俺と鬼と賽の河原と。生生世世
俺の日々は、仕事と休みの繰り返しだ。
昔々、生きていた頃はそれなりに忙しかったのだが、今ではそんなこともなく。
そして、非日常もそこには存在しない。
と、思っていたのだが、
「ご主人ご主人っ、早く起きないとご飯無くなるよっ」
喋る黒猫によって起床するのは、果たして常識的に考えて日常なのか。
最近よくわからなくなった。
其の二 俺とどうかしてる日常。
今更違和感の欠片も無くなっているが、普通の猫は喋らない。
「ご主人、どうしたの? 深刻そうな顔して」
そのように、深刻そうな原因の、黒い猫が語りかけてくる。
その声は、高い少女のものだ。
「……俺が一般人か逸般人かの瀬戸際なんだ」
縁側で頭を抱えること数分、答えはまだ出ていない。
「あっはっは、ご主人が一般人とかなんの冗談?」
ざっくりと、俺の悩みを悪い方向で一刀両断し、彼女は俺の膝に収まった。
「いや……、喋る猫くらいなら誤差の範囲内だろ。一般一般」
「じゃあ、これでどうかにゃーん?」
瞬間、ぼんっ、と音が響き、黒い猫が煙に包まれたかと思えば、俺の膝には少女が収まっている。
背中位までの黒い髪を後ろで二つに縛った、なんと言えばいいのだろうか、とりあえずゴシックロリータと呼ばれる類の服を着た、猫耳の少女である。
「にゃん子さんよ。いきなり人間に戻ると驚くからやめてくれんかね」
そんな俺の抗議を無視して、にゃん子は俺を見上げてにやにやと笑った。
「これでも一般?」
「……猫が人間に変身する位はどこの一般家庭でも……」
「しないよ?」
「そうかもな。だがそうじゃないかもしれない。世界は広い」
「いいこと言ってるように見えるけど、事実を認めたくないだけだよねっ」
「いや、だってなぁ……、一般人じゃないことを認めると閻魔に変な仕事を回されやすくなっちゃうだろ」
いつも一般人に何させる気だよと断ってるのに。
「結局逃げきれてないんだしいっしょいっしょ。そんなことより構ってよっ」
「構えって、お前さん」
「難しい顔してないでにゃん子を撫でたり、擦ったりするといいよっ」
それきり、にゃん子は何も言わないが、しかし期待する目で膝の上から俺を見上げてくる。
「……」
結局、俺は俺の意志の折れやすさを再確認するだけであった。
「……あは、もっと撫でて」
気持ち良さそうに目を細めるにゃん子に、俺は逆らわない。
尻尾を縦にぱたぱたと振るにゃん子を俺は撫でる。
「楽しそうだな」
「楽しいよ?」
そうして、少しすると、にゃん子はごろごろと喉を鳴らす。
人間状態でも、鳴るのか、それ。
「ところで、なんで猫ってごろごろ言わすんだ? 喉を」
なんとなく出て来た素朴な疑問。
通常は推測でしか語れない問題だが、しかし、この状況なら聞けば答えがはっきりする。
「んー、それはね」
にゃん子は、口元に指を当てて勿体ぶる。
俺は何も言わずに次の言葉を待った。
そして、
「安心の表現だよ。人間が笑うのと一緒、だから聞いてくれる人がいないと鳴らさないの」
なるほど、だから自分で毛づくろいしても鳴らさないのか。
まあ、確かに鏡に向かって微笑んでも空しいだけだ。
そんな風に俺が納得していると、にゃん子は俺の胸元に頬を擦り付ける。
「どうした?」
俺が聞けば、にゃん子はすりすりと楽しげに続けながら言った。
「匂い付け」
「そうかい」
「よくこの辺がいずくなるんだよっ、覚えといてねっ」
「へいへい」
俺は、生返事してされるがままになる。
それから、しばらくの間匂いつけされていたのだが、不意ににゃん子はどろんと猫に戻った。
そして、しれっと呟く。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「聞かないこともない」
「お風呂入れてよご主人」
「お前さん、普通に人間形態で入ってるだろうに」
「いやいやご主人、色々あるんだよ? 猫のシャンプーはノミ取りとかそんな感じの」
「いやぁ、俺とお前さんじゃ問題あるだろ」
「猫状態なら問題ないよねっ? そ、それともご主人、道端の猫にも欲情する様なへん、た……」
「洗ってやろうじゃねーか。まるで汚れた着物の如くにっ」
「おっけー、じゃあ早く行こうよご主人っ。もうお湯張ってあるんだっ」
「お? おう、ああ」
なんだか、にゃん子にはめられた気がしないでもない。
そんな風に思ったが、今更どうすることもできなかった。
飼い猫を風呂に入れる位なんのこともないはずだが、喋るとなるとそれはそれで微妙な感じだ。
