空に太陽の姿は無く、黒雲が立ち込めた光景はこの世界に生ける者など無いと通告されるような世界で、俺たちは廃墟と言っても差し支えなさそうな半球型の建物を見つけて、その中で俺たち以外の人間と出会うことが出来た。
彼らは一様に項垂れて、その姿は薄汚れ、体からは腐臭がする。目は何も映してはいないような光の無い目つきで、話しかけても大半が「ああ」とか「うう」と、正しく死人のような反応だった。
一人、こんな荒廃した世界でも物の売買を行っている人間がいたが、俺たちが金を持ってないと知るや否やまた汚い床に座り込んだ。……何かごめんなさい。
さらに、聞き取りづらい声で男が人間が二人ほど入れそうな機械を指差し、聞いてもいないのにどういうものなのか説明してくれた。恐らく、話し相手が欲しかったのだろう、ここにいる人間達は満足に会話をできる状態には見えないし。
「この機械はエナ・ボックス。中に入って数秒で体力、怪我を治してくれる優れものだ……だが、空腹感だけは治しちゃくれねえ……ここにいる奴らはこれで体力を回復させて生きながらえてるが、常に頭が狂いそうな空腹感に責められて、生きる気力を失ってるのさ……」
こんな空気の汚れた世界では作物も育たないのだろう。それ以前にここまで疲れきった表情の人間達に何かを育てられるとも思えないが。
ともあれ、疲れている俺たちはエナ・ボックスで体を休めようとまず俺が一人で入ろうとしたが、それを男が止めた。いつバッテリーが止まるか分からないので、入るなら三人一緒に入ってくれだそうだ。
まあ、中が二人程度の広さしかないエナ・ボックスでも、詰めればなんとかなりそうだ。しかし、ここでトラブルが起こった。
俺が一番奥に入ると、二番目に誰が来るかでマールとルッカが騒ぎ出す。正確には、騒いでるのはマールだけで、ルッカはいち早く中に入り込んだのだが。
ルッカの服を掴んで外に引きずり出そうとするマールだがルッカは微動だにしない。その様子を見て呆れた男は「しゃあねえ、バッテリーがもったいないが、お嬢ちゃんは後な」と言いながらマールを一度外に連れ出してから、エナ・ボックスを作動させた。体の到る所に機械が装着されて、体の痛みや疲れがグングン消えていくのが分かる。……同時進行で空腹感が促進していくのも分かるが。
「多分、体力の回復や傷の治療の為に体の再生速度を上げている分、カロリーなんかを消費させてるんじゃないかしら?」
状況を分析するルッカ。あのさ、二人しか入ってないんだからそんなに体をくっつけなくていいよ? 満員電車で痴漢されてる女子高生の気持ちになる。
外に出ると目を赤くしたマールが俺を睨んでくる。ルッカの見下すようなどや顔を見て頬が限界まで膨らんでいく。こんな魚いるよね、ハリセンボンだかなんだか。
さて、後はマールがエナ・ボックスに入れば良いだけなのだが……何故に俺を引っ張るマールさん? 後マールのすることに我関せずだったルッカさんも俺を引っ張るのは止めて頂きたい。「彼は私のよ!」みたいな構図だけどそんな可愛い力じゃないからね、二人とも。肩からごりごり音がしているのを感じる。やめて、ちょっと冗談じゃすまないからこれ。
結局俺の両肩が脱臼してまたマールとエナ・ボックスに入ることになった。ああ、平安時代の都の平民はこんな空腹感を耐えていたのか。
後さ、外から鬼のような形相で睨むのは勘弁してくださいルッカさん。マールも煽らないで、向かい合わせになって抱きつかないで。っていうかこんなことされたら普通に勘違いするですよ俺? 若いんだから俺。
体の疲れは癒えても、心の疲れ及び空腹感に俺の生きる気力はドリルで削り取られるようだった。天元突破しんどい。
数少ない会話の出来る人間の話だと、東の16号廃墟という所を抜けると、もっと人がいるアリスドームという建物があるらしい。ここにいても何も始まらないし、そこに食える物があるかもしれない、まずはそこに向かった。
さて、問題の16号廃墟だが、暴走した機械だかミュータントだかモンスターだかが有名な歌手でも来てるんですかという程集まっていた。
踊り狂いながら襲い掛かってくるキチ○イみたいなモンスターもいれば「ななななんですか!? 僕何も悪いことしてないよ!」みたいな顔で太腿くらいの大きさの鼠がそこらを駆け回ってたり、なおかつその鼠ときたら人のポケットからここで拾ったエーテル(精神力を回復させる高価なお薬。売れば宿屋を百回くらい利用できる大変高価な代物)をスリやがる。なんでそんなに驚いた顔をしながら人の物を平然と取れるんだよ、何だよその二面性。ペルソナか。
他に装備類以外一切アイテムを持ってない俺たちから(流石に刀やエアガンやボーガンのような重いものは取れないらしい)鼠はとんでもないものを盗んでいきました。マールのブラジャーです。どうやって盗ったのか分からんが、気づけば鼠がしてやったぜ見たいな顔でブラジャーを口に咥えていた。
マールが絶叫をあげる頃には俺はフガフガ言いながらその鼠を追いかけていた。途中でモンスター達が何匹か俺の前に立ち塞がったが刀を一閃して薙ぎ払う。俺の前に立つ者は、何人たりとも切り捨てる!
爆走中の鼠が、一度だけ俺を見る。
────ついてこれるか?
────馬鹿言え、テメエが俺に
俺と鼠の熱い視線の交わしあいは鼠に銃弾、俺のケツに矢が当たり終わった。
ルッカよ、今まで喧嘩していたマールの手助けをするのはおかしいじゃないか。
聞いてみるとあの子のためじゃなくて、あの子の下着に執着する俺に腹が立っただそうな。
マールよ、俺は君の下着を取り戻すべく鼠を追ったのに何故このような仕打ちをするのだ?
