河原。
石積み。
天狗。
鬼。
「眠い」
やる気のない黒目。ショートというには微妙なはっきりしない黒髪。仕事人なんだか、適当なんだかよく分からない黒いスーツ。
ないない尽くしの大天狗、如意ヶ嶽薬師。
「今日は本当に眠っちゃ駄目だからね? こないだ思いっきり怒られたんだから」
紅髪ストレート、小さな二本の角。釣り目気味の大きな瞳。横ストライプのトレーナーにホットパンツの鬼、前。
春を前に照りつけるような太陽。
輝く川のせせらぎ。
春。
「……薬師さん」
現れる閻魔。
「げ、閻魔?」
事件。
そこは薬師宅。
昼間、そこにいる人間は少なく、音もない。
そんな中、唐突に現れる人影が、一つ。
「薬師様なら、居ませんが」
「今回はいいわ。残念だけど。用があるのは別の人だから」
メイドと、ドレスの麗人。
唐突に現れた由比紀に、藍音は動揺することもなく主の不在を告げたが、気にも止めずに由比紀は藍音に背を向けた。
由比紀は勝手知ったるかのごとく、幾枚かの襖を開けて、薬師宅の一室である和室に入り込む。
その部屋には誰もいない。由比紀と、ついてきた藍音以外に人影は居ない。
ただ、部屋の中心に、刀が飾られていた。
黒漆塗りの鞘と、深紅の柄。
それが目的。目的の人物。
いや、刃物と言った方がしっくり来るだろうか。
刀を掴み、由比紀は無造作に引き抜く。
すると、中から直刃の妖しい刃が姿を露わにし、
「出てきてもらえるかしら?」
それは現れた。
「この老いぼれに何か用ですかな?」
刃の真っ直ぐな刃文が波打ったその瞬間、柄をまるで先ほどからずっと掴んでいたかのごとく。
柄の先に小柄な老人が現れている。
「お願いがあって来たのよ。聞いてもらえるかしら?」
「聞きましょう」
老人は、由比紀の言葉に肯いて、刀を鞘に戻した。
「貴方の力を貸して欲しいのよ。もしもの時のために」
彼の者、竹を取りて万の事に使いけり。
竹取翁、讃岐造。
月の刀に魂を封じ込め、月へ帰ったかぐや姫を求め彷徨っていた亡霊である。
そんな翁は、好々爺然とした笑みで首を傾げた。
「なるほど、厄介事、という奴ですかのう?」
「そうよ。多分何事もなく沈静化するとは思うけど」
「有事に備えておく必要がある、と貴方は思っているのですかな?」
「ええ。私は用心深い方なの。今回はなにか嫌な予感がするのよね」
気負いもなく、由比紀は語る。
翁は、苦笑いした。
「老体には、些か堪えますなぁ」
「嘘ばっかり。それに、貴方も退屈してたんじゃないかしら?」
翁の苦笑いに、由比紀は意地悪く笑う。
「どうでしょうなぁ。ただ、まあ。わしの現在の持ち主とも言える者が、首を突っ込んでおるのでしょう?」
「そうよ。で、どうするの?」
「ふ、ふふ。さて、さて」
翁はただ笑っていた。
地獄一丁目。
運営の中心施設を見上げる男が一人。
「閻魔は強大だ」
電話を片手に、輝く瞳で、建物を見上げていた。
『なら、どうする?』
オールバックに、ムラなく黒いコート。
瞳はまるで刃物。
「まずは閻魔の手足をもぐ。今回はそれだけの蜂起だ。それだけで、十分だ」
無論、そのままの意味ではない。
男は満足げに肯くと、踵を返して立ち去った。
場所は戻って河原。
「仕事か」
「そうです」
河原で、閻魔は肯いた。
「そうかい、仕事とあっちゃしゃあねーな」
「すぐにお願いします。内容は、玲衣子の護衛。玲衣子の仕事は、潜入と情報収集」
薬師は河原から立ち上がり、付いた土を払う。
閻魔は、そんな薬師に話を続けた。
「先に一人待機させています。合流するかは判断にお任せしますので」
「ああ、分かった。要するに過激派っぽいパーティの会場で情報収集して来いってんだろ? 妖怪禁制だから、玲衣子が出て、色々誤魔化しの利く俺が護衛、と」
「それが分かっていれば十分です」
閻魔が肯き、薬師が河原の外側へと体を向ける。
そして、
「じゃ、行って来るわ前さん」
片手を上げて歩き出す。
「怪我、しないでね?」
「おう」
前の声を背に、薬師は土手を登って、歩道に出た。
眼前には黒塗りの車。
扉が開く。運転席には玲衣子。
「行きましょう。今日はよろしくお願いしますわね?」
いつもの微笑み。今日は片方に纏めたサイドテール。そして、白いパーティドレス。
「ああ」
車に乗り込もうとする薬師に、ついて来ていた閻魔が声を掛けた。
「お気を付けて」
「ま、死なねーように気をつけるさ」
言って、薬師は一度、車に入る前に空を見上げた。
そして、眩しさに目を細めて、言う。
「さあ、行ってくるかね」
――俺と鬼と賽の河原と。"絶対霊障祟神"
―――
シリアスプロローグ。サブタイトルはゼッタイレイショウタタリガミです。
限界まで短くてすみません。
ここが演出の関係上ここで切れます。これから長丁場になりますので。
あまりにも短くて申し訳ないので、一日前倒しで更新。
次は明日、遅くても明後日までに更新します。
なんとなく、劇場版的なイメージで書いてみる。予告のようななにか。まあ、どうでもいいんですけど。
練り直した分、派手に行きます。ど派手に。
もういっそ趣味に走ろうと、ロボバトルまで計画してます。
あと、プロローグにてフラグ立った、ついに再登場したあの人とかが活躍したり。
返信
SEVEN様
分かっていたことながら。実際に見てみると実に酷い例その一。
あそこまで女性に会うのは珍しい一日だと言ってくれ薬師。毎日じゃないですよね、流石に……?
とりあえず魃が封印されてたってとこにぶち込みましょう。封印です。
人間党の皆さんは、頑張って薬師討伐するみたいですが、どうなるやら。頑張れ人間党。
奇々怪々様
多分薬師の負けか譲歩で片が付いたと思われます。むしろ藍音さんなら譲歩したポイントで計画通り。
とりあえず、由美に臭いっていわれれば良いと思います。水虫を発症するとか。
そして、落ち着かないどころか、普通に寝る薬師。どうしようもない。
薬師はもう、いっそ閻魔に独裁政治されてしまったほうが良いところに収まる気が。
通りすがり六世様
改めて見てみるとコレは酷い生活。爛れてますよ。焼け爛れてますよ。
ともあれ、藍音さんはどう考えても大勝利。むしろご褒美と言ってなにか貰えれば儲けもの。
メイン目標は達成済みなので深追いすることもないのです。藍音さんに基本的に勝てないのが薬師。
閻魔は、とりあえず薬師を執事にするところから始めればいいんじゃないですかね。うん。
最後に。
おじいちゃんがハッスルするよ!