そもそも、猫を風呂に入れるのは初めてだ。
生前にゃん子を拾って帰った時に、泥だらけだったから洗った事はあるものの、あれは風呂に入れたとか言う話ではない。
ジャガイモを洗うのと同じ領域だ。
「かゆいとこないか?」
「ご主人のそういう、やるとなったら真面目にやっちゃうとこ、好きだよ」
「かゆいとこないか聞いてるんだが」
俺の好き嫌いは問題ではない、問題は慣れない事をしてることであり、慣れてない以上はにゃん子の協力がなければ猫を風呂に入れるなど満足にできないことだ。
しかし、そんな質問ににゃん子は首を横に振った。
「んーん、いい感じ。気持ちいいにゃー」
「そいつはよかったな」
しかし、休日にワイシャツの袖をまくって猫を洗うのも悪くはないようなしかしよくもないような微妙な感じだな。
ちなみに、休日なのに仕事に行こうとして着替えてしまったのは秘密だ。
我ながら馬鹿な真似をした。
少々恥ずかしい事実を考えないようにしつつ、にゃん子の毛並みを泡だらけにしていく。
ちなみに猫用シャンプーなるものが使用されている。
「まったく、人様より豪華だな。お猫様ってやつは」
これで人間用のものも使うのだから、一種類しか使わない俺に謝れ。
「ふふー、女の子には色々あるんだよー」
「にしても、今回は大人しいな」
「んー?」
「間抜けな声だしおって。俺の記憶じゃ初め風呂に入れた時随分暴れた気がするんだがね」
そう、まるで世捨て人のようにその黒い毛を埃や泥で灰色に染めたにゃん子を家に連れて帰った時、俺は初めて猫を洗うという経験をしたはずだ。
その時はめったらに暴れた記憶があったのだが。
そんな俺の記憶とは対照的に、楽しげに、ころころとにゃん子は笑った。
「あはは、当然当然。だってさ、いきなり拉致されて水でじゃぶじゃぶやられたら誰だって怖いってご主人っ」
「む、確かにな」
「これでもにゃん子はあの時子供だったから、ご主人は少女誘拐犯だねっ」
「そいつは人聞きが悪すぎるぜ」
あの時は、こんなことになるとは思ってなかったのだ。
まさか、ただの猫が死んで地獄に来て見れば猫又になっているとは。
ふう、と俺は溜息一つ。本当に、なにをやっているのだか。
にゃん子にはめられている気がしてならない。そもそもにゃん子を蚤ごときでどうこうという時点でどうかしている。
そんな、残念な気分の俺に、にゃん子は向き直った。
そして――、
「ところでご主人、こういう趣向はどうかな?」
どろん、と煙。こいつはどう考えたって。
「おいにゃん子……、自重しろ」
疲れたように頭を抱える俺の前に立つのは、一糸まとわぬ姿の泡だらけの少女であった。
正直な話、だからどうこうしようと言う気も起きないのだが、しかし、この状況は傍から見れば倫理的にまず過ぎる。
「俺は出るからな――」
「えいっ」
出る、と言って踵を返そうとした瞬間、そんな声が響いて、次に思い切り俺に水が掛かった。
「おい……」
「濡れちゃったにゃー、ご主人。どうせだから入ってこうよ、お風呂」
「断るぜ。とりあえず着替えてこよう」
「にゃー……」
残念そうな声を上げるにゃん子を背に、俺は歩き出す。
そんな最中、風呂場ににゃん子の声が響く。
「にゃっ、シャンプーが目にっ。あうあうっ!」
「おい、大丈夫か……、あ」
振り向いた俺の視線の先。
そこでは、にゃん子が楽しげに笑っていた。
――罠だ。
「優しいね、ご主人。そういうとこはもっと好き。だけど、騙され易すぎるんじゃないかにゃー?」
また、はめられた。
この後、俺は浴槽に放り込まれることとなる。
その後どうなったかは、想像にお任せしよう。
「いい湯だったね」
「俺は疲れた」
「つれないにゃー」
「つれて溜まるか」
真昼間から風呂につかる贅沢を終えて、再び場所は縁側へ。
そして覚えておけにゃん子、服を着たまま浴槽にぶち込まれた恨みは忘れないぜ。
「にゃーん」
人間状態のにゃん子は、縁側に寝そべる俺の上を、軽やかに跳んで越える。
行ったり来たり、それを繰り返す。何故だか、にゃん子はこの行為を好き好んで繰り返す。
「なんの呪いにかける気だよ」
猫又は、人を跨いで呪いをかける。
果たして俺に何の呪いをかけるつもりなのやら、と聞いてみれば、にゃん子は何故だか俺を跨いで立ち、腰を曲げて俺を見下ろした。
「のろい? のんのん、おまじないだよっ」
「まじない?」
「知ってる? のろいもまじないも、呪うって書くんだよ?」
