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No.20619の一覧
[0] 星は夢を見る必要はない(クロノトリガー)【完結】[かんたろー](2012/04/28 03:00)
[1] 星は夢を見る必要はない第二話[かんたろー](2010/12/22 00:21)
[2] 星は夢を見る必要はない第三話[かんたろー](2010/12/22 00:30)
[3] 星は夢を見る必要はない第四話[かんたろー](2010/12/22 00:35)
[4] 星は夢を見る必要はない第五話[かんたろー](2010/12/22 00:39)
[5] 星は夢を見る必要はない第六話[かんたろー](2010/12/22 00:45)
[6] 星は夢を見る必要はない第七話[かんたろー](2010/12/22 00:51)
[7] 星は夢を見る必要はない第八話[かんたろー](2010/12/22 01:01)
[8] 星は夢を見る必要はない第九話[かんたろー](2010/12/22 01:11)
[9] 星は夢を見る必要はない第十話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[10] 星は夢を見る必要はない第十一話[かんたろー](2011/01/13 06:26)
[11] 星は夢を見る必要はない第十二話[かんたろー](2011/01/13 06:34)
[12] 星は夢を見る必要はない第十三話[かんたろー](2011/01/13 06:46)
[13] 星は夢を見る必要はない第十四話[かんたろー](2010/08/12 03:25)
[14] 星は夢を見る必要はない第十五話[かんたろー](2010/09/04 04:26)
[15] 星は夢を見る必要はない第十六話[かんたろー](2010/09/28 02:41)
[16] 星は夢を見る必要はない第十七話[かんたろー](2010/10/21 15:56)
[17] 星は夢を見る必要はない第十八話[かんたろー](2011/08/02 16:03)
[18] 星は夢を見る必要はない第十九話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[19] 星は夢を見る必要はない第二十話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[20] 星は夢を見る必要はない第二十一話[かんたろー](2011/08/02 16:04)
[21] 星は夢を見る必要はない第二十二話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[22] 星は夢を見る必要はない第二十三話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[23] 星は夢を見る必要はない第二十四話[かんたろー](2011/08/02 16:05)
[24] 星は夢を見る必要はない第二十五話[かんたろー](2012/03/23 16:53)
[25] 星は夢を見る必要はない第二十六話[かんたろー](2012/03/23 17:18)
[26] 星は夢を見る必要はない第二十七話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[27] 星は夢を見る必要はない第二十八話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[28] 星は夢を見る必要はない第二十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[29] 星は夢を見る必要はない第三十話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[30] 星は夢を見る必要はない第三十一話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[31] 星は夢を見る必要はない第三十二話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[32] 星は夢を見る必要はない第三十三話[かんたろー](2011/03/15 02:07)
[33] 星は夢を見る必要はない第三十四話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[34] 星は夢を見る必要はない第三十五話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[35] 星は夢を見る必要はない第三十六話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[36] 星は夢を見る必要はない第三十七話[かんたろー](2011/08/02 16:08)
[37] 星は夢を見る必要はない第三十八話[かんたろー](2011/08/02 16:07)
[38] 星は夢を見る必要はない第三十九話[かんたろー](2011/08/02 16:06)
[39] 星は夢を見る必要はない第四十話[かんたろー](2011/05/21 01:00)
[40] 星は夢を見る必要はない第四十一話[かんたろー](2011/05/21 01:02)
[41] 星は夢を見る必要はない第四十二話[かんたろー](2011/06/05 00:55)
[42] 星は夢を見る必要はない第四十三話[かんたろー](2011/06/05 01:49)
[43] 星は夢を見る必要はない第四十四話[かんたろー](2011/06/16 23:53)
[44] 星は夢を見る必要はない第四十五話[かんたろー](2011/06/17 00:55)
[45] 星は夢を見る必要はない第四十六話[かんたろー](2011/07/04 14:24)
[46] 星は夢を見る必要はない第四十七話[かんたろー](2012/04/24 23:17)
[47] 星は夢を見る必要はない第四十八話[かんたろー](2012/01/11 01:33)
[48] 星は夢を見る必要はない第四十九話[かんたろー](2012/03/20 14:08)
[49] 星は夢を見る必要はない最終話[かんたろー](2012/04/18 02:09)
[50] あとがき[かんたろー](2012/04/28 03:03)
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[20619] 星は夢を見る必要はない第十三話
Name: かんたろー◆a51f9671 ID:423dceb7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/13 06:46
 しとしとと雨が降り続く中、ルッカとマールが戦闘に参加して一時間が過ぎ、ゼナン橋では今だ剣戟の音が遠く彼方まで鳴り響いていた。


「はあ、はあ、はあ……フ、ファイア!」


 魔法の力は心の力、なるほど、今の磨耗した精神力ではまともな魔法など出るわけがないか、と掌から微かに生まれた炎を見てルッカは自嘲する。倒しても倒しても現れる骸骨の群れ、対してこちらは兵士達の武器が大半破壊され、中には手甲を武器に殴りかかる者までいる。ルッカと同様にマールの魔力も底を尽き、回復呪文の詠唱を口にしても魔法が顕在することは無い。


(ボッシュから買ったポーションも無くなったし、兵士たちが携帯しているエーテルやポーションのような回復薬なんてとっくに無くなった……厳しいわね、ちょっと楽しいくらいよ!)