聞いてみると俺は走りながら「そのブラジャーをクンカクンカするのは俺だああぁぁぁぁ!!」と叫んでいたそうな。
マールの機嫌が直り、治療してくれるまで俺はケツから血を流しながら歩くことになった。
16号廃墟を歩いていると、鼠に盗られたエーテルの他に日本刀のような形の白銀の剣と、同じく白銀で出来た弓矢を見つけた。弓矢を使える人間は他にいないのだし、俺が持って近距離中距離を戦える万能戦士になろうとしたら、マールが弓の心得を得ているらしく、ボーガンを捨て白銀の弓を持つことになった。ちぇっ、レゴラスって呼ばれたかったのにな、指輪物語の。
最後に妙な指輪を拾った。英語表記でバーサクと彫られたそのデザインを気に入ったマールが指につけた途端はっちゃけだすという出来事があった。「何で!? 何でクロノは半ズボンを履かないの!? どうして背の高い精悍な男の人と抱き合ったりしないの!? 妄想出来ないじゃない!」と詰め寄られたときには間違いなく俺とマールの間にベルリンの壁が出来た。俺はもう、笑えない。
後さ、マールの話に心持ち頷くのは止めろルッカ。お前はそういうんじゃないと信じていたのに。お前らもう仲直りすればいいじゃん、趣味合うじゃん。俺を肉体ともに精神的に苛めるっていう。それから下品なことは言いたくないけど、俺は突っ込まれる側じゃねえ。
そうこうしている内に、俺たちは無事(俺のケツ以外)16号廃墟を突破した。
……しかし、三人で戦っていると、ルッカとマールの連携に不安が残る。
なんだかんだでルッカが危ないときにはマールはルッカの援護をする。しかし、ルッカは一切無視。マールの後ろに敵がいても声をかけたりすらしないのだ、そのため俺はマールの近くに敵がいないか細心の注意をしなければならず、そのことに気づいたルッカは「えこ贔屓よ!」と怒る。
その上、マールに助けてもらってもありがとうどころか目も合わせない。
……これは流石に怒るべきだとルッカを怒鳴れば、それをマールが止める……いいのか、マール。
「いいよ、ルッカなんかと話したくないし、お礼なんか言われても嬉しくないもん」
そういいながらも、マールの声は暗く、笑顔が見えることは無い。
きっと、マールは口では悪く言いながらもルッカと仲直りがしたいのだろう。マールにとって初めて出来たと、そう思えた女友達なのだからそう簡単に気持ちを切り替えられる訳が無い。
……俺は、これ程健気なマールを無視し続けるルッカに、強い憤りを感じた。ルッカ、お前、本当にこのままで心が痛まないのかよ……
星は夢を見る必要は無い
第九話 男同士の喧嘩は見てて笑えるけど、女の子同士の喧嘩は見てて辛い
荒野を歩き続けていると、遠くにまたドームを見つけた。多分、あれがアリスドームだろう。俺たちは早足で近づいていく。口にはしないが、腹減り度がもうえらいことになってるのだ。ダンジョンRPGなんかだと今すぐリレミトを唱えないと死んでしまうくらいに。
しかしこのアリスドーム。近づいてみると最初に着いたドームと大差ないほど崩壊している。食料の自給自足なんて到底できるとは思えない。……いや夢を信じよう。俺たちは、俺たちだけはここに食べ物の類があると信じなければならないのだ。でないとやってらんない。
「あ、あんた達どっから来なさった……そして食べ物の類はどこにある? もし持っているならわし達に分けるがいい……いやさ、わしじゃ、わしが貰うんじゃ! わし以外の愚民に米粒一つとて分けるわけにいくものかあぁぁぁ!!」
「ドンじいさん! てめえ自分だけ抜け駆けしようってのか!?」
「うるさいわい! この御時勢、人のことを思いやること程愚劣極まるものはないわ! さあ旅人さん、わしに食べ物を! ……そうか渡さん気じゃな! よろしい、ならばその身で知るがいい! 我がドン流拳法鷹の舞を!」
食べ物を分けて貰うという事は、どれ程辛いことなのか、俺は思い知った。ゆーか、あんたら元気じゃん。あのドンとかいう爺さんめがっさ元気じゃん。デンプシーロールが中々様になっている。左右に上体を揺らすって結構体力使うのに…… あ、近くのおばさんに蹴り倒された。側面からの攻撃には滅法弱いのがデンプシーロールの弱点だよね。
アリスドームに着いて俺たちの最初の行動は食欲に全てを捧げた暴徒の鎮圧兼説得だった。
「なんじゃ、食べ物は何も持っておらんのか……しけておるの、変に期待させおってからに」
全員をど突き倒してから、俺たちは食べ物を持っていない、西の廃墟からここまで食料を求めてやってきたと説明すれば、ドンは忌々しそうに俺たちを見回し、痛烈な舌打ちをかました。
最近は迷惑をかけても謝らない、というのが流行っているのだろうか? ギロチンにかけられた青年といい、このじいさんといい、人間がいかに汚く醜い生き物なのか痛感させられる。人生の先達として俺たちにもっと誇れる行動をして欲しい。
「食料ならほれ、そこの梯子から地下に行けば大型コンピューターに食料保存庫があるぞい。しかし、警備ロボットが動いていて近づけん……皮肉なもんじゃよ、わしら人間が作り出したロボットに遮られるとはな……そこの警備ロボットを倒せば食料を分けてやるわ。まあ、お前らみたいな若造ではまず無理じゃろうがな」
けっけっけっ、と人間らしからぬ笑い声を嫌味に響かせるドン。気づいていないのか? ルッカの指が引き金に掛かっていることを。
俺やルッカが無言でドンたちアリスドームの人間を睨んでいると、マールが一人地下に繋がる梯子に手を掛けて、下ろうとする。
それを見て慌てたドンがマールに近づいていく。
「おまえさん、地下に行く気なのか!?」
「もっちろん!」
「血肉に飢えた私らが何度挑んでも地下には行けなかったのだぞ?」
その言い方はリアルで嫌だな、もっと言い方は無かったのか?血肉とか言われたら危ない想像しかできないよ。
「そんなの、やってみなきゃ分からないもん!」
梯子を下りながら睨みつけるマールと上から見下ろすドン。何だこの構図、もしかしてちょっと良いシーンなのか?
