長門のまさかの殺人予告にはビックリしたが、ある程度は予測できたものかもしれない。原作ヒロイン候補の長門さんから『殺す』何て言葉は聞きたくは無かったが。
「まあ、待ってくれよ」
ここで長門を止めたのは我ながら意外であった。朝倉なんて殺人犯候補筆頭が死のうが死にまいが、自分に関係無いと思っているのだと考えていたのだが。しかし、そんな頭とは裏腹に口はヌルヌルと止まらない。
「まず、キョンが望んでいるのは、この当たり前の普通な日常だ。長門だってキョンの思いを無下にしたくないだろう?」
長門はそんな自分の問いにコクリと頷いた。
確か長門はキョンに好意を寄せているんじゃなかったか? もう霞のごとく、ぼんやりしてきた原作知識だが誰がどんな気持ちを抱いていたかぐらいは大体わかる。
「つまり、だ。強硬派にとってキョンが死んでも涼宮が反応をたいして起こさなかったと思わせれば良いんだろう? なら自分がキョンが死んだ世界を観測した、とかなんなりいえばいいんじゃないか」
「でも、彼女があなたの言葉を信じる確証は無い」
「確かに確証なんかないさ。でもな、可能性はゼロじゃないだろ?」
その言葉にパソコンの様にフリーズする長門。ここが勝負ところだ。この長門、小説で想像してたよりもなんだか柔らかい気がする、頭的な意味で。
さらにダメ出しの一手を繰り出す。
「それに、情報統合思念体のほうでも対応できないのか?」
「待って。今問い合わせる」
そのままの体勢でフリーズすること約三分。ようやく、長門は動きだした。
「情報統合思念体の回答は、思念体内部で処理は完了したというもの。しかし、インターフェイスは処理を受けつけない模様」
「ええ、と。つまり、何だ。あとは朝倉のみをどうにかすればいいって事か?」
「大体あってる」
長門は神妙な顔で頷いた。
しっかし、簡単に決着がついたな、おい。未来を知るなんていうのは改めて反則気味たもんなんだなと再確認。ふう、近くに未来人やらがいるから感覚が狂ってた。というか、タイムパラドックスとかは解決されているのだろうか? そこら辺案外適当だよな、朝比奈さん。伝家の宝刀【禁則事項です☆】でなんでもスルーしてる気がする。今度聞いてみよう。
「それに関して」
「ん? 何だ?」
「情報統合思念体から、データが送られてきた。これを参考にして頑張って欲しい」
「? 頑張って欲しい? よー分からんが、そのデータとやらは?」
「これ」
その言葉のあと、長門は口をむしゃむしゃし始めた。何だ、何が始まるってんだ?
むしゃむしゃ……
「……」
長門口から、何かが姿を表す。それはA4のコピー紙だった。
むしゃむしゃ……
「……」
もう、何も云うまい。
最後に、ペッという擬音とともに吐き出されたそれは、なぜか全くつばもついてない綺麗なコピー紙だった。
「……なあ、長門。その、口から出す意味はあった、のか?」
長門は無言で自分自身の口を指で指して、
「ユニーク」
と、のたまった。
「……そうか、ん、ありがとう」
彼女の口から出てきた、不思議コピー用紙を手に取る。そこには、何やらこそばい事が書いてあった。
「……これを渡してどうしろと……」
そんな自分の呟きに、ファクシミリ長門はうんともすんともしない。
やっと口を開いたと思ったら、いきなり爆弾を放ってきやがった。
「その資料によると、あなたへの朝倉涼子の友好度はかなり高い。そこで、あなたには彼女と新たな自立進化の可能性について観察してもらいたい」
「自立進化の可能性? なんのこっちゃ」
当然、疑問に思う。何故そんな漢字四文字がここで出しゃばって来るのか。長門は正面の自分をちょちょいと手招きしている。
「ん? 何だ?」
「耳を貸して」
「何でわざわざ」
「雰囲気」
……もう、自分には長門さんが分からなくなってきました。
『ごにょごにょごにょ』
「なっ! そ、そんな事をやれって言ったのか!?」
「でも、これが今のあなたのクラスの立場も考えて、一番妥当」
「……つってもな、ほら、そう言うのは、こう、ね。ご本人の承諾を得ないと」
「大丈夫。明日の朝、みんなの前で取ればいい」
「な、なんですとー!」
「いける。応援してる」
「ま、待って長門さん。何でそんなほほを緩めてるんですか!? ね、ねぇ君って無表情キャラじゃなかったの!?」
『ビシッ!』
「やめてよ! 無言でサムズアップしないでよ! なんかさっきからキャラ違わない!?」
「……うん……分かった…… 今、統合情報思念体から快く許可が出た」
「親公認キター!」
なんかダメだった。もう、色々とダメだった。完全に外堀を埋められていました。
はぁ、これって本当にしなきゃいけないのか……、え? しなかったら殺すって? それって朝倉だけだよね!? 自分入ってないよね!?
