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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第二十九話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/02 16:06
 稀代の術者となるだろう。若年の頃より様々な人間に言われてきた。当然自分もそのつもりであったし、他の大人たち、当時今に比べればまだ健全な清い人間の集まりだった魔法王国部隊の隊員たちにも引けを取らないという自負があった。ともすれば、部隊長にも一泡吹かせられるという傲慢な自信も。
 当時……いや今現在においても俺の扱う召喚魔法を使える人間など存在しない。故に最強。至高。街中を風を切って歩く時は身の内から溢れ出る歓喜をどう抑えるべきか悩んだものだ。大人も子供も俺を見ては跪き、敬意の念を払ったものだ。
 ……俺の両親は、魔法を使えなかった。魔術の素養とは遺伝と関係が無いという確たる証拠となった。
 今ほどではないが、俺がまだ子供だった昔のジールもまた魔法を使える使えないで差別は存在していた。その頃はジール女王が差別を嫌っていたので目立ちはしなかったが、街を歩けば母はひそひそと陰口を叩かれて、父は仕事場であからさまな無視、理不尽な暴力を耐えてきたらしい。
 悔しかった。全ての人間に言ってやりたかった。俺の母は、優しく美しい、尊敬すべき女性だ! 父は困難に負ける事無く前を見続ける逞しい男だ! と。
 そんな両親の苦境を変えるべく、また二人にとって誇りとなれる息子になろうと、俺は努力した。魔力量の底上げを行うべく三昼夜寝ずに魔術訓練をしたこともある。あまりに根を詰めすぎて、脳血管が破れ生死の境を彷徨った事も珍しくない。戦闘に耐えうる肉体を作るべく体も鍛えた。筋肉を作るのは勿論、肉体硬度を上げる為鉄の棒で足や腕、体を叩き固める訓練は今も日課として続けている。わざと骨を折り治癒呪文で治して、骨の強度を鍛えた事もある。やり過ぎると寿命が縮むと医者に脅されたが聞く耳を持たなかった。
 慢性的な寝不足と体の痛み。静まる事の無い頭痛に見舞われ意識は大概に朦朧としていた。それでも魔術講義、訓練の間は非合法の薬を用いて無理やり意識を覚醒させていた。
 努力の甲斐あって、俺はいつしか歴史上最年少で魔法王国部隊団長の座に就任することになった。誰もそれに不満を漏らさなかったし、俺がそれをさせなかった。俺の狂気的な努力を見ていたためだろう。俺自身、順当な結果だと思っていたからだ。むしろ、何故ここまで待たせたのだという不満すら感じていた。
 ……住民の視線が変わったのはこの時期からだ。今までも稀有な魔法特性の子供として持ち上げる者は多くいたが、所詮出来損ない同士から産まれた子供だと馬鹿にしている目も少なくなかった。それがどうだ? 心底俺を尊敬し、俺を恐れている。今や俺はこの国で五本の指に入る有力者なのだから、当然だろう。
 俺は早速両親に報告に向かった。片手に団長位の認定書を持ちながら、今までの苦労を労ってもらおうと、褒めてもらおうと家に帰った。実に三年振りの事だった。扉を開けて俺を見る二人に俺は満面の笑みで己の成果を報告した。


「お前も、魔法の事しか頭に無い人間だったか」


 父の言葉だった。
 唾棄する様に吐き捨てた後、二人は背中を見せて俺の前から離れていった。そうして俺は自分の勘違いを思い知った。二人は俺の活躍を喜んでいなかったのだと。
 自分たちが理不尽に見下げられる原因の魔法を極めて確固たる地位に就いた息子を両親は愛してくれなかった。
 何度も何度も謝った。もうしないから、団長の任も断るから、もう魔法なんて使わないからと懇願し、赦しを乞うた。お願いだから、もう一度抱きしめてくださいと頼み込んだ。結局、二人が俺に触れる事は二度と無かったのだが。
 ……それから両親の許を離れ俺は宮殿に一人住むこととなった。時折舞い込む任務、下界にて魔物が暴れているので退治てこいという暇つぶしにしか思えない仕事や裏切り者の始末を機械のようにこなしていった。何匹も殺した。何人も殺した。また部下も何人か死んでいった。俺は死ななかった。体に無数の傷を貰いながらも俺のゴーレムが守ってくれた。何度も何度も守ってくれた。
 いつしか、俺を愛してくれるのが自分のゴーレムだけなのだと気付いた。無機質なフォルムの、人間の顔だけを模造した厳つい使い魔、マスターゴーレム。意思など存在しないこいつが、酷く愛しく感じてきたのは、隊長になって一年と経たない頃だった。
 俺は歪な願いを込めて、マスターゴーレムの姿を変えようと試みた。使い魔の概念を変えるそれは俺の魔力のほとんどを奪っていったが、俺の願いは届く事になる。


「お呼びですか、御主人様?」


 そこには、桃色の髪を持つ美しい女性の姿。何処と無く母に似ているのは俺がまだ親の愛情に飢えているという証だろうか?
 ……そうして人型となった使い魔に命じた最初の命令は、『俺を愛してくれ』だった。彼女は首を横に振った。そうしてから俺の頭を大事そうに抱えて、「それは、命令される事ではありません。私が御主人様を慕うのは、あくまで私の意志なのです」と囀るように、歌うように言った。
 両親以外で、初めて俺が他人に涙を見せた瞬間だった。
 かくて、俺は俺という人格を半分取り戻す事ができた。そう、まだ半分。俺を完成させてくれたのは、皮肉にも俺の魔術以上に貴重とされる魔法特性を持った女性だった。
 その女の名はサラ。ジール女王の長女である。彼女が十越えるかどうか、という時に行った魔術検査にてサラは世にも珍しく強力な結界・封印魔法の使い手だと判明した。魔力量は俺の比ではない。事実上最高峰の魔術師の登場となった。
 ……はっきり言おう。俺は奴が大嫌いだった。それでは生温いか、殺したいほど憎かった。現に、サラが王女で無ければまず間違いなく殺していただろう。
 俺が自分の臓腑がボロボロになる程体を痛めつけて得た力を奴は産まれた瞬間に身につけていたのだから、当然だろう。御披露目の場でサラを目にした時、マスターゴーレムが落ち着かせてくれなければ襲い掛かっていたかもしれない。
 日に日にサラへの憎しみを昂ぶらせていた頃、ある日サラ本人から呼び出しがあった。何でも、話したいことがあるという。
 ──チャンスだと思った。適当なモンスターの使い魔を召喚してサラを襲わせる。今まで見せた事が無い使い魔なら俺の仕業だとバレないかもしれない。いや、正直バレた所で問題は無いのだ。その頃の俺に愛国心も執国心も存在していなかったのだから。いざとなればジールなど捨ててマスターゴーレムと二人どこぞで暮らすのも悪くない。俺には追っ手を撒き逃げ切る力がある。
 ……結果は、散々だった。噂で聞いてはいたが、王女はとことんまで馬鹿だった。奴は出会うなり「貴方の髪はもふもふしてそうですね! 触らせなさい!」と舌足らずに命令してきたのだ。
 あまりに王女という立場らしからぬ言動に俺は呆気にとられた。そうしている間にもサラは俺の体をよじ登り勝手に俺の髪の毛に手を突っ込んでもみくちゃに掻き回しはじめた。
 やめろ、ふざけるな! と怒鳴れどもサラは「嫌です。私は王女ですから止めません」と権力を行使してきた。子供らしい行動と子供らしからぬ知恵に俺は当初の目的も忘れてサラを振り落とそうと躍起になった。それを遊びか何かと勘違いしたのか、サラはきゃっきゃとはしゃぎ笑い転げた。
 その時間は風のように過ぎ去り、時刻はとうに夜となっていた。それに気付いたのは宮殿の人間がサラに夕食の時間を告げに来たときだった。髪を滅茶苦茶にして息を荒げる俺とそれを指差して笑うサラの姿に口をひくひくと吊り上げていたのも覚えている。
 それがどうやら女王の耳に届いたようで、次の日から討伐などの仕事が無い日の俺はサラの教育係(とは名ばかりの遊び相手)に任命された。その日から俺の趣味はマスターゴーレムを交えて革命の準備を考えることだった。
 ……最初は吐き気がするほど嫌だったサラの相手。今でも充分に御免であるが……アイツとの時間は、俺を形成していく確かな物になっていた。いつでも偉そうで、何をするにしても自信満々で、誰彼構わず自分という存在をアピールする。いかんせん学が無いせいか国民に舐められている印象を受けるが……愛されているのは確かだった。俺に向けられていた陰口とは違う、面と向かった文句は多数貰っていたが。
 サラの散歩に付き合って街を散策していた時の事だ。やれ、「サラ様は落ち着きがありませんぞ!」と言われてはお節介なくらい詰まれた教科書を貰っていたり、「もう少し食べた方がレディらしさが出ましょうに……」と皮肉めいた事を言われながら林檎の山を譲られていた。「わー、あほのサラ様だー!」と馬鹿にされては子供の遊びに巻き込まれたり……俺の子供時代とはかけ離れた暖かな空間が作られていた。
 俺は我慢が出来ず、「何故俺とお前でここまで違うのだ」とサラに問うた。俺の幼少期を知らないサラに聞いても何の意味も無いと知りながら。しかし、サラは笑って答えた。


「貴方が愛されていた事に気付かなかっただけでしょう」


 ……愛されて、いたのだろうか?
 思い出せば、毎日本を片手に魔術の勉学に励んでいた時、俺の座るベンチに焼きたてのパンが置いてあった時があった。味を占めた俺はいつもそのベンチに座り教科書や文献を広げていたものだ。昇格試験に合格した日にはいつものパンだけでなく、サンドイッチやバナナジュースなんかもおまけで付いていた気がする。階級が上がるにつれて、ベンチで寝ていた俺の横にパンだけでなくクレープ、氷砂糖の入った袋、串焼きに果物なんかが大量に置かれていたことがあった。どうやって寮に持って帰るか苦心したものだ。というより、持ってくれば良いというものではないだろうと思いながらも、心が温かくなった。
 ……俺は、いつも人を敵視しながら生きていたから、だから面と向かって渡す事は無かったけれど。俺は俺で応援してくれる人々がいたのだと思い出す事ができた。まだ子供の癖に肩肘張って生意気に靴を鳴らすクソガキを見ていてくれる人がいたのだと。