「……お前さんのような生き生きした若者を見るのは久しぶりじゃ。気をつけてな、そして生きて戻って来いよ」
力強く頷き、マールの姿は地下に姿を消した。
それを追おうと俺も梯子に近づき、ルッカもそれに倣う。
俺たちが梯子に手を掛けた時、ドンが放った言葉は「わしらの分の食料もきっちり持って来いよ」だった。頼みごとをするならもう少し低姿勢であるのが自然の摂理だと思う。この世界ではそれが一般的だとか抜かすなら仕方もあるまいが。
梯子を下ると、奥に二つのドアがあり、そのうち一つは途中で道が無く、もう片方にしか行けないようになっていた。それぞれのドアの間に複雑そうに絡み合った機械が鎮座されており、機会に貼り付けられた紙にはパスワードを入力してくださいと書かれていた。
「多分、ここにパスワードを入力すればもう片方のドアに続く道が出来るんでしょうね……パスワードの解読かあ……実家の機械があれば出来ないこともないんだけど、工具しかないこの状況じゃあお手上げかしら」
進むことの出来るドアの上にはプレートが付けられてあって、そこには食料保存庫と書かれていた。良かった。大型コンピューターとやらには全く興味はないが、食料保存庫への道がないのならアリスドームに来た意味は無い。うっとうしいじいさん達を殴るためだけに来たという途方も無い馬鹿をやりに来ただけとなってしまう。危ない危ない。
食料保存庫へ続くドアを開けると、いきなり鉄骨の上を渡らなければ食料保存庫には辿り着けない構造になっていた。鉄骨の下はアリスドームの最下層まで続いており、落ちれば即死、死神がスワッ、と現れる仕組みだ。
恐る恐る四方に繋がった鉄骨を渡っていると後ろにいるルッカが「押さない……私は、押さないわ」と呟いている。当たり前だ。早く渡ったからってチケットを貰えるようなもんじゃないのだから。お前の考えだとこの先にいるであろう警備ロボットとの対決方法はEカードになってしまう。
鉄骨の上にあの下着泥棒鼠が座っているのを発見したマールは先頭のポジションを俺に譲る。俺だって下着が取られたら困るんだけどな。
しかし近づいても反応しない鼠を見て不思議に思い、触ってみても感触は本物だがやはり逃げようとも物を盗もうともしない……置物のようだな。
死の鉄骨渡りを終えて、俺達は次の扉を開き、中に入るとビーッ! ビーッ! とけたたましいアラーム音が聞こえる。何々? 煩いよ、今何時だと思ってるのさ? 俺も分からんけど。
「警備ロボットが近くにいるみたいね。戦闘準備よ、気を抜かないで」
「この近くに!?」
ルッカの言葉に反応してしまったマールは思わずあっ、と口を押さえる。それも、ルッカは完全にシカト……これから戦いが始まるってのに、こんなので良いのか?
「おいルッカ、お前さ、いい加減に……!?」
俺の言葉を遮り、天井からとてつもない大きさのロボットが落ちてくる。
その大きさはあのヤクラの三倍はありそうな巨体。中央には目玉のような機械が俺達を見据え、遅れて左右に球型の機械が浮遊しながら下りてくる。その光沢は俺達を威嚇して、中央の機械上部から吐き出される蒸気は攻撃準備態勢に入ったという狼煙のようだ。表面に張り巡らされる電気の線は幾筋にも重なり、中央の目玉に集まって、どこからか機械的な声が聞こえる。
「ヨテイプログラムヲ ジッコウセヨ」
「く、クロノ! 何が起こったの!?」
「これがドンの言ってた警備ロボットなんだろ! くそ、なんてでかさだよ、予想外だ!」
こんな規格外の大きさ、黒人のお兄さんじゃなくても予想外デス!
「行くわよクロノ、ドラゴン戦車の時とは違って、真面目に作られた警備ロボットだからね、気を抜いちゃ駄目よ!」
「あんなもんと比べるかよ、これとあれじゃあ月とすっぽん、岡崎に誠だ!」
マールの岡崎とか誠って誰? という質問には答えず、俺は刀を抜き払った。
……こんな奴に刀が通るのか?
「よさこおい!」
中央の巨大マシンに俺の振り下ろしは思ってた通り刃が通らず、代わりに左右の小さなマシン(これからはビットと呼称する)から同時にビームが俺目掛けて放たれた。直撃は避けたものの、やべっ、俺の髪が蒸発した音がした。これは当たれば死ぬな……
その隙を狙いルッカが右のビットを、マールが左のビットに攻撃する。マールの弓矢はビットに突き刺さり、かなりのダメージがあったと思われるが、ルッカのエアガンはビットの装甲に弾かれて、ものともされなかった。
「ちっ! おいルッカ、お前あの反逆丸とかいう物騒な爆弾まだ持ってないのか!?」
「あれは自爆テロ用なんだから、何発も持ってるわけ無いでしょ! あれっきりよ!」
こういう時のルッカの秘密兵器には期待してたんだが……今更嘆いても仕方ないか!
