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No.20613の一覧
[0] 学園黙示録 in 『追跡者(ネメシス)』[宿木](2010/09/12 16:55)
[1] 第二話 『Escape from the “Tyrant”』[宿木](2010/07/26 11:17)
[2] 第三話 『Running of the “Tyrant”』[宿木](2010/07/28 23:53)
[3] 第四話 『Democracy and the “Tyrant”』[宿木](2010/09/14 22:37)
[4] 第五話 『Street of the “Tyrant”』[宿木](2010/09/14 23:43)
[5] 第六話 『In the night of the “Tyrant”』[宿木](2010/11/12 22:06)
[6] 第七話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 1/2』[宿木](2010/11/16 01:18)
[7] 第八話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 2/2』[宿木](2010/11/21 17:48)
[8] 第九話 『“Tyrant” in the Wonder land』[宿木](2010/11/25 12:32)
[9] 第十話 『The “Tyrant” way home』[宿木](2011/02/07 00:58)
[10] 第十一話 『Does father know the “Tyrant”?』[宿木](2011/08/07 16:44)
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[20613] 第八話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 2/2』
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:075d6c34 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/21 17:48
 ※今回アクションしか無いですが、両主人公の怪物っぷりをお楽しみください。












 何処かで犬が鳴いている。




 『彼』の耳にもまた、遠くから響く鳴き声が届いていた。

 (……コイヌ、サン?)

 確か、昔――――うんと昔に、犬と接触した記憶が有った。白い世界で寝たきりに成る前だ。広い明るい色の部屋で、大きな犬が、近くに居た気もする。それは、小さな、しかし確かな記憶の断片だった。

 (……み、ズ、で)

 そう、水だ。燃え盛る炎から逃れようと、頭から河に飛び込んだ。そして、そのまま泳げずに流されてしまった。しかし、何かが流れる様なその音が、当の昔に失われた筈の記憶の何かに接触したのだろうか。河に飛びこむ前と、河に飛び込んだ後で、非常に小さくだが、記憶が違っている。

 空気中に漂う気体が一ヶ所に集合し、形を作り出す様な、僅かなモノが存在する。

 その中に、犬が、居た――――気がした。
 気の迷いかもしれないし、勘違いかもしれない。
 それよりも、今は、対象を追う事の方が大切だろう。

 『彼』は今、御別橋を遠目に眺めている。




 唐突に切れる記憶の、白い世界の前の、『彼』が人間として生きていた頃の記憶など、知る者は一握りしかいない。『彼』本人も知らない事が、山の様に有るのだ。だから、無理のない事だった。

 嘗ての『彼』の大きな家には、一匹の大型犬が住んでいた事も、その犬と交流していた事も、その犬が既に亡い事も、知らなくて当たり前だったのだ。
 高く吠える、飼い主を失った一匹の賢い犬の鳴き声で、その記憶の破片が湧き上がったという、唯それだけの話。今は何も関係が無い話なのである。




 (……近、イ)

 戻って来ていた。人間の足では苦しい行程も、大した障害には成らなかった。体温調節と疾走で、再度エネルギーを補給する必要に駆られたが、既に“食事”は終えている。体調は万全だった。

 人目を忍び、闇夜に紛れる怪物は、空気中の匂いから、自分が確実に相手に迫っている事を自覚している。
 地理に疎く、不慣れな世界だ。大凡の位置しか判明していない。しかし、此処まで近ければ、後は順番に探せば良い。

 両足による疾走能力を取得し。
 隠密性に優れる四足歩行も宿し。
 その身は、唯、一直線に歩むだけでは無い。

 数日前までは、歩く事すらもままならなかった身体能力は、最早、生物として最上級のレベルにある。

 単語こそ知らなかったが、その能力は広い。ピット器官と短赤外線視認で、生物の位置は闇夜でも十分に補足できる。嗅上皮と共にヤコブソン器官が進化している。
 自分の体重を爪一つで支える事も可能。自動車を殴り飛ばす剛力に、銃弾や熱への耐性も持っている。

 この終末世界の中で、最も生存に適した生命体と言えるだろう。

 ふと、遠くに、見る。

 (アレ、ハ……!)

 遠く、親に子供を引かれて、歩く少女の姿を。

 (……見ツケタ)

 『彼』は、重厚に大きく唸り、その身を躍らせた。




 「――――ア、あr……ハ !  a、ア、――――ォ――――! ――――ア、ァ、リィ……、スゥ……ッ!」




 あの時、『彼』と共に自動車に轢かれ、命を散らした幼い少女の。
 その友達の姿を。






 学園黙示録 in 『追跡者(ネメシス)』

 第八話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 2/2』






 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! と、リズムを刻む。

 空気を奮わせる鋼鉄の鳴き声だ。七連射。ベランダのストックを視点に、サイトで狙いを付け、動きを止めた相手に、躊躇せずに叩きこむ!
 道路を照らす街灯と、光の漏れる家のみが光源。けれど、それでも十分だ。十字に区切られた視界の中、捕えた巨体に向かって連射。

 音? 銃声? そんな物は後回しだ。他に任せれば良い。

 今の仕事は、あの怪物に鉛玉を叩きこんで、あの親子を助ける事。
 理屈など無かった。自分達を追跡する怪物から隠れる続ける訳にいかないとか、そんな理論は如何でも良い。ただ、小さな女の子を助けるのに理由は必要ない。

 其処まで人間を捨てる気はない。
 其れだけだ。

 「試射もして無いのにヘッドショット、……やっぱ俺って、天才っ!」

 確かにそう、こういう方面に懸けては、天才的なまでの才能を発揮した。
 トリガーハッピーの気分が、分かる。

 手にした狙撃銃の引き金は軽い。弾丸の先に有る命とは比較に成らない位に軽い。軽くて、そのまま調子に乗って乱射してしまいそうになる。
 こんなに心を奮わせる音も、そうは無い。

 最初に二発。その後七発。弾丸を連射出来るのは、残り十一発。頭の中でカウントを止めず、そのまま一気に、叩きこむ!

 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! と、響く音は舞踏のステップにも似ている。

 視界の中の異形。その上半身を中心に、全てを直撃。流石にダメージが有るだろう。距離は百メートルも無い。通常ならば半身が消し飛ぶ筈の弾丸の嵐を、それでも怪物は受け止めている。

 威力に押され、反動で体勢が揺らいでいるが、それでも尚、倒れる事すら、無い。
 その身体が、歪に動き、奇妙な踊りを始めているが、生命活動が止まっていない。

 残り四発。更に一発を撃ちながら準備済みに手を伸ばし。

 「ロックン――――ッ!」

 撃ち、傍らに引き寄せ。
 撃ち、手に抱え。
 そのまま空のマガジンを排出して、それが地面に落ちるよりも早く、薬室に一発だけ残った弾を撃ちながら、再度マガジンを送り。

 「――――ロオォォォォォルッ!」

 膝で空マガジンを受け止め、フル補充された7,62ミリを、連射する!

