「あーもう! つまんない! 何かないの、なにか!?」
混乱する自分を尻目に、大声を張り上げる涼宮は正しく過去に見た涼宮ハルヒであった。正確に言えば、5日前の。つまり、催眠術で涼宮に戻らせた日にちである。
「何がつまらないんだ、ハルヒ?」
と、やはり不満げな顔で言うのはキョン。確かに5日前と同じセリフ……な気がする。
動揺を見せまいと顔を取り繕いながら必死で頭を働かせる。
落ち着け、何も今に始まったことではないだろう? 林。 こんな不思議なことは散々経験してきたじゃないか。今更、混乱してどうする。
そう、これまで幾多の混乱を乗り越えてきた自分としては、過去に戻ったぐらいで動揺なんかしない! ははっ、タイムトラベルなんて二番煎じもいいところだよ、涼宮ハルヒ! 未来人なんかもう一人いるもんね!
「どうしたのですか? 林さん?」
目の前の、古泉が問いかける。
「い、いや! 何も無いよ!」
「そうですか…… 何か、いきなり動揺し始めたように感じたのですが」
「な、なわけないじゃないか」
ふう……さすがはエスパー古泉。勘が鋭いな。思わずどもってしまった。
目を隣にそらすと、キョンが涼宮に抗議していた。この後、もう一度、涼宮がホワイトボードを叩き、結局自分たちは押し切られるハズだ。
『バンッ!』
ほらな。
こうしてこの前と何も変わらず、同じような光景が繰り広げられることとなった。それをボート見つめていると、同じく自分は催眠術担当となり5日後に発表することとなった。
SOS団解散後、いつもと同じようにあの宇宙人二人組を頼ることにした。というか、それ以外、解決方法を思いつけない。
夕暮れで橙色に染まる坂を下りながら今回、自分の身に起こった不思議を考える。
やはり、何度思い返しても涼宮に催眠術を掛けたのが原因のようだ。これ以外、考えつかない。
つまり、こういう事だ。
催眠術とは、自分自身が強く思い込むことで体が心に引っ張られる現象だ。今回の催眠術で、涼宮に今が5日前だと強く思い込ませることになってしまった。
涼宮は自分の願望を叶える力を持っているはずだ。ということは、彼女がその力を使って、このような状況にしてしまったのであろうか?
……話はそんなに簡単か?
というか、もし彼女が5日前だと考えて、その妄想を叶えてしまったのであれば、何故、自分の意識はそのまま残っているのか? 自分も含めて、5日前に戻すべきだと思う。
まただ、また自分だけがおかしいことになっている。
先程、先生に確認したところ確かにカレンダーの日付は5日前にもどっていた。先の現国の宿題も集めていなかったから、自分たちSOS団のみがタイムスリップというわけでは無さそうだ。
ところで、未来や過去といえば朝比奈みくるであるが、彼女は何か関係があるのだろうか?
自分の原作知識を思い出しても今の時期、何か起こるということはない。原作知識自体が、もうだいぶ過去なので錆び付いてきている感はあるが、さすがに体験していることが何かぐらいは思い出せるはずだ。
そもそも、時間とは一体どういうものであろうか?
時間……については朝比奈さんが語っていたが、何か断層的な物らしい。彼女の言っていたことを思い浮かべてみよう。
『時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです』
ついで、このようなことも言っていた。
『何百ページもあるパラパラマンガの一部に余計な落書きをしても、ストーリーは変わらないでしょう?』
なる程、パラパラ漫画に例えた分かりやすい話である。この理論に基づいて、彼女はタイムトラベルしてきたのであるから、多少の真実はふくんでいるのであろう。
では、今回の不思議はどうなるのか?
もし涼宮が過去に戻ると願って、それが叶えられた場合、過去のいわゆる一ページに飛ぶはずであるが、さて何が飛ぶ?
涼宮ハルヒ? それとも自分?
もし、自分の意識以外が飛ぶとすれば、自分の意識はリセットされて、5日前の”自分”の意識になるはずだ。この時の”自分”は催眠術なんて知らないし、ウサン臭く思っているはずだ。
しかし、現実はこう自分の意識は連続している。ということは、どういう事なのか?
……分からん、全然さっぱりだ。
大体、朝比奈さんの話はたぶん重要なところは話していないのではないだろうか。だって禁則事項であろうよ、そんなタイムトラベルに関することだなんて。
時間とはいったい何か?
