2001年12月5日 1955 日本帝国 帝都某所 国家憲兵隊臨時司令部
「取りこぼしだと?」
国家憲兵隊副長官、右近充大将が、底冷えのする様な声色で聞き返した。 雰囲気すら氷点下に下がったかの様だった。
報告した憲兵少佐は、内心で震えあがりながら(何しろ、目前の人物は『魔王』を称される男なのだ)辛うじて報告した。
「はっ、はっ! DIA、及びCIA内部よりの『お友達』情報と突きあわせた結果・・・CIAのイリーガルズで1名、所在不明の男が居る事が判明しました。
げ、現在・・・特殊作戦局情報部、及び特高警察特務、双方にて足取りを虱潰しに探っておりますが・・・何分、帝都中心部はその、クーデター部隊が掌握しており・・・!」
「・・・判った。 引き続き内密に、且つ、厳重に処理せよ」
「はっ」
ほうほうの態で目前から消えた若い憲兵少佐の事を、意識の外に置き去った右近充大将は、しばらく無言で思案した後、腹心の部下に向かって言った。
「出る。 九段だ。 車を用意しろ」
「はっ。 発起点は北、早稲田付近で行います」
「3師団へは?」
「岡村閣下(本土防衛軍副司令官)のご承認にて、こちらより内々に。 閣下には『朝霞』を動かすご用意があると」
「よし」
統制派の段取りで行けば、クーデター部隊は皇城と帝都城の北北東、早稲田あたりで『暴発し』、第14、第15師団と『交戦状態に入る』
その後、両師団はクーデター部隊を北、或は北東方向へ吊り上げ、クーデター部隊の移動した『空白地』に、江戸川方面より第3師団が進出してこれを埋める。
品川付近に陣取るクーデター部隊側の3個独立混成旅団に対しては、やはり江戸川方面より予備の独立混成2個旅団、並びに有明に『上陸』する海軍陸戦第3旅団で対応する。
或は第1師団が部隊を分けるかもしれないが(何しろ、甲編成師団なのだ)、そうなればかえってしめたものだ。 各個撃破の良い的になる。
締めは禁衛師団・・・今現在、皇城に詰める元老・重臣たちが根回しをしている最中の、日本帝国始まって以来の『勅命』での討伐部隊が出動すれば・・・
(クーデター部隊は、全ての根拠を失う)
如何な政威大将軍の『権威』とて、それは皇帝陛下の御威光の元、成り立つものであるのだから。 その権威の『担保』を失ってしまえば、只のインフレを起こした紙屑紙幣同然だ。
右近充大将は、最後の一押しをすべく、九段―――戒厳司令部に乗り込もうとしていた。
2001年12月5日 2010 日本帝国 帝都・東京 早稲田付近 第15師団A戦闘旅団
『―――アレイオンより、ゲイヴォルグ。 宜しいか?』
「・・・ゲイヴォルグ。 アレイオン、何か?」
僚友で、期友で、旧来の親友で・・・この男が、改まった言い方をしてくる時は、余り碌な事ではない―――周防直衛少佐は、戦術機の管制シートで顔を顰めつつ、応答した。
網膜スクリーンに、アレイオン・ワン―――第152戦術機甲大隊長・長門圭介少佐の顔がポップアップした。 周防少佐同様、苦虫を潰した表情だ。
『―――確かに、付近住民には避難指示命令が出ている。 問答無用のな。 早稲田から池袋、赤羽、板橋・・・江戸川河川敷辺りは、今でも再整備が為されていない。
そこから朝霞方面へ吊り上げる・・・連中が乗ってこなければ、どうする? 問答無用の市街戦突入か? おい、直衛。 お前、この状況で民間人を巻き添えに出来るか?』
「出来ないね、昔の事とは状況が違う。 そしてそれは、連中も同じ事だ。 だからこちらの『挑発』に乗るしか、方法は無い」
『―――はっ! 正解だ! クソッタレだな!』
