<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20619] あとがき
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:a89cf8f0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/28 03:03
 これはあとがきです。本編を見ずにこれを見ると果てしなくネタバレなのでお勧めしません。ここだけ見て、良さげなら本編を見るという素敵発想の方はそれはそれで大変素晴らしいのですがお勧めしません。食事でもいきなりデザートが来て「これ食ってから前菜な」とのたまう店員がいたら会計の際小銭があっても万札を使うに違いないでしょう? だからお勧めしません。
 本編を御覧になって下さった方対象のあとがきですので。いい加減しつこいですね。
















 段取り通りこの小説を書こうとしたきっかけを書かせて頂きます。実は私、昔ライトノベルの賞に応募したことがあります。身の程知らずにも。今は諦めているので大丈夫です、ボクゲンジツミレル。
 その際の評価に「もっと会話を多く、キャラを立たせて」とありました。本当は文章力の無さ(それは第一話を見て下されば一目瞭然かと)や構成の甘さ(それは本編を見て下されば一目瞭然かと)も理由でしょうが、特にその二つが顕著だったようです。
 ので、二次創作にて思いっきり弾けてみようかなと考えました。つまり実力を上げたかったんですね。
 本来そういう考えだったので、正直前半はストーリーを蔑にしていたと言われても仕方ありません。とにかく馬鹿をやろうとしていました。ですが王妃編辺りで愛着がもくもくと溢れ出し、最終的には完成した際泣いてしまうという惨事。いい年して何してるんだ。
 良くある台詞ですが、この小説の一番のファンは私です。客観視できないのは短所になりそうですが、それでも書いていて異様に楽しかったのです。
 やがて文章も私が好きな形に寄っていきます。前半と後半で文がかなり変わっていたと思いますが、つまりは後半になるにつれ私のこの小説への愛着が増していった証です。その分アホみたいな行動は減りましたけど。
 けれども、前半の馬鹿をやっている彼らは何処か私が滲み出ていた気がします。後半の馬鹿はあくまでキャラが動いてくれましたが。徐々に彼らにも命があるのだと思えるようになりました。長いからこの話はここらで終わろう。






 書き始めたきっかけは前述通りですが、この小説にも一応テーマというか、ここはブレないようにと心がけた事があります。
 それは、人間を書くということと、徹底的な悪役は書かないということ。
 前者の言葉の説明をば。例えば賛否あったと思いますがグレン。彼女(本当は彼なのですが)は本来のクロノトリガーでも同じくサイラスへの想い、それが強化され酷く脆い性格になっております。ルッカも依存という縛りがありますしあまり表現できませんでしたがマールは世間に疎く我儘であります。
 私は脆い人間が好きです。淡々と目標に向かい出来て当たり前、というキャラクターは嫌いではないのですが皆が皆そうであるのは不自然だと思いましたので。感想でも書いたと思いますが、星は夢を見る必要はないで完全な人間というのはサイラスのみだと私は思っています。(変態であれ、脆い部分は無いので)
 ビネガー、マヨネー、ソイソーもある意味完成されていると思いますが彼らは魔族であり長い年月を生きているため自然じゃないかなーと思ったり。ラヴォスは例外です、彼は(彼なのかどうなのか)ずっと一人だったので。一人では成長できませんよね。
 長々とすいません、とりあえず、この小説では迷ったり失敗したり間違えたりの繰り返しを重点的に書きたかったのです。ほぼ同じ理由で仲間の不和も何度か書かせてもらいました。未来に行く前とか、グレンの裏切りとかが分かりやすいのではないでしょうか。
 いきなり会って、一緒に戦う戦友とはいえいきなり信頼できる、一生喧嘩しない関係なんてつまらないので。どこか凸凹しつつ、でも強固な繋がりを意識しました。
 次に悪役を書かないというのは私の願望が含まれています。
 勿論物語のスパイスとして悪を書くのは当たり前ですが、これはクロノトリガー、夢を見るお話です。悪でしかない存在は書きたくなかった。
 とまあ、それは建前で本音は「私の大好きなクロノトリガーに悪い奴がいるわけがない」というアホみたいな理由。でも私にはゲームをやっていてもそう見えたのだから仕方ない。アンチヘイトと言われても仕方ないですね。けれど私はクロノトリガーが大好きなので譲りません。ちなみに悪役を書かない理論は手塚治虫大先生の言葉でもあります。手塚先生の言葉を見たとき衝撃が走りました。パクリですね、最低!!
 話を戻します。悪役を書かないとしたので、どこかテラミュータントもジールも憎めない理由を書きました。ついで、意識したのは「寂しい」という感情。テラもジールもラヴォスさえも寂しいには勝てない、という事です。寂しいは一番辛い感情なんじゃないかな、と私は思うので。
 ああ! もう伝え方が下手で嫌になる。
 そもそもプロット無しに書くのは初めてなので緊張します。この小説は全てプロットを見て書きましたから。勿論勝手にキャラが動く事もありましたが。むしろそんなんばっかりでしたが。喜ぶところなんですかね、これ。
 ちなみにプロットですが、私はエクセルを使っています。使いやすいですねこれ、慣れれば時系列に混乱せず同時並行で何が起こったか混乱しないで済みます。や、そんな複雑な物語ではないんですが。






 では、キャラクター紹介になります。全員書くと妙な量になるのでメインと重要な人物のみ。
 皆様の考えるキャラクターとは違うかもしれないので、これはあくまで作者が思う人格像であると先にお断りしておきます。やっぱり皆様が受け取った人格が一番正しいし、面白いと思うので。飛ばしたい方は飛ばしても構いません。
 キャラ紹介ですが、彼らを作る際に用いた方法を。
 原作の性格は勿論骨子にします。そして、あくまでこれはコメディでもあるのでぶっとんだ性格にするのも当然。そしてその中にもスパイスを加えています。それはキャラクターによって違うので、そうなのかあと思って頂ければ。例外としてクロノだけは一から作ったので加えたものはありません。





 クロノ。
 彼は見ててイライラするくらい考えや性格が変わったんじゃないかな、と思います。臆病だしスケベだし時たま頑張るしでも逃げるし。一貫してない彼はキャラクターが定まっていないのでは? と不快になった人も多数だと予想。
 でもそれが主人公じゃないかな、と。等身大の人間ってこんなものだろうと思うのです。意見はコロコロ変わるし自分の言葉に責任を持ち切れないし怖いものは怖いし。だからこそ頑張れるんじゃないか? いざという時は誰よりも前に出るんじゃないかと。
 昔のクロノは特にそれらしいと思います。彼が必死になる時はもう逃げられないだろ、という時のみだったり。王妃戦でも女でしかも王妃に鼻で笑われればこの歳の男子なら踏ん張りますよね。ゼナンでも仲間の女の子にぼろくそ言われて、後ろから背中を押されれば前に出るんじゃないか、と。更に言えば、強い仲間が戦線に加われれば生き残れるんじゃないか、という打算も少なからずあったり。
 彼だけは私の書きたいように書かせてくれませんでした。でもだからこそ今のクロノなんだと思います。書いていて悔しがらせてくれた人物第一位です。一番好きなキャラクターでも第一位です。いつかパソコンから出てきて一緒に話してくれないかな、と痛い妄想をしています。なんであの時ああしたの? という質問を大量にぶつけたい。
 クロノは見ていて下さる方に少しでも良いから共感を覚えて欲しいなーと。そうなればこの物語は途端に生き生きするのではないでしょうか。




 マール。
 彼女を書く際意識したのは世間知らずです。最初彼女はクロノに対し辛辣な扱いをするのはしばしばありました。最初は何処か遠慮がちでしたが、徐々に叩いたり殴ったりしています。その理由は近くにいたルッカがクロノに対しそう接していたからです。
 これは長年共に生きていたクロノとルッカだから許されることなのですが、マールは他に友達がおらず距離感が掴めません。それも少しずつ解消されていくのは、彼に対する接し方が変わってきた事に関係していますね。
 だからこそ後半では彼女は立派に成長していきます。メインキャラで一番成長したのは彼女だと断言します。
 ちなみに、彼女視点の話はとても楽しく書けました。王女である故に少し斜に世界を見て、でも何処か抜けている彼女の世界は何でも楽しかった。もっと彼女視点の話を書きたかったのですが、そうなるとクロノ視点に戻りにくいので諦めます。死の山付近は指が動く動く。
 最終的にマールは距離感を知り、甘える事を知りました……打算的とも言えますが、それはそれで。天然で計算が上手くて誰よりも楽しみ方を知っている女の子です。




 ルッカ。
 彼女を書く際意識したのは勘違いです。私は彼女をツンデレとは思っていません。あくまでも勘違い全開の恥ずかしい子ですね。
 本編で書きましたが、彼女がクロノを好きになったのは、マールに指摘されてからです。多分マールに「あなたはクロノが好きなんじゃないよ」と言われなければ、数年くらい勝手にクロノを好きだと思いつつ振り回し、勝手に違う誰かを好きになるでしょう。嫌な女! サラマンダーか! いやあれはサラマンダーじゃねえけど! ……つまり、クロノとラヴォスの会話に出てきた「絶対ルッカ俺の事好きだったし。まじ罪な男だし俺」発言も勘違い。これは恥ずかしい。
 マールたちが死の山に行っている最中彼女はクロノとの思い出を振り返ったと思います。そして思い出の中で、恋心ではなかったと認識して、認識したうえでようやく彼に恋をする事が出来ました。分かり辛いとは思いますが、彼女の初恋は現代の花畑で始まります。
 現に、そこからルッカは彼に対し狂的な想いを発露しなくなりました。それはあくまで表に出さないだけで嫉妬心は変わらず強いのですが。己を弁えるというのでしょうか、それを知ります。さらには、今になって初めて恋をしたので恋愛に疎く幼いものであります。幼稚園かよ、とつっこみたいくらい。でも常識を知っているので悶々する……傍から見れば可愛いけどクロノからすればウザイだろうなあ……クロノにとってマールもそうですがルッカにもすでにべた惚れなので気にしませんが。二股とかサイテー!!
 ちなみに、分かり辛かったかもしれませんが、第四十九話にて彼女が「覚えててくれたんだ」と零しますが、その意味はテラから「狂的な想いが無ければ記憶は残らない」というセリフで想像がつくかと。クロノはルッカに負けず彼女の告白を心に刻みこんでいた、という事です。ここで説明するとかまじどっちらけ。分かってもらえたら嬉しいな、と思ったので。
 最終的にはルッカは恋を知り、本当の恋愛に漕ぎ出します。時折昔クロノに対して酷い事をした思い出を掘り返し夜な夜な枕を投げまくるでしょう。タバンの悩み再発。クロノに掴みかかって「子供でも作ってやれよ!!」と怒鳴ること間違いなし。それを知ったルッカが気絶すること疑う余地なし。それを見たマールがルッカを抱きしめること流水の如し。クロノが眼福と手を合わせるのは世の理のように。長いわ。




 カエル、ひいてはグレン。
 彼女を書く際意識したのは寂しがりで臆病です。サイラスが死に一人で生きてきた、けれどクロノたちに会って一人の時間が減ってしまう。その為生来の寂しがりが顔を出し始めました。後半になるにつれて、王妃様の話題が減ったのはそこに起因します。それでも好きなのは変わりませんが考える回数は明らかに減りました。寂しい気持ちを紛らわせる為に彼女の王妃様の愛が育ったんですね、気持ち悪いくらいに。
 省いたエピソードなのですが、王妃を好きになった理由があります。単身城に忍び込み、逆恨みでグレンが王妃を襲ったシーンです。本編おまけで出たと思いますが王妃には体に傷があります。グレンに刺された傷ですね、当然処刑の為投獄されたグレンに王妃は毎日会いに来ます。その度にグレンは恨み事をつらねますが、王妃は黙って聞いていました。兵士が彼女に暴行を加えようとしても(兵士たちは王妃を尊敬しているのでグレンの悪言に耐えられなかった)自ら止めます。
 やがてグレンは自分の行った事が逆恨み、しいてはサイラスへの裏切りであると気づき、その事でさらに落ち込むグレンを王妃が支えます。つまり、グレンが王妃を守っていたのではなく王妃がグレンを守っていました……というエピソード書いてみたもののバイト数八十。本編より長いじゃないか!! しかも書いたデータは全部吹っ飛ぶ。面白ッ!!
 やがては彼女もサイラスへの想いをある程度吹っ切り(全てではありません。そうなれば彼女は完璧な人間になるので)クロノへの想いを募らせます。最初は代わりだったのに、徐々に想い惹かれ……とまあ聞こえは良いですが、ぶっちゃけ長い間グレンと同じ時間を過ごせば大体彼女は惚れてしまいそうですが。勿論、共に魔物と激戦を潜り抜け蛙である自分を気味悪がらず魔王なんて恐ろしい存在と戦うのに一緒に来てくれれば、ですが。そもそも長い間一緒にいた男がサイラスのみの彼女です。何気に一番初心だったり。
 ただ、やっぱりクロノは二番目ですね。サイラスへの想いは途絶えません。たとえもう一生会えなくてもです。ただ、本編終了後もクロノと一緒に三年くらい過ごせば変わるでしょうが。それからさらに三年したら「付き合ってくれ」と言えるかもしれない。その前にクロノから告白しても「いやいや……」と口を濁すでしょう。無理やり押し倒した方が早い気がするっていうか早い。奥手すぎて気持ち悪いですね。
 けれど、付き合ってくれと言えるまでにクロノが誰かと付き合いだしたら凄い怒る。冷たい視線しか送らなくなるでしょう。付き合わないし一番でも無いのにクロノに好きな人ができれば怒るとか、何様なのか。臆病や寂しがりの他に面倒くさいも含んでいいかな、いいだろうなあこれ。
 最終的にグレンは過去よりも未来を見る事を選択し、女である自分を認めていくようになりました。きっと男に恋もするでしょう。クロノを逃せば数十年は無いでしょうが。ていうか独身かも。好きになる事はあってもそこから関係を深めるのは自分からしない受身過ぎる人なので。
 ちなみに彼女が女体化した理由は重要です。うん、ただ単にルッカがクロノを好きだからですね。ウヒー
 なんとなく、原作ではカエルはルッカとお似合いっぽいので、ルッカがクロノを好きならあぶれてしまうではないかという単純な帰結。最初はクロノへの恋心が幻想だったと知ったルッカがカエルを好きになるというオチも考えたのですが、NTR感半端じゃなかったので没。今考えればそういう少女漫画的な事もありだった。まあサイラスとの仲をもっと深めたかったというちゃんとした理由もありますがね。少しは。こいつが一番長いってどういうことかね。




 ロボ。
 彼を書く際意識したのは背伸びです。何をするにも誰かといたいのに我慢する。唯一クロノにだけは全開でしたけど。
 自分なら出来る自分ならやりこなせるという強迫観念に似たものに迫られて、必死にやりくりします。けれど、根は弱いのですぐ折れてしまう。でも頑張りやなので他人に見せたくない。
 それが、兄貴分として慕うクロノが泣いても頑張って歩きだすのに感化され彼も強くなりはじめます。弱くて足手まといなのに喰らいつき無茶をしても敵を倒す、でも弱虫なクロノを自分と比較して、それでも良いのかな、と思い出して少しずつ本当の彼を思い出して……結局最後には素直に甘える、素直に泣く彼になりました。
 彼を書いていて一番気を使ったのはフィオナの森以降です。四百年生きても変わらない、でも何処か違う彼を意識しました。変化が最も出たのは彼が消えるシーンですね。彼が死んでも仲間たちが戦いを止めないのは、それもまた仲間たちの成長が起因するでしょう。クロノだけは駄々を捏ねましたが。
 彼のクロノへの想いは憧憬にも似た尊敬です。恋心? まさかそんな、彼は男ですよ? アルワケナイジャナイカー……多分ありなんでしょうが、アトロポスが普通に好きですよ彼は。でも出来るならアトロポスと結婚してクロノと同棲なんて将来がベストなんでしょうね彼は。業が深い……ッ!
 最終的にロボはありのままの自分を受け入れてくれると知り、殺人機械である自分を否定して“ロボ”を見つける事が出来ました。彼に関しては成長ではなく、後戻りしていた事に気づき一歩を踏み出しただけでしょう。そんなキャラクターがいても良いと思うのです。
 これも蛇足ですが、彼がアンドロイドという人間に近い存在になったのは、
ロボ「ソウデスネ、ワタシモクロノサンガスキデスヨ」
 とか読み辛かったからです。こんなキャラクター書いてても面倒くさいっ!! という理由。ゲームならともかく、小説という喋る機会が多い中これは無い。愛着を抱いてくれるか分からないという不安からです。つまり私の表現力が少ないから生まれた設定!! 素晴らしい!! 泣ける。




 エイラ。
 彼女を書く際意識したのは一つ一つの言葉です。大人しく無口な彼女は、一つの言葉に気を遣いました。下らない普通の言葉でも生かせるよう悩みましたね。彼女の言葉を書く時に考えた時間は、後半出てきた魔王よりも圧倒的に長いです。グレンと同じくらいかな……?
 たどたどしい言葉使いというのは彼女にとって武器になりました。お陰で言葉を浮き立たせる事に成功……したと思いたい。
 実際彼女について書く事は少ないです。愛着が無い訳ではなく、出番が他のキャラクターより少ないからでも無い。彼女については完全無欠に本編で書き切りました。最後の黒の夢原始編すら蛇足です。ティラン城だけで彼女の出番は無くても良いくらい。これだけ書いて清々しいキャラクターはいませんね。
 恋も考え方も全てを出し尽くした彼女は私が書いたキャラクターでもっとも自信を持てる人物となりました。自分だけで人気投票したら彼女はダントツです。
 最終的にも何も、本編が全てである彼女は私の自信になりました。ありがとう。




 魔王。
 彼を書く際意識したのは独りよがりです。というのも、クロノが約束を破った(しょうがないとはいえ)せいなんですが。何をするにも自分だけ、行動するのは自分が指針。自分には大切な人はいないと思い込んでいました。結局彼は周りを見ていなかっただけで、彼を慕い共に行動している魔族が山の様にいたのですが。熱くなって前以外見えなくなるタイプです。何気に一番熱血派という。
 彼はこの作品随一のツンデレです。次点でクロノ。三番目に若い頃のジールでしょうか。ヒロインが入れない……あっ、グレンかな。ロボはツンデレじゃないよ。
 彼にはシスコンという設定がありますが、見えないだけでブラコンの要素のほうが強いです。ブラザーは勿論クロノ。黒の夢選抜隊に選ばれず怒っていたのは、ラヴォスやジールを倒したい以外に「クロノお兄ちゃんと一緒に戦いたい!! 成長したところを沢山見て欲しい!!」があったり。こんな感じじゃないけど。
 第四十三話の
「そこの蛙はまあ、良しとしてやろう。だがそこの女が選ばれる理由は分からぬ。私の力を侮るというならば、貴様の弱さを露呈させてやっても良いぞ?」←これが彼の精一杯のお願い。彼はグレンの強さを認め切っているので文句は無いが、彼はルッカの強さまでは認め切っていないのでこういう言葉になりました。ここでクロノが
「じゃあ俺が抜けるよ」と言えば大層慌てる姿が見れたでしょう。
 あり得ないことではありますが、彼が立てたフラグはマール。クロノがいなければなんだかんだで面白いカップルになったんじゃないかなあ、死の山みたいなやりとりが延々続くことでしょう。からかわれ続けるマールが哀れではありますが、彼女も心底には嫌がっていないと思います。
 最終的に彼は遠くの大切な物以外に身近にある大切な物を思い出して、己の為でなく、己を愛してくれている皆の為に己を大事にして、それでも目標へ邁進していくでしょう。
 彼についても蛇足。クロノ×サラを一番祈ってるのは彼でしょうね。名実共に兄になるので。年上なのに弟ポジションを狙う魔王ってどうよ? むしろクロノ以外でサラを連れて行くのは許さない。ダルトン? あいつは小さい頃から姉さんを連れ出したから嫌い。見つけたらとりあえず殺そうとするくらい嫌い。生理的に無理っていうか生理的に殺したい。




 サラ。
 彼女を書く際意識したのは強がり。ロボの背伸びに近いですが、彼女は大きく見せるのではなく自分を消して違う誰かに成り変わろうとします。
 けれど、そんな自分に疑問を抱かせたのがダルトン、そんな自分をぶっ壊したのがクロノです。
 最終話で彼女は馬鹿の演技をしていた、自分を好きになってもらうためと言っていましたが、七分の六くらい彼女はアホであります。ただ大切なものに関しては聡明と化しますが。
 それでも演技をしていると思い込んでいるのは事実であり、そういう意味では彼女はクロノに多大な感謝を送っていました。
 恋愛ではないですが、クロノを慕う気持ちは大きいです。クロノが結婚しても「良かったですね」と思いますが、自分が結婚した時に「良かったなあ」と言われればムカツク。そんな関係。彼女が恋愛対象として好きなのはダルトンなので。この作品のサラは、ですよ。
 最終話にて彼女は壊れそうになっています。世界を滅ぼしたい、何もかも気に入らない、どうして自分だけが……と自棄になりますがそれはクロノが止めました。意識してのことではないですが。
 もしクロノが来なければ、彼女はクロスのサラと同じものになっていたでしょう。これは、この作品がクロスには繋がらないという意味ではありませんよ、この時点では、という意味です。想像の余地は壊したくない。
 成長という意味では彼女もまた足踏みをしているだけです。けれど、足踏みをしているというのは彼女にとって素晴らしい事なんじゃないかなあ、サラは良くも悪くも変わってしまうキャラクターだし。
しつこいですが、ちなみに。現代の虹の貝殻編で出てくる独白の人物はマールの母ではなくサラだったり。意味の無いミスリードでした。いや本当に意味ねーな。