 魔力が残っていないのならばとルッカは魔法を使うことを止めて今まで敵に向けていた掌にプラズマガンを握らせて連射する。僅かなりにも属性効果のあるプラズマガンだが、兵士たちの攻撃よりは効いているという程度のダメージ。それだけの攻撃で魔物の行進は止まらない。ましてやルッカ以外の人間は騎士団長以外腰が引けて打ち合うということすら避けている状況、王手詰みは近い。


「まだだ! まだ逃げるな! 我々の本分を思い出せ! 我々の名を思い出せ! ガルディア騎士団とは名ばかりの臆病者たちか貴様ら!」


 騎士団長が部下たち全員に発破をかけるが、皆反応は同じ。一様に項垂れて、挑発染みた言葉に何も言い返すことは無い。
 彼らは思考する。俺たちは頑張った、だからもう逃げていいんじゃないか? 今まで魔王軍なんてバケモノたちと戦ってきたんだから、城に帰還してもいいんじゃないか? その結果村が襲われ民が殺されても誰が俺たちを責められる、俺たちは褒められるべきだ、称えられるべきだ、と。奇しくもそれは、対岸で目から光をなくしているクロノとよく似た考えだった。


「はっ、はっ……もう……魔力は使えない……なら!」


 眩暈を気力で我慢して、マールは未来で拾った白銀の弓を手に取り魔物の軍勢に矢を放つ。ルッカのプラズマガンとは違い、マールの弓に属性付与は無い。骸骨たちの骨を折ることはできるが、全身をバラバラにさせるには到底至らない。足を狙い速射するが、一、二匹倒れこんだところで行進スピードに影響は無い。マールは自分の無力さを恨めしく思いながら、それでも愚直に弓矢を打ち続けた。


 一人、また一人と兵士達が血の海に沈む。騎士団長の近くにいる兵士が「これで第三騎士団は全滅だ……もう駄目です! 逃げましょう団長!」と逃亡を求めたことを皮切りに、兵士達が団長の制止も聞かず各々うろたえて騒ぎ出した。その声は「逃げないならいっそのこと投降しよう!」「馬鹿、モンスター相手に何言ってるんだ! 笑って殺されるのが目に見えてる!」「もう嫌だ! 勝てる訳無かったんだこんな戦い!」と言葉の形に違いはあれど、思いは一つ、もう戦いたくないということだった。残った第四騎士団の中には少年兵も数名在籍していたようで、今は遠い父や母の名前を叫ぶ者もいた。


 それらの嘆く声に騎士団長は笑う。楽しいからではない、悲しいからでもない。もう悟ったからだ、これ以上戦い続けるのは無意味、そして無理だと。


(確かに、部下たちはよくやった。私は団長として、サイラスの代わりとして逃げるわけにはいかんが、こいつらはもう逃亡させるも、そして両親の元に帰らせるも自由にさせてやるべきか……)


 腹を決めた団長が退却を宣言しようと息を吸う。もう充分だ、これ以上何が出来る? これはもう戦いではない、蹂躙だ。我々がこれ以上命を賭けようと、散らそうと何の意味も無い。ならば短い間とはいえ生を選ぶのが当然ではないか……


「違うよ」


 騎士団長の、呼吸が止まる。


「全然違うよ、そんなの私たちガルディア王家の者が選ぶ道じゃない」


「マール殿? 貴方は一体何を?」


「控えろ!」


 その号令を耳にした途端、敵がすぐ傍まで近づいて来ているのに、今まで逃げろ逃げろと騒いでいた兵士達ですら反射的に膝をつき頭を垂れた。


(……何故? 何故我々はマール殿に、いや、このような小娘に気圧されて膝をついているのだ?)


 理解が出来ない。事実上壊滅してしまった今では体裁も整えられないが、仮にも自分達は誇りあるガルディア騎士団。何故先ほどまで名も知らなかった娘に騎士にとって最大限の礼を捧げているのか?


「……リーネ王妃」


 さっきまで騎士たちの筆頭となって喚いていた兵の一人が思わず口にしてしまったという顔でマールを見上げていた。その言葉につられて周りの兵士も伝染するように顔を上げて「リーネ王妃?」「リーネ王妃だ!」「リーネ様なのか? ただ似ているだけじゃなくて?」「でも……あの威圧感、堂々たる振る舞いはどう見ても……」と口々に疑惑の声を上げる。それらの声を全て断ち切るようにマールは橋の木板に強く足を叩きつけて場を静寂とさせる。その覇気、その迫力に物言わぬモンスターたちですら立ち止まりマールに圧倒されていた。


(マール……貴方)


 動きを止めていたのは兵士やモンスターだけではない。マールの友人であるルッカもまた彼女の豹変に気を取られ、銃口を下げていた。ルッカは感じる、背中に何か熱いものがぞくぞくとこみ上げてくるのを。何かがこの場で起きることを確信していた。


「私の名はマール。ごく普通の女の子であるただのマール。でも、今だけは違う!」


 右手を広げて演説をするように兵士達を見渡す。その数20弱。マールたちには知る由も無いが、残るモンスターたちの三分の一程度の数だった。
 マールの眼には光が溢れ、見る者に力を与える。もしかしたら、自分は立てるのではないか? と思わせる。もしかしたら自分はまだ剣を握れるのではないか? と思考させる。もしかしたらまだこの戦いに…………と希望を見せてくれる。


「聞けガルディアの誇りある騎士たち! 私の名はガルディア家34代目王女、マールディア! 私の後ろで逃げ惑い生を謳歌するならばそれも良い! 私を置いて各々の思い人の元に走りたければ止めはしない! だが……」


 一拍置いて、マールはもう一度兵士達の顔を、目を見る。もしかしたら…………自分達は最強の騎士団なのだと思わせる何かが、その大きな瞳に灯っていた。
 兵士達は幻視する。目の前の少女が美しい純白のドレスを纏っている姿を。その姿は見るものを昂揚させ、自分達が騎士である事を思い出させた。


(……なんと勇ましく、そしてなんと神々しいのだ、この少女は)


 騎士団長の口からもれる音は言葉ではない。戦場において無駄な口を叩く騎士などいないのだから。
 騎士団長の目から溢れるものは涙ではない。戦場において涙を流すことほど無様な事はないのだから。
 騎士に必要なものは敵を圧砕する力と技、何者にも負けぬ強い心。残るは一つ、入団試験のときから胸に留めている基本にして最も重要なもの。


「私の隣で戦うならば! 私の前で敵を切り裂く刃と化すならば! そなたらは誇れ! 自分はあらゆる歴史において比べることの出来ぬ天下無双の騎士であると!」


「うおおおおおおおおおお!!!!!」


 国に使える、忠義のみ。







 星は夢を見る必要は無い
 第十三話 ゼナン橋防衛戦(後)