聞いたことはある。俺は人を呪いもしなければ、まじないにもまったく興味がない、というかそういう細かなことに向かないので知っていようがいまいが所詮無駄知識だが。
「――ご主人といつまでも一緒に居られますようにっ。これはのろい? それともおまじない? どっちかにゃー?」
問いかけるように、にゃん子は笑った。
まあ、確かに。ぱっと聞いた感じ、微笑ましいおまじないに聞こえるが、未来永劫縛りつける、という意味でならのろいにしか聞こえない。
だが、まあ。
「どっちでもいいけどな」
「にゃー?」
「結果は一緒だろ。それが嫌じゃないならば」
正直本当にどっちでもいい。
そんな風に投げやりに言葉を紡ぐと、にゃん子は歩いて俺の頭の上側に移動した。
寝そべっている俺の頭の上側故に、俺はそこに座るにゃん子の背しか見ることはできない。
果たしてどうしたのだろうか、と考えた時、にゃん子は不意に呟いた。
「まあ、効果が出るかわからないから、おまじないなんだけどにゃー……?」
確かにまあ、そうだ。俺にはにゃん子の呪いは効きにくいらしい。当然と言えば当然なんだが。
だが、しかしだ。
「効くんじゃねーの?」
「ふにゃ?」
正直に言って、俺がここからいなくなる予定がない以上、にゃん子に置いていかれない限りはずっとこうだ。
「むしろ、効くまで頑張れよ。あと五千年位」
手段と目的が逆転する気もするが――、まあ、それも面白い。
「――にゃーん」
問題があるとすれば、猫と縁側という状況が年寄りの代名詞な気がすることだろう。
他は――、特にない。
―――
にゃん子さん、猫形態を巧みに使うことでやりたい放題。
さて、キャラ紹介を作って見ましたが、既に作ってあった元々の設定集がなんか文字化けしてて、書きなおすのに一晩かかりました、不思議。
そもそも、「ァ・ケベ化ビ師」って何師だよ。多分薬師の紹介欄だと思うんですけどね。
返信。
kiuh様
はい、二スレ目です。ありがとうございます、これからもまだまだ続くっぽいので頑張ります。
まあ、なんだかんだとメインヒロインは不動ですね、ええ。一番地味な気がしないでもないんですけど、シリアスもないし。そこがいいのかもしれませんが。
さて、二スレ目どうなるのか。今の所新キャラの予定は、ない、です、多分。ない、と、思います。
あ、柱とかメリーさんとかは新キャラじゃないからセーフですかね? え、セーフじゃない、あ、はい、そうですか。
SEVEN様
果てしなくすっきりしました。色々と。一話しかないんですよ、本当にびっくりです。
前スレの終盤となれば、消した記事のログが残ってるのか、最新記事を七、八回上に動かす操作をしないと一番下から動かせないのに新スレは一発です。楽です。
そして、エロいシチュエーションですら何も起きそうにないこの薬師、本当にどうしましょう。
今回だって裸の女の子と、お風呂で、なはずなんですけどね、どう考えても気がふれてるとしか。
長良様
商業とか無理です、確実に。まあ、よくもわるくもそんなことは有り得なさ気なので、ご安心を。
まだまだ俺賽は続く模様です。本当にいつまで続くんだか。何時になったら薬師がエロい事に目覚めるのか。
私が萌え尽きる日はいつになるやら、見当もつきません。ただ、どう考えても最終回が凄まじい長さになることだけは読めました。
これは最終回を書かないためにまだまだ続けないと、と続ける度に最終回書くことが増えるフラグですね。
春都様
じゃあ、超ヒロインが由比紀で、娘ヒロインが由美で、ニートヒロインが銀子、バカヒロインが春奈で、ペットヒロインがにゃん子。
そして、猫耳ヒロインが李知さんで、ヤンデレヒロインがビーチェで、裏ヒロインが愛沙。そして、地味ヒロインが暁御ですねわかります。
そして、お色気担当が酒呑。これはガチ。果てしなく誰得なのかわかりませんけどね。
ただ、まあ、薬師の責任的に、これ位で丁度いいと思います、色々な意味で。
スマイル殲滅様
まだまだ、叡智の結晶はとどまる所を知りません。まだやってないネタが沢山あるんですよ。
ええ、角がどうとか、角がどうとか、角がどうとか。角ばっかりやん。まあ、なんというかね、その辺をやりたいんです。
勿体付けてやれないまま一スレ目が終わったんです。今スレでこそ頑張りたいな、と。
藍音さんもね、色々と、そのスカートの中とか、本当に薬師との関係は健全なんですか、とかその他諸々ね。やりたいんです。
通りすがり六世様
いやはや、やっぱりなんだかんだとメインヒロインは前さんです。ええ、間違いなく。
