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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第十九話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:9726749e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/02 16:04
「譲れないの……私はクロノが好きだよ? そう、好きだからこそ、貴方を倒す!」


「いつの時代でも、ガルディア王家ってのは俺の邪魔をするみたいだな。その穢れた血、この俺が絶ってくれる」


 そうして俺は、ガルディア王家マールディア王女に魔刀を向けて切りかかった。





 時は戻り、ソイソーを倒して新しい武器を手にした時のこと。


「ク、ロノさん……もう充電が切れました。体内回路も焼き切れてますし、自己修復にもかなり時間がかかりそうです……」


 ロボが悔しそうにリタイアを宣言。見栄っ張りのロボが口にしたことを重く見た俺たちはメンバーチェンジを行うことにした。魔法が使えずとも多大な戦闘結果を挙げてくれたロボに感謝と、労りの言葉をかけて。
 時の最果てから交代で現れたのはマール。理由は怪我を負った俺に回復魔法をかけて欲しいから、という単純な理由。最初はカエルの舌で治癒を行ってもらおうかとも考えたが、何が起こるか分からない魔王城の中で長々と舐められているのは危険だと判断。カエルのベロで嬲られるのは勘弁だなあ、というのが本音。
 俺の尽きた魔力はエーテルを飲むことで回復。「俺とルッカを交代させればよろしいやん」という意見は無視。どんだけ俺を酷使させるんだよ、今まで休んだこと無いじゃねえか。冒険はトライアスロンじゃねえんだぞ。似たようなものかもしれないけど。


「はい、治療完了。……クロノって、生傷絶えないね。もうちょっと自分を労わらないと」


 マールのケアルで数分と経たず俺の肩や打撲は完治した。体を動かして、体操がてらに不調が無いか調べていると、マールが心配そうに声を掛けた。かなり真面目に気遣ってくれている顔なので、一つふざけてみる。


「労われるならそうするんだがな……どうにも、仲間たちが俺を休ませてくれないんだ。パーティー内暴力も無視できないし」


「アハハ……でもさ」


「でも?」


 言葉を継いで先を促せる。


「やっぱり、クロノが隣にいると安心するんだもん。戦うのが強いからってだけの理由じゃないよ。……心に芯があるっていうのかな」


 今一つ分からない理由だったけれど、純粋に褒めてくれているのだと分かり、照れてしまう。
 首を振って否定するも、マールはおろかカエルですら頷いているのでなんだか居心地が悪い。


「心に芯って……いやいや、よく分からないけどさ、多分根性があるとか、諦めないとか、そういうニュアンスなんだろ? それなら俺は全然だ。いつもびびってばっかだし、弱音なんかぼろぼろ吐いてる。ゼナン橋だって……」


 そこまで言って俺はゼナン橋のことはそう口にして良いものではない事を思い出し咄嗟に口を閉じる。まだマールが引きずっているかもしれないのに、なんて馬鹿。
 心配する俺を他所にマールは目を綻ばせて、そんな事無いよ、と否定を挟む。


「確かに、クロノは弱いかもしれない。根性とか、勇気とか、あんまり持ち合わせてないかもしれない。ゼナン橋の時だって、ね。……でも、」


 そこで一拍置いて、マールは胸に両手を当て、嬉しそうに目を閉じて口を開いた。


「いつでも、助けに来てくれたじゃない」


「……それは」


「クロノの芯はね、硬くないの。いつでもゆらゆら揺れて、まるで雑草みたい。ちょっとした風にも揺らいでしまう。でもね、絶対に折れないの、根っこから飛んでいかないの」


 なんだか照れくさいのは変わらないけど、こうまで言われると、その、嬉しかった。初めて、本当の意味でマールに褒められた気がする。ゼナン橋での願いが今叶ったのだ。


「クロノの芯は強くない。なのに、皆の為に頑張ってくれるから、私たちを守ってくれるから、私たちはクロノを信頼しちゃうんだ」


 勝手だよね、と舌を出してマールが埃を払いながら立ち上がる。ここで話は終わり、さあ行こう、と声を掛けて。
 後ろから見えるマールの頬は紅潮していたから、自分で言ってて恥ずかしくなったのかもしれない。それにつられて、俺の顔の熱がさらに高まった。……言い逃げは、ずるいだろうが。
 ちょっとしたロマンスを体感している最中、今まで頷くしかしていなかったカエルが俺に近づき、笑顔で語りかけた。


「うむ。お前は中々見所のある男だ。どうだろう、俺と共に王妃様をムハムハしたい会副会長になってみるのは」


「いつだってお前は汚れた存在だよ」


 日常という素晴らしい世界に戻った暁には、こういうゲテモノとは一切手を切ろう。それが俺の戦う目標。




 ちょっと甘酸っぱい一時と気が狂いそうな苛立ちの一瞬を終えて、俺たちは再度、右側の通路に向かうこととした。頭の頂点に大きなたんこぶを作ったカエルがシリアス顔で「恐らく、この先にはソイソーと同実力の魔法使い、空魔士マヨネーが待ち構えているはずだ、気を抜くなよ」と気の抜けそうな雰囲気で仰ってくれた。戦闘以外の場ではランプの中に入ってるみたいな便利機能をつけてくれれば俺はコイツのことが嫌いじゃないかもしれないのに。


 前回同様、遊ぼう遊ぼうと生気の無い目で呟く子供集団は無視。そのまま次の部屋へ。
 中に入ると、先程まではルッカがそこで俺たちを待っていたのに今度は現代のガルディア王が厳かな衣装を纏い立っていた。まあ、分かってたけれど魔物の扮装だろう、いくらなんでもここに現代の王様がいるなんて有り得ない。
 とはいえ、実の親の格好をした魔物とマールが戦えるのか……? と不安になっていると、マールは何の躊躇も無く偽王の脳天に弓矢を突き立てていた。びっくりして、「えへぇ!?」と取り乱してしまうのも仕方が無いことだろう。歴戦の勇士カエルですら戦慄の汗をだくだくと流していた。
 額を貫かれた偽王は元の姿に戻り醜い正体を現した。まあ、死んでたけど。
 マールに「……凄いな、マール」と引きつりそうな顔を必死に戻しつつ喋りかけると「えっへん!」だそうだ。ようやく分かった。マールは天然と計算とバイオレンスが同居した躊躇という文字を知らない女の子なのだ、キャラが掴めて良かったのか知らずにいたほうが平和なのか。


 続く王妃もカエルは物言わず瞬殺。これ以上王妃の姿を真似るなど、不敬にも程があるとの事。こいつらとなら、モラルの無い町でも生き抜くことが可能かもしれない。ロアナプラとか。
 さあて、問題は残る一人、俺の母さんを模倣した魔物だ。


「クロノ、お祭りから帰ってこないと思えば、こんな所にいたのね」


 ふざけた魔物だ、真似るならばせめて俺の母親の性格をきっちり把握してから出直して来いというのだ。温もり、慈愛、情、それら全てを抜き去り闘争心と略奪心と欲望のみを内に秘めるマイマザーが俺にそんな優しい言葉をかけるなど……


「そんな悪い子は、死になさい!」


 一際強く叫んだ後、辺りに魔物が数体現れ俺たちを囲む。宙を浮かぶ化け物や、大広間で戦った魔物たちがまた現れた。


「行くぞクロノ、例え母親の姿を真似ていたとしても、躊躇など微塵も残すな。肉親に手を上げるようで心苦しいかもしれんが、お前の母君はあのような暴言を」
「母さん!? まさか本当に母さんなのか!?」
「……うぉい」


 俺は手にした刀を落として思わず駆け寄る。後ろから「いやいやいや無いって無いって!」と止めるカエルを無視して、ちゃんと母さんの顔を見る。


「ああ、やっぱり母さんなのか? 俺を殺そうとするし、その人間離れした表情! 目が赤く充血しているのも口が割れて牙が鋭く尖ってるのも、母さんの心の内を表に出したとすれば納得だ。いや、むしろ今の顔の方が自然だ!」


 戸惑ったように「ギギ!?」と声を上げる母さん。やっぱり、その汚らしい声質ですらしっくり来る! きっと天変地異的な力を用いて時代を渡り群がる魔物を手先一つで追い払ってここまで来たんだ!


「ク、クロノ! そこ退いて! そいつ殺せない!」


「殺すだって? いくら人畜有害、全行動他者迷惑、悪食暴飲我侭天災の母さんでも、俺の肉親なんだぞ!? たった一人の家族なんだ、殺すとか言わずせめて止めは俺に刺させてくれてもいいじゃないか!」


「……ああ、頭が痛い。すまんがマール、回復魔法を頼んでいいか? 後状況を教えてくれ」


「かあさん、ほら立ってくれ! ていうかまた家の事放っぽりだしてきたのか? 回覧板を回すのが遅れて文句を言われるのは俺なのに!」


 それから事態の収拾がつくのに、ソイソーを倒した時間と同じ時間を費やした。






 周りに出現した魔物をカエルとマールが倒し、いつものように気の狂った母さんを俺が押し留めて、戦いは終わった。カエルが「分かれクロノ! そいつはお前の母君ではない!」と叫び母さんに肩から袈裟切りの刃の跡を残して。
 

「か……母さん、まさかあんたは、あんたこそが、本当の母さんだったのか?」


「ギ……ギイ」


 先程の戦いの最中、俺に攻撃しようとしてきた魔物を、母さんを守るため(止めは俺なので)体を張って守っている最中、そういった出来事が数回続き、いつか母さんの赤く輝いた目が元に戻っていった。
 ……そして、カエルに斬られるその瞬間、身を乗り出して盾になろうとした俺を押し飛ばして母さんは、酷い致命傷を負ってしまったのだ。
 ……本当の母さんならば、そんな自己犠牲精神を出すわけが無い。そんなことは分かっている。あいつはいざとなれば息子の俺を犠牲にして高笑いをするタイプだ。昔大地震の時小さな俺を頭に乗せて落下物を防いだことがある。
 だから、これは現代にいる母さんじゃない。……なら、もしかしたら、彼女はなんの間違いか中世に飛ばされた母さんの本当の心、それを具現化した存在なのでは……?