統制派―――本土防衛軍主流派と、国防省・統帥本部の脱出組、国家憲兵隊・・・彼らが計算した『主戦場』は、BETA侵攻時に『予防措置』として強制撤去・取壊された区域だ。
もしかすると不法難民が住み着いている可能性があるが(場所を移動しつつの為、把握し切れていない)、その時は己の身の不運をあの世で嘆いて貰う。
先程、師団内C4Iネットワークを通じ、部隊長以上に対して開示された『作戦内容』 思わず職業軍人たる己を、呪いたくなった。
今度の政争(そう、これは政争だ)レベルにおいて、最早、クーデター部隊も、それ以外の発生が想定される犠牲も、それは予定調和のピースに過ぎない。
それを、命令して実現すべき立場としては―――部隊長としては最下級の大隊長であるが、忸怩たる思いは隠し切れそうもない。
「・・・いずれにせよ、ファーストストライクは向うだ。 先遣部隊を殲滅後、TSF2個大隊と1個機装兵(機械化装甲歩兵)大隊で『敵本体』を攻撃」
『―――然る後、『敵の反撃』を後退しつつ排除、帝都北方に誘い込む・・・仕上げは14師団か』
「側面から、師団本隊も攻撃する・・・連中もまた、全力で『吊り上げられる』必要があるからな。 でなければ、即、壊滅する戦力差だ・・・」
第1師団は完全3個戦闘旅団編成。 とは言え、第14師団も同じ編成であり、第15師団は損害を受けたとはいえ、乙編成師団を上回る戦力を維持している。
1個や2個戦闘旅団で出てくれば、戦力差で瞬く間にすり潰されてしまうだろう。 第1師団としては、全力で戦力に劣る第15師団を壊滅させ、第14師団と硬直状態に・・・
『―――ま、ウチの師団が、そんな可愛気のある師団かと言えば・・・』
「一番、可愛気が無いだろうな」
その後、両大隊長はそれぞれの指揮する部隊に対し、即応体制の維持と配置転換の指示を出した。 同時に『絶対にこちらから発砲するな、厳禁とす』の命令も付け加える。
一部の部下(中隊長)からは、『自分らは、生贄の子羊ですか?』と、やや反抗的な口調での確認も有ったが・・・『自覚しているなら、責務を果たせ』と、厚顔さを発揮する。
軍隊とは極論すれば、『死んで来い』、『死んできます』の世界なのだ。 そしてその責任は全て、命令発令者が負う―――この場合、自分が負う責任だ。
「―――若かったな・・・」
『―――何がだ?』
周防少佐の独り言を、長門少佐が聞き止める。 通信系をOFFにし忘れていた、少し苦笑しながら、周防少佐が言った。
「・・・訓練校に入校する時は、想像もしなかった事さ。 これが平和な世界だとしたら・・・俺は、俺たちは・・・何十、何百人も殺している、立派な大量殺人犯だってな」
『・・・覚えている。 死なせた部下の顔、名前・・・全てな・・・殺した民間人は、顔も名前も知らないがな』
「思えば・・・軍人としては、軍人としてだけならば・・・若くして散って行った連中の方が、幸せだったかもしれないな。 純粋な使命感や、個人的な思いだけで戦えた・・・」
『BETA・・・宇宙からの強大な侵略者。 弱々しい祖国、護るべき人々・・・ああ、そうだ。 あの頃は確かに、子供の正義感で戦えた。 俺も、お前も・・・』
それが今や、末端とは言え、明らかに政争の片棒を担いでいる。 全貌など分かりはしないが、概要は知らされている―――そして、部下達を騙しながら、死地に向かわせる。
『人生・・・嘘の上塗りさ。 嘘を嘘で上塗りして・・・繕い乍ら合わせて生きていく・・・それが人生さ』
「・・・自分がついた嘘だけは、忘れたくないものだな。 そこまで堕ちたくないものだ―――こちらの配置転換は完了した。 そちらは?」
『完了した。 いつでも『狩り』を開始できる―――精々、悩んで生きていくか。 生者の特権だ』