俺は白銀剣を鞘に収め、巨大ロボットを使い三角飛びの要領で右ビットに切りかかるが、刃先が掠めただけで、切り壊すには及ばなかった。
すると右ビットが俺目掛けてレーザーを放とうとする。俺の顔が青白く光り、危うく脳天に風穴を空けられるというところでマールの弓矢が右ビットを貫き、完全に破壊する。
「助かった、サンキューなマール!」
マールは俺の感謝に親指をぐっ、と上げて応え、今度は右ビットに狙いを付ける。
右ビットにはルッカがエアガンを撃ち引き付けているが、一向にダメージを与えられる気がしない。当たった銃弾は反射して辺り飛びかっている始末だ。
「ルッカ! お前のエアガンじゃダメージは与えられない! 跳弾が危ないし、攻撃は止めて後ろに下がれ!」
「嫌……嫌よ」
「ルッカ!」
俺の制止を聞かずエアガンを撃ち続けるルッカ。何意固地になってんだよ! お前が悪いわけじゃ無えんだから、後ろに下がれよ馬鹿!
「だって、マールばっかり役に立って、私何にもしてないじゃない! 私だって、こんな奴一人で倒せるんだから!」
「ルッカ……お前……」
白銀の弓という強力な武器を手に入れたマールと違い、今も改造のエアガンを使っているルッカは確かに、今に限らず16号廃墟においても決め手に欠けていた。
どんどんルッカの苛々が溜まっていったのにはそういう理由があったのか。
……劣等感。
ルッカは昔から、同年代の女性よりも、群を抜いてプライドが高かった。それは自分がどんな人間よりも努力していると自負しているから。
実際、町に繰り出して彼氏を作ったり、美味しいケーキ屋巡りをしている女の子達に比べ(それが悪いなどと言うつもりは毛頭無いが)ルッカは常に研究に力を注いでいた。お洒落に身を投じてみたいときもあっただろう。カッコいい彼氏とデートに行ってみたいと思っただろう。それらを全て母の死という呪いに阻まれて、ただ一つ、科学という魔物に囚われ努力を惜しまなかったルッカ。
そんなルッカが生き死にの危険がある旅に同行する、マールというある意味自分にとってライバルとなった少女に対抗心を持ったのは、決しておかしなことでは無かったのか。
戦いという科学が関係ない土俵においても、ルッカはマールには、マールだけには負けたくなかったのだろう。……そして今、その感情が爆発して、マールが倒せたのならば、自分に倒せないわけが無いという強迫観念に突き動かされている。
……普通ならば、俺はルッカの考えを尊重してやりたい。しかし、これは戦いだ、生死の危険がある戦いなんだ。そこで冷静さを失うということがどれだけ危険なことか、分からないではないだろう!
「ルッカ、お前の気持ちは分かるけど、今はそんな時じゃないんだ、早く後ろに下がって援護を……」
「じゃあ、いつがその時なのよ!」
「……!」
そりゃあ、俺の言葉も止まる。
……何度見ても、女の子の、それもルッカの泣き顔は慣れるもんじゃない。
ルッカは涙も鼻水も溢れさせて俺を見ていた……
「これから先がある? 今は仕方ない? そんな台詞はね、弱者が使う言い訳よ! 私はルッカ、科学は勿論、全てに置いて誰にも負けるわけにはいかないの! それは戦闘だってそうよ! 何より……」
「危ない、ルッカぁ!」
遠くでマールが、ルッカの身を案じる叫びが聞こえた。
「クロノがいる所で、他の女の子に負けるわけにはいかないのよ!」
バシュ、という音とともに、ルッカが巨大マシンの放ったレーザーに打ち抜かれた。
「……ルッカ?」
ゆっくりと、床に体を打ちつけるルッカ。
俺の目はその様子をしっかりと捉えて離さない。
体から赤い何かを撒き散らして、その目は何も映していない。ルッカの涙がきらきらと宙に広がって、その水滴が床に着くよりも早く、赤い染みが床を濡らしていく。ルッカの体から円形に広がるそれは……もしかして……
「……血?」
一歩一歩ルッカに近づく。その行為すら認めぬというように巨大マシンが俺にレーザーを放つ。肩を掠める。焼けた肌から血があふれ出す。痛くない。
ビットが俺に直接体当たりを繰り出す。俺は回し蹴りを当てて、壁に叩き付けた。邪魔をするな、俺が彼女に近づくのに邪魔をするな、今も彼女は苦しんでいる。声は出していないけれど彼女はきっと痛がってる。
小さな頃からそうだった、ルッカはどんなに悲しそうにしていても、どんなに苦しい思いをしていても、俺が近くにいれば笑っていた。笑ってくれた。その度俺は救われた。
そう、ルッカが俺を救ってくれたんだ。俺に人を守るという事を教えてくれたんだ。きっとルッカは今回も笑ってくれる。クロノがいれば痛くないよって笑ってくれるんだ。きっとそうなんだそうでないとおかしいだって辻褄が合わない今までそうだったんなら今回もそうであって然るべきでそこに嘘は無いはずいやそうに違いないそこに疑いは無い疑いはいらないほらもうすぐルッカの体に触れることができるもうすぐルッカの顔が見えるもしかしたら今彼女は笑顔なんだろうかそうだったら嬉しいないやきっと笑ってくれている俺が心配してしまうから彼女はきっと笑ってるだってルッカが笑っている様子が思い浮かぶんだそんな未来が見えるんだだったらこれは勘違いなんかじゃなくて真実であれあれルッカもうお前の顔が見えちゃうよ早く笑ってよ目を瞑ったままじゃ笑ってるなんていえないよほら早く早く口を結んで目を開けていつもみたいに世界で一番綺麗な声で笑ってくれよ大きな声で誰の耳にも聞こえるくらいにそうすれば俺は自慢するんだあの気持ちのいい声で笑うのが俺の幼馴染なんだってだからほら早く
「……笑って……くれよ……なあ」
腕の中にいるルッカが少しづつ冷たくなっていく。
俺の幼馴染のルッカが、俺のルッカが冷たくなっていく。彼女の体温はとても高いのに。彼女近くにいれば俺は笑えるのに。どうして俺は今笑ってないんだろう?