「いや、そんな面倒くさい設定は無いぞ」


「母さん! 貴方が、きっと貴方が俺の真の母親なんだ! 母さぁーん!!」


 後ろでカエルが訳の分からないことを抜かしているが、今正に母さんの命が散ろうとしているのだ。……例え、魔王を倒すために必要なこととは言え……これは、あんまりじゃないか!!
 大粒の涙を流す俺の顔に、暖かい温もりが触れた。それは、壊れ物を扱うように優しく、慎重に、死のうとしている母さんが俺の涙を拭ってくれたのだ。
 その顔はさっきまでの鬼の顔とは違う。慈悲と、俺に悲しむな、と告げるような綺麗な笑顔。あんたには、まだやることがあるんだろう? と背中を押してくれるような。


「ギギ……イ、キ、ロ」


「母さん? …………うわぁぁぁぁぁ!!!」


 慟哭の涙とは、悔恨の涙とは、決意とは。それらが均等に込められた塊が、俺の目からとめどなく流れていく。世界の音が聞こえない。今だけ、ほんの少しだけ、泣いていいのだと、母さんが力をくれたのではないだろうか?


「……この茶番はいつ終わるんだ」


「クロノ……辛かったよね……」


「そうか、そう見えるのは俺だけか。まいったな。もう俺一人で先に行っていいだろうか」


 俺の泣き叫ぶ声は、城中に流れた。時代を越えて、現代まで届けばいいのに。
 こうして、俺は母との別れを経験した。





 そうして今。二時間前に一度見た行き止まりに俺たちは辿り着くことができた。ソイソーの部屋と同じ、行き止まりの細長い部屋の奥に俺が倒した椅子が一つ。蝋燭の点っていない薄暗い部屋はむせるような魔力が漂っている。
 二時間前と違う決定的な相違点。それは、部屋の中央で待ちくたびれたというようにあくびをかみ殺す、ピンクの髪を後ろに縛った美しい女の姿。


「……ああ、来たのネー。あんまりにも遅いから仮眠でも取ろうと思ってたのネー」


「ああ。少々酷い馬鹿騒ぎがあったのでな。少々待たせたか、空魔士マヨネー! ……それにしても酷かった」


 妖艶な空気を作り出している女が流し目で俺たちを視線に入れて、余裕を見せる。それに犬歯を見せながらカエルが剣を抜いて応えた。馬鹿騒ぎ? ああ、お前が靴紐が解けたとか言い出した事な。確かに時間がかかった。十秒くらい。


 しかし今はどうでも良い。今の俺は母さん(両親ver1.0)を亡くして気が立っている。今すぐケリをつけて黙祷に励みたいのだから。


「本当は、影武者で力を試そうと思ってたんだけど、ソイソーを倒したならその必要は無いのネー。それに、あたいものんびりするのは飽きてきたし……ちょっと暴れたいのネー」


 不穏な言葉と共に、今まで霧散していたドロついた魔力がマヨネーの体に集まっていく。空間中に充満していた魔力全てがマヨネーの物という訳か……無造作に垂れ流していた分だけで優に俺の全魔力を超えている。魔力合戦では話にならないか……


「気をつけろ、空魔士マヨネーは見た限りの、ただの女ではない! 人心を惑わせることだけならば、魔王をもこえ」


「ああ? 今なんつった」


「……何?」


 一変。
 その言葉は今この時を表現するのに実に正しい、正しすぎる言葉だった。
 今までのらりくらりとした雰囲気のマヨネーが、カエルの話を遮り瞬く間に表情、魔力の質、闘気、全てが一変したのだ。表情は悪鬼羅刹の如く、顔面に力を入れて生まれた皺が幾筋も顔に刻まれ、魔力はドロドロとしたものから刺々しい針のようなものに。闘気は満遍なく殺気へと変貌する。その変わりようにはカエルですら驚き、つるりとした頭の天頂部から玉のような汗が零れ落ちた。


「今テメエ、あたいのこと女ではないっつったよな? そう言ったよな? 聞き間違いなら良いんだ聞き間違いなら。で、どうなんだ?」


「いや、確かにただの女ではないと言ったが……それが」


「どうせあたいは男だよ男女がっ! お前みたいな女だけど男の心を持ってるますー。みたいななんちゃって野郎が一番嫌いなんだよ! 何? 男ウケ狙ってるの? いつもは堂々としてるけどストレートな告白とか、ベッドに入った時の初々しい反応がたまらないみたいなギャップで男を誑かそうとしてんでしょ? あーあーいるわあんたみたいな性格不細工! あんたみたいな気取った奴が夜中にこそこそバストアップ体操なんかやって『やった! 一カップ上昇!』とか無駄な努力やってんだよ!」


 ダムの放水を見た事があるだろうか? 俺は無い。けれど、多分今目の前の光景がそれに酷似しているんじゃないかなぁとうっすら思った。
 マールはマヨネーのマシンガンどころか機関銃、いやさパニッシャートークに呆けて目を丸くしているし、カエルは言葉の集中豪雨に身を晒されて俺やっちゃったのか? と助けを求めて俺を見る。無理無理、俺ホモとオカマだけは無理なんだ。ほとんど同じだけどさ。


「お前あれだろ? 好きな奴を思い浮かべて○○○ーするタイプだろ!? 週五ペースとかだろ? 言い当てられてきょどったりするけどそれすら演技なんだろぉ! 良いか、世の中で一番純粋な女ってのはあたいみたいな遊んでそうに見える女なんだよっ! 私遊んでますよーみたいな鎧を纏ってそれでも自分を愛してくれる一途な王子様を待ってんだよっ! もしくは男と思ってたのに、女だったなんて! みたいな揺さぶりを仲間内にかけてコロッと騙してやろう的な魂胆なんだろうがこの○リ○ン!」


 こらこら、マールはまだ子供なんだからそういう過激な言葉は止めて貰えんかね。それからあたいみたいなって、あんた男なんだろうが、ちゃっかり偽るなよ、油断できないなあ。
 ただ今マールは話についていけず所々の分からない単語を俺に聞いてくる。興奮するっちゃあ興奮するけど、今この状況でそれは勘弁して欲しい。なんだろうな、この詰問される女子中学校男性教師みたいな感覚。
 カエルは傍目には冷静に見えるが、恐らく内心きょどっておられる。まあ、根も葉もないこと言われりゃあそうなるかもしらんが、勇者様なんだからそこはきちんとしてくれんかね。


「ちゅーかさ、そもそも今の男どもが騙されすぎなんだってそういうなんちゃって硬派女子に! 御淑やかに見えても夏休み明けには金貰ってギットギトのおっさん達に股を」


「あー! すいません、そろそろ話戻してもらって良いですか!? 多分カエルも反省したと思うんで!」


 泣き言は言わないという顔でマヨネーを凝視していたカエルだが、小さく「うう……」と辛そうに喉を鳴らしていたので多分やばかった。下手したら土下座しそうなくらい追い詰められていたかもしれない。ついでにマールの「ねえねえクロノ○○○○ってなーに?」という詰問が辛かった。無理のある企画ビデオみたいな事はされてる側はとても辛いということが分かった。知りたくも無かったけれど。


「ああん!? 何勝手に話に入り込んで……あらあ?」


 閻魔もかくや、という形相だったマヨネーが俺の顔を見た途端初対面時の営業面(笑顔)に戻った。……なんだろうか、この背中を走り抜ける悪寒は。そして胸を切りつける嫌な予感は。
 マヨネーはいやにクネクネと体を揺らしながら俺たち、というか俺に近づいてくる。当然警戒したカエルが剣を抜き牽制するが「引っ込んでろぶりっ子」の一言に退散、道を開ける。聞いたことねえよ、魔王を倒す勇者が敵の幹部に言われて道を譲るなんて。誇りも無ければ勇気も無い。
 俺まで目測二メートルまで歩いてきたマヨネーは何処か妖艶な目で俺をじろじろと、品定めをするように見つめてくる。もしかするともしかするのだろうか?


「あらいやよネー。いるじゃないのあたい好みの良い男が!」


「帰ります。従弟の犬が産気づいたとテレパシーがきたので」


「ユーモアとエスプリがきいた男は尚好みなのネー!」


 あきませんて。あきませんてこの展開は。確かにパーティー唯一の男なのに(ロボ? あれは男ではなくどっちつかずと言う)イッサイガッサイモテないからちょっとフラストレーションが溜まっていたのは認める。でもこれは無い無い。こんなのケーキを作るのに砂糖が無いからってガーリックを生クリームに入れるような暴挙じゃないか。


「カエル! 色々言われて凹んだのは分かるがそろそろ元に戻れ! マールも呆けてないで弓を構えろ! 今すぐこの化け物を退治しないと俺の貞操が危ないスペシャルがオンエアされる!」


 危険な展開になっていることを肌で感じた俺は正しい言葉を選べず訳の分からないことを口に出したが概ね理解はしてくれたはずだ。伝えたいことは一つ、助けて。
 胃の躍動が危険信号となって心臓の活性化を促し汗腺が刺激され体からサウナに入ったみたく汗がどぶどぶ流れていく。寒気か恐怖か歯はカタカタとリズムを刻み頭髪が立っていくのを頭でなく肌で感じる。考えるまでも無く理由は後者、汗をかいているのに寒いわけが無い。いや、気温は肌寒いのかもしれないが、とにかく理由はそれではない。この世で一番怖いのは死ではない、痛みではない。男としての尊厳が奪われることこそが真の恐怖なのだ。


「照れなくてもいいのネー。じっくりたっぷり舐ってあげるのネー」


「舐るとか言うなっ!」


 危険、危険、危険! 俺の頭の中で浮かぶたった二文字が落ち着きとか冷静とか平常心とかそれらの要素をかき消していく。消しゴムで消すとか、修正ペンでなぞるとか、そういった大人しいやり方じゃない。その上に墨汁をぶっかけて無かった事にするようなものだ。全部黒くなれば、それは元から黒いものだったのだと言わんばかりに。


「……舐る? クロノを、この男の人が?」


 今の今まで心が飛んでいったようにぼーっとしていたマールが極悪な変態の言葉を聞いて心を取り戻す。起きたかマール、とりあえず永久氷壁にでもこのカマ野郎を放り込んでくれ。ああ、氷の強度は黄金聖闘○数人どころか神にも砕けないように頼む。


 俺の願いを聞き届けたのか、マールはスタスタとマヨネーに近づいていく。弓を構えた様子は無いが、マールの内から漏れていくのは間違いなく闘志。……拳一つでも暴走マシンを砕いたマールのこと、ソイソー程の耐久力は無さそうなマヨネーの顔をばらっばらに四散させてくれるだろう。
 対するマヨネーもマールから湧き上がる気迫に目を細め、俺から注意を離す。マールの一挙一動を決して見逃さぬように、集中を切らすことなく。


