての事・・・その全てが反応した結果。 結論から申せば、望む方に傾いてくれましたが・・・」

それをして、『謀略工作』と言うのではなかろうか? ポートマンはそう思うのだが。

「ミスタ・ポートマン。 愛しい人々をBETAに食い殺され、愛する故郷をBETAに食い尽くされ、再び会えず、再び戻れず・・・その様な境遇に至った者が、何を思うかご存じ?」

「・・・何としても、奪回したいと?」

「いいえ・・・」

最早、何かが枯れ尽した目をしたアンハルト=デッサウ侯妃が、ある種の狂気を感じさせる視線を送りながら言った。

「生きたい・・・生き延びたい・・・生き残りたい・・・それだけですわ・・・」

それは、種の本能に根差した願望。 あるいはそれをして『信仰』とでも言うべきか。

「これからも私どもは、天秤を計り続けます」

「・・・『人類の為に』、ですか?」

その言葉に対して、哀しいほど透明な視線で、アンハルト=デッサウ侯妃が言った。

「いいえ・・・ええ、そうですわね。 『人類の生残の為だけ』に・・・宜しくて? ミスタ・ポートマン?」

「・・・仰せのままに。 Yes, her highness」









2001年12月20日 1830 日本帝国 福井県敦賀湾沖 ウイスキー上陸部隊第2派別働部隊(第11軍第21軍団第15師団、第151戦術機甲大隊)戦術機揚陸艦『松浦』


戦術機揚陸艦『松浦』は、『渡島』級の3番艦として就役した艦だった。 前級の『大隅』級はその巨体(全長340m、全幅66m)に反して、戦術機搭載数が16機と少なかった。
大型タンカーを流用する際、戦術機の格納スペースを、油槽区画をそのまま割り振ったためだった。 1機当たりのスペースは広く、整備作業などの効率は良いが・・・機数は少ない。
その改善点を盛り込んで再設計された本級は『戦術機運搬艦』としての性格が非常に濃い。 単に『戦術機を運ぶだけ』の艦だ。 代わりに戦術機の搭載数は3倍の48機を搭載する。

「済みませんな、周防少佐。 狭苦しい部屋で・・・」

『松浦』に搭載された戦術機部隊は、陸軍第15師団第151戦術機甲大隊40機。 残りのスペースにはCP用のヘリ、ホバー、大隊本部用の装甲車両などが搭載された。

「いいえ、艦長。 お気になさらず。 陸戦では場合によって立ち食いはおろか、戦術機の管制ユニットの中で済ませますので」

『松浦』艦長から夕食を一緒に、と呼ばれた第151戦術機甲大隊長の周防少佐は、狭いスペースながらも機能的にまとまった艦長室をさりげなく見ながら言った。

「ははは・・・大型艦でも、戦艦や戦術機母艦などでは、十分な居住スペースがあるのですがね。 本艦の様な戦術機揚陸艦は『戦術機と物資の補給艦』とでも言いますか・・・」

戦術機だけならば、それ程のスペースを取らない。 しかしこのタイプの艦は他に、各種物資の揚陸も行えるように設計されており、その格納スペースが馬鹿にならない。
結果として、乗員の居住スペースにしわ寄せがくる。 元々が戦闘艦では無く、支援艦と言う事も有り、乗員の数は少ない。 そこをさらに圧縮しているのだ。

食卓には昔の平和だった時代の、旅館の夕食の和定食程度の料理が並んでいた。 もっとも食材はほぼ全て合成食材だったが。 それでも国内の食糧事情より遥かに良い。
艦長は予備役招集の、中年の海軍中佐だった。 恐らく現役を大型艦の副長か科長、又は小型艦の艦長として中佐で退役し、再応集された口では無かろうか。
因みに艦長室で会食しているのは、周防少佐とこの艦長の2人だけだ。 従兵が1名付いている。 他の士官―――中隊長達は士官室で、艦の副長以下の海軍士官たちと食事中。

しばらく当たり障りのない会話をしながら、食事が進んだ。 艦長が周防少佐を会食に誘ったのも、言って見れば慣例に過ぎなかったのだろう。
ほう、ほう、周防中将の。 甥御さんですか、いやいや、それはそれは・・・本当に当たり障りのない、穏やかな会話。 数日後には地獄へ飛び込む部隊を分かっているからか。

