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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第二十六話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/23 17:18
 ルッカの独白が終わり、長い息を吐いた。長い話だったこともあり、疲れたのだろう。それと同時に、彼女の回想が終わったことを知る。俺は……何を言うべきかを掴めずに、「そんなこともあったな」なんて、気の利かない言葉を呟いた。


「ごめん、長くなったわね。でも……多分これが私のルーツだから、省いたりできなかったの」


「いや……なんていうかその……何を言えばいいか、分からないけど……」


 戸惑う俺をルッカはクスクス笑って、「落ち着いてよ」と宥めてくれる。この場合の宥めるは、正しいのか分からないけど。これが気を利かせるってことなんだろうな、と思った。


「その頃の私は、クロノに頼ればなんとかなる、助けてくれるなんて馬鹿みたいに思ってたけど、違うよね」


 一呼吸いれて、ルッカはなおも続ける。


「もう、子供じゃないもの。大人でもないけど……私もクロノも、頼るばかりじゃいられないのよ」


「……俺だって、ルッカを頼ってる。誰かの助けを当てにするのは、悪いことじゃないだろ」


「言い方が悪かったかしら。頼り切るのが悪いのよ、悪識と言って良いわ」


 その定義が分からない。頼ると頼り切るの違いは何処だ? 何をどこまで求めれば過剰になるのか、俺には分からない。それはルッカにも分かってないんだろう。彼女は俺の言葉に囚われてそう思ってるだけだ。
 ……でも、彼女がそう思っているなら、その考えには抜け道がある。


「……頼るってさ、際限無いよな。一度溺れれば、抑えなんて効かないんだから」


「……そうね、私がそれよ」


「最後まで聞けよ。助けてもらうってことは耐え難い幸福なんだとおれは思ってる。信頼に近いそれは、一度味わえばきっと……抜け出そうなんて思わない、普通はな。そこから出ようとするルッカは……凄いよ、やっぱり」


 聞け、と言ったからか、ルッカからの返事は無い。ちょっとは反応があるかと思っていたが、好都合だ。でも、それは俺の言葉に従順になっているだけで、喜ばしいものでもない。そんなの、俺の知るルッカじゃない。


「……だけど、俺には耐えられないんだ。俺は弱い人間だから、誰かを頼りたい。誰かに助けられたい。そう思うのは、勝手なことだと思うか?」


 お前の番だ、とドアを軽く叩いて彼女の言葉を引き出す。時間を置いて、薄い声がぼんやりと届いた。


「クロノは良いんじゃない? あんたは誰かを助けてる。なら、等価交換よ、その分誰かに助けてもらっても許してもらえるわ」


「ルッカだって俺を助けてる」


「助けてない!!」


 言い終わる前に、金切り声を出されて息を止めてしまう。緊迫したそれに、俺の言葉に従っていたわけではなく、沸々と暗く重たい気持ちを忍ばせていたことを知った。……爆発寸前、だったのか。
 まだ、ルッカの叫び声は途絶えない。一度破裂した風船は、内包する空気を全て吐き出すまで止まらないように。


「私はクロノを助けたことなんて無い! それは……それはあんたの勘違いよ! 全部私のためにあんたの手助けをしただけ! 純粋な善意なんて無いの! 私を見捨てないで、私に飽きないでって、それだけの、下心しか無い醜い行為があんたの言う『俺を助けた』よ!」


「違うだろ……いや、そうだとしても、俺がルッカを助けたのだって下心だ!」


 ルッカは狂ったように笑って、扉に強い衝撃を与えた。恐らく、誰にも当てられない自分の我慢や、不満を蹴りに乗せて。


「じゃあ何、あの時私を助けたのも下心なの? まだ小さいあんたが私を抱きたかったの? それとも、私を助けたっていう事実が欲しかっただけ? 自分は女の子を助けたって英雄思考に浸りたかったの?」


 あまりに俗物的で即物的な答えに考えが飛ぶ。ルッカがそんな言葉を使うのは、今までで初めてのことだったから、そりゃあ戸惑うさ。彼女の痛みを伴う慟哭に酷似した叫びに、足の指を丸め耐えようとした。


「……っ! 違うだろ、俺はただ友達を助けたかっただけだ! でもそれだって俺がお前を助けたいって欲からきたものだよ。下心には違いない!」


「下心……ね」情緒不安定、正しく彼女はその症状になっていた。数瞬前とは一転して、酷く落ち着いた声音。気が狂ったような甲高い声からの変化は劇的な変化というよりも、誰かと入れ替わったよう。今俺の目の前にいるだろう女性が果たして俺の知る幼馴染なのか、確信できないほどの変わりようだった。


「ほら、やっぱり私とは違うわ。私にはそんな事できない。私は誰より自分が好きだから、友達なんてものに自分を賭けれない! まだ子供なのに、村の子供たちや大人を敵にしてまで守りたいなんて全然思わない、思えないもの!」


 文の繋がりが滅茶苦茶だ。今のルッカはまるで思考が整ってない。思ったことを正確に並べずただ外に出しているだけの、獣染みた叫び。聞いている側にも深く傷を残すような悲鳴が体を通過する。
 ……でも、俺はそれに耐えないといけないんだ、俺が気丈な彼女を壊してしまったなら、元に戻すのも俺で然るべき、そうだろ?
 何より……もう、辛い。彼女が言葉を重ねるたび、本当の気持ちを教えてくれるたびに、俺の嘘が浮かび上がってくるから。


「……やっぱり、俺もルッカと同じなんだ」


「だから、違うって……」


「同じなんだって! 俺だって自分が一番大事だ! 俺が言うんだ、間違いねえ!」


 そう、間違いない。俺はいつどんな時でも俺の為に動いてる。俺の命が一番大事だし、俺の生き方に反するものには触れたくない。それは絶対だ。
 ゼナン橋でも、俺は自分の命を優先した。結果がどうであれ、俺は戦うことを放棄した、仲間や騎士団よりも己の安全を第一に考えた。魔王との戦いでも、命乞いを計ろうとした、アザーラたちに死んで欲しくない俺の我侭で大地の掟を無視しようとした! 誰よりも自分が大事っていうなら、俺の方がよっぽどそうだ。だから俺は……