「……えいは、良いの?」


「? よく聞こえないのネー。もっとはっきり喋りなさい」


 ぼそ、と呟いたマールに片眉を上げて再度問うマヨネー。そのやり取りを俺とカエルは唾を飲み込み見守る。マールが闘いの鐘を鳴らすその瞬間が、俺たちの同時攻撃の合図なのだから。
 カエルを目配せをして、俺が右から、カエルが左から切りかかるとアイコンタクト。正面はマールが陣取っている。僅か0.3秒の間マールがマヨネーを足止めすれば決着が着く。後ろに逃げてもカエルのバネからは逃げられまいし、空中に避けても俺のソイソー刀は獲物を逃がさず伸び続け、標的を串刺しにする。
 知らず刀を持つ手に力が入る。魔力を送り込む方法も何度か試してコツは掴んだ。この土壇場で失敗することは許されない。必ずあの気持ち悪い口意外に大きな風穴を空けてくれる!
 闘いの段取りを頭の中で構築し、マールの初撃を待つ。数分にも感じた長い時を終えて、マールがはっきりと、口を開いた。


「貴方がクロノを舐っている様は、撮影して良いの?」


 時が、止まった。


「……別に、いいのネー」


 呆気に取られたマヨネーは僅かの間を作り、マールの要望に了承を託した。真剣そのものだったマールの顔が崩れ、爆発した歓喜を抑えず顔を崩す。大げさに拳を握りガッツポーズを決めると、マールは高らかに宣言した。


「クロノ! 私は、今だけこの人の味方になる!」


「……この女、腐ってやがる……」


 腐女子とは、様々な目的を無視し、利害を忘れ、本分も良識も常識すら捨て去って生まれる反逆の使途である。






 そうして、冒頭に戻る。
 俺に拳を向けて薔薇の空間を創造しようと企む裏切り者に制裁を加えるべく俺はソイソー刀を野太刀の長さまで伸ばして横薙ぎに払う。クリーンヒットしてマールの体が両断されようと知ったことか。いいか? 俺は怒ってるんだぜ?
 俺の一太刀は難なくかわされ、追い討ちとして刀を伸ばし突きを試みたが弓で弾かれてそれも避けられる。かろうじて反撃はいなすことができたが、肉弾戦限定の身体能力ではマールに一日の長がある。距離を詰められれば中世の王妃との戦いと同じく、リーチの差という優位を崩され一撃で形勢を逆転される。
 状況が掴めないカエルとマヨネーは不承不承ながらも俺たちを忘れて互いに闘うことにしたようだ。しかし……


「なんであたいがあんたみたいな半端者と闘わなきゃいけないのネー。あっちの生意気そうな可愛い子ならまだしも、さっき言ったけれど、あたいはあんたみたいな奴が一番嫌いなのよネー。今すぐ元の姿に戻って性転換して、またカエルの姿に戻ればいいのネー。笑ってあげるから」


「お、俺は貴様の言うような人間ではないし、大体なんでそこまで遠回りしなければならんのだ!」


「その男言葉も今一つなりきれてないし、気持ち悪いのネー。どこの引用か知らないけど、さっさと泣きながら這い蹲ればいいのネー」


「こ、この言葉遣いはサイラスから教えてもらったもので……他意は……」


 どうにも闘いというよりは口喧嘩に様相は変化している。それも、カエルが押され気味のようだ。あんなに口の悪い相手と関わったことが無いのだろう、俺だってあんなやつと口撃しあって勝てる気がしない。王妃様以外では真面目でからかいやすいカエルでは勝てるわけが無いだろう。つまり……


「この勝負、俺とお前、どちらが勝つかで全てが決まるな……」


「そうだね、でもどの道私が勝つからその予想は無意味だよ」


 ソイソー戦にて傷を癒してもらった時の優しさは何処へやら。今ではマールは俺を甘美な世界(マールが勝手に思ってるだけだが)に誘おうとする悪の手先、北欧神話で言うロキのような極悪人である。悪は絶たねばならない。悪は斬らねばならない。悪は滅せねばならない。


「ほらほら、ぼーっとしてると凍っちゃうよ!」


 刀を構える隙も、ましてやソイソー刀に魔力を送る時間など作らせずにマールは辺り一体を氷付けにしていく。吹雪、氷雨、凍気を舞わせて攻防一体の攻めを乱舞する。腕一本を犠牲に特攻して切りかかっても、マールは魔力で自分の体に氷の鎧を造り傷一つ負わせることを許さない。対する俺は凍傷を抱えた左腕を押さえながら苦悶の声をあげる。
 最も、俺の呻き声ですら何かしらのスイッチがオンになったマールには興奮という薪をくべるだけの結果になり、よりハイテンションにアイスを放たせることとなった。仲間に対する遠慮なんか一片も無い。どこまで俺を攻め立てるのか。そして攻められる絵が見たいのか。


「くそ、無茶苦茶じゃねえかマール! 豹変にも程があるだろ!」


「あはは、女の子は二つの顔を持ってるんだよ、クロノには難しいかもしれないけどね!」


「二面性で済むか! お前こそ百面相の二つ名にふさわしいわ!」


 ノリノリで緩急付けず襲い掛かる氷岩に身を逸らしながら、カエルに助けを請おうと目を向ければ欝のように体を丸めたカエルの姿。……おかしいだろ、幾らなんでもおかしいだろそれは!? お前勇者だろ? 親友の仇を討ちに来たんだろうが! 哀愁漂わせて膝を抱えるのはおかしい!


「いっ、痛え!!」



 驚愕している俺の右太腿にマールの弓矢が突き刺さる。肉を掻き分け半ば以上入り込んだ矢じりが痛覚を起こして立つことを禁ずる。
 ……やっぱりおかしい。いくら頭がおかしい霊長類頭のマールだって、ここまでするか!? いつもはふざけててもあいつは仲間を思いやる事だけは忘れない奴だったじゃないか。恐らく多分希望的観測では!


「もう動けないねクロノ。大丈夫、きっと痛いことも忘れるくらい気持ち良くなれるよ……」


「ふざけろ……そういう危機はロボの専売特許だろうが……!」


 強く怨念を秘めた視線で睨み付けると、マールはありゃりゃ、と苦笑いを浮かべて頬を指先でかいた。続いて矢を背中から同時に三本取り出して、濁った眼差しを俺に返し、「じゃあ、しょうがないよねえ」とデッサンの狂ったような笑顔で口を開く。


「残った左足と両腕が動かなくなれば、大人しくなるかもね」


 笑う事すら武器に変えたマールに、俺は言葉を失う。もう、仲違いとか、趣味の押し付けなんて可愛いものじゃない。マールは俺を仲間以前に人間として認識しているのだろうか? マールはもう路傍の石、いや、命の有無を気にせず扱える実験動物として俺を眺めていた。
 マールが弓を引いて俺の右手目掛け矢を射る。甘んじて受ける気は無い、ソイソー刀を払い迫る危険を遮る。マールはちっ、と舌打ちを零した後、氷で出来た氷柱を三本作り打ち出して、俺の刀を奪う。掌に円形の空間を穿って。


「ぐっ……おいおい、マジで、洒落になってねえぞ……?」


「そりゃそうだよ、洒落じゃないもん」


 刀は無い、魔法を使っても氷の塊に遮られマールの意識を奪うことは出来ない。せめて氷が溶け出したなら、それに伝導するように電流を流せるのだが、魔力で作られた氷はそうそう溶かすことは出来ない。ルッカのように火炎を扱えるなら話は変わるのだが……
 飛ばされた刀を見やると、俺から約二メートル弱。足の動かない今の俺にとっては果てしない距離となる。何か方法は無いか、と辺りを見回す俺を「諦めが悪いなあクロノは」と笑いながらマールは足音を近づけて来る。


「はっ、絶対に折れないのが俺なんだろうが!」


 勿論強がり。皮肉のつもりでついさっき言ってくれた言葉をマールに返す。……本当に、ついさっきまであんなに俺を認めてくれてたのに、何処まで腐ってるんだっつの。


「そういえばそうだったね」
 もしくは
「ごめん、口からでまかせ言っただけなんだ」
 そんな言葉が返ってくると、俺は思っていた。見たくない笑顔を貼ったまま。
 それらの予想とはまるで違う、決定的な一言をマールは空虚な顔で口にした。


「何それ? そんな事言ったっけ?」


 ……忘れた? まさか、何度も言うけど、ついさっきなんだぞ? 戦闘を数回行ったからって、忘れる訳が無い。それとも、まるで記憶に残らないような、どうでもいい会話だったのか?
 違う。違うはずだ。あの時のマールの顔も、声も全部覚えてる。言い終わった後の恥ずかしそうに顔を逸らす動作だって、網膜に残って消えない。マールは心無い言葉でそんな風に感情が込められる人間じゃない。そんなに器用な人間じゃないんだ。
 倒れた人を見れば放って置けなくて、落ち込んだ人間を見れば励ましたくて、無謀だって分かってても他人の為に命を賭けてしまう、たかが一般人の俺の為に王女の地位を捨ててしまう、そんな女の子なんだから。


「そうか、俺はそんなに駄目な人間だったのか……もう死にたい。それが駄目ならいっそ開き直って媚キャラを確立してみようか……いや、きっと男に媚びる姿こそ本当の俺なのか……?」


「そうネー、ただ死ぬだけじゃ面白くないし、そうやってとち狂うのも悪くないかもネー」


「そうなのか……? よし、なら早速クロノで実践してみよう。いやしかし、カエルの姿でもあいつは嫌がらないだろうか?」


 もう一度カエルたちの会話に耳を向けると、同考えても有り得ない帰結と至った様子。いつもなら『カエルは極彩色の脳みそだから仕方ない』で納得するが、あいつは本当に危ない時はボケない筈だ。……筈だ。
 待てよ俺、落ち着け。あのカエルが魔族の言うことに真を受けてあそこまで腑抜けるか? なによりマールがここまでおかしくなるだろうか? 長い付き合いではないけれど、命を預けて背中を向き合わせてきた俺に、あのマールが?