 此処まで注いでも、未だ立ち続ける相手に、テンションを上げなければ立ち向かえる筈が無い。心の中に有る焦りと、其れを押し殺す必死さと、焼けつく様な興奮の中、平野コータは相手を撃ちまくった。

 自分達を追って来た怪物に、叩きこんだ鉛玉の数、大凡、30発。
 其処までを数えた所で、彼は一端、攻撃を止めた。

 「平野!」

 庭に、小室達が出たから。
 マガジンが空に成ったから。
 親子が動きだしたから。
 そして。

 「気を付けて! 奴はまだ動く!」

 相手が、視界から消えたからだ。




     ◇




 外に出た途端、生暖かい風が押し寄せる。死者の風だ。頬に伝う汗の感覚を押し殺して、小室達五人は外に出た。高城沙耶と宮本麗、鞠川静香がバックアップ。小室は、毒島冴子と共に、何とかして親子を助け、あの怪物を足止めする事だ。

 無茶だ、と頭の中で悪魔が囁いている。
 身捨てろよ、と誘惑する其れを振り払って、彼は玄関から左の、奴を見て。

 「居ない……?」

 視界の中に、一瞬前まで確認できていた巨体が、消えている。
 見失う筈が無い。焦りが頭を過る。
 何処だ? 何処に行った? 右でも左でもない。

 「……っ上か!?」

 奴はまだ動く! 平野の声を耳に、目線を上空へ向けるが、その姿は無い。幾ら暗いと言っても、中に有る巨体を見逃す筈はない。しかし、視界の何処にも、相手は居ない。まさか消えた筈は。

 「違う! 小室君! 下がれ!」

 傍らの冴子が叫ぶ。その声に反応して、咄嗟に場所を動けたのは、偶然。紛う事無き隙を見せ、命を拾ったのは、彼女の助言が有ったからだ。
 背後に大きく下がり、視線を右から中央へ。親子から、道路へと向けた瞬間に。

 「下だ!」

 コンクリートとタイルで囲われた家。ハンヴィーに程近い、しかし鍵が懸かったままの門の一角が。




 内側から爆発する様に、砕け散った。




 見えたのは腕。
 家を囲む塀の一角が、巨大な腕に貫かれ、罅と共に雪崩れ、そのまま、何かが、乱入する。何か? 言うまでも無い。あの化物だ。粉塵の中に隠れ、しかし尚も異彩を放つ巨体を隠せない。

 「――――ッ! コイツ、回り込んで……ッ!?」

 僅か数秒で。
 銃で衝撃を受けたが、死角に入り込み。
 そのまま、道路を突っ切って。
 門を潜らずに、庭へ入り込んだ。
 身を低く、突進するかの挙動で。

 ――――なんて、怪物だよ!

 悲鳴は声に成らず、崩れ落ちる塊が落下する音に遮られる。
 爆発した様な打撃は、破片を中に飛ばし、衝撃音と共に、南邸を走り抜ける。
 咄嗟に目元を腕で覆う小室の前、唯の腕の一振りで、防壁を叩き壊した相手。

 数十の弾丸を受けて尚も稼働する不沈艦の如き巨体。眼前で見ると、巨人という言葉もまだ甘いだろう。その異様さに、覚悟はしていたが、体が凍りついた。

 それは、ある種、致命的な隙。
 動こうとするよりも早く、手にしたイサカを構える暇も与えず、死ぬ可能性すらもあった。

 しかし、そうは成らなかった。
 誰もが動きを止める中、唯一人、動いた人間がいたからだ。

 「――――!」

 視界左の黒色。
 毒島冴子だ。




     ◇




 相手の身長は己の倍程。二足歩行で立っているが両腕は太く、類人猿以上。あの場所から、此方へ来たと言う事は、その速力も人間の範疇では無い事は確実。
 しかし、彼女は怯む事無く、一切の怯えを見せず、唯走った。

 空気中に粒子が舞い、視界が効かない。
 足元は不安定で、鼻や耳に埃が付いて鬱陶しい。
 だが、目の前の化物も、多かれ少なかれ、同じ物を抱えている筈だ。外見こそ醜悪だが、眼も耳も鼻も有る。自分らより発達しているかもしれない分、有利も不利も無い。

 風を切り、地面を蹴り、疾風の如くに、彼女は迫る。

 (相手よりも、早く、か……!)

 把握出来たことが有る。あの相手は、所謂“かけっこ”は速い。父娘から自分らに得物を変え、道路を突っ走った、瞬間の行動を見れば十分に分かる。昆虫か爬虫類か、兎に角、二点間の移動は非常識なまでに速い。
 この怪物の疾走。それは、両足で大地を蹴る行動だ。前に運ぶのでは無く、押し出す行動。陸上競技の選手の様に、重心を下げ、その体重を込めた両足で地面を蹴り、変える反発で動いている。だから、放たれた砲弾にも似た挙動を示す。

 しかし、他の各部位は違う。

 彼女の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。




 (全然、“鈍い”ぞ!)




 しかし、遅い。
 児戯にも思えるほどに、体の使い方が成っていない。

 何が遅いのかと言えば、俊敏性だ。
 脚は速い。加速力も有る。だが、腕、肩、腰、首を初めとする、体の各種パーツ。其れを動かす速度が遅い。

 あの図体だから無理も無い。脳から命令が発せられ、神経を通り、筋肉に伝わり、動きだし、結果を出すまでが、長いのだ。
 その大きな体故に。動き始めてから、速度に乗って、終わるまでが、緩慢。人間の、それも体重の軽い女性である己より、遥かに停滞して実行される。

 だから、同時に行動を始めても、先手を取る事は出来る。
 そして、自分を倒そうとする相手が動き始めるよりも早く、彼女は動いていた。

 「――――」

 は、と息を吐き、無駄な緊張を除く。
 一瞬で踏み込む。普段は使用しない、威力重視の体重を乗せる動きだ。此方へ視線が固定されるよりも早く、身を屈める。自分が通り過ぎる場所を目視させ、捉えるその間に懐に入る事を目的とした、流れる様な運動。
 相手が己を見失う隙を生み出す。
 虚空に残る黒髪の流れを置き去りに、肩、肘、手首を曲げる。

 「――――は、」

 呼吸と共に、関節を脱力させ、同時、下半身からの加速力を、前に送り出す。
 裂帛。屈めた体に、全体重が乗っている。

 「――――あああっ!」

 そして、そのまま。




 相手の喉を、突きあげる!




 速度。質量。衝撃の際の脱力と硬直。全てを兼ね備えた一撃。ゴギャッ! という音と共に、咽喉部に突き刺さる、容赦の無い一撃。
 例え竹刀でも、技量さえ揃えば、防具を付けた成人男性を悶絶させられる。ならば、より固く重い木刀が、全国一位の実力と、伝授された技と共に、“殺意を持って”奮われれば、如何なるか。

 答えは。
 その威力は推して知るべし、か。巨体が押され、背後に下がり、呻き声と共に、確かに苦悶の感情を示す。庭先の怪物が、道路へと一歩、足を下げ、腕を動かして、木刀を掴み取ろうとするほどの物。

 乾坤一擲の、毒島冴子の一撃が、相手を押し返す!

