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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第二十四話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/02 16:05
 朝目覚めても眠気は取れないし、太陽をぶっ壊したくなる破壊衝動や手首の中で脈々と流れる血液を内包する動脈を噛み切ったりする自傷衝動は生まれない。(安っぽい本とか演劇とかであるだろ? そんな場面。愛を謳ってるヤツなんかには特に顕著だね)
 何をするにも無気力で、小さな子供を見るたびに涙を堪えられない……なんてことは無い。度々ルッカやマール、エイラが心配して俺の所に来るけれど(驚くことにキーノまで)、むしろそんな風に気を回してもらう方が面倒臭い。
 イオカ村の広場で寝転びながら、そんなことを思った。
 キーノたちから一部始終を聞いた村人たちは恐竜人を倒したというのに、宴や勝利の歓声を上げるといった行動は起こさなかった。皆俺に気を遣っているのだろう。(重複するがむしろありがた迷惑である)一々俺に見舞いの品のように果物や焼き魚を置いていくのは逆効果じゃないか?
 それとも、内心ではライバルである恐竜人たちが滅んだことに何かしら思うところでもあるのか? そんな馬鹿な、家族が殺された人間もいるだろう、そんな奴らが死に絶えたとて誰が悲しむものか。往往にして、敵対者の消滅を歓迎しない者はいない。
 確かに、「恐竜人なんて人間にとってのダニが消えて良かった! 万歳!」なんて言われたらむかつくけども、それを押し隠されているのはそれはそれでむず痒い。元来、俺は気を遣われるのが苦手なのだ。善意であれ悪意であれ。
 ……あれで良かったんだから。俺とあいつらの別れは、あれが最上とは言わないが、納得のいくものだった。遺恨が無いとは言わないけど。
 大体、恨む相手がいないのに、悲劇を思い返しても仕方の無いことだろう? アザーラたちを殺したのは誰か? ある意味では原始人と言える。でも、恐竜人だって人間を殺してきた。じゃあラヴォスが殺したのか? 直接的にはそうと思える。でもわざわざラヴォスが恐竜人たちの城に落ちてきたとは思えない。そこまで曲解して、何でもかんでもラヴォスのせいにするのはいかがなものか?


「──奇跡だったんだ」


 そう、奇跡だった。夢想することすら難しい太古の昔に生きていたアザーラやニズベールたちと出会い、尚且つ友愛の情を育めるなんて、夢みたいなもんだったんだ。それが叶った、それでいいじゃないか。それ以上は……例えば、恐竜人皆とイオカ村の人々が一緒に暮らして酒を飲み、踊り、笑いあうなんてのは望み過ぎだろう。出来過ぎな妄想だ。
 心晴れやかなんて口が裂けても言えないけれど、正直そこまで気落ちしてない自分に驚いている。ヤクラの時よりも落ち込んでないなんて……信じられない。言っちゃあ悪いけど、ヤクラよりもアザーラやニズベールの方が仲が良かったし、友人以上と胸を張って言える関係だったのに。
 俺はそんなに情の薄い人間だったのだろうか? 自己嫌悪に走ってみようと思って自分の悪い所を頭の中で列挙するも、すぐに飽きる。下らねえし時間の無駄だ。時間を持て余してる俺が言うのもなんだけど。
 もう少し建設的な考えを浮かべてみようなんて思い、辿り着いたのが、自分が忍者だったら家の屋根を飛んで次の屋根に~という至極しょうもないことを想像するという手のつけようが無いものだった。手裏剣の投げるタイミングなんかどうでもいいと分かってるくせに変に凝ってしまう自分が嫌に愛らしい。
 誰か適当な人間と話して暇を潰そうか、と村の人間をターゲットに歩き出す。
 こうして村の中を歩いてみると、服装の違いからイオカ村の人間とラルバの村の人間が入り混じっていることに今更気づいた。半分以上壊滅したラルバ村の援助をエイラ含め村の過半数の人間が提案し、食料を分け与えているそうな。そのままラルバ村の何人かはイオカ村へ移住したらしい。もう完全に一つの村として良いんじゃないかと思うのだが、そこはそれ、互いの村の上下関係なんかで揉めだして結局それぞれの村を残しつつ対等な関係を維持しようと決まった。
 イオカ村の人間からすれば、戦いもせず逃げ回って、食料やら人手やら分けているのに対等なのか、と不満を漏らす者もいたようだが驚いたことに僅か少数だったという。現代ではありえない帰結だな、と感動すべきか能天気な、と悪態をつけばいいのか。
 中には上下関係は勿論、ラルバの気質とイオカの気質、それぞれの違いを越えて友好関係など保てないと主張する人間もいたが……まあ、分からないではないさ。生活だって同じ時代でも群集が違えば大きく変わるだろうし(漁を主とするか狩りを主とするかといったような)。まあ、もう俺には関係ないけどさ。
 話しかけられそうな、また話が通じそうな人間を見つけられずぶらぶら歩き続けていると、村のテントからマールが姿を見せた。見た目以上に体が壊れていたキーノの治療を数日に渡って続けていたマールは疲労した顔をしていたが、仕事をやり終えた達成感も滲み出ていた。多分、ようやくキーノの治療を終えたのだろう。大きく伸びをした後、俺を見つけて近づいてくる。どこか窺うような雰囲気を見せている彼女にいい加減呆れるような顔をしてしまう。


「クロノ……あのさ……ええと……元気? ……な訳ないよね、ごめん……」


「あのさ、マール。何度も言ってるだろ? もう大丈夫だって。そっちこそ大丈夫なのか? 不眠不休に近いくらい回復呪文を唱えてたんだろ?」


「うん……いや、魔力が切れたら休んでたから、不眠不休じゃないけど」


「同じようなことだろ。魔力が回復したらまたキーノの治療をしてたんだから」


 目を伏せて「そうだね……」と力無く答えて、妙な沈黙が生まれる。身の置き場所に困るような時間は淡々と過ぎていき、俺は「それじゃ、ちょっと用事があるから」と明らかな嘘をついてしまう。今の今まで時間を潰していた俺に何の用事があるのか。
 立ち去ろうとした俺にマールはぽつりと呟く。俺にとっては、まるで意味の分からないことを。


「大丈夫なら……何で笑わないの? クロノ……」


 俺は心から笑ってるさ。だよな? アザーラ。






 ティラン城脱出から三日、俺たちは今になってようやくラヴォスの落ちた、ティラン城跡を訪れることになった。今まで来ることができなかった理由は前述したようにキーノの治療をしていた為と、脱出の際急がせた為に体力の消耗が激しかったプテランを休ませる為である。
 ティラン城跡は、跡と名づけているもののティラン城の名残や面影は一切無い焼け跡だけだった。あるのは赤茶けた石と、鉄が溶けて固まった、遠目からなら水溜りに見間違えそうな物体。恐竜人なんかいるわけも無く、荒寥たる景色が広がっている。地に足を着けると、石だと思っていたものは炭の塊であり、踏むと砕けてさらさらと流れていった。この世の終わりがあるとして、それはきっとこのような場所なんだろうと意味も無く憶測した。


