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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第二十二話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/02 16:05
 開かれた窓を閉めようと、一人の恐竜人が何気なしに手を伸ばし窓に手をつけた瞬間、外からエイラは振り子のように勢いをつけて窓の外から現れ恐竜人の顔面に両膝を叩きつけた。


「流石だね、エイラ。私たちじゃ壁に張り付くなんてできないよ」


 城の外壁に張り付くという荒業を為したエイラに、物陰で隠れて様子を窺っていたマールはウインクしながらサムズアップした。


「正面切って戦う、違う恐竜人呼ばれる、それ、避けたい」


「だな。最悪、クロノを見つけるまでは戦闘らしい戦闘はこなしたくない」


 肩を揉みながら首を回し、カエルは気絶した恐竜人を人目につかないような暗がりまで運んでいく。しかし、いまだ蛙の姿に戻らない彼女では人間と筋肉の質が違うため体重の重い恐竜人をまともに引きずることも出来ず、それに見かねたキーノが器用に片足を動かして恐竜人の襟に足の爪先を引っ掛け移動させた。


「すまんな、どうも久しぶりの人間の体は思うように動かん」


「気にする、ない。キーノ助けてもらった。感謝!」


 ティラン城に入りキーノを助け出した彼らは、基本的に戦闘をこなさず、時々昏倒させて騒ぎにならぬよう、徐々に城深くへと潜入していった。彼らの目的はクロノの救出。そして出来るならば、恐竜人の首魁たるアザーラを討つこと。懸念事項はクロノが無事であるかどうか。これはキーノが比較的(この表現が正しいのか分からないが)好意的な扱いを受けていたことからマールは心配はいらないだろう、と考えていた。アザーラはクロノを気に入っていた節があるし、クロノが攫われ、現状敵対しているにも関わらずマール自身もアザーラを悪い恐竜人だとは思えないからである。
 もう一つ、心配なのはカエルの戦力。いないよりはマシだろうとパーティーに加えているが、いた方がミスをしないか気を使ってしまい却って邪魔なのではないかと深く考えている。


(でもなあ……今更帰ってとは言えないしなぁ……)


 知らずため息の漏れるマールを自分が原因とは露にも思わないカエルが肩を叩き「クロノの心配か? ことあいつに関しては心配は無用だろう。生き残ることに関しては俺が今まで見てきた戦士の中でも随一だ。不真面目さも、だが」と気を紛らわせるように笑いかけてくることが、マールの不安の種を知るエイラやキーノからすれば、悪いとは思えど少し面白かった。


「下、クロいない。だから次、上探す。マール、頑張る!」


「ありがとキーノ。もう大丈夫。クロノが戻ってくれば何とかなるよね! ……多分」


 カエルの戦う姿を見ていないことと同じく、魔王戦でのクロノの活躍を話でしか知らないマールは彼女の初めての友人を弱いとは決して思わないが、ルッカやカエル程高く評価することも出来ず、なんとなく、場を乱して展開を混乱させるのではないか、と強い不安を抱いていた。


「うむ。俺ほどではないが、クロノも強くなった。初めて会ったときも筋が良いとは思ったが、それでも雲泥の差だ。単純に剣術だけでもガルディア騎士団団長に引けをとらんだろう」


 貴方のお墨付きを貰ったってなあ、と思い心なしか疑いの眼差しを向けるも、カエルはからからと笑いながら、戦闘の邪魔だと言って後ろに括った緑の髪を揺らしていた。切れば良いのに、と思わないではないが同じ女性である以上、女の命を容易く切れとは言いがたく、かといって男として生きると公言しているカエルが髪は女の命と考えているとも断じがたい。小粒ながら不満の募るカエルをどうもマールは好意的に見ることが出来なかった。それは、昔自分の住む城で繰り返し広げた英雄記に出てくる勇者とあまりに違う姿を見て失望を感じているのかもしれない。
 マールは自己分析を終えて、単純に想像と現実のギャップから来る八つ当たりをカエルにぶつけていることを恥じ、聞こえることの無いボリュームで小さくごめん、とだけ呟いた。
 今彼らのいる場所は中層。ピリピリした緊張感の中、確実にアザーラたちとの距離を詰めていた。







「…………で、あるからして、ツンデレなんてものは友人、親友、幼馴染ましてや恋人なんて位置にいる場合決してステータスには成り得ないんだな。それが何故か分かるか? おいそこの恐竜人A、答えてみろ」


「ゲギャ!」


「正しくその通り。所詮は赤の他人。ツンの奥にデレが隠れていることを見抜けない以上、傍目からすればただの情緒不安定にしか見えないわけだ。良く出来たなA」


 当然! と言わんばかりに恐竜人Aは頷き、続いて俺は黒板代わりの長方形に刳り貫かれた石版に黒炭で文字を書く。


「ところがどうだ? そのツンデレが姉、または妹であった場合、距離が近く接する機会の多さから、デレがあることを見抜けるわけだ。まあ例外もあるが、親族である以上デレを見抜く難易度はグンと下がる。ここまでは皆知っての通りだ」


 助手であるニズベールが「ここからがポイントだ。貴様ら耳を澄まし決して聞き逃さぬようにな!」と注意を呼びかける。それに反論せず私語一つ無く俺を見る恐竜人たちは教育者たる俺からして素晴らしい生徒たちだ。


「さて、ここからは応用だ。先ほど姉でも良いと語ったが、中には年上の女性がツンツンしているのは大人気ない。また、年上が甘えてくるのも情けないという人種がいるはずだ。名乗り出なくても良い、趣味趣向はそれぞれだからな……だが、だがな? 妹ならばどうだ? 妹がツンツンしているのは『いつまでたっても子供だなあ』と微笑ましいし、甘えてくるのは『この甘えんぼさんめ!』と堪らない愛しさが産まれる。想像するが良い、そのシチュエーションを!!」


 瞬間、想像力の逞しい生徒たちは『ゲギャア……』と恍惚の声を出し、至福の妄想に浸っている。今、彼らの脳内はドリームタイム。甘ったるい声でぷりぷり怒る妹と、背中から抱きついて一緒に遊ぼうとねだる妹が連鎖的に流れているのだろう。


「皆分かってくれたようだな? そう! 妹とは正義、ジャスティス! 愛でるべき愛の芽、恋愛など含まれずとも、そこにある家族愛、ちょっぴり外れた危険な香り……っ! 今天啓は成った! 俺は……俺は、神を下す権利を得たのだ!」


「ウォオオオオオオオ!!!!」


 瞬く間に大広間中の恐竜人たちからクロノ万歳コール。言ってる意味は自分でもさっぱりだが、こういうのは勢いが大事だと小学校の頃習った。多分ね。


「よしよし、今日は気分が良い。次はお前たちを交えてディスカッションといこう。今回のテーマは永遠の論争命題であるクーデレとツンデレどちらが良いのか? を始めようと思う。クーデレ代表は銀河英雄○の……」


 その時、大広間に設置されている木製の警報が鳴り響いた。俺たちは全員驚きながら何が起こったのか? と顔を見合わせる。すると、後ろに立っていたニズベールが俺に近づき、堂々と言い放った。


