「……朝倉を死なせろってことか」
ふと、自分の口から漏れた言葉に愕然とする。目をむいて目の前に佇む宇宙人を睨めつけるも、彼女はその無機質然とした表情を崩さない。
しかし、心のどこかで性急すぎるんじゃないかと叫ぶ自分もいる。
――――確かにその通りだ、まだ他の可能性も考慮していない。
目の前の、何も答えを吐きださなくなった宇宙人はほっといて、取りあえず自分自身で解決方法を考えるべきだ。……そもそも、あの事態が起こるまでに自分が出来ることはそれこそ無限にあるはず。確かに、自分はただの一般人に過ぎないし、出来ることは少ない。
けど、だからってあの時、長門が何かしたか? あの長門さえ、どうしようもできなかったじゃないか!
……まぁ、出来なかったではなく、しなかった、かもしれないが。
「……長門、お前さんの話は良く分かった。俺は、多分、その手は打てない」
「……」
長門は何も言葉を発しない。
「もうちょっと他の可能性を探ってみるよ。まだ一回目だしな」
お邪魔しました、と家をお暇しようと立ち上がった時、彼女は少し動いた……気がした。
家に帰って、いつものルーチンワークをこなす。今、いつであるか、そのことを取りあえず頭に叩き込まないと生活の支障をきたしそうだ。
風呂に入り、後は寝るだけとベットに寝転がる。湯気の上がる、温まった体が気持ち良い。
……とりあえず今日から五日後に発表がある。あの忌々しい島に合宿に行くのは数週間後だ、まだまだ準備期間は長い。
解決方法を考えてみよう。
まず最初に思いつくのは、あの厄介な島に行かせない、という手段だ。あの島に行かなければ、あのような事件が起こる可能性はぐっと減るだろう。まぁ、下手すると合宿を中止した後、この町で同様の事件が起きる可能性も否定できないが。
しかし、この策を取る場合、ネックになるのはあの涼宮ハルヒ自身だ。他にも原作の流れやら色々な物を犠牲にする覚悟をしなければならない。自分としては原作通りに進行して、みんなとバカやったりするのが望ましい訳で、わざわざ暴走させる意味は無い。むしろ、積極的に避けなければならないだろう。
ということは、このアプローチは本当の最後の手段、とうことになるだろう。
とすると、それから取れる策はSOS団が合宿に出発した後ということになる。
まず、真っ先に思いつくのは涼宮とキョンがあの嵐に出かけて行った件だ。……今、考えると相当不味いように思える。せめて、もう一人ぐらい付けるべきだったか。
……いや、多分、あの嵐の中館を飛び出した時点でアウトだ。まだ、犯人が誰だか分からないが、あのナイフの刺さり具合を見るに、揉み合って結果刺したとか、そういう訳ではなさそうだ。
ナイフ? ああ、そうだ、あの件も考えないと。
キョンの胸に刺さっていたナイフ、あれは確かに自分が朝倉とのデート中に買わされたものだった。あの後、ナイフは机の奥底に封印していた筈だ。
体を起して電気をつけ、机の隠しておいた最奥を探る。
他の世界を観察していてしまい混乱していた頃、結局自分自身の勘違いだということに気が付いた後、あのナイフをそのまま机の奥にタオルに巻いて入れっぱなしにしておいたのだ。結局、あのナイフが洗面所に濡れて置いてあったのだって、尻に買ったナイフを入れたまま洗濯してしまったのが原因だったのだし。……他の洗濯物は大丈夫だったのだろうか。
今考えると、あの勘違いは色々な条件が奇跡的に重なって起きた物だった。どれか一つでも欠けていれば、自分はそのからくりに気が付いていたはずだ。
物事はそう単純な物ではない。だからこそ、そういう要素を見つけるためにも、今度は前回とは違った行動を取らなければならないのだ。
奥に、何やらカチカチになったパンやらと出てきたそれは確かにタオルに包まれたまま鎮座していた。その光沢は全く手入れしていないにも関わらず、未だに眩しいほどで確かに上等な部類に入るナイフなのだろう。
柄をもう一度確認するも確かにあの時、キョンの胸に立っていた物と一致する。
ナイフを手で弄びながら、何故あのナイフがあんな所にでてきたかを考えてみる。
……盗まれた?
ないない、あの合宿が始まるまでこの近辺で泥棒が入ったという噂も聞かないし、それも自分の家に何か異変が起こった覚えもない。大体、ここに隠しているのも自分の他に誰も知り得るはずがないのだ。誰にも言ってないのだから。
じゃあ、たまたま同じ様な柄のナイフを使った?