「……ダルトン? 何故泣いているのですか?」


 だから俺は、街中の、大勢の人々がいる中で感謝の思いを込めて泣き顔を晒した。マスターゴーレムが、架空空間の中で優しく笑っている気がした。
 それからしばらく幸せな時間が続いた。幸せと言っても常々サラの言動には腹を立てることになったが。
 数年後、ジールにとって待望の長男ジャキが生まれた。傍目から見てもジールは小躍りしそうな雰囲気を纏っていた。それでいて平静な顔をしているのが妙に面白かった。夜回りをしている時、たまたま赤子だったジャキの部屋を覗くと溶けそうなくらいにやけたジールが我が子を眺めているのを見た事がある。俺が見ている事に気付いたジールが大慌てで「違う違う!」と喚いた為、ジャキが大泣きした時の顔といったら見物だった。必死に子供を宥めながら俺に対して「違うからな!」と怒鳴るというアンバランス。無礼と分かっていても俺はその場で腹を抱えて笑った。二次の母でありながら、明かりを消した暗い部屋の中でも分かるくらいに耳を赤くして言い訳をする姿は愛らしく、なるほどサラの母親だなと思わせるものだった。
 ……数年経ち、ジールが病を患った。その頃から王国はその容貌を変えていくこととなる。
 非魔法素質適応者の差別は強まり、魔法を扱えない人間は王国を追い出されて下界に住まわせる事となった。下界の環境は厳しく、肉体労働に慣れていない貧弱な人々が到底生きていけるとは思えない世界。追放を言い渡された人間は死刑も同然だった。
 ……追放者リストには俺の両親の名前も記されていた。
 俺はすぐさま女王に直談判した。あまりに酷すぎるではないか、と。同じ王国の仲間なのに何故そのような真似をするのだと。


「妾にとって無用であるからだ」


 短くもはっきりした口調でジールは答えた。そこには一切の余地も無いと推測するには充分で……俺は二の句を告げる事も出来なかった。
 結局、俺は両親が地上に送られていくのを黙って見ているしか出来なかったのだ。
 ──数ヶ月としないうちに、両親の死亡報告書が俺の手元に届いた。やはり、環境の劇的な変化に体の強くない彼らが耐える事は出来なかったのだ。
 悲しくは、無かった。俺を愛している事はもう無かっただろうし、俺もまたいまさら親の愛情に飢えている訳でもなかったから。ただ……何故俺は強くなろうとしたのか、あの頃の苦労はなんだったのかと生きてきた目的がぼやけてしまった。
 苦しかった。辛かった。悲しそうに俺の心配をしてくれるマスターゴーレムにさえ俺は返事を返す事ができないくらいに。いつのまにか俺は任務の無い日は一日中家に閉じこもり息を殺す毎日を送っていた。誰の声も聞きたくなかった。出来るなら、このまま消えてなくなりたいくらいに。
 そうした日々が続いて一ヶ月。またもや俺の日常が壊されることとなる。一人の台風娘によって。


「ダルトンいますかー? いたら返事して下さーい」


 家の前で、いい年して恥知らずにも両手を口に当てて俺を呼ぶサラの声。今から遊びに行こうと誘うような声だった。
 もしかして、俺を心配して来てくれたのか、と嬉しく思う反面面倒な、という負の想いも抱いた。しかし、


「ダルトーン! 缶けりのメンバーが揃わないのです! ジャキとアルファドしかいないのです! 早く下りてきて下さーい! 貴方がここにいるのは分かってます。貴方は完全に包囲されているー!!」


 ……まさか本当に遊びの誘いとは思っていなかった。ふざけるなという心持ちで無視を決め込んでいると、サラはそのまま家の扉を鉄パイプで叩き壊し室内に入ってきた。王女であることを忘れて殴り倒してやろうかとさえ思った。というか、俺が逮捕権を持っていることを忘れているのだろうか? 俺がその気になれば留置場に連れて行くことも可能なんだが。
 ベッドの上で座り込む俺を見たサラは少し曲がった鉄パイプ片手に呆れたようなため息を吐いて……笑った。あの時のように、無邪気な笑顔で。
 いい加減にしろ、お前の顔など見たくないと怒鳴った。このままでは、またこいつに自分を変えられてしまうと恐れたからだ。またこいつに助けられてしまうと分かってしまったからだ。また……それを望んでいる自分に気付いてしまったから。
 俺の考えている事など知ったことではないという顔で、サラは笑いながら口を開いた。


「格好悪いですね、ダルトンは」


 格好悪い? どうして今その言葉が出てくるのか。何故格好悪いのか。塞ぎこんでいるからか? 誰にだって落ち込む事はあるだろう、今の俺の状態を落ち込んでいると表すのかどうか分からないが、近いものではあるのだろう。とにかく俺は何故少し暗くなっただけで格好悪いと言われねばならんとガキみたいに噛み付いた。するとサラは少しだけ眉を寄せて考えるように鼻先に指を当てて、「じゃあダルトンの思う格好良いってどんなのですか?」と逆に問い返してきた。
 ……格好良い人間か。多分それは、悔しいが俺の父が理想像となっているのだろう。ああ認めよう。俺は嫌われてしまったとしても家族を愛していた。それこそ、自分の価値観を決定付ける位には。つまり、困難に負ける事無く前を見続ける逞しい男が俺の思い描く格好良い男であって……
 ……じゃあ、今の俺は……確かに、格好悪いのかと歯噛みした。言い当てられてしまった。よりによって、この馬鹿の天辺を取りそうなこの娘に。


「……無駄じゃないですよ。貴方が頑張ってきたのは無駄じゃないです」


「……何の話だ、俺様の修行時代を言っているのか?」


 サラはふっと笑って静かに頷いた。


「貴方が頑張ったお陰で、私は貴方に会えました。出会えたから、一緒に缶けりもできます」


「……そうか。そんなものか」


 充分でしょう? と首をかしげるサラに、俺はそうだな、とだけ返す。幾年も死んだ方がマシと思える拷問すら優しい苦行を耐えて得たものが、小娘との戯れとは……なんと見返りの大きなものだろう。
 報われた、それだけできっと俺は報われたのだ。結果はあったのだから、何も無かった訳ではないのだから。手入れのしていない俺の頭はボサボサで、外に出るには合わないものだったが、俺はベッドのスプリングきかせて立ち上がり外出の用意をする。手早く手櫛で髪を整えて、納得のいく仕上がりには成り得なかったが鏡の前で笑う。


「仕方ない、行ってやろうサラ。だがな、俺に見合う女性を何人か連れて来い、でなければ俺は行かんぞ」


「む、貴方は神聖な缶けりの儀式を何だと思っているのですか。大体、綺麗な女の子が欲しければ目の前にいるではないですか」


「ある程度の美貌はあると認めてやろう、だがお前では何も思わん。いかんせん、付き合いが長すぎる。お前とてそうだろうが」


 俺の言に「まあそうですね」と答えてから、勝負に勝てば可愛い女の子を紹介してあげましょうと約束してサラは先に外に出て行った。
 サラは俺の殻を壊してくれた。俺を完成させてくれた。それ以来、俺は俺という人間が唯一無二の存在である事を、誰にとっても当然の事を思いながら生きていく事を決意した。
 サラは、俺にとっての恋人ではない。そもそも恋愛感情など互いに欠片も抱いていない。どちらかに恋人が出来ても、相手に興味が湧くだけで寂寞感も産まれない。この関係を表すならば、恐らく腐れ縁。同じくして、俺の恩人。俺という神の作った最高傑作を立ち直らせた、奴もまた唯一無二の存在。
 ……世にある感情とは多少違えど、大切な女性である事に変わりは無いのだ。であるのに……俺は……




「ダルトン様、どうしました?」


 唐突に過去の思い出から起こされて俺は意識を覚ました。目の前には俺を心配そうに見つめる部下の姿。雪吹雪くこの地上でよくもまあぼう、とできるものだと自分で感心する。


「……ふと、昔を思い返していてな、もう大丈夫だ。なんせ、俺様だからな」


 部下に声を掛けて、また歩き出す。目的地はアルゲティ。目的は俺の恩人を裏切る行為。俺の後ろには人の皮を被った化け物たち。俺の正式な部下など僅か数人しかいない。
 ……今までにも、非道なことは幾つも犯してきた。それらも全て戦いには付き物だと自分を納得させて、乗り越えてきた。
 ……今度は、どうやって乗り切れば良い? 頼れる人を裏切るのに、俺はどうやって立ち直れば良いのか。しっかりと分かる迷いを押し殺して、雪を踏み鳴らした。










「それで結局、貴方はその女性と付き合っている……そう考えて良いのですね」


「二度は言わないぞ。訂正しろ」


 嘆きの山の番人を倒した後、ニヨニヨ感満載の笑顔で問いかけてきたのがサラ。エクスプロード級の発言に戸惑いながらも必死に否定する。戸惑う理由は、アレだ。人の見ているところで抱きついてたのがちょっと、アレなんだ。何が言いたいのか頭が回らないので言葉にし難いが、とりあえずこの場にルッカがいなくて良かったなあとなんとなく思う。


「フフフ……分かってませんねサラさん。クロノさんは友愛の情を持て余している御仁です。よって、恋愛の感情を抱くなどとてもとても、唯一有りえるとして選ばれた人間、そう例えば武芸百般全知有能であるこの僕なんかが」


「ちょっと黙っててくれるかロボ。一々お前の発言には心臓が踊る」


 握り拳をロボの顔の前に振り下ろし口を閉ざして、「ショタとかガン引きです」と口元に手を添えて眉間に皺を寄せているサラの誤解を解こうとする。それと、ガンを付けるな、階級が上がるじゃないか。
 あくまでもカエルは俺の信頼すべき仲間であり、そういった感情を抱く事はこれから先も無いと懇切丁寧に説明してもサラは何処吹く風でそっぽを向いている。何で話を聞かないのか? 俺とカエルの抱擁シーンがそんなに気に食わなかったのか。さては、この女俺に惚れたな?


