一階に下った自分たち三人は、このダイニングルームにこの館に居るべき人物が全員居るかを確認する。人一人死んでいるのだ、一人ぐらいこそっと居なくなっていても不思議ではない。
「すみません、みなさん集まってください」
古泉が、思い思いの時間を過ごしていたみんなに声をかける。バケツがひっくり返ったかのような勢いの外の嵐を憂鬱そうに睨めつけていた涼宮であったが、古泉のその呼びかけに一番に反応したのも彼女であった。
古泉はその場で説明するのを躊躇い、全員がダイニングルーム中央にあるテーブルに座るよう指示した。一気に全員に説明してしまおうという魂胆らしい。それぞれ朝のバイキングと同じ様な順番で座ったSOS団団員たちは、期待を膨らませて古泉の言葉を待っていた。古泉から何かサプライズがあるとでも思っているのであろうか? まぁ、間違ってはいない、ド級のサプライズには違いない。
「先ほど、新川氏から気になることを聴きまして、そこの林くんと三人で様子を見に行ったのですが……」
取り乱さないでくださいねと、古泉が念を押す。
「この館のご主人である、多丸圭一氏が―――――何者かに殺されていました」
「な、殺されていた!?」
キョンの裏返った声が響く。はい、殺されていました、と古泉が答えるその顔はいつもの仮面とは真逆の、厳しく真剣な表情であった。この事件が彼ら機関によるものではないということは、そのいつもとは違う表情からも分かる。
小さな口に、手を当てて驚きを隠せない朝比奈さん。意外にも涼宮は小難しげな顔で手を顎に当てて考え込んでいた。なにを考えているのだろうか? こんなガチで身に危険を感じる事態になっても割と楽観すると思っていたのだが。あ、長門さんはいつもと変わらず平常運転です。
「……それは、本当の事なんだろうな?」
まだ混乱中のキョン。仕方がない。それが普通の人の反応だと思う。自分自身、こうして普通に考えたり出来ているのが意外である。やはり、まだこの事件に現実感が湧かないのか。
いや、この世界自体にリアリティーを感じていないのかもしれない。
「それを今から説明したいと思います。質問は最後にしてください」
どこにあったか、部室にあるものより一回り大きいホワイトボードを古泉は持ってきて、今の状況を簡潔に記す。森さんが居なくなっていること、実際多丸氏が死んでいるのを除けば原作との大きな違いはなさそうだ。
警察の連絡、今後の対応。確認すべきこともみんなで話し合いしなければなりませんと軽く古泉は締めくくった。
「で、新川さん、警察への連絡は?」
緊急電話の類が置いてある場所に出かけていたのであろう、どこか外に出て行っていた新川さんが帰ってきた。
「はい。どうやらこの嵐が止むまでこっちには来れないそうです。嵐はあと二日三日ほど続くらしいのですが」
「二日か……」
二日……長すぎる、訳ではないがやはり長いな。その間、殺人者がいるかもしれないこの無人島で過ごすというのもなかなか趣のあるアトラクションだ。すっげーワクワクする。
「そのナイフがホントに胸に刺さっていたんだな、そのナイフは? ここのなのか?」
少し気分がよくなったのだろうが、まだ少し真っ青な顔のキョンが古泉に質問する。
ナイフの持ち主、確かに推理小説やらでは最初にそういうところに注目するものである。正直、そんな質問をリアルでする奴がいるとは驚きだ。いや、普通の人間じゃそんなことをする環境にならないか。自分も全くと言っていいほど頭の中でそんなこと考えていなかったし。
しかし、そこら辺は機関の人間、新川氏はすでに調べていたようで、凶器のナイフはこの館に備え付られていたもののタイプとは違うらしいということ。
「だったら、SOS団団員が犯人である確率は低いわね!」
と新川氏の話を聞いた涼宮が嬉しそうに断言する。キョンは怪訝そうに涼宮に質問した。
「なんでだよハルヒ、そりゃ俺だって団員を疑いたくは無いさ。でも、今の話とは関係なくは無いか?」
「全く、せっかく助手のあなたからいい質問がでたから褒めてあげようと思ったけど、その必要は無いみたいね」
「助手? いつから俺はお前の助手になったんだ?」
「さっきからよ!」
ふんぞり返る涼宮にいつものことと、完全に諦めたそぶりのキョン。しかし、彼女のその考えには興味があるようで顔は興味深々そうであった。
勿体ぶるような口調で、涼宮は語り始めた。