 ダルトン。
 彼を書く際意識したのは押尾○。いやそれは冗談でもないけど。ただまあ脆い部分は多大に存在します。あえて言うなら自信が彼のテーマでしょうか。
 プライド塗れの彼が手も足も出ない状況になり、(意識してないフリをしているけど)好きな女性を助けられない。一度彼はグシャグシャになります。それでも、元来ある優しさから大切なものが増えて、今までの自分は間違いではなかったと気づき、やがて力と優しさと誇りをもった立派な主導者になるでしょう。彼を支える従者もいますしね。
 これもまた蛇足ですが、この作品で一番のハーレム野郎は彼です。彼に好意を持つのはゴーレム三姉妹にサラ。パレポリの少女もずっぷり惚れていますので。彼の質実剛健な性格と勇往邁進な生き方は女性を虜にするでしょう。男どもも彼の強さと実直な性格は好印象でしょうし爆発しろ。
 さらにプチエピソードですが、マスターゴーレムの喋り方は、ダルトンがサラを好きだと知りマスターゴーレムがサラの口調を真似したという。主人への好意を伝える事は使い魔として出来ず、そのままのアプローチをするのも出来ない彼女の精一杯のアピールですね。
 関係無いのですが、ダルトンに一人だけ呼ばれたゴーレムは後で他二体のゴーレムに苛められるというエピソードも。マスターゴーレムだけは大姉ということでシスターやゴーレムに何も言われませんが顔を見るだけで舌打ちをされます。マスターゴーレムは一番呼び出されるので、見えない所で彼女がしんしんと泣いているのは日常的。ダルトンに呼び出されていないゴーレムたちの空間はかなり殺伐としているという悲しいお話。




 まだまだ書きたい人物はいるのですが(アザーラとかヤクラとかジールとかラヴォスとかマザーとか)これ以上は本当に長くなるので割愛。もうそろそろ第二話よりも長いんじゃないか? 洒落にならん。
 よって、大分はしょりながら、解説させて頂きます。


 まずはアザーラ。彼女のクロノへの気持ちはラブでなくライクであるという事。嫉妬はするでしょうがそれは年相応のものなので。一人占めしたいという気持ちも普通に。
 ただまあ、それが恋心に変わるのはあっという間なんでしょうね。なんだ意外とクロノもててるやん。ダルトンには敵わないけれど。マザーとクロノはお互い悪友感覚に近いのでは?
 ちなみに、彼女のその後ですが私的には急激に大人びていくんだろうなあと思っています。クロノに会えないと最初は認めず、それでもいつかは現実に直面する。それは彼女を大きく成長させるでしょう。それが良いことなのかどうかは分かりませんが。
 きっと原作に近い性格になるんじゃないかなあ、冷たくて情は無くても規律を重んじて頼られるリーダーに変わる。本当に時々、ニズベールにだけ本音を明かし弱音を伝える。けれど誰にも、ニズベールにも甘える事無く大地を踏みしめて生きていく。そんなのもいいんじゃないでしょうか。


 ジール。彼女は本作品で一番悪に近い存在です。原作でもそうだし。
 けれど、彼女もまた昔は良き母であり女王だったとしています。死に対する恐怖から、ラヴォスの力に当てられ(ラヴォスにその気は無くても)不老不死を望み壊れだす。
 最後には、クロノが持っていたロケットを見て過去の自分を思い出しますが、時すでに遅し、彼女は自分の行いを振り返り到底戻れないと確信します。そして、最後にクロノに問いを渡して死にました。多分この作品でテラと同じくらい不幸な人。でも同情出来ない人。そういう意味でも一番哀れな人でしょう。


 マザーですが、彼女だけはこれからを予想しません。もしかしたらクロスのマザーシステムのような人間を人間と思わない存在になるかもしれないし、そもそも未来が変わったのだから存在するかどうかもあやふや。ですから語る事は多くありません。
 ただ、もし未来が変わらずマザーがあのままならきっと人間を見下しながら、自分の息子たち(機械)と同じように愛して共に生きる道を模索するでしょう。そして見つける事は容易い。彼女もまた完璧な人間(機械だけど)になるのはすぐだと思っています。 


 ヤクラ。彼は初めてプロットに沿わず出現した人格でした。
 王妃と仲が良くて生き残るのは確定でしたが、実はゼナンで死ぬ予定は無くて旅を共にさせようかなーなんて思ってました。
 ただ、後半の黒の夢の魔物が各時代に襲撃する話を作った時に(この時はまだ最後までプロット組んでなかった)彼が一番輝くやり方を思いつき死ぬという形に。まあそもそもここでヤクラが仲間になるのは無茶だし(彼が王妃から離れるとは思えない)そこまでブレイクしたらシナリオ通りにいくのはおかしいから。
 彼を殺した時はアザーラ編の時と同じくらい凹みました。アザーラは殺す気は無かったのですが、やっぱりクロノたちと共感して悲しいのは悲しかったです。
 ともあれ、彼の死はこの話の中で一つのターニングポイントになったのでは、と思っています。ギャグだけでなく、こういうシリアスを織り交ぜるのもありだな、と考えさせられました。ヤクラの死から所々重たい話を入れたのは、それが原因だったり。そのせいで離れていった読者様がおられればお詫びいたします。


 ラヴォス。彼(あえて彼と表記させてもらいます)はこの物語で一番の被害者となっています。サラとどっこいかな。
 彼は本来星を食べる化け物なので寂しいという感情は無いと思いますが(そもそも喋らんし)もしそういう感情をもっていたら、というイフを作ってみました。そしたらきっと辛かったんじゃないかなあと。
 友達が欲しくてこの星に来たのに言われるのは殺して殺してばかり。ここらは本編で言ってますね。
 結局彼はクロノを元の場所に戻すため、そして彼の目標を達成させるため自分からの死を選びました。手を取り合ってなんやかんやで終わらせることは不可能ですし、それでは旅の目的が死んでしまう。物語的にもそれは不可能です。
 多分彼は本作で最も純粋で一番優しい存在だったんじゃないか、と書き上げた今だからこそ思います。










 と、ここでもう一つ。
 泣く泣く削った話も沢山あります。最初の方では、王妃とクロノの戦いなんかそうですね。彼らの闘いですが、じつはそれだけで一話まるまるという予定でした。長いし何小説なのこれ? と思ったので大幅に消しました。ギャグ的な戦いの始まりなのでまだ長いんじゃないかと思いましたが、結構な良い評価をもらいましたのでそのままにしておきます。
 他にも未来でのルッカとマールの不仲、ロボ登場時、カエル弄りなど山のようにあったのですが当然の如くカットォォォ!!! テンポ悪いっつの!
 特に削ったのは前述したカエルと王妃の話と、これもまたカエル繋がりなのですが死の山編です。マールがルッカとロボを置いて死の山に向かうシーンですが、その時にカエルが「ロボとルッカはクロノを強く想っている、マールや魔王などよりもな。こいつらを置いて行くのは傲慢じゃないか?」と言いだしカエル、ルッカ、ロボの三人で死の山に行こうとする、という話。
 心が壊れた後いきなり現れた希望に躁状態になっているロボとルッカなら最後に出し抜くのも容易だと考えたカエルの策略です。その後マール&魔王タッグとロボ、ルッカ、カエルトリオでバトルという展開なのですが、あんまりにもカエルが嫌な奴過ぎるしルッカとロボまるで反省してねー!! となるので没。でも書いていて面白かったのは確か。こういうドロドロ大好きです。正直おまけで出しても良かったけどデータぶっ飛んだからね! どうしようもないぜ! 鬱!
 そもそも、ここに書きだすもののほとんどがカエル関連という。クロノとの絡みがかきやすいんですよねカエルさんは。ずるいね。全部出したら、おおまかに分けても十は超えるという。





 一応、復旧したデータから削った話をちょろちょろと、何故没にしたのかの理由を添えてここに書きます。残ってるのは少ないので、短いですが。どの辺りの話かはさらさらと書きますが、直前直後の話を覚えていると楽しみが増すやもしれません。
 なお、時系列はバラバラですのでその辺りはご了承ください。
















 第二十四話に入れようとした小話。(カエルとクロノのやり取り)


「しかし、なんとも妙な世界だ。こうして屋内にいれば空中都市と言われても分からんな」
「そうだな。いっそそのまま外に出れば良いじゃないか。初めてのお使い気分で、一人で外に出ろ、俺という保護者を頼るな」
「はははは。お前はあれか? 幼子に剣を持たせて竜を狩れと、そう言うのか? 児童虐待者め、恥を知れ」


 もう嫌だ。なんで俺が高所恐怖症だかで怖がるこいつの面倒を見なければならんのか。児童て。お前の年齢は知らんがそこそこ良い年だろうが、竜どころか魔王を倒せるお前を虐待する奴がどこにいる。


「今俺の目の前にいる。良いかクロノ。剣士とは強くあるべきだ、しかし決して泣いてはいけないという訳ではない。剣士たるもの、肉親が他界した時と高い所に連れて行かれれば泣いても良いのだ」
「お前にとって肉親がどれだけ希薄な存在かは分かった。その事については憐れんでやるし充分同情の念を送ってやる。だが駄目だ、そろそろお前のふよふよに俺の何かが決壊しようとしている」
「壊れればまた作ればいいじゃないか。形あるものはいつか壊れるものだ」
「壊れれば再生しないものもあるんだ。そして、この場合失くすのはお前だ。壊すというか、破るというか。いやお前が経験済みかどうかは知らんが。ところでお前夜の組み体操と言われて何を連想する?」
「肉体鍛練の一種か?」


 あながち間違いでもないのが業腹である。鍛えられるのは腰か肺活量か。消費カロリーは多いらしいが……いや違うそこではない。
 今俺とカエルは互いを睨みあい戦いを繰り広げている。場所はエンハーサの入り口。ルッカがここにいないと知った俺たちは今までにない形相で互いの面を突き合わせていた。距離は近い、そりゃそうだカエルは負けじと俺の腕を離さないのだから。その距離数センチ。睫毛長いなこいつ。
 もう嫌なんだ、こんな熱々に見られる姿で外を練り歩くのは。恥でしかない。なんでこのくそ暗い国の住人に遠目からひそひそ話をされねばならんのか。はしたないとか明るいうちからみっともないとか、雲の上にあるこの国に夜があるのか? いやだからどうでもいい!
 マールやエイラならまだしも、いやルッカでもこの際構わんだろう。だがこいつは駄目だ! なんか、色々危ない気がする。嫌な妄想が止まらないのは何故だ? こいつを意識しているからか、絶対に無い。


「カエル。今なら間に合うぞ、今ならお前を真の剣士として認めておいてやらんではない。なんといっても魔王と戦い伝説の剣を持つ勇者だからな。だがこれ以上俺の右腕及び俺の体の一部を元気にするようならお前を見下げ果てた存在として認識せざるを得ない事山の如し」
「甘いな、真の勇者とは風評を気にせんのだ」
「風評じゃねえ、仲間からの評価だ、気にしろ!!」
「ええい、いいだろう! 俺とて恥はあるのだ、お互いに気にしないと誓えば半々だろう!」
「貴様は恥ずかしさと交換に安心感を得るだろう、俺は恥ずかしい気持ちと引き換えに何を得る! 対価はなんだ!?」


 堂々巡りとはこれを言うのだ。このやりとりはついぞ一時間を超えた。入口で騒いでいるので、ここに入る人と出る人の迷惑になって仕方がないこの状況。そして目立つ、つまり恥ずかしい。どういう拷問なのか。こんなことなら一度の恥を捨ててこのまま行けば良かったのだろう。だが最早遅い、意地になっているのだ、このまま引けば何の効果も得られずふりだしに戻るのみ。
 ならば……引くはない!!


「……ならこうしようぜカエル。剣で勝負するのはどうだ?」
「ほう、良いだろう。俺が勝てばお前は大人しく俺の手を握る、良いな!?」
「聞けば聞くほどアホくさいが……いいさ。人間の体に戻ったお前が俺に勝てるかな!?」


 俺の挑発に乗り、上等だ! と意気の良い声を上げてカエルが剣を抜く。相変わらず重そうに剣を持っているが、その目に闘争心がある限り奴は退く事はないだろう。
 俺はカエルのやる気を見て、口端を上げすたすたとエンハーサを出た。


「………………」


 剣を抜いて構えるという事は俺の手を離すという事。手を離された俺は屋内を出るという事。これらは繋がっている。馬鹿正直に俺の挑発に乗ったカエルの無様は嘲笑ものだろう。アホめ!
 エンハーサの門から五メートル程離れた地点で振り返る。すでに剣を鞘に収めたカエルが無表情に俺を見ていた。超面白い。


「ほらほら、あんよはじょーず、あんよはじょーず」


 手を叩きながら足踏みを繰り返す俺は今日一で輝いているだろう。俺たちの会話を聞いていた門番代わりの女性が下朗を見る目で俺を見ていたが関係おまへん。俺は己が道を行くのだ。ていうか色々厄介な目に会わされたのだからこれくらいの意趣返しはあって然るべき。
 暫く手を叩いていたが痛くなってきたので止めた。カエルの奴も全く動かんし、俺はその場で寝転がる。今まで極寒の地にいたせいだろう、太陽の光が直接当たるここは酷く心地よい。このまま目を瞑れば、大変良い夢を見られるだろう……






「……ん?」


 ふと、物音に目を覚ました。がさがさと、何かを掻き分けるような音。
 何事かと横を見れば、倒れた女性。あ、違う這い寄る女性だ。ていうかカエルだ。
 そうか……匍匐前進なら外に出れる様になったんだな……
 感慨深い気持ちに浸りながらカエルの努力を眺めていると、どうにも彼女の顔が怖い。目を真っ赤にして体を震わせながらナメクジの八倍は遅いスピードで近寄って来る。にじり寄るという言葉ですら大げさな速度だった。あ、汗も凄いから地面が湿ってるだろうな、ナメクジまんまだな。蛙のくせに。
 それでも、俺がうとうととしている間に大分距離は縮まった。一メートルあるかないかだろう。むしろ仮眠していたにも関わらず五メートルも進まないって何その速度。分速何センチよ? むしろ何ミリよ?


「…………」
「あっ……」


 とりあえず体育座りになり、地面を蹴って足だけでぐんぐんと距離を離していく。寂しそうというか、さもしそうな顔をするカエルがおもろい。砂漠でやっと見えたオアシスが消えていったような、そんな心境だろうか。
 しばし見つめ合っていたが、カエルはまた前進を開始する。今度は逃がすまいと考えているのか、見える範囲で速度は早まった。それでも異様に遅いけど。
 もう飽きたので、立ち上がり体についた草を払う。近づいて手を差し出した。


「もう良いよ。頑張ったんだな、ほら行くぞ」
「あっ、ああ!」


 嬉しそうに、本当に嬉しそうに手を伸ばすカエル。俺の手を握る直前で手を引っ込めた。


「え……」
「いや冗談冗談。ほら、はやく掴めよ」
「ああ……えっ! おいクロノ!」


 何だか楽しくなってきたのでそのやり取りを繰り返す。猫みたいだなあと思った辺りかな、本格的にカエルが突っ伏して嗚咽を上げ出したのは。
 しまった、泣かせるつもりはなかった。一応女であるカエルを泣かせるなんて小学生じゃないか。俺は後悔の渦に飲み込まれた。
 だがそれ以上の愉悦に身を捧げた。


「超面白え」
「う、う、う、う、ううう!!! ウォーター!!!」
「うおおおぉぉぉ!?」


 涙と土に塗れた顔を上げてカエルが魔法を繰り出す。弾けた水滴は弾丸となって俺に襲いかかる。所詮まだ慣れていないカエルの魔法、避けるのは容易かったが足元の石に躓いて転んでしまった。


「う、え!」


 その躓いた石に背中を打ってしまい一瞬呼吸が止まる。立ち上がれるが、出来るなら少しの間このまま横になりたいくらいのダメージ。慣れっこだけどさこんなの。
 もう許さん、絶対にもっとからかってやる。痛みに悶えつつあくどい悪戯を思案していると、横から不安そうな声が聞こえた。


「クロノ……? おい、まさか当たったのか!? 怪我したのか!?」


 自分の放ったウォーターが直撃したと勘違いしたカエルの焦る声。当てる気は無かったのか、そりゃそうか。あいつも身のこなしだけはそこそこの俺が稚拙な水魔法に当たると思いもしなかったと。驚かす為に放った水の弾丸が直撃すればびっくりもするか。ていうか、仮に当たってもお前のヒールがあれば大丈夫だろうに。いくら怖いからってそこまで慌てるなよ……ああ理性を壊すくらいに怖いのか。


「……」どうせならもっと慌てさせてやろうとこのまま死んだふり……もとい怪我をした振りを続ける。さて、こいつはどういう行動を起こすのか?
「クロノ……くっ!!」


 薄目に見ていると、カエルは匍匐の状態から少しずつプルプルと体を起こし始めた。生まれたての鹿でもそこまで痙攣しまい、という動き。
 それでもこいつは……立ち上がった。そのまま膝に手を当てたまま、ゆっくりと歩行している。汗の量は尋常じゃない。それでも、歩いている。俺の……為に。
 ようやく俺の近くまで来たカエルは倒れるように座り込んだ。剣士にしては小さく、固くなっていても繊細さを失わない掌を俺に当てて揺さぶる。


「だっ、大丈夫か? おい?」


 ついさっき、こいつに抱きついて泣いてしまった事を思い出し顔が赤くなる。そして罪悪感が膨れる。
 仲間を心配させて、俺は何がしてえんだよ……良いじゃないか、腕を組むくらいさ、手を繋ぐくらいなんでもないじゃないか。
 ほら、こうして悔やむくらいなら、早く元気な声を聞かせてやれよ!!


「大丈夫だよカエル。ちょっと痛がった振りをしただけだからさ。泣くなよ」


 俺が顔を起こし元気である事を告げると、彼女は随分ほっとした様子で……すぐにまた泣き顔に変わる。


「馬鹿者!! 下らん事をするなぁ!!」


 叫びながら俺の腰に手を回す彼女は、とても勇者なんて大仰なものじゃなく、怖がりで小さな女の子に見えた。頭を撫でると嗚咽の度に振動が手に伝わる。
 やり過ぎたか……そうだな。からかうにも限度があるよな。ごめん。


「俺……! 俺はなあ!!」
「ごめんってカエル、もうこんな悪戯しないからさ……」
「二度とここから出られないと思ったんだぞ!!」
「そっちかよ。俺の心配じゃねーのかよ。おら離せ糞ビッチ!!」
「離れない! もうお前から一生離れたりしない!!」
「やめんか!! ほらまた周りから蔑まれてるじゃないか! 俺がお前を捨てようとした男みたいな構図じゃないか!! ……おらお前ら! 仲直りできて良かったねみたいな面するんじゃねえ!!」


 結局、この後も俺の腰から手を離さないカエルのせいでさっきよりも倍密着度が強いまま歩きだす事となる。もう息子は大騒ぎである。出せ! 出せ! と凶悪犯罪者の檻の如し。壁パン禁止だと牢屋主からの命令だぞ!!
 心に決めた事は、次に街に入ってこいつと別行動をした暁には絶対に仏心を出さずこいつを置いて外に出よう、という事だ。


 そうそう、追記になるが、次の町を出てさらに次の町へ行く時カエルは俺の背中に乗っていた事だけを記そう。もう胸が嫌いになりそうだ。絶対夢にみるし。埋もれる夢と押し付けられる夢を、な。









 没理由。
 これはカエルじゃない。そんで、ルッカどうした。さっさと迎えに行け。














 第四十話にいれようとした小話(短い)





「ねえエイラ?」


 爆薬の準備をしながら、すぐ後ろで作業しているエイラに声をかける。


「あのね……私クロノの事が、えっと……好きになったの。いや今までもそうでしょって言われたら、考えちゃうけど、やっぱり違ったのよ」


 そう、私の初恋はつい最近スタートしたばかり。開幕までに随分とかかったけれど、これからは胸を張って恋だと言えるのだ。
 恋……そう認識した途端怖くなった。彼との距離が、接し方が、対応やどう思われているかが。そして何をすれば好かれ何をすれば嫌われるか。恋愛のハウツー本くらい胡散臭いのは無いと思っていたが、飛ぶように売れる理由が分かる。なんでもいいから道標が欲しいのだ、どうやれば好かれるか、確実性を求めてしまう。


「貴方もキーノが好きなんでしょ? ……だから、先輩として教えてほしいの」
「…………」


 彼女からの答えは無かった。確かに、エイラにそういう答えを求めるのは酷だろう。私も大概だが、彼女はさらに輪をかけて臆病だから。それが良いってことなんでしょうね。クロノも明らかに彼女を好きだったから。


「……ぐすっ」


 今更おしとやかになんてなれないもん。可愛げも無いし、クロノに酷い事もしたし。今更無かった事にして大人しい私なんてなれる訳ないもん。
 自分が蒔いた種とはいえ、辛い。私だってただの幼馴染から上に行きたい。一緒にいてくれるだけじゃなくて、やっぱり好きになってほしいし、可愛いって思われたりドキドキしてほしい。
 我儘だろうか? 我儘だろうな。でもそれが恋……なんじゃないかな。
 あー! もっと色んな恋愛小説を読んでおけばよかった! だって私が見てきたのってそういうのばっかりだもの! 女の子が男の子への恋を感じたらとんとんと上手くいったもの! そうなったって良いじゃない、馬鹿!


「お腹……痛い」


 ぐるぐると、胃から締めつけるような痛みが走る。最近はちょくちょくこうなる。今頃クロノはどうしてるだろう、マールと仲良くしてるのかな? 嫌だな、マールを好きになったりしたらもっと嫌だな。
 マールは可愛いから、お姫様だし今の私なんかよりずっと素直にクロノに想いを伝えるに違いない。彼女みたいな美少女に想いを寄せられて断る男なんているのかしら。


「お腹、痛いよ……」


 痛みが酷くなる。目の前が薄ぼやけて、ちかちかと光が飛ぶ。ここまで辛いのは久しぶりだ、月のものが酷い時でもこれほど痛む事は無い。
 喉がからからする、クロノを想う度……辛い。今までは明るくなれたのに、安心できたのに、彼の姿を想うと泣きたくなる。でも、会えばそんな感情は消えて幸福を得る。
 離れてたら辛い、会えば嬉しい。こんな女の子、クロノは嫌いよね……
 お腹の痛みは増していく。まだ別れてから少ししか経っていないのに、今まではそんな事無かったのに、今は僅かな時間で彼を欲してしまう。
 ああ、彼と手を繋ぎたい、それだけで私は飛ぶように幸せになれるのに、それが怖い。断られたら死んでしまうのではないか?