「無いですよキモイ」


 キモイそうだ。鈍感な男というのは総じて嫌われるものだと何かの文献に載っていたが、勘違い男は気持ち悪いと断じられる。男はどうやって女人と付き合っていけば良いのか。
 そも、本人が誤解と言っているのだから信じるべきだろう。異性同士の友情なんか存在しないと思ってる口なのか? まるで子供みたいなことを言う。男女が一つ屋根の下にいればやる事は同じ? アホ抜かせ、誰しもがボードゲームに興ずると思うなよ。


「じゃあ、その女性の姿は何ですか?」


「……高所恐怖症、としか言いようが無い」


 嘆きの山一帯の気温よりもさらに冷たい零下の視線を向ける先には、俺の首にしがみ付き「俺は帰る」とギャグなのか何なのか判別の出来ないカエルの姿。その足は地面に触れておらず、背中によじ登ろうとしてすかすかと空を切っている。俺の背中は異次元に繋がってはいないのだが。
 ……黙っておけばいいものを、ロボの馬鹿がこの嘆きの山がどのような場所に存在してあるか口を滑らせた瞬間、元々色白のカエルの顔が白雪のように変わり肉食動物もかくやという捕食体勢で俺にしがみついたのが始まり。今は自分が原因という事が分かりロボも黙ってはいるが、さっきから舌打ちの回数が増えている。お前も腹立たしいか知らんが、俺はその八倍業腹なのを覚えておけ。


「では何ですか? その方はあれですか。怖いときは寝室のぬいぐるみよろしく貴方に抱きつく癖があると。へー、ふーん」


「色々言いたいことがあるが、お前はその年でぬいぐるみに抱きついているのか」


「何の問題がありますか?」


 もう、頭が痛いのね。誰か頭痛薬持ってないかしら。
 頭を押さえる為に腕を動かすとその度に悲鳴の代わりなのか「アッハッハ!!」と笑うカエルが痛々しい。自分の株を上げて自ら叩き落す流れ作業を怠った事が無いなこいつは。今のこいつの評価を高さで評価するなら海溝レベルとだけ言っておこう。
 ……本当、何でここに来たんだろう? もう家に帰ってトランプでもしないか? と提案したいくらいだ。


「…………いつワシは会話に加われるのかのぉ」


 見知らぬ爺が寂しそうにこちらを見ているが、生憎パーティー人数が限界に達している。何も言わず立ち去ってくれるが吉。その爺こそが俺たちが嘆きの山に登った理由なんて設定があった気がするが、遠い彼方に放ってしまおう。いらないもんそんな事実。
 ……しばらくそうしてサラたちと馬鹿話を繰り広げていると、爺がしくしくと泣き出したので仕方なく相手をしてやることに。気分は介護。
 服装は青をベースに肩掛けを巻いた開きのあるローブ。ふさふさとした髭が特徴的な、細めの体格。されど首筋に見える筋肉から引き締まったものであると推測される。粘りある鋼のような……これは言い過ぎか。穏やかそうに見える物腰とは反対に身のこなしから幾度かの戦闘をこなしてきたのではなかろうか。


「ボッシュ……よく無事でしたね。心配してましたよこのサラが。サラ王女が。感涙なさい」


「おお、感謝するぞお前たち、まさか見知らぬ者に助けられようとは思わなんだわい」


「須らく老年の者を処刑すべきとの考えが浮かびました。村長といい貴方といいそろそろ私も泣いてしまいそうです。斬り殺しなさい赤い人」


 当然のように人をアサッシン扱いするサラは無視しておいて……ボッシュ、何処かでそんな名前を聞いたような気がするが気のせいだろう。現にこの爺も俺たちを見知らぬと言っているのだから。ていうか、考えるのメドイ。
 氷に埋まっていたというに弱ったような素振りを見せない老人は明後日を向いて愚痴を呟くサラを無視しながら、「積もる話は後じゃ。とにかく今はこの山を下りるぞ」と瞳を細くして走り出した。勘弁して欲しい、お前はただ突っ立ってただけだから良いかもしれんが俺たちは……というか俺は戦いの後で疲れている。出来るならまたその辺に横穴を掘って休みたい所なのだから。
 ロボも俺も(カエルは俺にしがみ付いているので除外)その場を動かず両手を振って元気良く走る老人の後姿を見送ってその場に座る。魔物を倒したせいか、吹雪も止み寒さも心なしか和らいでいる。今ならサラのファイアがあればこの場で暖を取ることも可能だろう。
 誰も相手をしない事に空しくなったか、膝を抱えているサラを呼んで魔法を唱えてもらおうと声を掛けた瞬間、視界が急激に揺れ出した。正確には俺の体ごと動いたのだが。絶え間なく揺れるそれは地震そのものであり、何故地表と繋がっていない嘆きの山が振動しているのか……答えは一つだろう。


「クロノさんもしかしてこの山、どんどん落ちてません? いや気のせいならいいんですごめんなさい」ロボは息継ぐ間も無しに疑問を謝罪で切る。


「そうだな気のせいだろう。しかしこの場で留まる理由も無いから帰ろうじゃないか出来るだけ急いで」


 平静を装いながらロボの頭を撫でてとにかく走り出す。思うに、嘆きの山を管理している魔物を倒した事で山を浮かせていた魔力も途絶え出したのではないだろうか? この想像が当たっているならば、あの糞爺一言言ってから逃げろというのだ。
 今も座り込んでいるサラの頭を蹴り飛ばして「走れっ!」と命令する。頭の上にヒヨコを飛ばしながらサラは訳が分からんという顔で付いて走る。ロボもまた加速機能を用いて先頭へ。それでも時々後ろを振り向いて俺たちを待ってくれるのは優しさなんだろう。なんて頼もしいのか、上にいるカエルもこれだけの根性が備わっていれば文句は無いのだが。現在カエルさん、地面の揺れと走るスピードで生まれる風を浴びてトリップ中。楽しそうに笑いながら涙を流しているのは壮絶とも言えよう。
 雪道を掻き分け、ショートカットの為に林を突っ切り下界と繋がる鎖を目指す。これだけの大振動にいくら頑丈そうな鎖といえど長く持つとは思えない。最悪千切れて山が海に落ちないとも限らない。そうなるとアルゲティも被害に遭いそうだが……今この場にいるよりは数倍マシというものだ。
 途中で現れるモンスターも現在の状況に戸惑っているのか、はたまた自分たちの親玉がやられて怯えているのか一向に襲ってくる気配が無い。このままなら、なんとか間に合うか……?
 それにしても、カエルが重い。筋肉や鎧を付けている分マールやルッカよりも重いのは納得できるが、これではまるで男を担いでいるようだ。それに、何となく体を固定している手が粘ついてきているような……


「……おい、カエルお前」


「あはははは……空が、空が浮いているははははは」


 走りながら話しかけるのは息が切れて辛いというに、何故すぐに話を聞いてくれない。根気良くカエルに言葉を投げかけていると、ようやくこちらの声に気付いて体裁を整えた。


「どどどどうしたクロノ!? けっ、剣士たる者、いかなりゅ時でも慌てず恐れずほう・れん・そうだ!」


「お前に何を報告連絡相談するんだ。そうじゃなくてお前……姿が戻ってないか?」


 見れば肌は緑色に、顔は膨らみ人のものから両生類特有の、凹凸の無いなだらかなものになり口は突き出して眼球は大きく膨らんでいく。髪も頭部に吸い込まれていくように消え失せてなんだか女性の髪が無くなっていくのは嫌だなあとしみじみ思う余裕があるのが嬉しい。体も大きく太く変わり肌からは粘つく液体がじわじわと浮き出し始める。俺の手どころか触れている部分全てに透明な液体が付着する。投げ捨てたくてたまらない。
 ……確かに、カエル本来の戦闘力を欲してたまらない時はあった。使える変態が使えない変態になってしまったのだから、カエルには悪いが元の両生類に戻って欲しいと願っていた。けれど……それは今じゃない、今この時に両生類に戻ってくれなんて全く思っていない……! 何が悲しくて女性を担ぐならまだしもばけもんを背負って力走せねばならんのか。
 俺の葛藤をよそにカエルははしゃいだように声を高鳴らせた。


「おおおお!? 戻ったのか、戻ってしまったのか俺の体は!? いやあ困ったなぁクロノこれは困ったところでクロノ今から俺と再戦しないか? いやいや別に他意は無いんだぞ、よくもまあ今まで鼻水垂れの素人が調子に乗ってくれたなとかそういう悪意は微塵も無い訳だがていうか勝負しろクロノそして『まいったカエル様もう二度と逆らいません今まで馬鹿にして申し訳ありません』と言うがいいわはっはっは」


「そぉい!!!」


 しおらしくおんぶされていればいいものを鬼の首を取ったように笑い出したのでカエルの体を放り投げてそのまま全力で走る。ぶべっ! とか無様な鳴き声を上げたことを確認して前だけを向く。もう俺は後ろを向かない、そう女性体のカエルと約束したんだ。さよなら綺麗なカエル。グッバイゲテ物ガエル。
 ……まあロボかサラが助けるだろうと高をくくってのことだったのだが、ロボは「調子に乗った罰ですね」と辛辣に。サラは「服を汚したくありません。何ですかあの不思議生物」と人間とすら見ていない為カエルは抜けた腰を引きづりつつ俺たちの小さくなっていく後姿を見送ることとなったのだ。哀れ。
 ……あれ、時の最果てと繋がる通信機が無い。まあいいか、後でまた鼻ちょうちんの爺さんに貰えば良い話だし。









「……あれ?」


 クロノたちがカエルを見捨てて走り続ける遥か後方にて、一人の女性が洒落にならない振動の最中可愛らしい声を上げたことを、誰も知らない。
 何の説明も無く放り出された事に不満を感じたが、とにかく今の状況を把握しようと立ち上がるのにも一苦労ながら、ふらついて足を立たせる。周りを見渡すと一面真っ白な銀世界。わき道に立っている木々が根元から折れていく様はのんびりしている場合ではないと否応にも知らされる。
 前方に目を向ければ、ぐんぐんと差を離していく仲間たちの姿。一人見知らぬ女性がいるものの、自分が直して起動させた可愛らしいアンドロイドと幼馴染の姿を見つけて、ルッカはデナドロ山でのデジャヴを感じていた。


「ちょっ!? ちょまっ!?」


 慌てて大声を出そうとするも、その場で躓き動作が中断される。何度かそれを繰り返して、その度に揺れる地面に邪魔されて満足に声も出せなくなる。せめて走る事が出来ればと立ち上がっても、座り込んだ体勢から立ち上がることがまず出来ない。根本的に彼女は地震や雷といった災害に弱いのだ、恐怖心も相乗して尻餅をついたまま動けなくなる。


「……クロノー?」


 震える肺を振り絞り声を出すも、その音量は通常会話よりもなお小さいものとなり、当然地割れや崩れ落ちる雪の音に掻き消された。


(あ、駄目だこれ)