「どうやら……侵入者を発見したようだ」


 この時、俺は喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、判別がつかない、という顔をしていたという。
 バタバタと慌しい足音を連れて一人の恐竜人が現れた。息を切らしつつも必死に紡いだ言葉は、ニズベールのものと同じく、侵入者発見ということ。新しい情報として、侵入者はエイラと捕らえていたキーノ。そこにボーガン使いの女に役立たずの緑髪女だ、と……役立たず? カエルがか? なんかの間違いだろう、あいつの剣術は俺たちのパーティーで最強の戦力であるはずだし。


「……どうやら、お前の仲間たちらしいな、クロノ。それで、貴様はどうするのだ? 人の子よ」


「……俺は……」


 試すような目つきで俺を見るニズベール。けれどその目には悪意や敵意は含まれていない。与えているのだ、俺に選択肢を。
 一つはどちらとも関わらず、傍観するのか。
 二つ目は自分たちの敵になり、人間として生きていくのか。
 そして……もう一つは……


「……見た目に似合わず、優しいよな、ニズベールは」


「? どうしたいきなり」


「普通なら、有無を言わさず我々の味方になれ! とか、人間に加担する可能性があるから牢屋に閉じ込めるとかだよな。わざわざ自由にしていいなんてさ」


「ハッ、貴様は自分を押し付けられるのを嫌うだろう? 短い付き合いだが、その程度は見抜けようが」


「……そっか、サンキュ。決まったよ、俺の答えが」


 俺は慌しくなった大広間を落ち着かせるべく、「静かにしろっ!!!」と怒鳴る。今まで浮き足立っていた恐竜人たちは授業に戻ったかのごとく、足を止め視線を俺に集中させた。素晴らしい生徒は撤回だ。最高の生徒たちだよ、お前ら。


「……お前ら悪いんだが、侵入者と戦うのは俺とアザーラとニズベール。この三人だけにしてほしいんだ」


 俺の頼みは一同を驚かせたものの、結局誰一人文句を言わず、行動に移ってくれた。ニズベールも了解してくれたし、後はアザーラだけだろう。
 ……正直、迷いが無いではないけれど、アザーラは俺の一番の願い、戦いを止めるという選択は聞いてくれないだろう。なら、次善の、最低限の礼儀だけを残して……この方法を取るしかないじゃないか。


「マールとカエルか……まあ……ちょうどいいと言えば、ちょうどいいかもな」


 ここ一週間近く使わなかった刀の鞘を、俺は強く握り締めて、左手で刀を抜き大広間の頑丈で巨大な石の扉を切り倒した。後ろの恐竜人たちの感嘆の声が少し心地良い。刀を鞘に納めて、思わず笑みが零れる。


「トルース村のクロノって言えば、ヤンチャ坊主で有名なんだぜ?」


 たまには、俺も反抗したっていいだろ? なんせ妹と同じで、反抗期真っ盛りなんだから。








 長い廊下を走りながら、マールは言い知れぬ不安と奇妙を感じて前を走るエイラに声を掛けた。


「ねえ! さっき恐竜人に見つかったっていうのに、全然敵の姿が見えないよ!? これって……」


「恐らく……誘われているんだろうな。罠があるかもしれん、警戒を怠るなよ!」


 エイラではなくカエルが返事をしたこと、それ自体にマールは不満を持たなかった。ただ、カエルが意気揚々と話し出すことに我慢の限界が近づいていることを感じていた。


(カエルのせいで見つかったのに、何でふっつーに会話に加われるんだろう?)


 走るその顔は至極真剣で、この場に合ってないとは言えない、戦う者の顔ではあった。今から数分前、「くちゅんっ!」という可愛らしくも業腹なくしゃみをした人間とは思えない、正真正銘の真顔だった。それから数分しか経過していないのに、マールは幾度弓矢を突き立ててやろうとしたのか、数えることも馬鹿らしかった。


「罠……あったらあった時! 今、考えること、無い! 走るだけ!」


 キーノも全力疾走を続けたせいか、痛む両腕を動かさぬよう、不恰好ながらも必死に廊下を走っている。見た目にはカエルに怒りを覚えている雰囲気は出していないが、彼はカエルを決して見ていなかった。キーノは静かに怒るタイプである。若干面倒くさい性格とも言えよう。


「扉! 待ち伏せ、気をつける!」


 走り続けて、先に見えた扉をエイラは勢いそのままの飛び蹴りを当てて部屋の中央まで飛び続けた。驚異的な脚力に驚きながらも、残る三人は同時に部屋の中に飛び込む。
 果たして、そこには思っていたような、武装して恐竜人も、アザーラもクロノも姿は無く、過去エイラとキーノ二人を相手に闘いを楽しんでいたアザーラの右腕、ニズベールが両腕を交差して佇んでいた。
 その落ち着いた空気にたじろぎながら、それでも気を取り直したマールは口を開き「クロノは何処!?」と問う。ニズベールはゆっくりと目を開き、右腕を伸ばして人差し指を立てた。


「ついて来い、部下は全て退かせた。サル共との決着に部下を使うことは無い」


 マールの言葉を無視して、ニズベールは巨躯を揺らしながら、途中赤い王族が使うような豪華な椅子を愛しげに撫でて、部屋の奥の扉を開き、その姿を消した。
 エイラは拳を鳴らし、キーノは屈伸で足の腱を伸ばす。カエルは使えるのか定かではないグランドリオンを抜き差ししていた。
 ただ……マール。彼女だけはニズベールの言葉からこの先どうなるのか、おおよその見当がつき重い、重いため息を吐いて今は現代にいるであろう女友達を思った。


「……魔王城での、焼きまわしなのかな……」


 ルッカでなく自分があの赤髪の友人を止められるのか不安になる一方……何故か、自分の胸の高鳴りを抑えられないマールだった。







 扉の先は長い長い、幅三メートルの、壁や手すりがない事を考慮すれば細い橋とも言えそうな渡り廊下だった。
 地上より遥か高いその場所は、横殴りに吹く風が強く、耳に入る音はごうごうと酷くやかましいものである。地上ではむせかえるような暑さだった気温も、その風の強さから、マグマに囲まれながらも過ごしやすいものとなっている。なにがしかのギミックが施されているのか、外に出ていてもマグマから立ち昇る黒煙は無く見通しの良いもので、渡り廊下の先にアザーラやニズベール、そしてマールたちの良く知る顔がギラギラした毒のある笑顔を向けていることを確認できた。上空には恐竜人たちの飼う怪鳥が数十羽以上飛び交い、これからの戦いを見守ろうとしている。彼らも、本能で分かっているのだろう。今、一つの歴史に終止符が打たれると。
 驚いているエイラを追い抜いて、マールはつかつかと歩き出す。心中穏やかとは言いがたいが、それは怒りや驚きだけではない。むしろ、魔王城にて、マヨネーに操られていた時から……いや、グランとリオンとの戦いから心の奥底では願っていたのかもしれない、とマールはもう一度自分の思いを再確認する。


(もしかして、私って負けず嫌いなのかな?)