「だってこの島に来る前、フェリーで荷物検査受けたじゃない」
「あっ!?」
「なるほど、そうでした」
にっこりとほほ笑む古泉。
自分たちはこの島に来る前に、荷物検査と称して軽く検査を受けた。その時にさすがフェリーの軽い検査とはいえあんな立派なナイフを持って乗り入れれば問題にならないはずがない。そして重要なのは自分たちが基本、どこに行くかすらよくわからない状況でこの館に来たということ。目的先が分からなければ、凶器も用意のしようがない。できたとしても著しく困難だ。
となると。この今の屋敷でナイフを持ちこんでも怪しまれない相手。どこに泊まるか判断できた人物が犯人である可能性が高い。
「私が一番、怪しいですね」
さらりとみなの気持ちを代弁したのは、新川氏、ご本人であった。
「ええ、残念ながら……」
古泉がその笑顔をひきつらせながらそう答える。そうしか答えようがないだろう、このような状況に陥った場合に対処するマニュアルなんて、機関は手配なんてしていないだろうし。
「では、こうしましょう。えーと、多丸、裕さん、だったっけ? 彼が本当にこの島を出て行ったかどうかを確認すること。彼が犯人である場合が一番高いんだからね。それと森さん? 彼女も出来れば捜索したいのだけれど……」
溜息をついて、さっきよりも激しくなったかもしれない外の嵐を見つめる。その言外に、彼女は無理そうだからあきらめましょうとみなに提案していた。
それに対するみんなの答えは無言。この場合、無言は静かな肯定を示している。
非常事態時、結局、可愛いのは我が身なのであった。
先の会議の結果、怪しい多丸裕さんがこの島唯一の交通手段である船を盗ってすでに逃亡しているかもしれないとのことで、涼宮はキョンを引っ張ってこの嵐の中、波止場まで偵察をしに出かけて行った。こんなひどい天気なのにご苦労なこった。
また行方不明になったメイドの森さんの行方も気になる。とりあえず、みんなで一人にならないようにこのダイニングルームで集まっていよう、それが現時点でのSOS団の総意であった。
「……おい、長門。これはどういうことだ?」
「その質問の意味を測りかねる」
「だから、どうしてこんな殺人事件が起きたんだ!? これも涼宮の能力ってやつか?」
ここはダイニングルームの端っこのテーブルである。現在、古泉は新川さんと普通にお話している。さすがに疑わしいからと言って新川さんをいきなり拘束するなんてことにはならなかった。まだ一応、裕さんが第一容疑者なのだし、みんなの集まっている場所で凶行に走ったりしないだろうという考えであった。
という訳で他人に聞こえないように、多分この宇宙のすべてを、それこそ知らないことがない様にも見える長門に今回の事件について聞いているところである。しかし、解答は芳しいものではなかった。
「涼宮の能力によるものではない。情報フレアは観測されていない」
これまた本に目を落としながら、長門はこちらの疑問に閊えることなく答えた。しかし、それは自分の答えて欲しい答えでは無い。
「長門…… いや、涼宮の能力では無いのは薄々そうじゃないかなぁとは思っていた」
そう、今回の事案は涼宮側の問題ではないような気がするのだ。これはもっと、別の形式の問題、少なくともこの世界のあるべき世界からは外れている。学園非日常ライトノベルに殺人なんて似合わない。だろ?
涼宮は確かに迷惑だ。周りのことなんて考えず、己の興味だけを邁進する自己中な奴だ……というのは彼女の能力の所為で人生を鞍替えさせられた自分にとっては正しい、まったくもって正しい認識だろう。
だがしかし、彼女はその自分の願いを叶えるために、他人の死を願ったりするような奴じゃない。それぐらいはこの自分でも断言できる話だ。
こう言った密室事件の様な空気を作り出すために、能力を使うことはあるかもしれないが、だからって本物の死人が出る様な笑えない合宿にしたくないのは、彼女がそう一番願っているんじゃないだろうか。
であるからして、早めにこの事件を解決出来たらと。それと主に己の保身のために自分は長門に事の真相を質問しなければならないのである。
「だから、そう、質問の仕方が悪かったな。長門、多丸圭一氏を刺したのは誰なんだ?」
難しくて途中でゲームに詰まった時、隣にゲームの解説本があればどうするか? それと同じことをしたぐらいの気持ちであった。だから、死体を最初に見た時もさほど緊張しなかったのではあるまいか?