 堪えようとする意思すら生まれずルッカは悲壮な声を撒き散らした。
 なんとか、坂を下りきる前に後ろを振り向いたクロノがルッカの姿に仰天してすぐに連れ戻すことが出来たが、その時の二人の心境は『カエル殺す』だったという。
 カエル──誇り高い武人であり、義理に厚い戦士。ただ、そんな彼女にも耐えられないことというのが存在する。ギロチンに掛けられようが、最強の存在である魔王と戦おうが決して心折れる事は無い……ただそれ以上に高高度から落下する今というのに耐えられなかったという話。
 後々カエルはクロノとルッカに制裁を下されることとなったのだが、思いの外ルッカの責めは優しいものでクロノたちは頭を捻らせたという。その理由が幼馴染による抱っこにあるかどうかは公然の秘密となっているようなそんなような。











 星は夢を見る必要は無い
 第二十九話 迫る運命の時











 ドロクイの巣まで続く鎖を伝うではなく走り抜けて地上についた瞬間、間一髪というタイミングで鎖がばらばらに千切れていった。
 巨大な山は空気を裂いて沈み行き、耳鳴りのする音を立てながらゆっくりと海に落ちていった。その衝撃に立ち上がる津波は海の怒り、アルゲティまで広がり地表を削り取っていった。幸いにも地下に存在するアルゲティには甚大な被害は無かったが、この地上には確かな傷跡を残す結果に。怪我人が出ていないのは奇跡だった。
 全力でサラの治療を行っていたロボ、また怪我を負ったサラに魔力を使い果たした俺はアルゲティに戻った後命の賢者、ボッシュの話を聞く前に休ませて貰う事になった。内心、下心抜きで温泉に入りたかったのだが、津波の影響で湯が湧き出る事が無くなったという。
 悔しいが、自然の産物に文句を言っても仕方が無い。渋々ベッドに入り体力を回復する事に。寝るときにはサラが「汚いベッドですね」と村長の額に怒りマークを浮かばせていたが、問題ないだろう。サラに宛がわれた毛布だけとりわけ汚いものに見えたが、気のせいだ。ルッカとロボが一緒に寝ようとしてきたのも気のせいだ。折角四つあるのに何故狭く使わねばならん。
 ……時間は刻々と過ぎていった。


「…………赤い人、赤い人」


「……何だ、青い人」


 大体だが、二時間弱。仮眠にしかならない睡眠時間だが、起きざるを得ない。部屋の松明も消えた暗い部屋でサラが人の体を揺すってきたのだから。無視してやろうと思って寝返りを打った瞬間見えたのが水の入ったバケツを片手に持った姿だったのだから、飛び起きるとは言わないまでもスムーズに体を起こした。
 サラは青い人、という表現にむっときたようだが言及する事無くバケツを床に置いて話を始める。


「ちょっと、やばいことが起きました」


「なんだ、おねしょか」


「おねしょなんか赤子しかしないでしょうに」


「世界は広いんだ。案外十三、四でも続いてる奴もいるだろうさ」


 そんな人いるわけないでしょうと決め付けて、サラは真面目な顔に戻る。この場にいなくて良かった。誰とは言わないけれど。
 俺を起こした後サラは同じく横になっているロボやルッカを揺らしながら重く口を開いた。


「……アルゲティの入り口に張った結界が破られました」


「結界? 何でそんなものを」


 目蓋を擦りながらも体を起こす二人から離れて俺に向かい合った。


「命の賢者が幽閉されている嘆きの山に続く村、アルゲティに向かったのです。お母様の計画に反対している私がここに来る理由なんて誰でも分かります。遅からず、追っ手が来るだろうと予想して誰も入れないようにしておいたのです」


 なら、何故俺たちが入れたのかという質問に、張ろうとした矢先に俺たちが現れたのだとか。何とも都合の良い、というかタイミングの良いとちゃかしてもサラは取り合わず「だから驚いたんですよ」とだけ返した。
 ……ふざけてる場合じゃない。そう思わせるのに確かな雰囲気を持っていた。
 確か、魔神器を起動させるにはサラの魔力が必要なんだと宮殿で聞いた気がする。そうなればジールも躍起になってサラの行方を追う……か。念のために結界を張るのは間違いじゃない、サラもある程度の危機観念は持っているようだ。
 ……つまりは、ジールの追っ手がサラを連れ戻す為に、引いてはラヴォスを刺激する為にここへやって来たというわけか。しかし……サラの絶対結界を破ったとなると、相当な使い手らしい。
 ジールにいる魔法の実力者、となれば恐らくはダルトン、もしくは女王の間で預言者と呼ばれていた男だろうと推察される。


「……数が何人とか分かるか?」


 サラは素早く首を横に振った。


「そうか……ロボ、お前のセンサーで分からないか?」深刻な事態だと理解したロボが覚醒した頭で何やら考え込むが……結果は同じくノーだった。


「多分、魔力で気配を隠しているようです。僕のセンサーに引っかかりません。複数ということは分かるのですが数までは……」


 ロボに言われて、話の妙に気付いた。何故気配を隠す必要がある? 連れ戻しに来たなら堂々と現れて力づくで連れて行けばいいのに。まるで俺たちという妨害者がいることを知っているような……
 待て、俺。仮にそれに気付いていたとしてどうなる。その事と隠れる必要はイコールじゃない。間が抜け落ちているのだ。
 ……気配を隠す。何らかの活動を邪魔されたくないからと考えるのが正しいだろう。何らか? 俺たちに邪魔されては成り立たない何か、テロなんかだと爆弾を仕掛けたりするのだが、サラに危険が及ぶまねをするとは考えがたい。奴らとしてはサラが抵抗せずに投降するのが理想のはず。ならその為の手段と考えるのが自然か? しかし、この反発心の塊であるサラが素直に捕まるとは思えない。単純に奇襲かとも思ったが、サラの結界を破った時点でこちらに知られるのは分かりそうなものだ。
 そういえば、仮に俺たちがいなくてもサラの力なら逃げ切る事くらい出来そうなものだよな? なら俺たちの存在を度外視して考えるべきか? いや、それでも意味が無い。


「まさか……そうだとしたら」回りくどい考えを全て捨てて、最も卑劣で最も簡単な方法を思いついた。そしてそれが、多分答え。


「……気付きましたか、赤い人」


 サラの悲しそうな顔を見て、こいつも同じ結論になったことを思い知る。その上で動きを見せていないという事は、もう手詰まりである証明にもなっていた。


「……サラ」


 かろうじて名前を呼ぶも、その先が続かない。何を言ってやればいいのか分からない。外れて欲しいけれど、もしもこの考えが当たりならば俺たちがやれることは無い。
 情けない事に、舌も乾き出して取り繕う声も出ない俺にサラは微笑んだ。今目の前にいるはずなのに、ガラス越しに見えるような遠い笑顔。消えそうな笑い声は儚く、僅か二メートルの距離すらおぼろげに泳いでいた。


「……約束、してくれませんか?」


「やく……そく?」


 はい、と肯定して文を繋げていく。拙く見えても、それはとても気力の必要なことだと思ったから、静かに耳を済ませて。


「私、人に笑われるの嫌いなんですよね……だから、」


 短い言葉なのに、緩やか過ぎるテンポで流すから時間がかかるものになっている。接続語の後に引き継がれる言葉は勇気のいる発言なのか、サラは腹にしまいこんで中々吐き出そうとしなかった。
 カチ、カチという秒針の音だけが響く室内。ルッカもロボも、静かにサラの言葉を待っている。それは正しくて、間違いでもある。きっとサラは辛いことを言おうとしている。思っても無い事を口にしようとしている。その事実が、胸を引き裂かれそうに痛い。大丈夫だ、心配するなよと言ってやれない自分が歯がゆくて、嘘でもいいから任せろ! なんて言ってやりたくなる。
 はぁ、と息を吐いて、ぼろぼろの決意を片手にサラは……やっぱり笑ったんだ。


「これから私がすること、笑わないで下さい」


 笑えるもんか。
 それから……少しの間お互いに沈黙の時間が始まった。それを壊したのは、俺たち以外の存在。


「サラ王女はいらっしゃいますかー?」


 入り口に垂れている布を力任せに破いて仮面を被る男が部屋に入ってきた。言葉は丁寧でも、語調は間延びしたもので、安心感やだらしなさよりも不快感を抱かせた。服装から見て、黒鳥号付近にいた男たちだろう……けれど、どう見ても……いやどう感じても中身が人間とは思えない、黒く歪んだ存在。仮面の下から漏れ出る吐息からは魔物の臭いがした。
 男は俺たちに見向きもせずサラに近づき……何の予備動作も無く綺麗な顔を殴り飛ばし壁に叩きつけた。
 一国の王女、それに使えるべき兵士の行動ではない。呆気にとられた俺たちは止めることも出来ず、尚もサラに蹴りを入れている男を見ている事しかできなかった。それも数瞬、湧き出る怒気に刀を抜こうと動くが、その前に響く怒声に動きを封じられた。


「やめろ!!!」


 歩くだけで地面を揺らすような巨体、低く通るその声は俺たちと宮殿で戦った男、ダルトンだった。やはり、サラの結界魔術を破るにはこいつクラスの魔術師が必要だったんだろう。
 ダルトンは俺たちに一瞥もくれず、サラに暴行を働いた男の脇腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。それなりに体格のある男はさっきのサラ以上、三倍の勢いで壁に飛んでいき苦悶の声を漏らした。間違いなく骨がいかれたと思われる蹴りに一頻り呻いた後……男は尋常ではなく長い舌を伸ばして「これは、ジール女王への反逆ですなダルトン様?」と笑みを作った。
 意味の分からない言葉に俺たちは眉をしかめたが、声をかけられた本人であるダルトンは顔を蒼白にして否定した。


「!? 違う、これはお前が行き過ぎた行為に出たからだ! 反逆では無い!」


「もう、遅いですよたいちょー?」


 言って男は俺たちの持つ通信機に酷似した機械を取り出してダルトンに突きつけた。そこから聞こえる……阿鼻叫喚の、声。
 『助けてくれ』、『子供だけでも許してください』、『お母さんが燃えちゃう』、『痛い……痛い、ここから出してくれ』、『もういっそ殺してくれ!』耳を塞ぎたくなる声の連鎖。その中でも一番多い言葉は、『助けてください、サラ様』だった。
 ……何処かで行われているだろう虐殺の、声。勝手に震える唇を押さえていると、仮面の男はさも嬉しそうな声で笑った。


「今のはエンハーサ第一地区です。なんなら、第二地区から第五地区まで殺しちゃっても良いですよ? たぁいちょー?」


 こちらまで聞こえる歯軋りを鳴らすダルトンに男は近寄り、下から舐めるように見つめる。完全に馬鹿にしている行動は、「俺の事を殴れないだろうが」と言っているようなものだった。
 異様な光景。隊長であるダルトンの命令に反発し、さらには挑発まで。敬語を使いながらも、立場は完全に逆転していた。何よりも、人が殺されている声を流しているというのにその明るさ。流れとして、奴が命令しただろう虐殺。今までの旅で見た事がない、明瞭過ぎる悪意を見た。