「ルッカを……助けるんだと思う。俺にとってルッカは、自分を犠牲にしても助けたいから」


 大体、前提が狂ってるんだ。過去に俺がお前を助けた? 馬鹿げてる。それは、あくまでお前視点の話じゃないか。
 毎日毎日、ルッカの家に遊びに行ったのは何でだ? 他の子供たちが集まってサッカーや鬼ごっこなんてしてる時に、何でわざわざ一人の女の子とずっと遊んでいたのか。俺だってルッカと同じだからだ。大人たちにはルッカ程は嫌われてなかったけれど……薄気味悪い子供だと言われて挨拶も返してくれなかった。俺と同じくらいの子供たちには唾を吐きかけられた、遊びに誘ってくれることなんて一切無かった。幼少時代に孤独だったのは、俺も同じなんだ。
 そんな時……ルッカと出会った。最初は……暗くて、気持ち悪い奴だって思ったよ、友達なんて普通ならお断りだって思うくらい。
 ……口になんて出せないけど、俺はルッカが好きじゃなかった。いつもいつも遊びに誘ってたけど……本音で言えば他の明るい男の子や女の子と遊びたかったんだ。でもルッカ以外に俺と関わってくれる子はいなかった。『仕方ない』からルッカに構ってただけ、彼らが掌を返して俺と遊んでくれれば、きっとルッカのことなんてすぐに忘れたんだろう。
 ……タバンさんの時も、彼女が言うような、またさっき俺が言ったような友達を助けるのは当たり前なんて高尚な理由じゃない。ルッカが壊れれば、また俺は一人になるのかって焦っただけだ。一つしかない玩具を取り上げられたくない一心で啖呵を切っただけだ。それだけの為に体を張ったまでのこと。
 ……そりゃあ守るさ。一人は辛いから。母さんが仕事から帰ってくるまで、誰とも話しかけられないんだぜ? 朝から夕方まで一人遊び、母さんが帰ってくれば偽りの友人関係を語って見せて、「あんたは友達を作るのが上手いねえ」なんて言葉を身を切るような思いで受け取って。地獄ってのはきっと孤独でいることなんだと疑わなかった。


(俺は……最低だ)


 彼女は本心を言ってくれた。なのに俺は……自分を良く見せたいなんて欲から綺麗な言い訳を用意した。『オマエヲタスケタイカラ』……素晴らしい人間だよな。反吐が出るぜ。
 ……だけど、ここからは俺も本心だ。偽りなんか無い。


「……助けてもらったのは、俺の方なんだ」


「……何の話よ」


「小さい頃の話。お前がぴょこぴょこ俺の後ろを着いてきて、何をするにも俺から離れなかった時の話」


 ああ、と納得してから、ルッカは黙り込んだ。その時の自分も俺に頼り切ってたと勘違いしてるのか。


「……俺がどれだけ、救われたか」


「え?」


 皆、誰も俺を見てくれなかった。鉄棒で誰よりも早く逆上がりが出来たのに、拍手も驚きの声も嫉妬の声すら無かった。俺はそこにいるのに、皆はまるで空気を見るような目で俺を透かしていた。そんな時……彼女の俺を信頼している動作、その一つ一つが俺を見つけてくれていた。鏡を見るより明らかに俺は自分を認識できた。
 それが……どれだけ嬉しいか、途方も無い喜びを分けてくれるのか、分からないだろう? お前が俺を頼ってくれることで、俺は俺を思い出せたんだ。お前を助けたことで、お前以上の幸福を得ていたんだ。いつのまにか、うざったいと思ってたお前は、俺を認めてくれる唯一の、神様のような女の子になってたんだから。


「ルッカが隣にいてくれれば、俺は無敵なんだ。お前の声が聞ければ俺は何処までも飛べる。お前の存在を認識できれば、俺は何でも倒せる。嘘じゃない。それは、絶対の絶対だ!」


 過去の話をされて思い出したルッカとの誓い。俺よりも鮮明に覚えているだろう彼女は、あっ、と吐息を溢した。


「頼むよルッカ。過去の自分を切り捨てないでくれよ。でないと、俺が消えちまう。俺が死んでしまう」


 話していると、自分の頬を涙が通っていた。みっともないことに、俺は彼女に懇願しているのだ。泣きながら、喉をひくつかせて、何処にも行かないでと、母親に駄々をこねる子供のように。彼女はきっと、母親よりも俺を見つけてくれた人だから。


「……私が、クロノの近くにいていいの? 迷惑……じゃないの?」


「迷惑じゃない。そんなこと、思う訳無い。思いたくても、出来ない」


 実験と称して痛みを与えても、失敗確定の危なっかしい機械に乗せられても、彼女から離れなかったのは……誰より俺が、離れたくなかったから。大きくなって友達が出来ても、大人たちと笑いあうようになっても、俺を救い出したのはルッカだけだから。


「……私、多分またあんたを頼るわよ? と……時々泣いてあんたを困らせるわよ?」


「頼ってくれ。でないと俺もルッカを頼れない。後者に関しては安心してくれ。俺が隣にいれば、ルッカをもう泣かせたりしない。それは……」


「絶対の絶対、なのよね?」


 新しい約束を取り付ける前に、目の前の扉が勢い良く開いた。
 流石は空に浮かぶ都市だ。粋な演出をしてくれる。
 だって、扉の先には涙を流している女神が、俺に微笑んでくれていたのだから。


「ああ。嘘はもう飽きたからな」


「……ばーか」


 飛び込んできた彼女の体は軽く、守らなければいけないものだと、深く感じた。
 もう、一生彼女を泣かさない。守り続けてやるさ、例え星が相手だろうとも。








 星は夢を見る必要は無い
 第二十六話 絶対の絶対────








 無事ルッカと合流することが出来た俺たちは、カエルの元に戻ることが出来た。無愛想な子供の姿はもう無く、探す必要も無いので放置。
 カエルは再起不能だろうと思われたので(何を話しても「ヴェダスロダーラ」しか言わないことには多少の危機感を抱いたが)時の最果てからマールとチェンジ。交代の際、マールから「いい加減僕を呼んでくださいっ! ってロボが言ってたよ」と聞かされたが、却下。最近になってロボを夢で見なくなったんだ。しばらく距離を置きたい。


「マール……あの、イオカ村ではごめんな。俺目が覚めたから。心配させて悪かった」


「いいよ。むしろ、クロノが何でもない顔で歩いてたら殴ってたし」


「……怖いな、そりゃ」


 俺は、本当に恵まれてるよな。
 さて、これからどうするべきだろうかと悩んでいると、ルッカが有力な情報を手にしていた。なんでもこのジール宮殿には魔神器というラヴォスエネルギーを増幅させる機械があるそうだ。まさか、ラヴォスと繋がるものがこんな所で見つかるとは思ってもみなかったので、有難い。頭の弱い女や自意識過剰な男と遊んでいるうちに重要な情報を手にしていたルッカに「やっぱりお前に頼り切ってないか俺?」と呟いてしまうのは御愛嬌。
 早速ルッカ案内の元、魔神器の間に向かうことにした。同じ建物内にあるだけ、ルッカの部屋を出て五分と経たず着くことができた。
 蛇足だが、何故か住人の皆様方から声援と「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」と、おめでとうの嵐だった。ルッカと俺が感動の再会、もしくはプロポーズ成功の瞬間を迎えたと勘違いしているのだろうか? まあ、互いに泣きながら抱き合ってたらそう思われるものかな。隣で母に有難う、父も有難うとかマールが漏らしていたのがなんだか、メタだなあと思った。