そうして長門さんに押切られ、運命の日が、つまり明日になりました。
今、自分は教室の前に立っている。心臓がはち切れんばかりに仕事をしていて、耳ではその音しか聞こえないほどだ。こんなに緊張したのはいつ以来だろうか? 少なくとも受験よりも緊張していることは確かだ。
昨日の奇行で入りにくいんじゃない。いや、それなりに入りにくいよ? そらそうさ、あんな事をしておいてみんな気にしない訳がない。
でもね、そんなの大事の前の小事なんだよ。もっと乗り越えなければならない試練が自分を待っている。そりゃあもう、たっかい壁さ。そう富士山よりも、モンブランよりも高い壁がね。
ダメだ、ウジウジしている間にもうチャイム三分前だ。しまった! これじゃチケット即完売、観客フル満員じゃないか! こんな事になるんだったら最後まで鏡の前でたむろってるんじゃなくて、朝早く行っとけばよかった!
ふと、後ろから視線を感じる。振り返るとそこにはガッツポーズした長門さん。何? 頑張れじゃないよ! すっげぇいい笑顔だな、おい……かわいいじゃねえか。
息を深く吸う。がやがやとうるさい教室がうらめしい。まったくTPOを考えろってんだ。
心臓がロデオのごとく暴れている。こんなに心臓って存在感ある器官だったか? 静まれー、静まれー
頭で昨日から呪文のごとく繰り返している言葉をもう一度リピートする。手のひらが尋常でないほど汗をかいている。ベタベタだ。
顔が熱い。待て、まだ本番前だろ! 早すぎるって!
顔に手を当てて冷やす。そんな自分に後ろから声がかかった。振り返ると先生がそこにいた。
「あー、林。そろそろホームルーム始めるから教室に入ってくれ」
よーいどんの合図。もうさじは投げられ、後戻りはできない。
「ちょ、ちょっと待っててくれませんか! あの、そう一分ぐらいで終わると思うので!」
「? ああ、まだチャイム鳴ってないからな。大丈夫だが」
「ありがとうございます! 逝ってきます!」
「あ、ああ」
不思議そうな声をだす先生なんかもう、気にしてなかった。口が渇く、喉も渇く。……こんなに暑かっただろうか?
道場破りを決行する挑戦者のごとく、扉を勢いよく開ける。ホームルームが始まると思っていた人達の目が一斉にこちらを向いた。中には昨日の事を聞きたそうにしていた奴もいたがそんなのに頭のリソースを割く余裕はない。
多数の視線を感じながら、目的の人物を探す。居た、探す手間もかからず見つけることが出来た。なぜなら、彼女は教卓に乗っかるようにして、一番前の机の子としゃっべていたからだ。最悪だよ! 何でそんな目立つところにいるんだよ!
つかつかとその人物の場所まで歩く。ホームルームの始まる時間になるか、ならなのかの時間帯なので教室のざわめきが収まっていく。
あと二メートルといったところで、一番の前の子が気づく。続いて、彼女。ドクドクと体の奥で重低音が響く。
「朝倉!」
しまった、緊張のせいかかなり大きな声が出てしまった。昨日の事があったからか、クラス中の目がこちらを向いている。
そんな異様な空間のなか、朝倉だけはいつもと同じ様子であった。いつもと変わらない完璧な笑顔で応えを返す。
「ん? なぁに林君?」
最悪のコンディション。最悪の舞台。いや、これは見方を変えれば最高の舞台なのか?