「エイラ……ごめん、ちょっと」


 中断を告げようとして後ろを振り返ると、遠くフィオナさんの家でお菓子を食べているエイラがいた。
 私が見ているのに気づき、彼女は皿を持ったまま走って来る。


「ルッカ! これ美味しい、食べる、良い!!」
「ありがとね、お陰で痛くなくなったわ」
「? どう、いたしまして!」


 そうか。私はこの空の下延々独り言と泣き事を呟いていた訳だ。後ろに仲間がいると、弱音を吐き続けていた訳だ。なんて滑稽。
 いやあそれにしても流石エイラよね。この私は人前で弱い部分を見せようとしたらあっさりぶっちぎってくれていや本当に助かったわー本当に天使だわーあなた。


「る、ルッカ? その手にある、火? エイラ、火好きじゃない……」
「あらそう? ……でも良いじゃない。焼けた肌なんて健康的でしょ? とぉぉぉっっっても魅力的になれるわよお?」
「…………ひ、」










 今は緑無く、砂漠と化した寒々しい大地で、赤々と燃ゆる火柱が立ちあがった。
 エイラ、ルッカ恐怖症再発。フィオナさんはとりあえず家に戻り蓄えていたアロエを集めるのであった。


「ねえマルコ……全身火傷に、アロエって効果あるのかしら?」
「さあ……」


 彼らの疑問は解消されたのか、分かる事は、彼らはもうすぐ焼け石に水という諺を知る事になる。









 没理由。
 この話にギャグは僅かで良い。必要性もない。じゃあいらない。









 第五話~第六話にいれようとした部分。(戦闘シーン)





 一連の動作、なんて言葉があるだろう。しかして、淀み無くそれを行うには相応の繰り返しが必要になるはずだ。
 拳を放ち、引き、その反動で足を前に出し蹴りあげ戻すタイミングを同じく後ろに下がる。単純な動作、覚える必要も無いくらいに思うだろう。だがそれを一切の無駄なく行うのは果てなく厳しい。それも、ヒールを履きながらドレスを纏った状態で、だ。一動作に風は鳴り呼吸を乱さず俺を見る王妃。血の滲む鍛錬なんてものがあるなら、彼女は正しく貫いてきたのだろう。一朝一夕ではならず、絶やせば戻らない技を見せつけた。


「貴方は、同年代の男性に比べかなり敏捷性に優れています。ですが、貴方は戦いを知りませんね? クロノ」
「そりゃそうだろ、こちとら遊び盛りのただのガキだ!」
「ふふ……そこまで卑下することはないでしょう。一兵士分は活躍できそうですよ? 当然新入りの、ですが。入隊を希望するなら私が取り計らっても良いでしょう。クッキーを焼いてくれるなら」
「堂々過ぎる裏道入隊だな。いびりが激しそうだ!!」


 鋼鉄の刀を八双に構え前に出る。受けが基本となるこの型ならば、いかに王妃とはいえ簡単には崩せない……


「男たる貴方が受けに回りますか……惰弱ッ!!」俺の防御を意に介さず、蛇の様にうねる王妃の掌底が俺の顎を貫く。
「げあっ!?」
「勝つ気概が無い!!」俺の腕に手を置き、そこを支点に飛び上がった王妃の膝が俺の側頭部に。「迎撃を心構えたにも関わらず反応が愚鈍!!」着地と同時に跳ねるように俺の顔面に右肘突き。「圧倒的実力差を知りながら女性への暴力に怯え!!」そのまま肘を伸ばし爪を立てて腕を引き、俺の横面に虎爪。「倒れていないという最低限の矜持を守る!!」右腕を引いた反動を利用し左手で顔に掌底。「それが下らぬプライドと知らず!!」左手で髪を掴み引き寄せて頭突き。「いや、唯の意地であるとさえ気付かない!!」飛び上がりながら右足を持ち上げ金的。「心身ともにあまりに未熟! あまりに貧困!!」両手を組み、叩き下ろす鉄槌。「戦いとは、己が誇れるだけの力を得て、初めて敵を得るのです!!」浮いたまま体を前回転させ、両膝を立てて俺の背中に落下した。
「あ……あ……」
「……ガルディア戦闘術五十八の技が一つ。終身。寝る事と掛けているのですよ、面白いでしょう?」


 俺から離れて、王妃は微笑んだ。びくびくと痙攣している男に向かって、自分がそうさせた俺に笑ったのだ。
 鼻はとっくに折れた、頬からの血は床に及ぶ。股間が痛み立てそうにない、頭が揺さぶられてチカチカする。


「……あら、やはり駄目ですか。確かにこれを受けて立てた人間はそう多くありません、落ち込まないで下さいねその他の方」
「ぐっ……!! あ、あああ!!!」
「叫んでも駄目ですよ。かつて、終身を受けて立っていたものは騎士団長とサイ……を置いて他にいませんから。ああ、グレンには試していませんでしたね」


 耳が遠ざかり、彼女の言葉が上手く拾えない。ただ、俺を馬鹿にしているのは分かった。確かにな、確かに立てねえよ。そりゃそうさ、痛いもんな。
 こんな痛いのはいつ振りだ? いつ以来だこんなに痛いのはさ。ルッカの実験が失敗して俺を拘束していた機械が爆発した時か? いやそれでもここまで痛まなかった。馬鹿みたいに崖から海に飛び込んで遊んだ時? いやあの時も岩で頭を切ったがこれ程じゃない。
 ……ああ、そうだ。思い出した。


「たっ……立てるぞ王妃。まだっ……!! まだ立てる!!」
「あら? ……ちゃんと入っていなかったのでしょうか? おかしいですね、私が技を間違えるなんて」
「はっ、効かねえ、んだよこんな打撃!!」


 よしよし刀を持ってるな? 足も動くな? 震えてても怯えてねえな? じゃあ問題無い!!
 ふらつきながら、口だけは余裕そうに弧型に変える。いや余裕そう、じゃねえ。余裕なんだ、これくらい。だって戦えるぞ、こんな程度の衝撃じゃ、ハンマーを振りかぶられたくらいじゃ痛くない。そんな痛みなら幼馴染に散々貰ってる。


「こっちはなあ……」空いた左手を突き出し指を幾度か引き寄せる。この劣勢の最中かかって来いと告げてやる。無様に見えるか? 意地に見えるかよ。
 意地か、間違いねえな。さっきも言ったとおり痛いし辛いし飽きてきたし! でも負けるのは違う。本気を出さずになあなあで負けるのは慣れっこだ、いつものことだ。でも今俺は本気なんだ。真剣勝負で負けた事は、あの人以外では一度も無いんだから。
 肺一杯の空気を吐き出しながら、俺の自信の理由を吐きだした。


「大岩も砕く武神に毎日殴られてるんだ!! あんたの細腕じゃ、何発貰っても効きやしねえんだよ!!!」
「……言いましたね? 地位に胡坐をかかず、国の為兵の為民の為に己を磨いてきた私に向かってほざきましたね? ……良いでしょうええ良いでしょうとも」


 彼女が床に足を置いた時、その音はタン、ではなくドン、でもない。ガン!! と金属音としか思えない不協和な音を立てた。彼女の歯の隙間から吐いたような呼吸が部屋に響く。いつの間にか、ヤクラも、ヤクラと戦っていたルッカとカエルも俺たちを見ていた。
 戦いの最中でもニコニコと笑顔を絶やさなかった王妃が、初めて目を尖らせて、殺気という殺気を体中から放っている。
 腰を落とし、拳を引き首を引いて俺を見遣るその構えは、彼女が最も得意とする技、縦拳。見た目は変わらずとも、分かる事は。さっき見せたものとはまるで別物の気迫であるということ。


「上半身だけを、ぶっ飛ばしてあげますよ小僧……早くかかって来て、そして散らかれ」
「……上オオオォォォ等オオオォォォォ!!!!!!」


 剣を鞘に収め、居合の構えで死地へと走り出した。









 没理由。
 お前誰だよ序盤のキャラじゃねえのかよ後々書く魔王並に戦闘してるじゃねえかよ。










 第四十九話にて。過去頂いた感想から産み出した謎の産物。危うく正史になるところだった。いやそれは嘘だけど。





 世界が変わる。ゆったりと、大仰に。なにもかもを巻き込んで。
 コーヒーにミルクを入れたような、螺旋の中に身を飛びこませた感覚。うねるのは周りか己自身か。曖昧な気分と曖昧な触覚が相反して、不思議に清廉な心地になる。
 やがて、景色は開ける。夢遊とした落下感が終わり地に足がついた、と分かった途端辺りを見る事が出来た。今の今まで暗澹とした空間だったのに、今は明るい。というよりも暗闇、影がない。それはつまり光もないのだが。ただただ白の世界だった。
 円柱状の建物(おそらくそういった概念ではないのだろうが)、その中にいるようだった。大きさは魔王城よりも小さい。直径にして二百とあるか無いかだろう面積である。全てが白いので、奥行きに確信が持てないがまあ大凡正解だと踏む。
 天井は、あるのかもしれないが前述したとおり区切りも分からぬ白一色なので、高さに見当がつかない。俺程度の脚力では、魔力強化したところで届きはしないだろう。エイラでもまず無理か。魔王なら浮遊して届くかもしれないが。
 かつかつと靴を床に打ちつける。踏み心地としては石床に似ている気がする。レンガ程軟くは無く鉄というには頼りない、気味が悪いと言えば気味の悪い感触だった。
 白色の世界の中心に、唯一混ざり物が立っている。二足歩行なのだ、立つという言葉に間違いはない。フォルムだけを見れば人間と言えなくもない造詣の……うん?


「……女?」


 二足歩行もフォルムもなにも、眼の前にいるのは白い髪の女性だった。眼に光は無く、肌は透けるように白い。纏うのは、ワンピースとも言えないただの白い布。その単純で雑な服は彼女が着る事によって素朴、または純粋という表現に生まれ変わっていた。
 ふと、思ったのは似ているという事。彼女は何処か……サラに似ている気がした。きっとあの馬鹿女が生きる事に絶望して、何もかも嫌になったのならこんな雰囲気になるんだろうな、と想像する。というか、凄くもの凄く大きい。何って、サラが大きい所と同じ部位が。
 あああれやばいな下手したらサラよりやばくね抑えつけるもんが無いからより凄いように見えるあっ今身体が揺れた時あれも揺れた凄いなたゆんたゆんしてはる持ち上げたいな持ち上げた後包まれたいな包まれた後剥ぎたいな何をってそりゃ俺の性欲を高めるだけでしかないあの白い布を


『──意外だな。君は、戦いの前の礼儀を重んじると思っていた』気付けば俺は、催眠に掛けられたのだろう、近づいて彼女の胸を持ち上げていた。
「やっぱり、お前も話せるのか。なら一つ聞きたい、お前はラヴォスなのか? 随分イメージが変わったけど」やっべえ今地球上で一番さわり心地の良い物に触れている気がするっていうか指が! もう指が埋もれて見えないよ!!
『そうかな。そうかもしれない、僕はそれぞれに異なる性格を要しているから……あのさ、そろそろ離してくれる? 一応女性体である以上不快感は拭えないんだ。それに僕、潔癖症だし』
「てめえの自己紹介なんか毛ほども興味無かったが……そうか、最後の情報はありがたい。背徳感で良い塩梅に興奮できる。あっいやそうじゃなくてあれだ、お前が俺を操ってるんだろうが、ふざけやがって」
『ふざけてるのはそっちじゃないかなあ。良いからほら、離れてよ』そう言いながらラヴォスは奇怪な腕を振るい俺の体を引き裂かんと万力の力で掴みあげた。だが、ここで距離を取るのは不味い、千載一遇のチャンスで奴に近寄れたのだ、ここで離せばもう奇跡は起きないかもしれない……ッ!!
「ふざけんな、お前の首を落として此処を出る。その為にも俺はここから離れない。そして離さない」
『そんな事言わないで……だって、でないと僕、泣いちゃうよ?』
「そうなれば俺は大喜びだ」


 いーなーいーなーこれいーなー揉ーめるタイプのこれいーなー。持って帰れないかなあ。


『ねえ……お話ししようよ?』
「ふわふわだなあ、俺はふわふわが好きなんだなあ」
『…………ねえ?』
「これ凄いなあ、風呂とか入れば浮くんだよなー、歴史が生み出した奇跡って奴だよな。いいなー俺の家に無いかなこれ」
『………………』
「毎日水とかあげるんだけどな。毎日可愛がるんだけどな。でもあれだな、お前痩せ過ぎだな、飯食った方が良いな、アンダーとのバランスがちょっと微妙だぞ? 俺はどっちかというとふくよかな女性もカマーンな男だから」
「……お、おはなしっ……スン、しよ、うよう……」
「いやいやそんなんどうでも良いじゃないか。俺はこうして乳に埋もれて生きるのが夢である、ビリーヴァーなんだから。そしてドリーマーなんだから。フォーエヴァーなんだから」
「……うぇええええええううう…………!!!」


 流石に耳元で煩いのはうざったいので仕方なく距離を取り話相手になる事にした。ところで泣こうがなにしようが表情が変わらないのは頂けない。涙目で揉まれる女性とか最高じゃないか。歴史的瞬間じゃないか。スクリーンショットとして壁紙にせざるを得ないじゃないか。
 お互い向かい合って何もない空間で座る。ラヴォスは正坐、俺は胡坐。どちらが上座か知らんが、あるとすれば俺が座っているところだろう。


『こほん……そうだね、折角来たんだから君に良い事を教えてあげるよ』
「喋る度に揺れるんだな」
『君は……そうだ。ガルディアの王になるよ、君のお仲間のマールと結婚してね。その後同盟が為ったメディーナと共に』
「いやまあ好き勝手弄ってた俺が言う事じゃないけどな、ブラは着けた方が良いぜ? そのでかさだと後々垂れる」
『お気遣い有難う。それでね、メディーナと共に盛大に祝福される。世界の王だ、救世主だ!! でも、それも長くは』
「なに気にするな、おっぱいというのは世界の母だからな。人類の至宝だからな。ただ今は着けなくていいぞ、自由にはしゃぐおっぱいをもっと見ていたい」
『ああそうなの……ええとね、長くは続かなくてね。すぐに他国からガルディアは攻め込まれるんだけど、』
「でもやっぱりチラリズムも捨てがたいな。折角胸元の空いた服を着てるんだ、下着があるのも一興だろう。谷間も良いが一歩引いた色気というのも悪くない。ほら着けろ」言って、ポケットから一枚の白いブラを取り出した。
『……あれ? ブラジャーって女性用下着だったと記憶してるんだけど』
「ああそうだぜ。これはマールのだ。昨日あいつの荷物からかっぱらった」
『……ちょっと、汗の匂いがするね』
「未洗濯だからな」
『…………入らないよ』
「チッ、あいつもなんだかんだでつまらねえ胸してやがる……」


 今や興味の外と漏れた仲間の乳を思い浮かべ唾を吐く。小さいのも良い? 馬鹿な、これだけの大物を見れば小物など何の価値も無い。例えるのなら、こいつの胸一揉みとマールの胸一揉みでは一回につき千揉みの差はある。ルッカ? あれは単位が揉みではなく一摘みだ。


『あのさ? 僕の話聞いてくれてる?』
「ああ聞いてるぞ。体が疼いて仕方ないの……まで聞いた」
『言ってないよ』
「言ったよ。今火照りを鎮めて欲しい……っておねだりしたじゃないか」
『最初に受け答えしたのに、無理があるよ』
「そうか? ……辛抱堪らん。襲って良いか?」
『駄目でしょ。君普通に犯罪者だよ』
「そうか、良いのか。よっこいしょ」座ってたものだから足が痺れている。困ったな、これでは女性を満足させるに足る動きは可能かどうか。
『ちょっと、ちょっと待ってよ。いきなりそんな……』
「まあまあまあ、最初は誰でも怖いんだ。落ち付いて? ほら深呼吸開始ー」
『君だってしたこと無いくせに』
「だから強引に事を済ませようとしてるんじゃないか!!」
『君が怒れる立場かなあ』
「大丈夫だ、俺はこう見えていざという時は優しい男として生きていけるかもしれないよ」
『不安だなあ』
「ええい! いいからその豊満な体を俺によこ」
『巨岩』
「ん?」





 夢とはいかなるものか。
 目を覚ましてみれば、人々は案外に短く感じるものだろう。だが、それは違う。
 夢は長いのだ、一日だけの夢としても、それは存外に長い。
 だが目覚めは一瞬である。電撃が走るように、瞬間に途絶えてしまうものなのだ。
 ……そう、夢は、終わってしまったのだ。










 没理由。
 言わなくても分かりますよね。まあ没もなにも出すつもりなかったしね!!









 黒の夢内部。グレンとクロノのやり取りを見てもやもやするルッカ。途中から「あ、これ没だな」と気付いたのではっちゃけた。






 途中に現れた、爪の長いモンスターから右腕に少々傷を負わされ、膝を折る。ポーションの無い今、グレンに回復魔法を使ってもらう他無いのだが、エーテルも無い状態で早々ヒールを使う訳にもいかず痛みを堪えながら考えを回していた。
 見た目だけは出血量が多いので、グレンは少しだけ慌てながら呪文詠唱を始めている。俺はしばし待ってからそれを止めた。


「何をしている? 傷は浅くないぞ、邪魔するな」
「いや、そこまで酷い怪我じゃない。ほら、これで血止めすりゃあ問題無いだろ、危なくなったら言うさ」鉢巻を取り傷口に巻きつけた。痛みで流れ出した汗を拭おうと顔に手を当てると、どうやら頬もかすっていたようだ、服に血がこびり付いた。
「ほら、顔も怪我してるんじゃない。早い所グレンに治療してもらいなさい」
「馬鹿言え、外の世界が襲われてる今、戻って回復する暇なんか無いんだぞ。なのに、ここで重要な魔力を消耗してどうするんだよ。元々グレンは魔力量が多い訳じゃないんだから温存しないと」
「ぬ……すまんな、俺が不甲斐ないばかりに」
「嫌みとか、そういう意味で言ったんじゃねえよ。それを補って余りあるくらいお前は強いじゃないか。大体それを言うならルッカみたいに強くて連発出来る魔法も無いのに治療系の呪文を持たない俺が一番不甲斐ないだろ」


 顔の傷を拭って立ち上がる。刀が振れない程じゃないし、恐らく血も勝手に止まるだろう。痛いのを我慢すれば良いだけの話なんだから、気にする事は無い。
 さあ行くぞ、と声を掛けて奥に進む。遅れてルッカはついて来るが、グレンはまだ難しい顔をしたまま戻らない。妙にこいつは面倒見が良いからな、怪我をしている俺を心配しているのか。そういえばこいつは誰かが怪我をすればすぐに回復してたからな。心配症でもあるんだろう。ここまで来てちょいとした傷を想われても困るんだが、それもこいつの良い所か。


「……なあクロノ、魔法を使わずお前を治せば良いんだな?」
「んー、けどポーションは無いし、あっても勿体ないだろ」
「でも痛いだろうに、戦闘に支障は無いと思っていても痛みは感覚を鈍らせる」
「ほら、グレンもそう言ってるんだし、諦めて回復してもらいなさいよ」
「あのな、かすったくらいの怪我だぞ? 一々そんなので魔力を消費してどうするんだよ」
「だ、だから魔法を使わなければ良いんだろう?」


 薄暗い中でも分かる位に顔を紅潮させた……紅潮させた? なんで? ともあれ赤い顔のグレンが歩み寄って来る。そして、乱暴に傷口を押さえている鉢巻を取った。傷口に擦れて、ぐっ、とくぐもった声を出してしまう。


「痛いなあ、何してるんだよグレン…………いやいや何してるんじゃあ貴様あああぁぁぁ!!!」思わず怪我をしていない方の腕を曲げてグレンの頭に肘鉄を埋め込んだ。ぐふっ! と声を上げて地面に沈むこいつは頭を押さえて俺を睨んできた。
「痛いじゃないか! 何をするんだクロノ!」
「何をはこっちの台詞だ! おまっ、お前何で舐めるんだよ!?」そう、こいつは俺の傷口に口を当てて舐めやがったのだ。ぞわっ、とした感覚と妙に気持ちの良い舌の感触が忘れられない。いや、変な意味で無くて。ルッカはふえ? と目を見開いたまま動かない。
「知っているだろう、俺の唾液には治癒の効果があるのだ。これなら魔法を使わずとも怪我を治せるぞ」
「それは蛙の時だけだろ!」
「いや、サイラスとの修行で知ったのだが、未だ俺の唾液、舌には治癒効果がある。認めたくはないが、魔王の呪いのお陰だろうな……ともあれ効果があるのは俺自身で立証済みだ、安心しろ」
「安心できないっ!! 良いからもう放っとけよ!!」
「駄目だ、これから先何があるのか分からん。敵の本拠地だぞ、いくら些細な傷とはいえ無視して進める場所ではない、我儘を言うなクロノ」


 いっそこの場で気絶させてやればこいつも収まるのではないかと考える。その場合のデメリットとメリットを抽出してみよう。
 悪い点は魔物との戦いで不利になる。こいつが戦闘不能になれば、俺以上に前衛として頼りになるグレンの穴は埋めがたい。が、俺が牽制してルッカの力を借りればなんとかならないではない。
 悪い点その二。とち狂っていても俺を心配してくれている女性に乱暴を働く罪悪感が募る。
 悪い点その三。気絶したこいつを運ぶ労力及びその間の危険性。敵から急襲されればかなり面倒な事態になるのは明白だろう。
 逆にメリットを上げてみよう。俺の精神衛生上よろしい。
 決まりだ、早速魔力を練ろう。


「サンダあああぁ!? 顔っ、顔は駄目だろ!! お前もう少し羞恥心とか色々持てよ!! そんなんだからサイラスさんに苛められるんだよ!!」発動の前に猫みたく俺の顔に舌を当てるこいつもう駄目だ、今すぐ蛙形態に戻らないと一生こいつの顔を見る事が出来なくなる。魔法? 出せるか! 集中できるか! 体ぶつ切りにされてる時の方がまともに魔法を出せる気がする。
「恥ずかしいが、俺は恥ずかしくても仲間の治療を優先する」
「やめっ、だから舐めるな、圧し掛かるなああ!! ルッカおい何処行ったルッカ早く助けろおおおぉぉぉぉ!!!」






