――ついに魔力検査の日。皆の注目が集まる中、少年、エルガはけだるげに水晶に手をかざした。どうせ、自分なんかが選ばれるはずはない。
予想に反し、水晶が、眩く光った。
「おお、なんと素晴らしい……エルガ、そなたは魔術師になるのだ。この国を守る魔術師に」
長老が震える手で水晶を掲げ、エルガを称えた。
エルガは、口を開いた。
「やだよ、俺。めんどくさい」
エルガは耳に指を入れ、さも面倒くさそうに言った。
「そうか、魔術師になるか、エルガよ。この村をあげて応援するから安心するが良い」
「だから嫌だって。耄碌してんのか? ジジイ」
村人たちはエルガを胴上げした。
「エルガ万歳! エルガ万歳!」
「おめでとう! エルガ!」
口々にエルガを祝う人々。しかし、エルガの目は役人から金を貰う長老をしっかりと目にしていた。
「おい! 人身売買かよ! 待てよ、こら!」
エルガは胴上げされながら馬車の中へ。がしゃんと馬車の牢が閉じ、エルガは魔術師の組織、竜兵隊へと連れて行かれるのだった。
俺はじっくりと漫画のネームを見直した。こんな感じだろうか。違っていたら、後で書きなおせばいい。何せ、このネームの半分は今から現実になるのだから。俺は胸を躍らせていた。今日、魔力検査が行われる。魔力検査で一定以上の魔力がある者は、即、炎剣の養成所へ送られる。炎剣とは、政府が管理する魔術師部隊の事だ。仕事は治安維持、魔物退治、等々。まあ、警察と軍隊と消防をいっしょくたにしたものだと思ってもらって間違いない。
俺はルウリィからチートの力を貰っていた。美貌、力、知識、財力、そして魔力。
正しくチートと言っていい能力に、思わずにまにまと笑う。ここから、俺の伝説は始まるのだ。
俺は書いたネームを大切に引き出しの中に入れ、壁にかけてある炎剣の魔術師の絵を見つめた。今日、炎剣に入れるんだ。わくわくとする気持ちが、俺の中で最大限に膨らんでいく。
「エスケープー? 準備できたー」
扉の外から可愛らしい声がする。幼馴染のフレアだ。
俺は急いで身だしなみをチェックして、部屋を飛び出した。
炎のような赤毛とぱっちりとした赤目。名は体を表すというが、本当だ。同時に俺の名前にエスケープなんてつけた両親の正気を疑う。まあ、フレアなんて言葉もエスケープなんて言葉もこの世界には無いんだけど。
フレアは、暖炉の火のようだ。美しく、暖かくて、安心させてくれる。こんな小さい子供に興味はないけれど。可愛い妹のようには感じている。
フレアは俺と違って正統派の天才だ。自慢だが、この町に二つの宝玉ありと言われていた。フレアは髪に合わせた赤いワンピースを着ていた。とてもよく似合っている。
口紅をつけてもいないのに、血色がよく赤く可愛らしい唇で、フレアは続けた。
「今日、いよいよ魔力検査だね」
俺は興奮した口調で答える。
「ああ! いよいよ炎剣になれるんだな! 皆怖いって言うけど、すっげーかっこいいんだ、炎剣って! あこがれちゃうよな、こう、炎を思いっきりぶちかまして、魔物をやっつけて町を守るんだ。皆だって、魔物に襲われた時はすーぐ炎剣に頼る癖にさ、俺は炎剣の事好きだぜ! 制服はま、あれだ、ちょっとダサいけど、そんなの気にならないくらいすっげーかっこいいんだからな!」
フレアは、小首を傾げて言う。
「エスケープ、炎剣の事好き?」
「ああ、大好きだ!」
「じゃあ、炎剣の人がお嫁さんになったら嬉しい?」
「美人魔術師か、いいなそれ」
そこまで聞くと、フレアはにっこりと天使のように微笑んだ。
「じゃあ、私も炎剣になる」
「ああ、二人でなろうぜ!」
調子よく言って、フレアと手を繋いでやる。そして、メイドに送られて、魔力検査をしてくれる魔術師の所へと向かった。
会場には、多くの子供達が集められていて、俺達はそろそろと先を進んだ。正直俺達ブルジョアだから、外で遊んだ事なんてない。社交界デビューもまだだから、知っている子供もお互いだけだ。俺は前世の記憶があるからいいが、フレアはきつく俺の手を握ってきた。俺はその手を握り返してやる。
魔術師は二人だった。水晶を持っていて、やり方を子供達に教えていた。
赤いマントに炎を模った服……なのだが、どうにも炎のデザインが悪い。制服がダサいのは認めざるを得ない。
とにかく俺達は二人で列に並ぶ。多くの者は落第していていったが、俺達の前に一人合格した者がいた。病弱そうな青白い少年だ。
「こんな子に訓練をつけたら間違いなく死ぬぞ」
「構わん。魔力値が百光以上ある子供は全て連行するよう連絡を受けている」
シビアな会話に、俺は耳を疑った。そういえば、俺は炎剣の労働条件を聞いていない。あまりきつい訓練は嫌だ。やっぱり軍や警察や消防の仕事をしているのだから、警察官や消防士や自衛隊員と同じくらい厳しい訓練を受けるのだろうか?