息を深く、もう一度吸い込む。目を朝倉に合わせる。
「好きです! 付き合ってください!」
そんな渾身の言葉の言葉とともに、教室を一陣の風が吹き抜けた気がした。
世界が止まった。そう勘違いしても、仕方がないぐらいの静寂。クラスのみんなは一人として動かない。自分は朝倉の顔をじっと見つめていた。
ひどくビックリした顔。そりゃそうだ、こんなの驚かないほうが、ってコイツが驚くの珍しいかもしれないな。
驚いた顔も、次第に朱がさしてくる。もう真っ赤かだ。大丈夫今自分のほうが赤い自信がある、絶対に。
目線を自分から外す。ダメか、ダメなのか!? そして、その口から、
「え、え、はい。だい、大丈夫で、す。こちらもよろしくぉねがいします」
と、了解の返事を尻つぼみで承った。うつむいてしまってその表情は、うかがいしれないが、気分悪いってことはないか。でも、その首まで真っ赤な様子を見るにただ恥ずかしがってるだけのようだ。
カツンと後ろから歩く音がした。
「おめでとうさん」
振り返るとにんまりと気持ち悪い笑みを浮かべた先生が立っていた。
『え、ええええー!!!』
その後、遅れに遅れてクラス中にみんなの叫び声が響き渡った。
その後はまるで熱湯の中にいるようであった。みんなが口ぐちに何か言ってきたが、女子はミーハーだし、男子からは怨嗟の呪詛ぐらいしか聞こえてこない。SOS団の活動も今日は来なくていいってさ。涼宮が、回さないでいい気をまわしたようだ。『初日ぐらい、いっしょに帰ってあげなさい!』なんて言われたら一緒に帰る以外の道が無いじゃないか。
高校生じゃ、一緒に登下校なんてかなりのステージとなる。もうそんな事をしているのがばれたら、付き合っていると見られてもしかたがないぐらい。つまり、逆にいえば付き合うとなれば一緒に帰る。これがデフォな訳だ。
朝の衝撃の告白は先生を介して、職員室を駆け巡ったらしい。クラスに来る先生たちは、若いっていいわねぇ、とか、羨ましいぞこんちくしょう、とか言って、先生にいびられまくり、質問当てられまくりだったのだ。そのせいでボーとしてた時に当てられたのに気付かなくて放課後呼び出される、なんてことになりやがった。
そいつが羨ましいなんて言った奴だから、回りくどい嫌がらせだったんじゃないかと推測せざるをえない。
先生の執拗な補習を振り切ると、もう下校時間まじかであった。時間は五時五十分。完全下校時刻は六時なので、もうクラブのみんなも器具を片づけ制服で下校している。まだ春とはいえ五月の夕方はうす暗かった。
ガラガラっと扉を開ける。窓から少し寂しげな夕日がさしていた。気温もちょっと低く肌寒い。
そういえば、あの告白の後、朝倉とは話していなかった。なぜなら、クラスの中心的人物である朝倉にみんなの前で告白。しかも成功していきなりクラス公認のカップルが誕生したのである。昼休み、彼女は仲のいい女子たちに囲まれていたし、自分はあのいつもの奴らに囲まれて、いびられていた。昨日の奇行などみんな忘れてしまったのように。いや、事実忘れていたんだろうな、一度も聞かれなかったし。
谷口が血涙を流して、悔しがっていたのは面白かった。血涙って、リアルで初めて見たわ。あれって誇張表現じゃなかったのかよ。
そして、放課後になればすぐに先生に拉致されたのだから、仕方がないっちゃ仕方がないのか。
誰もいない、廊下を歩く。赤色に綺麗に染まった景色の中に自分の足音だけが響く。
こんな学校って静かなところだったっけ。いつも下校すぐに帰っていたから分からなかった。
夕暮れの薄青い色と赤い夕陽が綺麗なコントラストを描く。すこし湿っぽい匂いがどこかなつかしい。よく前の高校生の時はクラブが終わった後、こんな匂いをかいだっけなぁ。少しノスタルジィに浸って、目じりに涙が浮かんできたのには驚いた。
途中で今日、からかわれた奴らと挨拶をする。今日の一件で、今まで話したことのない様な奴らとも、顔見知りになれた。意外といいやつばかりだ、いじる最後に「お幸せにな」って言う程度には。
まばらな人並みにのって校門に向かう。誰もいないと思っていた校門には、なんだか今日から彼女さんらしい人影がひとつ。
朝倉は一人で校門に立っていた。待ち始めてからかなりの時間がたっているのか、所在ない感じで植木に座っている。
こちらを見つけると、すくっと立ちあがった。
近くにあるいて行くと、最初は赤く少しうつむきながらだったんだが、除々に笑顔に変わっていく、いやまだ顔は赤いけれど。