ああ、でも前回の話はジョンがヒロインじゃなかったとも言い切れない気がしないでもなくはないかもしれない。
ジョン、果たして再登場するんでしょうか、あのモアイ。引き上げされるのか、それとも海のモズクとなるか。
そんなのはともかく、前さんはきっと二スレ目で本気を出してくれるんだと勝手に期待します。私が。
奇々怪々様
薬師が人に告白なんてどう考えても宇宙の法則乱れてますよね、絶対に。あり得ないです。次元崩壊の予兆ですね。
そして、謙信の混入したパンなんか食べたら、なんか集団出家とか起こしそうだと思います。それはもうカオス。
賽の河原で作ったモアイは、なんか御利益がありそうな、呪われそうな不思議。魔除けにはなるかもしれない。
後、薬師が風邪をひいたら、明らかに看病イベント発生の予兆。それはそれでいいのか悪いのかわからない。
Delera様
突貫・工事ッ!! ということで、設定書き起こしました。これで大丈夫だと思います。前スレの紹介を修正しようと思って早数カ月、遂に文字化けとか色々乗り越えて完成です。
まあ、なんか紹介がカオスな事になってるような気がしないでもないですが、とりあえず大体の事はわかる気がします。
流石に、一話から読みなおすのは、なかなかの苦行ですからね、我ながらそう思います。自分なんて見直してて寝オチしました。
と、まあ、とりあえず、もう少し書きなおしたりとかあると思いますがこんな感じで。
リーク様
なんかですね、前書きにいきなりこのお話を読むには前スレを読んでね、って書いてるのって、たまに忌避感を覚える時があるんですよね。せめてどんな話か読んでから前スレの方を見に行きたいなーと。そんなこんなで、二期一話のようなお話が。
とりあえず二期からだけでも読めればいいなとは思うんですけどね。まあ、一スレ目から見てる方には関係ないお話なのですが。
ああ、あと単にこういう二期始まりみたいなの好きなだけなんですけどね。ええ。
光龍様
なんか、久々に、というか一区切りとして前回の話を書きましたが、なんか気分が一新しました。
とりあえず、気分爽快、心機一転、前スレでできなかったことをどんどんやりたいなと考えてます。
エクスマキナとか、竹取翁とか、ブライアンとか、他にも、法性坊とか、……野郎ばっかりだっ!!
ともあれ、なんだかんだとメインヒロインの座を守り続ける前さんです。日常の象徴というか、俺賽の象徴と言えなくもないです。
志之司 琳様
いやぁ、一発で見破られるとは。薬師もなんというかまあ、エロ方面のことも含めて信頼されているというかわかられてると言うか。
でも、やっぱり乙女(断じて乙女である)たちとしてはどう考えても戦いの日々。無敵要塞薬師に挑む絶望の日々ですよ。
そして、前さんはシリアスもない代わりに浮き沈みも少なく安定感抜群。派手さはないが、堅実であるという、メインヒロインとしてはどうなのかわからない仕様です。
ただ、薬師は日常的に腑抜け過ぎるんだと思います。もっと日常的に警戒して生きていないからどんどんフラグが……、フラグが……、服着たまま風呂入って風邪ひけばいいのに。
Eddie様
お久しぶりです。書いてて自分でも新鮮でしたよ、前回は。なんだか知りませんけどテンションあがりました。
ただ、どこまで設定ぶっこもうかと迷ったりもしましたけどね。全部話すと設定だけで話が終わるという不思議。
それに、全ヒロイン出して紹介をと思いましたが三秒でやめました。ええ、何キロバイト使う気だ、と。
結局前さんに落ち着きました。こういう時自然に名前が出てくるからやっぱりメインヒロインです。まあ、トリップについては自分もよくパスワード忘れて焦りますからね。メモでもしなきゃすっかりですよ。
悪鬼羅刹様
いやぁ、自分もね、最期がヤンデレっていうのはどうなんだと思ったんですがね。なんといいますか。
ああ、あと、百五十まで行ってから変えようかなとも考えたり。正直百四十一って中途半端だぜひゃっほいとかも思ったんですが、まあ、その辺は作者の都合かな、と。
重くて見にくいんです、って方には関係ないですよねー。まあ、薬師だから仕方ないです。ヤンデレでも。薬師のせいです全部。
そして、出会い、ですか……、それはもう山に行って天狗になるしか。そもそも私も学校での関係者すら九割九部男ですからもうどうしようもありませんしね! 保健室に行かないと野郎意外と関わりがないですよ。
最後に。
最近、猫が可愛すぎて生きてるのが辛い。