「だいたい、サラ様が悪いんですよー? いきなりこんな汚え所におられるから、俺たちがわざわざ迎えにいく羽目になっちゃったじゃないですかぁ? ちゃんと反省してます? ねえ……聞いてんのかこの豚!」


 倒れているサラの腹に容赦の無い蹴りを入れる。何度も喘いだ後、通常ではない危険な咳が出る。その様子にダルトンが腕を動かすが、今度は止める事は無かった。
 いよいよとなり、我慢が出来ず飛び出しかけたロボを俺とルッカが止める。そりゃ止めたいさ、今すぐ喉笛を掻っ切って呼吸が出来なくしてやりたいさ、でもそうなればどうなる? 数十では効かない大勢の人間が殺される事になる。何よりも、サラの目が俺たちを見ている。動かないで下さいと説得している。
 一段落ついたように息を漏らして、男の暴力が終わる。「そんじゃ行きましょー」と軽い口ぶりでサラの髪を掴み引き摺っていくのを、俺はただ見ている事しかできない……
 二人に遅れて、ダルトンも部屋を出て行く。その際に、一度だけ俺たち……いや、俺を見る。その目には敵意は無く……何故だか、縋るような、助けを求めるような色をしていた。


「離せ、姉上を離せよお前!」


 力無く項垂れる俺たちの耳に、小さな子供の金切り声が聞こえた。確か……ジャキと言っただろうか。奴らについてきたのか?
 ……いやいや何してるんだよ俺、あんな小さなガキでも意地張って、大人の、暴力を振るう事なんて何とも思ってない奴と戦ってるのに……俺はベッドの上でだんまりかよ? 行けよ、他の奴なんて、ジール王国の住人なんてどうだって良いだろ、今すぐサラを助けてそのまま仮面の男たちを殺せばいいだろ?
 ……心の中で激励しても、できるわけが無いんだ。間違いなくあいつは……いや仮面の男は一人じゃないはず。最初に気配を消してたのは、十中八九アルゲティの住民を人質に取っていたから。エンハーサの人々だけじゃないんだ。この村の村長も、命の賢者も……その首に刃を当てられてるんだ。そうじゃなくても……殺戮へのスイッチを押せるわけが無い。


「……なら、せめて……」


 ベッドから降りて、部屋を出る。つられて出てこようとするルッカとロボは動かないでくれと頼んで。これからの俺は、とんでもなく格好悪いから。それこそがサラを守れなかった事、その贖罪になる。
 外に出れば案の定、男がしがみつくジャキに拳を振り下ろそうとしている姿だった。慌てて走りこみ、俺はすぐに男に土下座した。そりゃ、見られたくないって、あいつらには。


「すいません! そいつ、俺の友達! だから助けてあげて下さい! どうかお願いします!」


 その場にいる誰もが目を見張った。いきなり現れた男が王子の友達だなんて信じようか? 仮に信じても、だからどうしたという話だろう。仮面の男は鼻で笑ってそのままジャキを殴ろうとしたので無理やりその腕を取った。


「頼みますから! 俺、俺を殴ってください! だからこいつは許してやって下さい!」


 苛立ったように舌を打ったおとこは「あぁん?」と威嚇して、ジャキを投げ捨てた。これで良い、少なくとも憂さを晴らす相手が俺に代わったんだから。
 ……大事な弟なんだろ、だったら俺が守ってやるべきだよな。


「……そうかそうか、分かったよ。お前はあれか、馬鹿なんだなぁ……だろぉ!?」


 靴先を喉に当てられて、口から大量の血が溢れ出た。潰されたか……大丈夫、耐えられる。
 倒れない俺にさらに腹を立てた男はサラの頭を離して、両手を使い本格的に俺を殴り始めた。
 ──数分後、膝は砕けただろう、足がまともに立ってくれない。左腕は動くかな、左腕だけは。鼓膜も顔を殴られすぎて破れたかもしれない。右の耳がキーンという音しか伝えてくれない。顔面も腫れ上がり元々の顔の判別も出来ないだろうな。歯も大半折れて、鼻なんか曲がりすぎてもう鼻呼吸も出来ない。
 それでも……倒れる事は、しなかった。絶対に、負けてなどやるものか。
 人質がいるんだ、勝つことは出来ない。でも、心は負けない。負けるくらいなら、死んでやる。だから死んだとしても負けない。


「はあ……なんか飽きた。お前気持ち悪いよ。さっさとジール女王様の下に行きましょうか?」


 大きく伸びをして、体操でもしたみたいに息を吐いた後男は後ろを向いてアルゲティを出て行こうとした。それに遅れてサラとダルトン、さらに大勢の仮面を付けた男たちが続く。
 そして最後に仮面の男が俺に残したもの。それは「だっせえの」の一言だった。
 ……百も承知だ、糞野郎。







 彼らの姿が見えなくなり、俺はその場に座り込んだ。もう立つ事もできないなんてなあ……
 そうしていると、部屋の中から歯を噛み締めたルッカとロボが歩いてきた。俺の姿に何も言わず、ルッカはミドルポーションと包帯を持って、ロボはケアルビームを静かに当ててくれた。もう少しこのままでも良かったけど、と潰れた喉で言えば小さく「馬鹿」とだけ。確かに、馬鹿だよな。


「クロノ……ごめんね」


 治療しながら、顔を見せずに謝るルッカ。もしも出てこなかったことを言ってるならそれは間違いだ。それは、俺が感謝すべきことで、よく耐えてくれたとしか言えない。もしも俺とルッカの役割が逆なら、到底我慢できずあいつを殺していただろうから。
 ルッカに出てこなくて良かったと告げれば、それは違うと返されて疑問の声を出す。その事でないなら、何の謝罪なのか分からない。


「あの仮面の男、憎いでしょ? だからごめんね」


「? 意味が分からんぞ……痛っ、ルッカもう少し優しく……」


 包帯を強く縛るので注意しようとして、俺は見た。
 その時のルッカの顔は、多分忘れられない。未来においてマールに向けていた視線の比ではなく、彼女の目は大きく開かれて、全く感情の見えない無機物のような瞳だった。果たしてそれは、何も映っていないのか、それとも一つの、単色の想いしか浮かべていないのか。


「私が殺すから。絶対殺すから。何が何でも、世界が終わっても変わっても消えても時が進んでも戻っても停滞しても私が怪我しても腕が取れても足が千切れても胴体が吹き飛んでも首が消えても顔面が弾けても私が殺すから。だからごめんね。私があいつを殺す権利貰うから。絶対貰うから譲らないから」


「……瞳孔開いてんぞ」


 物言わずとも、ロボもまた同じようでいつもは心配して喚くのに、ただ淡々と俺にケアルビームを使っている。時々体が光っているのは誰かに向けて殺人光線を放ちたいからだろうか?
 ……前にハーレムでもやりたいとか言ってたけど、なるほどこれはこれで立派なハーレムだ。俺の為に殺したい人間がいる仲間がいるなんて、好かれ過ぎだ。
 傷が癒えるまで少しかかりそうだと考えていると、しゃくり上げる声が思考を邪魔する。実に鬱陶しい。当然声の発生源はジャキ。姉が連れ去られたという事に悲しんで泣くのはいいが、ここでやらないでくれ、傷に響く……だけど、まあ、


 ──自慢じゃないが、あやすのは得意だぜ。ごねる子供を泣き止ますのは特技だ──


 自分の放った言葉に嘘をつくのは性分じゃない。
 まだ激痛が走る体を動かして、ごねる子供に近づく。ルッカとロボが驚いた顔をしているが、今は関係ない、後でちゃんと治療受けるから勘弁してくれ。


「……おい、クソガキ。折角身を張って守ってやったんだ。ぴーぴー泣くなよ鬱陶しい」


 ケアルビームのお陰で何とか聞き取れる声を出せた事に感謝。ロボには頭が上がらねえよ、全く。


「な……泣いてない……! でも、姉上が……姉上がぁ!」


 泣いてないって言うやつは、しっかり泣いてるもんなんだよ馬鹿。
 仕方無しに、俺は鼻水で汚いジャキの顔を持って、真正面から見つめる。一瞬びくりと震えたが、お構い無しに見つめ続ける。何だ、随分大人びた陰気な子供と思ってたが、こうしてみると普通の子供じゃないか。
 しゃっくりのせいで聞き取りづらいだろうから、しっかりと丁寧に言葉を重ねてやる。


「良いか、お前の姉ちゃんは大丈夫だから。絶対に助けてやる。そんで、お前と合わせてやる、約束だ。でも、お前が泣いてたら連れて帰ったとき姉ちゃんが困るだろ? どうやって出てくれば良いか分からなくなるだろ? だから、泣くな。男だろうが」


 短い間だけ、涙を流すのを止めるが、すぐに「あんたなんかじゃ、ひっく、無理だよ……」となんともまあ生意気な口を利きやがる。無理やり殴って泣き止ませてやろうかと思ったけれど、震える拳を止めてはっきり言ってやる。世の中の法則とすら言える大事なことだ、テストに出るぞ。


「出来る。なんせ、俺だからな。トルース町のクロノっつったら無敵の男として有名なんだぜ?」


 できるだけおどけた様に言うと、ジャキはまた泣くのを止めた。これがまたフェイントでさらにぐずりだしたら暴力も辞さないと暗い決意を固めていると、ふにふにしたほっぺたをさらにやわらかく変えて、不器用に……笑った。その後「町でって……ひっく、ち、小さいね」とまた人の神経を逆撫でするようなことを抜かしやがる。でもまあ、及第点だ。拳は納めてやろう。
 うしっ、と気合を入れてぐしゃぐしゃに頭を撫で回してやる。ご褒美だ。ジャキも大いに喜んでいる。見方を変えれば嫌がっているとも取れなくは無いが。
 面白いのでそのままずっと頭を捏ねくりしていると、不満そうな顔のロボが近づいてきて治療の続きを始めた。「次は僕です」と膨れているのが、妙に可愛い。安心しろというに、俺の弟ポジションは変わらないさ。


 ──あの子が泣いた時は私でも手を焼きました。三日間延々鼻を鳴らしていたこともありますからね──


 簡単なもんだ。今度こいつが泣いた時は俺を呼べよ、サラ。












 嘆きの山が落ち、地上に荒れる雪は無くなった。代わりに、空には太陽と下界に置いては久しい陽気。それに反して、何と俺の薄暗い事か。
 まだ十に満たない子供ですら戦いを挑んだというのに、会って間もない女の為にその弟を庇う男がいたというのに、天地において無敵と謳っている俺のいかに矮小な事か。
 恩ある女性が悲しげに俯き歩いているというのに……何故俺はその悲しみを増やす側に立っているのか。


(俺は、間違っているのかマスターゴーレム)


 答えが帰ってくることは無い。無視をしているわけではないのだろう、戸惑うような気配が伝わってくるのだから。ただ、伝えたい言葉が見つからないだけ。迷っているだけだ。
 迷う……俺もそうだろう。サラと出会い腐った頭を割られてから一度も迷いなど生じた事がない俺が、今確かに迷っている。どうするべきか分からないでいる。


「……どうしました、ダルトン」


 そんな俺の考えを見破ったのか、まだ顔に土のこびり付いたサラが俺の隣に並び声を掛けた。俺の部下ではない女王の部下共も会話程度なら見逃してくれるようだ。クロノを殴り続けて少し飽きたのかもしれない。敵に感謝することになるとは、もう俺は奴のライバルなどと名乗れないのではないか……?