「寂しい所ね……」


 辺りを見回して、ルッカは風に舞い上がる灰を嫌がるように口元で手を振る。


「……だな。隕石というものを俺は知らんが、その威力たるや想像を絶するもののようだ」


「そりゃあな。星の環境を一変させるんだから」


 カエルの言葉に同意して、中世には知られていなかった知識を教える。環境を変える、という言葉にはピンとこなかったようだが。
 ちなみに、今の会話で分かるだろうがこれが今現在の俺たちのパーティーである。マールはキーノに回復呪文を掛け続けたことで過労一歩手前となり、時の最果てにて、修復の完了したロボに看病されている。看病ならカエルやルッカでも良いのだろうが、カエルの看病は余りに信用が出来ないし、ルッカは回復魔法を使えないという理由で消去法的にカエルが冒険に出る事となった。
 そう、パーティーと言えば、俺たちの仲間にエイラが加わることとなった。恐竜人という敵が消えた今、彼女は俺たちの旅に同行させて欲しいと願い出たのだ。その決意にはキーノの後押しがあったと聞いている。本来はキーノ自身が俺たちについていきたかったと溢していたが、彼の体の損傷具合は並ではなく、治療を終えた今でも慢性的に痛みが走るそうな。その為、エイラ自身の希望も相まって、俺たちに心強すぎる仲間が増えたのだ。
 ……しかし、キーノの傷の痛みがもう少し治まるまで、彼の看病をしたいというエイラの希望があり、彼女が正式に俺たちの旅に同行するのはもう少し先になりそうだ。いくらなんでも好きな相手を放っておいて今すぐついてこい! とは言えないし、それでこそエイラなので仕方ないだろう。
 蛇足となるが……俺がまだ時の最果てに行かないのは、俺自身の希望である。仲間の皆は初めて俺を冒険のメンバーから外そうとしたのだが、今は大人しくする気分じゃない。再三言うが、気を遣うなと何度言えば分かるのか。
 むしゃくしゃした気持ちが胸の中を牛耳り始めるが、それを言葉にする前にルッカが「あっ!」と声を上げて走り出した。俺とカエルもそれに追従する。ルッカが立ち止まり指を向けている方に目をやると、そこには時代を越える為の門、ゲートがぽつんと置かれていた。


「何で、こんな所にゲートが……そうか。ラヴォスの巨大な力が時空間を歪めてゲートを生むのかしら……強引だけど、理屈は通る、でもそんな規模の大きい歪みを? いやでも……」


「どうでもいいだろ。とにかく中に入ろうぜ」


 結局そういう結論になるんだから、と付け加えて俺は乱暴にルッカからゲートホルダーを奪いゲートの中に入る。「ご、ごめん」と怯えたように俺に謝罪するルッカの姿すら癇に障る。いつもなら俺をぶっ飛ばして「何調子こいてんの!?」と怒鳴る所だろうが。カエルに至っては何も言わない。別に、「女子に乱暴するな」と説教するくらいなら黙ってた方が良いけど。
 ゲートの中、もう見慣れた景色。幾筋の線が流れていくのを見つつこれら全てが時間を表しているのだろうか? なんてぼんやり思った。


(ここで、決着がつくのか? それとも……)


 有意義でない先の顛末を予想しながら、俺は流れに身を任せてここではない何処かの時代へと飛ばされていく。
 視界が開けるこの体験も慣れてしまった。今まで見たことの無い景色をコマ送りのように視界に入り込まされるのは驚くことでは無くなったのだ。無感動に立ち上がり、動いた瞬間その気温の違いには少し驚いた。
 今の今まで、流れる汗が蒸発しそうな暑さだったのに、ゲートの先は息も凍るような寒さ。空気を吸い込むだけで肺が悲鳴を上げて、鳥肌が満遍なく体表面を支配する。歯は不快に鳴り始め、剥きだしの手は思うように動かなくなった。
 ゲートの近くを見回すと、どうやら今自分のいる場所は仄暗い洞窟の中と思えた。それは正しいのだろう。山、というよりは大きな丘を堀って作られたそれは、内壁は凍りつき床は下手な氷の上を歩くよりも滑りそうだった。天井から氷柱の並ぶ光景は場合が場合なら美しい光景に思えたかもしれない。地面に生える雑草は長年凍っていたのか、足が当たるとあっさり砕けてその命を散らす。ティラン城跡を世界の終わりのようだと例えたが、ここもまたまともに人間が生きていけるとは思えない死の世界。皮肉にしか思えないこの状況に俺は口端を上げて嘲る。対象は、こんなつまらねえことをしている運命や神とかいうものかな。


「寒いな。カエルの姿なら冬眠していたかもしれん」


 自傷的な、それでいて納得のできる独語を漏らしカエルは洞窟の入り口まで歩いて行き、外の様子を見て俺たちに手を振った。


「酷い吹雪だ。俺のいた時代ではこんな天候は今まで無かったが……どうする? この中を突っ切るか?」


「嘘でしょ? 気が触れてる奴しかそんな事出来ないわよ」


 掌を擦り合わせて熱を作ろうとするルッカの肩を叩き、歩きながらこれからの方針を下す。


「行くぞ。このままここにいたって吹雪が止むとは限らねえし、吹雪の中でもルッカの火炎魔法があれば凍えることは無いだろ?」


「え? で、でもそれなら一度現代に帰って防寒装備を買ったほうが……」


 先延ばしにしか思えないルッカの反対に歯噛みして、俺は怒りを隠さず棘を刺すような声を出した。


「あのな、何着たって寒いもんは寒いんだよ。何で楽しようとしてるんだ? お前の魔法があれば凍え死ぬ心配は無いんだし、そんな理由で旅を遅らせるなよ。やる気が無いならならついてくるな、うざったい」


 俺の発言に信じられないといった顔で「ク、クロノ?」と縋るような声を出すルッカ。そう、縋るようなってのがポイントだな、毎度毎度呆れてくるを超えて飽きてくる。
 それ以上は何も言わず、俺は雪の降りしきる外に出て行った。遅れて肩を落としたルッカと気にするな、なんて声を掛けているカエルが出てきた。だからモタモタするなって言ってるだろ! と殴りかかりそうになる体を自制して、膝まで埋まるほど積もった雪の中を進む。
 視界は暗く、雪以外には何も見えない。そもそも、今の俺は何メートル先を見れているのかすら分からない。カエルから借りた松明に火をつけるものの、風に掻き消され何の意味も無い。目に入る雪が邪魔でしょうがないが、防眼用の道具なんてもってないし、つけたらつけたでより視界が悪くなりそうだ。
 しばらく会話もせず黙々と歩いているが、村や建物なんてどこにもなく、延々当ての無い道を歩き続けるだけだった。横殴りに飛んでくる降雪に段々と体温を奪われるが、後ろでルッカの作り出す火炎が調節の役目を果たしてくれる。問題は寒さ……も勿論あるがそれは一番の難点ではない。積もった雪を掻き分け歩く為、普通に歩く何倍も体力を削り取られていった。そこには体温の低下という問題も多分に含まれるだろうが……
 一番前を歩く俺の体力は急激に低下していくが、まだ、もたないことも無い。勢い良く体を前に持っていき雪を散らす。
 今や、下半身は勿論、上半身もずぶ濡れになっていた。かろうじて凍っていないのはルッカの魔法のお陰だろう。人間大の火球を維持して彼女は歩き続けている。


「………!!」


「?」


 歩調を変えず(歩いていると言えるのか、微妙なところではあるが)進んでいると後ろから声らしきものが耳に届き、振り返った。どうやらカエルが何か叫んでいるようだが、雪と風のせいで内容は全く聞こえない。疑問符を出して、その場に立ち止まった。
 そのまま待っているとカエルが俺の耳に顔を近づけて「ルッカの消耗が激しい、近くにまた洞穴のようなものがあれば入ろう」と言ってくる。見ると、確かにルッカは息を上げて顔を下に向けてた。火球の大きさも、少しづつ萎んでいき、消えてしまうのは時間の問題かもしれない。しかし……