「はあっ、はあっ、はあ……」
「どうだ、痛みは無いか?」
「無い……俺のプライドというか、尊厳も消えた……」


 あれから五分程度だと思うのだが、延々腕と顔を舐められて脱力中の俺。何が嫌って、舐められてる最中のこいつの息遣いの艶めかしさ。何度押し倒そうとしたか分からない。中途半端に顔が赤らんでいる所なんか誘っているようにしか思えないのだ、どう良いように解釈してもな。
 俺とは対照的に安心した、というように胸を撫で下ろしているグレンの顔。右ストレートを叩きこみたいのだが、今はどうしてもこいつの方を見れない。そもそも拳に力が入らない。詮無い事だが、仮にこいつが現代に生まれていたらとんでもない悪女になっただろう。無意識に男を誘うとか、そんで本気になったら返り討ちにするとか最低。どうせ、返り討ちにした奴にも優しくするんだろ? その上ドエムってなにさ。漫画のキャラみたいなことしやがってくそったれ。


「る、ルッカは何処だ? 今お前と二人でいるのは嫌だ、大層気分が悪い!!」
「おいクロノ、お前の痛みへの覚悟を蔑ろにしたのは悪かったが俺とてお前を想っての事だ、そう怒るな」
「なんなんだよ、その鈍感属性なんなんだよ!! お前幾つスキル保持すれば満足するんだよ!!」


 地団駄を踏んでから振りかえらず奥に進む。確か、ルッカはこちらの方に歩いていったはずだ。こいつに押し倒された時横目に見えた。救助要請を無視して先に進むとか、それでも幼馴染なのか。俺は深い絶望に囚われつつある。
 少し歩くと、右に曲がる角があり、俺たちがいた場所からは見えない少し曲がった先でルッカは壁にもたれて座り込んでいた。両腕を交差してそこに顔を埋めている。寝てたのかこの茶番に飽きて。てめえおいこら。


「おいルッカ、お前俺が何度助けてくれと叫んだか覚えてるか? 覚えてるなら歯を喰いしばれ、覚えていないなら土下座してから歯を喰いしばれ!!」
「ああ、終わったの? 早く行くわよアホらしい」


 俺の責め立てを無視して立ち上がり歩き出す。おうおう俺がどれくらい辛かったか理性と本能激突の凄惨っぷりを事細かに教えてやらねばなるまい。
 思い立った俺は時間が無いというにも関わらず彼女の肩を掴み振り返らせた。


「…………お前、顔色悪いぞ。気持ち悪いのか?」
「大丈夫よ。いいから早く行きましょう、皆が他の時代で頑張ってるのに私たちだけ休んでる訳にはいかないでしょ」


 俺の手を邪魔そうに振り払う。冷たく感じられるのは、俺の被害妄想なのか?
 場所をなくして右手はゆらゆらと空を漂い、やがて落ちた。
 ルッカの言う事は正しい。世界が終るかもしれない、そんな時に遊んでいるのはおかしいのだから。そうだな、くだらない事をしている暇があれば一刻も早く前に進むべきだ。
 だから、少し気になったけど聞くのは止めておこう。そうだ、考えてみれば答えは一つしかないだろう。
 仮眠をとってたから、欠伸でもしたんだろうさ。ルッカの目に涙が溜まっていたのはそういう事なんだ。
 けれどどうしてだろうか、胃が重たく、頭の中が騒ぐのは。そうじゃないだろ、と誰かに言われているみたいで俺まで気持が悪くなった。
 意味の無い不安を捨てるように、強く一歩を踏み出した。






 没理由。
 あってもよかったけど、勢いが欲しかったし、今まででも思ったけれど私はカエルをどうしたいのか。でもベロロンネタは女性化した時から考えてたし出しても良かったかもしらん。


































 他にもありますが、全て出したら番外編で良いじゃないかとなるのでここらで。面白いものではないし。面白かったら本編に出してるし。
 外伝などを希望して下さる方がいれば誠に喜ばしいのですが、その予定はありません、というかまた作品を書くかどうかすらあやふやです。書くとしたらなんだろう、マザー2とかやってみたいな。オリジナルでもいいなあ。どちらにせよかなり間は空くと思いますが。社会人ってなんでこんな面倒臭いの。
 ま、とか言いながらこの作品も結構ぽんぽん更新しましたが。(三十話くらいまで)最終話近くなったらとんでもねえ速度になりましたけどね。半年近くとか面白い。
 なので、もしかしたらすぐに新しい話を書くかもしれません。書き切ったら次の話を書きたくて仕方なくなるものですね。一瞬クロスを書くか? と悩みましたがそこまでになると完全な補完になるので止めときます。そこまでクロスは覚えてないし、この話のままならそもそもセルジュとかいるのかどうか。ていうかガルディア滅びるのか。ってかセルジュ君ハーレムにも程がある。キッドあたりはあの釣り男に譲ったれ! 名前忘れたけどほら、あのツリッキーズピン太郎に出てきそうなほれ。もういいか。
 そもそも、この星は夢を~もまずプロットを書き切って骨組みの部分を書き切って肉付けしてから一話ずつ削ったり埋め込んだりして作ったので相当時間はかかりました。暇な時期があったのでそれほど大変でも無かったですが。むしろ投稿を開始してからデータ飛んだり家を出ていろんな所へ行ったりしたので書いている時間は楽しくて仕方なかった。苦痛と思った事は無いです。ああいや、一時期スランプ紛いの状態になった時は辛かったか。


 ともあれ、星は夢を見る必要はないは精一杯のハッピーエンドで終わりました。
 確かに、もうカエルやエイラや魔王にロボには会えないし、アザーラやトマといった友達にも会えません。けれど、彼らの生きた証は脈々とクロノの生きる現代に受け継がれています。それは魔族や恐竜人として眼に映る形で。これは原作よりもハッピーエンドじゃないでしょうか。
 ロボだけ生きた証はクロノたちには感じられませんが、彼は確かにクロノたちを未来で待っているはずです。三回目になりますが、絶対にハッピーエンドです。
 当初、プロットを組んでいる時にはクロノ死亡のままラヴォス撃破、時の卵も無しという鬱エンドも考えましたが、やはり愛情ある物語なので登場人物には幸せになってほしかった。
 とどのつまり、これは作者がやりたいようにやった願望を詰め込み過ぎて垂れ流れてる作品になっています。少しでも私の幸せが皆様に届けば良いな、と完結した今強く思います。




 そういえば、言う必要もないと思いますが、酷いですね初期の話。
 第一話から第三話くらいまで見て頂いた後黒の夢前後を見て頂ければ違いが分かるかと。ていうか私自身見直して悶えました。いくら会話文多めのライトなノリを目指してたからってこれは無い。軽いとかじゃなくて存在してないくらいしょぼい。
 ここまで成長(や、微妙だけど)出来たことは本当に嬉しいです。少しは見れるものになったんじゃないかな、と自画自賛しております。いいじゃないか、最後くらいそんな風に思ったって。
 次があれば、短くて少し重たい話を書いてみたいですね。どれくらいまともになるか、分からないところですが。





 それでは最後に皆様へ。
 チラ裏時代から支えて下さった方、スクエニ板に来て初めて知り見て下さった方、完結したなら、と寄って下さった方、何処かの紹介で見てくれた方、本当にありがとうございました! 感想を送って下さった方も、勿論見てくれただけの方も等しく私の恩人でございます。
 その中でも、今でも見て下さっているか分かりませんが私の我儘で言わせて下さい。チラ裏より見て頂き、そしてこの作品に初めて感想を下さった露出卿様。SSの右も左も分からない私に様々なアドバイスを下さり、その度に何回泣いたか分かりません。この作品は貴方がいなければ確実に途中で終わっていたでしょう。心よりお礼を言わせて下さい。





 この作品に触れて下さった方、この作品を少しでも楽しんでくれた方、何よりも多忙を極める中、私たちにこのような場、理想郷を作って下さる舞様に最上の感謝を。
 また何処かで会えるなら、本当に嬉しい限りです。
 感無量です。良い夢を!
 かんたろーでした!

































































































































 



 物語崩壊注意! 星は夢を見る必要はないの正式なファンの方は避けて通るのが無難です。ご都合主義な展開も含まれます。
 またこれから先の話はあくまでももしもの話です。あくまで本編は最終回にて終わっております。その点を十分に分かって頂いた上で、それでいてご注意下さい。




























































 物語の中で、クロノが言った言葉を覚えているだろうか。奇跡とは己が努力を信じられない弱者が作った言葉であると。
 故に、この物語に奇跡は無く、あるのは必然と偶然の産物。それらが折り重なったに過ぎない。
 だからこそ、人は死に誰かが泣き運命は覆らない。
 だからこそ、もしもだ。これはあくまでももしもの話である。
 あえてこれから先の物語に題名をつけるならば、『夢』であろう。
















「だから、生きてみるさ。俺たちには、無限じゃ足りないくらいの明日があるんだ」
「そうか……うん?」


 クロノの言葉に、ダルトンは微かに疑問符を語尾に置いた。しかし、クロノは気にする事無く、座り心地に違和感でも感じたのだろう、もしくは車輪が踏んだ木の枝によって発生する揺れに少し驚いたのだろうと決め付け窓の外に視線を置いている。


「おいクロノ」


 ダルトンの呼びかけに、クロノは答えない。意図的に無視したのではなく、ただ空の青さと緑の美しさに数瞬心を奪われていただけだ。呆けていただけとも言い換えられる。それが分かったダルトンはむきになって彼への呼びかけを継続せず、ぽつりと独り言を零した。


「襲われてるんだがな、この馬車が」


 彼の言葉通り、今彼らを乗せる馬車には雨霰と矢が降り注ぎ、そう遠くない位置から多人数の猛る声が聞こえる。断定はできまいが、この矢と不特定多数の怒声。つなぎ合わせて考えるのは至極当然の事だろう。
 彼の細かい事に拘らず、動じない性故なんでもないように呟いたが、通常の人間ならば慌てふためくような事態である。これもまた、命を賭して戦った武人故のことだろうか。戦いとは、あらゆる人間を大きく成長させる。


「のわっち!! なんだなんだ窓から弓矢が飛んで来たぞ!?」


 成長させるはさせるが個人差があるようだ。恐らく誰よりも過酷な戦いを生き抜いてきたクロノは情けない悲鳴を上げて膝を体に寄せ震えだした。さっきまで格好をつけて黄昏ていたのは何だったのか。彼曰く、クロノに対しちょっと良いなと感じている女性が今の彼を見たらなんと思うのか。答えは二文字、幻滅だ。


「おおおおおおいダルトン!! これは何だ? お前に女を取られた男たちの襲撃なんじゃないか!?」
「であれば疾うにマスターゴーレムが消し去っておるわ馬鹿め。ふん、流石の俺様とて少々今の事態には困惑している」
「困惑ぅ!?」


 唯我独尊、我が道を行くを体現するダルトンの口から困惑という弱音にも取れる言葉が出た瞬間、それを上回る混乱がクロノを占めた。それはのどかな道中だと信じきっていた今襲われているという事態よりも驚くべき事柄であった。
 やがて、恐る恐る窓から外を覗きこんでみると、クロノはダルトンが困惑しているという理由を悟った。混ざりあう殺気の群れも、飛び交う矢じりの輝きも今は良い。それよりもまず目を疑うのは……自分たちを襲っている集まりはどうみても兵士の一団だということ。
 鈍く光る鉄製の装備に身を固め「囲めー!!」と騒いでいるのは明らかにガルディア兵であったのだ。


(どういう事だ……? まさかガルディアがパレポリに敵対するのか? どうなってるんだ一体!?)


 考え難い、考え難いが自分を含めパレポリの指導者ダルトンを襲うということは、これ以上無い敵対であり裏切りでもある。義に厚いとされているガルディア王の命令であるなら、これがラヴォスの予言の始まりか、とクロノの背筋から冷たいものが走った。
 兵士たちの中には松明を持ち追い詰めようとする者もいる。また昔マールが使っていたボーガン隊に銃撃隊、ガルディア王国特選武闘隊まで集まっている。小さな城ならば落とせそうな本格的な包囲陣だった。猫の子一匹逃すのは至難の業と言い切れる程に。
 囲むという任務を終え、馬も怯えて動き出さなくなると、兵士たちは攻撃を止めた。ここまで来るとダルトン、引いてはマスターゴーレムも黙ってはいない。こちらから仕掛ける事は無くとも、魔力を滾らせ常に最大の一撃を繰り出せるよう集中を始めた。クロノはまだ状況を把握できていない。それは他の二人も同じなのだが。


「クククク………フワーーッハッハッハ!!!!!」


 兵士の波を超え、森の奥から姿を現したのは、ガルディア王家を支えマールにとって家族とも言える存在……ガルディア大臣その人である。


「無礼な!! わざわざ足を運んできた我がマスターになんという事を!! これが貴様らガルディアのやり方か!!」
「ハーッ……あ、いやすまぬ。その方とダルトン殿はこちらへ」
「なんですと?」


 言われて驚いたのはマスターゴーレム及びダルトンである。てっきり、悪役らしい台詞を吐くのだと思い込んでいた彼らは拍子抜けし、口をあんぐりと開けてしまう。
 そのある種珍しい光景を介さず再度大臣は大声を上げる。


「重罪人クロノ!! 他国からの客人の馬車に隠れるとはあまりに卑劣なり!! 畏まって姿を見せい!!」
「え、デジャヴなんだけど、俺なんかした?」


 ダルトンに助けを請うと彼は何はともあれ面倒そうだという雰囲気を感じ首を振った。
 このやろう今さっき兄と思えとかなんとか言ったじゃないか。掌を返すように態度を変えやがって……
 心持ち怒りを持つ余裕さえ見えるのは、彼が処理できる把握能力に限界が来たからなのかもしれない。最早彼に正常な思考は出来ない、現実逃避真っ最中なのだ。


「え、ええと……俺、いや僕何かしましたっけ? どちらかと言うと良い事したつもりなんですが」おずおずと馬車の扉を開けて出て行くクロノ。汗の量が見ているだけで暑苦しい程に。そして追い詰められているのが一目で分かる程に。
「のたまうな犯罪者!!! やはり貴様は火あぶり後ギロチンの吊るし首後切腹後斬首後さらし首後鳥葬すべきじゃったわあああ!!!」
「無茶苦茶じゃないですか現代の大臣。お前を微かに実はまともキャラだと信じた俺の過去を返せ」
「おのれ……これを見てもまだそのような世迷言を吐けるか貴様!!!」


 大臣が懐から取り出したるは白い便箋。四隅に花柄のマークがついた可愛らしいものだった。言い換えれば俗っぽく町民の娘が好んで使いそうなそれはとても老人であり且つ大臣という地位には似合わない。


「何? 俺と文通したいのか? 率直に言って嫌だ」
「違うわ!! これが国中に届いておるのだ、貴様の仕業であろうがッッ!!!」
「いや知らねえよ。どんな内容……なん……だ…………」


『来たる×月×日、わたくしクロノはマールことマールディア王女に永遠の愛を誓い、共に流離の旅に出る事とします。皆様の暖かい応援を願います』


「………………えええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 大臣の持つ便箋に書かれた内容は彼の叫びを起こす効果を持っていた。普通なら喉が潰れるのではないかと心配するほどの声量に、数多の兵士が耳を塞いだ。


「よくも……よくもワシの可愛い可愛いマールディア様に貴様のような愚劣で醜悪な者が触れおったなあ……あまつさえ旅に出るだと? 貴様の血は何色じゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「見せる機会はねえ!! 想像しろ!! ていうか俺書いてない! 書いてないぞおおおおお!!!?」
「ふん! この状況になって言われる言葉など信じるに値せんわ!! 裁判でも貴様は嘘八百を並べ立ておったからな! 大人しく殺されろ!」
「裁判ではお前が俺の言う事を無視しただけだくそ爺!!」


 ああでもないこうでもないと大臣VSクロノの口争い。どの道大臣が認める事は無いのだから、クロノに勝利は無いのだが。
 密かに……いや大っぴらに人気のあるマールを手にかけたと思い込んでいる兵士たちの殺気もまた先ほどより増している。無尽蔵に増え行くこれはやがて津波となりクロノを襲うだろう。秒数カウント入ります!


「まあ待て貴様ら……いや、大臣よ。まずは俺の話を聞かぬか」
「ダルトン殿!! いくら貴方とて庇いだて無用ですぞ! こやつは国家転覆を目論むどすけべえであり……」
「黙らんか老人!!! ……クロノよ。これは誠なのか?」ダルトンは太く長い指を便箋に向けた。
「え……いや、知らないよ……」


 クロノはそっぽを向いてしまう。周りからの視線に耐えられず力無く発言しただけなのだが、ダルトンはそうは取らない。何故なら彼は獅子。例え走っている先に崖があろうと立ち止まらず落下する事を本懐とするのだから。
 獅子は好色で、傲慢で、自意識を高く掲げて。さらには、


「ようしクロノ!! ここは俺様に任せろ! お前は王女の下へ急げ! そして雷電の速度で婚姻するのだ!!」


 空気が読めないのだ。


「おいイケメンのなりそこない!! てめえ俺の話を聞け! 違うっつってんだろうがあああ!!」
「おのれパレポリ!! やはり我が国を裏切るかああ!!! はっ!?」大臣が目を剥き振り向いた先にはまだ幼さを残しながら魅力溢るる少女だった。彼女は右手を振り満面の笑みで声を上げた。
「クロノーーッッ!!!」
「ほう、良かったなクロノよ。花嫁の登場であるぞ!!」
「ああもう何が何だか!?」


 いきなりの参戦報告。渦中の人物その片割れの登場。クロノはこのまま横になり夢なら覚めろと唱えたい心境である。まあそうだろう。


「流石はマスター。友人の為に我が身を危険に晒すとは、やはり私の主人にふさわしいですね」
「…………クロノが結婚するか。これならサラは俺のものに………」
「…………マスター?」
「おっ、おおマスターゴーレム。お前にも手伝ってもらうぞ、敵はガルディア。何、貴様と俺様ならばやれぬ相手ではない!!」
「マスター。突然ですが、有休をもらいたく」マスターゴーレムはダルトンの独り言を耳にして、服のボタンを二、三ぶっちぎる。ぱらぱらと零れる丸いボタンが恐怖を誘うが、当然ダルトンはそのような事に気付かない。読めないから。
「何? 有給だと! 馬鹿めが、俺のゴーレムにそのようなつまらぬものはないわ!!」


 吐き捨てるように切り捨てたダルトンの胸元を掴むのはマスターゴーレム。顔を引き寄せて間近でガンを飛ばすのもマスターゴーレム。百キロ近いダルトンの巨体を片手で持ちあげるのもマスターゴーレム。厳しい訓練を耐え熟練と化した兵士たちをびびらせるのもマスターゴーレム。それゆけマスター戦えマスター僕らのマスターマスターゴーレム。


「ふ、ふんっ、まあ許さぬではっ、ないぞっ! お、俺様は懐が、広いっ、からな!!」首を絞められたままで尊大な台詞を吐けるダルトン。凄いぞダルトン偉いぞダルトン最後の切り札おならぷー。
「ありがとうございますマスター。それではこれより三日ほど休みを頂きますね」
「うっ、うむっ!! ぜはあ!! はあ、はあ、はあ!!」


 あやうく白眼を剥く羽目になったダルトンは体中から酸素を取り入れた。過度な呼吸に一瞬立ち眩みが起きたが、そこは元軍人。立ち直り再度兵士たちに向きなおり、なおかつマールから逃げようとするクロノの襟首を掴んでいる。
 暴れても暴れても腕力の差で逃げられないクロノに光明を差したのは、今さっき休暇を手に入れたマスターゴーレムである。ダルトンの手に容赦なく火を当てる彼女はかなり恐ろしいものだった。太古より存在した魔女が麗しい女性に変化したのではないかと疑う程に。


「のわっち!! 何をするマスターゴーレム!?」
「何と言われましても。私は今休暇の真っ最中であります。よって私はクロノ様を逃がそうと愚考しました」
「何故だ!?」
「気紛れでございますよ、マスター」
「なっ、なんか知らんが助かった!!!」


 マスターゴーレムに礼を言う暇も無くクロノはその場を走り去る。全力で、心なしか泣きながら。自分の悲運を嘆きながら。


「おのれマスターゴーレム!! もう良い、貴様はもう元の世界に戻れ!!」


 ダルトンは右手から疑似ゲートを作りゴーレムたちの待機場所へ繋がる空間を作り出した。舌打ちをしながら親指で指す彼の想いは一重にハリーアップ!! だろう。
 その、女性を女性と思わぬ乱雑な命令に、マスターゴーレムはいつもは冷静な顔を崩し青筋を立てる。そして、その場にいる全員に優雅に一礼した後こう呟いた。


「……しだって、マスターの事……きなのに」
「何? 聞こえぬぞマスターゴーレム。いや問答は良い、貴様との時間など今は必要ない、早くクロノを追わねば……」
「私だって!!!! マスターが好きなのにいいいいいーーーー!!!!!」
「うおゎっ!!! …………ま、マスターゴーレム?」
「……もういい。もう良いですよマスター? 昔から分かりづらくても幾度も幾度もアピールして何度も何度も貴方の側に一生いますと伝えて……結果はこれですか? うふふふ……そうですか。ところでマスター? 私言いたい事がありましたの」
「な、何だ? 俺は、うむ。貴様の為なら多少時間を割いても構わぬぞ、お前は俺様の大事な従者だからな?」
「はい!」


 そこでマスターゴーレムは見る者を安らがせる穏やかな笑みを浮かべて、言葉を発した。


「──超破壊必殺魔法……発動」
「ちょっ!!? それは待て────」
「いやワシは関係な────」


 桃色の髪が浮かび上がり、避けそうな程に口を横に伸ばした彼女は、なるほど魔女そのものであろう。
 こうして、ガルディアの森の三分の二が消し飛んだ。遠く昔、今より四百年前昔に生きた、緑を大切にする女性の念が悲しんだとかなんとか。






 後方より聞こえる爆音を無視して、少年は走り続ける。当てなど無い、安息の場所も国自体が敵となったなら存在しないだろう。それがこの世界最大の国家というなら尚更に。
 だが少年は走る。立ち止まるわけにはいかないのだ。特に嫌な事を押し付けられているわけではないが、自分の意志ではなく勝手に己の行く先を進められるのは我慢ならない。故に彼は自分を押し潰そうと迫る何かから逃げ、また立ち向かっている。と、彼自身は良いように解釈した。


「いっ、嫌だ……いつかはそうなるかなって想ったけど、まだ嫌だ! 正直遊び足りないっ! お姫様とか、一生ものじゃないかあっ!」
「そうでもないよ? 側室とか妾とか、今も昔も珍しくないし」
「うべっ!!?」