「特別、思うことなど無い。お前こそ俺に対して何か思っていないのか? 俺は旧知の仲であるお前を裏切っているのだぞ」


 時折蹴られた腹部が痛むのか腹を擦りながら、サラは見た目には何でもないような顔で「そうですねえ」とボケた声を出した。
 誤魔化されると思ったのか。いくら暖かくなったとは言え、氷点下に変わりないここで大量の汗を掻いているのに。痛みで失神しそうな癖に。
 ……それを指摘できる立場に無い俺が気付いたとて、何が出来るわけでも無いのだが。泥沼のように気分が沈んでいく。足を取られて引きずり込まれるそれを救い上げてくれたのは、どうしようもなくやっぱりこの反りの合わない女だった。


「次の缶けりの鬼はダルトンからです」


「……俺様に勝てると思うなよ、サラ」強がりでも、軽口を叩かせてくれるこいつは……俺などよりも余程高尚な存在ではなかろうか?


 全知全能。神ですら操れぬ俺様。絶対の自信。究極の魔法の使い手。全部嘘だ。本当ならば、この程度の苦境を乗り越えて腐れ縁の、大事な女を守れぬ訳が無い。
 俺は下らぬ人間だ、俺はつまらぬ人間だ、親にすら見捨てられる人間だ、親すら救えぬ人間だ、本当に……何も出来ない人間なのだ。
 認める、それらを全て認める。だから運命よ、流れを変えてくれ。大河に小石を投げるような小さな波紋で良いのだ。どうか、抗いようの無い道筋に亀裂を。












「さて……行きましょうかクロノ」


「ああ、準備は万全。怪我も癒えた。後は……特攻かますだけだな」


 肩を鳴らして、腕を右左に動かす。後遺症その他諸々一切無し。あっても関係ないけど。
 さっきまで泣いていた子供とは思えぬほど冷静にジャキは俺たちを見ていた。白衣を握る小さな両手が震えているのは気にしない。気にするならその小さな掌で己の肉親を守ろうとした気概を評価すべきだろう。
 アルゲティの住民が見守る中、俺たちは洞窟の外に向かい歩き出す。
 その途中、背中にジャキのか細い声が当たった。


「……姉上を、助けて」


 ……例えば、俺がこいつくらいの子供だった時に同じ事が言えるだろうか。
 自分が住む世界とは一転して汚れた地に置いていかれて、大人の暴力に晒されそうになって、目の前で見せられて。いくら姉といえど自分のことを度外視して万感の想いを込めて言えるだろうか。
 振り返れば、どう見ても小さな子供。まだ親離れも出来そうにない年齢に見える。目はくるりと丸く幼さしかない。大人染みたという言葉は、子供にしか使われないのだから、彼がいかな性格といえど当たり前ではある。
 怒りもあるだろう、悲しさもあるだろう、それ以上に恐怖もあるだろう。それなのに……このガキは。
 この世界には、俺たちが回る世界には子供が強すぎる。大人でもない俺でも理解できるくらいに。
 言葉ではなく、ジャキの願いに右手を上げて約束した。それに呼応したようにアルゲティ中に響き渡る声援。


「サラ様をお願いします!」
「サラ様を助けて!」
「サラ様を、ジール王国を救ってくだされ!」
「姉上ともう一度会わせて……」


 その場では何も言わず、俺たちは外に出た。燦燦と降る太陽光に目を焼かれそうになり、右手で目の上に影を作る。無意識に刀に手が伸びていたのは、今の心境故か。


「……任せろ」


 口にしなくても良かったけれど、何となく声に出してみた。あいつらには届かなくても俺が交わした全ての約束。アルカディにいる全員分なら……およそ三百くらいか? 三百の約束と願いとは随分大荷物だ。お陰で背中が安心する。
 意識してのことでは無いのだろうが、ロボは両手の間接から蒸気が湧き出ていた。動かねば燃え尽きるとでもいいたげな状態はヒートアップに過ぎるだろう。今はそれくらいじゃないとやってられないだろうな。
 ルッカは至極平常そうに歩いているが、彼女の足跡から度々小さな火の粉が舞っている。俺は別段変わりはないさ、時々火花が散るくらいで極々冷静。ただ、祭りの一つくらいなら騒ぎ足りないくらいに燻ってはいるけどさ。
 ふと、腰に刺した赤い短剣に手を触れる。ジャキを慰めた後現れたボッシュから預かったものだ。


──名も知らぬお前たちに頼ってばかり……すまん。だが、今すぐにサラを助けねば……いや、そんなことはもうどうでも良い。あの危なっかしい、礼儀知らずの悪戯娘を助けてくれ──


 そう言って、ボッシュは俺に赤く光る美しい反りの短剣を手渡した。魔神器と同じ赤い石の欠片で作られたナイフらしい。魔神器を壊すにはこれしか無いと。
 その言葉で、俺は確信した。単なる同名の他人では無いと言うことに。赤い石それすなわちドリストーン、グランドリオンの原材料の事だろう。
 現代に住む謎の鍛冶師ボッシュ、グランドリオンの復元が可能である老人と、古代に生きる命の賢者ボッシュが同じ人物だと知る。
 何故古代に生きるボッシュが現代でも生活をしているのかは分からない。いつかは教えてもらう事もあるだろう、だが……今は置いておく。とにかく、この熱気を冷まさなければどうにも身が持たない。これだけやる気になってるのも珍しいんだ、他の事に目が行く暇は無い。
 目指すはジール宮殿、天上の世界に行く為の天の道。 目標は……


「ジール王国を潰す。勝利条件にしては軽いもんだよな」


 僅か三人しかいない軍隊だけれど、ルッカが空に銃を撃ち鬨を作った。











 空を昇り、まずは浮遊大陸に到着。すぐ目の前に見えるのは煙の上がっている都市エンハーサ。遠くからでも人々の悲鳴が届く夢見る町は悪意の中に溺れていた。中に入れば仮面を付けた、兵士の格好をした男が近づき「おいおいまだ住人がいたのか? これじゃあいくら殺しても終わらねえよ……ダルトンの臆病者も碌に命令違反しねえし……何人か殺しても文句ねえよな」と勝手な暴論を作った。
 エンハーサの門内の光景は悲惨の一言、人々は柱に縛り付けられ、あるいは磔にされて、または死なないように串刺しにされている者、服を脱いで本性を見せた魔物に食い殺されている人間。そしてその周りで泣き喚く子供たち。きっと、今食われている大人たちの息子、娘なのだろう。鼻をつまみたくなるような異臭は人を焼いた為か。初めて訪れたときに見えた白色の壁は煙に当てられて黒ずみ、静観とした空気はとうに消えていた。あるのは静寂ではなく叫喚。
 町の中央では人間の肉を肴に酒を飲む者、酔いながら虐殺を煽る者、ただ殺す者の三様に分かれて気分を害させる。
 ……もういいだろう。こいつらは文字通り人間じゃない。なら、この刀を抜いて払う事に何の躊躇いがある?


「おいお前ら、とにかく楽に死にたきゃ早くこっちに来て俺たちに喰われ」


 そこで男の言葉は終わった。これから先も永遠に。
 ソイソー刀の一閃により顎から上が落ちた男は町の入り口にある階段から下まで転がり派手な音を立てて落ちた。その音に全員が何事かと振り向いたので、挨拶代わりかルッカが掌でナパームボムを爆発させてファイアで包み爆裂火炎球を作り広場に投げた。魔王戦で編み出した技が、完成してたのか。
 広場に落ちた科学と魔法の融合体は大口を開けている魔物たちの集まり、その中心で破裂し死肉を撒き散らせる。人には被害が無い様威力と爆風の道をコントロールしている辺り、キレててもルッカというところか。
 襲撃にいきり立った魔物たちが俺たちを囲み、一方で人間を捕まえて人質を作ろうと走り出した。その悉く、足をロボのレーザーで打ち抜かれ、また加速したロボに体術にひれ伏していく。
 まだまだ、前菜の時間も終わってないぞ外道共。

「臭いわね、丸ごと燃やしたらマシになるでしょ」


 底冷えするような声を呟きながらルッカは止まる事無く町を歩き銃をぶっ放していった。時々に近寄る兵士には無詠唱の火炎をぶつけ火達磨に。その数が二人でも三人でも六人でも変わりは無い。彼女から離れても撃たれる。彼女に近づいても燃やされる。徹底的な格差を見せてくれた。


「丁度良かったです。悪魔の大群なんて相手取るのは、少々憧れがありましたし……とにかく、潰れてください」


 ロボは腰を落とし、右手を引き足を広げて左手を道に溢れる数十の兵士に向けた。構えは中世の王妃の縦拳に似ている。微細に違うのは腰の深さ、臀部が地面につくか否やというまでに落としても尚体勢に狂いが無いのは子供の体格故か。決定的に違うのは、キュイイイ、と機械音が始まり体中から蒸気が縦横無尽に噴出している。遠目から見たロボの口は「マシンガンパンチ」と溢していた。
 ……視覚をトランスで底上げしていた俺でもロボの攻撃はよく見えなかった。多分、原理は難しくない。恐ろしい速さで引いていた右拳を前に出す。これをただ繰り返すだけの技だと思う。
 ただそれだけの動作が規格外。距離の離れた敵の大勢を吹き飛ばしていた。空圧だけで全て薙ぎ倒したということだろうか? 機関銃の名に相応しい豪快で圧倒的な力技。
 打撃の当たった敵の体は陥没していて、顔に当たった兵士の首から上はねじ切れるか無くなっていた。


「……脆い。僕、あんたらの事嫌いです」


 今まで聞いたことが無いような冷たい声で吐き捨てる可愛らしい機械の少年は、兵士たちにとってどう見えただろう。神話の心を誑かす悪神のように映っているだろうか?