 負けず嫌いと言えば……と考えて、マールは少し過去を思い出す。それはクロノの言っていた言葉だ。「ルッカは負けず嫌いだからな」……多少の誤りはあれど、端的に表せばこのような内容のもの。確かにルッカは負けず嫌いと言える。ただ、マールは少し、その表現は違うのではないか、と思考する。
 未来での冒険にて、ガードマシンと戦った際にルッカがマールには負けたくないと言っていた。その言葉を聞けば、負けず嫌いそのものと思いそうだが、ルッカのクロノに対する恋心を知るマールは(単純に、クロノに良い所を見せたいっていういじらしい心が原因なんじゃないかな?)と邪推してしまう。


「ま、今はどうでもいいよね」


 かん! と一際強く足音を鳴らし、マールは恐竜人グループと対峙する。しかし、彼女の瞳が捉えるのは一人だけ。ふざけた気配など一つも見せない、人間の男。隙は無く、自分の肌が総毛立つのを感じた。


(へえ……ルッカやカエルの言うとおり、本当に強くなったんだ、クロノ)


 マールの中でクロノとは、初めて会った時は、助けてもらっておきながらなんだが、全く頼りになるとは思えなかった。グランとリオン戦ではやっぱり男の子なんだ、と認識を変えた。今は……


「カッコイイんじゃないかな、クロノ!」


「今この場で言うことかよ、マール。お前らしいな」


 背中につけている白銀の弓を取りながら、マールは最後にもう一度だけ、どうでもいいことを思い出してみた。


(負けず嫌いって言うのは、どんなに好きな相手でも、大切な親友でも、負けたくないんだよね)


 王女として生まれ、友達も作れず勉強や礼節を学ぶことに喜びを見出せない活発な少女が打ち込んだ唯一の趣味、生きがい。それは武道、すなわち戦うこと。
 見張りの目を盗み、父である国王に叱られてもこれだけは譲らなかった一つの努力の塊。
 爪が割れて、風が吹くだけで飛び上がりそうなほど痛む指で握った弓は百発百中だと自負していた。拳が割れてその度乳母やメイドたちに治されながら鍛えた両腕は鉄をへこませた。城中を重りをつけて駆け回った成果は彼女に体力と岩をも割る蹴りを与えた。魔力を扱えるようになってからも、絶世の才能を持つルッカと違い秀才程度の才しか持たぬマールは時の最果てにいる時でもスペッキオに単独で挑みその技を磨き続けた。


「……なんかね、ちょっと楽しみだったって言えば、クロノ怒る?」


 何が、とは言わない。クロノはマールの言葉の意味を瞬時に理解し、喉の奥でくぐもった笑い声を出した。


「クックックッ……いや、怒らないさ。正直、俺も思ってた。魔王を倒すべく戦い続けたカエルや、中世の王妃の血を受け継ぐ、操られてない正気のお前と戦いたいってさ」


 マールは、勉学を磨かなかった。礼節も触り程度の、表面上のものしか身につけなかった。彼女に残るのは……少なくとも彼女が思う分には、武道しかなかったのだ。なれば、その一点だけは人間相手に負けたくは無かった。相手が男だろうと大人だろうとそれに勝る修練をしてきたと、信じているから。
 なおかつ、クロノはマールの同世代、初めての友達。競争心を持たずにおれるだろうか? 
 ──どちらが強いか、試したくない、訳があるものか。


「魔王相手に引けを取らなかったんでしょ? ……その実力、私に見せてよ」


「……後悔するなよ、今の俺はギアが最高なんだ」


 バチバチ、と弾ける火花がクロノの戦気を如実に表していた。








 星は夢を見る必要は無い
 第二十二話 三角形戦闘方式始動








「待て待て! お前たちなにがなんだかさっぱり分からんぞ! 俺たちにも説明しろ!」


 次の瞬間にも戦いを始めそうな二人を見て、エイラ、キーノ、カエルの三人が駆け寄り、そのうちカエルがマールとクロノに声を掛けた。


「分かりやすく言えばね、クロノは恐竜人側に寝返ったってこと。だよね?」


「人聞き悪く言えばそうだ」


 肩をすくませながら、折角場が整ったことに落胆した様子でクロノがカエルに顔を向ける。
 カエルは白い顔を赤く染めながら、ぐっと歯を噛み締めた。耐えるようなその動作に、極々僅かだが、クロノが顔を歪ませた。それも、秒単位にして二秒と無いものだったが。


「……そうか。分かった、クロノの考えは俺には分からん。だから……俺が貴様の目を覚まさせてやろう」


「ちょっと! 今の空気なら絶対に私が相手するところだったじゃん! なんでいきなり出張ってるの!? 頭悪いの!?」


「俺はクロノの師だ。なればこそ、弟子の不始末は俺がつけねばなるまい」


「師とか弟子とか何その脳内設定!? しかもこの場合不始末って違うよね!」


「……どっちでもいいから、早くしないか? いい加減話に取り残された俺の妹が退屈そうだ」


 クロノが指で指し示した所には、アザーラが大きく口を開けてあくびをしているところだった。ニズベールも自分の角を手で磨き、張り付いた灰を取っている。


「……妹? え、クロノ。何その脳内設定」


「同じツッコミをするのは感心しないぜ」


「……なんか、ちょっとやる気落ちた。良いよカエル先に闘って。どうせ負けるだろうし」


「おい、クロノとて強くなっている。弱体化した俺では少々手こずるかも知れんぞ? あまりあいつを侮るな」


 カエルに言った言葉を都合よくクロノに擦り付けている辺りに憤りを感じたが、マールは「はいはい」と手を払ってやる気無さげに交代して座り込んだ。勝手にやってください体勢である。


「……まあ、早めに終わらせてね」


 水を差すとはこのことだよ……と愚痴を垂れながら、マールは二人の戦いの行方を見守ることとした。自分の熱が冷めぬうちに出番が回ることを祈りつつ。








「……おい。私たちは誰を相手すればいいのじゃ? そこの女二人はクロノが相手するとして……私とニズベールはエイラとキーノか?」


 アザーラたちと同じく取り残されていたエイラとキーノはその言葉で覚醒し、構えを取った。二人の目は鋭く、特にエイラの目はアザーラを射抜くように殺意が込められていた。


「昔、借り、今、返す!」


「借り? なんのことじゃ?」


 エイラの言葉に困惑しながら頭を揺らすアザーラに、隣のニズベールが耳打ちして「おお!」と手を叩いた。その顔は思い出した喜びと、得心がいったことで埋めれた愉悦が滲んでいた。


「キーノの両腕を潰したことか? 単騎で攻め込んできたお前が悪いのだ。命があるだけ感謝するが良いぞ」


 自分の寛大さを敬えと言うように、アザーラが腰に手を当てて鼻息を鳴らしたことで、エイラの顔は色を無くしそれと同時に我慢が切れ、飛び掛った。殺す! と大人しい彼女からは想像できぬ、猛った声を上げながら。
 しかして、振るわれた豪腕はニズベールの太い腕によって受け止められ、逆に後方へと投げ飛ばされた。「ぐっ!」と呻き声を垂らしながら、冷静になれと宥めるキーノの制止を振り切りエイラは再度獣のような攻撃を繰り出す……それでも。


「太陽の子? 我らも大層な名を与えたものだ。これでは、恐竜人の一般兵にすら劣るというもの」


 カウンター気味のパンチをくらい、エイラは派手に床を滑った。キーノが途中で受け止めなければ、そのまま端まで転がるのではないかと思うほど、凄まじい力で。


「止めよニズベール。エイラは私に用があるのだ。お前はキーノを相手せい」


「承知しました。が、アザーラ様の相手になるとは到底思えませんが……」


 キーノに支えられて起き上がるエイラを蔑んだ目で見下ろしながら、ニズベールは右に移動し、アザーラの前からどいた。それは主に心配など欠片もいらぬという絶対の信頼を見せ付けている。