不意に艦長が箸を止め、周防少佐を見据えて言った。

「少佐、本艦には戦術機母艦の様な射出カタパルトは無い。 戦術機が発艦するには、最後列の格納機体から順に上甲板へ上げて、都度発進して貰わねばならない」

「はい」

それは『渡島』級、そしてその簡易版である後級の『天草』級戦術機揚陸艦の、最大の欠点と言われる問題であった。 
戦術機の格納間隔が狭すぎる為、全機を上甲板に並べた状態では、前の機体の跳躍ユニットのブラストを、後ろの機体がまともに浴びてしまうのだ。

「ギリギリまで佐渡島に接近して、発艦出来る様にしましょう。 しかしその距離は、海岸線に光線属種が居れば、容易に射貫される距離です。
そして本艦の装甲は無きに等しい。 レーザー照射の一撃で主要部をまともに貫かれれば、容易に爆沈する可能性が大きい・・・」

そうなれば、周防少佐の大隊もまた、佐渡島への上陸さえ果たせず、そのまま海の藻屑と消える。

「故に・・・もしその様な事態になれば・・・少佐、貴官の隊は『左右両舷同時発艦』を行って頂きたい」

「艦長・・・それでは上甲板は、地獄と化します。 延焼は艦橋へも・・・」

左右両舷同時発艦―――『松浦』や『天草』級戦術機揚陸艦で、緊急時の戦術機発艦方法。 左右両舷に格納された戦術機が全機、上甲板に並び、同時に左右両舷へ発進する。
一気に40機前後の戦術機の跳躍ユニットのブラストが、上甲板に襲い掛かる。 何度も言うが、このクラスの艦に装甲は無い。 上甲板は大火災に陥ってしまう。
そしてそうなれば、乗員の退艦は困難になる。 退艦時は『総員上甲板』なのだから。 その場所が大火災となれば、生存は極めて難しい。

「地獄でしょうな。 助かる部下の数は、かなり少なくなるやもしれません。 或は乗組員全員戦死の可能性もある・・・が、これも意地でね」

意地? その言葉に首をかしげる周防少佐。 その様子を苦笑と共に見た艦長が、寂しげに笑った。

「本艦の乗員は、だいたいが他の沈んだ艦からの移籍組です。 戦艦、母艦、巡洋艦・・・元は主力艦乗組みも多い。 海軍は前大戦時の様な事は無いのだが・・・
それでもやはり、沈没艦の元乗組員への風当たりは、無意識でもありましてな・・・私も元は、重巡で副長兼砲術長をしておりました・・・」

重巡洋艦クラスの副長兼砲術長となれば、一応は出世コースに乗っていたと言える。 

「別にそれを恨むと言う事では無いのだが・・・それでも、これほど防御力の無い艦をBETAが待ち構える海岸線付近まで推し進めねばならない。
まるで自分があからさまに消耗品だと、そう言われているような気がしますな・・・部下達もね、戦術機揚陸艦の乗組員は、そうした気分が大きい・・・」

無論、戦術機揚陸艦は時代の戦術が要求した艦種である。 無駄な艦種では決してないのだが、その消耗はどこの国でも、特に上陸作戦では酷い損害を被っている。

「我々は『運び屋』です。 しかし、その運んだ戦術機が、1匹でも多くのBETAを葬れば、それは・・・我々の戦果だ。 そして貴隊は地獄へ飛び込む・・・」

艦長はそこでいったん言葉を切った。 テーブルの水の入ったグラスを傾け、のどを潤すと、一気に言った。

「なれば、その地獄への道案内、その入り口までは、我々が必ず成し遂げる。 それが意地なのでね・・・」





「こら、お前たち。 なぁに整備の確認をサボってるんだよ?」

「えっ・・・小隊長・・・!」

『松浦』の戦術機格納庫、その脇のスペースで少尉連中数人が固まっているところを目撃した、第2中隊第3小隊長の半村真里中尉が声をかけた。
傍らには半村中尉の同期で、第3中隊の楠城千夏中尉も居る。 どうやら機体の調整にやってきた様だった。 時刻は2000時、艦内の陸軍将兵と言うのは意外と暇を持て余す。