 「――――ふ、やはり、――――打撃は効かないか!」

 却って来た感触は、分厚いゴムの塊を殴った時の様。頑丈な皮と骨に阻まれ、衝撃は吸収され、殆どダメージに成っていないだろう。骨を折れる、とまでは思っていなかったが、余りにも固い。

 ならば。

 「――――骨と共に、肉も絶たせて貰おう!」

 木刀から手を離す。使い慣れた獲物に拘泥せず、目の前の相手への攻撃を優先する為だ。

 刀の下を潜る様に、より懐に深く入り込み、優雅な動きと共に、腹へ脚を当てる。蹴りの効果が無い事は承知の上。真の狙いは、相手の鋼の腹部を足場に、上半身への攻撃を繰り出す事。
 膝を曲げ、壁を駆け上がる動きで脚を上げる。同時、相手の顔が、視界の上を占領。焦点の合わない、光る視線が、自分を捉えきれていない事を、把握する。

 木刀が地面に転がったその時には、宙の彼女の両手には銀の刃が握られていた。

 両腕を交差する動きで、腰元から引き抜かれた輝き。それは、隣家を漁って手に入れた肉切り包丁であり、蛮刀にも似た工具であり、研ぎ澄まされたナイフであった。全てが、南邸での休息時間を利用し、十分に武器として使用出来るレベルで研磨されている。

 「――――ふ」

 己の懐に入り込んだ女性に、手を伸ばし掛けた怪物。迫りくる動きを確認しても尚、動きは変わらない。毒島冴子の眼には、児戯にも似た稚拙な攻撃。己の動きで難なく回避できるレベルだ。

 威力は高い。中れば壊される。だが、中らない攻撃に何の意味が有ろうか!

 「――――は、あッ!」

 空中で鋭く吐かれた呼気と共に、その両腕が、一閃される。
 その刃の群れは、熟練の技量の元、相手の腕に殺到する。

 皮膚を切った程度ではダメージに成らない。そもそも傷つけることだって難しい。大型獣以上の皮膚だ。貫通重視のアーマーライトからの銃撃は兎も角、小口径の警察保有の弾丸では、表面で全て受け止められる。

 だから、皮膚の弱い、関節や臓器が狙いだった。
 指。手首。肘。脇腹。そして首と眼球。

 斬る事では無く、穿つ事。それも相手の駆動を阻害する為の連続した、木刀以上に凶悪な突きが、銀の本流と成って相手に突き刺さる――――!

 「     !」

 流石に瞳を潰されれば痛かったのだろう。巨人が震えた。
 人体の構造的に、関節駆動には限界が有る。己の懐へ潜り込む侍を掴みだそうと、内側に腕を折り曲げていた巨人は、しかし、腕がそれ以上曲がらない事に、戸惑い、動きを更に、遅延させる。

 その隙を付いて、毒島冴子は飛ぶ。
 腹に当てた己の脚を伸ばし、相手を押し返す様に、背後へ大きく跳躍する。
 庭へと舞い戻った彼女の十分に稼いだ時間は、次に繋がる。

 「全員!」

 そして怪物が下がった瞬間には、ベランダでの再装填が終了していた。
 声と、そして銃声が、連続する。

 「――――もう一丁、いきますっ!」

 相手が移動したお陰で、今度は親子に躊躇せずに撃てる。娘を抱えた父親は、ブロック塀を渡ってハンヴィーへ脚を向け、到着点では鞠川静香がエンジンを駆動させていた。

 ダガダガダガダガダガッ! と、断続する銃撃は、彼女のバックと同時に、連射する平野の物。
 見下ろす様な位置で放たれた狙撃銃の弾丸が、相手を抉って行く!

 打撃と違い、貫通に重点が置かれているのが、狙撃銃の特徴だ。例え弾丸が同じでも、連射機能がサブマシンガンに劣っても、射出機能が優秀な分、相手へのダメージが大きい。

 降り注ぐ光速の拳に殴られ、その拳は肉体へ喰い込む威力と速度。一発直撃するごとに相手の顔や胴体が削れ、鈍い音と共に、奇怪に動く。首が下を向き、腕が下を向き、上げる度にまた下へ向かされ、今度はのけぞり、背後に送られ、前に出る動きを防ぐとともに、二十の奇怪なダンスが連続し、同時地面に飛び散るのは雫にも似た黒い血痕だった。
 人体の急所に雨の如く降り注ぐ鋼の群れ。

 「    !」

 ガ、か。ゴ、か。声を荒げ、怪物が確かに怯む。身体のバランスを崩し、威力と共に体も下がった。獣で言うのならば間違いなく、心が動いたが故の行動だった。怪物に何処まで心が有るかは不明だが、しかし最低限の本能は有るだろう。その意志が、普通から、その形が変わる錯覚を見た。

 それは、致命的ともいえる揺らぎ。
 銃弾が止む。再度二十発を灌ぎ込まれたその身の動きは鈍く。

 「スライドを引いて!」

 完全な隙を生みだしたが故に。

 「相手の頭を狙って!」

 避ける事が、出来なかった。

 「撃つ!」

 小室孝の持つ、イサカから吐き出された十二口径の炸裂弾は、その顔面に直撃した。

 「――――、ゴ、ァ、ア、アアアアアアアアアッ!」

 吐き出す様な悲鳴と共に。




 相手が、膝を付く。




     ●




 (……イ、タ……ッ!)

 それは、長らく感じていない、苦痛だった。
 否。こうして外を出歩いてから、初めてと言って良い程の、経験だった。

 学園で轢かれた時は、衝撃を全身で受けていたし、二回に分割されていた。
 少女と共に轢かれた時は、当たり所が良かったせいか、追撃可能なレベルだった。
 倦怠感を初めとする各種欲求故に、調子が悪いだけだった。
 大橋での爆発も、熱さから逃れたが、強引に我慢できない程でもなかった。
 《奴ら》のダメージなど、言うまでも無い。

 (イタ、イ、イタ、イタ、アアアアアア、アアアアアアアアアッ!)

 吼えた。獰猛さよりも、傷を負った獣の鳴き声だった。

 痛い。精神的では無い。別の、肉体の痛み。こんな苦痛を受けるのは、何時以来か。あの白い世界の中の、更に深い真っ白な闇の様な世界の、記憶にすら無い程の世界で、感じた以来ではないか。

 違う。生きたまま、奴らに齧られ、その身が変異した時が、最後だ。その時の事は記憶にない。途中で意識を失い、次に目を覚ました時は、目の前に瀕死の“お姉ちゃん”――棟形鏡が、居た事だけだ。

 だから記憶の中には、今迄の苦痛が、少なすぎた。

 (――――ア、ア、ガア、アアアア、アアアアアアア!)