「貴方たちは……もしかして、この魔神器を見に来たのですか?」


「それ以外に何があるのか」


「……これを言うのが私の仕事なので、怒らないで欲しいです……」


 奇天烈な仕事もあったもんだ。
 魔神器の間にはボディーチェックや金属検査なんてものはまるでなく、見張りの兵士一人すら立っていなかった。それも分かる。魔神器からは身を焼かれそうな膨大に過ぎるエネルギーが溢れていたからだ。傷を付けようと不用意に近づき過ぎれば体ごと消滅させられてしまうかもしれない。
 魔神器は人型を模した巨大な機械だった……もしかしたら、機械ではないのかもしれない。その疑問の根拠は部屋に満ち満ちている生命力。今この瞬間にも目を見開いて動き出すのでは、と錯覚しそうになる。正確な大きさは二メートル強から三メートル。巨大と言うには些か小さいが、そう表現しても無理は無いだろう。目で見えない大きな存在感が確かに放たれているのだから。材質は見当もつかない。金色と藍色、そして黒の発光が放射線状に作り出されていて、元の色を知ることすら不可能。今ここでソイソー刀を振りかざしても傷一つ付かないことは確信できるが。
 そして、魔神器の恐ろしさは、ただ増幅するというだけでなく、際限無いのだ。怖いほどの魔力が集められているのに、瞬きすればまた信じがたい魔力が集束されていく。今この魔神器の魔力を解放するだけでジールの大陸全てが吹っ飛ぶだろう。下手すれば、地上にも甚大な被害が……と思えるほどに。


「……クロノ」


 マールが不安げに声を上げるので、振り返ると、何の意味があるのか分からないが彼女の胸元が光っていた。正確には、彼女のペンダントが、だが。


「なんだそれ? 発光ダイオードでも塗ってたのか?」


 小さくボソボソと呟いた後、マールは顔を上げた。聞こえたぞ、確かにお前「死ね」って言っただろ。


「私のペンダントが、共鳴してるの。多分、この魔神器に」


 マールの発言を耳にして、最初子の部屋に入った時に無駄な質問をしてきた女性が驚いて近づき「それは、サラ様のペンダントと似てますね……」と話しかけてきた。サラと言えば、人の顔を生クリームでデコレーションしてくれた無礼な女のことか。
 サラはいつも自分のペンダントにこの魔神器の光を当てているのだとか。なるほど、やっぱり頭の悪い女のすることは良く分からん。


「何かの験担ぎか? そんなことはどうでも良い。この魔神器について……」


 目の前の女性がまた悲鳴を上げるので何事かと見てみればマールがペンダントを魔神器の光に当てている瞬間。迷わず実行する彼女のアクティブ加減にはもう慣れた。案外、マールはサラの子孫か先祖なのかもしれない。嫌だなあ。
 何をしているのですか!? とマールに詰め寄ろうとする女性を抑えて魔神器について再度聞いてみる。それどころではないと騒いでいるので閃光のデコピンを行使したところ素直に教えてくれた。暴力とは場合によっては有効な交渉手段だと俺は深く心に刻み込んだ。
 思わずはたき倒したくなるくらい話が長かったので、部分的に割愛しながら話せば、『魔神器を使ってこの国の女王ジールは永遠の命を手にしようとしている』『それに反対した三賢人の一人が行方不明になった』『サラだけが魔神器を操作できる』『魔神器を海底神殿という場所に移せばラヴォスから力を得ることが出来る』『最近やってきた預言者とかいう人物が怖くてウザイ。クールっぽく振舞ってるけど目がサラを追っていてキモイ』『アルフォ○ドは美味い』という割愛しても長いことこの上ないので、はたき倒した。俺、悪くない。


「……こうなりゃ、ここの女王に会って話を聞くべきか? いきなり会ってくれるとは思えないんだが……」


「だからって、このままぼーっとしてるわけにもいかないでしょ。特攻あるのみよ」


「はあ……ルッカならそう言うと思ってたよ」


 悩むまでも無く方針を叩き出したルッカがえらく頼もしい。やっぱり縋っているのは俺の方じゃないか?
 女王のいる部屋の場所を聞いて、魔神器の部屋を出る。魔神器自体に意思は無いと理解していても、視線が背中を這っているようで落ち着かなかった。


「あれ? もうここ出るの? 面白いよこの機械!」


 俺にとっては恐怖の塊でしかない魔神器も、彼女にとってはアトラクションだったようだ。凄いなマール、今度怖い映画を見るときは彼女を誘おうと心に決めた。台無しになる可能性も否めないが。






「神とは! 時空を超越し万物を操るとされる駄神のことである! 嘆かわしいことよ、まずもって下らぬ! それに比べ見よこの御美しい御姿を! 猛る口は何者も噛み砕かんばかり、神話の世界を喰らう神獣の如し。天を衝く強大で巨大な棘はありとあらゆるものを貫くだろう! ああ、素晴らしい! 妾幸せで飛びそう」


「………………」


「ぬ。何者じゃ御主等!? 妾は浮遊大陸にして魔法王国女王、ジールである!」


 十何代目塾長的なノリで自己紹介をしてくれるとは、中々親切ですね。
 ……時を戻そう。魔神器の間を後にした俺たちはとかく、女王に会って話を聞くべきと判断し、宮殿を歩いて女王の間を探した。中に入る前、不可思議な扉が俺たちの行く先を止めるという事態があったものの、マールのペンダントが光りだし難なく先に進むことができた。ルッカの話では、魔神器の光に当てたことでペンダントに不思議な力が組み込まれたのではないか、と仮説を立てていたが、確証は無いので『不思議扉』だったと結論付けた。我ながら素晴らしいネーミング。
 さて、女王の間に入ることに成功した俺たちが見たものは、三十後半から四十後半程の、所謂お肌の曲がり角に両足を入れているオバサンが台座に足を乗せて何かを力説している姿。口を動かすたびに揺れる冠が嫌に哀愁を誘っている。何故、荘厳たる装飾品の自分がこんなサイコさんの頭の上に乗らねばならんのかと泣いているようだ。
 装飾過多とも言える豪華な衣装を纏っているそのオバサンが、認めたくは無いが……ジール王女なんだろう。テンションが怖い、テンションが。


「……女王、奴らが私の言っていた者たちです」


「ぬう!? 妾が話しておるだろう、引っ込まんか預言者!」


 何やら女王の耳元でごそごそ話していた黒いローブを頭から被っている男がぶっ飛ばされた。目にも止まらぬ裏拳とは、まさにあれだな。マッハ5くらいの拳速だった。聖闘士の資格は充分あるというわけだ。
 きりもみ回転しながら飛んでいった黒尽くめの男はだくだくと流れていく鼻血を手で押さえながら、再度女王に近づき「……あれがこの国に災いを齎せる者たちです」と今度は俺たちにもはっきり聞こえる声音で報告していた。内容は聞き捨てならないが、それ以上に根性あるプロ精神というか、それに感動して俺たちは見送った。一瞬爆発するような魔力の集束を感じたが、気のせいなんだと思うが吉。


「何だと!? それを早く言わんか預言者!」


 女王の光速に限りなく近い肘打ちにより低空飛行の、野球で言うライナーのように宙を飛びながら壁に突き刺さる男。二点目ゴォォォーーール!!!
 横からキャッキャはしゃぐ女の声が聞こえたので視線を向けると、典型的スイーツであるサラが両手を叩きながら目の前で繰り広げられているコントに拍手を送っていた。これもある意味飛んで言った男からすれば屈辱だろう。よって、ハァァァッットトリィィィッック! 達成!