小隊の部下の1人が居たので、軽く声をかけたつもりだった半村中尉は、その部下の表情の硬さに気が付いた。 普段は割と図太い奴、と思っていた部下だった。

「どうしたよ? 怖いのか?」

「・・・怖い、です。 怖くないのですか? 小隊長は・・・楠城中尉も?」

他の少尉達も一様に表情が硬い。 思わず顔を見合わせる半村中尉と楠城中尉。 そして半村中尉があっけらかんと言った。

「怖いさ、当然」

「え? でも、小隊長は・・・楠城中尉も・・・」

「余裕? そう見える? 私も半村も?―――違うよ、本当は逃げ出したいくらい怖いわよ。 当然でしょう? あの佐渡島に喧嘩しに行くんだからね」

思わず『え!?』と言う表情の少尉連中。 そんな彼らを見て、お互いに顔を見合わせる半村中尉と楠城中尉。 半村中尉が言った。

「だけどよ、今回は今までより何とかなるんじゃないか、そう思うぜ?」

「そっ、それはっ、どうしてでしょうか、小隊長!?」

必死になって聞いてくる少尉達。 不安なのだ、ハイヴ攻略戦未経験の彼らにとっては―――半村中尉と楠城中尉も、ハイヴ攻略戦は未経験だったが。

「俺も楠城も、今まで大規模な対BETA戦って言えば、シベリアとマレー半島の2回だけだけどな。 広い場所でのBETAとの戦争って、本当に地獄だぜ?」

「索敵していてもね、どこから現れるか判ったものじゃないものね。 シベリアでもマレー半島でも、ほんの一瞬の隙に側面を突かれたり、迂回されたり・・・
でも今回は狭い佐渡島よ。 私達、第15師団は島の東部海岸に上陸して、中部の平野部までの戦域確保が任務よ。 ハイヴ突入点までの確保は第3派のお仕事」

「ハイヴ突入の本命はオービットダイバーズに、独立機動大隊だ。 そりゃまあ、兵站路確保の為にハイヴに潜る可能性も無いわけじゃないけどな、それでも浅い階層だろうな」

「基本的に、お仕事が終われば揚陸艦に戻って待機よ。 じゃないと、佐渡島が戦術機で交通渋滞起こすからね・・・」

「少なくとも、小隊はチームだ。 1人じゃ無理でも、チームになれば出来る事はかなり多いんだぜ。 お前らはチームに頼れ、そしてチームを助けろ。 そしたら生き残る」

判ったか? 判ったら、余計な不安を貯め込まずに、現実を確認しろ―――そう言って笑う半村中尉。 もっとも彼にしても知らない事は多い。
第15師団は確かに第2派として東海岸の強襲上陸、そこから島中央部までの戦域確保が任務だが・・・ハイヴ突入の予備戦力としても指定されていたのだ。

「余計なこと考えずに、さっさと調整して寝ちまえ。 明日は富山湾だ、警戒態勢が上がるからな」

「2級警戒態勢のままの状態が続くからね。 今夜のうちに休んでおきなさい」





部下達と別れてから、自機の調整を済ませた半村中尉と楠城中尉は、艦内の狭い衛士待機室で休憩をしていた。 手にするは不味いコーヒーモドキ。

「ねえ・・・今回、生き残れると思う?」

楠城中尉がポツリと呟いた言葉に、半村中尉が少し顔をしかめる―――本当はコーヒーモドキの余りの不味さに閉口しただけだったのだが。

「俺は死ぬ予定は無いね」

「私も無い」

「じゃ、生き残るんじゃねぇの?」

「相変わらず軽いね、アンタって」

呆れた声で言う楠城中尉に、ちょっとだけ苦笑する半村中尉。 仕方がない、実際、そうやって生き残ってきたのだから。

「まあ、死ぬ時は死ぬし。 でも最初から死ぬって訳じゃ無いし。 俺はまだ色んな事をしたいし、まだ全然出来てないからな。
だからパーッと出撃して、パパッとBETAをブチ殺して、ササッと引き上げて生き残る。 それだけさ・・・」