というのも考えられない。というのも、このナイフはあのナイフ大好きっ子、朝倉が惚れこむほどのナイフであり、それこそ職人が一品一品心をこめて作った物、のはずだ。その心はかなり歪んでそうだし、どうも真っ黒な怨念とかこもっていそうだが他に二つともない物には違いない。
だが、奇跡的に姉妹品の類があるかもだし……、後で朝倉に聞いてみるか。
こう考えると、それこそ無限の可能性がある。大体、犯人も分からないどころか見当すらついてないのだ。こんな状態で細かな可能性を突っ込んでいっても意味は無いだろう。
……とりあえず、まずはデータを取らないと。考える、その大本がないと凡人には推測すら出来なさそうだ。
「はぁ」
これからの事を思い溜息をつく。とりあえずナイフは直ぐ確認できるように、引きだしの手前に入れておくことにした。
五日掛けた催眠術のまとめを数日で作り終えた。
これでかれこれこの資料を作るのも三回目という事になる。さすがに、三回目ともなると作業の効率化が進む。こういうのを実感すると、ホント、勉強って復習が大事だと再確認できるね。
そして、あの合宿まで数週間はあるのだ。数週間、という長い間、いくら殺人事件が起きた無人島にいたとしても、緊張の糸を張りつめたままと言う訳にはいかなかった。普通に授業を受けたり、SOS団で馬鹿話したりとそれなりに男子高校生の生活も忙しいのだ。
その間に出来ることなんて皆無に等しい。それこそ、インターネットや図書館であの無人島を調べる程度だ。自分の様なただの一般人、それも何も怪しい機関やらにも所属していないのだからそれぐらいしか出来ることはない。
……けれど、自分には力強い味方がいる。そう、彼女である朝倉涼子だ。ナイフについて聞くために、あと、風邪が完治したお祝いも兼ねて朝倉さん家にお邪魔することとなった。
「……という事になっているんだ」
「そんな、……大変な事になってるわね」
朝倉家の綺麗に整頓されたダイニングルームに座り、コーヒーを啜りながらこれまでの経緯を話す。これもまた、長門に話したのも入れて二回目であるので、だんだん説明も上手くなっているようだ。
目の前の朝倉は、うーんと唸ったまま考え込んでいる。先ほど、ナイフを見せた時の即答っぷりとは正反対である。
ちなみに、未だ朝倉の自室には入らせてもらえない。恥ずかしいらしい。
「その島には、長門さんがいたのよねぇ」
「ああ。長門はずっとダイニングルームにいたはずだ。けれども、何も捉えなかった、らしいけどな」
「……そうっか、だったら話は早いわ」
考え込み、うつむいていた朝倉が顔を上げる。彼女と、自分の顔が真正面に向かうような形で、朝倉は口を開いた。
「林くんはここにいればいいじゃない。ここにいれば安全よ」
真剣に、有無を言わさない様子で朝倉は言いきった。
「……それは、合宿中てことか」
「そうよ」
軽く、頷く朝倉。さらに続く彼女の言葉は自分にとって、予想だにしないものだった。
「私からしてみれば、林くんさえいれば、あとは何も要らないもの」
「……は?」
……どうも自分は二人を同じ人間だと、知らず知らずの間に勘違いしていたらしい。結局、あの後も朝倉との話は平行線を辿るばかりで一度も進展を見せる事は無かった。
第一に二人が優先しようとする物が違いすぎる。朝倉にとって、他のSOS団は居てもよい物なだけであって、居なければならないという性質のものではない。そういう性質の物は彼氏である自分、のみだ。だから、少しでも殺される危険のある無人島に行くのすら反対なのであろう。
けれども、ここで何が何でも無人島に行かせないように妨害できないのも朝倉の限界らしい。というのも、自分の意思としてあの島に行き、あの事件を止めようとしているからだ。自分の希望を遮って、まで行動するというところまではいかないのだろう。
まぁ、それは寧ろ好都合だ。自分の様な一般人が宇宙人たちに妨害されたとすれば、手も足も出ない訳であるし。
結局、あの島にもう一度行かなければ、すべては始まらないのであった。
ついに合宿当日、あの時のように早めに集合場所に行くという事もせず、普通に時間に間に合うように家を出発する。
二度目ともなると目新しいものは当たり前であるがほとんど無い。古泉やキョンらの会話もそこそこに、フェリーに乗り込むと元気いっぱいの涼宮に辟易しながらキョン奢りの弁当を食べる。耳にする話題もどこか既視感を感じるものばかりで、なるほど確かにこの旅が正真正銘二回目だという事を再確認させてくれた。
前回は飯を食べたあと、キョンと寝入ってしまったのであるが、今回は起きておかなければならない。ここで見逃してしまっていた、何らかの情報があるかも知れないからだ。目を皿のようにして周りの様子を窺っていたのだが、あいにく有用そうな情報はとんと見つけられなかった。朝比奈さんを涼宮がからかう声が聞こえるだけだ。
涼宮に叩き起こされるキョンをしり目に、次はあの豪華なクルーザーの待つ桟橋へと向かう。そこには、記憶と全く同じ格好、雰囲気のメイドと執事が待っていた。二回目であるのに、強烈な場違い感はぬぐえない。
御一行は豪華な内装のクルーザーに、はしゃぎながらも無人島までの30分間を思い思い過ごしていた。操舵室を覗くと執事の新川さんが操縦しているらしい。
……この船で外に脱出しようとした人がいる、と見せかけられたのは確かだ。後で誰が操縦できるかどうかを尋ねておくことも必要だろう。
無事、島に着いたクルーザーから降りると多丸裕氏が出迎えをしてくれた。此処までは、前回と変わりない様に思える。
にこやかな顔をして、古泉と握手するこの人が本当に兄である多丸圭一氏を刺したのだろうか?
……いや、この二人は機関の一員だ。二人で争ったというより誰かに圭一氏は刺され、その犯人役として誰かが裕氏をも殺した可能性が高い。ご丁寧に逃走経路である船をどこかにやって、あたかも外に逃げたように見せようとしたのも犯人の狙いかもしれない。
自己紹介をお互いにしながらの道中歩く草原は遮るものも無く、海に近いからか吹きすさぶ風が心地よい。
「わぁ、見て! キョン! ここ、崖だわ、崖!」
先頭の涼宮が目の前に広がった絶景をみて声を上げる。
この後、起こるであろうことを見越して自分も海岸の崖にキョンとともに近づく。
「おい、涼宮! 危ないから崖近くまで近づくなよ! 落ちるぞ!」
「分かってるわよ、林! そんなベタな事はしないわ」
そう言った涼宮は、崖から落ちそうになる事もなくみんなでこのコバルトブルーの景色を堪能した後、遠目に見える館に興奮しながら草原を進む。
ほんの小さな事だが、林が本来の未来を変えた瞬間であった。