「ダルトン! ダルトンはおらんかや!? この役立たずの預言者は役に立たん! この侵入者を始末せえ!」


 自分で再起不能にしておきながら役立たずと断じるジールは身勝手にも怒りの符号をこめかみに付けてダルトン──黒鳥号で会った変人だろうか──を呼んだ。待って、まだ状況を把握してない。こちとら完全に置いてけぼりなんだから。
 目をぱちくりさせながら何も言えず突っ立っていると、天井の何も無い空間から芝居がかった仕草で男が現れる。その姿といい立ち居振る舞いといい、確かにカエルに告白紛いの馬鹿をやらかした男だった。「髪が乱れた。俺としたことが十年に一度の失敗だ」と聞きたくも無い独り言を呟きながら俺たちを見据える。


「妾は埃を吸いとうないゆえ、この場を離れるが……彼奴らをどうするか、分かっておるな!?」


「お任せ下さい女王様。俺の美しさでこいつらを骨抜きにしてやりましょう」


「妄想はええ! 行くぞサラ!」


 あの人瞳孔閉じないなあ、と人体の不思議について考えていたら、女王は壁に突き刺さり動かない男のケツに蹴りを入れる遊びに夢中のサラを引き連れてその場を去った。その際にサラが「ああ! あの赤い人は私の生涯のライバル!? 母様離して下さい、私はあの人と決着をつけなくてはなりません!」とのたまっていた。勝手にライバル認定するな、ジャロに訴えるぞ。
 ……ていうか、あのアホ女のサラって女王の娘だったなそういえば。その娘さんの言葉に女王は一切取り合う事無かったが。慣れてるんだな、多分。愛らしいといえば愛らしい透き通った声でサラは泣きながら退場した。


「や……やばいぜルッカ、マール。これっぽっちも状況が分からねえ! 頭が腐乱しそうだ!」


 俺のSOSにルッカとマールは顔を逸らした。彼女たちも頭の整理に手一杯なのだろう。そりゃそうだ、女王から話を聞く前に誰だか分からん男がその女王によってぶっ飛ばされ、サラは喜び変態登場、女王並びにサラ消える。俺たち侵入者扱い。もう、何も掴めない。何も分からない。孔子様でも分かるめえ。
 何も出来ずうろたえていると、そんな俺たちにダルトンが鳥肌が立ちそうな笑顔で俺に近づいてきた。


「おっと、何が言いたいかは分かってる。安心しな、お前らは別に悪意があってここに来たわけじゃねえんだろう?」


 今すぐ戦うのか? と思っていた俺は思いのほか柔らかい声に驚き、肩の力を抜いた。ぽんぽんと俺の腕を叩いて、まるで俺たちの来訪を心待ちにしていたような素振りである。最初は頭がアレなナルシストなのかと思っていたが、話の通じる人間なのかもしれない。知らず、俺は安堵した。


「良かった。あのオバハンよりもあんたは話せそうだ。実は……」


「俺の為に新しい女を紹介しにきたんだろう? 全く、お前は良く出来た子分だ!」


「……分かった。この国は今すぐ滅んだほうが良い」


 俺の言葉には耳を傾けず、小躍りしながらマールとルッカに近づくダルトン。久しぶりだな、ルッカが人間を怯えた目で見るのは。マールは無意識かもしれないが、背中の矢を一本取り出していた。コンマ二秒で彼女はダルトンを貫けるだろう。


「ハハハハハ! 今日の俺はなんて素晴らしいのか。女神に会うだけではなく、その上ダルトン帝国の嫁が二人増えるとは! さあ女共、俺に叫べ! 『私たちの恥ずかしい所を見てください』と!」


 ──同時攻撃、というものを知っているだろうか?
 それだけ聞けばそれほど技術が必要なものとは思わないかもしれない。だが、それは大きな誤りがある。
 例えば、路上で喧嘩をしたとしよう。二対一だ。二人で一人を殴ろうとすれば、それは同時攻撃か? いや違う。性格には時間差攻撃となるだろう。AがCを殴り、Cがよろめいた所にBが攻撃を仕掛ける。よろめいたというタイムラグがあるため、それは同時ではないのだ。
 ……無駄な説明はもう省くが、同時攻撃には洗練された技術が必須ということだけ分かってもらえればそれで良い。それも、合図無しに行うのは至難の技であることも分かりきったことだろう。
 彼女たちは、それをした。ルッカは男に無詠唱のファイアを。マールもまた無詠唱のアイスを、寸分の狂い無く同時にダルトンに放ったのだ。
 炎と氷。本来ならば、互いに相殺しようものだが、彼女たちの相性なのか、はたまた同質の感情を抱いていたからか、理由は分からない。二つの魔法は融合し、新しい魔術が生まれた。焔は唸りを上げてダルトンを包み込み、その空間一体を時を止めるような冷気が覆う。急激な温度変化は対象を崩し去るだろう。これは……そうだな、爆発するような轟音が絶えず鳴り響くことから、反作用ボムとでも名づけようか。


「……えげつな」


 確かに、礼儀やらデリカシーやら欠片も無い下劣な言葉だったとはいえ、人間相手に使って良い呪文じゃ無いと思うんだが……確実にダルトン死んだんじゃないか? 跡形も無く。
 とうとうパーティーから殺人者が出たか、と悔やんでいると、濃密なエネルギー体が俺の顔を通り抜けた……反撃の魔法か!? 攻撃を喰らってる最中にそんな真似が出来るのか!
 すぐさま刀を抜いてダルトンが放っただろう攻撃を見届ける。直線に飛ぶエネルギー体は壁に激突する事無く、俺から五メートル程離れた地点で動きを止めた。浮遊を続ける球体は、ふわふわと動き、俺の行動を見張っているようだった。


「……なるほど、どうやら躾が必要な雌のようだな……」


「う、嘘でしょ!?」


 マールかルッカか判別は出来ないが、驚愕の声が聞こえた瞬間反作用ボムの魔術が弾けとび、辺りに火の粉と雪のような結晶が飛び交った。その歪な空間を闊歩して、大仰に指を向ける男……奴は、高らかに口を開いた。


「……魔法王国、魔法部隊団長ダルトン。俺様に逆らうなら……少しばかり痛い目を見てもらおうか……出て来い、ダルトンゴーレム!!!」


 ダルトンの命令に、球体は広がり形を変えていく。ゴゴゴ……と山鳴りのような音と共に……魔力の塊はダルトンの傍らに近づき、目が眩むような光を発した。瞳を焼かれぬよう手で視界を隠した。
 今この瞬間に攻撃されれば避けようが無い。最悪、防御は出来るように電力を体に流しトランスの準備。一撃で体が消えるような魔法を使われれば、意味は為さないが。
 …………十秒経過。光は収まり、恐る恐る目を開き、ダルトンの魔術を確認した。


「…………ああ?」


 どうも、目が悪くなったらしい俺は袖で目を擦り、もう一度ダルトンを見る。マールとルッカも同じように目を擦ったり眼鏡を拭いたりと、全員が全員信じられないものを見たアクションを取っている。
 ダルトンの姿に変わりは無い。反作用ボムにより多少服が焦げたり凍ったりしているが、それは些事だろう。ダルトン本人には何にも変わりが無い。
 ……予想はしていた。彼の言葉は確かにゴーレムと呼んでいた。想像でしかないが、召喚魔法の一種ではないかと当たりを付けていたのだ。見るも恐ろしい、とは言わないが凶悪な造形の魔物が現れ俺たちという敵に舌なめずりをしているのではないか? 俺はそう疑っていた。
 果たして、その予想は半分は当たっていた。彼の唱えた呪文は召喚呪文だった。彼の横には今まで姿の見えなかった存在が姿を見せている。それはいいんだ。召喚なんて、流石魔法王国の重鎮だ、と驚き賞賛しても良い。だが、その召喚された対象に問題がある。