「はあ? まだ二十分も歩いてないだろ」


「この寒さの中延々魔法を使ってるんだ。魔力も体力も限界なんだろう……休ませないとルッカも寝込むことになるぞ」


「……マールは三日間で、ルッカは二十分かよ。まあ、良いけどさ」


 少し失望の色が入った言葉にルッカが顔を上げて「ま、まだ大丈夫だから! 気にしないでクロノ、カエル!」と気丈に振舞うが、顔色も悪く、勢いの増えない炎を見ると信じる気にはなれなかった。


「変に無理されて倒れられたらかえって迷惑だ。休める所を探すさ、それでいいんだろ」


 突き放した物言いで返して、もう一度歩き始める。といっても、見つかる保障なんてどこにもないけれど。
 ルッカは鬱々とした表情でついてきた。気にするな、と言ってやれば心が晴れるのかもしれないが、落ち込ませた本人である俺が言うのはおかしいし、言ってやるつもりも毛頭ない。豪雪のせいで苛々してるんだ、他人のことに構ってられるか。
 また静かな行進が始まり、先ほどより寒さが激しく感じる。ルッカの魔力がいよいよ底を尽きそうなのか? 何度も舌打ちを繰り返しながらも頑愚に雪を避けられる場所を探す。考え無しにゲートに飛び込んだが……もしかしたらここには何も無いんじゃないか、と不安になってきた。


(もし、ここに何も無かったら旅は終わりなのか?)


 よくよく考えれば、俺たちの今の目的がはっきりしない。魔王を倒すという明確な方針が定まっていた時は分かりやすかったが、今の俺たちの敵は何だ? ラヴォスは魔王に召喚されたと思っていたが……ラヴォスは遥か昔に生息してこの星で生きていたのだ。所在も杳として知れない、ここにいなければ全てがご破算、振り出しに戻る訳だ。
 それだけに、探索は続けたい。一欠けらでも前に進める手段が無ければ、手がかりが無ければ立ち止まらざるを得ないから。今俺が怖いのはそれだけだ、進み続けてないと自分でも良く分からない部分が壊れてしまいそうで……


「……ああ、くそ。どうでもいいだろそんな事……!」


 語尻が強くなり、ルッカから小さくごめん……と聞こえる。別にお前を怒ったわけじゃない。でもそれを一々教えるのも面倒で、俺は雪の積もった頭を払うことしかしなかった。
 本格的に炎も小さくなり、ぼっ、と一瞬だけ強く燃え上がると陽炎のように姿を消した。これがお前たちの末路だ、と言われたようでどことなく不穏なイメージを抱かせた。
 いよいよとなると、一々時間が掛かる為非効率ではあるが時の最果てとメンバーを交換させながら進むか? と考えながら歩いていると、カエルに肩を数度叩かれて振り返る。


「クロノ、あそこで一度暖を取ろう」


 カエルが指差す方向には何も見えないが、カエルがそういうのなら、とそちらに向きを変えて進む。果たして、カエルの見間違いなのかと疑いだした時に山が見え始め、近づいてみると麓にぽっかりと刳り貫かれたように丸い洞窟が口を開けていた。どう見ても人工的に掘られた様は人がいる、もしくは人がいたという確信になる。年代の分からない場所だが、少なくとも古代よりもずっと昔ということはあるまい。あれより前の時代には洞窟を能動的に動いて作るという生物はいないだろう。それこそ確定的なことでもないのだけれど。
 仮の目的地が見えて俺たちの進む速さが上がり、洞窟内に入る。比較的早く休息地を見つけたことに安堵しながら、俺は奥に進んで風の当たらない場所に腰を下ろす。ゲートから出てきた時の洞窟と違い、風の入りにくい構造となっているのだろうか? 寒いのは寒いが、雪風の強い外と中では十度弱は気温が違うように感じる。俺の座る地面も多分に湿っているが、凍ってはいない。火でもあれば体を休めるには充分だった。
 たき火の準備はカエルが行ってくれた。身体能力が激減していても、旅の知識は消えたわけではないらしい。手早く懐から乾いた藁らしきものを取り出して床に置き、その上にメモのような紙束を五枚ほど破りとって散らした。次に火打石を叩き擦り火花を散らして火をつける。戦士に続き冒険者としても有能なんだな、とぼんやり思った。
 火に近づいて手を当ててい、顔を赤く照らされているルッカはまだ沈んだ表情をしている。そんな彼女を見てカエルが腰にぶら下げた皮袋から干し肉を取り出し手渡した時だけ、「ありがとう」と力なく微笑んだのが久しぶりに感情のある顔だった。


「ルッカの魔力が回復すればまた出発しようぜ。それまで体力回復だ」


 刀を床に置き壁に背中を預けて目を瞑る。仮眠を取るわけじゃない(寝れるものか)、雪が入り目が痛むので閉じるだけだ。
 俺の言葉を最後にまた会話が途切れる。別に喋らなくてはいけないというものではないが、時の進むのが遅く感じて鈍い心持ちになってしまう。まだ碌に活動していないのにこれではどうしようもないな……


「……クロノ?」


 おずおずと申し訳なさそうに切り出したのはルッカ。自信の無い声と、ちらちらと盗み見るように俺を見てはたき火に視線を戻すという行動は彼女には不似合いな言動だった。


「……なんだよ?」


「うん……あのね、あんたが……その、恐竜人のことを気にしてるのは分かるけど……」


 そこまで聞いて壁を殴り黙らせた。もう限界だ、彼女を殴らずに壁を殴ったことに、よく我慢が出来たと驚いている。パラパラと天井から土が落ちてきて、服の上に落ちたそれを払い、口を開くと、自分でも気味が悪いくらい低い声が喉を通っていった。


「気にしてないって、何度も言ったよな? 違うか?」


「いや、それは……」


「それは? ……ああ、仮に気にしてるとして、それがお前に分かったとして何なんだ? どんな事を言いたいんだ?」


「…………」


 ヒビが入ったガラスのような空気が形作られていき、ルッカは押し黙ってしまう。煮え切らない態度がどんどんいらつくって、何で分からないんだろうな、こいつは。
 涙が溜まり、いよいよ頬を伝う、という顔になっていき、それを見てルッカの襟首を掴んで無理やり立ち上がらせた。涙のしずくが飛び散って顔に掛かるが、気にするもんか。ずっと前から言おうと思ってたんだ。


「何かあったら泣いて、困ったら泣いて、辛かったら泣く。うんざりなんだよ、泣けばなんとでもなると思ってんの? お前のそういう所、心の底から大っ嫌いなんだよな。言いたい事があるならはっきり言えよ!!」


「…………」


 硬く目を閉じて震えながら糾弾に耐えているルッカ。
 その姿は、何処かで確かに見たはずなのに、思い出せない。代わりに誰かが優しく無邪気に笑う姿が、アザーラたちの顔が浮かんでしまい、消えていく。


「何? いざ自分が責められたらだんまりなんだ? お前の得意技だよな、久しぶりに見たけど、いつもに増してウザイよ。何も言わないなら、話しかけるんじゃねえ!」


「……っ!」


 腕を振り払いルッカは何も言わず洞窟の奥に駆けて行った。俺に言い返すでもなく、否定するでもなく、逃げるという手を選んだ。
 ……逃げるしか、無かったんじゃないか?
 頭の中の想像を追い払う為に額を壁に叩きつけて自分を落ち着かせた。迷うな、俺が間違ってたわけじゃない。相変わらずなルッカの態度を叱っただけだ、俺は悪くない。