 苦しむ。体の内側から発せられる、欲求とは違うシグナル。灼熱感と共に体を走る、この響く様な感覚は何だ。
 理解が出来ない。頭が判断を拒否している。

 苦痛に慣れる事は少ない。痛みとは肉体の発する危険信号だからだ。今迄は、その肉体のスペックで、周囲の全ての障害を排除できた。苦痛など大し事では無い。自動車で轢かれた事ですらも、自分自身の怒りに接触する程のダメージには、成っていなかったのだ。

 羽虫程度だったかもしれない。痛覚が鈍っている以上に、その化物染みている体は、大抵の脅威を、抑え込み、殺していた。
 だからこそ。

 「――――――――――ッ!!」

 今、この痛みとは、即ち、危険信号だった。
 ダメージを感じていなかったからこそ、感じた時の衝撃は、通常以上に大きい。
 そして、凡そ意識の上では、殆ど初めてと言っても良い「苦痛」が、その心に、大きく傷を残す。




 沸々と、何か、熱いモノが、心の中に生み出された。




 「           !!」

 『彼』は。
 小室達に、殺意を抱いていた訳ではない。人間を憎む程、彼は世間に精通していないからだ。

 『彼』は。
 鞠川静香に会うという命題を、言われた通りの仕事をこなそうとしただけの、子供だった。

 『彼』は。
 自分の目の前で死んだ少女の友達に、会って写真を渡す事を、ささやかに望んだだけだ。

 しかし、其れが叶わない。
 叶える事が出来ない。

 どうしてだろう。唯、自分は、相手を追っているだけなのに。
 言われた通り、相手に対面したいだけだと言うのに。
 如何にも、成らない。少なくとも、この状態では。

 「     ォ、オオg、rrrr■■!」

 何時だったかと同じだ。己の肉体に掛かる枷が、その意志で外される瞬間だった。

 違った事は、唯一つ。
 『彼』が感じていた――――『彼』本人は、自覚として認識していなかったが、確かに存在した、普段と違う、生まれていた感情。それは。




 余りにも理不尽な、自分に対する攻撃への、怒りだった。
 不条理への子供の様な泣き声だった。




 (痛イ、イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッ――――――!!!)

 視界が、真っ赤に染まっていく。
 思考が、何か別のモノに、塗り潰されて行く。
 単純で幼いが故の、余裕の無い、モノに。

 記憶と、意志と、理性と、衝動と、目的と、原理と、思考と、思惑が、感情と、感情と、感情と、かんじょうと、かんじょうと、かんジョウと、カンジョウと、カンジョウト、カンジョウトカンジョウトカンジョウトカンジョウトカンジョウニ。

 苦痛が、真っ赤に意識を覆い隠して行く。
 全てが覆われ、同時に、蘇る。
 何時か体験した、過去の苦痛だ。

 ――――アタマガ、イタカッタ。

 唐突に、そう思った。

 ――――カラダガ、イタカッタ。

 何故か分からないが、幼い己を、思い出した。

 ――――アノトキモ、タシカ、ソウダ。

 何時だったか。

 ――――クルマニ、ノッテイテ。

 自分を見る二人の大人と、運転する人間がいて。

 ――――オオキナオトト、ショウゲキガ。

 そして。

 ――――ツギガ、シロカッタ。

 其処から、白い世界に、繋がるのだ。

 ――――ソコデハ、ナニモ、ナクテ。

 ずっとずっと、長い時間を、孤独に生きていた。

 ――――デモ、オネエチャンガ、イタ。

 彼女が目の前に来たのは何時だったか。もう、それも記憶にない。

 ――――アノヒト、ニ、イワレタ。

 『私の友達に、鞠川静香に、会いなさい』

 ――――ソウ、イワレタ。

 だから、動く。

 違う。

 それしか、彼自身が動く指針を持っていなかった。
 『彼』の中には、それしか無かった。
 何も目的が無く、言われた通りに動くしか出来ないという事実に。

 気が付かないが故に、彼は何も見えていない。

 周囲が己を、如何見ているかを。
 知らないが故に、何が間違いなのかすらも、分からない。

 (ア、ウ)

 目的だけが有った。

 その為には、目の前の彼らは、邪魔だ。
 殺す気はない。
 けれども、少し、黙っていて欲しい。
 何もしないから、其処で静かに見ていて欲しい。

 思考が、塗りつぶされていく。

 (ナニヲ、シテデモ)

 命は取らない。殺しはしない。
 けれど、其処で、黙って見ている事を、希望する。
 出来ないならば、黙らせる。

 (僕ガ、鞠川先生ヲ、捕まえル、まデ)

 思考と雰囲気が違っている事に、彼も気が付かなかった。
 ただ、相対する彼らだけが、『彼』の怒りの意志だけを、感じ取った。

 (ダマラ、セ)

 記憶に有ったのは、其処までだ。

 「ァ、g、■、a、■――――■■■■■■■■■■■■!!」




 声に成らぬ咆哮が、癇癪にも似た感情で有る事に気が付く相手は、誰一人として、いなかった。




     ●




 高く高く、遠吠えの如き叫び声が、闇夜の虚空に響き渡る。
 雄々しき猛声は《奴ら》を呼び寄せ、そして全てが怪物の糧と成った。

 「……マジ、かよ」

 7,62ミリ弾を五十発。12口径のショットガンを一撃。毒島冴子の殺意の乗った一撃。それら全てを、かなり良好な連携の元、叩きこんだ。人間ならばダース単位で挽肉に成るだろう。
 しかし。

 「    ――――ォ、■」

 怪物は、未だ、沈まない。否。沈まない、程度では無い。

 道路の上で膝を付き、片腕で体を支え、立ち上がろうとする格好。亡者達が集まり、しかし修復の為、全てが生み出された細い蛇に喰われ、齧られ、形を無くす。相当の音量を響かせる仲、未だに死者に囲まれていない理由の一つだ。

 肉体再生の超過で空気が揺らぐ。立ち昇る蒸気に陽炎が生まれる。地面に金属が転がる音は、もしや撃ちこまれた弾丸が回復に押し出されたのか。音を立てて、その身が崩れ、同時に何かに覆われる。

 そして、異形は。
 今迄とは明らかに違う、明確な、咆哮を上げた。

 ビリビリと、空気以上に、魂に震えが走る。何を言っているのかは分からない。だが、目の前の相手の感情が、先程と大きく違った事だけは、確実に理解が出来る。

 「■■■■■■■■■■■■!!」

 空気が逆巻き、渦を巻く様な鳴声の中、相手は目の前で動きを変える。

 それは、メタモルフォーゼ。高速での、昆虫や両生類の変態に似ていた。二足歩行が、四足歩行に。人型が、犬とも猫とも違う、全く別の形態の存在に変態する。幼生の成体への変態や、昆虫の変態にも似た、しかし、最早、進化を早送りで見ている事に近い、変化。

 その人間の形の腕が地面に付き、足の如く、形を変える。ギリギリと肌を突き破り、類人猿の形をしていたモノが、骨の様な、巨大な爪を兼ね備えた蜥蜴の如き指に、変化。今迄の得物が、より危険に成ったような印象。

 四足歩行と共に、その全身も変わる。

 身を追おう筋肉が変質し、膨張し、変色し、より気持ち悪く、グロテスクに。四足歩行の獣に、強引にスライムを同化させ、爬虫類と両生類と哺乳類を組み合わせれば、近く成るだろうか。妙に肌がどす黒く、破けた皮膚の隙間からはぞろりとした筋肉が姿を見せた。

 ビシリ、と背中が割れる。牙にも見える、跳び出した物はもしや肋骨か。脈動する血管に覆われた脊髄回りから生まれ出たのは、食腕にも似た触手。捕食用の盲目の蛇では無い。より性能を突き詰めた、蝶々の口吻か、蝉の口針にも似た、得物。

 首が前に迫り出し、口元が大きく開き、醜悪さを増す存在は、さながら。

 「……第三形態、」

 流石の剣士も、口元を引き攣らせて呟いた。
 通常の二足歩行。食事用の触手形態。そして、今現在、目の前に有る――第三段階。
 怒りか、本能か、何かの影響で、その身が大きく変異したと言う事は。