「まあ……今のところそんなことはどうでもいいんだけどさ」


 ルッカとロボの力を目の当たりにした兵士の何人かが彼らを襲う事を止めて俺に剣を向けた。まだ平静な心を取り戻せていないのか構えはばらばら、姿勢も攻撃の形もなっていない。旅に出た頃の俺より酷いかもしれない。
 ……何が腹が立つって、そんな力量で町の人間全員を怯えさせた事、泣き喚く子供たちを笑っていた事。個人的な苛立ちも含まれてるけれど……


「お前ら程度の力で、サラが連れて行かれたってのか……?」


 瞬間で込められる最大の魔力を刀を伸ばすために使い、力のまま払った。途中で引っかかる建物を無視して半回転させる。座り込んでいる町の住人以外の魔物たち数十を胴体から切り離す。家や店、柱なども遅れて倒れていきレンガが崩れて散らばった。石畳は砕け、まるで戦争のよう。間違って無いか、一国の軍隊を相手するんだから。それにしては、弱すぎるけれど。これならガルディア騎士団の方が何百倍強かった。彼らは守るものがあったから、誇りがあったから。お前らに何があるっていうんだ。
 ようやく力の差が分かったらしい魔物たちが逃げ足になりだした時に肉体機能を向上。足に力を入れて回り込み狩っていく。逃がすか誰一人逃がすもんか、全員殺すと決めたなら、俺がそう決めたならそこに変更は無い。
 エンハーサ解放にさしたる時間はかからなかった。







 エンハーサの魔物を全て殺し、町の住民を地上に避難させる。地上の人間を頼る事に渋る人間はいなかった。目の前で人が殺されていくのを見て我侭を言う馬鹿もいなかったということだ。
 感情のまま暴れた為、ルッカとロボはエンハーサ解放の後疲れが見え始めた。現れ出るジール兵士たちを根こそぎ潰していく合間、次の都市カジャールに向かうまででコンディションが落ちてきているのを確認する。よって、ルッカとロボを一時交代。俺はそのまま戦闘に立つ。約束したのは俺なのに、後ろで休んでる訳にはいかないからな。
 カジャールにおいての二人の活躍はロボとルッカを凌ぐものとなった。王女としての誇りがあり民を守るべきという考えの強いマールに国民を守るべき兵士が国民を食い殺しているという現実に発狂しそうになった事だろう。震える住人たちに近づく魔物は全てマールの氷槍の餌食になりはやにえのように突き刺さった後床に血を滴らせていた。
 注目すべきはカエルだろう、今までの鬱憤云々ではなく、誰よりも強い義侠心から怒り狂ったカエルは勇者と言うよりもバーサーカーに近い戦い方で兵士達を両断していった。カエル本来の跳躍力を駆使してその爆発的加速力は誰の目にも止まらずあらゆる生き物を切り倒していった。弾け跳ぶウォーターは砲弾のように飛び交い兵士たちの四肢諸共に四散させる。


「流石、流石だよなあいつらは。でもなあ、あんまり暴れられると困るんだよな」


 伸ばしに伸ばしたソイソー刀……二十メートルから三十メートルくらいか? に突き刺した兵士の死体三、四十体を掲げながら歩く俺に近づく敵はいない。旗幟の役割みたいで微妙だけど、できる限りの恐怖を味わってもらいたい。ソースはお好みで、他の二人が共同でタレを作っています……なんてな。
 時々に剣を振りかぶってくる馬鹿には熱量を上げた電撃を送り、磁力を使って上空に放り投げて刀の先端に突き刺していく。また伸ばさないと駄目かな? あんまり伸ばしてしまうと歩きづらいんだが……トランス状態の俺なら重いとは思わないが。
 こういう時は狂ってもいいんだよな、カエル。そうアイコンタクトを送ると、彼女が返した目線は『存分にやれ』だった。一々言われるまでもないけどさ。それと、頑張りすぎるなよ? 俺の分が減るじゃないか。仲間なら分け合うべきだろうが。


「……糞弱いな、お前ら」


 屈辱と怒りに震えながらも、それ以上の本能に遮られて動けない兵士たちを笑って、俺は町を闊歩した。







 カジャールも解放、まだ生き残っている人たちをマールに誘導してもらう。エンハーサと違い地上への道から遠いここからならば必要だろうと考えたのだ。一時ここで別れてジール宮殿を目指した。黒鳥号にも行くべきか考えたが、あまり時間を無駄にするのも美味くない。まずはサラを救出するのが先決と先を急ぐ事にした。念の為に、カエルにヒールを使ってもらい一時ルッカと交代させる。体力は有り余っているようだが、カジャールにて複数回復が出来るカエルには沢山の怪我人を治療させたので魔力が枯渇しそうだったことが理由である。マールも十二分に治療を行っていたので、出来れば合流した際にロボと交代してもらうべきだろうか? ……今先の事を考えてどうする。ジール宮殿に行けば間違いなく酷い戦いになるんだ、迷うな、俺。


「ルッカ、大丈夫か?」


 ジール宮殿までの山道を走りながら、ルッカを気遣う。ゼナン橋に輪を掛けて凄惨な光景を目にしたのだ、かなり応えているだろう。かく言う俺も怒りで誤魔化せているが、戦いが終われば吐くことは間違いないと思っている。
 しかし、俺の心配は杞憂に終わりルッカは「そこまでヤワじゃないわよ」と強気な発言。走る速さを上げて俺を追い抜いていった。敵わないな、全く。
 幼馴染が気を張っているというのに泣き言を漏らしそうになった自分を恥じて、俺もまたルッカに合わせて走るスピードを上げていった。


「……? おいルッカ、あれ」


「何? 立ち止まってる暇なんか無いのよ?」


 ジール宮殿までもう少しというところで俺は山の下を指差した。そこには、マールたちが誘導する人々とジール兵士たち。「やばいの……? もう! 今から戻って間に合うかしら!?」と慌てているルッカを制止してもう少し様子を見る。どうも、戦っているようには見えないのだ。
 最初はマールも弓を放ち牽制していたが、ジール兵の一人が前に出て頭を下げていた。それに遅れて他のジール兵たちも次々にマールに頭を下げ、ついには土下座まで。敵側からの投降かと思えば、そうでもない。仮にそうならば、マールが許したとしても何らかの罰を与えるはずだが、それもしない。それどころかマールは住民の誘導を兵士たちに任せて俺たちを追って山を登り出したのだ。


「なっ!? 何考えてるのよあの子! あんなことすればまた町の人たちが殺されて……」


「……ダルトンだ」


「えっ?」


 俺の言ってる意味が分からなかったのか、ルッカは不思議そうにこちらを向いて動きを止める。説明している時間も惜しい、何よりそれは会えば分かる話だ。
 立ち止まっていたタイムロスを取り返すべくさっきよりも速く足を上げて走る。疑問顔をしながらついてくるルッカには悪いが、本当に時間が無いんだ。アルゲティでの俺の治療時間だけでも結構なものとなってる。仕方が無いとは言え、町の解放に使った時間も少なくは無い。サラが魔神器を起動せざるを得ない状況になるまで刻一刻と時間が迫っているのだ。
 ……恐らくサラは耐えるだろう、例えどんな拷問に遭ったとて痛みに負ける事無く意思を貫くだろう。でも……その意思の硬さを考慮しても尚それ以上に彼女は優しい。馬鹿な言動をしているくせに、自分と他人を天秤に掛けたら、必ず他人を選ぶだろう。例え選ぶべき秤に載っているものが自分ではなく世界だとしても、彼女は近しい誰かの為に決断してしまう。
 ……馬鹿だと笑う事も出来る。結局その誰かも死ぬ事になるのに、本末転倒だと罵倒する事もできるだろう。でも、しない。それがどれだけ尊い事か分かるから。自分の決断の重みを分からないほどサラは馬鹿じゃないと嘆きの山で知ったから。


「間に合え、間に合え、間に合え……!!!」


 両手の指を握り締めて全力で疾走する。息切れや動悸なんて小さなことは全部無視だ。体が壊れる? あいつが壊れるよりは良いさ。
 辿りついたジール宮殿、その門を叩く事も押すこともせずソイソー刀で切り崩して立ち止まる事無く中に入った。宮殿内に人はおらず、がらんとしたもので、兵士も住人も魔物や人の気配を感じられない寂しいものと化していた。
 気配を感知することに長けているわけでもないので、いきなり物陰から襲い掛かられることも考慮しつつ宮殿内を歩き回る。既に刀は抜いていた。後ろをルッカが銃を片手に守ってくれている。じりじりと摺り足混じりにゆっくりと家や研究室の扉を開け放ちながら中を散策。やはり、人の姿は見えない。ルッカやジャキを見つけた部屋にも誰もいない。魔神器の間には研究者や説明役となってくれた女性は愚か、魔神器も無かった。海底神殿に持っていかれたということだろう。着々とラヴォスを刺激する準備は進んで……いや、もう終わっているのかもしれない。
 誰かが息づく事ない宮殿の在り様に自分で分かるほど焦り出す。もしかして、住人は全員殺されたのだろうかと不吉な想像が頭をよぎるが、今まで血の跡や争った形跡は見られないことから、それは無いと断じる。何処かに連れ去られて殺されたという選択は考えずに。
 ……いよいよとなり、ルッカと俺は二手に別れて捜索を行うも、やはり何処にも隠れている人間や兵士たちは姿を見せない。残る場所は唯一つ、女王の間。もしここにも誰もいないとなれば、すでにサラは海底神殿内に連れて行かれたということになる。