「エイラ、落ち着く。このまま闘う、駄目!」


「うう……ガアアァ!!」


 跳ねるように立ったエイラはニズベールの横を通り過ぎてニヤニヤと笑うアザーラの顔に虎爪を叩きつける。次に鉤爪、わき腹に蹴り、頭上から肘鉄、頭突き、床を蹴って飛び上がり上段から右足で踏みつけるような蹴り、落下を利用した左足での踵落とし、最後に渾身の右ストレート。一連の動作を人の動きを超えた速度で繰り出した。


「……腐っても人間の長か。悪くない動きではあった」


 その全てを防がれたエイラに、攻め手は無い。


「ウグッ……!!」


 風を切りエイラの腹に飛び込んできたのは、拳大の石。宙に浮いたエイラを六メートル程突き飛ばし、石の浮遊は終わった。
 もんどりうちながら、床に胃の中のものを吐き出すエイラをアザーラは己の体付近に同じ大きさの石を浮かせながら高笑いする。その声の幼さが、行動とのギャップに現れて歪な恐怖を聞く者に植えつけていく。


「脆いのうサルよ! このサイコキネシスの防御を破らんと、私に傷一つつけられんぞ?」


 戦って三分未満。エイラの体は戦いに耐えうる限界へと近づいていた──








「やはり、あれではアザーラ様の遊び相手にすらならんわ」


「エイラ……」


「所詮、人間の雌なぞあのようなものよな。大人しく自分の村で子供でも作っておればいいものを。変にでしゃばるから、打たれるのだ」


 エイラたちの戦いとも言えぬ状況を見てニズベールは呆れながら自分の戦う相手を見た。
 彼の相手は攻撃すら出来ないキーノ。生死を賭けた戦いをしようと宣言した相手との再戦は嬉しいが、彼らが強いのは逆上していないエイラとキーノの二人組みの時。今のエイラではニズベールの相手にはなるまいが、キーノでは片手間に付き合うまでもない。落胆している自分を、ニズベールは強く感じていた。


「……エイラ負けない。アザーラにも、お前にも」


 敵ですらないキーノの言葉に片眉を上げて、強がりを……と苦笑しながら返す。
 適当に骨でも折ってマグマに叩き込んでやろうとニズベールはキーノに近づき手を伸ばした。驚いたのはその後。
 キーノの目を見張るべき能力はその瞬発力、移動性、速度である。攻撃が出来ないことを補っても戦闘においてパートナーがいる場合それは相当に厄介なものとなるのだ。
 ニズベールは鬼ごっこのような戦いとなることに失望していたのに……キーノは易々とニズベールに肩を掴まれていた。


「……拍子抜けだな。スピードが自慢の貴様がこうも簡単に捕まるとは。あの女の体たらくを見て諦めたか?」


「……エイラ、女。でも、強い」


 ニズベールが肩を握る力を強めると、キーノから苦痛の声が流れる。弱者が……とキーノを罵倒して、ニズベールはその腕でキーノの小さな体を持ち上げた。


「それは精神論か? 教えてやろう。我ら恐竜人と人間ではそのものからして我らが強いのだ。その上、ただでさえ非力な人間内でさらに非力なモノが女だ。同じ女でも恐竜人のアザーラ様とは天地の差がある」


 ニズベールにとって枯れ枝に等しいキーノの腕は、嫌な音共に壊れていく。骨が折れるのも時間の問題か、と当たりをつけることさえ可能なほどに。


「そのような生き物を長に据え置いている時点で貴様らの負けは確定している。後悔しろ、弱いものを主とした稚拙な判断を。土台無理な話なのだ」


 右手を高く上げて、ニズベールはキーノを下のマグマに投げるべくを入れた。


「エイラなどという女に、何かを為せなどというのは」


 話し終えたニズベールが聴こえた音は何かが揺れる音。同時に視界が大きくブレたのことと関連していると気づいたのは、今まで握っていたものが消えていたことを知ったときだった。


(……蹴られた? 今、俺は蹴られたのか?)


 押し寄せる平衡感覚のずれに耐えながら体勢を戻し顎を押さえる。前を見ると感情の欠落した表情のキーノ。彼は激痛にあるはずの両腕を押さえることも無く、睡眠状態のような静かな呼吸を繰り返していた。
 ……それは良い。それは別に良いのだ。ただ、キーノの目が酷く気に食わない。


(何だ? あいつは何故……俺をゴミであるかの様な目で見ている──!?)


「エイラ、弱くない。女とか、そんなの、関係ない」


 素足のキーノが床を踏んだとき、特別頑丈に作られている床がぐしゃ、と沈みキーノは徐々にニズベールへと近づいていった。ニズベールは知る由も無いが、それは削岩機の稼動状態に似ているものだった。


「エイラ、ずっと頑張った。たくさん頑張った。だから、女でも強くなった。なのに、お前……」


 ニズベールが我に返ると、すでに彼とキーノの距離は腕を伸ばした分の距離しかなく、原始の青年は、舐めるように下から暗い瞳を見せつけていた。
 ニズベールが恐怖、という形容が正しいだろう感情を抱いたのは、今までに一度だけ。イオカ村前村長と戦い、その修羅の如き攻撃を見せられた時以来だった。そして……今が、二度目。ただし、今はその時の恐怖の比ではない。


(修羅? 違う、こいつは……死神だ。何もかもを奪い、消し去ってしまう)


 ごく、と大きな喉を鳴らして原始の人間の恐怖の的である彼は、脆弱たる人間の男の目に囚われてしまった。


「──穢したな?」


 次に目を開けば、そこには空。ゆっくりと視界が反転していくのを見て、ニズベールはようやく、重さ三トンを優に超える自分が蹴り飛ばされたのだと理解した。
 原始の戦い、その終わりが、少しずつ見え始めた。








 ずべたー! とこけて、べしゃ! とつまずいて、うわあ! と剣を落として、魔法を唱えて途中で邪魔をされて……これを数回繰り返した所だろうか? 深々とため息をついてクロノは重たくなったグランドリオンを拾おうとしている人間に声を掛けたのは。


「もう帰れよ。お前とマジで戦うくらいなら俺はイクラちゃんに喧嘩を売るわ」


「も、もう少し待て! すぐにガルディア騎士団剣術を披露してやるから!」


 しばらく重たい剣を振るおうと悪戦苦闘した挙句、カエルは「もう鞘だけでも構わん!」とグランドリオンの鞘を持ち誰に怒っているのか分からない怒声を上げてクロノに切りかかった(殴りかかった)。そのスピードも平均女性が気まぐれに振るう程度の剣速であり、今や騎士団団長レベル(カエル曰く)の剣の腕前であるクロノにかすることも無く、それどころか鞘を奪われるという始末だった。
 カエルはそれでもめげず、自分なりに迅速に魔術を詠唱し始めたが、クロノの奪った鞘によるつっつきで邪魔をされ「うにゃ!?」と悲鳴を出していた。マールとクロノのお前なんでここにいるの? という視線をひしひしと感じているカエルはその修練された精神も限界へと近づいていき、いよいよ鼻水が出だしていると言う見るに耐えない顔となっていた。