 「暴走か……!」

 暴走。あるいは、狂戦士。生命維持と目的順守の為に、その身が大きく姿を変えているのだろう。一体、何が狙いなのかはさっぱり不明だが、此方に固執している事は理解出来る。狙いを考える暇も余裕も無い。

 見れば分かる。先程までの人間形態とは違う、野生の獣の気配。山奥で対面した子連れの羆か、鍛錬の最中に出会った野犬の群れか、あるいは己の祖父の本気か。そんな、研ぎ澄まされた、戦闘生物の気配が有る。

 人間以上に、対峙したくない相手だった。

 「……来るぞ!」

 少女が声を張り上げたと同時。




 怪物が、飛び上がった。




     ◇




 誰が想像出来るだろうか。

 数百キロは有ろうかと言う巨体の、四足歩行の怪物が、まさか庭を越えて二階の屋根へ跳躍が可能だと。歩道橋から見下ろしていた筈の怪物が、一気に己の隣に飛び込んで来るレベルと、同じだとすれば、想像が出来るだろうか。

 一直線に飛んだ異形は、砲弾の勢いで屋根を割り、破片を躍らせる。クレーターの如き陥没が足元に確認出来た。速さよりも重さと身体能力が、跳ね上がっている。

 轟! と吼える空気を纏い、屋根の上。支配者の如く君臨する怪物のその様は、まさに黙示録の光景に相応しい。

 キャスター付きの椅子で幸いだった、と言うのが、平野コータの最初の感想だった。ベランダに加わった衝撃に、愛銃ごと投げ出され、部屋の中に投げ込まれる。そして身を起こしながら、本当にキャスター付きで良かったと、心の底から思った。

 床に転がった彼が、身を起こした最初に見た物は。
 首を伸ばし、窓から逆さまに顔を覗かせた、相手の顔面だった。

 人間の顔だった事しか分からない、既に元の形を失った顔。唯一の名残は、頭部に残る髪くらい。幾つもの傷と怪我と火傷と銃撃に曝されたその顔は、《奴ら》以上に不気味で、醜悪だった。

 外から見れば理解が出来ただろう。




 目の前の怪物が、四足状態で南邸の屋根まで一発で飛び乗り。
 そのまま脚を屋根に、壁面に手を置き、天地が引っ繰り返った状態で、己を銃撃した相手を捉えていた事に。




 三メートルの異形が、壁に張り付いていた。脚では無い。蜘蛛か蜥蜴の挙動か、両腕で己の体を壁の僅かな凹凸に引っ掛け、彼を覗きこんでいた。
 相手が、不揃いな牙を向き。

 「  g、ギ、   g、i、iaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 絶叫した。

 声は、ノイズに近かった。窓が震え、振動で罅が入る。音が兵器で武器なのだと、知識では理解していた平野だったが、まさかこの身で体験するとはお世辞にも思っていなかった。

 (耳が、壊れ……ッ!)

 ビリビリとした振動に脚が下がる。反射的に塞ごうとした腕を、歯を食いしばって止める。耳を塞ぐとは、ここで銃を撃てない事と同意だ。それは最悪だと、理性で肉体を押さえつける。
 今更だが、確実に分かった。この怪物を相手にする感覚は、ゾンビ物の映画の変異体を参考にするのでは無い。エイリアンかプレデターか、兎に角、常識外を相手にしていると思った方が正しいのだ。少なくとも、今この状況では。

 「――――や、――――ッ!」

 ヤバイ、と全てを言う暇も無い。
 背筋への悪寒は、二日間の経験の賜物か。

 耳の痛みも、片手持ちに成った鉄の塊の事も、考える余裕はなく。
 床に身を投げ出す。投げ出すと言うよりも、自分自身で倒れ込んだ。咄嗟、所の話では無かった。数秒は愚か、一秒も無く、その身を掠める様に、怪物が室内に、跳び込んだ。

 窓枠ごと強引に粉砕し、上下逆さまの怪物は、平野の上を通り過ぎ、そのまま壁に激突。壁に、爪を喰い込ませ、両足を付け、平面に身を保つ。天井と平面の間、角に、頭を下に、“張り付く”。

 蜥蜴を想像させる体勢。しかし、巨体と醜悪さが段違いだ。肉が露出した顔の中、涎と舌が高級テレビに滴り、異臭と共に白い壁が変色する。
 立ち上がった平野は悟った。廊下に逃げる為には奴の横を通り抜けなければならない。蜘蛛の動きのまま壁と天井を四つん這いで徘徊できる化物を相手に、其れは不可能だ。

 如何する!? そう頭に問いかける。必死に生を手繰り寄せる為に、出来る事はなんだ? じりじりと焦げる様な感覚と共に背筋を冷たく汗が濡らす。恐怖のままに動いて、無謀にも死へと歩む衝動が生まれ出る。パニック一歩手前の、心の狂騒。
 相手は、ゆっくりと、体の向きを変える。手にした銃を撃つ心の余裕が有れば、とうに放っていた。回転し、煙すらも上げる頭は、万全の答えを求め、彷徨っている。

 ヤバイ。まじで。

 ――――死ぬ!

 そして。
 ぐりん、と首“だけ”が回転し、立ち上がった自分を、見る。
 それだけで、十分だった。

 「――――!!」

 戦慄。感じた感情は、恐怖だ。精神的では無い。絶対の捕食者に、己が標的にされたと言う、生命の危険。比喩でも何でもなく、大鎌を振り上げた死神を幻視した。怪物の背後に髑髏を見た。

 今度の反射は屈服させる事が出来なかった。
 アーマーライトを連射する。

 二十の弾丸が尽きるまでに、多くの時間は掛からない――――!




     ◇




 飛翔した怪物が、部屋へと殴りこんだ。
 室内から銃声が響き、そして、止む。

 「……っ」

 事態を脳が拒絶する。
 まさか、という思いが心を占めて。

 「平野!」

 瞬間、叫んでいた。唯の弾切れなのか。それとも貴重な命を落としたのか。其れは分からないが。

 「――――生きて」

 「其処を退いてくれ!」

 いるか、と言い切るよりも早く、返される声は、上。一瞬迷い、上を見上げる。
 平野が空中で踊っていた。

 「は? って、――――おおおおお!?」

 仰け反り気味に下がると、目の前に彼が落ちて来る。鍛えてある部分もあるが、体型は丸い。その分、体重も有る。ドスン、という音と共に、落下した。
 地面に落下し、綺麗に回り受け身を取り、転がった後に立ちあがる。無駄に上手かった。眼鏡が土で汚れている事と、衣服の各所に返り血が付いている事を除けば、何も変化はない。怪我すらもしていないようだ。
 直ぐに状況を理解した。

 「お前っ。……まさかベランダから跳んだのか!?」

 「死ぬよりゃマシだよ! それより、奴はまだピンピンしてる!」

 早口で彼は語った。

 運が良いだけだった。あるいは最後までパニックに成らなかった事か。向かい合った状態で、それでも狙って放った弾丸は、相手の口蓋と舌に当たり、バランスを崩させたのだ。そのまま再度、壁を蹴って跳んだ怪物は、今度は台所へ到る壁に着地。しかし、その行動が平野にとって幸いだった。