「クロノ……」
マールが心配そうに声をかけてくれる。その顔はルッカのことだけを考えていることが分かる。
そうだ、彼女を守れない俺の事なんか一切考えなくて良い。そんな俺に存在意義は無い。
「マール、ルッカを外に連れ出して治療してくれないか?」
「分かった、必ず助けるよ」
ルッカの体をマールに預けて、マールが部屋から出るのを阻止させまいと巨大マシン達に向かい合う。こちらの様子を窺っているのか、攻撃は無かった。
「マール、弓矢を一本貸してくれ」
「え? ……分かった。頑張って、そいつを叩き壊して。原型も残らないくらいに」
「言われるまでもないさ、ルッカをよろしく」
マールが投げた弓矢を後ろ手に受け取り、刀を抜く。
マールたちが部屋から出た後、理解が出来るか知らないが、俺は巨大マシンどもに宣言する。
「お前達が傷つけたのは、俺の幼馴染だ」
一歩踏み出す。こいつらはまだ攻撃してこない。分かる、これは直感ではなく、確信。
「ルッカは俺にとって何か?」
もう一歩踏み出す。まだまだ、ここはまだあいつらにとっての防衛ラインじゃない。
「俺の全て、そんな簡単な答えじゃない。それでも複雑なものでもない」
さらに一歩。ここが、境界線。あいつらが俺に攻撃を開始する、最後の。
「ルッカという存在は、俺を内包する世界程度で収まる人間じゃないんだ、分かるか? つまり、ルッカを傷つけたお前達は……」
右足を強く蹴り出して、同時に俺のいた場所に閃光が走る。
「俺のいる世界、俺のいない世界、俺が生きているこの瞬間、俺が死んでいるその瞬間で、その姿を現すべきじゃねえんだよ!!」
切り壊す。お前がいることは、俺が作る世界で有り得ることじゃない。存在、意味、意義。その全てを破壊する。お前の罪はそれでも飽きたらねえ。無機物風情が、俺の世界を侵した事を後悔させてやるぞ……!
「ルッカ、ルッカぁ!」
幸い、ルッカの傷は肩を貫いただけで命に別状はなさそうだ。……ただ、それは現代のように薬が揃う時代においての話。
この荒廃した世界では満足に治療もできないだろう。私の治癒能力で助けることが出来ないなら、ルッカは……
「考えるな、助けるんだ私が。クロノに頼まれた、私がクロノにルッカを助けてくれと言われたんだ!」
……本当にそれだけが理由? ……いや、それはきっと違う。
有り得ないことだけど、もしクロノにルッカを助けてくれと言われなければ私はルッカを見捨てていたのか? この憎たらしい、自慢好きで説明が分かりにくいこの女の子を。
……それこそ有り得ない。だって、ルッカは、多分私を嫌ってるこの女の子は……
「私の、初めての女友達だもん……」
誓おう。私はルッカを治療する。この約束が破れた時、なんて仮定の話はしない。そんな可能性は存在しない。
私が治すと決めたのだ、マールディア王女である私ではなく、マールである私が。
「ごく普通の女の子が決めたんだから、それが破られるはず、ないもんね」
私は、目を閉じて、精神を集中させた。
思い浮かぶはルッカの嫌味そうな顔でも、私を無視している冷たい顔でもなく、私に笑いかけてくれた綺麗な笑顔。
レーザーが来るだろうと予測した場所に注意を重点的に置いて、その予想は的中し、高熱の線が俺の脚を掠めて後ろの壁に焦げ後を作る。次にビットが俺の頭を吹き飛ばそうとミサイルを至近距離でぶっ放す。俺は刀の横腹で軌道を逸らし、返す刀でビットに切りかかるが、ビットは空中に逃げた。……埒が明かない。このままじゃジリ貧だ。せめてビットを壊さないと、巨大マシンを相手に出来ない。
ビットがもう一度体当たりをしてきたのを見計らい、俺は壁にマールから貰った弓矢を突き立てた。これだけ深く刺せば、抜けることは無いだろう。
ビットの体当たりを刀の鞘で受け止めると、また空中に逃げようとする。……させるか、このイタチごっこにはもう飽きたんだ。
壁に突き立った弓矢に足をかけて、高く跳躍する。そのまま上段の構えで逃げるビットの真正面まで飛んだ。これなら、テメエは避けられねえだろうが!
間違いなく両断できるタイミング、俺が渾身の力で刀を振り下ろすと、巨大マシンが俺にルッカを貫いたレーザーを放ち、それを右腕に食らった俺は体制を崩され、ビットを取り逃がしてしまう。
「くそ、うざってえんだよ一々!」
ここからはまた無策。王妃のときのような心理戦は機械のコイツには無意味。体力の消耗を狙うなど愚の骨頂。
「まあ、それでも俺が勝つけどな……」
こいつはルッカを傷つけた、そんな奴に俺が負けるわけにはいかない。誰が負けても、俺だけは負けられない。
もう一度刀を構えて巨大マシンとビットを見据える。
巨大マシンの目が光り、またレーザーを俺に放つ。初期動作から見ていれば、避けることは出来ないことじゃない。俺は横っ飛びでレーザーを交わす……が。
「追尾!?」
レーザーの軌道が途中で変わり、転がった俺を狙って追ってくる。不味い、この体勢じゃあ避けれない!