 少年は受身も取れず突如前のめりに転倒する。元来運動神経の優れている彼がこのような転び方をするだろうか。足がもつれようと、体勢を整える力を彼は持っている。仮に足を引っ掛けられても難なく走り続ける事が可能な、人間にしては破格な能力を有しているのだ。
 そんな彼が顔面から地面に激突するのは、よほどの理由があったに違いない。そう、例えば急に足が凍ったとか。


「いたたたた!! そして冷てえ!!」


 クロノの右足首から下が氷結し地面と同化している。無理に引き抜けば、皮だけでなく肉まで削げ落ちるだろう。悪くすれば神経もやられるかもしれない。
 そんな彼を尻目に、ゆったりと歩いてくるのはこの騒動のもう一人の主人公、マールである。彼女の視線はクロノの足に付いた氷よりも遥かに冷たいものだった。


「でも、私はそんなの許さないけどね。自分の夫が他の誰かに夢中なんて耐えられないし、私だけを見てもらえる自信もあるもん」
「いや……でもほら、たまには肉以外も食いたいって思うじゃん?」
「何それ? 私が太ってるって言いたいの?」
「そういう訳じゃないよ!! ただ……うん、最近お腹出てきたなマール。だぼった服着て誤魔化してるけど……痛い痛い痛い!!!」


 身動きの取れないクロノに見事な連打キック。キックボクシングの心得が無ければ放てない速度にクロノは戦慄した。べしっとかばちっ、とかではなくスパン!! という快活な音は聞いていて心地よいほどである。蹴られている本人からすれば間逆の心境であろうが。
 何処かに自分を助けてくれる心優しい人物がいないか、クロノは周囲を見渡した。あるのはそよそよと泳ぐ稲穂だけ。目を凝らしてもカエルや虫一匹いない。人間以外の生物は危機意識が強いというが、マールという絶対的強者を恐れてのことだろうか。だとすれば、思いの外両生類や昆虫は賢いのかもしれない。


「大体マールも嫌だろ!? あの手紙俺が書いたんじゃないぞ? それくらい分かるだろ!」
「んー? 全然分からない。私すっごく嬉しくて飛びあがっちゃった。勿論私はクロノについて行くからねー、ふふふう」
「全っ然可愛くねえ……くそおおおお魔法を解きやがれええええ!!!」
「無駄だよクロノ。魔法を使って解凍しようとしたら、その瞬間に意識を刈り取るからね。できるって知ってるよね? 私なら」
「最低だ!! そういう所お前マジ最低だ!!」
「父上も了承済みなんだから、もう諦めてよ。それとも、私のこと嫌い?」彼女の言葉と共に、どこに隠れていたのかぬっ、とガルディア三十三世がマールの後ろから浮かび上がってきた。もう彼は人間を捨てている。


 嫌い? と聞いた瞬間だけ、マールの目が潤む。計算高くやる事は無茶苦茶だが、演技だけは出来ないと知っているクロノだけあって、その動作は彼の胸を掴んだ。
(そうだ、マールは嘘をついたりしない。酷い事をしても、我儘でも、嬉しかったというのは本当なのだろう)
 実際、彼の心境からしてマールからの告白を後回しにしていた罪悪感があるとした上でも、彼女からの告白は嬉しかった。遅かれ早かれこうなっていたのかもしれないという諦めと決心がもたげてきた。


「私としても寂しくはあるが、マールディアを貰ってくれる男が君ならば文句は無いクロノ殿」
「私も、クロノが貰ってくれるなら、こんなに幸せな事は無いよ……?」


 親子二代でそんな言葉、卑怯じゃないかと喉をついた。しかし声にならなかったのは彼の喉が震えたからだろう。
 ここまで女の子に求められるなんて、嘘みたいだ。幸せすぎるじゃないか。応えなくていいのか? 自分の正直な想いを告げるべきじゃあないのかよ?


「お、俺は……」
「おっとその前にクロノ殿。清算しておきたい事があるのだがね」


 一代の決意を胸に恥ずかしい言葉を伝えようとしていたクロノの腰を折るのは国王である。クロノの纏う空気から希望を持ち、きらきらと目を輝かせて両手を合わせていたマールは不満顔になり口を尖らせる。「父上、今更反対しないよね!?」
「しないともマールディア。国王とは嘘はつかぬものだ……それでクロノ殿、精算したい事とはな、裁判で聞いたことなのだが
「……ッ!!」


 そくり、と何かが這いあがってきた。それは悪寒であり寒気でもあり得体の知れない何かである。
 いつのまにか、クロノは両手で自分を抱き寄せていた。足もとから来る寒さではない、聞きたくない現実から、精神は守れない代わりに肉体を守ろうとする意味のない無駄な足掻きである。それでも彼は防衛を選ぶしかなかった。耳を塞がぬ限り、声は聞こえるとしても。


「君は、一度マールディアのペンダントを持って逃げているだろう? ほら、千年祭の時だよ。君が初めてマールディアにあった時の事と言えば思い出しやすいかね?」
「あ、ああ、ああああああ」
「もう一度聞こうか。“何故君は一度ペンダントを持って逃げたのだ”?」


 それはもう昔の事。彼と仲間たちの壮大な旅が始まる最も初めの出来事であり、マールとの出会いでもある出来事。
 酒を飲み、酩酊していた彼にマールが飛び蹴りをかましてきた事がきっかけである。その衝撃で首に繋いでいたマールの母の形見であるペンダントの鎖が千切れ、クロノがその場で吐いた嘔吐物が近くに落ちたペンダントにびったりかかったのである。むしろ埋もれたと言って良い。
 その事実をいつか話すとマールに言いながら、なんやかんやで今まで一度も告げていないのだ。彼はそれを脳裏から這い上がらせた瞬間過去の自分と同じように吐き気を催してきた。


「そういえば……約束だったよねクロノ。いつか話してくれるって未来で言ってくれたよね? ……もう、教えてくれていいでしょ? クロノが本当に私のペンダントが目的だったなんて信じない……ううん、仮にそうでも私はクロノが好きだよ、誰よりも貴方が好き!! 分かってくれるよね? だから……教えてほしい」
「………………そうだ。実は俺はマールの余りの美しさに、あれだ。身に付けていたペンダントを欲しくなって」
「ちなみにな、クロノ殿」内緒話をするように国王はクロノの耳元に口を寄せた。その音量は正しく内緒話のそれであり、マールの耳に入る事は無いものだった。そして、その内容もマールに聞こえてはならないものだった。
「私は、町の住人から話を聞いて真実を知っている」


 血が凍るという言葉を地で体験しているクロノは、己の鼓膜を破りたくなった。これ以上聞いては駄目だ! と己を律する反面もうこれ以上聞かなくても確定的であると悟る。これもまた一つの二面性だろうか。多分違うだろう。
 嘘でダメージを軽減しようとした矢先にこれだ。彼の心臓の鼓動は健康によろしくない方面に働いているだろう。


「さあクロノ殿、嘘偽りなく答えたまえ。真実を語ってくれれば私は文句なく君に娘を譲るぞお?」


 そして王の考えを知る。曰く、この糞親父愛娘を手放す気なんかさらさらねえんだと。
 正直に事の真相を明かしてもマールは許してくれるんだろう。そも、原因は彼女にあるのだから。なれば、嘔吐物云々の流れを聞いても彼女の好意は変わらないだろうし、言い辛かった理由も察してくれるに違いない。
 だが、だ。クロノは思う。あれだけの騒ぎを起こしさも重大な、もしくは悲壮な理由があったのだろうと思われるペンダント事件の事実がこれではなんというか、微妙な空気が流れる事うけあいだと。仮にも人生を変える決断であり、恋の決着という甘酸っぱいかつ永遠の思い出となるこの場でそれを暴露せにゃあならんのか、と。
 歯茎から血が流れる。それはあまりに酷であまりに重い天秤。どちらに傾けたとて彼に良い結果は生まない。彼の迷いは頂点と達していた。


「クロノ!!」


 倒れているクロノの両手を握り、マールが涙を溢している。どのような結果でも良いと、真実だけを欲する無垢な瞳。刑務所に入れられた男の弁解を聞くような姿である。世界が貴方を信じなくても私は信じる、だから私には本当の事を話して! みたいな。今彼女の頭の中ではムードある切実な重大な理由がクロノにはあったのだと夢想していた。心持ち、この悲劇的な、それでも感動に繋がるだろうと思っている状況に酔っている節さえ見えた。


(…………言えないッ!!! 言える訳が無い!!)


 これは、ちょっとした飲み会で話す暴露話だ。実は十年前は~~さんの事好きだったんだよねーみたいなノリの。むしろそれ以下。でも相手が望むのは感涙間違いなしの事情。クロノ君あまりに劣勢。若干不憫。恐らく彼は何も悪くない。


「お……おれ、俺は……」
「うん!! クロノは!?」
「俺、俺はあああぁぁぁぁ!!!」


 発狂と正気の狭間で揺れる彼の心は限界だった。もう幾許もせぬ内に彼は壊れてしまうに違いない。
 太陽を仰ぎ見る彼は罪の無い罪人だった。
 ──ふと、彼の瞼の裏にて、光が消える。おどおどと目を開くと、その理由が判明した。誰しもに注がれる陽光が遮られていたのだ。常識を外れた体躯にて。
 最初はダルトンが来たのだと思った。だがそれにしても大きい。あのパレポリの王は二メートル強の身長だが、今彼の後ろに立つ、逆光で顔の見えない者は三メートルを優に超えていた。
 顔は見えずとも、その肌の色は岩に似ていた。ぶるる、と人間的ではない鼻息。顔の見えぬ誰かは口を開いた。低温で落ち着いた、聞くだけで屈強であると思わせる声だった。


「止めよ、人間の王とその娘。そやつは我が友であり、我が主の兄である」
「……ほう、私にそのような口を聞くとは、何者だアザーラ族の男よ」国王の問いかけに、アザーラ族──恐竜人の男は答えた。響く声は大気を揺らし降りしきる太陽の光さえも押し退ける力を有している。
「名はニズベール。アザーラ様の命によりクロノを連れ戻しにきたッ!!!!!」
「にず、べーる? 何で?」


 ニズベール。過去クロノと友になり同じ恐竜人の王女アザーラを守ると誓いあった戦友。ラヴォス飛来の際に潰れ死んだと思っていたが、後に黒の夢にて生存を知った者。彼が生きている事は問題ではない、彼がこの現代にいる事がおかしいのだ。彼は原始の世界に生きる者、ゲートも無く、シルバードも無いこの現代に現われて良い存在ではないのだ。
 理由が分からぬクロノは頭を回しながら彼の来訪の理由、そして手段と可能性諸々を模索し始める。
 何がどうなっているのだ? と目を白黒させているクロノに、ニズベールはただ一言告げた。


「行け、クロノ。貴様は誰かに強制させられて黙っている男ではなかろう。これは罠よ、俺がここにいる理由はアザーラ様が語ってくれる、今はただ走れ!!」
「わ……分かった、頼むぜニズベール!!」
「はっ、軍神と呼ばれる私から逃れられると思っているのかクロノ殿!!!」


 王族のみが纏う事を許される赤く華美な装飾のマントを払い落し国王は剛腕を振るう。
 それを良しとしないのはニズベール、力だけならば武闘派のマールやカエルを超えよう腕をニズベールが受け止める。国王の次弾である左腕も同じく。二人が両腕を合わせ、力比べをするような状態に落ち付いた。二人の力はほぼ互角……いや国王が僅かに劣っているだろう、彼の手はふるふると震えだした。
 国王が恥じるべきではない、恐竜人として長年戦いを繰り返し恐竜人最大の大きさティラノさえも持ち上げられるニズベールと拮抗しているのだ、彼の力は現代においても世界二位を誇る、彼の上に姿を置くのは規格外である武神ただ一人。彼も十二分に人外の領域に入っている。
 ただそれでも負けは負け、徐々に後退し始める己の体を非力と断じ、訓練の量を倍にする決意をしてからマールに声を出す。


「マールディア!! こやつはワシが留める!! お前はクロノ殿に答えを貰え!!」そしてなんやかんやでそいつの事は諦めて一生私の側にいろ!! というのが本音。
「分かった! ありがとう、パパ!!」
「うぬぅ……!!」


 パパと呼ばれた嬉しさに力が緩みさらに押し返される国王。
 だが、だがである。愛する一人娘が側にいるこの状況で負けるのか? 頼りあるべき父が負けて良いのか? それで国王という国民の父でいられるのか?


「ふぬおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「きっ! 貴様人間なのか!?」


 背中が反る程に押し負けていた国王はここに来て力を盛り返し、ニズベールと完全に互角である体勢に戻る。
 誰にも負けぬ、娘の前で敗北はあってはならぬ!! 彼は尊厳を背負い闘う事を決めた。その背中は大きく、国王と父親の誇りが刻まれている。
 ニズベールと国王の戦いは長引く事は自明の理、その中でマールは父の援護ではなく己の為すべき事を優先した。すなわち、今にも逃げそうなクロノの捕獲。聞き出す事もあれど、まずはさっきの答えを貰う事。愛を紡いだ時と比べあからさまにドン引きしている彼がマールにとって良い返事をするとは考えにくい。となれば、今はまず彼と他の世界を遮断すべきではなかろうか? 彼女の考えは少しずつ病んでいる気がする。自他共に認める惚れっぷりの思春期の娘が、直前まで上手いこと行って取り逃がしたのだ、無理からぬことではあるかもしれない。


「クロノ? ふふふ、一緒に行こうよ? 話ならそこで聞くよ、なんだか私悪い予感がするの。鬱陶しいくらい邪魔が入りそうなそんな予感……だから、ね?」
「なんか違う、俺の知ってるマールとなんか違うぞ!!」
「しょうがないなあ、こうなったら氷漬けで持って行くしかないよね?」


 虚ろな瞳は何処を見ているのか。おいおいここに来て本格的にキャラ崩壊は止めて頂きたいというクロノの願い空しく、彼を氷の氷柱と化す詠唱は着々と完成に向かっている。
 残るはただ力ある言葉を放つだけ。マールは両の掌をクロノに向けた。
 ──そして、倒れる。後ろの地面にどさり、と僅かな砂煙を上げて。


「あ、ハハハ……ニズベールがいるならって思ったけど、やっぱり来てたのか──エイラ」
「クロ、エイラ間に合った!!」


 風の如く現われ到底仲間の、それも女の子にするべきではない遠慮なしの飛び蹴りをマールの顔面にかましたのは原始における人間の象徴、太陽の申し子エイラである。原始と違いまだ気温が低い現代に適応してか、いつものような獣の皮を剥いで作った衣服ではなく、皮をなめした衣服を着ていた。膝よりも丈が上に作られた短いズボンに、袖の無い服は派手な見た目の彼女と良い効果をもたらし、クロノは一瞬息を呑んでしまう。
 彼の反応に気を悪くしたのはマールである。思い人が見惚れるのも勿論、彼女にとって記念すべき日になるであろう日に飛び蹴りをかまされるのは我慢ならないだろう。乙女モードに入っている真っ最中ともあらば尚更。


「エイラー……?」


 ゆらりと幽鬼のように立ち上がるマール。昔のエイラならば怯えて引き籠るような恐ろしい顔つきと闘気だったが、今の彼女は昔とは違う。むしろその気迫は相手にとって不足なしと舌を出すほど。振るえるのは武者震い。彼女もまた原始の人間、戦いを好むのは仕方のないことだろう。


「クロ、町に行く。キーノもアザーラも、待ってる」
「キーノに、アザーラもか!?」
「うん。だから、もう行く。ここ、エイラとニズベール任せる!!」
「えへへ。いいよ逃げてもさー。私も用事出来ちゃったし、この顔じゃ雰囲気も出ないし」


 顔に手を当てて睨むマール、指の間からぼたぼたと血が流れ出ているが、考えるまでもなく鼻血だろう。確かに感動を呼ぶべき結婚シーンで花嫁が鼻血だらけでは締まらないことこの上ない。なにより、彼女も戦闘狂。売られたケンカを買わずにはいられないのか。
 言われるまでもない、とクロノは電撃呪文で手早く氷を解凍し脱兎の如く逃げ出した。向かう先はトルース、彼もまた最後まで会えずにいた妹分との再会を心待ちにしていたのだ。
 そして残るのは国王とニズベール、もう一組はマールとエイラ。ごきごきと肩を鳴らし血を垂れ流しているマールは人間を捨て去る五秒前。彼女の頭にはどうして原始にいる筈のエイラが、という疑問も会えて嬉しいという想いも無い。あるのは敵意唯一つ。


「そういえばさあ、エイラも持って帰りたいリストに入ってたもんねえ。一生飼い殺してあげるよー」
「エイラ……もう怖くない! キーノの為、マール、倒す!!」


 クロノパーティーにおける格闘馬鹿二大組の大喧嘩が幕を開けた。





 木塀と太く長い茎を持つ花々に囲まれた、薄暗く細い道を走り抜ける。途中の水路を飛び越えると町外れに出る。ちらほらと外に出ている人々がクロノに注目していた。とはいえ、声をかける事は無い。彼と城の方から聞えた爆音に関係があるのは明白だからである。どうせ、王女馬鹿として知られ出した大臣と国王が、王女を嫁にやらぬよう画策し馬鹿をやっているのだろうと当たりをつけていたのだ。そしてそれはあながち間違いではない、というか正解である。
 彼らがクロノに送るのは同情と憐憫と好奇心。人とは、厄介な出来事でも他人事ならば好物となる。話題作りと酒の肴になるぞ、笑い話にもなるぞ、と心持ワクワクしている。それをクロノが知る事は無い。ただ前に向かって走るのみ。
 行きには使わなかった町への近道を通る。だだっ広い原っぱを抜ける道だ、ズボンに草虫が付く事を嫌がらなければ五分は短縮できる。流石に王城に招かれた身で服が草だらけ虫だらけというのは良くないだろうと思い使用を控えていた。アルコールを取る事は良しとしたようだが。クロノの失礼と無礼講の境界線は常人には理解できない。
 この原っぱには所々草の生えていない穴あきの小さな空間がある。子供たちが秘密基地と称し草を抜いたか、あるいは昔なんらかの言い伝えをモチーフに記念碑を置いているためだ。とはいえ、その記念碑の数々も今や舗装もされず草が生え放題の場所にうち据えられているので、あまり意味のある物とは思えない。
 その穴あきの空間に二人の人間が立っているのをクロノは目についた。
 彼らのうち片方は罰も気にせず記念碑に腰を据え目を閉じている。もう片方は、クロノを見つけるとひどく嬉しそうに目を見開き笑顔を作って、すぐに戻した。笑みは完全には消えていないが。
 街の友達、または知り合いならば失礼を承知で無視しようと思ったが、クロノは足を止める。止めざるを得ないのだ。彼らは、クロノにとって掛けがえのない大切な仲間なのだから。


「お前たちもいるのか!? グレンに魔王!!」
「久しいなクロノ。おいおい喜び過ぎだ、感情を表に出し過ぎるのは良い事とは言えんぞ」
「久しくも無ければ、貴様の方が喜び過ぎだ蛙。見ているこちらが目を背けたくなる。この時代に来るまで死んだような眼をしていたと思えん程にな」


 クロノの仲間──グレンに魔王は顔を合わせて睨みあうが、それもすぐに終わり仄かに微笑みながらクロノを迎える。その対応に思わず心が落ち着いた。


「一体どうしてここに? 魔王一人なら、ゲートを作り出す事も出来そうだけど、それじゃグレンやエイラたちがいる理由が分からないし」
「何? あいつらも来ているという事は……やはりこれは他の者にも届いていたか」


 言うと、グレンは大臣が持っていたものと同じ便箋を取り出した。内容も恐らく同じものだろう。


「なんでそれを? それ、大臣……ああ、現代のな。そいつも持ってたんだ」
「そうか。驚く事ではない、私の家族も皆受け取っていた。推測だが、貴様と関わった全ての者に届いているのではないか? この不愉快な手紙は」


 嫌悪感を露に魔王も便箋を取り出し、見せた瞬間燃やした。
 彼の言う家族、というのはビネガーたちを指すのだろう。
 臆面なく家族という言葉を使える魔王に、クロノは何故かほっとする。
 そうか、この二か月でまた優しくなったんだな……いや、それを表に出せるようになったのか。
 ずっと年上でありながら、魔王が自分を出せる事に何故か安心感を得るクロノ。彼は、魔王がジャキである事実を忘れられないらしい。兄貴分で弟分という不思議な感情を抱いていた。


「話は後だクロノ。再会を喜ぶのは中世に帰ってからにしようじゃないか」
「そこの人間の言う通りだ、このままでは貴様は自分の意思ではなくあの阿呆と生涯を共にすることとなるぞ」
「へ? ああいや、中世に帰るって誰が?」


 クロノの疑問に言葉で返すではなく、魔王とグレンは躊躇なく同時にクロノを指差した。クロノもまた自分を指差した。
 しばし、沈黙が流れる。時は止まるという事を幾度か旅の途中知ったのだが、こんなに朴訥とした中でも止まるんだな、とまた一つ知らなかった事を見つけた。
 そして時は動き出す。


「え? 俺!? 何でだよ、俺の生きている時代はここだぞ?」
「分かっている。分かっているが、やはりお前は中世で生きるのが望ましいだろう。お前程の剣の腕ならばガルディア騎士団に入るのも容易だ。俺もまだ、お前に剣の訓練をしていないことだしな、王妃様もお前が来る事を望んでいらっしゃる」
「戯けたことを。望んでいるのはお前であろう?」
「さっきから、嫌に当たるじゃないか魔王よ、今すぐ剣の錆にしてやろうか?」
「ふん、臆病者め。いつの間に一人称が変わったのだ? 中世では自分の事を私と呼んでいただろうに。クロノに会ってから妙に強気よな? あくまでこいつには強い自分を見せたいか」
「で、デタラメを言うな! 虚言を用いるとはやはり魔王!!」
「……じゃ、じゃあな。会えて嬉しかったけど、まだ会いたい奴がいるんだ。また今度……」
『待て』


 魔王が左手、グレンが右手を掴みクロノの逃亡を阻止する。いがみあっていてもこのコンビネーション、魔王勇者タッグは古今東西最強なのかもしれない。
 嫌な事とは連鎖するもの。どこかの偉人が唱えた幸運と不運の関係性また確率の持論を思い出しながら、クロノは遠い過去を思い出した。遠くもないが。
 ──ああ、やっぱり魔王とグレンは憎しみ合ってる方が良いなあ、こうして俺に迷惑をかけなかったから。いやかけてたけど相乗効果で俺に迷惑をかけるくらいなら単独で迷惑な方が良い。むしろ魔王は俺に被害を与える事はなかったしなあ。
 仲間内の不和を願う彼は間違っているのだろうか?