 怪物の体重と勢いを殺しきれずに、その壁に穴が開いたのだ。

 行動が変化しても体重は変わらない。両爪が壁に喰い込み、上半身を向こう側に突き破り、身動きが取れなくなった僅かな隙を付き、平野は果敢にもベランダから獲物や諸道具を抱えてダイブした。

 「カーテンレールと雨樋掴んで速度落とした、脚も無事、奴は来る! 何か質問はっ!?」

 「……ああ、いや」

 「――――! 玄関を閉めろ!」

 剣幕に押される暇なく、剣士が叫ぶ。いや、叫んだ時には既に彼女は動いていた。
 長い脚を奮い、蹴り飛ばす様に扉を閉じる。

 閉まる寸前、台所の壁から脱出したらしい奴が、此方に向かって懸けて来る光景を見た。おそらく、自分達が一時を過ごした部屋の壁は、無残になっているだろう、と場違いな事を小室は思った。

 巨塊は、見た目以上に知恵が回る。知恵と言うか本能だろう。あのまま空に躍り出るのではない。壁からズルリ、と抜け出た後、階段と室内を駆け抜けて玄関からの襲撃に切り替えたのだ。家の中は廃墟も同じだと、想像だに難くない。

 怪物が、突進する。異常な速度だった。速すぎて、どれくらい速いのかが分からなかった。ただ、廊下を驀進する相手に轢かれたら、致命傷は確実だっただろう。

 寸前、扉が閉じきった。

 そして一瞬後、バキャイィッ! と、扉が撓み、大きく外側に張り出した。蝶番とドアノブが衝撃で一気に外れ、開いた隙間からは奴の吐息が聞こえた。貫いている鈍く輝くモノは、もしや奴の爪か牙か。

 次で完全に破壊されるだろう。抑えようと思って抑えられる攻撃では無い。
 あの速度と身体能力を見ても、逃亡すらさせてくれないだろう。

 「――――拙いな」

 冴子の声を聞いた。彼女ですらもそう理解している。

 視界の端。親子は丁度ハンヴィーへと辿り着き、その身を潜り込ませている。道路と周辺。怪物の修復で減った《奴ら》が再度、集結し始めている中、一人動く宮本麗がいる。地面を這い、安全を確保しつつも高城の指示を受けて走りまわっているのだ。

 ギシ、と扉が軋む。そして、内部に爪が引っ込んだ。玄関周りは怪物が自由に動ける広い空間が無い。恐らく、強引に扉を破る為に、もう一回、突撃するのではないだろうか。確認する事も出来ないが。

 「逃げる方法を探さないと、本気で危ない」

 再度、《奴ら》は集い始めている。排除しても排除しても湧き出る鬱陶しい連中だ。しかし、正直あの怪物に比較すれば怖くない。いや、両方を相手にすると確実に死ぬだろうが。

 「どうやって!?」

 「ハンヴィーしかないけど!」

 この時点で、三人の思考は一致していた。

 先程までは倒せる、と思っていた。だが、今は不可能だ。アレは多分、銃火器では埒が明かない。ロケットランチャーでも持って来ないとまず倒せない。と成れば逃げるしかない。しかし、逃げる方法が思いつかない。

 凄まじい速度でアーマーライトの予備マガジンに銃弾を込め交換する平野も、不慣れな手つきでイサカにリロードした上で弾を込める小室も、木刀を拾い直した冴子も、迎撃する覚悟は持っている。しかし――――。

 一瞬、三人の中に諦観が混じる。命を懸けて足掻く彼らでも、可能不可能の判断は簡単だ。手持ちの怪物に対抗出来る手段が乏しすぎる。ゲームならばナイフ一本で倒せるかもしれないが、現実は非情だ。

 あの親子を救った時から、覚悟は決めていた。しかし、此処で終わるのも――――。

 一瞬の停滞と沈黙を、打ち破った相手がいる。

 「全員、下がりなさい!」

 声がした。放ったのは高城沙耶だった。三人に戦闘を任せ、背後で迎撃用の即席トラップを造っていた彼女だ。恐らく、この短時間で知恵を巡らせ、何とか形にしたのだろうか。
 期待は機敏な反応に現れ、命令実行に体が動く。

 「先輩これそっち! 何処でも良いから引っ掛ける!」

 指示が飛ぶ。同時、飛来する代物が有った。高城の腕が飛ばしたそれは、何かに固定する為のアンカーにも似た道具。何処で見つけたのか、頑丈そうなワイヤーの先に備え付けられた其れを、彼女は掴み取り、振り返り、咄嗟に、隣家の庭先にあった物干し竿の土台に連結させた。

 殆ど同時に、扉が破られた。




     ●




 扉が飛ぶ。

 廊下の奥から、通路壁の破砕を気にせずに突撃された勢いは、頑丈な扉を叩き開け、そのまま地面に転がって行く。その転がりよりも早く、異形はドア枠から外へと躍り出た。

 三人と高城沙耶。その間を暴風の如き異形が、駆け抜け、己の壊した門前に身を晒す。

 道路に飛び出た怪物が、体勢を立て直す。アスファルトに両足を付き、さながら獣や装甲車が方向を転換する様に。腕を支点に、下半身を回し、大地に乱れた傷跡を残しながら。

 そして。




 振り向いたその不気味な肉体を追う様に、夜空の中、何かが飛んでいた。




 怪物が振り向いた瞬間だ。何かが、凄まじい勢いで跳んで来た。土台ごと引っこ抜かれたが故に、ワイヤーの“先”に有った繋がれた物が、勢いのままに向かって来たのだ。

 片方は、洗濯用物干し竿を支える、二十キロ程度のコンクリートブロックと歪曲した鉄パイプ。

 そしてもう一つは。




 ワイヤーに連結された一台の大型バイクだった。




     ●




 怪物にバイクがぶつかった瞬間、高城沙耶は拳を握る。二百キロの機械砲弾は狙い通り、相手に直撃し、勢いのまま相手の体の上に乗る。其れを邪魔そうに振り払う異形は、しかし外しきる事は出来ない。
 両先端に重しを備えた即席の拘束具は、しっかりと相手の片前脚に絡んでいた。

 「――――っし、一つ目成功!」

 メゾネットの一角に停車中だった、既に持ち主不在の代物だ。勝手に走らせても文句は言われまい。既に死んでる筈だし。

 早めにこの家に到達出来た甲斐が有ったと言う物だ。南邸と、隣接する二件。合計三邸宅分のメゾネットを確保できていたのだ。《奴ら》を殲滅した後、内部を調べ、物資の調達をしたのは当然だった。生きた人間の必要な物は、死んだ人間には必要の無いモノばかりだ。
 毒島冴子の造った弁当も、隣家の冷蔵庫から食材を拝借してきていた。ハンヴィーに搭載した品物の中には、今後絶対に必要な物も入っている。それは単純な武器だけでは無い。燃料や、医薬品や、工具や、防具や、折り畳み自転車や、釣り竿や、コンビニでは入手困難な、生活必需品や雑貨品の類だった。

 大型バイクは乗り捨てられていた代物を引っ張ってきただけだが、こんな音の出る移動手段でも、何かと役に立つだろうと確保をしておいて正解だった。今がまさにそうだ。その時はデリック宜しく、宙にすっ飛ばすとは思っていもいなかったが。

 「大型バイクを背負えば、流石に自由には動けない筈……!」

 今、相手には、絡まった末の大型機械が繋がっている。

 怪物的な相手を抑える為には、何よりも、相手の行動を阻害し、その身体能力を発揮させない状況に追い込む必要が有る。その為に彼女が考え付いた一つ目の手段が、重りだった。

 いや、奴の身体能力的に、これでもまだ全然、危険な事に違いはない。だが、例え相手が持ち運べても、頑丈な足枷を付けている事と同じだ。単純に引っ張って動く簡単な事すらも、地面に引き摺ったままでは支障が出る。

 (その一。まずは動きを阻害する……!)