2001年12月5日 2035 日本帝国 帝都・東京 九段 戒厳司令部
「・・・貴公とこうして、差しで話し合えるのは、一体どのくらい振りか?」
「ふむ・・・少なくとも、閣下が参謀本部勤務になって以降は、記憶に有りませんな」
「あの頃・・・貴公も憲兵隊勤務に移った。 お互い、年を取ったものだな」
「少なくとも、間崎少佐は、納得して仕える事の出来る上官の大隊長でしたな」
「ふふん、右近充大尉もまた、信の置ける部下の中隊長であった」
九段の東京偕行社―――臨時の戒厳司令部の一室で、戒厳司令官の間崎陸軍大将と、混乱を切り抜け脱出に成功した国家憲兵隊副司令官・右近充陸軍大将が向かい合っている。
この2人、若かりし頃は上官と部下であった。 間崎少佐指揮の大隊に、右近充大尉が中隊長として配属されていた頃が有った。
その後、間崎少佐は陸大(指揮幕僚課程:CGS)へ進み、修了後は主に参謀本部を中心に、参謀畑を歩き続けた。
右近充大尉もその2年後に陸大に進み、修了後に国家憲兵隊に転属する。 その後は一貫して後方(一般憲兵)、戦場(武装憲兵)を往復し、憲兵将校としてキャリアを積んだ。
「・・・単刀直入に言おう、間崎さん。 あんた、舞台から降りてくれ」
「む・・・?」
「あんたが、この国を・・・ひいては、極東情勢に繋がる動きを、最終的にどうにかしたい・・・そう考えているのは判る。 例え表向き、利権軍官僚だとしてもだ」
「はっきり言いおる・・・確かに儂は、多くの利権を手中に収めて来た。 じゃが、それを独占した覚えはないがの」
「そうだな、確かに。 あんたはそれを、要所に蒔く事で、軍の兵站遂行を可能たらしめて来た・・・根回しの道具として」
右近充大将の次の言葉を、間崎大将が探る様な視線で待つ。
「―――間崎さん、もう、今に至っては、『戦術的短期決戦』は不可能だ。 米国に・・・あのユダヤの老人に、先手を打たれてしまったからな。
佐渡島にG弾を投下すれば・・・この国は、最早終わりだ。 ハイヴは潰せても、国内の分裂は修復できない。 結局は戦略的敗北に直結する」
「・・・儂は、そこまで悲観しておらぬがの?」
反論する間崎大将に向かって、右近充大将が数枚の紙―――簡略な報告書を渡した。
「―――国家総力戦研究所の、絶秘資料だ。 閲覧資格は・・・まあ、間崎さん。 アンタでもその資格が無い、と言えば判るかな?」
本当の、この国の指導者層―――その中の、ほんの一握りの者達しか、閲覧資格を与えられない、絶対極秘資料。 その内容は・・・
「む・・・う・・・」
「横浜は能天気な予測を立てているがな・・・30年? あの計画が成功したとしても、『その後』をどうにかするソースの裏付けなくして、その時間は人類には与えられん。
我が国に至っては、その1/3が精々だ。 それは回避せねばならない。 そしてその為には・・・G弾は使えない。 使えばこの国は分裂する。 BETAの再侵攻を阻止し得ない」
元々、G弾を使用する『G弾許容論者』は、『戦略的短期決戦論』を唱える皇道派がその先駆けなのだ。
「判るか? 俺があんたに、この資料を見せた訳が・・・間崎さん、あんた、舞台から降りてくれ。 元の軍事参議官の後、待命、予備役編入・・・大将としての年金も満額だ」
「・・・否、と言えば?」
「是非も無い」
ただ、排除されるのみ―――誰からも忘れられ、知らない内に処理されるだけだ。
「東部軍の寺倉さん(第1軍司令官・寺倉昭二陸軍大将)に、田中(東部軍管区参謀長・田中龍吉陸軍中将)、それに扇谷(本土防衛軍総司令部高級参謀・扇谷仙太郎陸軍少将)