「もっ……い、今は! その、この体に慣れてないだけでっ! 本当は、お前なんか……お前なんか……っ!!」


「キャラおかしいぞお前。俺が言うのもなんだが、ふざけてるならルッカと代われ。はっきり言うが、お前場違いだわ」


「あー、今ルッカは現代で手を伸ばす機械を発明中なの。ロボは魔王城の戦いで修理が終わってなくて……」


 クロノの言葉に反応したマールが挙手してルッカ及びロボが出陣できない理由を伝える。ルッカの手を伸ばす機械の下りで顔をしかめたが、あの幼馴染ならばそんな時もあるだろうと無理のある解釈をして、「ああ、それで」と無理やりクロノは納得し、もう一度心の折れそうなカエルを見る。自信満々に出てきたので同情も出来ないが、今は見た目女性のカエルがほろほろと泣いているのは見たくは無い。ちょっと良い過ぎたかと思い、クロノはカエルの肩を叩いて「まあ……今は休んどけよ。また力が戻ったら相手してやるから」と励ました。その言葉にカエルは「絶対だぞ!? お、俺も約束を守ったんだから、くろ、クロノも守るんだぞ!」と誰やねんお前な台詞を残しマールとバトンタッチした。その折、マールは「出来たら時の最果てに戻って、現代のルッカを呼び戻してくれる? ここで移動するのは危ないから、さっきの部屋に戻ってからね」と雑用を頼む。これは、何もせず自分たちの戦いを見ているだけでは辛いだろうというマールの配慮でもあった。


「うむ……よし、ひっく、任せろ。後、俺は泣いていないぞ。嘘を流布させるなよ」


 そんなもの流布しなくたってあなたの評判はがた落ちだよ、とは言わずマールは笑顔でカエルを見送った。これ以上馬鹿をやられて気力が無くなっては折角の楽しみが無駄になってしまうからだ。


「やれやれ、ようやく真打ち登場だな。全く、盛大なパーティーの前に頭からゲロ吹きかけられた気分だ」


「汚いよ、って注意したいけど、私も同意。でもいいじゃない、これからなんだし」


「だな。アザーラの援護が出来ないのは心苦しいが……まあ、いいさ」


 言われてからマールはエイラたちの戦いに目を向けた。エイラは誰の目にも劣勢である状況、キーノはニズベールとどういうわけか、互角以上の戦いを繰り広げている。自分が見た限り、根性論で攻撃が出来そうな腕では無かったのだが……


「私だって、二人の戦いをサポートしたいよ。でも……思ったんだ」


 クロノは彼女の話に先があることを知り、顎を向けて話の続きを希望した。


「ラルバの……恐竜人に滅ぼされた村なんだけどさ。それを見てやっぱり恐竜人を倒さなきゃ! って思ったの。でもね、私はやっぱりあのアザーラを憎めそうに無いの。それでね? よく考えたんだけど……人間だって、恐竜人をいっぱい殺してるよね? だから……私たちみたいな、この時代の人間じゃない人が、この戦いに手を出しちゃいけないのかなって思ったんだ」


 自分でも整理のいかない言葉を慌てながらゆっくりと話す。その作業は困難に見えて、すんなりと理解の出来ないものだったが、クロノは口を挟まず聞き入っていた。


「だってさ。これは人間と恐竜人の戦いなんだよね? どっちに非があるとか無いとか、第三者が決めることじゃないし、決まることでもない……と思う。だから、私はエイラが、例え死にそうになっても……それは私たちの戦いじゃないから、手を出したくない」


「………ハハッ。下手すれば、仲間想いじゃないって言われそうだな、それ」


 皮肉を口にしつつも、クロノの顔は明るく、嫌味の無いものだった。


「うん。そう取られても仕方ないかも……でも、私の考えは間違ってない。ラルバの長老にエイラを頼むって言われたけど……その言葉は多分、私たちに言いたかったんじゃなくて、キーノに言いたかったんだよ」


「いいんじゃないか? マールがそう思うなら、別にさ」


「ありがと。えっと、だから何が言いたいかっていうと……こうして私とクロノが戦うのは、悪くないよねってこと!」


 虚を突かれ目を丸くしたのも束の間、クロノは言い切るマールの突拍子の無い結論に吹き出して腹を抱える。マールはその反応に不満を顔に乗せて「笑わなくてもいいでしょ!」と怒りを表した。いつものように、頬を膨らませて。


「悪い悪い……それじゃ、まあ……」


 顔に手を当てて、クロノは魔刀を腰から抜き出し手を添えた。その顔に笑顔は無く、ただ敵を切り倒すことに躊躇いを産まぬ戦士の表情となっていた。


「うん。やろっか」


 マールの近くに輝く氷の粒が集まり始める。その粒は次第に大きくなり、先の尖ったアイスピックのような形状となっていく。その数、二十八。氷の機関銃、その弾薬は装填され敵対象に銃口が向けられていく。先端の光はただ、『殺す』とだけ語る。
 一拍。二拍。三拍。そうして、二人の影は動き出した。


 マールの放った氷の弾は後ろに飛んだクロノの剣を伸ばしたなぎ払いに全て切り落とされ、続くマールの弓矢はクロノの頬をかすめ血を滲ませる。滴る血を舌で舐め取り、クロノの振り下ろしがマールに迫る。


「アイス! シールド展開!」


 その名の通り、極厚の盾がマールの頭上に形成され、ソイソー刀が氷に入り込んでいく。マールの予想では、例え魔刀にクロノの剣速が加わろうとも氷の盾を破ることは出来ないと踏んでいた。それは正しい。
 しかし、マールの目に見えたのは、帯電している刀。はぜる電流を捉えた瞬間マールは横に飛んだ。僅か数センチの差でマールの体を分断しようとする刃が通り過ぎていく。


(迂闊……! いや、私が馬鹿なんだ!)


 雷鳴刀でも電力を加えて切れ味を増させていたのだ、魔王幹部の持っていたというソイソー刀にその動作を行えばどうなるのか、考えもしていなかった。
 自分の馬鹿さ加減に嫌気を覚えながらも、マールは酷く高揚している自分に気づく。まさか、ここまでとは! やはりマヨネー戦では自分に手加減をしていたと、しみじみ思う。さらに、魔王との戦いでとんでもないレベルアップをしたのだとも。
 自分に出来る最高で最硬の防御魔法を破られたことでマールは一つケジメがついた。それは至ってシンプル。


(防御無しの特攻あるのみ!)