 頭の中で手順を確認した。

 高城沙耶は、何よりも咄嗟の対応が優秀だった。人間形態の時に考えた“倒す方法”は、相手が変態した時に不可能になる。しかし、倒せずとも、逃亡の役に立つ様に、異なる使い方をすれば良い。
 今の自分たちではアレが倒せない。奇しくも三人が悟った時と同じ頃、彼女も悟っていた。そして、倒す為に確保した手段を、「逃げる為」へと変更した。

 そして相手は今、身動きが取れない状態に有る。
 先程までもポテンシャルを発揮出来ない状態に。

 (相手が強いなら、その強さを存分に発揮させなければ良い!)

 正直、相手が二足歩行で動いている状態ならば、困難だった。危険を承知で外に停車しているマイクロバスを足枷にする事も考えた位だ。しかし、幸か不幸か、奴は四足歩行になった。

 二足歩行と四足歩行。野生の獣として見れば、圧倒的に後者の身体能力が脅威となる。事実、異形は天井や壁すらも走破するレベルだった。平野もヤバかった。しかし、その代償として、相手が指し出した物が有ったのだ。




 即ち、腕と掌と指と“知恵”。
 自らの拘束を、瞬時に解放する道具を、奴は手放した。




 二足歩行ならば、カウボーイ宜しく、己の拘束をロープに、先に有る物を武器にする可能性すらあった。だから当初、高城は、悩んだのだ。効果が薄い事を承知で適当に相手に絡めるか、危険を承知で地面にウインチを張り巡らせ相手が自分から絡むのを待つか、あるいは命を賭して相手に巻き付けに行くか。

 (ラッキーよ。ほんと!)

 二番目の策を取ろうと思った時、二足歩行の不利を悟ったのか、ダメージが許容量を超えたのか、タイミング良く奴は四つん這いでの行動に成った。有り得ない跳躍力と、そのオゾマシサに気分が悪くなったが、その好機を逃す気はなかった。
 両手と両足を使用して自分らを追うのならば、攻撃武器は口やそれ以外の部分しか無い。

 ならば、移動手段を不自由にすれば、一気に有利になる。

 だから急遽、策を変更した。
 本当に、一瞬の判断の転換だった。

 家の中だろうが、家の外に居ようが、四足で走って跳ぶならば、適当に縄を引っ掻ければ、勝手にその先に括り付けた重しは後を追って行く。慣性で引き摺られ、速度が高い程に、ぶつかった時の威力も増す。
 奴が突撃したその瞬間に、進行方向にワイヤーを張って両側に重りを置けば、運動力学としてワイヤーは互いに交差し、勝手に絡む!

 ワイヤーの正体は、車庫の中に有った4WD使用の自動車のウインチだ。数百キロを支えるロープは、例え腕が有っても簡単には千切れまい!

 「ま、ホントの狙いは其処じゃないんだけど!」

 一つ目で、相手を拘束し。
 二つ目で、拘束した相手を、より封じる!

 「宮本っ!」

 高城は呼んだ。
 危険を承知で一人動いていた友人を。
 異形が家の中で暴れていた一分間の間に、完璧に仕事を終えた彼女へ指示を出す。




     ◇




 「了解!」

 マイクロバスの屋根の上に宮本麗が乗っている。
 異形が南邸を蹂躙していたその数分間の間で、彼女はバスの上へと身を乗せた。此れもお願い、と渡された分厚い束を使用して、頼まれた仕事も終わらせてある。高城沙耶が何を狙っているのか。それは怪しかったが、しかし彼女を信じて行動した。

 《奴ら》が怪物に捕食され、数が減っていたからこそ、出来た業だ。

 マイクロバスの上。その身を横たえ、サイトを覗く。平野から扱い方は習ってある。
 スプリングフィールド・スーパーマッチ。アーマーライトと同じ7,62ミリ弾を二十発装填した凶器。

 『宮本。あの怪物に炎は効果が薄い。でも、絶対に効果が無い訳じゃない』

 大橋で逃げたのが、その証拠だ、と彼女は語る。毒島冴子が抑え、平野と小室が連射し、奴が変態している間も尚、指示を受けて手を動かしながら、彼女は手早く説明した。

 ガソリンや灯油が爆発する事は滅多に無い。液体が揮発し、一定量の空気と混ざり合い、初めて大きく燃え広がる。密閉空間であった場合で衝撃が発生する。
 大橋での一軒は、破壊された自動車のガソリンが十分に大気中に撹拌され、其処に火花が散って一気に燃え広がったのが正しかったのだ。だから爆発では無く、爆燃という表現が相応しかった。
 けれど、其れを承知で、高城沙耶は指示したのだ。

 『簡単な話。爆発じゃない、燃焼が目的。衝撃はなくても良い。ただ、奴の筋肉や神経伝達に少しでも支障が出れば!』

 あの怪物に爆発は効果が無い。ならば、爆発を狙っても意味が無い。モンスター映画の王道である、体の中から破壊する、という行為は難しいだろう。だから、吹き飛ばすのではない。長時間、高温に晒し、その行動に支障が出せれば、それで良い。

 生物で有る以上、高熱でその身を構成する蛋白質が変化すれば、間違いなく行動が遅くなる。

 「当たりなさい……っ!」

 叫び、撃つ! ここで狙いが外れたら失敗だった。怪物では無い。その周囲で動く、転がったままのバイクと、その積荷へ向けて、連射する!
 バイクに括りつけられていた、ペットボトル。二リットル×四本。その四本に向けて、宮本麗は弾丸を叩きこんだ。

 外れ、外れ、火花を散らし、怪物に当たり、外れ、道路で跳ね、機械を壊し、積荷へ辺り、外れ、内部の「液体」を漏らし、飛び散らせ、外れ、背中に食い込み、火花を散らし――――。

 「――――!」

 バスの上で身を伏せて連射したまま、彼女は見る。
 火花の一つが、弾丸の一つが、確かにバイクと奴に降り注いだ、積荷へと着弾した事を。

 内部に満ちている液体は、ガソリンとコーラを一定比率で混ぜ、鞠川静香の医薬品を加えた代物。それは、界面活性効果を利用した、高城特性の即席エマルジョン爆薬。

 その威力、即席のナパーム弾の如く。
 爆発は、紅蓮の炎が、怪物を包み込む――――!




     ◇




 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!」

 もはや何の生物なのかも不明な悲鳴が、響き渡った。超音波の様な鳴声。ギリ、と歯を噛み締めて堪えながらも把握する。やはりそうだ。あの怪物はタフだが、感覚も鈍いが、決して無痛覚では無い。許容ダメージを越えれば確実に、動きを止める!