────人心を惑わせる。
 マヨネーがぶち切れる寸前にカエルが教えてくれた一言。
 もし、あの時マヨネーが怒り出したのが演技だとしたら。言わせたくなかっただけじゃないのか? 自分の手口を。警戒させたくなかったんじゃないか? これからの戦いを。
 ……あの時ぶちぎれてやたらと口を動かしたのは俺たちの気を引き付けるものだとしたら。自分の魔法が完成するまでアクションを起こさせない虚偽の怒り。
 もしそうなら。いや、そうだろう。そうに違いない。今この瞬間、マヨネーからすれば隙だらけのカエルとマールを後ろから攻撃しないのは何故か? それは、わざわざ自分の操り人形を壊す理由が無いから。飽きたおもちゃは、使う必要が無くなったときに壊せ(コロセ)ばいいのだから。


「……そうだ、そうに違いない。でなきゃ、マールがこんなに不細工になるわきゃ無えよ」


「不細工? 酷いなあクロノ……そんな事言うなら、今すぐ殺しちゃおうかな? うん、そうしよう!」


「映画でも見ようみたいなノリで決めるなっつーの……」


 俺の独り言を聞きつけたマールが頭上に大きな氷塊を作り始める。大丈夫、むしろ鋭利な氷柱で脳天を狙われるよりずっと良い。死ぬのが確定でも、発動までに僅かな時間があるんだから。
 俺はソイソー刀の落ちている場所を探して、刃先が何処を向いているのか確認する。……駄目だ、角度が違う、このままではカエルに当たってしまう。
 すぐさま手の届く位置にある氷を握り、ソイソー刀に当てて角度を調整する。刃先が……マヨネーに向いた。離れた距離からソイソー刀に魔力を送るにはまず電力を伝導させなければならない。伝導するためには水が必要、いや、電気を通すもの。


「あるぜ、俺の手にたっぷりとな……」


 穴の空いた掌から溢れ出す血液、これを伝って、ソイソー刀に電流を送り込めば……


「伸縮自在、か。流石魔王幹部、便利なもん持ってるよな!」


 満遍なく血の通り道を作る必要は無い、これはコントロールの悪い俺の魔力を正確に刀に届かせる為の道標。……本当は、俺に魔力コントロールが備わってればこんな事しなくてもソイソー刀を伸ばせるんだけど……今更自分の力不足を嘆いても仕方ない。後は、サンダーを放てば、俺の思い通りになる筈だ。


「……なにをしようとしてるか分からないけど、無駄だよクロノ。もう出来上がったから」


 マールの声を聞き目を向けると、天井に届くかどうかという巨大な氷の塊。あれに押し潰されれば、人間の小さな体など蟻を潰すようにあっけなく散らばるだろう。純粋な魔力量なら、ルッカを超えるかもしれないな、マールは。


「そうか……そりゃ残念だな」


 何が残念って、そりゃああれだ。この戦いが終わった後マールの奴が自分を責めそうなことが残念だ。妙な所で頭が固いからな、塞ぎ込みそうで怖いぜ。


「まあ、よ、く、頑張った、よね。クロノ……に、して、は」


 途切れ途切れに言葉を繋ぐマールは、酷く歪な印象を作り出し、僅かに震えていた。寒さからか、我慢の果てに生まれたのか。


「そうだろ? 意外と頑張りやなんだよ俺は。マールがそう教えてくれたんだぜ」


 喋りながら、頭の中で魔力の構成を練る。あてずっぽで作り出したサンダーではソイソー刀に充分な魔力が通らずマヨネーに届かないかもしれない。……届いたとして、あいつのマールやカエルを惑わせる魔法が解けるかどうか分からないけれど、もし無理ならここでゲームオーバーだ。いざとなったらそんな風に諦められないだろうけどさ。


「じゃあね、クロノ。たの……し、かっ……」


「……無理に笑顔作るなよ、強く噛み過ぎて、歯茎から血が出てるぞ」


 マールの口橋から溢れる血の泡は、操られたマールの心が反発しているのか。瞳から漏れる涙は、もしかして俺の為に流してくれているのか。だとすれば、それだけでいい。俺の為に泣いてくれたなら、戦いが終わった後の謝罪はいらない。そういっても、マールは頭を下げるんだろうけど。出来れば、その時は泣いて欲しくないなあ。本当に、俺の願いは呆気なく散るものなんだ。


「……どうなるかは分からねえけど、一矢報いるのが男だよな。……目ん玉開けよ、オカマ野郎!」


 俺の体中の痛みと、マールの悔しさを乗せて電流が蛇のようにのたうち回り、血の筋道を伝ってソイソー刀に魔力が灯った。
 伸びろ、床に置いままじゃ致命傷にはならないだろうけど、少しでも気がそれたなら、ほんの少し魔力が途切れたなら……アイツが終わらせてくれる。


「もう飽きたのネー。そろそろあんたも死んで……!?」


 無様に這い蹲るカエルに、右手に宿った魔力の炎をかざしたマヨネーが驚いて言葉を切る。そりゃあそうさ、自分の足元に刃が近づいてきたんだ。例え当たっても死なないとはいえ、急な出来事に心を奪われない訳が無い!


「……こんなの、無駄なのネー!」


 左手に生んだ氷の魔法で剣先を凍らせて刀の進行を止める。その速さは瞬き以下の速さ。流石、魔王軍随一の空魔士様、魔法発動に淀みは無く俺が幾ら魔力を送ってもソイソー刀はピクリとも動かなくなった。魔力を送る機能か、伸縮機能を停止させたのだろう。凍らされただけでは魔刀たるソイソー刀が止まる筈が無い。一つの魔法にそこまでの能力を付加させるとは、並みの魔法使いでは到底及ばないキャパシティ、いや、心底尊敬するよ。でも、


「俺たちの勝ちだ、マヨネー」


 今の台詞は、俺が放ったものではない。
 その声の主は、今の今まで頭を床に付けて負の言葉を呟いていたカエルのもの。一瞬の気の緩みでほんの僅かに弱まったマヨネーの呪縛から解けた、勇者の勝利宣言。
 止めを刺そうと近寄っていたマヨネーに鞘から抜き出したグランドリオンの、閃光のような切り払いは、マヨネーの体に真一文字の切り傷を残した。


「……え? 嘘」


 信じられないという顔で自分の傷とカエルとを見比べる。自分がやられるなどと、夢にも思っていなかったのだろう。夢の中にいるのではないかと疑うようにふらふらとおぼつかない足取りで倒れた椅子の足に腰を据え、傷の部分に手を当てた。


「熱い、熱い……嘘、あたい、負けた? もう勝負は決まってたのに? あんな坊やの悪あがきが原因で?」


 こめかみを震わせて、自分の敗因を探るマヨネーをカエルは静かに、見下すように冷たい目線を投げた。


「坊や? ……アイツは戦士だ。誰よりも頼れる、本当の、な」


「嫌……嫌……魔王様ァァァーーー!!!!!」


 断末魔を俺たちに聞かせて、マヨネーは白い光となり魔王城の暗闇から姿を消した……







 星は夢を見る必要は無い
 第十九話 魔王の真髄







 満身創痍の俺を治療してくれたのはカエルだった。その際はベロによる治療ではなく、ウォーターと同じく覚えた回復魔法、ヒールによるものだった。治癒増幅の効果を持つ水をばら撒きそれに触れたものの体力と傷を癒してくれる、今までに無い全体回復魔法。いやはや、勇者様は庶民の覚えるものとは格が違うね。嫉妬で茶が沸きそうだ。


 マールについてだが、彼女はマヨネーが倒れた瞬間意識を失い(それと同時に巨大氷塊も消えた)倒れた。仮に目覚めても戦闘続行は困難だろうというカエルの言葉にメンバーチェンジ、ルッカをパーティーに加えることに。
 先程の戦いの真相をカエルの口から教えてもらった。説明すると、カエルとマールはやはり操られていたそうだ。空魔士マヨネーの十八番、テンプテーション。正常な判断を狂わせ、徐々に自分の思う通りに操るという趣味の悪いものだったらしい。
 万能に見えるその魔法の弱点は一つ、マヨネー自信が気になる男性には効果が無いということ。その為過去サイラスと戦った時も、勇者サイラスには効かず、退散したそうな。……つまり俺のことを可愛いとかぬかしてたのはマジだったという事実が分かっただけ。聞かなければ良かった、なんて逃げに過ぎない。だから俺は聞いたけど忘れることにする。二、三日は夢に見るかも知らん。


「ところでさ、カエルは媚キャラなのか?」


「すまないが、テンプテーションにかかっている最中の記憶は無いんだ」


 すぐさま俺の言ったことを理解した時点で覚えがあるんだろうが、と突っ込むのは容易い。しかし、さっき危機一髪で俺を助けてくれたことの恩を使って苛めるのはやめてやろう。何よりそんなことに体力を消費したくない。連戦に継ぐ連戦で熱が出そうだ。ちなみに俺が前に熱を出したのはルッカの実験以来。あいつがいなければ俺は健康優良児として生きていけた。
 しかし、カエルの言葉からマヨネーに操られていた間の記憶はハッキリと覚えているのかは謎だが、多少なりとも残っているのが確定した。マールが気にしなければいいのだが……


「……優しいのね、敵の魔法にかかってたからって、あんたボロボロにされて殺されかけたのよ?」


「別にいいよ。命張って戦うんだ、そういうことだってあるさ。……ルッカ、未来の時みたくマールを責めるなよ」


「心得てるわ、あの子は誰よりも自分で自分を責める子だって分かったから」


 肩を落とし、「やれやれ、可愛い子には甘いんだから……」と口を尖らせルッカが会話を終わらせる。続けて「それにしても、」と新たに話し出すルッカの目はもうこれからの事を見据えていた。


「これからが思いやられるわね……中ボス二体を倒して、まだビネガーと魔王が残ってるのに、クロノは全快には程遠い状態で、ロボとマールは戦闘不能。メンバーチェンジは無理……と。一度引き返したい所だけど……」


「不可能だな、魔王城は一度入れば全ての出口が封鎖され結界が施される。グランドリオンとて、その結界を破れるかどうか……万一破れたとしても、恐らく罅の一つや二つではすまんぞ」


 苦い顔でカエルの予想を受け止めるルッカ。つまるところ、逃げ道は無く、あるのは前進あるのみってことか。いわゆるファイナルファイト、ハガー市長が一番強いあれだ。


「まあ、なるようになるさ。カエルとルッカが頑張れば」


「あんたも戦力に数えてるんだから、自分は後方待機なんて思わないことね」


 ソイソー戦に続きマヨネー戦でも大怪我を負った俺を労わる発言は無い。労働基準法違反なんてものじゃないな。アラブの兵隊さんみたいな扱いをしやがる。ユニセ○は今窮地に陥っている俺を助けてはくれない。それでも、世界は回っているのが不平等というかなんというか。


「悪いなクロノ、お前が抜ければ魔王を討つことが出来そうに無い。頼ってもいいか?」


「……良いけどさ。俺を頼りにすると悪い目が出るぜ? 賭け相撲で俺に賭けた奴は例外なく破産してるんだから」


 ふと昔を思い出して軽口を叩いてみるも、ルッカもカエルも声を出して笑ってくれないのが不安だった。いや、俺は駄目だよ。俺を頼れるナイスガイだと持ち上げたら良いことないんだから、本当に。