「分からない」
だからこそ、この長門の予期しない言葉で、自分の精神は極度に追い詰め始められていたのかもしれない。
「分からない……?」
一瞬、長門の言っていることが分からなかった。分からない? それは推察出来ないということか? それとも……
「私は多丸圭一が刺殺されたとされる時間に何も捉えていない」
捉えていない、いい表現だなと場違いな感想を抱く。あの完璧宇宙人長門がどのようにこの世界の事を知り得ているか、それは分からないけれど、彼女が分からないことが、自分に理解できるとも感じられるとも思えなかった。
急にあたふたしだす自分が分かる。今までは、いくら殺人事件がホントらしいとしてもどうせ涼宮か長門辺りが出張ってきて二日後ぐらいにはみんなで笑い合えると思っていたのだが、楽観視していたのは自分自身だったか。急にこの世界が恐ろしく見え始める。
「な、何もって、ホントに何も、か? いや、長門がどうやってそれらを知っているかは知らないし、分からないだろうけどさ」
「この端末ではその情報を探知出来なかった」
「……そうか、分かった。長門でも真犯人は検討もつかないんだな?」
長門はコクリと頷いた。
長門でも分からない真犯人。そんな事を聞けば相手は人間ではないように思える。長門を出し抜いた人間がいるとすれば、人間止めてるといっても過言ではないだろう。
方法すら分からないものを無効にしてしまうような犯人だ、これで逆説的ではあるがある程度は犯人の手掛かりになりそうだ。
新川さん、そして逃げたかどうかまだ分からないが多丸裕さんもたぶん白。勿論、SOS団も白である。
これら人間であろう彼らは犯人では無い、という事が分かるからだ。もし長門を欺いたのであれば彼らが人間であることから疑う必要がありそうだ。
と推理なのか屁理屈なのかよくわからない考え事は山ほどあるが、それらが解決する目立てすらつかない。これはお手上げとキョン、涼宮を除くSOS団たちは不安な夜を過ごしていた。
「遅いですね」
古泉が心配そうに呟く。
すでに涼宮ら二人がこの屋敷を飛び出してもうすぐ二時間にもなろうかという時間だ。正直、これはいくら嵐の中とはいえ長すぎではないか?
同時に彼らをそのまま二人で出してしまったのを後悔し始める。この嵐の中だ。さっきの崖みたいな所から足を滑らしたりすればシャレにならないことになる。ましてやここは無人島、手当の当てもないし。
「そうだな…… どうする? 誰か迎えにでも行くか?」
自分が心配そうな古泉に提案するも、彼は首を横に振る。
「いえ。今から行っても、二度手間でしょうし最悪行き違いになるかもしれませんし」
「そうか、そうだな」
一応、納得するもそわそわする辺り、自分も彼らのことが心配なのだろう。朝比奈さんはもう、涙目でさっき疲れて寝ついてしまったし。彼女には危機意識というものがないのであろうか。
「待つ、しかないか」
「そうですね。月並みな意見ですが、彼らを信じて待つしかありません」
顔をゆがめる古泉。その時だった、館の扉から大きな怒声が聞こえる。いや、これは涼宮の声か!?
その館全域に響き渡る声は、具体的に何を伝えているのかまでハッキリとは分からない。が、その声から感じ取れる真剣さは本物であった。何かあったのは間違いないだろう。
自分と古泉の腰が浮かぶ。
どうする、二人で行くか?
目線で問いかけるも、二人でここを出て行くわけにはいかない。ここには一応、新川さんがいる。彼と残り女の子二人を一緒にしておく訳にはいかない。長門は大丈夫だろうと思うが。
「林さん、あなたが行ってください」
「おう、了解っ!」
言うが早いか、館の入り口向かって全力で走る自分。アドレナリンの所為か体が妙に軽かった。