「海底神殿にいるとすれば……くそ、どうする……」


 女王の間へ続く階段でルッカと合流して、俺は頭を押さえて弱音を吐いてしまう。横でルッカも弱弱しく「大丈夫よ」と呟くが、根拠無く胸を叩く事もできないようだ。
 階段を一つずつ登り、手すりに手を掛ける。気を抜いていたつもりは無いのだが一瞬体がぐらつき視界が軽く横転する。危なく階段から落ちそうだった俺をルッカが心配する声が聞こえるも、彼女を安心させる言葉はすぐには出なかった。
 ……後ろを振り向いた俺が見た場所は、宮殿内の少し幅の狭い通路。中央で人間が両手を横に伸ばせば壁に手が届きそうな、近くに段差のある場所。俺とサラが出会った場所だ。
 本当に、誰かに言っても信じてもらえそうにない出会い。出会い頭に生クリームを頭からぶっ掛けられて、俺がサラの顔に塗り返して、それにサラが理不尽にも怒り出して街中なのに魔法を放って……馬鹿らしくて、楽しかった時間。ルッカとの事で気落ちしていた俺の背中を押してくれた時間。
 それは小さな力。サラからすればそんなつもりは全く無い、俺の背景を知らないのだから当然だけど。大体、俺の背中を押してくれたなんて表現さえこじ付けがましいそんな……


「……また会いたいな。いや、絶対に会ってやるけどさ」


「……サラさん……だっけ?」


「ああ……そういえば、あんまり話してないんだよなルッカは」


 俺の問いかけにルッカは答えず、そのまま女王の間へ歩いていった。
 不安を胸に俺もまたそれに続いて、長い通路を歩き白い装飾の少ない扉を開き始めた。隙間から漏れ出る魔力は気配などよりも濃密な存在を感じさせる。そうか、ここにいたか。喜ぶところでも無いが……お前がそこにいることが確かな手がかりになる。ここはサラへと続いていると。
 扉を開け放ち、そのまま部屋の中に足を踏み入れる。奇襲なんてものは無い、一度戦い、また彼女を庇っていた男……会話もままならなかったけれど、卑怯ではないと分かっている。確かな物をこいつは持っている。
 女王の椅子に座って、拳を握りながら両手を合わせて俺たちを睨みつけているのは、ジール王国部隊団長ダルトン。殺気は研がれ刃物のように、視線はそれ以上に洗練された獣の如く。触れれば切れると言いたげな存在感に彼が本気で立ち塞がろうとしているのが分かる。
 長い髪の毛を揺らして、ダルトンはゆっくりと立ち上がった。


「そこの光の柱が海底神殿へ繋がっている。簡易だが、移動装置だ。その先にジールも預言者もサラもいる」


 椅子の後ろへ親指を示し、視界からその巨体をずらして移動装置の存在を確認させる。光に照らされて浮かぶ埃が何も無い床に吸い込まれている様は魔力によって何らかの効果があることを強調していた。
 魔王城にあったものと似たような……いや、それ以上の魔術だろう。何せ、浮遊大陸のジールから海底まで運ぶというのだ、ダルトンは簡易と言ったがとんでもない。これだけの移動技術を小さな範囲で作るなんて天井知らずの力が必要だろう。魔法王国の真髄というところだろうか。


「……そこの眼鏡を掛けた女、それに……今宮殿に入ってきた弓を持つ女、お前らは進んで良い」


 弓を持つ女……疑い様無く、マールの事だろう。


「お前、誰が宮殿に入ってきたか分かるのか」


 俺の質問に愚問、と言いたそうに見下す。長身故にそうなるのは仕方ないが……どうも馬鹿にされているようで落ち着かない。
 進んで良いのは、マールとルッカ。俺は勘定に入れられていない。それはつまり、そういうことなんだろう。ライバル認定は、嘘じゃなかったようだ。俺は小さく舌打ちして刀を抜く。次いで魔力解放。いつでも放てる、綿密な構成や詠唱は必要無い。仮に、マトモにサンダーを当てたって効く訳無いんだから。


「ルッカ、マールを連れて先に行ってくれ。俺は野暮用が出来ちまった」


「……馬鹿? この状況で決闘でもするの?」呆れながら彼女は言った。


「しゃあねえだろ、そこらのジール兵ならお断りだが……ジール王国団長様の御指名なんだぜ……コイツの事、嫌いじゃなくなったしさ。それよりも、二人で進む事になるが……ルッカたちは大丈夫か?」


 屈しはしたが、ダルトンはアルゲティでサラを守ろうとした。なら、応えてやるべきだろう。
 暫しの間ダルトンと睨みあっていると、息を切らしたマールが部屋に飛び込んできた。彼女が何かを言う前に、頭が痛そうに擦るルッカが彼女の手を引いて無理やり引き摺っていった。悪いなマール、説明はルッカから聞いてくれ。
 慌てているマールを無視して、ルッカが光の中に入る一歩前で立ち止まり、こちらを見る事無く声を荒げた。


「私たちの心配なら無用ね……でもあんた、すぐ追いつくんでしょうね!? 待たせたら頭撃ち抜くわよ!」


「……その質問に、答えがいるか?」


 少しの間その場で動かず……彼女はマールと一緒に姿を消した。海底神殿に跳んだのだろう。直前で見えたのが笑顔だった事で、俺があいつらの心配をする必要は無くなった。
 俺の我侭に付き合ってくれたことに感謝して……彼女たちが通り過ぎても決して俺から目を離すことの無かった猛獣のような男を見やる。射抜くような視線にたじろぎそうになる心を押し殺して口を開いた。どうしてもという程ではないが、聞きたいことがある。


「カジャールの人間を地上に誘導しているのは、お前の部下か?」


「数少ない、が付くがな。俺直属の人間の部下だ」


 宮殿の人間を避難させたのもお前の命令か、とは聞かない。聞く必要の無い無粋な言葉はいらないだろう。今から戦う人間同士がべたべたと馴れ合う理由も無い。


「俺様からも質問だ。クロノ貴様、俺様を殺す覚悟はあるか?」


 殺す覚悟とは、大袈裟に過ぎる言葉に笑いそうになるが真剣な様子のダルトンを見てそれは堪える事にする。
 殺すか……刀を抜いているんだ、普通なら当然のことだと思うんだろうな。
 でも……俺に人間を殺す気は無い。ジール兵たちも全て魔物の変化、でなければ流石に串刺しにするなんて悪趣味な事はできない。もしかしたら、あの状況ならしたかもしれないけど。ダルトン相手にそれをする気は毛頭無い。


「……言うまでもないようだな。分かった、だが俺様はお前を殺すつもりだ、そんな甘い世界で生きてきたつもりはないし、その程度の意志で上り詰めた立場でもない。だがそれじゃあ平等じゃないだろうが? ……よって、こうしよう」


 ダルトンはマントの一部を力任せに千切り取り丸めて、それを歯で咥えた。その後左手を持ち上げて……聞こえる程に強く振り落とし右肩に叩きつけた。衝撃音と一緒にびき、と嫌な音を立てて。
 何度も、何度もそれを繰り返し、いよいよ彼の拳からは血が流れ始め、右肩部分の服が赤く染まる……何がしたいのか、全く分からない。ただ自分の体を壊しているようにしか見えない。今から戦うという時にどうしたというのか?
 追い立てられるように自分の肩を殴る剣幕から、何故かじりじりと圧倒されていく。最後に……決定的な粉砕音が響いた後、ダルトンは荒く息を漏らし脂汗を流しながら口の布を落として笑った。


「こ、れで……ハンデは、無しだ……!」


 おいおい……その為だけに自分の肩を砕いたって? 刀を抜いた敵を前に、一々そんな馬鹿なことを、自分で自分の利き腕を壊すような真似をしたのか? 頭おかしいんじゃないか? 思わず心配しそうになるような、呆れた行為。……しかし、俺は呆れるよりも先立つ感情が止まらないことに気付いた。
 ……ぞくぞくするじゃないか。騎士道とも武士道とも誇りともフェア精神なんてものでもない。ただ狂っている。
 分かり辛くても、これが彼なりの敬意の表し方なんだろう。俺というまだ大人にもなれない年齢の子供を強敵と認めたうえで対等に戦いたいという自分の欲のためだけの行為。不遜である為に、また強者である為の愚行。


「……分かったよダルトン。あんたがどんな人間か分かった。俺も忙しいんだけどさ……これは楽しむしかねえよな」


 口を開き笑う獣の威嚇を合図に俺は刀を伸ばす事無く通常の刃渡りで斬りかかった。手負いの獣が相手とは、随分な趣向じゃないか。
 海底神殿に入ってからが本番だと思っていたがとんでもない。前哨戦扱いには出来ない。これからサラを救い出すまで、ずっと絶頂期だ。少なくとも気なんて一瞬も抜けない。このダルトンを前にして手を抜けば瞬間殺される。その真実が……戦闘なんて特に好きでも無い俺ですら心が躍る。
 ダルトンは犬歯を見せびらかして、激痛の中にあるだろうに不敵な笑みを見せた。


「は、ハハハ……ハハハハハ!!! 一々考えるのは後だ……今はクロノ、俺の生涯に唯一と認めた強敵である貴様を倒す事だけを考えようじゃねえか!」


「強敵ねえ……そんなもんに興味は無いけどさ、認めてもらうのも吝かじゃあねえかなぁ!!」


 俺の斬撃は前に戦ったときには付けていなかったダルトンの鉄甲に遮られ軌道を変えられる。流れていく刀に目が行くことも無くダルトンは蹴りを繰り出した。強靭な足が目の前に迫り俺の体は軽く飛ばされる。ガードが無ければ悶絶していただろう、体術も並じゃ無え……刀を手放さなかったのは奇跡だ。
 改めて構えを直し、敵の技術を考えてみる。魔術は緻密、詠唱の速さは俺を遥かに凌駕している。体術は俺よりも上、マールと同程度だろうか? それでも王妃には及ばない。力はカエル程ではなく、ロボよりは上。魔術のアレンジならば俺に分があるはず。
 ……やはり、戦えば戦うほどに感じる、俺と似た戦い方。実力も単純な比較なら俺を上回るだろうが、その実拮抗したものだろう。性格はここまでぶっ飛んだものではないにしても、俺と近い性質を持っているように感じる。敵でなければカエルのように良き友になれただろうと思う。
 だからこそ……戦っていて楽しい。一つの間違いが敗北に繋がる緊張感が堪らない。
 知らず弧を描き出す口元を戻す事無く、さらなる攻撃を加えるためダルトンに足を走らせた。彼もまた笑っている。そりゃあ楽しいだろうさ、俺だって楽しいんだから。
 人を殺すのは絶対に避けたい俺だが……何でか、こいつなら殺し合いをしても良いかな、と思ってしまった。それが礼儀なら、それもまた正義となる。
 きわどい攻防の時間が過ぎる中、稀代の武士の心を持つ男と対峙しているこの瞬間に僅かだけ感謝を。
 何でか俺はこの戦いが終わった時、ダルトンと友になれれば、という詮無いことを少しだけ思ってしまった。


 叶うことはきっと、無いだろうが。


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