「主人に狼藉を働く無礼者め、我が退治てくれるわ!」


 背丈は、そうだな。言葉遣いの堅さと反して、ロボよりは大きいくらいの中学生程度。髪は長いざんばらで、武士を目指して失敗したような。目つきは鋭く、大人びているのが、身長と比べてアンバランスな魅力があるといえよう。服装は……巫女服とでも言うのか? 昔見たコスプレ大全に載ってた気がする。両手には二メートルを越す薙刀を持ち、体勢を低く保ちながら俺たちを睨んでいた。


「……ゴーレムって、ああいうのなのか?」


「私に聞かないでよ……そして興奮してるマールを宥めてよ」


「嫌だ。これ以上俺を混乱させないでくれ」


 ふんふんと鼻息荒く薙刀を揺らすゴーレム? の姿に何と言えば良いのか、きっぱりと困っていると、それを恐怖だと勘違いしたダルトンが「恐ろしいだろう! これが俺のゴーレムの一人、ダルトンゴーレムだ!」と腰に手を当てて高笑い。自分で作ったでこぼこの独楽を自慢する子供に見えて仕方が無い。
 凄いと言えば凄いのだろうが……驚けばいいのか笑えばいいのかほんわかすればいいのか分からない。そしてそれ以上に、俺はダルトンに言いたいことがある。だがそれを口にする前に、断言しておこう。俺はロリコンではない。それを踏まえて、俺の純粋な感想を述べよう。
 目の前の薙刀娘(一々ダルトンゴーレムとか言ってられねえ)は見ただけでも「ご主人様を守る!」という気合に満ち溢れており、健気とも愛らしいとも取れる男からすれば宝と言える女の子。それはまあ、良いだろう。だが奴はこう言った。『俺のゴーレムの一人』と。つまり、他にも同じような女の子をこいつは従えているのだ。それでいて、他の女性を手篭めにしようと……いやいや付き合おうとしているという事実。


「……ルッカ、マール。お前らはあのゴーレムの相手をしてくれ。俺はダルトンをやる。ていうか、殺る」


「嫌に力が入った言い方だけど……分かったわ。あんたが女の子相手に刀を振れるとは思わないし。良いわねマール?」


「我っ娘……はあはあ」


「良いそうよ。もうこの子時の最果てに返していいかしら?」


「ルッカの判断に任せる」


 俺たちの会話を聞いていたダルトンたちは、俺の提案に乗るように二手に分かれた。俺との一対一に文句は無い、ということか。下種なりに決闘を受ける度胸はあるということだな。
 じりじりと足を滑らしながら、距離を詰めていく。薙刀娘は己が主人を心配そうに見つめた後、思考を切り替えたようにルッカとマールを凝視する。良かった、ルッカの言うとおり女の子に攻撃を当てるのは俺には無理そうだ。中世の王妃みたいな化け物は勘定に入らんが。サラやジール王女に至っては殴る蹴るは歓迎だ。
 刀を向けられながらも余裕の笑みを崩さないダルトンに、俺は歯を食いしばりながら会話を試みる。


「……俺は今からテメエを三十二分割するつもりだ……だが、もしお前が俺の提案を呑むなら……お前の望みを叶えないでも、ない」


 ほう、と笑って「それはつまりあの三人の女を差し出す、と取って良いんだな?」とダルトン。ルッカが「何考えてるの!?」と叫ぶのが聞こえるが……まずはこの男との交渉が先。すまないルッカ……俺には、いや男には叶えたい願いがあるんだ、それが今この時叶うかもしれない! ……分かってくれるよな、ルッカなら!
 大きく息を吸い、間違いなく俺の運命を変えるだろう言葉を、細々と作った。


「……俺にも、召喚魔法を教えてください」


 テメエそんなに尽くし系女の子が欲しいのかぁぁぁ!! というルッカの豪声と、私もそれキボンヌ!! というマールの願望が聞こえたが、知ったことか。これは男の夢であり、また誰かに譲る気も全く無い! この召喚魔法なら十二人の俺だけに従う女の子が完成するのだ! それぞれ一人称も変えさせる! 私、わたち、僕、俺、我、わらわ、拙者、自分の名前(優なら自分をユウと呼ぶ)、ME、ぽっくん、自分の名前重複(優なら自分をユウユウと呼ぶ)、自分は~。最高だ! 神の啓示だ! しかも全員が俺を慕うだと!? 感動の余り、涙が出てきた。今俺は猛烈に歓喜している!


「……すまんが、俺の召喚魔法は俺だけの特性だ。俺故に唱えられる究極の魔法だからな」


 あんまりだ。それでは余りに報われない。俺が。
 これだけ願っているのに、これだけ渇望しているのに、それが叶わないなんて嘘だ。こんなに頑張って生きているのに、それが報われないなんて、嘘だ! 
 絶望の底に落とされて膝を落とす俺に、ダルトンが幾許か慰めるような顔を見せた。


「まあ、どうしてもというなら俺のダルトンゴーレムを譲らんではないが……」


 そう言ってダルトンが薙刀娘を見やると、果てしなく悲しそうな顔で「そんな気持ち悪い男の使い魔など絶対に嫌です!」と宣言した。一粒で二度苦いとはこの事だ。出会って会話もしてないのに気持ち悪いと言われた俺は、どうすれば良い──?
 ……決まってるじゃないか。自分が望んで止まない物を手にしている人物が目の前にいるんだ。自分が決して手に入れることの出来ない宝物を持っている人間がいるんだ。ならば……


「……決めたぞ。俺はお前を殺す。そして、あの薙刀娘を俺色に染めてやる!」


 ──奪い取るまでだ。


「なんという悪の要素。やはりお前が俺という男の最後の敵にふさわしい!」


 言ってダルトンは何処からか取り出した脇差のような剣を構えて俺と対峙する。精々今の内に格好をつけているが良い、すぐにでも貴様の女を全て奪い取ってくれるわ!
 ……ただまあ、怖いのはルッカが「ほぅら、ちょっと見直せばこうなるんだから、やっぱりクロノはだるまの刑に処して幽閉すべきなのよ」と呪いの様に呟いている事か。無問題、俺の覇道はそのような言葉で立ち塞がれるほど生易しいものではない!! ……でもだるまは嫌かなあ。四肢切断て、マニアック過ぎるだろ。
 魔法王国における、初戦が始まった。正に、聖戦。