この連中は即時、待命の上、予備役編入だ。 場合によっては、軍法会議に引っ張り出す。 間崎さん・・・引け。 俺はあんたに、引導を渡しに来たのだ」
寺倉大将、田中中将、扇谷少将―――いずれも、間崎大将の派閥に繋がる、今回の事件での皇道派の領将達だ。 既に押さえられたか・・・
「悪いが、元老と重臣のご老人方は、こちらで握らせて貰った。 米軍の動きも、粗方封じた―――DIAを通じて、ユダヤの老人には仁義は切っておいた」
―――決定打だ。
「・・・儂に・・・儂の命令を、あの若い連中が素直に聞くとでも・・・?」
「反発はするだろう。 あの若い大尉・・・沙霧と言ったか? あの男が情報省にどれだけ吹き込まれたか、未だ完全に把握し切れていないが・・・あんたは、隠し玉を持っている」
右近充大将は、隠し玉―――久賀直人陸軍少佐。 クーデター部隊の中枢指揮官の1人にして、最も異質な人物の名を上げた。
「あの男も・・・心底は、儂にも判らぬよ」
「伝えた方が良いな。 まだ精々、旅団規模だが・・・H20(鉄原ハイヴ)の動きが活性化しつつある。 西日本に展開させている部隊で、始末は付けられるがな」
実戦を渡り歩いてきた男ならば、局地的な動きが全体に波及する危険性は、理解出来るだろう。 それが現場叩き上げの訓練校出でのTSF指揮官ならば、尚更だ。
「確認する・・・儂は、この後は、予備役編入だけかの?」
「そうだ。 但し、この後始末は、表向き収めて貰う・・・自分の尻を拭いてから、隠居生活に入ってくれ」
2001年12月5日 2055 日本帝国 帝都・東京 紀尾井町 第1師団第3戦術機甲連隊
「警戒部隊を、新宿通り以南まで下げろ」
クーデター部隊、その実質的な戦闘部隊指揮官『らしき者』である、久賀直人陸軍少佐が、部隊の配置変更を命じた。
「しかし、それでは北西と北東、双方に陣取る第14、第15師団への対応が・・・」
「その時はもう、どうにもならんよ」
元々、実戦経験では日本陸軍屈指の両師団だ。 練度は高いとはいえ、実戦経験が本土防衛戦のみ、精々が半島末期の戦いしか経験のない第1師団では・・・
(―――言い様に振り回されて、各個撃破されるのがオチだな)
そう、久賀少佐は見立てている。 そして戒厳司令部側部隊の、各配置を見れば一目瞭然だ。 北西に第15師団、北東に第14師団。
更に南東に第3師団と、海軍陸戦旅団を含む3個旅団。 皇城内に禁衛師団。 朝霞も動く事だろう。 対してこちらは、第1師団の他には、3個独立混成旅団のみ。
恐らく、第1師団を北へ吊り上げる腹積もりだろう。 こんな、皇城と帝都城に挟まれた、帝都のど真ん中で掃討戦をするほど、連中も厚顔ではないだろう。
恐らく、BETA本土侵攻で取壊され、再開発が為されていない江戸川付近まで吊り上げ、そこで第14師団が正面から、第15師団が側面から、2方向同時攻撃。
第1師団とて、そうなれば吊り出されない訳にはいかない。 ここでの戦闘は無理なのだから。 第1師団が動いて、空いた間隙を南東の第3師団が進出して埋める。
『同志』の独立混成旅団3個を動かすか―――いや、向こうには独立混成旅団2個に、海軍の陸戦旅団が居る。 一気に竹芝から浜松町当たりを封鎖するだろう。 膠着する。
「皇城に対し、背を向けて配置し直せ。 帝都城は・・・1連隊の好きにさせてやれ」
「はっ!」
少なくとも、ファーストストライクをこちらら放つ愚は避けたい。 ならば・・・皇城を、皇帝を、盾に取るのが最上の手だ。
統制派と言えど、皇家の万世一系の権威は犯せない―――日本を統治して行く上で、政威大将軍など、足元にも及ばぬほどの価値があるのだから。
(・・・さて、次の手は、どう出て来る?)