「……随分な口を利くな、クロノ」


 物言わず成り行きを見ていたカエルが干し肉を齧りながら責める空気の無い、のんびりした調子で話しかけてきた。


「……ルッカを追うんじゃないのか?」


「あいつはあいつで大丈夫だろう。ああ見えて強い女だ。それならば、より心配な奴についていてやるべきだろう?」


 遠まわしに俺の方が弱いというのか。また頭が沸騰しかけたが、落ち着くんだと決めた拍子に怒り出していれば世話は無い。深呼吸をして自分を宥めた。


「クロノらしくないな。ピリピリして、まるで戦場にでもいるみたいじゃないか」


 俺らしくない、という言葉を聞いて、ルッカにも似たような事を思ったな、と少し前を振り返る。言わなくて良かった、他人から言われるとこうも腹立たしいとは。


「はっ、俺らしいってどんなだよ?」


 噛み付くように、短慮を指摘するように言えば、カエルはひらりと受け流すように飄々と答えた。


「俺の中のクロノ像だな。問題あるか?」


 あるに決まってるだろ!! と大声をぶちまけたいが、あまりにさらっと返されたので肩の力が抜けてしまう。ため息をついて、一度浮かんだ憤怒をどうすればいいのか持て余した。


「カエルはどう思う? 俺が恐竜人を……」


「引きずってるだろうな。それに加えて八つ当たりも併発している。手に負えんな」


「……そうかよ」


 言われて、唾を吐く気持ちになり腰を下ろす。コイツの近くにいるのは耐え難いが、かといって洞窟の奥に行きルッカと会うのは御免だ。一々外に出て行くのも挑発に乗ったみたいで苛立たしい。
 ……分かってるよ、あいつらのことを引きずってるのは、誤魔化してても仕方ない。ああ忘れられないさ。どれだけ形付けて良い別れなんてものを演出したって結局は別れなんだ。華美に彩ろうが泥濘のように汚かろうが、もう会えないのは一緒なんだ。立ち直れるわけないだろ!
 指で膝を叩き業腹な思いを吐き出していると、カエルがべた、と干し肉を顔に投げつけてきた。


「こういう時は何て言うべきなんだろうな。恐竜人たちのことを忘れるな、とでも言えばいいのか?」


「……ああ? 何が言いたいんだよ」


 投げられた干し肉を握り締め、会話に応えてやる。本心では蹴り飛ばしたいけれど、見た目女に暴力を振るうのも不味いかと思うくらいに冷静にはなった。すげなく言い払うのは抑えられないけど。
 喧嘩腰に言葉を浴びせたけれど、カエルは鷹揚に笑い「いやなに」と続けた。


「大切な誰かを亡くして、そんな奴にどう言ってやればいいのか考えていた」


「……へえ、経験者様の御言葉なんだ、これは期待できそうだな」自分でも良くない言葉と分かるが、抑えが利かない。侮辱とも取れる言葉にカエルは口を開けて笑い、話を進める。


「まあ、最も良い方法は忘れろ、なんだがな」


「馬鹿にしてるのか? それがどう良い方法なんだよ」


「まさか。本心から言っている。忘れれば悲しむことはないし、自分の無力さに腹を立てることもない」


 両手を上げて他意は無いことを示す動作がなおさらに、馬鹿にしているように見えた。
 手の中に残った小さな干し肉を口に放り込み、カエルは口を動かしながら「でも、それは出来ないだろう?」と俺の考えを汲み取り結論を出す。


「それが出来れば、そもそも気にしたりしねえだろ」


 俺の言葉に道理だな、と言いながら腹がくちた為か大きく息を吐いた。
 いい加減付き合っているのも馬鹿らしくなり、無視を決め込んでやろうと思った矢先に、カエルが無視の出来ない疑問を作り出す。


「じゃあもう一つ聞かせてもらおう。お前、アザーラとかいう女と仲間、どちらが大事なんだ?」


「それは……決められねえよ、大事だって思いに差なんかあるのか」


「あるさ。例えば一方は友情でもう一方は恋愛とかな。どちらも大事だが、人によってはどちらかに秤は傾く。あまり大きく言えることではないが、二股なんかもそうだろう。どちらの相手も大事だが、どちらかと言えば? と問われれば内心答えは決まってるものだ」


 要領の得ない事を聞かされて、辟易してくる。お前の定義なんかに興味は無いと言い捨てて、耳を閉じようとした。


「他には……生きているか死んでいるか、だな」


 ──おいおいそれはつまり、死んだ人間はどうでもいいと言っている。そう解釈していいんだな? 俺とあいつらの記憶は、想い出は、無価値であると、そう言ったんだよな? なら、


「……死ねよ、お前」


 誇張無しに、それは地雷だ。弱体化してようがなんだろうがカエルは踏んじゃいけないモノを踏み抜いた。後悔? するものかこんな下種女を殺したって。
 雪が付いて半ば凍ってしまった鞘から刀を抜く。ぎゃりぎゃり、と嫌な音を立ててぬらりと出てくる刀は、俺の心情と整合しているように、刀そのものから殺意が溢れていた。斬れ、殺せと猛る叫び声を上げている。
 太陽が見えないので確認のしようが無いが、今はきっと夜なんだろう、と思った。でないと、こんな暗い気持ちが渦巻くはずが無い。殺意敵意がバラバラに混ざって暗幕が下りているみたいに薄暗く胸の内を隠していた。
 そうして、大またに近づいて躊躇無く、刀を振り下ろそうとしているのにカエルは逃げも構えもせずたき火の中に目を向けていた。


「……俺は、きっとサイラスとクロノなら……悲しいことかもしれんがクロノを選ぶな」


「!?」


 彼女の最愛にして崇敬する人間を引き合いに出されて、刀が止まる。もう一押しで頭に刃が入り込むというのに、カエルは今だ静かに口を動かしている。


「事実を述べているんだ。単純な話、サイラスとはもう話せない、共に悩んだり、笑ったり、剣を交えてみたり──そんなことはもう、出来ない。だがクロノ、お前は生きているだろう? 今言った全てを共有し、可能に出来るだろう?」


 長い髪が垂れて、瞳を揺らす彼女の姿が、暗闇で一人佇むようで……悲しくて、寂しくて。


「そういうことだ。ロマンチシズムなんて関係の無い、純粋な本心なら、亡くなった者よりも生きている者を選ぶ。当然だろう。俺は生きているからな」


「……だからって」


 反論を出す前に、カエルが手を伸ばして俺の口を塞いだ。真横に伸びている口元が、してやったりと雄弁に物語っている。


「ああ、亡くなった者を蔑ろにして、どうでもいいと断じるべきではない。何より出来ない……しかしそれは関係ないだろう? 要は、割り切って考えろ、という事だ。大切な者を失って辛くとも、悲しくとも、生きている大切な者まで無くしてどうする。それでは、お前は何も持てない。守れない。何より……」


 今度は俺がカエルの口を塞いだ。「うむっ!?」と妙な声と吐息が掌に当たり──不器用だと自覚しているも──笑顔を作った。それこそ、してやったりというような。


「アザーラたちが、それを望まない、か」


 手を離すとやっぱり口惜しげに「……まあ、そうだ」とそっぽを向いて答える。しまったな、カエルも案外可愛いじゃないか。気づくのが遅れてしまった。
 ……なんてことは無い。答えは前から出てたんだ。皮肉としか思えないけれど、俺が言ったんじゃないか、マールに教えたんじゃないか。


──笑おうマール。今すぐじゃなくて良い、明日からいつもみたいに見る人全員を元気にしてくれる笑顔で、胸を張って生きよう。俺もルッカも勿論ヤクラも、そうすれば一緒に笑えるから──