 魔法を主としているだろうダルトンに接近戦を挑んだものの、そう簡単なものでは無かったことを知る。ダルトンは魔法だけでなく、その鍛えられた筋肉をフルに活用するパワーファイターの一面も持ち合わせていた。力任せとも言える剣戟は重く鋭い。度々に隙は出切るが、そこをカバーするように魔法の防御兼反撃。肉弾戦の補助として魔法を使うこいつのスタイルはルッカやマールといった魔力主戦のタイプではなく、カエルに……というよりも酷く俺に近い戦い方と言える。やり辛いことこの上ない。
 さらには、力押しに攻めきられる程の魔力ではないが、ダルトンの扱う魔法はトリッキーなものばかりで攻め手を掴めない。頭上から空間転移のようなものを用いて鉄球を作り出し攻撃のリズムを狂わせる。微追尾機能のある魔術球を作り出し魔術詠唱を中断させるといった奇術的な魔法の使い方は、ダルトンのペースを途切らせない、実践的なものばかりだった。
 ……魔法王国で女王に近い立場を持ってるだけあって、魔法が上手い。同じ舞台に立てば到底敵う相手ではないだろう。詠唱の速度も俺の比ではなく、構成力の緻密さも過去戦ったマヨネーに勝るとも劣らぬもの。強敵であるのは間違いなかった。こいつに召喚呪文がいるのか? 単体で充分脅威じゃねえか!
 ルッカたちを見れば、恐ろしいことに薙刀一本で彼女たちと互角以上に戦う薙刀娘の姿。片手で薙刀を振り回し、身のこなしはエイラに迫るものがある。後衛の彼女たちには荷が重いというか、相性の悪い相手だろう。完全なスピードタイプというわけか……人選をミスッたな、今更変える気もないが。俺には大儀がある。


「そぉら、どうした俺の宿命のライバルよ! その程度の俺に立ちはだかろうとは片腹痛い!」


 追尾魔術球で構えを崩された後、剣を持たない手で拳を当てられる。たまらず俺はガードも出来ず後ろに飛ばされた。起き上がる前にソイソー刀を伸ばすが、ダルトンに当たる前に出現した鉄球で向きを変えさせられる。そうだよな、そういう使い方も有るよなクソっ!
 トランスで一気呵成に攻めるか? いや、もし決め損なえばまず負ける。大体トランスは頭を使わない魔物相手に有効な戦法なんだ。時間切れを狙われる対人戦ではリスクが大き過ぎる! 崖っぷちになるまでは乱用は避けたい。
 折れた右奥歯を吐き捨てて、「ライバル認定が多い国だな」と軽口を叩くも……じわじわと追い詰められていく気分だ。勝つパターンがおぼろげにしか浮かばない。それも全て具体的ではなく、決行には届かないものばかり。今まで戦ってきた中で一番強いとは言わないが……最も有効な戦い方を見つけられない相手だな。というよりも……


「これが、魔法を使う人間と戦うってことなのか……」


 王妃や現代の牢獄の見張りたちも、皆肉弾戦だけでやりすごしてきた。魔王も人間なのかもしれないが……あれは除外。そもそも俺はあの時まともに戦えてないんだから。
 そして、それ以上にダルトンが対人戦に慣れていること。俺の呼吸や攻撃パターンを経験で読んでいるようだ。扱う魔法も流れを汲んでいて、全てが布石になっている。何一つ致命傷にはならないが、どれ一つ無駄な行動を取らない。場合が場合でなければ、ダルトンに弟子入りしたいくらいだ。


「……でもまあ、負けねえけどな!」


「強がりを……俺に勝てるものなぞ、世界に一人もおらんのだ! ラヴォス神すら俺が操ってくれる!」


 豪快な台詞と同時に鉄球を四つ落としてくる。これは普通に避けても間に合わない。一瞬だけトランスを使い身体機能を上げて後ろに跳ぶ。上手い具合に刹那で避けきることが出来たことで、ダルトンに確かな隙が作られた。トランスの解除を先延ばしにして、そのまま延長。数秒持てば御の字だが……今飛び出して失敗しても確定的な反撃は無い!
 一足でダルトンに切迫して切りかかるが、事前に練りこまれていた魔術詠唱により産まれた魔術球でソイソー刀を後ろに飛ばされる。
 でもそれは……それは、防御として成り立ってない!


「だああっらああぁぁ!!!」


 走り出した勢いを活かして、凝縮した電力を拳に溜めて振り切る。俺の右腕はダルトンの腹を貫いて、インパクトの瞬間に弾けさせた。打撃と電力の解放により、そのパンチは数倍の重さと破壊力を生む。ダルトンは女王の椅子に当たって、粉々に破壊しながら転がり続けた。
 ……まだ、立つか?


「ごほっ! ……おお、良いじゃないか。俺のライバルだからな、この程度はやってくれんと」


「……やっぱり、立つのかよ……」


 自慢じゃないが、普通の人間が喰らえば内臓がぐしゃぐしゃになるくらいの威力があったはずだ。それを、回復もせずに立ち上がるとは、頑丈の一言では済まされない。多分電力解放の直前に打撃箇所に魔力を集めてダメージを軽減させたのだろう。不可能じゃない……不可能じゃないけれど、どこまで修練を積めばその域に達することが出来るのか? この男、ヘラヘラと笑いながら馬鹿を言うが……半生を修行に用いてきたのだろう。その努力と汗が彼の並ならぬ自信に繋がっているのか。


「……お前はこう思っていただろう。こいつは召喚呪文を使う、自分では戦えない魔術師だと」


「……そうだな、戦闘能力が零とは思ってなかったけど、正直侮っていたことは認めるよ」


 ダルトンは頷き、もう一度口を開く。


「お前はこう思っているだろう。こいつは小刻みに魔法を使う、テクニックタイプの魔術師だと」


 ……意図が分からない。何を言いたいのか? 自分は技術重視の戦い方をするものではない、そう言いたいのか? もしくは……一発逆転に近い、奥の手を持っていると言いたいのか?
 俺の考えを読めたか、ダルトンは指を鳴らして「ビンゴだ」と笑った。その行動に警戒して、俺は磁力を使ってソイソー刀を引き寄せた。この程度は魔力を使うなら当然と思っているのかダルトンに驚いた素振りは見えない。もしかしたら、俺の力を評価して、磁力を操ることは可能としたのかは分からないが。


「……名前を聞いてなかったな」思い出したように口にするダルトン。


「俺はクロノ、あっちの女の子たちは……」


 俺が紹介する前に、ダルトンは手を前に出して遮った。「俺はお前だけに聞いたんだ」と答えて。


「感激しろよ。俺様が男の名を問うなど百年にあるかないか、だ」


 そりゃどうも、と返して魔術詠唱を始める。微かにダルトンから漏れる魔力からして、魔王のダークマター程の威力は無いだろうが……予想もつかない魔術である可能性は大いに有り得る。と言うより、こいつが意表をつかない魔術を使わない訳が無いとさえ思えた。
 マントを両手で持ち上げて、顔を上に逸らし、低く通る声でダルトンは魔王には及ばぬものの、凄まじい魔力の奔流を抱いて魔術発動のキーワードを解き放った。