「ギガガガガガッ!!」


「砕けろバケモノどもがっ!!」


 醜い悲鳴を上げる魔物を一刀のもと切り伏せて、兵士たちは前進する。訓練もせず、ただ魔物の身体能力だけに頼った攻撃など受ける理由が無い。敵の伸ばした長い槍を掴み振り回して橋の下に叩き落す。武器が砕けてしまった兵士は敵の槍を拾い、奪い、果敢な動きで敵陣に突撃を続ける。
 止まるなかれ、止まれば王女様に追いつかれてしまう。彼女の隣に立ってともに戦う、それが悪いこととは思わない。ただそれでは騎士とは言えぬ。彼女の後ろで敵に背中を見せて逃亡するなど男とすら言えぬ。目の前で奇怪な音を鳴らすバケモノどもは怖くない。怖いのは後ろで自分達を追いかけて、王女の身でありながら魔物と戦おうとする彼女の存在。
 追いつかれるな、彼女が触れる前に魔物を切り、砕き、叩き落せ、彼女に魔物の汚い手が触れることなど言語道断、彼女の美しい手が魔物に触れることなどあってはならない。


「足を止めるな! 我々が恐れる事は死ではない! 我々の恐れるものは何か!? 自分で思い出せ!」


「おおおおおっっ!!!」


 騎士団長の激励が兵士達の前進速度を上げる。魔物の群れはあまりの早さに対処が遅れて後手に回り、反応する前に骨の破片となって海に落ちていく。
 ゼナン橋防衛戦、この終盤で人間達の猛反撃が始まった。








 雨足が緩み、騎士団の叫びが橋の外まで響き渡ってきた。それほどまでにマールの言葉が胸を打ったのか。
 ……完全に部外者となった俺でも胸が熱くなったんだ、騎士団の奴らが燃えない訳はねえよな。
 いつのまにか俺は立ち上がってマールたちの戦いに見入っていた。騎士団は猪突猛進、自分達の命をマールに捧げるという勢いで剣を振るい槍を払って体を弾に変えて雪崩れ込んでいる。あいつらは普通の人間なのに、魔法も使えないのに、戦いを生き抜き誰かを守っている。


「……俺は、一体何なんだよ?」


 人とは違う魔法という力を持っている。あいつらが魔法に弱いのは実証済み、その上俺の仲間があそこで戦っている。
 なのに……俺は何もしていない。俺がやったことはマールを傷つけて殴り飛ばしただけだ。一つだって役に立ってない、むしろあいつらの戦気を削いだだけじゃねえか。
 マールやルッカが危なかったことは両手じゃ数え切れないほどあった。その度俺は走り出そうとするが、近くに転がる兵士の死体が俺を金縛りにさせる。問いかけてくるんだ、「お前は死にたくないだろう?」って。体が動かない間に危機は去って、安堵する。また敵の凶刃が迫り動き出そうとするが、足が根を張ったように動かない。俺は……あいつらみたいに死ぬという恐怖から抜け出せない。
 俺はどうやって戦ってきた? 王妃や巨大マシンという強敵を相手に俺はどういうことを考えていた? 今や俺にプライドは無い。仲間のいない今の俺では誰かにすがる理由も無い。俺は何を思ってあの死地に赴けばいいんだ?


「誰か……誰か教えてくれ」


 返事は返ってこない。本当に誰でも良いんだ、誰か俺の背中を押すだけで良いんだ、そうしたら俺の足や体を縛る縄が解けるんだ。胸を張ってまたあいつらと仲間でいられるんだ。
 俺がこの旅に納得していないのは変わっていない。未来なんかどうでもいいし、魔王がラヴォスとかいうバケモノを召還したって全然構わない。ただ……ただ、あいつらと離れるのは嫌なんだ。
 いつも近くで俺を守り俺が守ってきたルッカと離れるのが嫌だ。
 太陽みたいに笑っておっちょこちょいで時にとんでもない芯の強さを見せ付けるマールに嫌われるのは嫌だ。
 いつも変な妄想ばかりしてるけど優しくて泣き虫なロボと笑い合えないのは嫌だ。


「何だよ、俺、嫌だ嫌だ言ってるだけで何にも出来ねえのかよ?」


 近くに転がる兵士が俺を睨んでいる気がする。何でお前が生きてるんだ、俺みたいに勇敢な人間が死んで何でお前みたいな臆病者が生きてるんだ、この恥さらし、としつこく責めてくる。
 ……もういいや、別に何言われてもその通りなんだから、反論のしようがねえよ。


 溜息を吐いて、今度こそ立ち上がれないくらいに深く座り込む。半端にやろうなんて思うから駄目なんだ、もう見捨てよう、あいつらならきっと勝てるさ、そうしたら一人でゲートを使って家に帰るんだ。母さんと一緒に暮らして、つまらない職業に就いてぼんやりした毎日を送る。幸せなことだろ?


「……死にたい」


「それは困ったの、人数分作ったというのに余ってしまうわい。じゃから止めとけ」


「……え?」


 俺の独り言を拾い上げたその人物は、にっと笑って橋の上を歩いていった。






「よし、この勢いなら橋の外まで魔物を追い出せそうね!」


 これだけ喧騒としている中で、誰かに聞こえるとは思わず私は言葉を口にした。
 マールは本当に凄い、あれだけ意気消沈していた兵士達をここまで高ぶらせて戦局をひっくり返せるのだから。……彼女、現代みたいな平和な時代じゃなくて、中世とか戦争のよく起きる時代に生まれてたら世に名を轟かせたんじゃないかしら? 言葉は拙くとも、あの迫力はそん所そこらの兵士には出せないわよ?
 魔法を使わずプラズマガンだけで応戦していたお陰で魔力が少しづつ回復していった。ぶつ切りに私は敵のど真ん中目掛けてファイアを打ち込み敵の混乱を誘う。その隙を兵士達がかかさず突撃で活用していく。いや、マジでこれだけ勢いのある騎士団はガルディアだけじゃないのかしら?
 兵士達は致命傷は避けて、小さな怪我をものともせず突き進むのでマールも治療に魔力を裂かずにすみ、私と交代しながらアイスを放つ。俗っぽく言うなら、パターンにハマッたわねこれは。


「ぬーん、人間風情が生意気じゃー!!」


「え?」


 がらがらのだみ声が聞こえたと思えば、私たちが来る前に死体となった兵士達が立ち上がり、私に剣を振りかぶってきた。


「ルッカ殿!!」


 危うく脳天を割られるところで騎士団長が兵士の剣を手甲で遮り事なきを得た。でも何で? 相手側に死体を操る魔物がいたってこと!?