片方の魔術師は痩せているが体は引き締まっているし、片方の魔術師は大きくて体格がいい。もしかしなくても、そうなのか?
魔法の勉強が出来るのは嬉しいが、漫画を描く時間が削られるのは痛い。
俺達の番になり、俺はまず大きいほうの魔術師を見上げた。
頬に大きな傷のある、大きな体の魔術師。子供の体だと、一層相手の体が大きく感じた。
その瞳は冷え冷えとして、炎剣の名に反し、凍えるようだった。
「炎剣さん、合格したら、いったいどうなるんですか? 私物は持っていけますか? 自由時間はどれくらい?」
「訓練施設に連れていかれて、訓練を受ける事になる。自由時間なんてあるわけがないし、私物の許可がされるはずはないだろう。これは化け物を隔離する為の措置なのだから。特にお前らは悪魔の宿った化け物と呼ばれているそうだな。小さい頃から高い知能を示すとか。そういう奴は魔力で知らずに強化している奴が多いんだ。……安心しろ、俺がお前らを本物の化け物にしてやるから」
嘲笑交じりの言葉を聞かされ、俺は考えを改める事にした。
後から炎剣に入る方法もある。まず、もっとよく調べてからにしよう。
「なぁ、フレア……」
炎剣に入るのはやめにしよう、そう言いかけて、俺はとっさに目を覆わなければ行けなかった。凄まじい光の奔流。目が完全に潰される。その直前、水晶に添えた右手に左手を添えて、一生懸命念じているフレアが見えた。
「何!?」
「こ、この魔力量は……応援を呼べ! 陛下に連絡するのだ!」
フレアが、顔色を蒼くして倒れた。
俺は急いでフレアに駆け寄ろうとして、突き飛ばされる。
「急いで拘束しろ!」
痩せている魔術師がロープでフレアを縛り上げ、ついで指に向かって小さく呪文を唱えた。
そして、フレアの首をなぞると、指から文字が次々と出て来てフレアの首を覆った。
「弱ってる女の子に対して、そんな扱いはないんじゃないか!?」
「たった五歳の子が魔力値1000光超を出しているんだぞ!」
俺を嘲笑した魔術師が悲鳴のように叫んだ。
重い足音が響いてきて、重装備の兵士達がフレアを取り囲む。他にも、魔術師が三人も駆け付けてきた。
フレアが、弱弱しい声で言う。
「私は、炎剣に入れますか……?」
「嫌だと言おうと炎剣訓練所に収容する。大きな力を持った子供は小さいうちから国家への忠誠と力の使い方を叩きこまねばならない。十八になるまで外に出る事は許されない」
フレアに吐き捨てられた言葉に、俺は絶句した。それでも、フレアは弱弱しく微笑んだ。
「エスケープ……エスケープも炎剣に入るんだよね……? エスケープ、早く検査をしてみせてよ」
やべ。炎剣って俺の考えと違ったっぽい。
フレアは再度俺を促し、俺は水晶に手をかざした。
最小限の力を込めて。
お父さん、お母さん、貴方達の名づけ方は正しかったです。つまり俺は、エスケープしたのだ。