もっとも、同期生は何人か、それに失敗して死んだけどな・・・それは何も彼らだけじゃない。 ま、余計な事など考えない事だ。 半村中尉はそう考えている。

「半村・・・アンタ、決まった相手でも居るの?」

「何だよ? 居ないよ。 お前はどうよ?―――ははあ? 楠城、お前、俺に惚れたか?」

「寝言ってね、寝て言うモノなのよ? お馬鹿さん・・・居ないわよ、悪かったわね」

「仕方ない、そんな楠城中尉の為に、帰還したらデートに誘ってあげよう」

「お断りする!」

「お前が死んだら、あれだ。 『なんで死んだんだ! お前とのデートがっ・・・!』って、雰囲気たっぷりに演じてあげるぜ?」

「くわあっ! 嫌な奴! ぜっーたい、絶対に死んでやるもんか!」

お互いに馬鹿を言いながら、少しだけ内心の不安が紛れてきた楠城中尉。 ふと聞いてみたくなった、この能天気な同期生に。

「ねえ、半村。 正直な所、アンタ、『お国の為』に死ねる?」

「御免蒙る」

「人類の為、とかは?」

「会った事も無い、顔も知らない奴の為に、何で死ねるんだよ?」

不味いコーヒーモドキを飲み干しながら、半村中尉は髪をくしゃくしゃと掻き上げ乍ら、面倒くさそうに言った。

「俺が戦うのは、俺が死にたくないから。 それとあれか・・・家族も少しは不安無しに暮らして欲しいよな。 それ以外に大した理由なんかないよ。 あ、仲間が死ぬのも嫌だな。
それこそ、俺は死にたくない。 ましてや、何もせずにBETAに怯えて死んでいくなんて、サラサラ御免だ。 だから俺がBETAをブチ殺してやる、それだけだよ」

お国の為とか、人類の為とか・・・一体、何様だよな? そんなお偉いお題目の為になんか、戦えるかよ。 そんな奴、まず居ないって・・・半村中尉が珍しく真剣な表情だ。

「だいたいさ、俺らって徴兵じゃねぇか。 訓練校は志願制だけど、実質、それしか選択肢が無い・・・俺はバイクが好きでさ、昔のレース番組の録画、好きだったんだよ」

オヤジが古いバイクレースの録画を持っていてさ。 憧れたね。 サーキット場は今じゃ、BETAの腹の中だけどさ―――少し照れながら、半村中尉が話す。

「軍を退役したら、レーサーになりたいな・・・レース自体、復活するか判んねぇけど」

「・・・私はさ、小さい頃はスチュワーデスになりたかったんだよね。 お父さんが持っていた、古いテレビ番組観て憧れてね・・・」

「BETAが居なくなりゃ、旅客機も復活するかもよ?―――それまでに婆ちゃんになってなければ、だけど・・・」

「あんたこそ、爺ちゃんになってバイク? 年寄りの冷や水だよ?」

「だから、それまでに駆逐してやるってばよ」

「せめて、20代のうちに夢を叶えたいわぁ・・・」

叶わない夢、かもしれない。 もしかしたら、叶う夢かもしれない。 少なくとも死にたくないし、夢は見たい、持ち続けたい―――だから生き残る。








2001年12月20日 2030 日本帝国 若狭湾沖 第5水上打撃任務群(第5戦隊)旗艦・戦艦『出雲』


「航海士、まぁ、飲めよ」

「は、頂きます」

堅苦しいなぁ―――『出雲』砲術士の綾森喬海軍中尉は、目の前の若い少尉候補生を見ながらそう思った。 これが義兄の従弟なのかね? とも。

(兄貴にも似ていないなぁ・・・お袋さん似なのかな?)

ガンルーム(第1士官次室)の片隅。 ケプガン(第1士官次室長)、サブガン(第1士官次室次長)程古参の『おっかない』上官では無いとは言え、相手は中尉、自分は候補生。

(ま・・・俺も候補生時代は、中尉連中って、おっかなかったけどな・・・)

いざ自分がなって見れば、なんて事は無い。 下級者が過剰に意識し過ぎていただけの事だと判る。 まあ、候補生にとっての少尉、中尉は兵学校時代の上級生でもあるのだが。

「どうだ? 艦には慣れたか? って言っても、まだ乗艦間もないけどな」

「は、日々が目まぐるしくて・・・覚える事が多いです。 勉強の毎日です」

(うわぁ・・・こいつ、優等生だ・・・)