 騎士団の皆がいきなり立ち上がってきた戦友たちに戸惑っていると、骸骨たちが端に移動して、列が出来る。その中から随分と高級そうな服を着た緑色の鯰みたいな魔物が下品な笑い声を上げて現れた。……全く、高笑いのなんたるかを分かってないわね。


「ワシは、魔王様第一の部下魔王三大将軍の、ビネガー。偉大なる魔王様の敵に、死を! ワシのかわいい息子達よ! こやつらに死を与えるのだ!」
 

 ビネガー? なんかそんな名前の調味料だかなんだかがあったわね。
 下らないことを考えていると、ビネガーが腕を振るい、また死体だった兵士達が立ち上がり私たちに攻撃してくる。
 マズい、騎士団の皆は死んで敵の傀儡となったとはいえ、自分の仲間を攻撃するのに躊躇い士気が下がってきている! しかも乱戦になれば誰が生きている兵士で誰が死んでいる兵士か区別できない! ビネガー、腹の立つ笑い方だけど結構いやらしい効果的な方法を使うじゃない……!


「んふふふふ、わしの魔力に恐れ入ったか人間どもめ! さあ、大人しく死ぬがいいわー!」


 くそう、性格的に残念そうな奴が一人加わっただけでまた劣勢に塗り替えられたわ!
 騎士団もさっきまでの勢いがまるで消えうせて、疲労が溜まってきてる。……無理も無いかしらね、さっきまでの勢いが奇跡だったんだもの。


「……ルッカ」


 マールが難しい顔をして私の近くに立つ。やっぱりマールにも分かるみたいね、騎士団の状態も、今の状況がどれだけ悪いかも。
 ビネガーの魔法がどんなものかは分からないけど、多分この橋の上に倒れている騎士団全員の死体を操れると思って間違いなさそう……今すぐ全員の死体を操ってこないところを見る限り、ある程度の距離内にある死体しか操れないみたいだけど……仮に今から引いたとしても、ビネガーが追いかけてきて後ろにある死体を動かせば退路が塞がれる。……考えろルッカ、私は天才なのよ、どんな状況でも突破口を見つけ出せるはずなんだから……!


「何、簡単じゃよルッカ。わしがこやつらを全員蹴散らせば良いんじゃ」


 どこかで聞いた老人の言葉に振り向こうとしたその時、後ろから巨大な針が飛んで高笑いしているビネガーの眉間に突き刺さる。うわ、あれで死なないんだ。


 ビネガーに攻撃が当たり魔法が解けたのか、騎士団の死体は動くことを止めてその場で倒れ始める。続けて人間の力で飛ばしたとは思えない槍の投合が始まり、骸骨たちを槍一本に突き三匹ほど巻き込んで骨塊を作り出していく。


「ふむ、ちいと物足りないが、さっさと終わらせんと王妃が拗ねるでな、早めに決着をつけようぞ」


 右手を異形の形に変えて、他の部位を人間の老人に変化して、杖をつきながら悠然と魔物の群れと対峙する。
 私たちの後ろから現れたのは過去、王妃を巡って戦った偽大臣、ヤクラだった。


「チョコレートが雨で溶けてしまう。時間は掛けたくない、行くぞ娘っ子。騎士団は下がっとれ、ここから先は魔法の使えん人間には厳しいものとなる」


 言うが早いがヤクラは老人に変化している脚力とは思えない速さで骸骨の群れに突っ込み、その中ほどで真の姿を現した。その巨体を生かした強力な突進で魔物をバラバラに、凶悪な腕力で骸骨を橋の外に叩き飛ばす。ヤクラめ、私たちと戦ったときは手加減してたわね? あの時の比じゃないわよその強さ!


 まだ戦おうとする騎士団の説得はマールに任せて私はヤクラと一緒に魔物の掃討を手伝う。正直何もしなくても片付きそうだけど、最後に出てきて美味しいところを掻っ攫おうなんてずるいのよ!
 私は自分の口が持ち上がっていくことを知りながら、今日一番の炎を出すべく精神を集中させた。








「ヤクラ……お前まで戦うのかよ?」


 あいつはここに一人でいる俺を責めず、ただ生きていろと言ってくれた。あの様子ではその後に行うだろう王妃要望のお茶会ならぬお菓子会にも俺を招待する気だろう。
 ああ、あいつの作るお菓子は美味かったっけなあ。きっと今みたいなどん底の気分で食べても美味いと思うんだろう。
 ──今更と言われるかもしれない。安全が確保できてから現れる屑と言われるかもしれない。だけど、前は敵だった奴ですら、魔物のヤクラですら人間たちのために戦っているのだ。……ああそうだ、俺が戦う理由が今見つかった。というか今決めた。ヤクラの登場が俺の背中を押してくれるなんて、なんだか癪だけど、感謝しよう。戦う理由もヤクラに関連することだけど、恥なんて思わない。俺の戦う理由なんて俗っぽいもので充分だ。


「精一杯動いた後で食べるお菓子の方が、美味いもんな」


 俺は雷鳴剣の柄に手を置き、風のように走り出した。








「くう~、なかなかやるな」


 私とヤクラのコンビに全ての骸骨が倒されたビネガーは後ろを向いて私たちに背中を向けて走り出した。こいつを生かしておけばまた戦いが続く、こいつの魔法は面倒くさいし、敵に残しておきたくないわ!
 ヤクラと一緒に逃走を始めたビネガーを追う。後ろからも騎士団を説得したマールが後を追いかけて走ってくる。マールったら、あれだけやる気溢れる騎士団を説得できるなんて、流石は私の友達ね!