「まあ待てクロノ。良い所だぞ中世とは。結婚などという青い夢は忘れ共に剣に生きようではないか。ゆくゆくは世界最強の剣士の座を賭けて決闘したりしようじゃないか」
「そこの蛙の妄言は忘れろ。中世にて魔王軍に加われクロノ。ゆくゆくはサラを見つけ出し、貴様ならサラを任せてやっても良い」
「黙れ魔王。クロノの隣に女は必要ない、こいつには武人の生き様こそ相応しい」
「頭蓋を爆発させてやろうか? 名前だけとはいえ、我が兄となるのだぞクロノは。貴様が真にこいつを想うなら祝福すべきだろう、魔の王の兄といえば、世界を牛耳るも同義」
「ふん、魔王ともあろう者が、あれだけの仲間に囲まれても人肌恋しいか? 勝手にどこぞの女性とくっつけられても、クロノは不幸になるだけだ」
「下衆が、サラは今世で最も清らかな女性だ。貴様とでは相手にならん。控えろ、自分から想いを伝える事も出来ぬ臆病者が」
「お、俺はそういう事でクロノを呼んでいる訳ではない!」
「良いから手を離せお前ら!! お前らからこういう扱い受けたの初めてだから戸惑う!!


 綱引きの綱そのままに引っ張られるクロノは、綱の繊維がほつれていくように筋肉から嫌な音が鳴っているのを感じ冷汗を覚える。痛いという感覚はとうに通り過ぎている。残るのは千切れるのではないか、という恐怖のみ。真綿で首を絞められるそれに近い迫りくる崩壊のカウントダウンは刻々とスピードを上げている。


「痛いって!! いやもう凄い痛いって!! お前らさ、結構力あるんだから加減しろって!!」
「……ふん」


 クロノの悲鳴を聞き、仕方ないと魔王が手を離す。急に力が抜け、引っ張っていたグレンがたたらを踏むが、そこは中世の勇者転ぶ事無く勝利の笑みを浮かべながらクロノにしがみついていた。半ば賞品扱いされている少年は助かった、と息を吐く。


「俺の勝ちだ魔王!」何が勝ちで何が負けなのか。そも勝てばどうなるというのか。
「目先のことしか考えない馬鹿が、直情にも限度がある」冷やかに伝える魔王には何処か余裕すら感じられた。「クロノ、腕が痛むなら言え。治療の心得はある」
「ふん、治療呪文なら俺にも使える。でしゃばるな魔王」
「良いからは、な、せ!! グレン、らしくないぞ! 意地になるのはお前らしいが、ちょっとずれてる!」
「大方、クロノの声が恋しくなったのだろう。患いだしたのは接吻がきっかけだろうな」
「何故先にゲートに入ったお前がその事を知っている!?」


 向かい合った犬よろしく、喧々騒々と罵り合い指摘し合い果てはお互いの性格を悪し様に言い合い「お前よりはマシだ」と水掛け論に発展する。仲が良いのは分かったがそこに俺を巻き込むな、というのはクロノの本心である。
 空は満天、これは気持ちがうかれるばかりでは無いとクロノは知る。空を見上げる本人の心が曇天模様ではそれらを比較しどちらかをより一層際立たせると知ったからである。天気が悪ければ、無駄と知りつつも空に文句を垂れる事もできようが、鬱々とした気分に愚痴を吐く事はできない。
 一つ賢くなれたなあ、なんて思いながら魔法の詠唱に取り掛かった。適当に電撃でも発せば逃げる事もできるんじゃないか、と考えたのだ。魔法を知りつくす魔王と天性の反射神経を持つグレンに通ずるとは思えないが、零から一にしようと試みるのは悪いことではないだろう。


「仕方あるまい……あの頃の再現だ、今この場で葬ってやるぞ魔王!!」
「私の言葉を先に取るな、下賤の……!?」


 魔王が言葉を区切り、小さく息を吐いた時一陣の風が舞う。綿帽子が浮きちらほらと視界に存在を見せつける。花の種が風に攫われた後、白いエプロンが静かに凪いでいた。


「……母さん?」
「馬鹿息子。お城に行ってから帰ってこないと思ってたらこんな所にいたのね」


 ぎらり、と犬歯を光らせて笑う彼女はジナ。クロノの母であり、ガルディアの軍事力の内三分の二を牛耳るとされる闘神である。
 ジナは長い髪を揺らがせて、気配もなく音も持たず現れた彼女に未だ反応できない魔王グレンの両名を見遣り、目を細めた。そしてまた己が息子に声をかける。


「そんな悪い子は……」


 だらり、と両腕を垂らし丹田から呼吸するような、特殊な音と共に息を吐く。がちりがちりと指を曲げ作られた拳は硬く、武闘家としての強さと母としての暖かみが両在していた。ジナは笑う。


「──私が守るから、あんたは行きなさい」
「……か、あ……」
「行きたい所があるんだろう? ……あんまり待たせるんじゃないよ」
「……ありがとう」


 クロノは突然の来訪者に口を開け気を抜いていたグレンの腕を振りほどき走り出す。あっ、と声を出す前に再度腕を伸ばしクロノの腕を掴もうとするグレンを遮るのはジナ。破裂音のような甲高い音が鳴り制止を跳ね除けられたグレンは驚きを隠せなかった。よもや、戦いに身を置き体を鍛えぬいた自分の手を弾く女性がいると思っていなかったのだろう。グレンは敵なのかどうか、という疑問の前に相手を観察する。
 丁度昼食でも作ろうとしていたのか、白いエプロンを肩から掛けている。深い緑色の袖が長いシャツを着て膝より下のスカートを履いている。少し大きめのサンダルは動きやすいとはとても思えない。


(それで、あの動きなのか!)


 喉の奥から冷たい空気が流れてくる。それを吐き出すようにして、グレンは言葉を出した。


「お、奥方。俺は女性と争う気はありませんし、そもそもクロノに危害を加えるつもりは毛頭ありません」心持ち腰が引けているのを指摘する者はいない。今世に敵なしと考える魔王ですら苦い表情をしている事から万一にも争う事を避けたがっているように見えた。
「嫌だねえ、あんたらがクロノを傷つけるとは思ってないよ、ただクロノには用事があるみたいでね、その間私の相手をしてもらおうと思っただけさ」
「い、いえ俺たちもクロノに用事があって……」いよいよ不穏な空気になってきたぞ、と肌で感じつつそれでも譲歩を引き出そうとグレンは尚も食い付くが、ジナの咳払いにかき消された。
「はっ! 御宅はいいのさ。あんたらクロノが欲しいんだろ?」
「欲しい、というのは語弊がありそうですが……」
「なら話は簡単さね、私を倒して手に入れろって事」
「気に食わんな」今まで静観していた魔王が口を挟む。「クロノは貴様の所有物ではない、例え母とてそれは同じこと。その程度分からずして家族とはな」魔王の言葉に棘があるのは自分の母が姉に行った事と類似して思えたからなのか。今にも鎌を取り出しそうな魔王に、ジナは笑う。
「馬鹿だねえ、誰がただでやるって? 私を倒せたらって言っただろうに」


 ジナはサンダルを脱ぎ、靴下を捨てて、最後にエプロンを地面に落とした。拳と拳をぶつけ合うと鈍い音が響く。ぎらつく瞳は高揚しているように見えた。


「──勝てると思うの? 私に、この私に。舐めなさんな、まだまだ尻の青いガキに膝をつく程老けちゃいないよ」
「ふん、戦いも知らぬただの女が。貴様の程を教えてやる。行け蛙、こいつは私が相手してやろう」


 自尊心の高い魔王にはガキ扱いは相当に苛立たしいものだったのだろう、ぎりぎりと歯を食いしばる音がグレンにも届く。
 いつもならば、どのようなものであれ魔王の命令に噛みつき反抗しているグレンだが、この時ばかりは助かった、と胸を撫で下ろす。いかに強かろうと相手は女性、グレンは彼女と戦う気は無かった。それが自分の騎士道だけでなく恐怖に近い何かがあったとは認めないが。


「では、俺はクロノを」
「待ちなってば」


 ジナの隣を過ぎ、去って行ったクロノを追うため歩き出したグレン、その腕を無造作に掴み、彼女としては軽く魔王の方へと突き飛ばした。結果、筋肉があるため決して女性としては軽くは無いグレンが紙風船のように宙を浮き魔王に激突する。
 常ならば放物線を描くような物体に当たる訳が無い魔王も、そのあまりに常識はずれした腕力に呆けて、二人は無様に地面を転がる。


「通さないって言ったろ? ……二人がかりで来な。女性だからとか、そんなお行儀の良い建前は溝にでも捨てちまえ。何よりそれ、私が一番嫌いな逃げ口上だから」
「……良かろう、貴様は無に放り込んでくれる。だが……貴様とて私とグレン二人を相手取るならば、他に手は回らんだろう……行け、三魔騎士!」


 言われて魔王の影から飛び出てくるはビネガーを中心とした三人の魔族。手刀は城壁を切り裂き敵を穿つソイソー、己が魔法と美貌で敵を虜に堕落させるマヨネー、破壊鎚の一撃も物ともせぬ鉄壁を作り出すビネガー。国をも滅ぼす事容易い魔人である。


「へえ、増援とは案外あんた友達いたのねえ。前に来た時は随分暗い顔してたけど……得心がいったわ」ジナの少し嬉しそうな顔を無視して、魔王は指示を下す。
「行けお前たち。クロノを捕まえて我が魔王城に帰るのだ!!」
「はい魔王様!!」


 ちなみに、中世にて新たに建てられた魔王城は人間も来訪し働きもする、半ば人間魔族の共有場所となっていた。ホテルとして泊まれる上仄暗く不気味な空間がカップルに人気だそうな。オーナーは魔王、経営マヨネー、主任にビネガー、副主任ソイソーという形に落ち着いている。グレンは宣伝を担当しているとかしないとか。蛇足だが、最初に魔王城に宿泊した人間は王妃である。二番目に宿泊したのはグレンである。王妃が宿泊した部屋に無理やり泊まったのは公然の秘密である。それを知った王妃はしばらく来訪しなかったとか。
 今はまだ魔王を恨み、また人間を恨む者も多数いるが、彼らの行動は少なからずお互いの認識を崩す事に成功していた。そも、人間の国の王妃が歩み寄ろうとしているのだからどちらも引き寄せられるのは当然だろうが。王妃がそれを見越していたのかは謎である。


「そっちがその気なら……馬鹿息子どもぉ!! 修行の成果をみせてやりな!!」ジナが空に猛ると、四方の草むらより現る魔物の群れ。ぞろぞろと溢れだすそれらの中にはヘケランやかつてクロノと相対したモンスター、メディーナ村に住む魔族も多数含まれているようだった。
 当然目を丸くする魔王たち、まさか自分の配下である魔物が時代は違うとはいえ魔王に逆らおうとしているのだから当然か。


「きっ、貴様ら主君たる魔王様に牙を向ける気か!?」ソイソーが驚愕したままに叫ぶ。
「魔王? ……何言ってる、魔王様は遠い昔の御方だぜ?」
「それに、仮に魔王様が相手でもお母さんの命令には逆らえねえ!!」
「お、お母さんって……」魔物たちの言葉にマヨネーは自分の口癖も忘れ力を抜いた。心酔もここまでくれば病的か、とつっこみたいがつっこめばややっこしいことになりそうだと直感する彼女……彼は賢い。
「時代は変わるという事ですな……我らの為している事は近い内に叶う」


 中世メンバーは魔王以外が戸惑い、決定権を知らず魔王に託す。グレンですら、尻餅をついたまま動かない。なにより、ジナが舌舐め擦りをしながら「あの子、苛めると面白そうね……」と呟いているのが心臓に良くない。ジナの後ろにクロノの幻影を見るのは親子だから、と納得できようがサイラスの姿を幻視するのは何ゆえか。彼女の敵意を察知する力ゆえだろう。
 しばしの硬直が予想されたが、反して時間は動き出す。魔王は腕を上げ、そして振り下ろした。


「殲滅戦だ!! この場にいる敵を打ち倒せ!!」通る声は原っぱを支配し、それに対抗するように現代の魔族も吠える。
「ふふふ……貴方の相手は夜の八時からなら良いって言ったけど、こんな明るいうちからとはね……興奮するわ」この場の空気など毛ほども気にしないジナの発言。艶めかしい声音と顔がいやに合っている。
「うるさいぞ貴様!! 一児の……いや百児? 分からぬが、母ならばそのような世迷言を口にするな!!」
「嫌よ。母は母でも女でもあるんだから。折角だからそこの緑の髪の人も一緒で良いわよ。むしろ混ぜるわ、そして弄るわベッドの上で」
「い、嫌だ……何を言ってるのか分からんがとにかく嫌だ!!」
「耳を貸すなグレン! 奴の策だ!」顔を赤くしているグレンに叱咤する魔王、彼の耳もまた何故か赤い。初心であると判断するには十分な反応にジナの笑みは濃く深くなる。
「あら、何言ってるか分からないの? あのね………(著しく良くない言葉の羅列)………って事をするの。あら?」
「グレン!! くそ、役立たずの蛙が!!」蛙のように舌を出して気絶するグレンの肩を揺らす魔王。彼の顔もまた何故か赤い。そしてそれを見ている三魔騎士のにやにや。彼の行動は間違いなくビネガーの魔王日記帳に記されるだろう。今夜あたりマヨネーは魔王を襲うだろう。そしてソイソーは心を鬼にしてそれを止めるに違いない。平和だ。


 中世現代間の戦いは現代が優勢らしい。劣勢優勢に意味があるのか、この戦いでは不明である。大体のところ、これが戦いならば、兄弟間のおもちゃの取り合いは最終戦争となるだろう。





 辛い。
 彼を締める感情は多様にあれど、一言で片づけるならそれが妥当であった。息苦しい、足が痛い、何が何だか分からない。どれも喜怒哀楽で言うならば哀に触れる。
 それでも彼は走る事は止めない。ようやく町に着いたのだ、何故町を目指していたのかも朦朧となっているがここで足を止めれば何かが終わってしまう気がした。だから彼は止まらない。


(俺が何をした? 色々したんだろうなあ、でもこの結果は納得いかない)


 勿論嬉しくはあるはずだ、彼は兼ねてより自分を認めて欲しいと、幼少のころより願っていたのだから。その事を省みれば今の彼の現状は願ったりである。度を過ぎなければ、と不満点を除けば。
 彼──クロノがいるのはトルース町中心。遠くから近くから、至る所で彼に視線を送る町民は全て好奇心に溢れている。今さっきクロノの母たるジナにその弟子、または息子たちが意気揚揚に出立したのも相重なり彼らのわくわく心は頂点に。平和ぼけとはこれを言う。ていうか普通にぼけている。


「も、もう無理だ!! 足が、足が棒だっ!!」


 ここまで休み無しに走り続けた彼の息はこれ以上無いくらいに上がり立っているだけでもぶるぶると足が震えている。ガルディアの森からほとんどノンストップで走り続けたのだ、無理からぬことだろう。並の長距離競技では無い。足には自信があると豪語する彼でも限界はあるのだから。
 膝に手を置き背中を曲げる、彼は久しぶりに空気を吸った気がした。


(なんだ、何が起こってる? 誰も彼もおかしいぞ、大体始まりからして妙だ、誰だよこんな事したの!?)


 思い出すのは一枚の便箋。ここに至るまで聞いた話では、時代を越えて届いているらしい。あのマールと結婚しますとしか見えない内容を秘めた手紙が。
 魔王の言葉を信じるなら自分に出会った全ての人間に届いているのか? ゲートが無いのに?
 あり得ない、と断じながら今実際に起きている。クロノは頭を掻き毟りたくなった。その体力も無いので断念するが。


「随分疲れてるみたいね」
「へ? ……ああ、まあな」突然話しかけられ、一度は空返事をするものの、相手が分かると一息ついて答えを返す。
「まあね、えらい騒ぎになってるみたいだし、当人のあんたがそうなるのは無理ないわ」
「だろ? ……なあ、お前ならこの騒動の原因分かるんじゃないか? ルッカ」問われて、彼の幼馴染は首を捻った。
「そうね、最初は魔王辺りかと思ったんだけど、彼には手段があっても……いやあるのか知らないけど、不可能ではないでょうね。でも理由が無いわ」
「そうだよな……いや、そもそも魔王でもこんな真似出来るのか? 全時代に行って手紙を渡して、その上ここに送るなんて」否定の材料だけは出てくるんだな、とクロノは自分が嫌になった。
「あんたの言うとおりよ、いくら魔王でも無茶が過ぎるわ。でも他の人間じゃ可能性を出す余地すらない。とはいえ、魔王のあの様子じゃそれは無いみたいだけど」


 会ったのか? と問うとルッカは軽く首を縦に振った。どうやら、クロノに会う前に魔王はこの街に寄ったらしい。結局答えが出ないままに彼らは唸ってしまう。
 どうしたものか、と空を仰ぎ見たクロノは落ち着いた事で頭が回り出したのか指を鳴らし「そうだ」と声を上げる。それに引かれてルッカもまた声を出した。


「どうしたの? 何か思いついた?」
「いや、用事があったんだ。アザーラがさ、ここに来てるらしいんだよ。エイラとニズベールに会って聞いたんだ」
「…………へえ、あの子たちも来てるんだ」
「ああ、だから探しに行かないと……」立ち上がり歩き出そうとするクロノの腕を掴むルッカ。なんだか嫌な予感がするな、と背中を伸ばすクロノ。嫌な予感は外れた事無いんだよな、と自分の疑惑を確信に近づける。
「大丈夫よ、アザーラなら私の家にいるわ。そこなら他の奴等に見つかる事も無いでしょうし、あんたも安全よ」
「そ、そうか。吃驚した」
「何が?」
「いや別に。そういう事なら行こうか。俺昼飯食ってないんだ、ついでに食わせてくれよ」
「くすっ、良いわよ。久しぶりにご飯作ってあげる」


 楽しみだなあ、と暢気に鼻歌を歌う。「鼻歌上手くなったわね」「だろ?」と会話する彼らはいつも通りの彼らであった。
 ただ、とクロノは小さな違和感を見つける。お互い異性を意識せず、それを特別と思わない心地よい空気が流れているが、いつもより僅かにおかしい。それは、距離間。
 会話ではない、物理的な事なのだ。いつもは手は触れないが離れもしない小さな距離を置いて歩くのだが、今ルッカは言葉はいつも通りでも強く彼の腕を抱きしめている。もしかしたらこれはおかしいのではないか、と疑問に思うクロノはさっきとは打って変わって町民の視線が(特に男)爆発しろというものに変わっているとも気付かない。本来そのような歩き方はおかしいどころではないと気付かない彼は、恐らく幼馴染という関係に安心しきっているからだろうとかもうそんなもの言い訳になるかい。


「なあルッカ、もしかしてなんだけど。ちょっと近くないか?」
「そう? 今日肌寒いから」
「そっか。皆半袖だけどなあ」
「私体温高いから、これくらいでも寒いの」
「そっか。お前汗かいてるけど」


 ここまで来ると、いくら彼とて分かってくる。折角止んだ汗は活動を始め、じわじわと毛穴から這い出て来る。ぬめりのある汗に当たりながらも、ルッカは笑顔を崩さずニコニコと楽しそうだ。
 楽しそう、というのもポイントだろう。科学に関しては熱血では済まない彼女は大抵の事では笑顔を晒さない。町の間で付いたあだ名はクールビューティー、その由来は決して無駄につけられたわけではなかった。


(……いやいや。まさかだよ、そんなのおかしいよ、だって俺だぜ? ないない、ルッカは普通、ルッカだけは至って普通だ。うん、考えてみれば今日寒いかもな、だって俺鳥肌が凄いもの、これは寒いからに違いない)


「ところでクロノ、汗かいたでしょ。一緒にお風呂入ろっか」
「離せ!! なんか今日のお前おかしい!!」
「離さないわ、大丈夫よ。背中洗ってあげるわ」
「あああああ!!! 意志疎通に不備が生じている!!」


 俺がなにをしたああぁぁぁ!? と青空の下泣く彼を守る者はいない。今や爆発しろという視線はルッカの暗いオーラによって掻き消され、町の仲間の冥福を祈るような同情の念に変わりつつある。ルッカファンクラブが激減した瞬間である。彼女にとってそれは些事ですら無いのだろうが。何故か? 言う必要はないだろう。
 本気で抵抗しているというのに顔色変えずクロノを引っ張るルッカ。それはそれは仲睦まじそうに見えてちょっとホラーが入っていた。もしろサスペンス? ミステリーは違うだろう。
 恐怖から口をひくつかせている彼を救ったのは、無重力。
 急にクロノの身体が浮き始めたのだ。あまりの事態に流石のルッカも目を見開き手を離してしまう。楔の無くなったクロノの体は彼女から離れるように飛んで行く。
 飛距離はそうでもなく、広場の中心から端に移動する程度。慌ててもがいていたクロノはゆったりと地面に下ろされ疑問符を上げ続けた。


「え? え? 何がどうなって……」
「クロノーーー!!!」
「また来たー!? ……ってアザーラか! ぐえっ」


 鳥か飛行機か、いやアザーラだ! という面白くない冗談を言う前に恐竜人……今はアザーラ族と言うが、今は良いだろう。恐竜人の主アザーラがクロノの倒れた体に向かい飛び込んできた。今度は重力に反せず落ちてきたので痛みは相応に。軽いと言えど三十はある体重が落ちてくれば呼吸も止まる。
 苦悶の唸り声を上げ咳き込むクロノとは相反し、ひたすらに彼の名前を呼びながら胸に頭を擦りつけるアザーラ。ギャラリーは羨ましいなあという想いとああいう人種も辛いんだろうなあという一種の達観。クロノが嘔吐を我慢して口元を押さえているところなんか特に悲哀を感じていた。