目の前の若い、それこそ未だ20歳そこそこの少尉候補生―――周防直純海軍少尉候補生を見乍ら、綾森中破は内心で『しまったかな?』と思った。
周防候補生の実兄、周防直秋陸軍大尉は、非常にさばけた性格で付き合い易かった。 従兄で綾森中尉の義兄である周防直衛陸軍少佐も、根はカラッとした性格だ・・・と思う。
しかしながら目前の候補生は、どうやら実兄や従兄とはまた違った、生真面目な性格の様だ。 彼の実父の周防海軍中将も(ほんの少しだけ)知っているが、さばけた人だった・・・

こうして夜、全ての課業が終了して、当直でもないのでガンルームで飲んでいること自体はおかしくない。 現に他にも食後の一杯を飲っている連中も居る訳で。
兵学校卒業後、練習艦隊も経ずに即実戦部隊配備・即実戦経験を積む、と言うのは、ほんの数年前までなかった。 それこそ綾森中尉の期からの話だ。
だから誘った。 十分な幹部教育を受ける前に、早々と実戦を経験しなければならない若い少尉候補生たち。 その不安は十分理解しているつもりだった。

それ以外には『半ば身内』と言う意識も有った。 周防候補生の従兄は、綾森中尉の義兄・・・姉の夫なのだから。

「ま、実務はダブル配置の先輩に付いて、実地で覚える事さ。 なに、真面目に勤務に精勤して居れば、嫌でも覚える。 航海(航海士、この場合は正規配置の航海士)は同期でね。
ちょっと茶目な男だけれど、面倒見の良い奴だよ。 あれこれ、判らない事は聞けばいい―――あ、遊び事は程ほどにしておけよ? 候補生の間は基本、厳禁だからな?」

「は、はい」

既に顔が真っ赤だ。 あまり酒になれていない様だ。 自分などは、兵学校生徒時代から帰省すれば、こっそり隠れて飲んでいたものだけどな・・・

「砲術士・・・」

「ん? なんだい?」

何杯目かの杯を空けた時、周防候補生がまだ酒の残る杯を見つめながら、聞いて来た。

「戦争は・・・戦闘は、BETAとの戦闘は、どの様なものなのでしょうか・・・? 私は兄も従兄も陸軍で・・・海軍に2人居た従兄達は佐渡島で戦死しました。
陸戦と海戦では、当然ながら戦闘自体異なる事は判っております。 兄や従兄の戦いが壮絶だと言う事も。 父には、なかなか聞けず・・・その、正直言って、それが不安なのです・・・」

―――ははぁ、成程・・・

確かに陸戦と海戦では、様相は全く異なる。 基本的に今次BETA大戦における海軍の役目は、上陸作戦、或は沿岸部での作戦の陸上部隊への支援が主任務となる。
母艦戦術機甲部隊や、聯合陸戦師団となれば、違ってくる。 母艦部隊は広域制圧任務の他にも、時に戦線維持任務がある。 聯合陸戦師団は強襲上陸・戦域拡大。 陸軍と似ている。

対して艦隊、それも水上砲戦部隊のそれは、主任務は支援艦砲射撃と、艦対地ミサイルでの支援攻撃が主任務となる。 陸軍や母艦戦術機・陸戦部隊の戦闘とは異なる。
基本的に直接BETAをその視界に捉えての戦闘はまず無い(艦砲射撃でさえ、射程は40km程の距離を持つ。 上陸作戦支援ではその半分ほどの距離の沖合から砲撃だ)

だが、それが却って不気味に思える事も確かだ。 それに場合によっては、より海岸線に近づいての攻撃も有り得る。 その場合は光線属種の排除。 艦の被害率は急上昇する。

「・・・なあ、周防君。 俺達は艦隊乗組みだ」

「はい・・・」

「この『出雲』で乗員は1500名いる。 誰1人欠けても良い訳じゃない乗員が、1500名だ」

半世紀前の世界大戦の頃と違い、随分と省力化が為された現代の大型艦とは言え、『出雲』クラスの戦艦となればその位の乗員が居る。 大型空母・・・戦術機母艦なら3000名だ。