「残るのはあの鯰じいさんだけ? へへっ、私たちの勝ちが見えてきたね!」


「安心するのはまだ早いわよ、あの緑鯰、見かけ通りにうっとうしい魔法を使うからね!」


「お主等、もう少し言い方というものを考えるべきではないか?」


 額から汗を流すヤクラ。いいじゃない、事実なんだし、あいつも自覚はしてると思うわよ? さっきから文句を言おうと振り返るけどモゴモゴ口を動かすだけで結局逃げてるし。


「あーんもう! 待ちなさいったら!」


「逃げ足だけは早いわね」


 いい加減覚悟を決めて欲しい。というか逃げるなら逃げるで一気に空間移動とかしてほしいものだ、中途半端に走って逃げるから私たちも本気で追わなくてはならない。いや、逃がすつもりは全く無いけどね。


「少々、お前達を甘く見過ぎていたようだ。しかし、今度はそうはいかんぞ。殺っちまえ! ……え?」


 振り返りざまにまた兵士の死体を動かし私たちを襲わせようとさせるが、死体が動き出した瞬間ヤクラがそれを弾き飛ばし海に放り込んだ。……可哀想だとは思うけど、ビネガーなんかに操られるくらいなら良いのかしらね……?


「下らんのう、これがわしの仕えていた魔王軍の幹部とは。これならこの金髪のお嬢さんに仕えていた方がずっと誇りを持てるわい」


「ち、ちくしょー! こ、今度こそお前達もお終いだぞ! ホントだぞ!」


 まさか瞬殺されるとは思っていなかった大臣が頭からカッカッと湯気を出してヤクラの挑発に腹を立てる。まあ、私もこいつが自分の上司なら仕事先を変えるわね、go○gleとかに。


「ふん、負けおしみね。顔に赤みが差して気持ち悪い色になってるわよあんたの肌。ナメック星人でももうちょっと分を弁えた色をしてるわよ」


「お前なら良いトコ最長老かの? ああ、勿論肌の色だけじゃが」


「二人が何言ってるか分からない……」


 今度貸してあげるわマール。中盤の展開は本当に燃えるわよ、尻下がりスロースターターの投手ゴクウが右投げ左打ちに変えようとする所なんか泣かせどころね。


「ぬううん! 行け、ジャンクドラガー! 魔王様の敵を叩きのめせ!」


「えっ!?」


 ビネガーが体中から魔力を放出すると、私たちの後ろに積み重なってあった骸骨モンスターの破片が動き出し、私たちの前で合体していく……その隙にビネガーはこの場を離れていった。


「あくまで自分は戦わずか……大した幹部じゃ、尊敬するわい」


 明らかな嘘をついて大臣は合体して人の形を造っていく魔物を凝視する。その大きさは私たちを越えて、ヤクラさえも越えて……背高五メートル程で合体が終わり、巨大な骸骨、ビネガーの言うジャンクドラガーが降臨した。
 上半身は人間のそれに酷似していて、時々肋骨の部分が開き呼吸をしているように見える。頭蓋の部分には一つ一つは小さいが数の多い歯がずらりと並び、目の部分には水晶のようなものが付いている。下半身にも眼球が存在し、腰骨の部分から牙のようなものが生えてあり、骨の癖にぐじゅると唾液のようなものを垂らしている。なにより理解しがたいのは下半身と上半身が連結されておらず、上半身のパーツが少し浮遊しているところか。重力の法則を無視するのは機械だけで充分なのよ!


「これは……モンスターのわしが言うのもなんじゃが、薄気味悪いバケモノじゃな……」


「どうしようルッカ、対策法は?」


「まだ戦ってないから分かんないけど……とにかく私とマールで全力の魔法を唱える、ヤクラはその間時間稼ぎをお願い!」


 心得た、とヤクラがジャンクドラガーに向かって突進を実行する。私とマールはすぐに魔法の詠唱を行い精神集中……するはずだったのだが。


「グガアッ!!」


「ヤクラ!?」


 迫ってきたヤクラにジャンクドラガーは伸ばした肋骨を突き刺し、そのまま天高くまで持ち上げた。その後何度か地面に叩きつけてこちらに投げ飛ばす。不味い、あの出血量は命に関わる!


「マール! ヤクラの治療をお願い! 私はなんとかこいつを抑えてるから!」


 私が言うまでもなくマールは体中から血を流しているヤクラに近づき、今まで唱えていた詠唱を破棄、すぐに回復呪文の詠唱へと切り替えた。
 私はジャンクドラガーに視線を移し、あの伸びる肋骨に注意する。とはいえ、私の瞬発力であのスピードを見切れるか? 小さな骸骨だった時に効果の薄かったプラズマガンがこいつに効くとは思えないし……


 敵の攻撃、私がすべき攻撃を分析する。少しの間睨みあって、長い連戦で切れかけていた集中力が途切れたのか、自分でも気づかない知覚の空白を縫ってジャンクドラガーが私に肋骨を猛スピードで伸ばしていた。
 ……駄目だ、この速さは私じゃ対処できない。例え細心の注意を向けていても、避けきるのは無理だろう。
 そのまま目を閉じてしまおうとする目蓋を意地で開きつつ、私は誰かが走る足音を聞いた。








 走りながら途中で落ちていた一際長い槍を拾う。長さは二メートル半。その光沢からモンスターたちの持っていた槍ではなく騎士団の誰かが持っていたものだと考える。


(……ここだな)


 近づいてくる俺の姿にマールが小さく驚きの声を出す。悪いな、いつまでもねちねち怖がっててさ、でも、今戻ったから。まだ怖いけれど、もう逃げたりしないから。
 手に持った槍を棒高跳びの要領で床に刺し、しならせながら反動で高く飛び上がる。視点はちょうどでかい骸骨のバケモノと同じ。随分高いところから人を見落としてるんだなお前、俺がお座りを教えてやるよ。


「だああああっらああぁぁぁぁ!!!」


 槍を手放した後すぐに雷鳴剣を抜き空中兜割りを叩き込む。真っ二つとは言わないが、ルッカに伸びる骨は止まり、地面に倒れさせることに成功した。俺の仲間に触骨プレイしようなんて性質が悪いんだよ。