 こうして左右の長い通路を突破して魔王軍幹部を二人撃破したわけだが……考えてみるともう先に進む場所が無い。どうしようもない怒りをちびちびカエルを苛めながら、なおかつ俺がルッカに苛められながら時間が過ぎる。因果応報とは真理なのだよワトソン。
 さあてどうしたものかなと悩みながら一同は大広間に戻ることにした。途中でまた子供たちが「遊ぼう……」と誘ってきたが、「子供は寝なさい」というルッカの発言に数回頷きその姿を消した。結局、あの子供たちが魔物なのかどうか分からないまま、という解けない謎を残すことになった。あれだよ、展開を作るのが面倒になった漫画家がセカイ系に逃げたときのモヤモヤ感。一歩違えば独特の空気を作り出す名作家に成り得たのに惜しい、という作品は吐いて捨てる程ある。
 そうして大広間に戻ると、時の最果てにあった光の柱似た、光の粒が大窓の前に湧き上がっていた。
 敵の罠かもしれない、というルッカとカエルの言を無視して俺は光の流れ、その中に飛び込む。仮に罠だとしても延々こんな薄暗くて埃臭い城を右往左往するのはごめんだ、服のクリーニング代だって安くないんだから。母さんは俺のことに関してはお金をくれないんだから。かろうじてあいつが俺にくれたものは虫歯になった時に渡してくれた保険書くらいのものだから。治療費は子供ながら自分で稼いだ。というか、同情してくれた近所のおばさんがくれた。
 光に飛び込んだ先の光景は今までいた大広間とは全く違う風景。長方形の長い部屋に座り込んでいた。やはり時の最果てと同じ、何処かにワープさせる代物だったようだ。


「よくやったクロノ。だが何の準備も無く走り出したのは減点だ!」


 剣を振るい続けて鍛えられた腕で俺にハンセンラリアットを行使するカエル。声帯に異常ができたらどうするのか尋問したいけれど、ルッカも俺を睨んでいるのでここは大人しくしておく。数の暴力には勝てない。一対一なら勝てるのか? と聞く人間と俺は友達になりたくない。正論は時に友情を遠ざける。


「マヨネーとソイソーを倒すまで現れなかった事を見ると、あの光の流れはあいつら二人が封印していたのかもしれないな……二人を倒したことで道が開かれたか」


「限定的にとはいえ、人造で瞬間移動ゲートを作るなんて流石は魔族ってところかしら?」


「もういいよそんなこと。良いから早く行かないか? 俺トイレ行きたくなってきた」


「我慢なさい。最悪その辺の柱の影で出しなさい」


「それでもいいならそうするが、その前に紙をくれ」


「大の方なら気合で我慢なさい!」


 理不尽だ、生理現象は忍耐力でカバー出来るほど生易しいものではないのに。そして我慢しすぎると肌が荒れる原因になるのに。女の身でありながらそんな基本美容法も知らないのか? この俺、クロノは毎晩化粧水を使うのを忘れない。お陰でもっちもちの肌で赤子肌のクロノとトルース界隈のおばさんたちから尊敬の目で見られているのだ。ファンデーションは使ってません。


 ルッカに懇切丁寧にお肌の手入れ方法を教えてやろうと思い、胸ポケットに常備している『クロノお手入れグッズ・携帯用』を取り出してやると有無を言わさず撃ちぬかれた。これで二か月分の給料がパーだ! かっけえ!
 悲しげに香水を入れていた瓶を拾い集めていると、カエルが「なんだその液体は? 鼻が曲がりそうな臭いだ」と顔をしかませた。一応コレ、売り上げナンバーワンの香水なんだけど……ああ、こいつ硬派っていうより田舎者なんだな。謎が解けていく。コナン・ドイルのように。


「あああ……コレ一つでポーション二十個分の値段なのに……」


「だったらポーション買いなさいよ……アホ臭い」


 今言うことじゃないかもしれないが、ルッカはこういったお洒落関係のアイテムを蔑ろにしすぎる。マールだって蔑ろにするというか、興味が無い。カエルはそれ以前。俺がショッピングを楽しめる相手はロボしかいないのか? 今度古着屋を回る時はロボを誘うことにしよう。そうしよう。


 と、脱線が過ぎたところで魔王城探索を再開。落ち込んだ俺を鼻をつまみながら励ますカエルの存在がまことしやかにうっとうしい。このうっとうしさを表現するならあれだ、ザボ○ラのよう、というのが近いんじゃなかろうか。いつかコイツの部屋でアロマ香を五種類くらい同時に焚いてやる。蜘蛛を散らすように家を飛び出せばいいんだ。
 ぬるい歩調で前を歩くカエルとルッカについていきながら、部屋を見回すとやっぱり趣味が悪い。大広間で置かれていた燭台は無く、その代わりに甲冑と牙を見せ付けた、翼のある化け物の石像が隣り合わせに置かれている。
 とはいえ、壁に火のついた蝋燭が設置されているのは嬉しい。視界良好とは言わないが、壁際に明かりがあれば、暗がりから魔物が襲い掛かってきても意表を突かれることなく対処が可能だからだ。


「場所の把握もいいがクロノ、残る魔王軍幹部のお出ましだ」


 カエルの緊迫感の滲む声に振り向き、指差す方向を見れば、高密度の魔力の為か、蜃気楼のように歪む視界の奥に皺の少ない大仰なローブで緑の肌を覆う鯰親父、ビネガーが俺たちを見据えていた。


「ソイソーとマヨネーを倒しここまで来るとは……彼奴らも鈍ったか?」


 ゼナン橋で見せたコミカルな言動はなりを潜め、内には凶悪な気迫を込めた眼光が暗い室内を彷徨うことなく俺たちを捉えていた。侮る無かれ、奴はたった一人で王国騎士団を相手取り……そう、ヤクラを殺したのだ。


「ある意味、こいつとマールが会わなくて正解かもな」


「そうかもね。あの子があいつの姿を見たら考え無しに突っ込んで行きそうだもの」


 が、俺たちも内心穏やかとは言えない。正直俺だってようやくビネガーを斬れると、心は猛っているのだから。
 それをしないのは偏にカエルのお陰だろう。俺たちよりもずっとビネガーを恨んでいるカエルが取り乱さず相手の出を伺っているのだから。


「次は貴様だビネガー。最後は魔王軍幹部の誇りを持って、散れ」


 剣を腰の後ろに回し、渾身の抜き払いを当てようと構えるカエル。遅れながら俺たちも剣を抜き、銃を構えるが、ビネガーは高笑いをするのみ。……ただ、その余裕が不気味に映り、俺たちの背中を引っ張ってしまう。
 もう少しの切っ掛けがあれば、いつでも飛び出せる覚悟が出来たというのに、その一押しが現れない、作れない。息を吸うのも苦労するその場で動いたのは、ビネガーの口。厳かに、けれど大きくは無い声量でビネガーはこの場の空気を変えた。


「ビネガー、ピーンチ」


 あくまでも、真顔である。真顔での一言である。朝食の和気藹々とした場で告げられるお父さんの「あ、そういえばパパ、昨日リストラされたから」みたいなもんである。朝のホームルームで先生が「今日の体育が中止の代わりに今から皆で殺し合いをしてもらうぞー」と近いものがある。葬式の相談を坊さんとしているのに大黒柱の長兄が「ところで、通夜に出すお寿司はわさび抜きがいいんですが……」と弟妹たちの泣いている前で宣言するのに……もうやめよう。
 とにもかくにも、俺たちが拍子抜けして構えを解いたのも納得できるだろう。ビネガーは一瞬の隙……いや多分放心時間はもう少しあったと思うが……を突いて逃走した。そりゃあもう、走るのに邪魔なローブの裾を持ち上げながら風呂場で火事に気づいた爺さんのように、みっともなさを前面に押し出して。


「ああ、そういうことしていいんだ。俺、魔王城だから流石にふざけるのはやめようと思って我慢してたけど、別にちゃらけてもいいんだ?」


「今この場でなんちゃって行動を取ってみろ。誰とは言わぬ、俺が貴様を狩るぞクロノ……」


「もう無理だよ。この空気を元に戻すにはどこかで編集点を作ってカットする以外ないよ」


 分かった事がある。この世界でまともな老人はいない、ということ。老人ほど無茶をする奴はいないということ。流石、年金を馬鹿ほど貰っている人種は違う。特に政治に近い人たち。


「魔王城の戦いって、激しいものだと思ってたんだけどこんなもんなんだ?」


「違う! さっきまでは、少なくともソイソーとマヨネーと戦っているときは手に汗握る男の戦いで……ああ! どうしてくれるクロノ!」


 折角格好つけて挑んだ魔王城の戦いがコメディになるのが耐え切れないカエルはぼんやりしたルッカの一言に噛み付き、巡り巡って俺に怒りをぶつける。このパーティーは理不尽な事態に陥ると俺に当たるという悪癖が形成されつつある。教えておいてやるが、男の子だって泣く時は泣くんだ、あまり俺に精神的負荷を与え続けるととんでもないことになるぞ? 膝を抱えて泣くぞ?