「誰1人として余分な人数じゃない。 誰もが、例え歯車と言われようが、己の任務を全うする事で、艦は初めて十全な攻撃力を発揮するんだ。
俺達1人、1人が自分のすべき事を為して初めて『出雲』は、くそったれなBETAどもを叩き潰す事が出来る。 戦艦の一撃は師団の攻撃力並だ。
例え艦の奥深くの機関部で任に付いていようと、例え応急班として待機して居ようと。 BETAの姿も見えない場所に居ようと、己の任務を為し遂げなければ『出雲』は戦えない」

杯の酒を飲み干しながら、綾森中尉は己の初陣を思い出した。 ダブル配置の航海士だった。 甲22号作戦。 兵学校を卒業したばかりの候補生だった。
艦が重光線級のレーザー照射で舷側装甲を射貫され、流れ込んだ海水の為に隔壁が破られそうになった。 反対舷への応急注水も間に合わず、このままでは横転沈没・・・
当時の綾森候補生は、艦内通信が途絶した状況下で、CICから機関指揮所まで、レーザー照射の被害で滅茶苦茶にされた艦内を、1人の当番兵と共に艦内を駆けまわった。
無我夢中だった。 途中、通路が構造材で封鎖され通行不可能になった。 思い切ってバルジの中の配管(汚水配管だった)を伝って、また艦内に。 そして機関指揮所に・・・

「・・・『機関、半速』それだけ伝える為にね。 その直後に2回目のレーザー照射を喰らって、爆発が起こって・・・気が付けば仮包帯所でぐるぐる巻き。 艦は大破離脱・・・
でも、当時の機関分隊長から『よくやった』と言ってもらった時は、嬉しかったよ。 俺も艦の役に立てた。 ひとつの歯車だったけれど、俺の働きで歯が噛み合わさったと思った」

当時を思い出しながら、ゆっくりと話す綾森中尉。 神妙な表情で聞き入る周防候補生。

「艦は生き物だ。 そして俺達1人、1人は、個にして集、集にして個だ。 個の全ての力が集として艦を『生かす』 集の力は個の力だ」

―――いいか、忘れるなよ。 君は俺で、俺は君で。 そして俺達は『出雲』だ。

それからは、暫く馬鹿話に花が咲いた。 互いに共通の身内が居る事での、それを肴にした他愛無い話。 既に酔いが回ったのか、若い候補生は顔が真っ赤だった。

(・・・ま、戦闘が始まったら、忙しさで恐怖を感じている暇なんてないさ。 特に候補生の様な半人前のうちはさ・・・)

あれこれと考えるようになるのは、ある程度経験を積んで、実戦歴を経た中尉辺りになってから。 綾森中尉も甲22号作戦以降、台湾海峡や華南戦線、それにマレー戦線を経験した。

暫くして潰れた若い候補生を、同期生たちを呼んで運ばせた。 半世紀前の海軍と違って、2000年代の海軍は例え候補生であっても(狭いながらも)6人部屋のベッドで寝る。

(・・・死ぬなよ、義兄さん)

恐らくは上陸1派か2派だろう義兄・・・姉の夫に対し、心の中で無事を祈りながら。










2001年12月20日 2115 日本帝国 福島県某所 第108特殊砲兵旅団


「気象データ、入力完了」

「射撃諸元よし、砲口内異常無し」

「指揮官、オールグリーンです」

「よし―――第1斉射、撃て!」

00式超々長射程砲。 129.9口径508mm砲が8門、轟音と共に一斉に闇夜を切り裂く閃光を発して、巨弾を発射する。 
目標は200kmほど先の佐渡島。 着弾は約55秒後。 砲側小隊がモニターで砲腔内をチャック、弾薬小隊が台車からクレーンに吊った次砲弾を運び込む。
装填小隊が砲尾栓を開き、目視で異常の有無を再確認した後、次砲弾を受け取り押し込んだ。 尾栓を閉鎖して小隊長が大声で『装填完了!』を叫ぶ。
気象観測データを受け取った射撃管制小隊がデータを再入力、一部を修正して中隊本部へ転送する。 全ての準備が整った事を先任下士官から連絡を受けた中隊長が命令を下す。