刀を構えて、どうなるとも知れずレーザーの軌道上に刀を置く。しかし、レーザーを刀なんかで防げるのか?
不安な気持ちを抑えて、レーザーが迫るのを待つ。すると、予想に反して、刀に当たったレーザーがあさっての方向に反射した。すかさず刀の向きを変えて、ビットに当たるよう調整する。レーザーの当たったビットは煙を上げて地上に転がる。まだ、俺はついている。これならなんとかなる!
「さあ、これで一対一だぜデカブツ!」
転がった体勢から立ち上がり、巨大マシンに走って近づいていく。タイマンなら、俺一人でも勝てるはずだ!
……そう思ったのだが、右から俺の体に猛烈な勢いで何かが当たり、俺の体は壁に叩きつけられた。口からごぼ、と嫌な音を出しながら血を吐く。肋骨が折れたか……? 息を吸うたびに猛烈な痛みを感じる。もしかしたら内臓もやられたかもしれない。
俺は何にやられたのか、と俺に体当たりをした物体を見ると、それはマールが倒したはずのビットだった。そうか、一定の時間が経過すると、ビットは復活するのか……となれば、時間がたてば俺が倒したビットも復活する、と。だったら、大本を叩くしかないわけだな……
ビットが満足に体を動かせない俺にミサイルを撃ち込んでくる。立つ力はまだ回復していない俺は床を転がって直撃を避けるが、爆風に体を持っていかれ、床に叩きつけられる。大丈夫、まだ立てる。痛むけど、まだ息が吸える。俺はまだ戦える!
「そろそろ最後にしようか、俺ももう疲れたし、ルッカのことが心配なんだ」
刀を両手で持ち、顔の横に持ってくる。狙うは一点、突きのみの構え。失敗すれば即死確定の分の悪い賭け。しかし、それはあくまで表向きの話だ。だって……
「今の俺が負けるわけ無いんだ」
ルッカを苛めた奴らと五対一の喧嘩をした時だって俺は勝ったんだ。三対一くらいのハンデで、俺が負けるわけ、ない。
ビットが再び俺に向かって飛来する。もうその攻撃は慣れた。いつどのタイミングで動けば避けられるかは身に染みて分かっている。
……まだだ、まだ動けない、今走っても早過ぎる。
ビットが近づいてきた事を風が教えてくれる。回避行動をとらなければ当たる、というところまで近づいた時、巨大マシンがレーザーを放つ為、目玉部分が光り、電力がそこに集中する。それを視認した瞬間、俺は自分に取れるギリギリの低姿勢になり、地を這うように走り抜ける。これにより、ビットの体当たりは俺の頭の上を通過した。
目玉に十分な電力が集まって、一際強い光が暗い室内を照らす。
「ドンピシャだ……がらくたマシン!」
俺の白銀剣が電力をレーザーに変換している目玉に深く突き刺さった……電力が溜まってレーザーを放つ前というタイミングは成功したが、白銀剣がこいつを貫けるかという不安はあったのだが……最初こいつに傷をつけられなかったことから考えると、ビットの再生を行っていたのは巨大マシンで、復活直後、または復活させようとしている間は防御力が落ちるのか? ビットを復活させる前には表面に薄いバリアが張ってあったとか……
「まあ、難しいことはいいか」
剣を巨大マシンに突き刺したまま、俺は歩いて部屋の隅まで遠ざかる。目玉部分に溜め込んだ電力は暴走し、変換されたレーザーは内部に入り込んだ白銀剣によって乱反射し、巨大マシンを中から破壊していく。
壁に背を預け、その様子を眺める。ビットと巨大マシンは連動していたようで、巨大マシンから火が上がるようになると勝手に地面に落ちて機能を停止させる。
巨大マシンは騒々しくアラームを鳴らしながら、体の中心から爆散した。圧巻されるほどの爆発でも、俺は眼を閉じることはしなかった。俺を怒らせたんだ、その結末を見るのは当然だろう。
「……はあ、はあ……くそ、喉の奥からぐいぐい血が溢れてくる……」
目の前にぼんやりとしてきた。痛みのせいか血が減りすぎたのか……あばらを抑えながら、俺は部屋の扉を開けた。……もしルッカが死んでいたら、俺も後を追う形になるのかな、それも良いかもしれないな……
「もういいってば! これ以上惨めにさせないでよ! 気持ち悪いの!」
人の一大決心を気持ち悪いで終わらせるなよ、ルッカ。
俺の悲壮な決意を目を覚ましていたルッカが切り捨てた。あれ? 目の前がはっきり見えるようになったけど、今度は涙が止まらない。
「まだ完全には傷は塞がってないんだから、ちゃんと治療させてよ! そのまま歩いたら……何だっけ? バイキンが傷から入って……とっても痛いんだから! ルッカ泣いちゃうよ!?」
「泣くわけないでしょ! それにもしかして破傷風って言いたいの!? 何でそんなことも知らないのよ馬鹿王女!」
「ば……馬鹿ってそれは言い過ぎだよ! アホとかならなんとなく許せるけど!」
関西地方ではそういう意識を持っている人が多数存在するらしいな、マール。
どうやらルッカは俺に対して気持ち悪いと発言したのではなく、マールの治療を拒否してのことだったようだ。本当に良かった。流石にあれだけ格好つけて落ちがそれでは立ち直れない。二週間は家に引き篭もるレベルですから。
「とにかく、もう私のことは放っておいて! 私のドジが招いた傷なんだから、あんたなんかに治して欲しくないのよ!」
「……分かった。そこまで言うなら、仕方ないね」