2001年12月5日 2125 日本帝国 帝都・某所
「ああ、そうだ―――帝都城の『裏門』な。 あそこの警備を、5分間緩めておくように手配した。 なに?―――ああ、貴様が気にする事じゃないさ、鎧衣・・・」
印象の薄い中年男だった。 人込みに紛れれば、たちどころに周囲に溶け込み、存在を見失いそうなほどの―――情報組織の人間が、羨ましがる資質だ。
「別に、こちらは何の見返りも求めんよ。 ああ、ああ・・・そうだ、塔ヶ島離宮までの車両も確保してある、使ってくれ・・・」
男が手にした暗視スコープを覗く。 皇城と帝都城の間に、目立った動きは見られない。
「そこは、想像にお任せする。 ああ、少なくとも内事本部(情報省内事本部:国内諜報・防諜担当)は、今現在で貴様を消す気はないよ・・・」
男は、情報省内事本部・内事防諜1部・防諜1課長。 日本国内の防諜、その『最大手企業』の中の『花形営業課長』である。 諸外国からは『影(シャドウ)』とだけ呼ばれる男。
「ああ、ああ・・・ウチの『営業』の人間は、塔ヶ島へは出張させていないさ。 本当だぞ?」
常駐させてはいるがな―――出張はさせていない。 うん、嘘はついていないぞ。
「エスコートは・・・『横浜』が1個小隊出すそうだ。 間接護衛に1個中隊。 米軍の方は・・・ま、それは畑違いでな。 大丈夫だろ、連中が気付かない限り」
ま、なんだ。 その時は軍の連中、わざとリークさせてでも、連中を塔ヶ島へ・・・或はその途中で包囲殲滅戦を仕掛けるだろうな。
藤沢に第46師団、大和に第44師団、八王子に第13師団が居る。 西関東防衛部隊の第4軍団だ。 上級司令部の第1軍、東部軍管区司令部に反抗して、鎮圧姿勢を見せた部隊だ。
その第4軍団と、帝都中心部に構えている第14、第15師団。 この5個師団に包囲されたら最後、如何に第1師団の練度が高くとも、数に押されて潰されるだろう。
「ま、外事本部と衝突はせんさ・・・ああ、ああ、御身大事に、ってやつだ。 じゃあな」
そこで通話を切った。 真冬の夜風が身に染みる。 もう若くないのだ。
「さて・・・と。 これで一応の保険は全て打ったわけだ。 シスター・アンジェラ、貴女の方の首尾は如何ですかな?」
「・・・全ては、主のお導きのままに。 シスター・エルザは『処分』しましたわ」
「ほうほう、それは重畳。 今更『恭順派』のテロリストに、搔き回されるのは、良い気分では有りませんからな」
「パウロ・ラザリアーニ院長からのご伝言ですわ。 『偽りの王は、即位できず』と・・・」
「ふむふむ・・・」
この情報は、ヴァチカンが深くコミットしている、この国の貴族階層からの情報か。 なるほど、斑鳩家重臣団は、現当主を見限るか。
「宜しいですな。 実に宜しいです。 『聖ヨハネ・ホスピタル独立修道会』と『カリタス修道女会』、後日に寄進があるでしょう」
「感謝いたしますわ」
ただし、シスター・アンジェラは、死ぬ間際のシスター・エルザが、CIAの『お友達』をクーデター部隊の一部に委ねた事を知らなかった。
2001年12月5日 2135 日本帝国 帝都・東京 紀尾井町 第1師団第3戦術機甲連隊
「・・・そう来たか・・・結局、只の機会主義者と言う事か・・・」
久賀少佐が、押し殺した小さな声で、呪詛を吐く様な声色で小さく呟いた。 表情には出していない。 が、目は静かな狂気を含んでいた。
「少佐・・・如何されましたか?」
腹心の高殿大尉が声をかけるも、暫く黙ったままの久賀少佐。 やがて、静かに怒気を含んだ声で、高殿大尉に告げた。
「―――間崎が日和ったぞ。 全面的な武装解除・投降命令だ・・・宛は、俺と、沙霧だ」