──オナラぷー──
 彼は、確かにそう言った。


 『オナラ‐ぷー』
 『オナラ、おなら。屁の事を指す。』
 『1、腸内に生まれ肛門から出されるガスのこと。加えて、価値の無いもの、つまらないものとしても使われる』
 『例。―でもない。―とすら思わない。』
 『屁を用いた諺として、屁の河童というものがある。なんとも思わない、また簡単にしてみせるといった意味として使われる。』
 『硫黄の臭い、卵の腐った臭いに近いものであり、大変臭い。もの凄く臭い。合コンの最中なんかでやれば総すかん間違いない。一時期、おならぷー! というギャグが流行ったりしたが、あれはその時代の人間が軒並み頭が終わっていたからであろう。分かりやすく言うと、面白いと思って使えばまず間違いなく滑る。』
 『大きな大人が真面目な顔で言うと、もしかしたら面白いこともあるかもしれないが、今この状況で使うのは失敗例としての模範的なものであろう』


 辞書に載っていそうな情報が脳内を駆け足で通り過ぎて……俺の意識が遠ざかっていった──


「……これぞ、俺の最終奥義オナラぷーだ! 何人もこの魔奥義から逃れることは出来ん」


 真剣勝負に劇物を入れてもみくちゃにした男は誇らしそうに自分の恥部を語っていた。それが最終奥義で、本当に良いのか? という俺の声は鼻につく激臭により外に出ることは無かった。
 かろうじて見えた最後の光景には、俺と同じように倒れ伏しているルッカとマール。そしてこいつの仲間であろう薙刀娘が呻き声を上げて床に伏している映像。ああ、こいつのこと褒めてた発言は全部取り消しだ。胃腸の腐った変態以外に表す言葉なんて必要ない。
 ……ああ……召喚魔法で、俺の、俺だけよる、俺の為のハーレムを……作り…………た、かっ……た…………









 時は進み、クロノたち一行がダルトンの腸内活性化によって現れる症状に倒れ伏した十数分後のこと。
 自賛の笑い声を上げているダルトンの前に鼻をハンカチ越しに摘んだジール女王が歩いてきた。幼い子供のようにひょこひょこと着いて回るサラを背後に、彼女は堂々とした立ち居振る舞いを見せる。
 伏せるクロノたちを一瞥し、彼女は冷たく「殺せ」と命じた。一瞬驚いた顔を見せるダルトンだが、不平不満を出す事無しに、仰々しく頭を下げてこの場を去る女王を見送った。


「……元々始末しろってんだから、文句は無えがよぉ……俺様に命令ってのが気に喰わねえよな? そう思わねえか王女様」


 えいえい、とクロノの頭を踏みつけるサラにダルトンはため息を一つ、腕を掴み己のライバルと認定した男から距離を置かせる。子犬みたいにきゃんきゃん騒いで応対するが、彼の太い腕にサラの細腕が対抗できるわけも無く、ずるずると引き摺られていった。


「離して下さい! 私は今積年の恨みを晴らすべく戦っているのです!」


「戦ってるっつーのは、俺みたく正々堂々対面して勝負することを言うんだ。あんたのはいたぶるって言うのさ」


「ダルトンは意地悪ですね、もっと私に媚びへつらうべきではありませんか?」


 冗談はよせ、と頭を軽く叩いて、ダルトンはその場を去ろうとする。例え忠誠を誓うべき相手の命令とは言え、気を失った人間に止めを刺すなどありえない。それも、相手は自分が強敵と認めた男に嫁に迎えようと考えていた女性二人。手を下すにしても、もっと状況が整った場面で戦うべきだ。


(何より……俺様相手に手加減だと?)


 苦悶の表情を浮かべながら呻いている男の顔を見て、ダルトンは唾を吐いた。それを見ていたサラが「下品です」と苦言を出すが、関係ない。彼にとって、最も嫌うべき行動を取られたのだ。
 彼の嫌う行動、それは舐められるということ。油断ならば良いのだ、相手の力量を見極められず裏をかかれる馬鹿者に思うことなど無い。ダルトンにとってそれは嫌うべきことではなく、興味の対象から外れるようなことだ。


(本気を出すまでも無い……そうじゃねえだろ、クロノ。お前は俺の力量を誤るような糞ったれじゃねえよな?)


 詰まる所……と、線引きして、ダルトンは仮説と確信の間のような気持ちで答えを出した。


「同じ人間相手に、殺し合いは出来ないってか? 甘ちゃんが」


 しかし、と彼は思う。仮にこの自分の半分弱しか生きていないような少年が本気で自分を殺しにかかったら? 果たして自分に勝ち星が有り得ただろうか?
 負けたとは言わない。彼は自分に最上の自信を持っているからだ。だが……確実に勝てると軽口でなく、本心から思えるほど彼は愚かではなかった。


(そもそも、あの野郎本気で切りかかろうとすらしてねえ。必中を誇る俺の鉄球を全て避けておいて、チャンスが無かったとは言わせねえぞ)


 今まで自分は勝負に勝ったときは、どんな時でも笑ってきた。その歴史の中で、これほど空虚な勝ち鬨は初めてだと、彼は歯を鳴らし、眼孔が鋭く尖っていく。


「おいサラ。そいつらどうする気だ?」


「ほえ? どうすると言われても、貴方が始末するんじゃないんですか?」


 意図が掴めてない事を知り、ばりばりと頭を掻き毟る。


「そうじゃねえ……いや、それでもいい。俺様が今こいつらをぶっ殺そうとすれば、お前はどうするんだ?」


 目の前の人間が何を言っているのか分からないという顔で、サラは人差し指を己の顎に当てて首を傾けた。


「させませんよ。私のライバルは、私が倒さないといけませんので」


「……それが聞ければそれでいい」


 彼女は、間違いなく彼らを助けるだろう。何処に匿うかまでは知る必要が無い。ダルトンにはもう分かっていた。妙な訪問者たちがこのまま引き下がることがないということを。内心、彼らの目的を知りたくもあったが……それはあまりに微量な好奇心。自ずとやって来ると分かっていればそれでいい。もう一度あの赤毛の男と戦えるなら、文句は無い。その戦いの報酬があの個性ある女性たちならば言うことが無い。


(その時は、お前を呼ぶかもな、マスターゴーレム?)


 空虚な空間に思考を投げて、ダルトンは女王の間を後にする。
 彼の名はダルトン。魔法王国随一の戦闘力を有し、国民から呼ばれている渾名は金の獅子。
 獅子は好色で、傲慢で、自意識を高く掲げて。さらには、


「狙った獲物は、逃がさねえのさ」


 金の瞳を輝かせながら、獰猛に呻く暴力欲を抑えて男は彼らとの再会を願った。










 時間は更に進み行き、場所は暗い洞穴へと繋がる。絶え間なく続く雪風に身を縮めて、サラは口を尖らせた。


「大体おかしいです。何故私が一々貴方の命令に従って下界の地に下りねばならないのかさっぱりです。もう、死んでもいいですよ貴方。ていうか鼻血とか頭からの流血とか凄いですね。後で写真撮らせてください。グロ画像収集スレ(ストレンジレクチャーの略。ジール王国の写真同好会のことである)に貼りますので」


 長い台詞を一口に話しきったサラは、少しだけ嬉しそうに隣を歩くフードの男を見た。
 男は、女王に預言者と呼ばれ理不尽に殴られた者である。預言者は嫌なことを思い出さされ、不機嫌そうに鼻を鳴らして肩に積もった雪を払い落とした。