「ク……クロノ?」


 呆然としながら俺に問いかけるルッカ。まあ、色々と言いたい事はあるがまずこれだけは言わせて貰う。


「ルッカ、チョコレートケーキは俺のだからな」


「え?」


 分からないだろうな、まあヤクラも気を失ってるみたいだし、この場で俺の台詞の意味が分かる奴なんていないだろうさ。
 でも良いんだ、俺の登場台詞はこれくらいがちょうど良い。決め台詞なんて用意出来るほど余裕のある人生送っちゃいねえんだから。さあ、ヤクラのお菓子会が待ってるんだ、王妃様が拗ねない内に終わらせちまおう。


「ルッカ! お前の出来る最っ高のファイアをぶつけてやれ! 俺が時間を稼ぐ、むしろ遅かったら俺一人で倒す!」


「な……! あ、あんたこそやられるんじゃないわよ! 後で治療するにもマールの精神力は限界近いんだから、あんたなんて回復してやらないから!」


 それ良いな、一発でも食らえば応急処置もしてくれねえのか、面白すぎるだろ。
 会話中に骸骨親分が肋骨を伸ばして俺を刺し殺そうとするが、俺は右側に避けて肉薄する。もうちょっと楽しませろよ、俺からすれば久しぶりの会話に感じるんだから!
 側面に立って下半身部分に回転切り。何処が急所だか分からねえんだ、とにかく滅多切りを敢行してダメージを与えてやる!


「ガアアアアッ!」


 ダメージを受けて、というよりうっとうくて吼えた様子だな、やっぱり雷鳴剣単独じゃあ効果が薄いか……? だったら。


「サンダー!」


 相手の頭上に雷を落とすタイプではなく、俺自身の体から電流を放出させる形で魔法を発動する。俺の体を伝って雷鳴剣に流れる電力がさらに増す。……今まで、これで切れなかった敵はいないんだ。お前にも効くだろうぜ!
 ザリッ! と嫌な音を立てて雷鳴剣が骸骨親分の左足を切り取る。本当は両足とも切り落とすつもりだったんだが……文句は言ってられねえか。


「ギグアアアア!!」


 骨でも痛覚があったのか、人間にやられて悔しいという感情があったのか、骸骨親分は耳を塞ぎたくなる奇声を発し、下半身が上半身から分離して治療中のマールに近づく。マズイ! 俺を無視してそっちに行くとは思ってなかった!
 焦って走り出そうとするが、骸骨親分の下半身はルッカの万全のファイアに焼かれて三歩と歩けず地面に炭を残した。俺に満面の笑顔でサムズアップをするルッカに俺は苦笑いを返す。
 お前、そんなトンデモな威力のファイアを俺に当ててたのかよ?


「なにはともあれ……残るは上半身だけだな、イリュージョン骸骨!」


 俺の近くに浮遊する上半身。しかしどうしたものか、俺の刀じゃ浮遊しているこいつには届かないし、相手に浴びせるタイプのサンダーも命中率は悲しいほど低い。ここはルッカのファイアを待つしかないか?
 ほぼ真下にいる俺に骸骨親分は口から火炎を吐きだして距離を取った。こいつ、火炎魔法が使えるのかよ!? 万能じゃねえか!


「クロノ! 距離を取られたらまた肋骨を伸ばして攻撃してくるわよ!」


「分かってるけどさ! 間近で火炎魔法ってのは辛いぜ!? どっちが厄介かって言えばまだ肋骨の方が避けれる分始末が良い!」


 火炎に服や腕を軽く炙られながら俺は転がって火を消す。ああ、一発も食らうつもりがなかったんだけどな……まあ、これくらいならマールの回復魔法じゃなくてもポーションで治るだろ。
 ルッカの言うとおり離れた位置まで移動した骸骨親分は肋骨を伸ばして俺とルッカに攻撃を仕掛ける。俺はともかくルッカにこれを避けるのは厳しいだろうと、雷鳴剣で肋骨を弾き飛ばす。……? 弾き飛ばす?


「おいルッカ! 多分この上半身には俺の魔法が効かねえ、切り飛ばすつもりで弾いてるのに傷一つつきゃあしねえんだ! お前の魔法が頼りだぜ!」


「……分かったわ、と、今完成したわ、があんたに言う言葉ね! さっきよりでかいの行くわよ! ファイア!」


 ルッカが呪文を唱えた瞬間、地面に生えている雑草が枯れて、俺も呼吸が苦しくなる。あの馬鹿、辺りの水素を蒸発するくらいの炎を出しやがった! 離れててくらい言えっつーの!
 その炎は形容するに業火球。上に掲げたルッカの掌の先でちろちろと炎の舌をちらつかせているそれは、業火球そのものよりもそれを作り出しにや、と笑っているルッカの方が恐ろしかった。赤く染まった大地の上で顔を歪めたお前って、正に魔王だよな。


「吹き飛びなさい! この三下アアアァァァ!!」


 骸骨親分に着弾した途端炎の竜巻がその場で生まれ、小さなきのこ雲を空中に浮かび上がらせた。飛び散った火の粉の一つ一つが骸骨親分の吐き出した火炎と同じレベルって……魔族を圧倒する魔力を持つ女。次代の魔王は決定したかもしらん。


「……クロノ、私たち、失敗した、かも」


「ああ? 何言ってんだよ。あんだけ凄い火炎だぜ? バラバラに吹き飛んだかドロドロに溶けたか、とにかくこれで俺たちの……」


 着弾地点を見ると、全魔力をつぎ込んだルッカのファイアを受けて、骸骨親分は無傷のまま浮遊していた。……おいおい、こいつ、俺の天の属性だけじゃなく、火の属性まで耐性があるのかよ!?
 完全に決まったと思ったんだけどな……とこぼしながら刀を構えると「私だって全力を出したのにこれなんだから、結構へこんでるわよ」と文句というか、愚痴を言われた。
 しかし天の属性、つまり雷関連の攻撃が効かないとなれば俺の雷鳴剣は勿論、ルッカのプラズマガンだって効くとは思えない。残るはマールの氷魔法だけだが、マールはヤクラの治療にかかって手が離せない。
 いっそ、そこらに落ちている普通の武器で切りかかるかなと思っていれば、マールの制止を聞かず傷だらけのヤクラが背中を起こしていた。