 俄然気合の入ったマールは弓矢を四本取り出し四連射を繰り出して、クロノに防御体勢を取らせた。横並び、また縦並びの単純な連射ではない。指の力を適度に変えて頭胴体両足を狙う絶対反撃不可の攻撃。射出してすぐにマールは自分の得意な格闘戦に持ち込もうと走り出した。
 三歩目、三歩目だ。彼女駆ける足が止まったのは。実質詰められた距離は僅か二メートル。何故彼女が走るのを止めたのか。それは……


「悪いけどさ、マール。俺に物理的な飛び道具は効かねえぜ」


 彼の手には四本の弓矢。彼は防御姿勢を取るまでも無く右手に磁力を発生させて全ての迫り来る矢を引き寄せ、受け止めたのだ。これでは、ルッカのプラズマガンならばともかく(それでも、磁力の影響を全く受けないとは考え難いが)、彼女の弓矢は全て受け止められるだろう。磁力に操られる全ての飛び道具はクロノの魔術から逃れることは出来ない。
 矢を軽く上に投げて遊ぶクロノは、まさかこれで攻め手が尽きたのか? と聞いている様で、マールは相手に見えぬよう汗を拭う振りをして、腕に顔を隠しながら小さく歯噛みした。


「……コントロールの下手だったクロノにそんな芸当が出来るなんて……ちょっと嫉妬かな」


「よく言うぜ、マールなんか氷の弾丸に氷の盾。そのうち氷の爆弾なんてもんまで作るんじゃねえか?」


「爆弾はルッカの専売特許だもん。私には無理だよ……その代わり」


 マールは指をクロノの後ろに向けて指す。こんな程度の低い油断の作らせ方をするとは思えないクロノは、隙の出来ないよう横目で軽く後ろを窺った。
 彼が見たのは今さっきまで絶対に無かった、剣を振り下ろそうとしているマールを模した氷の彫像。それが彫像と違うのは、人間と同じように動き、自分に攻撃をしようとしている点だった。
 驚愕して声を出しかけたものの、クロノは口を閉じ目の前に落ちてくる剣を見定めて、今まで唱えていた魔法を解き放った。


「プラグイン、トランス!」


 人間の構造上不可能な体の動きでクロノは彫像を切り払った。その速さはカエルの剣術に勝らぬとも劣らぬ、動きだけならば凌ぐかもしれない電光の速さ。今までに無い速さの抜刀を見たマールは口を開けて、頼りないと思っていた友人の力に鳥肌を立てていた。


「……驚かせようとしたのに、私が驚いちゃった。それって、どんなマジック?」


「小説や漫画でよくある手だよ。電気を体に流して神経を作成及び刺激、『思考するという手順』を飛ばして無理やり体を動かしたんだ……すっげえ痛いから、多用は出来無えけどさ」


 彫像は動きを止め、クロノが刀を鞘に納めるとバラバラに刻まれて動きを止めた。原型を留めなくなった氷は溶けるではなく消えていき、自分の魔法が破られたにも関わらず、マールはけらけらと嬉しそうに笑う。


「凄いね、クロノは本当にどんどん成長してく。あっという間に私を追い越して、本に出てくる英雄みたいだよ」


 素直な賞賛に照れるではなく、頭を掻きながら「まあな……もう、惨めな思いはしたくなかったし、ティラン城でちみちみ新技開発してたんだよ」と素っ気無く言う。マールはちみちみという言葉をそのまま受け取らず、きっと激痛の中編み出した技なのだろうと分かってはいたが。


(本当、英雄みたい)


 くす、と笑いマールはもう一度クロノと向き直る。この戦いに勝ちたいという最初の想いは基盤に、微かにずっと闘っていたいという途方も無い願いが入り込んでいた。








 憤怒、焦燥、不安、恐怖、さまざまな言葉が浮かんでは、それら全てが正しく自分の心境に合っていると分かる。されど、最も大きく居座っているのは、疑問。


(何故だ? 何故俺がここまで押される!?)


 濁流に放り込まれたような連打の渦。その渦中に身を置くニズベールは今自分と闘っている人物を認識できなかった……いや、認識は出来ても、認められなかった。認めたくなかった。体に障害を持ち、一動作ごとに激痛の走る体で生きる人間の男だと、誰が認めるものか。
 何より理解できないのは、攻撃の早さが上限無しに上がり続けていること。上空に飛ばされた後もキーノは淡々とした顔で攻撃を続けてきた。最初はその力に驚いたものの対応は可能だった。しかし、防御と言える防御は最初の六撃だけ、残りの数十発は両腕を上げてひたすらに耐えている。
 首筋に鋭い蹴りを入れられても、後ろ膝を突かれて座り込んでも、右の鼓膜が衝撃によって破裂しても、ただ縮こまることしか出来なかった。


(恐竜人たる俺が……なんたる有様……っ!!)


 これでは戦いではなく、蹂躙ではないか。もっと稚拙な言い方をすれば、虐めとも言える。ニズベールのプライドはズタズタに裂かれて、けれど反撃の糸口すら見えない状況にただただ疑問を頭にしていた。


「……?」


 ようやく攻撃が止み、目を開くとキーノが肩で息をしながらニズベールを見ていた。ここにきて、彼の目が生気を取り戻し、痛む体に鞭打って体を立たせる。暴流のような猛攻にキーノの体がもたず、両腕は勿論、今まで戦闘らしい戦闘を長時間行うことの無かった為衰えた体力は欠片と残ってはいないようだ。
 当然、ニズベールはその隙を逃さない。長大な足を振りものの三歩でキーノに鍛え上げた大鎚のような拳を上段から振り下ろし、細身のキーノを床に叩き落した。頭蓋は割れ、鼻骨はひしゃげ、不運にも落ちていた石が左の目に突き刺さりどろりとした赤混じりの液体が眼孔から垂れ落ちていた。
 この一撃で行動不能になりそうなものだが、キーノは上半身を起こして腕の力だけで後ろに跳び、鉄柱すら砕きそうな追撃の蹴りが眼前を通過した。
 もう一度距離を取ろうとするキーノは不可思議な光景を目にする。見た目にも少なくないダメージを負う、鈍重そうなニズベールが蹴りの勢いを利用し、地を蹴って宙に浮いていた。蹴りの体勢を持続させ、体を回転し左足で標的を狙う。現代で言うソバットである。ニズベールは的確にキーノの腹部に破壊鎚のような足をめりこませ、彼をサッカーボールのようにバウンドさせて後方に飛ばした。


「ぐえぇ……ぐ、うううう……」


「まだ立つのか……小童が!!」


 起き上がろうとするも、腕の力の入らぬキーノは顔面から床に落ちて呻いている。ニズベールはその足掻きに思える行動にも恐怖を覚え、徹底的に彼を壊すべく走り出した。
 ニズベールが自分に到達する前に、キーノはかろうじて立ち上がり、回避する力は残っていないと判断した。よって両腕を両腕を持ち上げて、腕を犠牲にする覚悟で大砲のような一撃をいなすことにする。キーノの考えを読んだニズベール二つの感情を得る。まずは、傷ついた体で自分の攻撃を受けきろうとする、その勇気にたいして敬意を。そして、動かすだけでも激痛が走る満身創痍のみで自分と立ち向かおうとする蛮勇を。その二つの思考が混ざった結果、彼が放つ言葉は単純。


「舐めるな、人間如きがぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 何より自分を軽んじられた気がしたニズベールは、己の尊厳、誇りを踏みにじられたように感じ、走るスピードを上げた。轟音が近づくにつれ、キーノは……笑った。これ以上に無い、楽しそうな顔で。
 ニズベールはそんなことは気にしない。例え人間の、今だ若い男がこの場面で笑顔を作ったとて動じない。何故なら彼は恐竜人だから。キーノがエイラの生き方に誇りを持っていることと同じく、彼にも恐竜人たる矜持がある。知能や戦法で人間たちに騙されても、数に任せて襲い掛かられても、自分の体一つで散らせてきた実績と自身があるのだ。一対一という明瞭な戦いにおいて、自分が臆すことなど、あるはずが無い。