「……黙って歩け。この者たちを殺されたくなければな」


「今更冷酷キャラを作ったって無駄ですよ。本当に、母様とのやり取りは笑わせていただきました。お腹一杯です」嫌味のように、腹を撫でるサラ。


 サラが口述したとおり、彼女たちがいる場所はジール王国ではなく、クロノたちが最初に現れた極寒の大地。三人の人間を運びながら(運んでいるのはサラではないが)、原始から飛ぶことができた、ゲートのある洞穴まで歩いてきたのだ。
 心もとない程度の防寒具しか着けて来なかったサラは申し訳に巻かれたマフラーで雪に塗れた自分の顔を拭く。マフラー自体濡れるを超えて凍っている部分があるほどで、彼女が期待した効果はなかった。
 霜焼けで赤くなった顔を手で暖めながら、サラはべし、と預言者の肩を叩く。その反動で、預言者の担ぐ人間がぼと、と凍った地面に落ちた。溜飲が下がったようにサラはふう、と気持ちの良さそうな息を吐く。ゆらゆらと揺れていく白い水蒸気が少し面白いとさえ感じていた。
 ……そも、彼女たちがここにいる理由。それはダルトンが去り、間も無くの時が原因となっている──






 自分にとっていけ好かないと考えているダルトンが消え、サラはにんまりと邪悪な笑顔を作った。念のため、ダルトンが帰ってこないか扉の前に走り廊下を見ると、既に角を曲がり姿の見えないことを確認した。


「ふむふむ。これでこの赤い男に天罰を与えることが出来ます。いえ、これは天誅に非ず。この男の蛮行を、例え天が許しても人は許しません。よって、今から私が行うことは人誅! 気絶している間にズボンが水浸しになっていればどうなるか! この女性のお仲間さんたちに非難されるがいいのです!」


 扉の近くに置いてある水差しに手を伸ばし、裁判官のような厳かさと処刑人のような残酷な顔を両立させてサラは嬉しそうに、笑った。もし自分の思い描いていた展開になれば、彼女は手を叩いて笑い転げただろう。
 しかし、それを邪魔する人間が一人。


「サラ……貴様、そやつらを逃がすつもりか……?」


「ほぎゃあ!?」


 突如聞こえた背後からの声に驚きサラは持っていた水差しを放り投げた。幸い、床に落ちた水差しが割れることはなかったが、中に入っていた水の多くをサラ自身が被ることになった。
 顔が隠れているため、窺うことは出来ないが預言者から申し訳無さそうな雰囲気が見て取れる。


「ななな!? 貴方、女性の背後に忍び寄るとは……このレイプ魔! 消えてください!」


「……落ち着け。サラ、私の話を聞け」


「痴れ者! この痴れ者! せっかくの私の計画を台無しにしましたね!? ああもう服がびしょ濡れ……待ってください? つまり私がこの赤い人に擦り寄れば結果的に万事オーケーなのではっ!?」


「やめんかっ!!!」


 宥めど抑えど一向に錯乱した思考を霧散させることのないサラに預言者は頭を抱えてしまう。知らず素数を数えてしまうのは、常が冷静であるゆえか。


「お、大きな声を出したからってびっくりすると思わないで下さい! こう見えて私はジール王国クーデレ大賞の二回戦に進んだ経歴があるのです!」


 ちなみに、彼女の二回戦の相手は猫『アルファド(3)』だ。一回戦の相手は八百屋の親父『モスクワ・クーベルトン(54)』である。手に汗握る接戦だったそうな。二回戦は猫がぶっちぎりだった。


「……私は……私は……っ!」


 急に預言者が蹲り苦痛に呻くような声を上げる。まるで、気付かぬうちに過去を美化していたという現実を突きつけられたというか、思い出補正が砕けたというか、色々と思い出したくない事実を思い出したというか、そんな風に見える。
 それから小一時間経過し、二人の争いは幕を閉じた。
 この者たちを逃がすわけにはいかない。今この場で私が殺す→待ってください、私はこの方をぎゃふんと言わせねば四日は寝れません。→じゃあ仕方ない。こいつらを元の時代に戻さねば→なんだか良く分かりませんが、偉そうですねあなた。ひれ伏しなさい。
 というやり取りが行われ、預言者の魔力探知の下ゲートのある洞穴まで歩いてきたという次第である。圧縮に圧縮を重ねた結果だけを綴ることにした。
 そして、ようやく時は戻る。






「つまり、この人たちをこのげーととか言う不思議門に放り込んだ後、私がこの不思議門を魔力で閉じればいいのですね?」


「その通りだ。それで、こいつらはこの時代に来ることが出来なくなるだろう」


「よく分かりました。嫌です」


「……サラ。いよいよ私も実力行使に訴えねばならんほどに、限界なのだが……」


「聞こえませんでしたか? 嫌です。何度も言うようですが、私はこの男の人をぎゃふんと」


 サラを無視して預言者はゲートを開き方肩に背負う女性二人をゲートの中に放り込んだ。港の積荷のように乱暴な扱いだったが、彼の心境を思うにそれでも優しい方だったのだろう。本当はジャイアントスイングばりの遠心力を付けて放り出したかったのだろうから。
 続いて今さっき床に落とした男の足を持ち、ゲートに歩み寄ると、巷で残念な美人と称されているサラが両手でTの文字を作り「タイムですタイムです!」と吠える。仕方なく立ち止まる預言者。その手に引き摺られている男性の顔にサラは持てるだけの雪を顔にぶちまけた。絶世の美女と言えよう、美しい笑顔だった。


「これで良いです。まだまだやりたりないけど、我慢してあげます」


 自然にひくつく口元を押さえて、預言者は勢い良く赤毛の男をゲートに投げ捨てようとした。
 ──瞬間、がばっと目を覚ました赤毛の男──クロノは事態を理解する前に喉に力を込めて……粘着性のある液体を噴出した。その液体は優雅に曲線を描き、御満悦といった顔で微笑んでいるサラの顔面に到着した。
 預言者はそれに気付く事無く、ゲートの闇へクロノを放り、門を閉じた。


「これで良い。サラ、ゲートを閉じろ…………サラ?」


 反応がないことをいぶかしみ、預言者は振り返った。目の前には、鼻からだらりと伸びる白い鼻水のようなものを付けているサラの姿。今までニコニコと陽気を振りまいていたというのに、凍えそうな温度に似合う冷徹な表情だった。これならば、クーデレ大会とやらに優勝できたかもしれんな、と詮無いことを思い浮かべ、預言者はこれからの騒動を予想した。


「……タン、ですね。あの人私にタンを飛ばしたんですね? 預言者さん。今すぐそのげーとを開けてください。ぬっ殺してきます」


「約束が違うぞサラ。お前は結界を作る為にここに連れて来たのだ」


「うるさいです、とにかく開けてください。あの赤い人を血まみれにして赤すぎる人にしてやるのです! ほら早く!」


「ええい! あの小僧無駄な置き土産を残していきおって!!」


 騒々しい洞穴の中で喚きあう二人の姿は、酷く捻じ曲がった物の見方をすれば、もしかしたら兄妹のように見えなくもないもので、少しだけ楽しそうな現場だった。


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