「マ、マール。わしのことは今は良い、まず先にあいつを倒すことを考えい……」


「駄目だよ! 貴方凄い傷なんだよ!? 私の回復魔法でもまだ完全には治せてないの! 早く寝て治療を続けさせて!」


「はあ、はあ……今ここでジャンクドラガーを倒さねば、どの道全員死ぬのじゃ、ならば、わしの治療よりも先に奴を倒すことを優先せんか……」


 何度も拒否をするマールだったが、ヤクラの説得に根負けして、俺たちの近くに走ってきた。……あいつ、ジャンクドラガーっていうのか。途中参戦だからその辺の情報全然知らないんだよな。


「……あの……クロノ」


「話は後だ、今はあいつにアイスを唱えてくれ。魔力はまだ残ってるか?」


「う、うん。あの人にかけるケアルの魔力を残しても、あと三発は撃てるよ」


「充分だ、頼んだぜ」


 詠唱に入ったマールを守るのが俺の仕事だ。とにかく動き回ってジャンクドラガーを俺に注目させる!
 地面を蹴り、時には石を投げたり雷鳴剣の鞘を投げたりととにかく俺だけに注意を集中させる。さっきの火炎で足をやられてなくて良かった。俺から移動力を取れば何も残りはしないんだから。俺にとって数少ない自慢の足で引っ掛き回せ!


「……!?」


 まだまだ体力が残っているはずなのに、体が重く感じる。意識も混迷としてきて、頭に血が入ってこない。まるで貧血のような眩暈が起きる。
 よく目を凝らしてみれば、俺の体から赤い光が漏れて、その光がジャンクドラガーの口の中に入っていくのが見える。これも魔法なのか? くそ、足に力が入らねえ……


 今が好機とジャンクドラガーが口を開き俺に迫る。肋骨を伸ばす遠距離攻撃じゃなく確実を期して直接噛み砕くつもりか!
 体を横に飛ばそうと左に飛ぶが、力が入らずに地面に倒れるだけとなる。あいつめ……最後まで切り札を隠してたのか……
 俺の体がジャンクドラガーの口に砕かれる寸前、マールと目が合った。その顔は頼もしそうに笑っていて、こんな状況でも俺は笑ってしまった。だって、これで俺たちの勝利が確定したんだから。


「アイス!」


 悲鳴を上げる暇も無く全身が凍りついたジャンクドラガー。氷塊となりながらもまだ氷の中で動いている生命力には感心するよ。
 俺は倒れたまま最後の力を振り絞り近くに刺さってあった槍を抜き、下から突き出して粉々に砕く。……これで、ゼナン橋の戦いは終わりだ……。


「やったわねクロノ!」


「ああ……あとは大臣を治療して……! マール避けろぉ!」


「ふぇ?」


 飛び上がって喜んでいたマールに体を砕かれながらも頭だけで動くジャンクドラガーが歯を伸ばして迫る!マールはまだ自分の身に何が起こっているか分かっておらず、ルッカの速度じゃ間に合うはずも無い! 俺は体の力が抜けて立ち上がることさえ……


 そこから世界がスローモーションとなる。
 御都合的に俺だけが動くなんて奇跡は働かない。
 ゆっくりと、ゆっくりと、マールの体にジャンクドラガーの鋭い歯が近づいて……


「どかんかリーネー!!!」


 そこで世界はクリアとなる。


「……え?」


 後ろからマールを押しのけたヤクラが、ジャンクドラガーに串刺しにされている光景を鮮明に見せるために。
 数十はあるジャンクドラガーの歯が、ヤクラの体を貫き、地面に咲く草花を赤く彩っていた。ヤクラから流れる血は止まるはずも無く、ジャンクドラガーが死んで塵と消えた後でもヤクラの傷だけは消えないまま、ドシンと地面を揺らしてヤクラが倒れた。


「ヤクラーっ!!」


 ルッカがすぐに駆け寄り、俺も力の入らない足腰を𠮟りながら這ってヤクラに近づく。マールは回復魔法を使うことも忘れて呆然と自分の顔に付いた血を手で拭い、倒れているヤクラを見つめていた。


「マール! 早く回復呪文を!」


 ルッカの声が耳に届き、マールはヤクラにケアルを使う。確かに傷は塞がっていくが、全ての傷穴が塞がるのには長い時間がかかると予想できた。ヤクラがそれまで生きていられるとは思えない。ただでさえ血を失っていたのだ、さっき動けたのも気力のみで自分の体を立たせたのだろう。


「な、何で……? 何で私を助けたの……? 貴方は、貴方はこの時代の王妃様を愛してるんじゃなかったの?」


 瞳から大粒の涙をこぼしながら、マールが何で、何で、とカラクリのように繰り返す。目を瞑っていたヤクラが、その大きな手でマールの涙を拭おうとするが、顔まで手を持ち上げることすら叶わず、残念そうに笑った。


「何で、じゃろうなあ……あんたがリーネ王妃にダブって見えた。そうすれば、体が勝手に動いてしまったんじゃなあ…………ううむ……困るのお、いや……全く困ったわい……腕が、上がらん……」


「ヤクラ!」
「ヤクラさん!」


 ルッカとマールが消え行くヤクラの存在を繋ぎとめようと必死に声を掛ける。戦いが終わったことを知り、足を引きずりながら到着した騎士団も、今の状況が分かったのか、痛ましそうに顔をゆがめる。それはそうだ、ヤクラはモンスターだけど、彼ら騎士団のために戦った。正確には王妃の為なんだろうけど、それは彼らにとっては同じこと。王妃を守るというのは、彼ら騎士団の目的でもあるのだから。


 うっすらと開いた眼で、ヤクラは小さく、本当に困ったように笑った。


「これでは……チョコレートが……作れ……ん……わ……」


「……ヤクラ?」








 ゼナン橋防衛戦にて。
 死者98名。
 重傷者12名。
 軽傷者23名。
 生き残った兵士達が、皆口を揃えて言う事がある。
 我々は、本当の意味で稀代の英雄を見た、と。
 後の世でモンスターであるヤクラの名を知るものは少ないが、ガルディア王家に代々伝わる宝物庫の中に彼を描いた絵画があると言われている…………