「酷いではないか!! また遊ぼうと言ったのにいつまで経っても来ない!! エイラなんか酷いのだぞ、もうクロノは来れないと嘘をつきおった! 勿論私は信じなかったが、でも不安になったのだ! 聞いているのかクロノ!!」上に乗りながらゆさゆさと揺れるアザーラ。卑猥に聞こえるが、実際に見れば子供が兄に構ってもらえないと喚いているようにしか見えない。そのままじゃないか、とも言える。
「うっごっ、く、なあ!!」胃腸を過度に圧迫されて呼吸ままならぬクロノ。口から波動砲を出すまで後十秒。
「アザーラ、クロ困ってる。一回離れる」
「た、助かったキーノ」


 ずるずるとアザーラを引き離すキーノに倒れながら礼を言うクロノ。はーなーせー!! と髪を振り乱し喚く恐竜人の主は中々威厳の無い阿呆な姿だった。


「でもクロ、アザーラに謝る。こいつ、ずっと泣いてた。ここ来なかったら、多分ずっと泣いてた」
「そうか……ごめんなアザーラ」
「……うん。でも、今度いなくなったら怒るからな。私が怒ったら凄いんだぞ」
「はは、知ってるよ」


 ふわふわとした空間。頭を垂れてくるアザーラに腕を伸ばし撫でているクロノは胸の内からゆったりとした、それでいて暖かい物が湧きあがるのを感じる。そして、罪悪感も。


(そうか、こいつずっと待っててくれたんだな)


 クロノは、黒の夢にて彼女らの生存を知った時、また遊ぼうと告げられていた事を思い出した。
 彼を責めるのは酷だろう、生きるか死ぬかの戦いを終え、そのまま連戦にラヴォスと対峙したのだから。その上、原始に別れを伝えに行く時間も無かった。なればこそ彼に非は無い。だが、それを責めるアザーラに非があるのか。いや、ない。
 彼女は心待ちにしていたのだ、自分の兄に会えるのを。兄が自分を見てくれるのを。兄が自分と遊んでくれるのを一日千秋の思いで待っていたのだから。だからこそ、アザーラは彼が来なければ子供時代をすぐさまに終わらせたことだろう。でなければ、彼女は壊れていただろうから。


「アザーラ……俺さ、」
「クロ。話の前に大事な事、ある」クロノが何かを言おうとした時、それを遮るキーノ。その目には真摯な想いと僅かな下心が見えた。後者に気付く事はクロノには難しいだろうが。
「なんだよキーノ」妹との時間に割り込まれて少し不愉快だったか、軽く唇を尖らせてクロノは問う。
 そんなクロノに、キーノは朗らかに笑いながら肩に手を置いてきて伝えた。「クロ、原始来る。そして、アザーラと子を作る。これ素晴らしい。これ、大地の掟に入れる」
「どうしたキーノお前なんか変わり過ぎだぞ」
「私とクロノの子供? ……なんだか楽しそうだ、そうしようクロノ!」
「まずは黙っててくれアザーラ。キーノ、俺の耳がおかしいのか? それともお前がおかしいのか?」
「大地の掟、これ、皆背負ってる。へらへらして、それ否定するお前、もう友達でも、仲間でも、ない。クロ、アザーラの夫。つまり家族」
「そんな適当に作られる大地の掟なんか従う奴いねえよ!! アホかお前!!」
「良いから聞く! クロ、キーノ今から大事な話、する」


 聞く耳持たないを実践するのが一番正しいのだが、原始にて常識人にカテゴライズされていたキーノがすかたんな事を言うので頭が回らないクロノ。性根は真面目な彼だからこそ、自分が引っかき回さない限り混乱しやすいのだ。キーノの笑みにはそれを踏まえてではないか? と邪推出来るほど悪々しい。


「今、イオカ村大変。魔物の襲撃で、男手減った」
「そ、そうか……それは大変だな」クロノの言葉にこくりと同意をして、続ける。
「そう、大変。狩りもほとんど出来ない。だから、男いる。それも強い男。そいつがイオカに来れば、大分変わる。強いだけじゃなくて、信用できればもっと良い」
「……………………それで?」なんとなく落ちが掴めたが、自分からは言いたくないクロノはあえて先を促した。
「クロ、アザーラと繋がる。そしたら、クロずっとイオカ、いる。キーノ、凄い助かる。エイラ、凄い喜ぶ。皆幸せ! これ、大地の掟」
「クロノ! 繋がろう!」
「アホかってだから!! 俺の意思関係無いんかい! 助かる喜ぶで一生ものの事を勝手に決めんな! それから大地の掟をもっと大事にしてやれ! それとなアザーラ、そういう事を笑顔で言うな。意味分かってから言え。いや、やっぱり言うな、そして知るな!!」


 二人に息継ぎ無く突っ込む彼はとても頑張っていた。思えば、彼が旅の中で最も頑張っていたのは戦いよりもこういう会話の調整だったのかもしれない。彼自身相当に狂わしていたのだが、それ以上に周りがおかしい事を言っていた。なるほど、彼は確かに頑張っていた。今も頑張っている。
 やがて、もう一度逃走を開始したクロノをキーノは追わない。必要が無いからだ。アザーラが少し指を動かせば、走る足は空を蹴り、クロノは宙を浮く。あっという間に鎖に繋がれたような、自由を失う形となる。


「くそ!! それ無敵じゃねえか! 離せアザーラ良い子だから!!」
「で、でもキーノがここで離したらまたクロノに会えなくなるというのだ!」
「うん。アザーラ、クロを離す、駄目。クロすぐいなくなる。今度は本当に、ずっと会えなくなる」
「キイノォォォーー!!! てめえうちの妹を洗脳しやがって!! 必ずたたっ切ってやるからなあ!!」
「ふふふ、副酋長、大変。これくらいの事、当たり前」
「変な風にこじれやがって! 通りで、エイラも躊躇なくマールを蹴り飛ばすなあと思ったが、それもお前の影響か!!」
「クロノ……私といるの……嫌なのか? ……ひっく、い、嫌なのか?」
「いやそういう訳じゃなくて……」


 あまりに抵抗するので泣きだすアザーラ。さっきまでのふわふわした時間はなんなのだ、何処に気が休まる場所はあるのだ、とクロノもまた泣き出しそうになる。ここで泣けば収集がつかなくなると分かっている彼は決して涙を流す事は無い。実に彼らしい、自分を蔑にしても周りを大事にする考えだ。臆病とも言える。
 やがて、項垂れたように抵抗を止めるクロノ。ククク……と笑うキーノは決して良い男ではない。良い男ではないが、半裸の美男子であるが故に周りの女性の視線を浴びている。悪そうな笑みも彼女らの中ではストライクらしくハートの嵐が舞っていた。それを含めても、クロノからすれば気に食わない。クロノ目標、キーノの惨殺。
 暗く深い復讐心を高めていると……彼の顔先にひゅん、という音と共に何かが通り過ぎた。
 何だったんだ、と思う前に鼻から一筋の血が流れていく。青褪めた顔をしたのは、クロノだけでなく腕組みをしながら笑っていたキーノと、クロノも一緒に来る事に同意したのだと勘違いし喜んでいたアザーラ。彼らの視線の先には背中を丸めながら銃を向けるルッカの姿が。


「……ふふふ。別に良いのよ、クロノがどんな相手とくっついても。でもね、異性同士が不純に交遊しているのはちょっとね。それも街の真ん中でね、許せないかなって思うの私。だから……クロノ以外は死んでいいかも。クロノは厳重注意ってことで私の家に持って帰るわ」
「持って帰るって……なんか違うだろ、俺人間だぞ……」色々なメーターを振り切って冷静になっているクロノの言葉を無視してルッカは声を張り上げた。
「やかましいのよ!!! 手伝って! お父さん、お母さん!!」


 ルッカの声と同時……下手をすればそれよりも早い段階でアザーラとキーノに銃弾の雨が降りしきる。当然、当たれば良くて重症、悪ければ死ぬしかない雨。
 キーノは咄嗟にアザーラを抱えて飛び、命中を避ける。しかし急な移動に驚いたアザーラのサイコキネシスは崩れ、クロノは地面に落ちた。
 その瞬間クロノに覆いかぶさる鉄網。銃弾や急な落下、さらには鉄網が降ってくるという災難(災難?)に見舞われてもう彼はまともに考える事が出来ない。無理からぬ。


「外したか……悪くない反射速度ね、貴方」
「お前が外すとは俺も驚いてるぜ。ジナ以外に避けれる人間がいるとはな。ま、俺は見事捕らえたが」


 群衆の中に紛れ込んでいたのか、二人の男女がクロノたちの前に現れる。男は巨体で、人一人が担げるとは思えにくい二メートルを超す巨大な砲塔を担ぎ、女は男の胸に収まりながら二丁の拳銃を構えていた。銃口からはうっすら煙が上がっている。火薬の臭いが広場に漂っていた。一人の女の子が泣き声を必死に噛み殺している、その隣に立つ兄らしい男の子が自分も泣きだしたいのを我慢して妹をあやしていた。ああ、美しきかな兄妹愛。誰もそれに感動する余裕は無かったが。


「ありがとねお父さん。お陰でクロノは捕まえたわ、お母さんも落ち込まないで。次仕留めればいいのよ」
「まあ、ルッカは優しいわ。うん、次は私頑張るからね」
「へへへ、仲が良いなお前らは」
「あら? お父さんも大好きよ、私」
「そうよ貴方。なんてったって、貴方は私たちの柱なんですから。ずっと貴方を抱きしめたまま離しませんからね」


 娘が手榴弾を取り出しながら手で遊び、父親がバズーカを持ち、母親が銃弾を新たに込めていなければとても良い家族の絵になっているだろう。いかんせん会話とのズレが酷過ぎる。殺人一家か、テロ組織の団欒ならばまだ納得できようが、彼らは普通に住民として認識され、外れとはいえ町中に身を置く者である。これがガルディア、されどガルディア。新たにタバンが作った兵器には一瞬で城を灰に出来る代物があるそうな。誰が許可を出したのだろう? 彼らに許可など必要ないそうだ。それを聞いたあの国王が苦笑いをしたのは歴史の一つとして残るだろう。


「もう……やだ」顔を覆い泣きだしたクロノを余所に、アザーラたちとルッカたちの戦いが始まる。
「おのれ! 野蛮な人間め、危ないぞ、怪我をしたらどうするつもりじゃ!」
「アザーラ、人間、皆野蛮違う。あいつらだけ、野蛮」
「随分な言い草ねキーノ。一度は仲間として闘ったのに……まあ良いわ、貴方もクロノを連れていくって言うんでしょ? 私はどうでもいいんだけど、実験対象がいなくなるのわね、困るのよ。それだけなの。だから貴方を葬るわ」
「娘の言う事だからなあ、まあ、従ってくれや兄ちゃん」
「ルッカが言う事だもの、間違ってる訳ないわ。だからきっと貴方たち悪い人なんでしょう? ……抵抗してもいいけど、タバンとルッカに触れたら内臓取り出すからね」


 五人とも、言っている事は違えど、想いは同じ。ぶっ殺す。特に最後の人間は殺すだけでは飽き足らず抵抗をするなと脅しをかけていた。ひっ、と小さく悲鳴を上げたアザーラはまだまともと言えよう。帰ってきなさい、おそらくまだ間に合うから。隣のお兄さんから離れれば大丈夫だから。しかし、その相手は仲間というジレンマ。哀れ。
 じりじりと見合いながら機を待つ四人。キーノだけは腕組みを戻さず、辺りを見回してからアザーラに指示を出した。「アザーラ、吼えろ。そうしたら、仲間増える」


「仲間? ……そうか、分かったぞキーノ! 私は頭が良いからな!」言うと、アザーラは顔を空に向けて口を開いた。その隙を狙われぬよう、キーノは目を鋭く変えてルッカたちを睨む。何をするのか読めないルッカ家族は大人しく成り行きを見守った。
「──────!!!!!」


 言葉に出来ない叫びを上げるアザーラ。声は大気を超え、町中に響き渡る。
 そして、異変が始まった。今の今まで家に籠り、好奇心なんか何処へやら、怯えていただけのトルースの住人が外に出てくる。彼らは皆恐竜人。いつもの優しい瞳は消え、赤黒く輝かせながらつらつらと広場に集まり始めた。
 そのあまりの光景に、クロノは泣く事を止めて問う。


「な、なんだ? どうなってんだこれ?」クロノの疑問を聞き付け、待ってましたとキーノは少し自慢げに言い放つ。
「アザーラ、恐竜人の主。アザーラ吠えれば、恐竜人なら皆彼女の為、闘う。意志があっても無くても、それ、同じ事」
「まんま洗脳じゃねえか!! 最低だぞてめえ!!」
「凄いか? なあクロノ私凄いだろ!」
「アザーラ……お前も染まっちまったのか……」クロノ号泣。気持ちは分かる、簡易なNTR感覚を味わった彼が立ち直る日があるのか。


 ぞろぞろと集まる敵対戦力にちっ、と舌打ちをしてから、ルッカもまた声を張り上げた。


「町の皆!! この私が危険なの! だから助けて!!」




















 その声に反応する者は誰もいなかった。


「……焼き払ってやるわ」
「ルッカちゃんが危ないだって!? こうなったら俺たちも戦うしかねえな!!」
「そうね! 女の私でもやる時はやるわよ! ……だから子供にはどうか……どうか……」
「この老いぼれ、多少なりとも力にならせて貰いますぞ!! ……婆さんは足が悪いのじゃ、逃げられはせん……婆さん、わしの最後、見届けてくれるか……?」
「ルッカちゃんファンクラブの俺たちも力になるぜ!! ……あの、退会届けって何処に出せば良いですか? ……あ、もう解散してますか。ですよね」


 今この広場にはトルース町全住民の九十%が集まっていた。その誰もが自分の意志ではなく強制的に戦いに臨んでいる。これを悲劇と言わずなんというのか。諸悪の根源たちだけは高笑いしている。悪ってなんだ? こいつらの事さ!


「全軍突撃ーーー!!!」
「迎え撃て! 我が同胞たちーーー!!!」


 覇気の無い声を上げて、人間軍と恐竜人たちがぶつかり合う。わざと倒れた人間には、その人物の近くに銃弾をかますという荒業で復帰させるララ。厳しいなあララは、と言いながら彼女の頭を撫でるタバン。今に彼女らへの反乱がトルースで始まるだろう。勝敗は見えていても、人間は諦めない生き物だから。
 統制のとれた恐竜人だが、数の差とララ、ルッカという達人を有する人間側は圧倒的だった。特にララは銃を使わずとも体術のみで恐竜人という人間よりも強靭である彼らを打倒している。銃を使わないのは最後の良心だろう。おかげで、死人は出そうにない。
 だがそこは原始の軍師キーノ、即興の策を披露し人間軍に被害を与えていく。ルッカも知能では引けをとらないが、現場で指揮してきたキーノを相手にするのは荷が重い。それでも数と暴力でねじ伏せていく彼女の手腕も侮れない。


「……平和って良いよな。俺平和大好き、俺平和と結婚する」


 電波的な事を呟くクロノは、眼の前の光景を受け止めない逃げの一手を繰り出している。そりゃあそうだ、何が悲しくて今朝まで仲良く談笑していた街の皆が戦う姿を見なければならないのか。いっその事祭りの一種だと言われればそれを信じるのに、誰も彼に話しかける人物はいない。助ける人もまたいない。
 実際、悪いのはキーノとルッカたちなのだが、それを恨むよりも彼は誰かも分からない手紙の差出人を恨んだ。そいつがいらぬ手紙を出したせいで何かがおかしくなったのだと考え、クロノは泣き事よりも恨み事を呟く方向にシフトチェンジする。


「くそ、誰だよこんな頭の悪い事をしたのは!! 俺に恨みがあるのか? あるんだろうな、そしてとんでもねえ馬鹿だってのは想像できる! という事は…………駄目だ、心当たりが多すぎる」


 雲をつかむような事でも、犯人を探そうとする彼の試みは悪くない。だが惜しむらくは交友関係に尽きた。彼に関わる者でまともな人物がいないというのはキーノが立証してくれた。もう、彼には心から信用できる仲間はいない。精々、自分の母親くらいのものだ。
 旅に出る前と考えが一転したなあ、と寂しい想いと、やはり母親ってのは偉大だなあと思春期らしからぬ事を思うクロノ。彼はきっと母親想いの良い青年になるだろう。
 阿鼻叫喚、午前とは一転して地獄へと様相を化したトルース。それでも空は青かった。
 責任者を探す事も諦め三角座りで空を見つめるクロノの目に生気は感じられない。何処か、この事態を理解する事を放棄したように感じられる彼の心中はずばりそのもので、ありていに言えば今夜の夕食は魚系が良いなあというものだった。もっと丁寧に言えば「刺身も良いけど煮魚の方が良いな、ご飯のおかずになるしなあ」である。
 と、想像の中だけで舌太鼓を打っていると、ふと背中から何か気配を感じ体を硬くする。新たな人物の登場か、と本来ならば喜ぶ再会に恐怖を抱いていたのだ。もしくは面倒くささか。後者の割合が九割を超えている。


「……一体、今度は誰が──?」


 クロノが確認する前に、彼を縛る鉄網がばらばらに切れ、落ちる。鋼糸を編み込んだそれは人の手では勿論、刃物でも傷つかない代物なのだが、いともあっさりしたものだった。
 立ち上がり、前を見る。彼らを気にする者はいない。ルッカやキーノも、よもやクロノが動き出せると思っていないのか目を向けもしなかった。故に、


「…………そっか。なるほど。大体分かったよ、この騒ぎの元凶が」


 故に、彼らが広場から出て、町から離れていこうとも気付かれる事は無かったのだ。






 場所は変わり、彼らが立つ場所は小川の流るる長閑な空間。海から少し離れたそこは潮の香りが薄く、田舎染みた場所だった。そもそも、トルースを出れば見渡す限り緑に覆われているこの国では珍しいことではないが。ひらひらと蝶が踊り、人には近づかないはずのそれはクロノを救った人物の肩に止まる。それを見て、ふわ、と笑ったのがクロノには印象的だった。
 特別相手が笑う事が少なかった訳ではない。どちらかと言えば、彼はよく笑っていたように思えた。しかし、その笑顔は何処かしら成熟したものを帯びていた。


「あんまり、こうして二人で何処かに行ったこと無かったな」


 クロノの声に、相手は声無くただ頷いた。
 どちらからともなく、お互い座りこむ。肩を揃えた彼らはまるで似ていなくても兄弟の様に。


「……どうやって?」
「ゲートですよ。普通に暮らしていたら、手紙と一緒にゲートが出てきたんです。そこに飛び込んだらもうこの時代でした」
「普通に、か。で? お前に俺の記憶があるのはおかしいだろ。エイラたちやグレンたちが俺たちを知っているのは分かるさ、ラヴォスの世界崩壊の日より前に生まれた奴等だからな。でも、お前は?」


 質問に、少し考え込んだ後彼は口を開く。


「覚えていませんでしたよ。この手紙を貰うまではね」言って、今日何度目にしたか、見慣れた便箋を取り出す。疲れたように笑いながら、クロノは肩を落とした。
「なんて言えば良いんですかね……これを持った瞬間色んな事を思い出したんですよ……思い出すっていうのが正しいのか、分からないですけどね」
「だな、けどそうか。って事は、やっぱりあいつか。そんな無茶苦茶が出来そうなのなんて、俺の知る限りじゃあいつくらいだ。確証は無いけど、確信した」


 空いた手を地面に当てて、小さな小石を拾う。手首のスナップをきかせて水面に放ると、幾度か跳ねて沈んでいった。上手いですね、と褒められてクロノは慣れたもんだろ? と得意気になる。それに習って、彼──少年も同じく石を投げるが、一度も跳ねる事無く水柱を上げた。
 あーあ、と伸びをして、クロノを見遣る。その顔は幼くしかし美しく。クロノは腕を持ち上げ、彼の髪に指を絡ませた。


「短くなったな、髪」
「あの頃は、長い方が格好良いと思ってましたから。今じゃもう普通の髪形ですよ。今考えれば流石に腰まで伸びてるのはおかしいでしょう?」
「そうでもない。お前は見た目が良いからな、どんな髪形でも様になってたよ」


 言われて少年は嬉しそうに微笑んだ。クロノも目を細めて、愛おしそうに頭を撫でる。猫のように首を上げ、気持ち良さそうに身を震わせるところまで記憶のままで、それが堪らなくて、目から涙が零れ落ちていた。


「────お帰り、ロボ」
「はい、帰ってきました。クロノさん」
「……っ!! 勝手にどっか行きやがって、馬鹿野郎!!」


 声を震わしつつ、ロボの身体を抱きしめるクロノ。ごめんなさい、と連呼しながらロボもそれに応えて抱きしめ返す。何度もお互いの名前を呼び合い、力の限り背中に回した腕を締める。二人とも、もう涙を我慢する事は無かった。
 夢みたいだ、とクロノは思う。それは今日、森で大臣に襲われた時から始まっていると感じていた。
 本来会える訳がないのだ、ロボだけでなくグレンにも魔王にもキーノにもアザーラにもニズベールにも。そのつもりでシルバードを彼は破壊したのだから。もう割り切ったつもりでいたのだから。
 どれだけ押し殺しても、傍目には成長したように見えても結局は変わらない。会いたくない訳がない。ただ、必要が無いから、これ以上時に干渉するのは人の身では分不相応だからと納得した気でいただけだ。
 それでも、まだ年若い彼には無理だった。こうまで奇跡が連続されてはまともでいれる訳がない。何を言っているのかも分からない、ただ喚いているだけの彼をロボは優しく包み込む。彼もまた泣いているが、それ以上にクロノを慰めていた。


「ごめんなさい、最後に全部任せちゃって」
「まったくだ!! お前、お前がいなくなったから、俺凄い焦って、凄い落ち込んで、皆に怒られたんだぞ? ……ほ、本当にさあ、やめろよなああいうの!!」何度か詰まりながら恨み事を作るクロノは、誰の目にも格好悪かった。そして、ロボの兄だった。
「で、でもクロノさんだって同じことしたじゃないですか。ほら、海底神殿で……」
「俺は良いんだ!! でもお前は駄目だ!!」
「り。理屈になって無いですよクロノさん」
「なってなくねえ!! 俺とお前じゃ全然違うだろ! 俺は俺の事が好きだし、大切だけど!! お前はもっと大切なんだ馬鹿!!」
「っ! ……もう、もう駄目ですよ……僕、泣き止めそうにないですよ、そんなの言われたらぁ……」