「・・・沙霧は、承知せんでしょう。 元々、あの男は情報省から吹き込まれた、米国の・・・CIAの工作を潰す事が第1目的・・・表向きは、ですが」
「そう。 表向きはな。 本音は・・・いや、奴の願望は・・・現実逃避だ。 光州で彩峰中将を失い、本土防衛戦を負傷で戦えず、横浜でG弾を目撃した、その傷からのな」
「まあ、それを言えば、我々も同じ穴の狢でしょうが・・・」
「そうだ、その通りだ。 だからさ、途中で舞台を降りる事は許さない・・・現実を突きつけ、突きつけられ、生か死かを選択する・・・絶望するかしないかは、責任とれんがな」
「拾って飼っておいたCIAのイリーガルを、『対象』に接触させます」
「ついでだ。 この・・・情報省からのリーク・・・だと思うが、間崎からのネタを、沙霧にリークしておけ」
「・・・将軍家が、塔ヶ島離宮へ脱出、ですか。 本当であれば・・・この騒ぎが収まった後で、少なくとも軍部の支持は失う事でしょうね」
「沙霧には気の毒だがな。 あの男が幸せなのは、その事に気が付いていない事さ。 子供の願望を抱いたまま、自己満足の中で死んで行ける事だ・・・」
2001年12月5日 2140 日本帝国 帝都・東京 元赤坂
一体、作戦はどうなったのか。 本部との連絡が取れない今となっては、所定の行動予定の通り、実行するしかない。
彼はCIAの国家秘密本部、その東アジア部に『雇われた』非合法工作員―――イリーガルに過ぎない。 仕事の内容は、包括した日本陸軍の兵士に、ある指令を伝える事。
「・・・警戒は・・・案外手薄か。 上ばかり警戒して、地下がザルだったな・・・」
得体は知れないが、兎に角匿ってくれたクーデター部隊の一部から解放され、地下鉄(運休している)の路線を南へ移動した。
赤坂見附から地上に出て、いったん青山通りと並行して南西方向へ。 途中で青山通りを横断し(気づかれないよう、注意が必要だった)豊川稲荷まで。
ここで『対象』と合流できた。
「・・・状況は青、状況は青だ」
「・・・俺の家族は?」
「他のエージェントが、国外に脱出する手筈を整えている。 俺はトウキョウ・ベイに入った第7艦隊から来たんだ。 彼らはそのどれかの艦に収容される」
「向こうでは? 市民権は?」
「移民局への根回しは済んでいる。 規定の国内居住年数については、最大限の考慮が為される。 経済支援は我々が行う」
「・・・判った。 あんたはこのまま、渋谷方面へ行け。 そちら側は警戒が薄そうだからな」
「オーケイ、グッラク」
「家族さえ・・・無事なら・・・こんな国・・・」
2001年12月5日 2142 日本帝国 帝都・東京 元赤坂・帝都城南東部
突如響いた轟音。 LMAT―――『01式軽対装甲誘導弾』から発射された誘導弾が、帝都城外縁内側に配置されていた1機の戦術機、82式戦術歩行戦闘機『瑞鶴』を直撃した。
2001年12月5日 2145 日本帝国 帝都・東京 九段 戒厳司令部
「どういう事だ!? 帝都城との間で、交戦だと!?」
「詳細不明! しかしながら、クーデター部隊よりの発砲との情報も!」
「確認せよ! 至急だ!」
2001年12月5日 2148 日本帝国 帝都・東京 某所 国家憲兵隊臨時司令部
「閣下・・・どうやら、状況B-3になりそうです」
「・・・『餌』は? 予定通りか?」
「はっ、情報省内事本部よりの『保険』で、外事2課長が連れ出したと」
「岡村閣下へ連絡せよ。 『状況はB-3と認む』 寺倉(第1軍司令官、寺倉大将)、田中(東部軍管区参謀長、田中中将)、扇谷(本土軍高級参謀、扇谷少将)を拘束しておけ」
「はっ 既に3個小隊を待機させております。 30分以内に」