ようやく分かったかとルッカが傷の痛みに顔をしかめながら立ち上がろうとすると、マールが服を掴んでもう一度無理やり座らせる。ルッカがマールを怒鳴ろうとして、マールは先を制しルッカの肩の傷を思い切りひっ叩いた。やば、見てるだけで痛い。
「っ! ……何するのよ!」
「ごめんね、ルッカ」
「はあ?」
人のことを叩いてすぐさま謝るマールにルッカは眉をしかめ、意図が分からぬという声を出していた。棒読みの謝罪を終えたマールは引き続きルッカの傷を治療しようと手を肩にかざす。ルッカは慌てて「止めろって言ってるでしょ!」とがなるが、マールは首を横に振り治療を続ける。
「あの機械にやられた傷を治すんじゃないよ、私がルッカを叩いて痛くなった所を治すの」
「……何よ、それ。馬鹿みたい」
虚を突かれた顔でルッカが力なくうなだれて座り込む。それから、ルッカはマールの治療を素直に受け続けた。
「馬鹿でもいいもん……友達を助けるのが馬鹿なら、私はずうっと馬鹿でいい」
「……あんた、その治癒能力を使うのに、かなり精神力を使うんでしょ? 私なんかの為にさ……あんたの顔、真っ青じゃない」
えへへ、と誤魔化し笑いを見せながらもルッカの治療を止めようとはしない。ルッカは床に視線を向けながら小さく「ごめんなさい……」と呟いた。離れた俺でも聞こえたんだ、マールが聞こえないはずは無い。
友達思いの優しい女の子は、はにかみながら「いいよ」と許す事を告げた。
……良いんだ、とても良いシーンなんだけど……俺の治療は出来ますかね? そろそろお迎えっていうか、二人に流れる優しい空気と綺麗な女の子二人が寄り添っている様がルーベンスの絵に見えて仕方ない。僕は今とっても幸せなんだよ……
その後俺がボロボロで倒れているのを見つけた二人は悲鳴を上げて俺の治療に専念してくれた。マールは残り少ない精神力で俺の体に治癒を試み、ルッカは梯子を昇りドンたちに助けを求めた。
もし薬の類があれば、私の仲間を助けてくださいと懇願したルッカにドンたちはあまりに辛い一言をルッカに告げる。
「そこのエナ・ボックスを使えばいいじゃろうに」
ここにもあったんかい! じゃあさっきの私とマールのやり取りはなんだったのよ! という突っ込みは置いといて、ルッカは俺の体を持ち上げて地下を抜け、エナ・ボックスに放り込んだ。骨とか折れたり内臓を痛めてたりで重症なんですよ、俺。
傷の深さに比例して空腹感が上がるシステムからさっきの体中が痛い状況と今とならどっちが辛いのか吟味しながら俺は五体満足わっしょいしょいという状態でエナ・ボックスから出た。そしてほんのり後悔した。
「……ええと、その」
「な、なあに? ルッカ」
「あの……なんでもないわ……」
「そ、そう……」
何やら妖しい会話というか雰囲気を作り出している俺の仲間達。あれだ、中学生のときに初めて彼氏彼女との初デートみたいな感じ。手を握ってもいいのか、まだ早いんじゃないのか? という葛藤がよく滲み出てますねえ。
こういうこと言うのもあれだけど、俺も頑張ったんだよ? マールもよく頑張ったのは分かるけど、もう少し俺にも何かあっていいんじゃないかな? 心配そうに駆け寄るとかさ、瀕死だったんだぜ俺。エナ・ボックスの方を見ることもしないというのは何か違うんじゃないかな?
「……あ、クロノ」
何だよ何なんだよその昔の同級生に会った時みたいな反応。正直今お前と話したくは無いって空気が漂ってるよ。絶対もうちょっと優しくされても良いと思うんだよな、俺。再度言うが、頑張ったんですよ?
「あ、私の傷ならその……マールが治してくれたから、心配しないでいいわよ」
「ルッカ、今マールって……名前で呼んでくれた……」
そうか、俺はお前の心配をするけどお前は俺の心配はしてくれないんだな? 覚えてろよ、今度お前がダンプカーに引かれても俺は運転手の人と和気藹々とした会話をこなしてやるからな。マールさんお願いだから頬を赤く染めないで。冷たかった人が急に名前を呼んでくれたからって好感度がぐいぐい上がるそのシステムは何だよ、少女マンガの典型じゃないか、ヒロインがマールでルッカが主人公か。さしずめ俺がモブなんだな。三話くらい出しゃばって外国に夢を追って飛び出してそれから一切出てこないようなキャラなんだな? くっくっくっ、なんだか興奮してきちまったぜ……ジャイアン現象なんて大嫌いだ。
「おいお前さんたち……ここに戻ってきたということは、まさかあの警備ロボットを倒したのか?」
「あ? ああ。満身創痍ながらなんとか、な」
ドンが一人ぼっちの俺に話しかけてくる。ていうか本当に大丈夫? とか聞かれないんですね、俺。
「ということは、食料保存庫に入れる、と……食いもんはわしが独り占めじゃああぁぁぁ!!」
豹のように機敏な動きで地下に飛び降りるドン。「出し抜かれたあぁぁ!!」と叫びながら地下の梯子に押しかける住民達。しまった、俺だけの俺だけによる酒池肉林の夢が! (肉林はいやらしい意味合いで非ず)
住民達を剣の鞘で殴りながら地下に降りる寸前に見えた光景は、この阿鼻叫喚の中でもピンクな空気を放ちながら座って手を繋いでいるマールとルッカの赤い顔だった。悲しくなんか、ない。泣いてなんか、ない。