 てんやわんや、という言葉を知っているだろうか? それからの俺たちは正にそれだった。
 魔王城の奥に進むたびにビネガーは直接対決を避けて陰湿な罠を仕掛けていった。
 例えば、狭い通路にぶら下がっているギロチンを遠隔操作で落として攻撃してきたり、(ここでルッカが苛々を募らせ始めた)魔王城の生活で溜まったのだろう生ごみを階段の上から投げてきたり、(ここでカエル二度目の爆発、俺が嘔吐したところで進行再開)落とし穴を設置した部屋で俺たちの行く手を遮ったり、(そこでルッカも爆発、便乗してカエルも俺に当り散らし出したのは目を見張った。二人は俺が泣くまで殴るのをやめなかった)大部屋で急遽作ったのか大変出来の悪いモンスターキャバクラに俺たちを誘い込んだりした(ルッカの投げたナパームボム一つで歌舞○町ナンバーワンの夢たちが消えていった)。


「やばいわ、これじゃ流石に持たないわよ。主にクロノの体が」


「確かに、いつ壊れたとておかしくはないな……主にクロノの心が」


「俺、現代に帰ったらハローワークに行こうと思うんだ。どんなブラックでも生きていける気がする」


 月給十五万くらいで全然良い。なんなら時給二百五十円でもやってやる。ふとした拍子に殴られて文句を言えば燃やされる職場でなければどんなところでも天国なんだ。頭のさびしい上司の愚痴なんか二時間三時間優に聞いていられる。未来は俺の手の中には無い。
 俺が練炭を買うべきか悩みだした頃かなあ、ようやくビネガーを追い詰めたのは。どうでもいいけど、天国では人は人を殴ったりしないのだろうか? もしそうなら俺は切符を買う。むしろ指定席で飛んでいくのに。


「来たか……」


「『来たか……』じゃねえよ。てめえの意味深な台詞には飽き飽きだ。お前のせいで俺は生きる希望を失いだした、償え」


「正直、貴様の待遇には同情するがワシとてやられとうない。痛いのは歯医者だけで充分なのだからなっ!」


 えらく可愛い思考回路だが、仮にあいつの正体が銀河アイドルで、緑色の肌と顔はボディースーツによるものと言われようが、顔ぱんっぱんにしてやるという俺の目的は変わらない。誤差修正は一ミリも無い。


「グゲゲ……とはいえ、確かに貴様らはよくやった。だが遅かったな、もう魔王様の儀式は終わる……ラヴォス神を呼び出しておるわ!」


 あくどい顔を晒し、ビネガーはタイムリミットを過ぎた、と伝える。ああ、そういえばラヴォスを呼ぶ儀式を止めるのが目的だったっけね。忘れてたよ、だってどうでもいいんだもん。今はお前を殴りたい、蹴りたい。蹴りたい顔面という本を出版したいくらいに。


「やられはせん……やられはせんぞ! わしのバリアーはどんなものでも」


 この辺りだったかなあ、ルッカのハンマーがビネガーに当たって、その後俺が窓から突き落としたのは。
 そういえば、ビネガーってどんな戦い方をするんだろう? と疑問に思ったのは二十分後のことだった。


 それから、大広間と同じくワープポイントがあったのだが、そこに入る前に各々の体力回復を図ることにした。ルッカはともかく俺とカエルはまだソイソー、マヨネーとの戦いの疲れが色濃く残っている。カエルが持っていた一時休憩用アイテム『シェルター』を使い消耗した体力、魔力の回復に勤しむ。なんせ、これから魔王と戦うのだ。万全の準備をしておくことは間違いじゃない。


「ねえカエル。魔王ってどんな戦い方をするの?」


「そういやお前は魔王と戦ったことがあるんだよな」


 ルッカがこれからの戦いに備えて魔王の攻撃パターンや魔法をカエルから聞き出そうとする。俺も興味がある。正直ビネガーみたくやる気の無い豚野郎ならその情報は無駄になるが、それは甘い期待だろう。多分。
 剣を研いでいたカエルはその腕を止めてルッカの言葉を噛み砕くようにじっくりと吟味して、思い出しながら答えを出す。


「どんな戦い方……か。武器なら分かる、身の丈を超える大鎌だ。魔法の種類は氷、炎、雷……確か、天というのか? それにスペッキオの言うところの冥を扱う。しかし、戦い方は分からない。というよりも……そう、全てだ」


「全て?」


「そう、全て。肉弾も、武器を扱うことも、魔力を操ることも、地形を変えて、天候を意のままに、感情を操作して、必ず屠る。あいつを何かの予想に当てはめて相手取ろうとするな。常識など無い……グランドリオンですら、奴を貫けるのか確信は無いのだから」


 剣を研ぐ手を再び動かして会話が終わる。ルッカも気を引き締めたように頬をはたいて手からを炎を出しては消してを繰り返し魔力量とコントロール力の再確認を始めた。俺は……これといって何もすることはなくぼーっと二人の作業を見守った。


「あのさ……考えてみれば、これで俺たちの旅は終わるんだよな?」


 沈黙を嫌ったわけではないが、何となく思った事を口にする。言葉は緩いスピードで泳ぎ始め、二人に到達する。


「そう……ね。ラヴォスを蘇らせた魔王を倒したなら、未来は救われるんだもの」


「そうか……いや、別に感傷に浸ってるわけじゃないぜ? ただぼんやり思っただけだ」


 手を振って、ここで終わりと伝える。カエルもルッカも気にした様子は無く、また戦闘の前準備に戻った。
 そうだ、感傷なんかじゃない。そんなものは持ってないし、それを感じるのはロボかマールだけだ。
 短くも長くもなかったこの旅の終焉。ただ、一つの不安があるとすれば……


「実感は、無いよな」


 そんなもの、何の根拠も無いのだから、いちいち二人に聞かせないよう、小さく呟いた。






 ワープゾーンの先には、ただただ長い下り階段。天井の見えない暗闇から数十以上の蝙蝠が下りてくるが、自分から襲い掛かることは無い。贄を待つようなその在りように、寒気が這い上がり首元まで侵食する。それが、階下から上る冷気のせいだと気づくのは、カエルが俺の肩を叩いた時だった。


「……俺は、どうあっても魔王を討つ。それだけが俺の生き甲斐となったから、な。でも、お前達は違う。そうだろう?」


 少し痛いくらい俺の肩を握るカエルはほんの少しだけ申し訳なさそうにしていた。もしかしたら、自分の復讐に似た今回の戦いに巻き込んでしまったと思っているのだろうか? だとしたら、とんでもない思い違いなのに。


「だから……生き延びろ。何が何でも、な」


 ……思い違いなのに、その重い期待に俺は何も言えなくなってしまった。
 星の運命が、決まる。






「ダ・ズマ・ラフア・ロウ・ライア……」


 階段を下りきり、錆び付いた扉を開いた先。床に立たされた蝋燭が、中を歩く度に侵入者を歓迎して火を灯す。響く声は低く擦れたように流れ、歓喜。その対極の感情を否応無く俺たちに植え付ける。
 室内は蝋燭以外何も置かれておらず、寂しい光景と言えるだろうに、何故だか猥雑な印象を受ける。それは、この空間に充満する、言ってみれば魔の気配から来るものだろうか?
 紫煙のくゆる空気は喉にはりつき、それでも不快とは一概に言えないこの矛盾。有り得ない心象を刻むこの揺さぶりは、意図されたものなのか、それとも、この矛盾こそ魔王の放つ気配なのか。


「リズ・マルア・サバギ・テニアラ・ドウ……」


 蝋燭の置かれた位置は来訪するものをこの城の主に案内する。風に揺られても灯火を絶やすことの無い炎は力強さよりも無機質さが際立ち、火の概念にすら不安を覚えさせる。


「紡がれよ、天と地の狭間に……」


 カエルもルッカも、そして俺も。左右の暗闇から魔物が襲ってくるのでは、と不安に思うことは無い。何故なら、今ここで呪を唱えているものに、護衛の類は不要なのだから。魔を司るとはすなわち死を司るということ。それはきっと魔物のみでありながら平等に与えられる。具現化した死に守りなどいらないだろう。


「この、大地の命と引き換えに……!」


 部屋に敷き詰められた蝋燭が、明かりを引き連れて一斉に姿を現す。
 ……見えたのは、異形の顔を持つ人間の像。大きさは部屋の天井に頭がついていることから、五メートル前後。
 奇怪な文様の魔方陣。赤い線は鉄の匂いが含まれている、予想だが、血液を使用していると思う。
 青い、長い髪。黒いローブ。分厚い皮の靴と手袋。……特に珍しいものではないその人間こそ、異様に存在感を放ち、呼吸を忘れさせた。


「……魔王……っ!」


 動いたのはカエル。いやそれでは少し間違っている。動けたのが、カエルなのだ。


「……いつかのカエル、か。どうだ、その後は?」


 呪文を止めて、魔王は広げていた両手を戻しこちらを一瞥もせず応えた。


「感謝しているぜ……こんな姿だからこそ」


 鞘を放り、高らかに剣を掲げて、右手で握り魔王の背中に向ける。その切っ先に、殺意と想いを乗せて。


「ほう、貴様がグランドリオンを……なるほど、道理で。……だが、今度は他の者が足手まといにならねばいいが……な」


 ひゅおお……と、風も無いのに、風音が耳を通る。肌には感じないその風は、悲しそうに、誰かの嘆きのように胸を締め付け離さない。
 その嘆きは、その内容は、なんだったのだろう? 嘆願? 悲鳴? 悔恨? 憤怒? 感傷恋慕快楽贖罪懺悔憐憫情熱狂気嫉妬絶望?


「黒い風がまた泣き始めた……よかろう、かかって来い」


 きっとそれは、


「死の覚悟が出来たならな」


 生人を誘う、死人の咆哮。





 三者同時に足を動かし、魔王を支点に囲む。動いた! この魔王城に来て一番自分を褒めたいところだ。あの尖り狙う殺気の渦から抜け出せたのだから。
 ルッカは早くも魔法の詠唱を開始する。カエルも同じく印を組み最高の魔力構成を作り出した。俺はソイソー刀を刺突に構えて魔力を送り、剣を伸ばそうとする。魔王はまだ動かない。全員の同時攻撃準備が六割、いや八割を終えたこの瞬間になんのアクションも無い。


「燃えろ」


「……え?」


 油断は無かった。あらゆる瞬間で魔王の動きを見逃さないように集中は怠っていない。瞬きすら死に直結するかも、とまで目を見開いていた。そこが間違いだった。死に直結するかも、ではない。繋がるのだ、それはもう、酷く密接に。
 魔王の『燃えろ』。ただその一言で俺たちは地に伏せることとなった。
 魔王を軸に広がる円状の炎の壁。恐らくそういったものだったと思う。一瞬炎の舌が魔王の足元で発生し、次の瞬間には俺たちは炎の中に身を投じていたのだから。


「か……はあっ!」


 磁力全開、それにより浮かべた石の床でかろうじて防御した俺は喉にダメージを負ったが、まだ体は動いた。かろうじては、という程度ではあるが。
 一度倒れたカエルも詠唱破棄したウォーターでダメージを軽減。ルッカは同じ火属性だったことが幸いし、爆風に投げ出された体を起こした。


「ほう、立てるか女。それなら」


 魔王が指を鳴らした瞬間、ルッカの悲鳴が一瞬聞こえて、その体を見失った。黒い半円の幕がルッカを包んだのだ。天頂から徐々に幕は削がれていき、残った場所には無残にへこんだ床と、ルッカが体中から血を流し気を失っている姿。


「……! ルッカ!」


 嗄れた声で呼びかけて動かなかった体にむりやり力を入れて走り出す。制止するカエルの声を振り切って近づく俺を、氷のような目で見つめる魔王が掌を突き出した。
 瞬間、俺の腹に練りこまれた円柱状の電撃の柱。俺が天属性だから体は繋がっている……もし、俺が火属性や氷属性なら、上半身が蒸発したか、遠く後ろに放り出されただろう。