「ふん、人間とは体力の少ないものだな。確かに貴様の猛攻には驚いたが、俺を倒すには及ばん。最早虫の息のお前に止めを刺すことなど造作も」


 だから、今ニズベールが立ち止まり、キーノに会話を試みたのはほんの気まぐれ。それ以外に体は無い……そう、ニズベールは思うことにした。他の理由を探すことは、今までの自分の存在意義を否定することに繋がるから。
 無意識に自分がキーノとの決着を避けたと気づいたのは、キーノの言葉を聞いた、その瞬間。


「黙れ」


「……何?」


 明るく快活な心優しい男はもういない。キーノは日本刀のような鋭い声でニズベールの言葉を遮り、膝に手を付いていた体を起こした。その目はやはり、沼のように濁り、深海のように暗い。


「……覚えてるか? エイラ、アザーラ攻撃した」


「……最初の連撃か? 全てアザーラ様が受け止めたものだろう。それがどうした」


「あれ、未完成。キーノ、本物、教えてやる」


 キーノが前のめりになり、使えぬはずの床につけた。それは、豹のような、得物をちぎり取る獣の構え。現代的に例えるならば、その雰囲気はミサイルの発射台のような圧力を相手に見せていた。


「……奥義、三段蹴り」


 床が焦げるような音、次に目の前にいるキーノ。ニズベールに防御という発想すら作らせないスピードは、人間どころか自然界の『生き物』では在り得ない速度。
 まず虎爪を叩きつけ視界を奪う。次に鉤爪で体の力を抜き、わき腹に蹴りをいれて上段にガードを回させない、頭上から肘鉄、頭突きをリズム良く叩き込み脳震盪を誘う。渾身の右ストレートで相手の意識を刈り取り、体が倒れる前に上空に飛び上がり、踏みつけるように右側頭部を蹴り、落下の速度を乗せて左側頭部に踵落とし、最後に相手の頭を掴み、頭を支柱に体を縦回転させて後頭部に膝を叩きつけ地上に降り立ち、走り抜ける。
 これが、イオカ村に伝わる奥義。酋長たるエイラですら完全には扱えぬ為、隠してきた彼の隠し手だった。
 床に沈んだニズベールを見る事無く、キーノはそのまま倒れこんで、前で横たわるエイラの姿を目視した。


「エイラ……世界で、一番、強い……」


 自分にとっての世界の常識を呟き、キーノは意識を失った。自分の大切な人を穢した敵を圧砕して。


「ず……ずたずたの腕で、俺を殴り飛ばしたのか……?」


 霞みゆく意識の中、ニズベールは倒れているキーノを見た。その腕は変色し、二度と動かぬのではと思わせる凄惨なものとなっている。拳からは肌色に混じって白い骨が突き出ていた。肩にある古傷は開ききって血の川を石造りの床に流し、黒い獣の皮を剥いだ服が赤黒くなっている。精神力で痛みをねじ伏せ、巨体の自分をこうまで叩きのめしたというのか。
 後方にて、ニズベールは白目を剥き痙攣しながら血を吐いて、「みごと……なり……」と最上の敬意を人間の男に送った。
 ティラン城決戦。最初に勝敗のついた戦いはニズベール対キーノ。ひとまず天秤は、人間側に傾いた。








 まだ答えが見つからんのか?
 エイラは、今はもういない父に呆れられたような気がした。
 答え……父の言う答えとは何だろう? 一瞬考えて、すぐに浮上した。強さだ。昔自分が質問した、強さとは何だ? という問いに直結しているに違いない。でも、それならば、父様だって分からなかったじゃないか、と内心で文句を言う。自分が見つけられなかった何かを、自分の娘が分からないとて、文句を言う資格があるのか! と怒鳴りたい気分だった。
 自分の抱く想いに気づいたのか、父は酷く寂しそうな顔をして、姿を消していく。


(ごめん、父様。そうじゃない。エイラ、それ言う、違う。エイラは……エイラは……)


「おや、もう意識が無いか?」


 体に十数の石片を生やしているエイラにアザーラはつまらなそうに声を掛けた。


「大したことが無いな、これがサル共のリーダーとは。これなら、一気に襲撃をかければ良かったの……」


 サイコキネシスを使いエイラに刺さった石を抜いていく。その際にエイラが苦悶の声を上げるも、アザーラは眉一つ動かさず、尊大とも思える態度で髪を撫でる。今消える命よりも、自分の髪の具合が心配だと、誰の目にも分かった。
 冷酷ではない。無情とも違う。アザーラは、戦いとはそういうものだと理解している。戦いに敗れた者に何かを思うことなど必要ない。強者に立ち向かう弱者が死ぬのは当然の摂理……大地の掟であるのだから。
 彼女の友人兼兄であるクロノを一瞥すると、彼は今もマールと戦っている様子が見える。手が空いた所でアザーラはそちらに向かうことにした。どうせなら、大勢で戦うほうが盛り上がるだろうと思ったのだ。


「うむ。なんなら、マールもティラン城で暮らすのも悪くない。あいつも中々見所のある奴じゃからな!」


 過去、まよいの森中心にあるアジトにて優しくしてもらった経験のあるマールを気に入っているアザーラは、豪華なマントをたなびかせてそちらに足を向けた。しかしその前に、随分と呆気ない幕引きにさせられた腹いせとして、今だ動く気配の無いエイラに嫌味のある言葉を投げた。


「エイラよ。今日の貴様は随分と無様なものだったな……いや、昔もそうだったか。過去を掘り返すのは私は好きではないが……貴様の代わりに腕を潰したキーノも、無駄なことをしたものじゃのう」


 離れ行くアザーラを生気の無い目で見つめているエイラは、今度は父ではない誰かが視界に降りてくることを知る。
 エイラの前に立つのは……若かりし頃の自分と、キーノ。二人を囲む恐竜人たちと、アザーラ。エイラは、少しだけ目を閉じた──








 それは……。確か自分が酋長の器で無いと村人が話しているのを聞いた夜のこと。単独、アザーラのいるアジトまで走り、その首級を挙げてやると息巻いていた日……
 どうということは無い結末。自分は失敗したのだ。まだ若く、戦闘経験の浅い天狗だった自分が並み居る恐竜人たちを蹴散らすことなど出来るはずが無かったのだ。あっさり敵に捕まり、引きずられながらアザーラと対面した。
 奴は言う。「死にたくないか?」と。
 今の自分ならば「殺せ! 命乞い、しない!」と言えるだろう。それだけの覚悟はしているし、戦いの中死んでいった仲間たちの為にも無様なことだけはしないと心に誓っている。だが、その時の私は……


「た……助けて」


 変に可哀想ぶるつもりはない。ただ、その時の自分は何も為せない何も決めれないただの子供だった。泣き喚いて、助けを呼んで、許しを請うて。生きれるなら、土下座でもなんでも喜んでしただろう。死ぬ、ということを知っていたのに、いざその采配を自分に向けられると、頭が真っ白になっていった。
 奴は言う。「ならば貴様らの村の場所を教えろ」と。
 私は戸惑った。それはつまり、仲間を売れということではないか。自分の命惜しさに仲間を見捨てろと。想像してみた。もしここでイオカやラルバの村の場所を正確に教えて自分が生き残った時の事を。
 まず、村人は全員死ぬだろう。自分の陰口を言っていた男たちも、外面だけは尊敬している女共も、逃げ隠れている臆病者たちも、皆惨たらしく殺されるのだろう。


(……良いじゃないか、それで)


 もうこれで自分を誰かと比較する者は現れない。誰も自分を貶めないし、追い越さない。私は永遠に酋長であり、蔑む者はいなくなる。
 ──比較? 誰と? 私は誰と比較されていた?
 その人物の顔が浮かび、今正に開きかけていた口が閉じられる。それは大嫌いな人物で、自分を脅かすお節介な、平和主義者のぼんくらな男。彼も死ぬのだろうか? 引き裂かれ、燃やされ、絶望し喰われてしまうのだろうか?
 思わず泣き出しそうな、胸が潰されるような気持ちが湧き出して……私は目を閉じた。もうここで死ぬことに迷いは無い。きっと、自分がいなくても村の人間は彼を指導者に強く生きるだろう。願わくば私が死んだ時、彼だけは泣いて欲しいと思いながら。


──エイラを離せ!