 ヤクラとアザーラじゃあ、接した時間が違う。そうだな、確かにそうだ。だから俺には笑うまでの猶予が三日もあったじゃないか。マールは……マールは一日で笑う事が出来た。笑うということを思い出すことが出来たんだ。男の俺がいつまでもグズグズとみっともない。
 そういう問題じゃないと、未だ無様に喚いている自分がいるけれど……そういう問題なんだよ。だって、一番の問題はアザーラたちが俺を見てどう思うかなんだから。
 友達の恐竜人たちは指差して笑うだろう。ゲギャゲギャ言いながら酒の肴にでもするのだろう。ニズベールは呆れるね、「我が友でありながらなんという体たらく……」とか言って、アザーラとの兄妹の誓いを無くそうとするかもしれない。それは困る。
 ……アザーラは。あいつは馬鹿で優しいから、自分のせいで俺が落ち込んでると思うだろう。泣き虫でもあるから、泣いちまうかもしれないな。いや、もう泣いてるのか? ──俺は、もう慰めてやれないから、あいつの近くにいないから……せめて、彼女が泣く理由を消さなければ。だって……


「兄貴、だもんな」


「クロノ? ……お、おい!?」


 今も近くにいる筈の妹に泣き顔を見られぬよう、前に座るカエルに顔を埋めて隠す。カエルから戸惑った声が聞こえるけれど、今だけは勘弁してもらうしかない。後でちゃんと謝るから、今だけは許して欲しい。


(そうだよ、悲しむ必要は無いんだ。寂しくも無い、アザーラは近くにいるんだ。俺を見守ってるんだ。だから……これが最後にするから……)


 手繰り寄せるように、カエルの背中を強く引き寄せると、しばらくしてからカエルが優しく俺の頭を撫で始めた。「今だけだからな……」という声には照れが強く感じられたけど、それ以上に慈しむ様な、心地よい声音を覚える。
 カエルの心境が何なのか、俺には分からない。俺は生きているし、カエルもまた生きているから。ただ、それが同情でもなんでも、それに縋って良いだろうか?
 不安によるものか判別できないけれど、俺は震えた舌で慈悲を乞うた。


(泣かせて下さい)


 聞こえたのかどうか分からない。でも、カエルの俺を抱きしめる手が少し強くなった気がする。
 今まで、追い立てられるように時間を越えて旅をしてきたけれど……今この時はとてもゆるやかに、甘い水の中にいるようなゆったりとした時間にいた。
 しばらくの間、聞こえるのは外の猛吹雪と、たき火をつけたことにより生まれた水滴の落ちる音。カエルの定期的な呼吸音。そして……俺の喉がしゃくり上げる、格好の悪い、泣き声だけだった。そこに、新たな音が追加される。中性的な低い声で、甘くて優しい旋律。リズムは眠りに誘うようで、長く聞いていたいという欲求と眠りにつきたいという我侭が争いを始める。その二つとも、結局は腰をすえてこの歌に聴き入ってしまうのだ。

 ──坊やよ眠れ、坊やよ眠れ
   辛いでないぞ、ゆめはさぞかし幸せか
   泣くでないぞ、時はなんと優しいことか
   嘆くでないぞ、福はゆくゆく溢れよう
   坊やよ眠れ、坊やよ眠れ
   次見るものが、幸福であることを
   次聴くものが、優しいワルツと疑わぬよう──


 少しだけ視線を上に動かすと、目を細めて、赤子をあやすように子守唄のようなものを口ずさむカエルの顔。剣士でもなく冒険者でもなく勇者でもない。優しさを具現化して、人間に作り変えればきっと、彼女が生まれるのだろう。そう信じて、俺は……


(そうか、もしかして、これが……)


 何か、大切なことを知ったはずなのに、その時の俺は乗せられた睡魔の毛布に抗えず、ゆっくりと頭をカエルの膝に乗せて、眠りについた。







 星は夢を見る必要は無い
 第二十四話 黒い風、泣き止むことなく








 目を開けたとき、そこには誰もいなかった。
 いつのまにか床に寝ていたようで、体にカエルの毛布が掛けられていることに気づき、彼女が何処かに……恐らくルッカを追ったのだろうと考えて、たき火に砂をかけて消化し、俺も洞窟の奥に進むことにした。
 入り口付近は風の通らないように曲がりくねった構造だったが、ここは一直線に進む迷いようの無い道のりだった。楽と言えば楽だが、彼女たちの姿が見えないことで随分と奥が深いのだと知る。随分と体が軽く、無意識に歩調が速くなる。気分は上々、洞窟内のどんよりした空気さえ澄明に感じる。ルッカには精一杯の謝罪と、カエルには誠心誠意の礼を送ることを決めた。
 歩き出して十五分、洞窟の奥からぼんやりと薄明かりが漏れ出していた。ルッカたちがいるのかと思ったが……その明かりは火の放つ光ではない事に気がついた。もっと透明で、人工的な光。似たものとして、時の最果てにある光の柱、または魔王城にあったワープポイントを思い出させる光。発光の規模は違えど、類似するものはそれしか思い出せなかった。
 いずれにせよ、洞窟内の同じような光景に見飽きた俺は何かしらの変化があると期待して、おのずと小走りになっていった。
 ようやく辿り着いたのは、広い空間。その中央に魔方陣のように文字や図形、直線に曲線が規則性に従っているみたく入り混じる円状の光り輝く床。その真上の天井はぶち抜かれ、外と繋がっている。けれど、寒さや風は感じられない。床から放たれる光は遥か天空まで伸びていて、光の外の大気を遮断しているようだった。


「ああ、起きたかクロノ」


 その光景を側で見ているのはカエル。彼女はやってきた俺見つけると少しほっとした顔になり、歩いてきた。


「何だこれ? ルッカはいないのか」


 カエルは首を横に振って、「ルッカは見つかっていない。恐らくは、この中に飛び込んだのだろう」と、親指で発光する床を指した。


「……俺を待ってくれたのか、カエル」


 魔王城のワープポイントに似ているというのは、カエルも分かっているはず。であるのにここで立ち尽くしているということは、つまりそういうことだろう。


「うん? ああ、理解が早いな。ルッカを探す前にお前と離れるわけにもいくまい。クロノでなければ、ルッカを連れ戻せないだろうからな」


 まだ心の整理が完全についたわけではない俺は、嬉しくてまた泣き出しそうになる。俺がここで泣いたらまたカエルが慰めてくれるのかな、と思ってぐっと堪えた。ルッカに「俺を頼るな!」なんて言っておきながら、俺の方がよっぽど甘えてる。彼女は自立してたじゃないか、俺なんかより、ずっと。出来ることなら、今すぐに自分の頭をかち割りたいけど、その前に、俺の幼馴染に謝り倒してからだ。
 黙りこんだ俺をカエルが「おい、大丈夫か?」と心配そうに覗き込んでくる。目じりに涙が浮かんでいることを指摘されたくなくて、俺はふざけた言葉を作った。


「……それはあれか? 『ルッカの為に待ってたんだからね! クロノの事なんて心配してないんだからね!』と取ればいいのか?」


 意地の悪い事を言っていると自覚しつつも、カエルの言葉をツンデレだと無理やりに比喩してやる。慌てふためくカエルの姿を見たい、という願望も大いにあるが、これで誤魔化せるなら御の字だ。
 しかし、俺の予定と反して彼女は小さな頭を軽く横に倒し、不思議そうに返した。


「いや、お前のことも心配だったが?」


「……行こうぜ、ルッカを探そう」


 言って、光の中に飛び込む。赤くなった顔を誤魔化す為とか、ともすればまた抱きしめてしまいそうな自分の体を律する為にも、走りながら。
 ……ずるいだろ、これだから真性の男女は苦手なんだ! 無敵じゃねえか!