「くっは……! ……まだ、まだ動ける!」


「随分と頑丈なのだな、いや貴様らも魔法を使えたか。ならば相性が良かったに過ぎん、か」


 歯を食いしばりもう一度駆け出す俺に魔王は一瞬感嘆の声を上げ、すぐにタネを理解する。足をふらつかせながら走る俺に指先で照準を合わせてまた指を鳴らす。……ルッカを倒した魔法か!?
 俺の周りにルッカの周りに現れたものと同じ半円球の幕が作られていく。身構えた俺を襲ったのは、天から俺の体に降る、単純な力。堪えることなど出来ない重さが圧し掛かり、堪らず膝を突いて床に押し付けられる。その力は幕が消えていく瞬間瞬間で増していき、床と体が同化するのではないかとまで思えた。
 暗幕の消えた頃、俺は走るどころか立つことすら困難な体となり、意識を保つことで精一杯となる。


「先の女もそうだが、息絶えていないとは流石、魔王城を越えただけのことはある……なら」


 魔王が下手投げをするように腕を下から頭上に持ち上げる動作を繰り出すと、俺の周りに体の無い顔が次々に浮かびだした。その顔の一つ一つが俺を羨むように、蔑むように見てくる。不気味な光景に目を閉じようとするが、どうしても目蓋が動かない。いよいよその顔は俺に近づき、体の中に入っていった。
 不意に俺を縛る力が消えて目を閉じると、猛烈な吐き気と心臓の痛みが始まった。頭は脳みそをかき混ぜられているような不快感を訴え、口からは止められない吐血が体の危険を知らせる。鼻や耳、果ては目からも流血が起こり爆発するように早鐘を打っていた鼓動は徐々に途絶えようとしていた。


「ごぼ……え? あ?」


「理解できぬ、という顔だな。今貴様に放った魔法はヘルガイザー、貴様の命を少しずつ、確実に削り取るものだ……遅々と死ね、上出来な凡愚」


「ヒール!」


 横から飛び出してきたカエルがヒールをかけて俺の体力を回復させてくれる。それでも戻った体力からすぐに血液として体から流れていくのは止められない。無間地獄とはこのことか……


「大丈夫かクロノ? ……安心しろ、あの魔法は対象が魔法をくらった時点での全体力しか奪わない。もう少しでその症状は治まるはずだ」


「ぼ……ぼんどう、が?」


 喉に血がからみ濁音しか発生できない俺の聞き取りづらい声を理解し、カエルは力強く頷いてくれた。


「そのままでいろクロノ……あいつは、俺が倒す」


「断定したな。力の差が分からぬ程矮小な人間とは思っていなかったが」


「……問答は無用」


 俺を励ましつつ詠唱していたカエルのウォーターが魔王に飛び、それに追随してカエルが電光石火の突きを放つ。ウォーターは魔王の作るより強い水流に消え、突きは容易く横にかわされた。しかしボッ、という音が遅れて聞こえる音速の蹴りをカエルは手で受け流し首元を狙い再度突く。グランドリオンは空を切るも魔王の攻撃もカエルには届かない。至近距離が過ぎる今では魔王も魔法を練れず肉弾戦のみの戦いとなっていた。


「これが、魔王と勇者の戦いなのか?」

 ヒールにより一時的に治った喉で身震いした声を落とす。
 互いに一進一退。魔王の攻めはカエルの剣を越えず、カエルの猛撃は魔王にいなされる。時間は僅か数分足らず、けれど濃縮されたそれは確かに激闘と呼べるものだった。


「ふむ……かつてに比べ格段に腕を増したな……だが」


 一度距離を置いた魔王はいぶかしむカエルを笑い、その凍えるような顔を動かして、今だ動けない俺に向けた。……まさか、嘘だろ?


「ヘルガイザー」


「ひぎっ……がああぁぁ!!?」


 地獄の苦しみが再来し、俺の体以上に心が殺されていく。もういいから、殺してくれと言いたいのに口は悲鳴以外の音を鳴らさない。涙や鼻水が血に混じり薄紅色の化粧を顔に塗りたくる。カエルが俺の名前を叫ぶが、耳を閉ざすように血が満ちている鼓膜はじゅくじゅくという水音を優先的に脳に届けてしまうのでよく聞こえない。


「甘いな、グレン。仲間の悲鳴一つで貴様の気は乱れ途絶える。勇者とは心魂を強靭に保たねばならんのだろう?」


「クロノ! ……おのれ、魔王!」


 グランドリオンを正眼に構え、魔王との距離を詰めるカエル。その俊足は風の如く、流星のように剣光を繋いでいた。


「何より……サイラスにも劣るその剣技で俺に迫るか」


 魔王は何も無い空間から闇よりも黒い大鎌を呼び出す。その黒は今この場にあって尚目立ち、その存在理由を愚者に思い知らせる。
 跪け、と。


「ぎっ!?」


 カエルの剣が届くよりも速く魔王の鎌の先端がカエルのわき腹に入り込んだ。魔王は右手以外なんら動かしていない。ただ持ち上げて、振っただけだ。技術など無い、単純な攻撃。それが、あのソイソーと斬りあったカエルを破ったのだ。
 鎌をカエルの体ごと持ち上げて、俺の近くに投げ捨てた。「あ……が、ああ……!」と苦悶の叫びを押し込めるカエルの顔に、確かに見えた。絶望という結果が。


「か……かて、ない」


 自分の声が涙交じりだったことに驚きはない。今までにも負けそうになったことはあった。王妃、警備ロボ、ジャンクドラガーやソイソーにマヨネー。……でも、ここまで圧倒的だったか? ここまでの屈服感を味合わされただろうか?
 そうだな、俺は今この場に来るまで負けを意識していなかった。もしかしたら怪我するかもしれない、というどこか第三者的な、観客のような緊張感しか持ってなかったんだ。『死ぬ』なんて、意識してない。ゼナン橋だって、いざ戦いに向かった時俺は『死ぬ』なんてこれっぽっちも思ってなかった。でも、今は違う。
 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。遊びじゃないんだ、だれもタイムなんか宣言しない。夢でもないんだ。誰も俺を起こしてくれない。だって、ここが現実なんだから。


「ぐ……ヒール……」


 痛みでぐらつく精神で回復魔法を完成させたカエルは俺とルッカに回復の水を振り掛ける。それを見た魔王が「まだやるのか……?」と手袋をきつく付け直していた。


「はあ、はあ……完治には程遠いか……」


 ゆっくりと傷を負った場所を押さえながらカエルが立ち上がる。そこを狙い魔王が氷の槍を飛ばし肩を削られたカエルがまた床に沈む。起き上がっても、勇気を見せてもさらに強大な力で這うことを強制されるその姿は、悪夢としか言いようがなかった。


「なんだ? これ……こんなの、ただの遊びじゃねえか……」


 どこまでも、限りなく悪意溢れる遊び。ルールは殺すこと。いたぶってもいいし、魔法も鎌も使っていい。相手がどれだけ痛がろうと、怖がろうと冷酷に殺せるかがゲームをスムーズに進めるコツ。対象が足掻く様を見るのがゲームの目的ってところか、畜生……!
 俺の自棄な台詞を聞いた魔王の耳がピク、と動き地面を這う俺の姿を視界に入れた。

「遊び? なるほど、確かにこれは遊戯と言えるだろう」


 言って、先程の儀式のように両手を広げた。世界を牛耳るように、地上を覆いつくすように。


「だが、往々にして世に生きる全ての生き物が起こす行動は快楽に繋がっている。すなわち、遊び。世界の隅で行われている幼子たちが遊戯により得る連帯感、充足感と、今貴様らが死ぬこの瞬間の絶望、嘆きは全て誰かの遊びにより生まれ出でる。悲しむな、悔やむな、ただあるがままを受け入れよ、生あるものの一生など、それらの繋がりでしかないのだ」


 この時、今この時だ。俺が、魔王の声を心地よいと思ってしまったのは。縋りたいと願った、その思想、哲学にも近い何かに。何もかもがゲームだとすれば、俺は痛みを感じる必要も無いし、怖がる必要も無いんだ。誰かと別れる悲しみも口惜しさもなんら、なんら。
 死ぬのが怖い? それは妄想、想像、夢想の類で、本当は何も感じる必要はないのだと思わせる何かが、その声と言葉に縫い付けられていて、毒が回るように俺の人生観を書き換えて、生きる意志のようなものが壊れていく。
 どのみち、生き残る術はない。『もしかしたら』と『かもしれない』が消えていく。
 もしかしたらこの旅を終わらせられることが出来るかもしれない。もしかしたら魔王を倒せるかもしれない。もしかしたら生き残れるかもしれない。『もしかしたら』が絶対に代わり、『かもしれない』がわけが無いに変化する。
 絶対にこの旅を終わらせられるわけが無い。絶対に魔王を倒せるわけが無い。絶対に生き残れるわけが無い。暗い想いはそこには無い。ただ、無色な感情が浮遊するだけ。気力とか、成し遂げようとする意思を作り出すその根本の部分が麻痺してしまう。


 本当ならそりゃあ、もっと足掻いて足掻いて最後に散る、なんて格好付けてみたいさ。死にたくないけど、何もせずに死ぬか? と聞かれれば勿論何かをして、残して死にたい。でも無理なんだ。
 力とか、魔力とか、そういう単純な部分じゃあない。手も足も出ないから諦めるとか、表層部分で諦めたんじゃないんだ。簡単にあしらわれたからって心はそう折れるものじゃない。
 『魔王』、その重荷にしかならない称号を俺たちと変わらぬ背丈で背負い続ける魔王。覚悟も、命の使い方も、精神的な剛健も。勝てる要素が無いと、数秒向き合って分かってしまった。中途半端に力量をつけてしまったせいかな、俺たちの力を合わせても、いや相乗しても魔王には及ばない。それこそ、足元どころかその足を支える床でさえ手が届かない。


「もう……勝てない……」


 体も、心も動かない。……動きたく、無いんだ。


「諦めがついたか。ならば死ね、風がお前を誘っている」


 死神を従える魔王が持つ、正真正銘のデスサイズ。あれに斬られれば魂ごと刈り取っていくのだろう。魔王はしゃおん、と澄んだ清流のような音を立てて、その断罪の刃を振り下ろした。





 それを許さない人間は今この場で、この世界でただ一人。





「臭いのよ、台詞が!」


 魔王の放った火炎壁と比べて随分ちっぽけな灯火。その熱量の塊をルッカは渾身の力で振りかぶり、投げた。
 魔力が出血の痛みと体力消耗の為上手く練られず、風が吹くだけで掻き消えそうな弱い炎。コントロール制御は対象に直接放ることによりカバー。彼女の攻撃は、確かに弱者の足掻きでしかなかった。
 そのまま寝ていれば、戦うことで得る痛みや苦しみ、無力を味わうことは無かったのに……何故?