考え始めると深い。というか分けわからなくなる。
時間といえば、ドラえもんはタイムマシンで何やらわからないところを通って、何か分からん穴を通って過去に戻ったりしていた。
時間とは何かわからないが流れる水のようなもの。川のような物。なんとなく、そう想像してしまう。
けど、よく考えるとその前提からして疑う必要がありそうだ。
一般的に思い浮かべる川は、水に対して何か不動の物が必要だ。例えば、川の場合、地球というか地面ということになる。水は動かない地面があるからにして”流れる”ことができるのだ。
では、時間の場合どういうことになるか?
まず、その地面にあたる不動の物が見つからない。時間に関係なく不動な物ってあるのか?
例えば、自分自身はどうか? そりゃ、時が経つに連れて変化していかなければ、それは人間とは言えない。
では、石のような無機物はどうか。石だって数年単位じゃ変わらず、不動のように見えるが、数百年単位で見れば風化するし、もうしかすると砂になってしまうかもしれない。
今の自分の一般常識の中では、時とは別の物を想像すらできない。なんとなくではあるが、あるとすれば、それは物質的に存在するものでは無いように思う。
そうなると、実は時間は流れていないのでは無いだろうか? なんていう気分にもなってしまう。本当は時間なんて存在しないのではないか?
時計が動いてる? それはただ、長い棒と短い棒が円運動しているだけであって、それは時間を表しているわけではない。
あれ? この考え方が合っているような気がしてきた。
ふと、前を見ると、いつかの猫が大量に移動していた場所に通りかかる。いろいろなことを考えているうちに家に足が向かっていたようだ。
電話を長門にかけるとしても今すぐでなくてもいいだろう。今日、宇宙人二人組は学校を休んでいるらしいし、自分の未来の知識では明後日まで彼女ら二人は学校にこない。
『ニャー』
懐かしい声が聞こえた。目の前には黒い猫が一匹。最近ここいらで見かけるやつだ、誰かに餌を貰っているかもしれない。
「ビート、こっちにおいで」
声をかける自分を無視して、彼(彼女?)はどこかへ行ってしまった。つれないやつだ、だから猫は嫌いなんだ。
家に着くとメールを朝倉に打つ。前回は調べ物と現国の課題に必死でお見舞いに行けなかったが、今回は行けるかもしれない。涼宮の調べ物はなんとかなりそうだからだ。
『風邪大丈夫? もうしかして長門も風邪か? よければお見舞いに行きたいんだけど』
イメージ的には長門を朝倉が看病しているのであるが、今回は朝倉が風邪で寝込んでいるらしい。長門も一緒に休んでいたところを見ると、彼女も風邪であったのかもしれない。といか、宇宙人でも風邪をひくんだな。
少しテレビなんかを見て暇を潰していたが、バイブ音が着信を知らせる。見てみると、やはり朝倉からのメールであった。
『ゼッタイ来ちゃだめ! ただの風邪だから大丈夫。長門さんは知らないなぁ』
何故、見舞いに行ってはいけないのか。乙女心は分からん。
長門が風邪かどうかは判らないが、とりあえず行く前に電話でもかけておこう。さすがにいきなり押しかけるわけにもいかないしな。自分は涼宮ではないんだ。
ツーツーと少し待つと長門の声が聞こえた。よし、困った特の長門頼み。相談しに行ってくるか。
また今日も遅くなると書置きを残して、長門のマンションまで自転車で向かう。しかし今回は気が楽だ。自分は誰も殺してなんかいないし、どっちかっていうとメリットだらけである。みんなも、あの時未来のことを知っていれば……なんて後悔をしたことがあるはずだ。
未来を知っているというのは、メリットしかない。
この時はそう思っていた。
毎回、毎回、自分を圧倒する豪華さを見せるマンションに到着し、朝倉を見舞いたい気持ちを必死に抑え長門の部屋のチャイムを鳴らす。
押してから五秒ほどたって返事があった。
『……入って』
と掠れるような声で返事があった。
うん、いつものように素っ気無いな。
心のなかで、お邪魔しまーすとつぶやきながらドアを開ける。中はいつか入った時と変わらず、殺風景な部屋であった。
心なしかラベンダーの香りがする。その変化に戸惑って隣を見ると、『無香○間』が置いてあった。安かったのか?