 今までのワープとは違い、この移動装置(装置として良いのかは分からないが)は勝手が違うものだった。決めつけかもしれないが、こういうのは一瞬で利用者を違う場所まで運んでくれるものだと思っていた、が。今回の移動は一味違う。光に入った途端、体が浮き始めて、尋常ではない速さで天空に俺たちを持っていくのだ。気圧で潰される、ということはない。理屈は分からんが、体に掛かる負担などは無く、ただただ凄いスピードで天に昇るのだ。ああ、この場合の天は天国的な意味ではない、そのままの意味である。実際、天に召されそうな人間が一人いるのだが。


「はっはっは、クロノ、怯えすぎだろう。この程度の高さを克服せずに真の剣士にはなれんぞ」


 どういう理屈なのか分からないが、高所恐怖症の人間は剣士になれないらしい。この程度、というが地上はもう雲や雪で見えなくなっている。


「しかし快適なものだな、空の旅とでもいうのか? いやいや、この世界は文明が発達しているのかもしれんな! アッハッハ!」


 元気一杯にはしゃいでいるカエルがウザくて凄い。深夜に出てくる商品紹介番組のテンションくらいウザイ。


「おいおい震えてるのかクロノ。何とか言ったらどうだクロノ。言えと言ってるだろうクロノ。会話をしないかクロノ。心配になるだろう喋らんかクロノォォォォ!!!!」


「……あのさ、とりあえず何か言うとしたら、離れろ貴様」


 まあ、言うまでも無いが高所恐怖症で、怯えて震えて手というか、俺の腰にしがみついておられるのはライブ○アの株みたいに好感度が急上昇して転落していくカエルさん、その人である。
 変化はすぐに……というか体が浮き始めた瞬間に起きた。勿論俺も体が浮き始めて驚いたが、それ以上にカエルがレスリングみたいな体勢で突っ込んできた時の方が驚いた。一瞬ここでデスマッチが開催されるのかと思うような形相だった。ぶっちゃけものすごい怖かった。肘鉄を食らわしてしまうほど。全く意に介さなかったけど。
 それでも、怖がっていないと釈明したいのか「をおおおおおお凄いなあクロノ飛んでるんだなああハハハハハ!!」とキッチーな言葉を使い出したときもびっくりした。顔を掴んで押し出している時も微動だにしなかった。もうちょっと可愛らしい誤魔化し方があるだろうに。


「離れる!? ははは、面白いことを言うじゃないか。お前は俺に死ねというのか?」


 青白い顔で冗談みたいに言うけれど、目は語っている。『助けてください』と。
 なんだろう、ここで頭でも撫でて「俺がついてるぞ!」とでも言えばさっきの恩を返上できるのかもしれないが、さっきまでのちょっと良い雰囲気をぶっ壊してくれたカエルにそんなことをしたくない。むしろ、体を突き飛ばしてみたくなる。というか、した。
 縋る物の無くなったカエルは曹操に死刑を宣告された呂布みたいに「おのれえぇぇ!!!」と叫びながらほんの五十センチくらい後ろに跳んだ。尻餅をついただけとも言う。たったそれだけのことにてんやわんやの大騒ぎ。再度アメリカンフットボールのタッチダウン時のような突撃をもろに喰らった俺は小さく「ぐふっ」と溢してしまう。


「これは、あれだ! そう、体当たりの練習をしているだけで、他意は無い! 分かるな!?」


「分からん! ていうか、体当たりの練習ならもっかい離れろ!」


「しがみついたら離さない! これがグレン流体術だ!」


「青田○子の恋愛術みたいだなチクショウ!」


 鳩尾激突、悲惨な言い訳というコンボを頂き『恩? ああ、光覇明宗が攻撃するときの掛け声?』となった俺は体に電気を帯電させた。「ひぎゃ!」と高い声を上げてカエルが離れる。まだまだこんなもんじゃねえぞと言いたげにタックルを試みるが、その度に妙な悲鳴を出してカエルが俺の体を離す。数回それが続き(数回我慢する根性は凄いなあと思う)いよいよ俺との距離を保ったままカエルが立ちすくんだ。


「…………」


「いや、多分もうすぐつくし、我慢しろよ」


「………………」


 無言の責めへと移行したカエルは足と手を震わせながら大きな瞳を俺の目に向けて、動かない。視線を外そうとするのだが、それをさせない異様な圧力を構えて俺を金縛りにさせる。カエルに金縛りさせられるとは思わなかった。諺と違うじゃないか、なんて埒も無いことを考えてしまう。
 悪いことをしている所を見つかった親の気分だ。子供役のカエルは飽きもせず俺を見つめている。


「……いや、怖いのは分かるけど……」


「……………………」


 何で俺が浮気がばれた彼氏みたいな目にあわなきゃならんのか、不思議でならない。「謝ってくれないと、許さないもん!」みたいな。あまりにしょうもない。


「…………いや、その」


「……………………………………」


 結局、涙でふやけていく顔を見ているうちに、俺は片腕を貸してやることになった。女相手に貸してやることは、素晴らしいことだと思うのだけど、何故嬉しくないのだろう。答えは単純、うっとうしいからに違いない。
 折れてしまったことにふつふつと怒りが湧いてくるけれど、猫みたいにしがみつくカエルを見て、なんだかどうでも良くなった。さら、と長い髪を一撫ですると、「?」と疑問符を作る姿は、さっきまでとまるで逆だなあ、なんて思った。






 父親ってこんな気分なのかなーとか意味の無い想像を広げているうちに、転送は終わったらしい。転送と呼べるのか、むしろ移動というのが正しい気もする。
 そこには、襲い掛かる吹雪も、体を縛る氷点下の気温も、視界を遮る水蒸気の結晶も無く、朗らかな世界が広がっていた。緑は生え、鳥たちがのどかに歌声をさえずっている。空を見上げればいつもより随分と近い雲が浮かび、違う世界に来たと言われれば納得のできる、一般的な天国の妄想を具現したような場所だった。汚れた空気は一切感じられず、大地は生き生きとして、踏んで倒れた草たちは数瞬とたたずに立ち上がる。何よりも……


「浮いてるのか? ここ……なんてファンタジーだよ」


 歩き出してみると、大地が途切れた場所に辿り着く。下を覗けば何千メートルという膨大な空間が広がっている。様々な形状の雲に遮られて下界の様子は分からない。幻想的、と言えば聞こえはいいが、空にある浮き島なんてものを本の類でしか読んでない俺からすれば恐怖にしか写らない。現に、未だにカエルは俺にしがみついている。体が浮かぶという非現実的な(魔法を使う俺たちが言うべきじゃないけれど)体験よりも、今自分たちが空高い場所の土を踏んでいるという現実の方が怖いのだろう。もう強がりも出ていない。ただ歯を鳴らし体を震わせるのみだ。懐かしいなあ、こうでないとカエルは嘘だ。出会ったばかりの駄目ガエルを思い出して心がほっこりする。


「さあカエル。ルッカを探すんだから、二手に分かれてばらばらに行動しよう」


「そういう態度に出るなら仕方ない。アイツのことは諦めるしかあるまいな」


「そんなに怖いんかい。ていうか支離滅裂だろその結論」


 仲間を大事にするべき、と断じたカエルが驚きの見捨てましょう発言。トンデモ過ぎるな。高所恐怖症もここに極まれり、だ。これでカエルがお化けとか虫とか暗がりが怖いとかなら思考のスクウェアが完成するのだが……暗がりが苦手ってことは無いか。魔王城でもすいすい歩いてたしな。