 魔王は虫を追い払うように片手を振り炎をかき消す。間を置かず打ち出された弾丸は視線一つで地に落とし、ナパームボムを同時に三つ投げられた時も氷を操り爆弾を凍らせる。ルッカは火炎放射器を向けて火を放つも、電撃を打ち出されて機械が爆発しその余波を間近で受けたルッカはさらに傷を負う。それでも意識を留めながらハンマーを投げて応戦、これには魔王も瞳を揺らし、魔力で防御することなく左手で受け止めた。
 彼女愛用のハンマーを手で遊びながら、魔王は不思議そうに問う。


「諦めないのか? ……随分と無様な。最後まで生きようとする心は否定しない。だが抵抗も度が過ぎれば悪質となる」


「無様で良いわよ、それが私だから。諦める? このルッカ様の人生で一番縁遠い言葉ね」


 魔力の直撃を受けて体から血を垂れ流し、帽子につけたゴーグルはレンズは吹き飛び、フレームは曲がりくねって半ばから取れている。左手の骨が折れているのだろうか、だらりと宙に浮かせ、時折体に触れた時「ぐっ!」と呻く。足だってもうボロボロで、立っていることが奇跡に思えた。
 ……違う、立っていることが奇跡なのは、怪我のことだけじゃない。何故立とうと思えたのか、生きようと願えるのか。


「あんたさっき言ったわね。あるがままを受け入れる? それは良いわね、きっとどんな不幸が起きてもそう思ってれば楽でしょうよ……運命なんて都合の良い敵役がいれば舞台は整うわ、主人公は自分自身で、絶対に勝つことが出来ない喜劇。誰でも思い浮かぶ材料で、誰でも入手可能な舞台装置で、生きている限り誰でも扱える役者がいれば成り立つ舞台……でもね」


 彼女は魔王に語りかけている。その声は刺々しく、忌み嫌うような声音だから。見たくも無い、そんな奴に聞かせる感情を込めているから。
 ……なら、何でルッカは俺を見てる?


「その舞台を、誰が見てるの?」

 いつだって俺が諦めそうになったとき、ルッカは俺の頭をはたいてきた。
 逆上がりができなくて、ふてくされてしまった時。算数の公式が理解できなくて宿題をサボろうとした時。飼っている猫が病気になって医者にも見捨てられた時。……そうだ、昔見た演劇が原因で俺が街の子供たちから孤立していじめられてる時だって。思い切り脳を揺らして俺を正気に戻してくれた。
 ……ああそうかい分かった。分かったよ。皆まで言うな。


「自分が客席で見てる、なんてつまらない三文小説みたいな事は言わないでね。自分は役者なんだから、観客席にいるわけが無いの。じゃあ観客は誰? 自分以外の誰かでしょう?」


 だから言うなって……ああ、俺が倒れてるから続けてるのか。それなら……
 右手に力を入れる。不思議だ、ルッカの姿を見るまで神経が全部ブチ切れたんじゃねーかってくらい動かなかったのに。指先が動くじゃねーか。さっきまで指先も動かなかったんだから、次は体全体動くだろうさ。早くしないとあの幼馴染が叩き起こしてくる。それは寝覚めが悪い。
 寝覚め……そう、俺は寝てたんだ。じゃなきゃあんな気持ち悪いニヒリズムな考えを持つわけが無い。


「そんなだらけた一生を見せられて、観客の誰が拍手を送るの? 少なくとも私は送らないわね、そんなもの途中で劇場を出るわ。カーテンコールまで耐えられないもの。さっさと幕を下ろせって話よね」


 それ、つまり死ねって言ってるんだよな? ……励ましてるのかと思えば、それと真逆なこと抜かしやがる。けどまあ、ルッカの言うことは正しいよ、そんな盛り上がりの無いシナリオなんかくそ食らえだ、脚本家をすぐにクビにしたほうが良い。


「婉曲に過ぎるな、つまりお前は何が言いたい?」


「分からないの? じゃあ分かりやすく言ってあげるわ。なんてことないのよ、私が言いたいのは一言だけ」


 剣はどこにある? 俺のすぐ近くだ。握れた。なんだか、凄く軽いように感じた。倒れたまま持ち上げても、羽よりも、空気よりも、軽い。
 さて、魔法はどうやって使うんだっけ? そうだ、ただ叫べばいいんだ。力を込めて、あるがままの心をぶちまければ定型句を使わなくても応えてくれる。スペッキオが言ってたじゃないか。魔法は心の力だって。
 でも、ここは定型句を使わせてもらおう。その方が、なんだからしいじゃないか。さて、『サンダー』と言えば俺の体から電撃が迸るんだろう? ……でも、それじゃああまりに無粋。折角彼女が啖呵を切って場を沸かせているんだ。観客が歓声を上げるにはもう少し足りない。じゃああれだ、もう一段階パワーアップさせればいいんだ。そうだろ? こういう時に新技披露、なんて英雄譚によくあるパターンだけど、王道は守らないと観客は呆けてしまう。奇を衒うのは悪くないけれど、魔王を倒すなんて場面はもう少し過去の物語をなぞった方が良い。


 ルッカが息を吸う。俺も息を吸う。そして、グランドリオンが命を吹き返す。きっとその持ち主が柄を握ったから、喜んでいるんだ。
 ……本当、俺をここまで奮い立たせるのはお前くらいだ、ルッカ……そんな彼女はいつまでも寝転がる俺に顔をしかめている。俺は、ルッカに怒られるのが一番怖いと知ってるのに、何故怒らせた? 一番の理由は俺の不甲斐なさ。けれど、その原因を作ったのはお前だ、魔王。
 そう、だから俺はお前に……


「とっとと起きなさい! クロノ!」


 メにモノ見せてヤル。


「サ、ン、ダ、ガッッッ!!!!」


 俺の腹部から飛び出す光電球。その光は増して、暴君の再来を待つ。線香花火のように電流を散らばらせて、大渦のように電撃の巨腕を回転させた。
 爆ぜて、燃えて、消し飛べ。その願いから現れた雷爆は天井を吹き飛ばし、部屋の壁を削り、石像を砕き、蝋燭を吹き飛ばした。


「……ぐっ」


 魔王は腕を交差して俺の電撃に耐える。手が届く距離から数億を超える電流を当てられているのに、難なく防ぐとは、正直少し自信をなくす。俺の最高傑作なんだけどなあ、とぼやき、嵐のような轟音が響く中その言葉を拾ったルッカが口だけを動かして「あんたらしいわよ」と伝えてくれる。予想通りと言えば予想通りだから別に構いやしないけどさ。それに、俺の役割はサンダガで魔王を倒すことじゃない。魔王の魔法と両手を塞ぐだけ。……そう。


 魔王を倒すのは、勇者だってのが正史だろうが。


「魔王ーーーー!!!!!」


 勇者は大上段からに剣を構えて、今は無い天井を越えた先にある空の月を背に飛んでいた。その背にあるのはなにもそれだけではない。親友の仇、王国と民の悲しみ、剣士としての誇り、勇者の使命。重力に加えてその重すぎる人生を加重に魔王へと迫っていく。


「……惜しかったな」


 両手で受け止めていたサンダガを消し飛ばし、魔王は鎌を持たない左手をカエルに向けて掌に火炎を作り出した。……最初に俺たちに当てた炎の壁か!?
 カエルはもう、目を開くことなく直線に魔王との距離を近づけていく。避ける方法も、そのつもりも無いのだ、と証明するようなその態度は唯一つ、俺たちに向ける信頼のみを見せ付けていた。


「惜しかったな、は私たちの台詞よ!」


 ルッカは一つのナパームボムを取り出しすぐさま手元で爆発させて、そこから生まれる熱と爆破を無理やり自分の魔法に組み込んだ。右手は焼け焦げ手の五本の指は全てあらぬ方向に曲がり、それでもその爆発火炎球を作り上げた。


「私にしては、優雅さが足りないかしらね……っ!」


 痛いだろう、泣きたいだろう、それらの感情をねじ伏せてルッカは魔王の左手に魔力と科学の合成体を投げつけた。
 防御するまでも無いと踏んだのか、魔王は避けることなくカエルの迎撃体勢を崩さない。


「……くっ!?」


 魔王の手が弾け飛んだわけでも、傷を負ったわけでもない。ただ、動いただけ。溜め込んだ魔力が霧散しただけ。
 溜め込んだといっても、ほんの数秒かければまた収束する魔力。ただその数秒はカエルが魔王の体に到達するまでの時間には足りなかった。
 しかし、魔王の攻撃の手札が消えたわけではない。まだその右手に何者の存在も許さない大鎌が握られている。カエルの剣技では魔王の操る鎌の防御を崩すことは出来ないだろう。それはもう立証されている。そうなれば、また振り出しに戻りこの一隅のチャンスを露に消すこととなってしまう。


「させねえ……!」


 左手で右手首を持ち軌道補正、この近距離でも暴発する可能性がある。右掌を広げて魔王に向ける。魔力詠唱の時間は無い、つまりサンダガ程の電力は使えない。
 そして俺は思い出す。魔王が使った電撃は円柱状の電撃柱。電気特有の乱れは無く、凝り固まったように放出されていた。きっと魔王がアレンジした魔法形態なのだろう。……敵の真似とは些か情けないが、まだ俺は魔王に俺という存在を見せてない。あいつはまだ俺の心の芯を見ていない!


「一点集束……貫け、サンダー!」


 直後右手が脱臼した。にも関わらず痛みを感じないのは強すぎる電力を打ち出した為神経がやられたのか? 急いで回復魔法で治さないと一生動かないかもしれないと危惧したが、そのリスクを背負ってでも発動して良かったと思う。
 魔王の右手に握られた鎌は、頭上に放られていたのだから。
 魔王の目に浮かぶのは、驚き。
 魔法を使う左手を弾かれ、己が武器は空を舞っている、その事実に信じられないのだろう。今まで全てを無機物として見ているような眼差しは見開かれ、闇に浮かぶカエルの姿をじっくりと追うだけだった。


 星の運命が、決まる。
 決まるのだ。


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