奥のリビングに彼女は居た。この前、三人で鍋を囲んだテーブルに座っている。
「座って」
「ああ。ありがとう」
今回の相談事を言おうと意気込むと、彼女はすーと立って台所へと向かう。お茶を入れてくれるのは嬉しいが、タイミングを外されて少し言い出しにくい。
差し出されたお茶を一口飲んでから今回、彼女に相談する内容を頭の中で軽く整理する。
「なぁ、長門。もし、自分が未来からタイムスリップしてきた……といえばお前は信じるか?」
「……分からない」
「分からないって……」
そこは嘘でも肯定して欲しいところだったが、正直に話してくれるのはありがたい。自分は不思議に関して、彼女に説明した。
「……ということなんだよ。どうだ長門、お前のなんか、こう、レーダー的なものにも何か感じ無かったのか?」
「ここ一週間の間、情報フレアは観察されていない」
「……なるほど、ということはいつかのように他の世界に旅立ったとか、涼宮が能力を使ったというのは無いということか」
「そう」
意外にも、長門が感じる限り異常は無いらしい。おかしい、今まではこんな不思議が起これば、必ずその裏に涼宮の影が見え隠れしていたのだが。
ふと、思いついたことを彼女に聞いてみる。
「そうだ。未来……具体的には今から5日後なんだが、未来で使われた”力”は現在感じることは出来るのか?」
「できない」
「えっ、そうなのか?」
「そう」
まぁ、当たり前か。未来の物を感じることなんか出来れば、感じた力が今起きたのか、未来で起きたのか分からない。
……いうことは、つまり、だ。もし今回の事件が涼宮の力で起きた場合、長門の情報フレアセンサーには引っかからないということか?
そんな疑問が顔に出ていたのか、彼女はその疑問に答えるべく話始めた。
「もし、あなたの話が本当であって、それが彼女の力によるものであった場合、その力が私自身に及んでいない限りその力を探知できる」
「……?」
悲しいことに彼女の言葉は難解すぎて、自分の頭では一回で理解しきることは出来なかった。
不思議そうな自分の顔をみて、ため息もつかず彼女は同じ内容をより砕いて話してくれた。
「つまり、あなたの話を聞くに今回の不思議は二通りの可能性があると思う」
「二通りの可能性?」
自分のとぼけた声に頷く長門。
「一つは5日前にあなた自身がタイムスリップしてしまった場合。その時は、涼宮ハルヒの力が私自身に影響しているので力を観測することはできない」
五秒ほどかかったが何とか彼女の言葉を理解する。つまり、彼女の力、つまり5日前に戻そうという力が長門に影響を及ぼしていた場合、影響を及ぼすその直前までは彼女の力を観測できるが、その力が影響した瞬間その観測は無かったことになる。だから、彼女は観測していない事になる。
「なるほど。もう一つとは?」
「もう一つは、彼女が5日前の世界を”再構成”した可能性がある」
「あ」
……なるほど。その可能性は考えていなかった。今、この世界が”5日前”の世界だとしても、それが”戻った”ものかどうか分からない。彼女が新しく作った、というめちゃくちゃな事態もありえるのだ。
「しかし、長門。その場合でも長門に影響を及ぼしてないか?」
長門はゆっくりと首振る。
「私がただ”再構成”された場合は私に”再構成”されたログが残る」
「……すまん、もう一度確認していいか? 過去に戻った場合と再構成された場合はまったく違うんだな?」
「そう。もし私が再構成された場合は”再構成”された情報が残る。でももし過去に”戻った”場合……」
「その情報すら無かったことにされるって訳か」
ややこしいことこの上ない。情報って単語は確か、自分の”転生”について話した時も出てきたと思う。その時、自分は”過去”という情報を付加された、と確か言っていたはずだ。
少し整理してみよう。
自分の場合、『』の過去という情報が今の林に付加されている、そういった状況だ。それと同じように長門が再構成された時”再構成”された過去という情報が付加されているはずだ。そう彼女は言いたいのだろう。
再構成された場合、それはただ未来に”5日前の過去”が作られただけで時間に逆行している訳でも何でもない。
対して、この世界が新しく再構成された訳ではなく、ただ時間を巻き戻した場合。彼女に情報すら無かったことにされるからだ。情報だろうがなんだろうが、この今日に5日後の情報が存在するはずがない。もし存在するとしたら、それは矛盾だ。
「……了解、大体分かった、気がする。でも長門は情報フレアを確認していないんだな?」
頷く長門。
「ということは今回の事件は再構成された場合でもなくて、過去に戻ったという世界に喧嘩を売った状況になる。でもな、長門……」
首を傾げる長門に、自分は今までずっとずっと胸の奥に燻っていた疑問をぶつけることにした。
「なんで、自分は5日後のことを覚えてるんだ?」
<作者コメ>
説明回。時間については、ただ考えるだけでも面白いですよね。よく暇つぶしに考えます。