2001年12月5日 2150 日本帝国 帝都・東京 早稲田付近 第15師団A戦闘旅団
「ゲイヴォルグ・ワンより各中隊! 現状を維持し、全周警戒に当たれ! マム! HQからの指示に変更はあるか!?」
『―――ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ・ワン! 指示に変更なし!』
『―――ゲイヴォルグ・ワン! G2(大隊第2係主任(情報・保全))です! クーデター部隊は元赤坂を中心に戦闘を開始した模様! 彼我損失不明!』
大隊CP(大隊通信隊長)の長瀬恵大尉、大隊要務士(大隊副官)・兼・大隊G2の来生しのぶ大尉から、相次いで通信が入るが、どれも不確かな物ばかりだった。
「・・・ゲイヴォルグ・ワンよりG1(大隊第1係主任(人事・庶務)、副大隊長勤務)、本部を掌握せよ。 大内(大内和義大尉、G1)、後を任す」
大隊本部には、大隊幕僚団の他にも整備隊と通信隊が附属する。 自衛火器程度の武装しかない彼らだ、戦闘行動には出ることは出来ない。
『―――G1です。 ゲイヴォルグ・ワン、了解です。 戸山の師団本部まで後退させます』
コペルニクスC4I、戦術級システム共通戦術状況図(CTP)から、大隊本部と支援隊が下がってゆくのを確認した。 同時に作戦指揮系(OPS)共通作戦状況図(COP)を出す。
上級または下級指揮官の意図、そして、敵に関する連続的な情報(レーダー探知情報など)の伝達を担当し、共通作戦状況図(COP)乃至、共通戦術状況図(CTP)を投影させる。
(・・・師団はまだ、動いていない)
となると、『アレ』は完全に想定外の偶発事態と言う事か。 いずれにせよ、何かしらの動きが有る筈だ。 クーデター部隊はいつまでもあそこで遊んでいる訳にはいかない筈。
(しかし・・・それが、読めないな・・・)
クーデター部隊側の、品川付近の3個独立混成旅団さえ、未だ動いていない。 交戦していると想定されるのは、主に第1戦術機甲連隊、第1機械化装甲歩兵連隊だ。
(このまま、ズルズルと・・・? まさかな、そんな殊勝な連中か? この国の上は・・・)
軍部首脳もそうだ。 何かしら、状況の変化を行うための行動を・・・或は策略を講じるはずだ。
(・・・それまでは・・・)
『―――アレイオン・ワンより、ゲイヴォルグ・ワン。 胸糞悪いが、ここは様子見だな?』
含みのある口調で、長門少佐が通信を入れて来た。 恐らく、自分と同じ考えに達している筈の男。 だとすれば・・・
クーデター部隊との密かな接触が噂されている、戒厳司令官。 国粋派が、皇城と帝都城を巻き込んでの戦闘行動を? 先ほどの、急な作戦指示。 配置変更。
「―――アレイオン・ワン。 ゲイヴォルグ・ワンだ・・・戒厳司令部の勢いの無さ、どう見る?」
『・・・最悪の状況かもな。 戒厳司令官は日和った・・・政争に負けたか、か・・・?』
「で、だ。 連中が大人しく、武装解除に応じるとか?」
『有り得ない―――それに応じる理性が有れば、そもそもこの騒ぎは起きない』
「沙霧は、少なくとも底抜けの馬鹿ではあるまい。 あの場所での戦闘が、どれ程拙いか位、想像はつくだろう」
『破壊工作―――謀略史観は、余り好きじゃないけどな。 ガキの頃のワクワクする後ろめたさは別として』
「俺が知りたいのは、3連隊―――久賀のヤツ、何を傍観していやがる?」
『案外、アイツの差し金とか?』
「笑えない―――アイツの額に、引金を引くぞ、そうだとすれば」
2001年12月5日 2155 政威大将軍・煌武院悠陽は、この時間に帝都城を脱したと記録されている。