 掻き抱くように密着する彼らは暑苦しくも感じられたが、どちらもそのような無粋な想いは持っていないのだろう。ただ、歓喜に震え再会を祝していた。
 もう、二人は言葉を用いない。いや泣き喚いてはいるが、言語として成り立ってはいない。ただ、良かった良かったと連呼している。けれどそれでいいのだろう、彼らが思う言葉は、伝えたい想いはそれで全てなのだから。
 時間にして、凡そ一時間は過ぎただろう。日はまだまだ高くとも、夕を意識してくる時となっていた。
 二人は、大声で泣いた事を恥じているのか少し距離を空けて座っている。沈黙を苦にするような仲でもあるまいに、どちらも気まずいと顔に出ていた。涙を見せる、それを恥と思うのは彼らが男である所以か。


「……これから、どうするんですか? クロノさん」押し黙る事に痺れを切らしたか、ロボは当たり障りのない、けれど大事な事を聞いた。「他にも、クロノさんに会いにきた人は沢山いますよ。未来からも、アトロポスやマザー、ドンさんにジョニーさんまで来てます。きっと、原始以外の人も来てるでしょうね」
「ああ、グレンと魔王にもあったよ。この分じゃ、王妃なんかも来てるかな……いや、流石にそれはないか」
「やっぱり、あの人たちも来てましたか。それで? 結局クロノさんはマールさんと結婚するんですか?」
「……なんだろうなあ。嫌って訳じゃないんだよそれ。実際マールの事嫌いかって言われれば絶対違うし、好きだって言ってくれるのは素直に嬉しい。でもな、それじゃ流されるままだろ? 何より、そういう決断は他人じゃなくて、俺が決めたい」
「ふうん、やっぱりあの手紙クロノさんが書いたんじゃないんですね」
「当たり前だろ、俺に次元を超える力なんてねえよ」
「へえ……それじゃあ、誰がこんな事を……」身を乗り出して、ロボがクロノに問うと、言葉を終わらせる前に辺りの茂みが一斉に動き、多くの人影が姿を現した。それらが紡ぐ言葉は全く同じもので、短いものだった。


『見つけた!!!!』






「……うそお」地面を見つめ、安らぎつつあった心が摩耗するのをクロノは感じた。
「見つけたぞクロノ!! いきなりいなくなったから、また会えなくなったのかと……もう絶対離れんからな!」眼を赤くしたアザーラは叫ぶ。
「クロ、逃げる良くない。大丈夫、イオカ良い所! きっとすぐ慣れる! ……いや、慣れさせる!!」きらきらと未来への展望を想いキーノは叫ぶ。
「アザーラ様が望むのだ。それを叶えるはアザーラ族の願い、お前も兄ならば大人しくアザーラ様の下に戻れ、戦友!!」腕組みをしながらニズベールは叫ぶ。
「クロ! キーノのお願い聞く! ……エイラも、その方が嬉しい!」キーノの力になれている、と実感し体をくねくねと動かして照れながら、エイラは叫ぶ。
「まいったねえ、私も年か、まさか逃げられるとは思ってなかったよ。おおい馬鹿息子! 会いたい奴には会えたのかい!?」肩を揉みながら腕を回し、ジナは叫ぶ。
「へへへ、あのクロノがこんなにもてるたあな。知らなかったぜ、よっ! 色男!!」「昔のタバンにはちょっと劣るけどね……ああ、勿論今の貴方はもっと素敵よタバン!!」お互い睦まじく体を寄せ合いながら、一人はクロノに、もう一人は最愛の人に向けてタバンとララは叫ぶ。
「ふははは!! 何を逃げるのかクロノ! 俺様が祝すと申しているのだ、畏まって礼をせんか!! ……ところで、誰かポーションを持っていないか? 誰でも良いぞ、俺様に献上しろ!!」体中ぼろぼろになりながらもなお偉そうにしているダルトンは叫ぶ。
「ええい! 貴様ら離れろ! 奴は元より貴様らなど相手にしておらぬ! こうなれば、次元の狭間にでもそいつを連れ去ってくれる!」大口を開け牙を見せながら、彼らしからぬ激昂を晒しながら、魔王は叫ぶ。
「何を言っている! クロノの場所は決まっている、ガルディア城で騎士団の一員になるのだからな! ……ま、まあ申請が下りるまでは俺の家に住まわせても構わんが……っ! ロボか!?」指を絡ませる事を止め、別れたはずの仲間を見て驚きながらグレンは叫ぶ。
「うそうそロボがいるの!? おーいロボー! 私いるよー! 約束だからね、後でぎゅーってするからね! あ、でもその前にクロノを捕まえてて! 聞かなきゃいけない事があるから!」ぶんぶんと手を振りながら、満面の笑みでマールは叫ぶ。
「あははは!! 皆さんらしいや!」ロボは笑い転げながら、周りを見渡した。
「……ロボ?」ルッカは、呟く。


 夢遊病のように、ふらふらと前に出てくる。それに倣い、他の面々も飛び出そうとしたが、ルッカの顔色を見て、また事情を知る者たちは邪魔をせぬよう少しだけ口を閉ざした。
 ルッカを見つけて、笑っていたロボもふっ、と表情を失くし「マスター……」と零す。その後顔を逸らし、何を言えばいいのか分からないと俯いた。
 二人の距離は縮まり、手を伸ばせば届く程に。
 誰もが、ロボの隣に座るクロノでさえも静かに見守る中……ルッカは一度空を見上げて、また顔を戻す。流れる雫は美しく、目は細められている。幻想的にすら見えるほど、彼女は美しかった。誰もが、息を呑むほどに。
 開いていく唇。彼女の姿とは裏腹に、力のある、いつものルッカらしい声だった。


「良い男になったじゃない、ロボ」その言葉を始まりに、ロボがまた涙を落とす。小さく、「やっぱり、マスターは変わらない」と呟きながら。
「……良いじゃん、こういうのも」


 クロノは、思った事をそのまま口に出してから、皆がロボとルッカに注目していることに気づき、こっそりと魔法を唱える。
 使う呪文は人を傷つけるものではない、ただ電流を介して己の身体能力を上げるもの。今ならば、最速を誇るだろうエイラやグレンから逃げられはしなくとも、追いつかれもしないだろう。彼女らは強敵との戦い? で相当に疲れているだろうから。そこまで頭を回して、苦笑する。


(なんか、この妙な事態にも慣れてきたみたいだな、俺。すらすら思いつくよ、こすい考えがさ)


 疲れているのは彼も同じこと。どうせ逃げきれはしないのならここで観念してなるようになるのを待つ、それも悪くないだろう。
 けれど、それを彼は良しとしない。クロノならば、自分ならばどうするかと自問自答すれば答えは自ずと現れた。


(俺だったら……このまま流されててんやわんや内に落とし所が見つかる……らしいよな。凄い俺らしいよ、それ。でも、その前に……見つけないとな)


 バヂバヂと、火花がクロノから発せられる。まだ気付いている者はいない……いや、ジナだけはちらりとクロノを見たが、何も言わずそのまま立ち尽くしていた。今の彼女は、息子の行き先を止めようとする意志は無い。元より、ジナは思っているよりも子煩悩なのかもしれない。
 髪が逆立ち始める。そして、ようやくクロノが魔法を唱えていると気付いたマールがあっ! と声を上げた。それに釣られ、その場にいる全員がクロノの異変を知り顔を強張らせる。唯一ジナだけが実にわざとらしい驚きを見せていたが。


(そうだ、見つけないといけねえよ。どうせ、けらけら笑ってるんだろ? 今までのどたばた劇も、俺が困ってる時も、笑ってたんだろうが。知ってるだろ? 俺もさ、お前と同じで……)


 ぎゅっ、と靴を地面に押し当て解き放つ。彼の一歩は大きく、腕を左右に伸ばした姿は空を飛んだようだった。


「人に笑われるのが、大嫌いなんだよ!!」


 一足で包囲を抜けた後、そのまま何処に向かうでもなくクロノは走りだした。風のように速く、自由な歩調は楽しそうなもので。追いかけるはずの者たちは、一瞬見とれてしまったのだ。


「…………って、あああ!! 逃げたー!!」


 マールが口に手を当てて、悲鳴のような声を出す。皮切りに、各々もまた走り始める。
 誰もが声を荒げて、それでも楽しむような声音で、現代の地を、世界を回り出す。


「悪いな、俺にはさ、まだ会わなきゃならねえ奴がいるんだ! あの巨乳女をどつき倒さねえと、俺の旅は終わらないみたいだ!」


 その言葉に顔を赤くするのは三人。マール、グレン、アザーラである。三人目の彼女は特に何かを意識したわけではあるまいが、未だ育ち切らない女心が何かを察知したのだろう。握る拳の力は同じであった。
 そして、遠く向こうでまだロボと向かい合っていたルッカは呆れたように息を吐く。彼女もまた、クロノの発言に確かな怒りを覚えてはいたが、己を見失う程ではない。彼女には大事な仲間が、恩人が側にいるのだから。


「やれやれ……私たちも行くわよ、ロボ」
「そうですね……あはは、また楽しくなりそうです。走りますよ、マスター!!」


 騒がしく、忙しい。平穏などではありえないこの世界で、確かに笑う人がいる。
 それは未来を救った者であり、己の時代で命を賭して戦い合った者であり、自分の時代を追い出され、それでも自分を確立させた男であり、やがて中世の人間を震え上がらせた、今では大切な自分の息子を想う優しい魔族も合流し、未来にて人々を待つ者も、とある国の王妃まで、その王妃を守る魔物の忠臣も集まるだろう。
 時代は回る。決して止まる事無く、川のように波のように押しては返し返しては押して。繰り返しなのだろう。
 けれどそのままではない。もう一回を繰り返す訳ではないのだ。例えいかに似たような日常でも同じを嫌い続ける者がいる。彼らは行くのだろう、やがて来る未来を待つのではなく進み続けるのだろう。
 旅は続く。未来永劫に終わりなど来ないように。願うではなく自分から動いて。
 一つの旅は終わりを告げた。けれど、人生において旅は一つではない。数多の物語が絡み合い、次の場所へ誘いゆく。
 悲しみも楽しいも別れも出会いも全ての感情を込めてようやく形作られる旅が無限に並べられている。
 だから、先陣を切ろうと逸る者がいた。
 名前はクロノ。特別な才能があるでは無い、勇気溢れる事もなく、英雄譚にある宿命を背負うでもない。だからこそ彼だけが始められるのだ、物語を進められるのだ。







 かつて、星は夢を見た。
 そして、殺された未来は彼らに復讐するのだろう。
 しかして、案ずるなかれ。彼らは止まらない。仲間を得たのだから。
 殺された未来は散らばり、また集まり力となる。力は恨みを得て襲いかかるだろう。
 ならば迎えようじゃないか、抗うではなく迎えよう。全てが終わるその時まで。
 夢は覚めるだろう、未来は必ず来るのだろう。その為に出来る事は山以上にあるのだから。
 物語は一度終わりを告げる。されど、
 されど────












『これで、良かったのかい?』
「ええ。だって、私の事放っぽりだしてそのままなんて酷いじゃないですか」


 青く長い髪を束ねた女性は鼻歌混じりに言う。寝ころびながら、両手に顎を置く姿はだらけている見本と言えた。
 彼女に問うたもう一人の、赤い髪の女性は「ああそう」と興味なさげに呟き、青い髪の女性が作りだすビジョンに目を向けた。そこには、クロノとその仲間たちが追いかけっこをしている姿が映し出されている。


「どうやら、私の事を思い出したみたいですし。もう消しますよ」青い髪の女性──サラが手を一振りするとビジョンが消え、また何もない空間に戻る。赤い髪の女性はああ、と切なそうな声を出してサラを睨んだ。
『酷いなあ。もっと見ていたかったのに』
「疲れるんですよ、力を使うのは。文句なら燃費の悪いこいつに言って下さいな」ごつごつと拳を振り上げ自分の下にいる夢喰いを殴るサラ。夢喰いは微動だにせず反応を見せなかった。
『疲れるくらい良いじゃないか。なんなら、僕の力を使うかい?』
「遠慮します。大体、なんでここにいるんですか? ──ラヴォス」


 訊かれて、ラヴォスは呆けた顔を見せる。その表情によく知ったものが混ざっているので、サラは心中で舌打ちする。


『ここ以外にいれる場所がないんだよ。それに、君の考え通りなら、ここにいればまたクロノに会えるだろう?』
「いや……会ってどうするんですか? それに、貴方と一緒にいるのは正直複雑です」
『へえ。じゃあ出ていくよ、サヨナラ』
「出ていけなんて一言も言ってないでしょう! 離れてはいけません! 一人は寂しいです! ほら、早く戻って!!」
『やれやれ……』


 両手を上げてやれやれと“呆れた”と言外に言うラヴォス。見た目と相まって、サラは不快を露わにしながら眉根を歪ませた。


「ずっと訊きたかったんですけど、なんですかその姿。私の知ってる人によく似てるんですけど……」
『え? でも可愛いだろうこの姿』


 その場で一回転してみせるラヴォス。可愛いか可愛くないかは分からないが、決して醜くは無い。少女とは言い難いが成熟したとも言えない難しい年に見える。赤い髪は短く、毛先が跳ねていた。全体的にだぼついた服装なのは、本人の性格からか。勝気そうに吊りあがった目は印象に残りやすいだろう。


「可愛くないとは言いませんが……それって誰の姿を模ってるのです? 予想は出来てますけど」
『クロノだよ。並行世界の、クロノが女だったらっていう可能性から引っ張ってきたんだ』
「でしょうね……道理で貴方に馬鹿にされたらすっごい腹が立つ訳です。あの人はどんな時でも私を馬鹿にしますね」
『それは、サラが馬鹿だから仕方ないんじゃないかな』
「黙りなさい!! 私はとても頭が良いのです! 学術試験では、三十点を切った事がありません!」
『そうなの。何の教科が一番得意なんだい?』
「せいかつです!」
『…………ああ、理科と社会が合体したような、十歳未満の子供が受ける教科だよね。大変だねサラは。そしてジール王国に未来は無かったね』
「馬鹿にしていますね! 私は馬鹿では無いのですよ!? それに、クロノさんなんかの恰好を模している貴方の方がずっと馬鹿です!!」
『どうして? あのクロノが女の子なんだから、とっても可愛いに決まってるじゃないか』
「いやいや、どう見てもクロノさんは可愛くないですよ? アホですか?」
『そりゃクロノは可愛くないよ。彼は格好良いんだ。世界一格好良い男が女になったなら、世界一可愛いに決まってる。やっぱりサラは駄目だね』
「うわお。あの人星喰いまで落としたんですか。見境ないですね……それを言うならダルトンも似たようなものですか」頭を押さえて頭痛を乗り切ろうとするサラ。腰に手を当ててえへんと鼻息を吐くラヴォスはサラと変わらず賢くなかった。


 暫しの間、時間が流れる。もうビジョンの無いこの場所では何もすることが無く、必然としてラヴォスもサラも会話を始める。


『ねえねえ、クロノはもうすぐ来るかな』
「まだですよ。その質問何回目ですか? 来るとしても、手段を見つけて、それを可能にして、準備を整えてここに来るんです」
『待てないよ。サラの力で呼び寄せられないのかい?』
「出来ませんし。出来ても私死にますよそんな無茶したら」
『なんだ、出来るんじゃないか。早くしなよ』
「話聞きやがって下さい。私は死にたくないです」
『僕だってもう待ちたくないよ!』
「我儘過ぎます!!」


 きゃんきゃんと言い争う二人は気の置けない仲としても良いのではないか。そんな風に思う人間はここにいないが、ずっと自分から意志を放つ事をしない夢喰いはそう感じていたかもしれない。もしそうだとすれば、夢喰いも夢喰いで大変なのだろう。
 さらに時間は流れる。二人して息が上がったので口喧嘩は終わりを迎えたが、やがて呼吸は落ち着くのだ。そうなれば、暇を持て余した方が口を開く。これもまた、必然。


『ところでさ、どうして彼らは現代に集まれたんだい? 移動手段のゲートを作ったのは君だって知ってる。でも同じ時代に、違う時代に生まれた異なる存在が三人いれば時空が歪むんじゃないのかな』
「分からないんですか? 貴女の時も同じ事があったでしょうに」少し馬鹿にした風に告げるサラ。それに気分を害したラヴォスはむっ、と顔をしかませるが、やがて解に辿り着く。
『ああ三賢者か。生きてたんだ』
「あそこにはスペッキオがいますから。そう簡単に彼らが死ぬ事は無いでしょうね。今もボッシュたちと一緒に時の最果てにいますよ」
『へえ……って、スペッキオってあの戦の神の? うわ、あいつ外に出れたんだね。そうなると、自他共にあいつが最強の存在になっちゃったか。全盛期の僕でもあいつには勝てないなあ』
「ああ、貴方の敵に変化して敵の一歩先を行く敵になり変わる技って、スペッキオからパクったんですよね確か。偉そうな事言いながら人の技を盗んでそれが切り札とか言い出す星の破壊者乙です」
『いいだろ別に! ……もうやだよサラ。僕君の事嫌いだ』
「ふっはっはー。思い知りましたか! 私はとても頭が良いのでこういう切り返しも出来るのです!」
『そんなのだからダルトンに振られるんだ』
「まだ振られてません!?」
『クロノまだかなー』
「聞きなさい人の話を!!」


 もう会話にも飽きたのか(あれだけ他人との会話を望んだラヴォスが飽きるとは意外だが)サラを無視して三角座りするラヴォス。ふらふらと体を揺らしているのは楽しいのか。少なくともそのなんちゃって運動はサラの相手をするより有意義だと思ったらしい。もしくは、人間形態にまだ慣れていないためどのような運動でも新鮮に感じられるのかもしれない。
 がみがみと喚くサラは一度落ち着いて新たな切り口を探す事にしたようだ。一度黙りこみ頭を動かす。その為に指を頭に当ててうーんと唸るのは彼女が考え事をする時に行うものなのだろうか。妙にアホっぽい事を突っ込む者はいない。敢えて言うなら、今までなんの動きも見せなかった夢喰いが何かを言いたそうに口部分を震わしていた。結局何も言わぬままだったが。今思えば、サラの為に力を使いサラの命令を従順に聞く夢喰いは結構気の良い奴なのかもしれない。誰もそれを言う事は無いが。


「そっ、そういえばあれですね。クロノさんはモテますねー! 貴女なんかよりずっと可愛い人もいますし、誰とくっつくんですかねー」
『僕とだよ。馬鹿じゃないの』ようやく反応した事にサラは微かに笑みを漏らす。やはりここが肝か! と腹の中ではガッツポーズをしているに違いない。
「貴女ですかぁー? 今の所マールさんルッカさんが本命で、次点にグレンさん、ダークホースでアザーラさんってところですよね。貴女の入る隙間なんてありますか?」
『本命も次点も無いよ。僕はクロノに好きって言われたもの。他に誰が何を言おうと一緒だよ』
「おや知らないんですね。男の人は沢山の好きを持っているのですよ? 何処かで聞いた事があります」
『嘘だよ。クロノはそういう事しないもの』
「ぷへー。純粋ですねえ。ぷへー」
『その笑い方やめなってば』


 いい加減とさかに来たぞとラヴォスが遠距離よりサンダーを発射。夢喰いによる結界がある為当たりはしないが間近で稲妻が走る恐怖にふるふると震えだすサラ。力関係が如実に出ている結果だった。
 ──が、それもそこまで。所詮クロノの魔力量しか持たないラヴォスでは、やがて魔力が切れるのは当然の結果だった。そうなると何も出来ないラヴォスに懲りもせずサラは苛めにかかった。


「酷い事をする人です。そんな人にクロノさんはなびきませんね」
『なびくとか、そういう事じゃないもん。好きって言ったもん』気にしていない風を装うが、肩が震えているのを見逃すサラではない。笑いだしそうになるのをこらえる為自分の太ももを抓っていた。
「そういえば、クロノさん私とも仲良いんですよねー。好きなのかもしれませんねえ私の事、ほほほ」サラが言うのは、おそらく死の山での出来事を指して言っているのだろう。顔を赤らめているクロノを弄ったのは唯一彼女の勝利だったのだから。


 だが、ラヴォスはそう取らない。恐らくラヴォスが思い描くのは彼の擬態を行い、恋心を暴露し合った時のこと。その時確かにクロノは言ったのだ。「ここまで来たから暴露するけど、サラも良くない?」と。
 だからどうした、と鼻で笑いはしたが、ラヴォスの耳は髪色と同じく真っ赤になっている。頭に浮かぶ単語はデストロイ。


『…………クロノは、僕に好きって言ったんだ!! サラの馬鹿あああああぁぁぁぁぁ!!!!!!』
「へ、変化を解くのは卑怯ですよお!?」


 見知らぬ空間、閉ざされた孤独な世界で爆音と悲鳴と怒声が蔓延した。
 それをどう思えども、寂しそうと形容は出来まい。彼女らは不幸か幸せか。分かるのは、二人は一人では無いということ。涙を流す事は無いという事だろう。
 そして、やがて来るのだろうその時は。二人にとって最も会いたい人物が。その時彼女らはどうするのか。それはきっと分からない。それでも……
 精々、飽きもせず大騒ぎになるのは間違いない。誰しもが自分に正直で欲望に忠実で。それがどれほど素晴らしい事なのかをサラもラヴォスも知ったのだから。

















 最初に述べた通り、これは夢だろう。
 早々、都合良く話は進まない。誰もが幸せなどあり得ない。きっとサラは孤独に震え闇に堕ちるだろう。ラヴォスは死んでいて、クロノたちは異なる時代の仲間に会う事は叶わない。もしかしたら、ラヴォスの予言通り彼らは無残に息絶えるかもしれない。
 そう、『きっと』。それは絶対ではない証拠である。
 だから、もしかしたら……こんな世界になるのかもしれない。未来は誰にも分からない。未来は誰にも姿を見せようとしない。
 だからこそ、人は未来を掴むのだろう。









 星は夢を見る必要はない。
 人だけが夢を見るものだから。
 そして、夢は覚める。
 けれど、夢は始まっていく。









 人が生きる限り、人の夢は終わらないのだ。






 Fin


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.050964832305908