「なあカエル、お前お化けとか虫とか嫌いか? というか、苦手か?」


「幽体の魔物などいくらでも斬ってきた。虫型の魔物も同じだ!」


「……ちっ、半端な性格設定だぜ」


「そんなことはどうでもいい。二人一緒に行動するぞ。例え多種多様な理屈をこねられてもこれだけは断じて譲らん。勇者の誇りに掛けて」


「安いなぁ」


 さしずめ一袋128円という所か。どこのスーパーで売ってるんだか勇者の誇り。バーゲン時には教えてくれ、隣近所で勇者ごっこしてる子供たちに教えてやるんだから。
 右腕に寄生するカエルをそのままに渋々歩き出した。先ほど周りを見回したときに、そう遠くない場所に建物が見えた。珍妙な形ではあったが、人がいることは間違いない。でなきゃラピュ○にでてきた巨神兵モドキでも良い。
 ……ところで、光の柱で抱きつかれた時からずっと気になってたんだが、一つ正直に聞いてみるか。


「おいミギー」


「誰が寄生獣か。俺はカエルだ」


「すまん。右腕に寄生する生き物なんて中々いないから間違えた」


 ふん、と顔を逸らして俺の言葉を無視するカエル。みっともないのは自覚しているのだろう、その顔は仄かに赤い。照れているのは照れているでも甘酸っぱい感情零なのがこれいかに。難しいのはそれは俺も同じということか。下手すれば女のカエルよりもロボに片腕を抱かれたほうがドキマギしそうな不思議感。あべこべクリームでも塗りたくっていただきたい。


「カエルは……その、下着を着けてないのか?」


 俺の爆弾臭い発言にも動じず、何を言ってるんだ? という顔を向けた。結構大事なことだと思うけどなあ。


「シャツのことか? ちゃんと着ているぞ」


 ほら、と空いている左腕で胸元を開くと確かに着ている。でもそういうことじゃない、ブラは着けているのか、と問いたかったのだ。結果それなりのボリュームを押さえる事無く彼女は抱きついていたことが判明。ふざけろ、何故貴様の肉体で我が息子を刺激されなければならんのか。ふっくらしてるんじゃねえ。


「……どおりで、直に感触がある訳だ。離せ痴女!」


「や、やめんか! 離さんぞ、俺はこの世の終わりが来てもお前と離れない!」


「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ! 俺の胸のモヤモヤをこれ以上増やせばどうなるか分かってるのか!? 最悪この世で最も嫌な初体験になりそうだ!」


「良いことじゃないか! 何事も体験するのは悪いことではない!」


「意味分かって言ってんのかテメエ! 俺のおざなりなピロートークを聞きたくなければ今すぐ離れろ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら三国一の豪傑が槍を回すみたいにカエルの体を振り回し、カエルは時化で揺れる船のマストにしがみつくような必死さで俺を離さない。まるで俺の腕を離したらそのまま海に叩き落されるのではないかというような空気さえ持っていた。この際、靴でも何でも舐めるから帰ってきてくれルッカ! お前とカエルなら眼の保養にすらなるんだから!
 十分というその場で騒ぐだけにしては長い時間を浪費して、決着がついた。妥協案である。せめて手を握るだけに落ち着いてくれという提案に、「私の為に捕まってくれ!」と言われたセレヌンティウスのように苦悩して、カエルは承諾した。これすら断るのなら有無を言わさず遊覧飛行を体験してもらうところだ。人類史上最大の高度から紐なしバンジーをしたいか? という俺の脅しが有力手だったようである。
 愚にも付かない時間を終え、普通に歩く七倍以上の精神疲労に耐えつつようやっと城にも見える建物までやって来ることができた。
 そうそう、浮かんでいる大地は一つではないことが発覚した。一つ一つの大陸は橋で繋がれているのだ。橋はそう広いものではなく、ゼナン橋よりも横幅が狭いくらいの、手すりの無い橋。縦幅もゼナン橋の半分くらいしかないけれど、渡る距離が短かろうと長かろうと、彼女には関係が無かったようだ。意地でも橋を渡ろうとしないカエルをど突き倒して気絶させれば運ぶのは楽だろうな、と思い提案してみた。答えはまあ、ノーだったけれど。理由は俺が気を失ったカエルを地上に落とすのではないか、と危惧したことから。やらねえよそんなこと。ていうか気絶させるのは別にいいのか。
 結局、橋を渡るときだけはカエルをだっこして進むことになった。駄々をこねるいい年したはずの女性をだっこするとは思っていなかった。おんぶで運べば良いのではないか? と思ったけれど、首を絞められて気絶する危険性が考えられたので却下。恥ずかしがるカエルが見たかったのも大きな理由。当ては外れて恥ずかしいよりも怖いが先立つカエルには有効足りえなかったが。
 ともあれ、人のいる場所まで俺たちは辿り着いたのだ、うん。
 さっきは城のようだ、と評したものの間近で見れば宮殿という方が正しいかもしれない。同じような意味かもしれないが、そう感じた。金のたまねぎ型の屋根に目に悪そうなくらい白い壁。扉と言うには大仰過ぎる入り口、むしろ門と言えるだろう。広さこそさほどではないが、縦に長い門構えは塔と例える人間もいそうな建物だった。中から出てくる人間は感情の薄そうな、暗い人々ばかり。ただ、時々手を繋いで離さない俺たちを見て「馬鹿ップルだ」と陰口染みたことを言うのは我慢ならないので拳大の石を投げつけてやった。痛そうな音がした。首が凄い勢いで回ってた。ざまあ味噌漬け。
 建物の中は豪華絢爛というには寒々しい、質素とは程遠い批評に困る内装となっていた。白を基調に……というか、白色ばかりの内壁と床。全ての汚れを嫌うような色調は何か落ち着かない。人々の服装はゆったりとしたローブと、布を何重に巻いている帽子? を頭に載せている。手袋をつけていない人間はおらず、肌を露出している部分は顔の表面だけ、中にはマスクをしてゴーグルのような目を覆っているメガネを着用する者もいる。常に本、または研究道具を持っている姿は研究員という印象を強く焼き付ける。
 縦に長いだけあり、階段が至るところに設置されて、地下室もあるのか、地下に向かう螺旋階段が数箇所見受けられた。天井は外から見えた部分しかなく、スペースを無駄なく使われている。何より目を引いたのが、本棚の多さだろう。数千、いや数万を超える蔵書量が予測された。驚いたことに、それらの本もただの本ではないようで、開かれたページから炎、水、風といった現象が生まれている所もあった。


「移動装置なんて摩訶不思議なもんで繋がっている土地だから、もしかしてとは思ったんだが……」


「どうやら、魔法文明とでもいうのか? が発達していると思って良さそうだ、少し聞き込みと行くかクロノ」


 外さえ見なければ怖くないらしいカエルは俺の手を離し近くの男に声を掛けている。ぼそぼそと話す口振りは、挙動不審というか、会話に慣れていないように見える。研究職(これも決め付けだが)ってのはそういう性質なのかもしれない、と思い唯我独尊の幼馴染を思い出し、なわきゃないか、と考え直した……今は、落ち込んでるんだろうけど……
 俺も情報収集に精を出したものの、さっぱりとルッカを見かけた者はいない。誰しもが首を振り、代わりに違う話を聞かせてくる。例えば、この建物はエンハーサといい、魔法王国ジールという国にある町だとか、全ての望みが叶うという眉唾を越えて呆れそうな話とか、この王国を仕切るのは国名と同じジールという人物であること等。残りは哲学論のような話を多数。脳天にチョップをしてやろうかと思うような人々だった。一度やってみると「…………ふえっ」と泣きそうになったのは焦った。ゆったりと無感情に答えるのでまさかそんな簡単に感情を表すとは思ってなかった。とっておきのギャグを披露して、笑わせてやろうとすれば、素の顔になって涙を引っ込めた時は喜べばいいのか馬鹿にされたと怒ればいいのか。
 ……ああ、もう一つ忘れていたな。階段を上っていると上から肌色の悪い化け物が降りて来て「アタシはドリーン。閉ざされた道を求めなさい。順序良く、知識の扉を開けてね」とか言い出したのでヤバイ子だと確信し、階段から蹴落とした。一日一善、俺はこの掟を破ったことがないのだ。えっへん。