「今まで待っててくれたのか?」
「うん、まぁ、一応、その林君の彼女だし、ね」
騙し騙し確認していくように話す朝倉。くっ、か、かわいいっぜ、なんてこったい! 当社比較三倍だ。
「あ、ああ。あ! そういきなりだったけどけどごめんね」
「いや、ぜんぜん大丈夫! 大丈夫、むしろバッチコイって感じだったから! うん!」
犬の尻尾のようにブンブン首を横に振り回す朝倉に思わずにやけてしまう。今のこの顔を見れば、百人中百人が気持ち悪いと答えるだろう。まぁ、いいけど。
「そうか、よかった。じゃあこれから、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
にこりと笑う朝倉は別人の様に眩しかった。
こうして、宇宙人との長いコンタクト、もといお付き合いが始まって行くのだ。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
隣に女の子が居て、一緒に帰るというこのシュチエーションに慣れない。隣の人の歩調を気にしながら歩くのは案外簡単だった。
「いや、ホントごめんね? あんなみんなの前でしちゃって。恥ずかしくなかった?」
「ううん、恥ずかしかったけど嬉しかった」
そして訪れる沈黙。二人の顔は熟れたトマトのように真っ赤なのだろう。今の方があの時よりもっと気恥かしい。
「そうだ、せっかく彼氏ってことになったんだからさ、色々教えてよ」
「ん? 色々って?」
「そうねぇ……、好きな食べ物とかかな」
「そうだな、基本だけどカレーかな」
「ぷっ! カレーってホントみんな好きだよね」
「いいじゃないか、カレー。おいしいし、作りやすいし、何より冷蔵庫の掃除になる」
「あ、なるほどー! それは確かにいいわね」
「朝倉って料理作れたっけ?」
「えー、知らないの―! 一人暮らしだから何でもできるよー」
「あ、そうだな。一人暮らしか」
「うん」
「……得意料理は?」
「鍋」
「っておい! 鍋かよ!」
「りっぱな料理じゃない」
「そうか? 得意料理としてはどうなんだろ。ほら普通に、にくじゃがとか」
「だって普通すぎじゃない? 何もおもしろ味が無いわよ」
「いや、王道だって大切だろ。王道あっての邪道だよ」
地獄坂を下るときにわたる横断歩道に到着。会話の途切れた沈黙が、少し座りがわるい。これが心地よくなる日は訪れるのだろうか?
「……今度、鍋パーティーでも開こうか」
「えっ?」
朝倉がきょとんとした顔でこちらを見る。
「いや、みんなも呼んでさ」
そんな言葉にほほを膨らませる朝倉。はて、今の言葉に何か怒らせる要素があっただろうか。
「なんだ、どこか怒るような所あったかよぉ」
「何でもないですよー」
青になった横断歩道をすたすたと先行するように彼女は歩く。
「怒っているんじゃないかよ」
「怒って、無いですー」
一足先に横断歩道を渡った朝倉はそこで止まる。ここで彼女とはお別れだ。ここからの道は二人とも正反対の方向である。やっと止まってくれたし、とりあえず謝っておこう。
「御免なさい。とりえず謝ります」
「とりあえずって……、もう」
溜息を軽く吐き、クルリと回る。必然的に両者が向かい合う形となる。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ。また明日」
そうして別れようとしたのだが、足を出そうとした時「あっ」との声が聞こえた。
「林君! メール後でするね」
「あ、ああ。分かった」
声を返して歩くこと数十歩。
「林くーん!」
遠くから声がまた聞こえた。またか、今度は何だと思いながらも振り返ると、大きな夕日をバックに朝倉が大きく手を振っていた。
「これからもー、よろしくねー!」
大きく大きく手を振る朝倉。そんな少し幼稚な行動に苦笑しつつ、返事を叫ぶ。
「こちらこそー、よろしくー!」
まさにアニメの様なやり取りを交わした後の帰路で思う。小説みたいな展開でもこんな展開なら悪くないって。
<作者コメ>
一応、初めのプロットらしきものは終わりです。ちょっと暴走しました、いつもより読みにくくなってるかもしれません。正直、初期のプロットだと主人公が朝倉に告白→『ごめん、それ無理!』なんてコンボも考えていたほどなんですが、何とヒロインに昇格というまさかの展開。作者もこんな結果になるとは思いませんでした。