俺たち(ルッカとマール除く、俺とアリスドームの愉快な仲間達)が食料保存庫に着くと、そこには腐った食べ物を必死に胃に放り込んでは吐くを繰り返しているドンと見知らぬ男の姿があった。この世で見たくないものベスト3には入るはずだ。ベストハウス図鑑に載せましょう。
見知らぬ男の正体は昔警備ロボットの隙を突いて食料保存庫に辿り着いたという運の良いアリスドームの住人だった。何故帰らなかったのか? 例え腐っていても他人に食べ物を渡したくなかったらしい。聞けばこの男妻子持ちだそうだ、人として軸が腐ってる。
その男を締め上げていると、男は俺たちに何かの種を差し出し、途中の鉄骨にあった鼠は置物ではなく、大型コンピューターへの道を進めために必要なパスワードを知っていると教えた。
んなことはどうでもいいから食い物はどこだと詰め寄れば、大型コンピューターを使えば食べ物の場所が分かるかもしれないと答えた。
そしてここに、俺をリーダー、ドンを副リーダーとするアリスドーム勢全員を含む鼠捕獲本部が爆・誕! した。
何度か鼠を捕まえようと突撃したが、思ったよりもかなり早い鼠に翻弄され幾度も取り逃してしまった。俺たちは様々なフォーメーションを作り上げ、各々ポジションを定めて鼠を追い詰めるようになった。
「そこだフォワード! 突撃だ!」
「サイドバックに穴が開いているぞ、ディフェンスフォローに回れ!」
「4-4-3から3-3-2-3に切り替え! グズグズするな! 敵は待ってくれないぞ!」
「西側! 人幕薄いよ、何やってんの!」
最終的にドン曰く「わしらなら、ベトナムのゲリラ部隊に匹敵するやもしれん」と言わしめるほどの連帯力を得た俺たちは、ついに鼠からパスワードを手に入れることが出来た。終盤の山場は追いかけてるうちに愛着がわいたという理由で鼠の捕獲を妨害しだした白虎部隊の裏切りだろうか? おかげで守備重視の朱雀部隊が壊滅、突撃重視の青龍部隊が半数まで減らされた。残るは俺をリーダーとする遊撃隊の玄武部隊と、連携に不安の残るドン率いる大和部隊だけだった。
感動シーンは士気に陰りの見えてきた大和部隊をドンが「諦めるな! 元ラバウル搭乗員のわしらの底力を見せ付けてやるのじゃ!」という一括で目覚しい活躍を見せだしたときだ。不覚にも俺は涙した。ドン、あんたこそ永遠の0の名を受け継ぐにふさわしい……!
生傷を体中にこさえながら俺たちは女子供の待つ地上に這い出てきた。
最初、食料を持っていない俺たちを見て落胆した顔だったが、男達の久しぶりに見る明るい顔を見て子供と妻も微笑んだ。
男達は自分の武勇伝を自慢げに話し、俺の指揮能力とドンの勇気を褒め称えた。子供はそれからそれから? とわくわくしながら話を促し、妻は男達の自信に満ち溢れた姿に感涙する者さえ現れた。
たかが鼠狩りと馬鹿にするものはいない。俺たちは本気で戦った。生きるために、その本能に自分を埋没させ、仲間との連帯感を十二分に味わった。
ドンは周りからの感謝や尊敬に「いやいや、わしのような老兵はなにもしておらんよ」と謙遜していたが、そんなことはないと俺たち男勢は全員分かっている。
この歓声はあんたに向けられるべきものだ。
そう、あんたはこの陰気で生きる希望の無かった町に活気を作り上げたんだ。救ったよ、ドン。お前が救ったよ。
「え? 鼠狩りで遊んでたの?」
皆が肩を抱き合い喜んでいる中、場を盛り下げることこの上ない発言をしたのはマールだった。
「こういう状況で手放しに喜べるなんて……結構おめでたいのね」
痛烈な皮肉を口にするのはルッカ。
まあつまらないことと言われればそうかもしれないが、さっきまで女同士でイチャイチャしてた奴らに言われるのは我慢ならない。
今日は皆も俺も疲れたので就寝することになったが、アリスドームの仲間達はマールとルッカをよそ者を見る目で冷たく当たることにした。俺は名誉国民としてアリスドームの第二番権利者となったので俺の仲間と楽しく会話することにした。マール達は仲間じゃないのか? 少なくとも今ここにいる仲間はドンや一緒に戦った男達に守るべきアリスドームの女子供だけだ。今日一日はマールとルッカなんて名前の人間と会話する気にはならん。
次の日目を覚ますと、昨日一日無視していた二人が目蓋を腫らして俺に土下座をしていた。
まあ、反省するなら別にいいさ。ただお前達がやったのはライブハウスで盛り上がっているファン達に「このバンド全体的にしょぼいよね」と言って回ること、それと同義だと知れ。
起床した俺は俺たちも連れて行ってくれ! と頼み込む住人達を抑えてマールとルッカを連れ、大型コンピューターの場所まで行くことにした。「危険な場所に行くのに戦闘経験の無い皆を連れて行くわけにはいかない。俺を信じて待ってくれ! 皆が信じてくれたなら、俺はどんな所からも生還する!」と説得したときはクロノコールが鳴り止まなかった。マールとルッカにはお疲れの一言だった。俺の服を掴むなよルッカ、この場所において俺はお前達を擁護する気は全く無いから。
梯子を降りて、地下に入ると皆の声が聞こえなくなる。
……大丈夫、皆の声は聞こえなくても、皆の心は俺に届いてる。この繋がりは解けることは無い!
疲れた顔をしたマールとルッカを従わせて、俺は大型コンピューターまでの道を出現させる機械に手を触れた。
そう、俺たちの物語はまだ始まったばかりだ!