 ここからは、出来すぎた展開。村を出て行った自分をつけて、キーノが現れた。数いる恐竜人達を翻弄し、叩き潰し、その頃は得意だった弓で遠ざけて、縛られていた私を助けてくれた。あの時、「大丈夫か、エイラ!」と心配そうに駆け寄ってくれた時のことを、私は一生忘れない……これからの、悪夢も。


「そうか、そうか。己のリーダーを一人で助けに来るとは……その勇気を称え、貴様らの命だけは助けてやるぞ……」


 その時アザーラの能力を知らなかった私たちは、奴の力であっという間に降り注ぐ岩石に抑え込まれて、身動きが取れなくなった。懸命に体を動かそうと力を込めれば、その倍の力で押し付けられる。あの時の絶望は、今までにそれっきりだ。


「……っ!」


 キーノは憎憎しげにアザーラを睨んでいた……それが気に障ったのだろうか? アザーラは舌を鳴らして罰を下した。その時の台詞を、私は鮮明に覚えている。


「その男の両腕を、潰せ。後はここから放り出しておけばよい。私はニズベールと遊んでくる」


 意味が掴めず、私は放心した。罰というなら何故私ではないのか? どうして……私なんかの為に駆けつけてくれたキーノの腕を潰すのか?
 上手く喋れない私は縋る想いでキーノを見た。すると……彼は「キーノ、良かった。エイラ、安心する!」と嬉しそうに、本当に嬉しそうに言うのだ。今から自分の腕が壊されるのに。屈強そうな恐竜人が棘のついた棍棒を振り下ろそうとしているのに。泣いている私を落ち着かせようとして、笑う。
 ……その後いつまでも泣き止まない私に、キーノは私の頭を撫でようとして、ぽつりと言った。


「もう、撫でる、無理。ごめんな、エイラ」


 彼の両腕と肩は見るも無残にひしゃげ、痛みから来る脂汗と血が床を濡らしていた。
 この時ほど憤りを覚えた瞬間を、私は知らない。知りたく、ない。







「うあ…………」


 現実に戻ってきたエイラはもう一度立ち上がろうと体に力を流す。その度に貫かれた足や腕が行動を拒否する。立てるわけが無いと、自分の頭さえも反抗する。結局彼女は離れていくアザーラを見ることしか出来なかった。射殺してやるといわんばかりの憎しみを乗せて。
 やがて、それも疲れていく。段々と閉じていく視界を止める術もなく、エイラは意識を失っていく。


(ごめん……キーノ)


 色を認識することもできなくなった眼が、灰色の景色を閉ざしていく。弱い自分を嘆きながら、いつまでも覚えているだろう名前を心に描いて。
 が……その儚い思想は、突然に中断された。
 後方より響く振動が伝わってエイラの体を揺らす。続いて誰かが走る音、愛しい人の息遣い。エイラは思い出した。自分の恩人もまた闘っているのだと。
 気力を振り絞り、ゆっくりと体を転がして音の発生源に視界を変える。見えるのは、大きくは無い体をボロボロにして、圧倒的体格差の恐竜人を打ち倒したキーノの姿。聞こえたのは、彼からの全幅の信頼。世界で一番強いという確かな言葉。そうして、キーノは気を失った。


「キ……ノ……」


 心配でない訳が無い。誰よりも大切で愛しい男が血まみれで倒れているのだから、苦しくない訳が無い。今すぐにも駆け出して声を掛けたい。治療して村に戻り医師に見せたい、いや、仲間のマールに回復してもらわねばという焦燥も多分にある。だけれど……それ以上に、彼女はキーノの言葉によって歓喜を覚えていた。


(信じて、くれた? エイラを?)


 一撃も入れれず、触れることも出来ていない自分をキーノは世界一強いと、最強だと言ってくれた。それはつまり……つまり……


「……あ、あはっ、あはははははは!!!」


「!? 何じゃ、気でも触れたか!?」


 エイラは笑う。自分の馬鹿さ加減に呆れ果てて、罵倒するでも怒るでも悲しむでも無く、腹の底から笑う、笑うしかないだろう。
 腹筋を揺らすことでわき腹に空いた穴や打撲が響き、腹を押さえた時に割れた爪が悲鳴を上げる。息を吸うだけで気を失いそうになることから肋骨も何本かいかれているようだ。その激しい痛みが自分の自業自得によって増していることに滑稽を感じた彼女はより一層笑い声を強めた。


(信じてくれた! 信じてくれていた! キーノ、エイラを信じた!)


 笑いすぎて吐き気が出てきたので、思い切って口に指を突っ込み吐きだす。岩石クラッシュを飲んで気持ちが悪い時の対処法と同じだなぁ、とエイラは場違いな感想を思った。
 アザーラはというと、エイラの奇行に驚きサイコキネシスで止めを刺すことも忘れて呆然としてしまう。半死半生の人間が急に笑い出してかと思えば嘔吐してなおも笑顔を崩さない。彼女もまた、ニズベールと形は違えど恐怖を人間に感じていた。


「気味の悪いサルめ……その気色の悪い顔を、頭蓋ごと潰してくれるわ!」


 言って、二メートル弱の岩石をエイラの頭上に落とした。重力にサイコキネシスを足した落下速度は十二分に人間の体を潰せる必殺の攻撃だった。
 それでも、エイラは重さ二百キロ前後の岩を避けるでもなく、拳を上に掲げただけ。殴って軌道を変えるなんて考えは思いつかない。彼女は浮かれているから。自分の幸福と、頭の悪さにこれでもかというほど呆れているから。
 そして、当然のように岩石は砕けた。落ちていく石の欠片は奇妙にエイラを避けて床に散らばっていく。その石の欠片を操ってアザーラは再度攻撃を仕掛けるも、エイラは体を一回転させて巻き起した風圧で迫る欠片を飛散させた。
 たかが、体を回転させただけでサイコキネシスによる攻撃を破ったエイラにアザーラは戦慄する。今まで突撃しかせずいたぶられていただけの女が、何故こうも変わったのか? 理由の分からないアザーラは、足を踏み出したエイラにびくっ、と体を震わせる。


(キーノ、エイラの事信じた。なら、エイラもキーノ言うこと、信じる)


 特別なことは一切無い。強いて言うなら、エイラは気づいただけ。自分の愛する人の言葉を聞いて、それを信じただけ。


──エイラ……世界で、一番、強い……


「エイラは……エイラは、アザーラより、誰より、強い……強い、強い!!!!!!」


 いつの世でも、思い人の言葉を信じずに、何が愛だというのか。


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