「各砲―――第2斉射、撃て!」

この間、約3分。 1時間の間に各砲20発の、旅団全体で240発の超々長射程・超高速(終速・M9.98)・大口径砲弾が、目標に対し撃ち込まれる。
第12斉射を終えた時点―――2時間で旅団本部から射撃中止の命令が入る。 砲身冷却の必要からだ。 クールダウンは約30分。 各砲の整備小隊が冷却材の点検に入る。
1時間で240発の129.9口径508mm砲弾の嵐。 いかな重光線級とは言え、早々レーザー迎撃できるものではない。 1体、2体のレーザー照射で蒸発する程、柔な代物ではない。

今年5月のマレー半島で実戦投入され、コンバット・プルーフされた超々長射程砲。 00式(129.9口径508mm砲)と86式(131.2口径381mm砲)
それぞれ00式配備の1個特殊砲兵旅団(福島県)、89式配備の1個特殊砲兵旅団(山形県)から発砲し始めた。
『甲21号作戦』―――その事前制圧砲撃作戦(『決1号作戦』)の開始が、12月20日2100時に発令されたのだった。

超々長射程砲配備の2個特殊砲兵旅団による事前制圧砲撃は、20日の夜から23日の夜、2100時まで継続される。 各旅団、12門の超々長射程砲を配備していた。
1日の砲撃時間は9時間。 砲身冷却に要する時間は4時間30分。 合計12時間30分。 1時間当たり各砲20発、旅団全体で240発、2個旅団で480発。 9時間で4320発。
これを4日間合計で1万7280発撃ち込む。 BETA光線属種による迎撃損失は、およそ1割5分から最大2割と見積もられている。 1万4000発以上の巨弾が佐渡島に着弾する。

「改良型は、砲戦継続能力が上がったようだね」

「今までのは5分に1発で、30分の砲撃継続能力でしたから」

砲撃効果を確認していた旅団射撃副調整官の大佐が、旅団長に返答する。 00式も89式も、最大で1発/分と言う、この手の砲としては異常なまでに高い発射速度を有する。
しかし、その代償として、その様な所謂『バースト射撃』を行えるのは、5斉射まで。 砲腔内温度が異常上昇して、再砲撃までの時間がかかる。
それを回避するためには、砲撃間隔を伸ばすしかない。 今までは5分に1発で30分まで。 砲身のクールダウンに30分。
温度が砲撃許容範囲に落ち着き、砲身・砲腔内の異常の有無を確認し、再装填の上で射撃諸元を再入力して再度の砲撃までに有する時間が、約30分かかるのだ。

1時間当たり12発、3時間で36発は、及第点の良い数字だ。 だがその代わりに砲撃継続能力はおよそ2日。 3日目にはオーバーホールが必要だった。
それを発射速度を向上させ、砲撃継続能力も倍に向上させたのが、現在配備されているタイプだった―――物が物だけに、実射は今回が初めてという不安は残る。

24日には強襲上陸『決2号作戦』、軌道降下『決3号作戦』、ハイヴ突入『決4号作戦』がそれぞれ発令される。 そして翌25日、佐渡島の地獄へと彼らは突入するのだ。

「それまでに、佐渡島の地表は掃除しておきたい。 光線属種の迎撃も有ろうが・・・それはそれで構わん」

「光線属種の迎撃が有ること自体、地表でのBETA制圧が行われておる証ですからな・・・」

旅団長の准将と、旅団射撃副調整官の大佐は、夜に闇の中からきらめく閃光を見つめながら、お互いにそう思った。









2001年12月24日 0030 日本帝国 富山湾沖 ウイスキー上陸部隊第2派別働部隊 戦術機揚陸艦『松浦』


『抜錨用ー意、総員部署に付け』

艦内が慌ただしくなる。 艦の奥深くの機関が始動して、その振動が微かに響いて来た。

『達する。 0030、抜錨。 0600、佐渡島沖。 総員、第2級戦闘配置に付け』

指揮官用にあてがわれた狭い個室のボンク(艦内ベッド)の中で、周防少佐は再び目を瞑った。 起床時間はあと1時間30分後。 それまでは例え僅かでも休息を取って置く事だ。

『錨収め―――機関原速、よーそろー』

その日、佐渡島攻略部隊全軍が、最終的な出撃を行った。




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