 少し遠ざかっていた雨が、また強くその存在を強調し始めた。
 誰もその雨を防ごうとは思わない。誰も城に帰還しようと言い出さない。誰もがまだ帰るべき人数が揃っていないと感じているのだ。王妃様が心待ちにしている者がいないのだ。


「あんたがいないなら、誰が王妃様を笑顔にしてやれんだよ……」


 俺の言葉に答えを返すものはおらず、ヤクラの体は塵となり、海の向こうに流れていっても、誰もその場を動けなかった……






























 王妃とヤクラ








 王妃の部屋を出て修道院の台所に向かう。まさか、怖がらせるだけ怖がらせて殺すつもりだった王妃の我侭を聞くためにお菓子を作るハメになるとは……これが終われば王妃を背に乗せてお馬さんごっこ……悲しいを通り越してなんだか笑えてしまう。


「大臣ー、早くしないと私はお腹が鳴って泣き出してしまいそうです……」


「泣いては駄目じゃ! 泣く子は鬼に攫われてしまうぞ!? すぐに作って持って行くからちょっとだけ待つのじゃ!」


 いかんいかん、早く調理して王妃がぐずるのを防がなくては! わしは駆け足で台所に向かった。


「しかしヤクラ様はいつあの王妃を喰らっちまうのかね?」


 その途中わしの部下のモンスターが何か話しているのを聞き、物陰に隠れて会話を聞く。


「さあな、自分で食べる気がないなら、俺たちに譲ってくれないもんかね? あんな美味そうな人間はそうそういねえぜ?」


 やれやれ、わしが捕まえた人間が美味かろうが不味かろうが関係ないじゃろうに……
 おっと、こんなことをしていて王妃が泣き出してはいかん。早く厨房に向かわねば……


「なんなら、俺たちで勝手に食っちまうか?」


 走り出そうとした足が止まる。


「良いねえ、どの道殺すつもりなんだし、俺たちでヤッちまうのも悪くない」


 ……気にするな、あの王妃がこの程度のモンスターにやられるわけはないし、仮にやられたとしてもわしにすれば万々歳じゃ。むしろわしはこの部下どもにエールを送って……


「どうせあの王妃はお頭がイッちまってるんだ、適当に騙せばサクッと殺せるさ」


「そうだな、あいつの好きなお菓子に毒でも混ぜるか? 簡単に食っちまいそうだぜ」


 耳障りな笑い声が頭に響く。それが何故か、今とてつもなくわしの機嫌を損ねる声に聞こえて、腹の底にマグマが溜まっているような錯覚を覚える。


「ん? ヤ、ヤクラ様!? ど、どうなさいました?」


「…………消えろ」




 ふう、これでまた部下を補充せねばならなくなった。全く面倒なことじゃ。それもこれもあの王妃が悪い。全くどういう教育をうけたらあんな我侭な娘になるのか。


「うむ、後は形を作るだけじゃの」


 エプロンを腰につけてお菓子を作る姿、これはわしの子供達には見せられんのお。そもそもお菓子などという嗜好品をモンスターは好まんからな。人間とはつくづく不思議じゃ、こんなチョコレートとやらであれほど満面の笑みを浮かべられるのじゃからな。
 昔一度、わしも口にしてみたことがあるが、どうやらモンスター全体に合わないのか、わしの種族に合わぬのか、食べて飲み込んだ途端吐き気が収まらんようになった。よく王妃が一緒に食べようと誘ってくるが、わしはすぐに断るようにした。
 ……ただ、最近王妃の誘いを断るのが辛くなってきた。あいつめ、わしがいらぬと断れば酷く悲しそうな顔をするのじゃ。理解できん……理解できんが、何故かそれを見ると悲しい気持ちになる。
 ……悲しい気持ち? 自分で言ったがよく分からんな、そもそもわしらモンスターに感情などあるのか? いや、決して無い訳ではない。人間を食べるときに嬉しいと感じ、人間を殺すとき楽しいと感じ、人間に抵抗されると怒りを感じる。うむ、無感情というわけではない。
 話は戻るが、何故王妃はあのようによく笑うのだろうか? わしがお菓子を作るたびにあいつは笑う。一緒に遊ぶたびに声を上げて笑う。夜寝るときに本を読んでやると、やっぱり笑う。分からん。
 ……わしの子供たちを、わしは何度笑わせてやったじゃろうか? 魔族ならこんなことを考える必要は無い。家族間とはいえ、基本的に不干渉が基本。礼儀はあれど、そこに愛情など無いのだから。


「……愛情……」


 わしが王妃に感じるものがそれだとしたら? 王妃が笑うたびにこの胸が温かくなる理由がそれだとしたら?


「ふん、馬鹿馬鹿しいわ」


 だが、時々考えることがある。もしわしが人間で、リーネの父親だったら、と。
 きっと厳格な父親になろうと躍起になるが、結局今と同じでリーネの我侭を聞いてしまうのだろう。その光景が容易に目に浮かぶ。
 お菓子も沢山買ってやるし、終いには今のように好きなお菓子を自宅で作るようになるだろう。
 おもちゃを沢山買い与えて、終いには今のようにぬいぐるみを作ったりするのだろう。
 そしてリーネは笑うのだ。初めて作った苦いチョコレートでも口いっぱいに頬張って美味しいと言って笑うのだ。
 そしてリーネは笑うのだ。初めて縫い物に挑戦したわしの不恰好なぬいぐるみを抱きしめて、ありがとうと言って笑うのだ。


 わしは本物の父親ではないけれど、あの本物以上に手の掛かる王妃はわしの想像を育てるためにわしに攫われたのではないかと思う。
 都合の良い想像だとしても、わしがそう思う分には問題あるまい。それはわしにとっての真実になる。


 出来るならば少しでも長くこの想像が続くように、そんなことをわしは願ってしまう。
 今わしがつけている、この前王妃がわしにプレゼントしてくれた手作りのエプロンを握り締めながら、自分の未来を想像した。


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