「運命というものは存在すると思いますか? この世の全ては、予め決められているのだと……」


「ターセル様々やわ!」


 最後の一人に話しかけて、いい加減頭が痛くなってきた。たまたま近くを歩いていたカエルを見つけ、もう出ようと提案する。カエルの方も有力な情報を手に入れられなかったようで、疲れたように頷いた。初めて来た土地の人間は大概頭が壊れてる。デフォルトなのか?
 歩く力の出ない俺は足を引きずるようにエンハーサから出ようとする。何が嫌って、またカエルと手を繋がなきゃならんのかと思うと気力も下がるというものだ。素直に怖がるならまだしも「怖くないぞ! むしろお前が怖いのだろう!」とか小学生かよ、と。
 半ば俺を逃さぬように俺の手をロックオンしだしたカエルに嫌気が差して肩を落とす。無駄だと分かりつつも、カエルに一人で歩けと提案しようとした時──風が、吹いた気がした。臓物を抜き去っていきそうな、嫌な風が。


「何だ、無愛想な子供だな。迷子か?」


 思わず立ち止まった俺の前に、透明な空気感を背負う、己の青い髪と同じ青い猫を連れた不思議な男の子が前に立っていた。進行路を譲らない子供にカエルは言葉は乱暴ながらも優しく問うていた。
 ……関わるな、と声を荒げたかったが……喉を握られたみたいに声が出ない。俺の中の何かが言っている。彼の言葉を聞き逃すな、と。


「…………」


 時間が経っても、少年は何も言わずすっ、と俺たちの横を通り過ぎた。何故だか、猛烈な安堵感に襲われた俺はその場で座り込みそうになり、カエルが慌てて支えてくれた。「疲れているのか?」と聞いてくるが、ほんのさっきまで眠っていたのだ、体力的な疲れがある訳がない。大丈夫だ、と返してそのまま歩き出そうとした。エンハーサを出て、この不吉な少年から遠ざかろうとしたのだ。けれど……


「………黒い風が泣いてる……」


「っ!?」


「どうした、クロノ?」


 そう慌てるような言葉でもない。風が吹いていることを指摘しても、黒いという言葉を用いたのも、少年が風をそう呼称しているだけだとしたら不思議はないのに。何よりも、たかだかロボと同じ、いや、どう見てもそれより若い子供の言葉に反応する理由はない。なのに、どうしてか彼の言葉が酷く気になった。
 振り向いて、彼の背中を見つめていると、少年はゆっくり振り向いて寒気のする冷たい顔を向けた。


「あなたたちの内、誰か一人……死ぬよ、もうすぐ」


 物騒すぎる言葉の内容もまた気になったが、それよりも俺の心を乱すことがある。彼はあなたたち、と言った。複数形だった。誰かを特定していないのだ。
 ──なら、どうして俺を見ている?
 カエルではなく、俺だけを視界に入れて、少年は呟いていた。理由も根拠も証拠もない宣告を……俺は唾を飲んで聞いていた。聞かざるを得なかった、彼のもつ独特な、矛盾を孕んだ空気に。


「なっ!? おい、小僧!」


 カエルの怒声を聞こえていないように流し、少年は去っていく。カエルがそれを追おうとしたが、俺が止めた。


「クロノ? …………おい、大丈夫か!?」


 カエルが驚くのは仕方ないだろうな。今の俺は……震えていたから。
 たかだか子供の戯言、冗談。未来予知を騙る遊びだと、割り切ることが出来ない。
 ……唐突に、不可思議なビジョンが頭に浮かぶ。それは……誰かの泣き声と、鳴き声。誰かの笑い声と、怒声。邪悪な光が眼前に広がり、そして……


「クロノ!!!!」


 カエルの声で、目が覚める。目の前にあるのは心底俺を案じるカエルの顔と、何事かと集まっている人々の姿。誰も泣いていないし、光も、胸を締め付けられそうな光景も無い。


「……ただの立ち眩みだ。気にすることねえよ」


「……本当か? 時の最果てで休息を取ったほうがいいんじゃないか?」


 疑わしそうにするカエルがちょっとおかしくて、「本当になんでもないよ」と声を掛けてから歩き出す。エンハーサを出た時、不安そうにしていても、やっぱり俺の手を握るんだなと思って可笑しい。笑う俺を恨めしげに見てくるのがツボに入りそうで、気分が晴れた。
 ……そうさ、気にすることなんて、まるで無い。ただの悪戯なんだから。さっさと忘れて、ルッカを探しにいこう。この魔法王国ジールにいることは確かなんだから。


「走るぜカエル! 早くルッカを見つけないとぶん殴られそうだ!」


「ま、待て! そんなに急がなくても……わっ、……………!!!!」


 エンハーサとまた違う大陸を結ぶ橋を思い切り走って、風を浴びる。もうそこには、少年の言う『黒い』風なんて感じられなかった。俺たちの旅は、順風満帆とはいかないけれど、悔悟憤発しながら進んでいく。不安なことなんて、何処にもないんだ、そうだろ?
 地上を見れる橋をハイペースで渡っていることでほぼ放心しているカエルを眺めて、俺は前を見据えた。予知染みた言葉なんて知るか。運命なんて、この世には存在しないんだから。
 未来に向かって、俺は大きく一歩を踏み出していった。








「……黒い風は、泣き止まない」


 エンハーサの最上階。クロノたちが走り出して橋を渡る様を、少年は窓から見つめ、誰に聞かせるでもない言葉を呟いた。その目には同情も悲観も無く、あるがままの出来事を話しているだけの、色の無い瞳。
 暫く彼らの騒がしい様子を見ていた少年は、飽きたのか窓から離れて、自分の足に鼻先をつける猫を抱き上げた。腕の中の小さな温もりを撫でて、耳元で小さく溢す。


「……姉上とお前以外、皆死ねばいいんだ。死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい死ねばいい……母様なんて……あいつなんて……」


 そこで躊躇うように、何処かで誰かが聞いていないか、猫の頭に顔をつけながら注意深くその場を見回して、誰もいないことを確認した後、強い口調で言い放った。


「……殺して、やりたい……!!!」


 ぎらついた顔を、猫が舌を出して舐める。大丈夫、と言い聞かせているような行動に少年は薄く笑みを作った。苦しくないように、自分のペットを優しく抱きしめて、その場を離れようとする。
 その直後、階下から自分を呼ぶ男の声が聞こえた。ひょこ、と下に顔を出すと自分の世話役が慌てながら走ってきた。


「もう、ジール宮殿を抜け出してこのような所に……困りますよ私は」


「……そう。いいんじゃないの? こっちは関係ないし」


 素っ気無く言って、階段を下りていく。そんなあ……と暗くなりながらついて来る世話人には一瞥もくれず淡々と行く姿は子供には思えない、ふてぶてしいものだった。


「サラ様が呼んでおりますよ、きっとジール様も心配しております。ジール宮殿に行きましょう。ジャキ様」


 姉の名前を出されて、ようやく振り返る主に世話役がやっと顔を綻ばせた。その期待を裏切るように、ジャキはチッ、と舌打ちをして怒気を帯びた声で「アイツの名前を出すな……!」と脅す。男は雷が落ちたように体を固めて息を呑んだ。一方的に睨まれる時間が過ぎ、ジャキがエンハーサの出口に歩き出した時ようやく呼吸を思い出すことが出来た。


(……なんとも、怖い御人だ)


 いい加減、自分の仕事にも嫌気が差してきた世話役は主人について歩きながら、辞表は何処に出せばいいのか、頭を巡らせることにした。


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