 怪物を止める、重りの総重量は約200キロ。燃え盛る中、何処まで動ける。
 衝撃に空気が震え、目元を追おう。だが、怯まなかった。千載一遇のチャンスだ。逃したら終わる。

 予め準備をして置いた――――空き時間で生み出した爆薬に怪物が飲まれても尚、高城の策略は止まらない。

 「まだよ!」

 休憩時間の間。小室と平野。二人が見張りと周辺探索をすると同時に、他の四名も動いていた。生き延びる為の準備は幾らしてもし過ぎる事はないのだ。例の爆薬だって知識と書籍から生み出した代物。危険を覚悟で造った道具だ。

 同じ様に、予め用意をしてあった物は有る。組み合わせ、工夫して道具を生み出す、それは人間の知恵だ。生き延びる為の行動だ。頭脳が六個も揃って、互いに協力可能な状態で――――あんな強い怪物一体に、負けるものか!

 ホースやカラーロープや針金を束ねて生み出した、ハンヴィーに繋がる頑丈な長いロープが有る。
 家の中で怪物が暴れ、平野が奮戦している間、マイクロバスに上る宮本に頼んで結んで貰ったそのロープ。門の前で燃え盛る異形の背後、空中から走り、駐車場へと伸びている。

 「撃って!」

 その指示に、最初に気が付いたのは、平野コータだった。

 「そうか! ……小室! 撃て! 狙いはアイツの背後だ!」

 目視のまま、彼は連射する。怪物では無い。その背後。ロープの繋がった基盤へと。断続的に響く弾丸は、コンクリートを穿ち、疲労を蓄積させていく。

 「――――そういうことかよ!」

 彼も悟った。ガショッ! と再装填された大口径が、火を吹く。ドウッ! という吼える音と共に、燃える怪物と、その背後が、粉砕される。四足歩行で、しかも這っている格好。肉体が燃えて動きが鈍い怪物に着弾し、身体能力を封じている!

 銃声が断続する。亡者を挽肉にする事も容易かっただろう。頭から燃え続ける怪物の血飛沫が跳び、地面を染めていく。平野コータが。宮本麗が。小室孝が。各々、手に持った銃を連発し、さらなる追撃と共に、最後の罠を発動させて行く。

 “本命”に結ばれた各種ロープの束の先は、門前の街灯に通っている。臨時の滑車の役目を果たす街灯から繋がる束の最終地点は、ハンヴィーだ。

 「先生!」

 「了、解!」

 彼女もまた、意図を組み取った。鞠川静香は、掛け声と共に、エンジンをギアに叩きこみ、そのまま一気に発進する。無論、その背後に束の先端が括り付けられているのだ。大した加速は出来ない。

 しかし、それで十分だった。
 ガグン! と急停車する重量車と。

 同時。

 ギシィッ! ――――と、軋む音を聞く。そして。




 燃え続ける怪物の背後。
 電信柱が、倒壊する――――!




 光景は、むしろゆっくりとしていた。

 地面に埋め込まれた部分は、約二メートルから三メートル。宮本麗の手で結ばれた部分は、電柱の上三分の一位の所。束ねられ、無駄に太く長くなった臨時ロープを引くハンヴィーは、ギイギイと軋んだ音を立て、根元へと直撃する弾が轢き倒しを確実な物とする。

 爆発の衝撃から逃れた宮本麗が、庭へと素早く跳び下り、毒島冴子と共に男達の背後を回る中。

 今尚も稼働し、周囲の家に電力を供給している電柱は、音を立てて崩れ落る。
 その前に居た、燃え盛る異形を巻き込みながら。

 「時速二十キロの車が衝突して倒壊する電信柱。ただ倒すだけなら、爆発と銃と牽引で十分。……ええ、流石に潰されるなんて、高望みはしない。でも」

 高城は言う。

 元々、門が破られた時の対処の一つとして想定していたのだ。家のベランダから、対岸に有る電信柱を倒壊させ、《奴ら》の侵入を防ぐ、という。かなり乱暴な方法だったが。
 最大で重さ二トンにもなる電信柱を上から叩きつければ、流石に少しはダメージになるだろう。しかし、相手の怪物っぷりは把握している。幾ら大型バイクで挙動を封じ、エマルジョン爆薬で更に緩慢にさせた所で、都合良く死んでくれるとは思えない。

 それに、電柱を倒す方向だって賭けだ。運よく相手を潰せる筈が無い。それは承知の上。だから潰す事は、目的では無い。
 真の目的は別にある。

 そう――――。




 「感電くらいはして貰うわよ!」




 次の瞬間。
 紫電が宙を走った。それは放電。そして漏電だ。燃えたままのその身へと、欠片と共に降り注いだ送電線が、怪物へと電力を流す。地面に触れ、複数の電線に触れた巨体だ。さぞかし電圧は高いだろう。

 「――――    !!」

 放電音が響く。
 ビグン! と異形が動く。自発的な動きでは無い。人間を初め各種生物の活動が、微量な電気信号から発生しているならば、あの怪物も例には漏れない。そして、肉が露出している状態で、強引に電流を流しこめばどうなるか。

 「 !   g、■ !!   ■!!」

 異形が悲鳴を上げた。間違いなく。声にも成らないダメージが、その身に刻み込まれている。

 その身は、液体爆薬で未だ濡れている。本人の流す血液が有る。そして、体には毒島冴子が打ち込んだ金属の刃が突き刺さっている!
 野生の熊が、電柱に登って感電死したニュースで有名だろう。本人の抵抗が――電圧が大きいほど、流れる電流の威力は跳ね上がる。途切れ途切れの鈍い通電音と共に、痙攣する様な動きで、怪物の挙動が乱れ、水揚げされた魚の如くのた打ち回った。

 しかし、自在に動けない。逃れる事すらも出来ない。電線がその身に絡まり、牽引された重りが阻害し、脱出を封じている。

 地形効果を最大限に生かした、その手法。
 それは、生にしがみ付く人間の底力だろう。
 幾ら身体能力が高かろうが、人間の意志を簡単に倒せると思うな。
 得体の知れない怪物ごときが、世界に抗う生者を打倒できると思うな。

 親子を襲い、南リカの家を蹂躙した異形は、六人の連携の元、有り得ない程の銃弾を叩き込まれ、動きを封じられ、燃やされ、感電された。

 「     ■■!!   g、aaa ――――ッ!!」

 響く悲鳴は、何を言っているのか。
 ただ、苦痛以外の何かを抱えている事だけは、理解が出来た。

 大きく跳びはねた反応を最後に。
 怪物が動かなくなるのは、それから直ぐの事だ。




     ◇




 ドサッ、と言う音がした。腰を落とした高城沙耶だった。

 息が荒い。今に成って緊張が体に伝わり、心臓が興奮を呼び起こした。どっと吹き出る汗に、鉛の様に重くなる身体。折れそうになった膝を抱え、全員が、目の前の事象を呆然として受け入れる。
 風が吹き抜けていく。先程までと同じ、しかし決定的に違う空気だ。感じる臭いはオゾンか。周囲にいる《奴ら》の死臭の籠る、しかし現実感の有る空気だった。

 沈黙がおり、やがて最初に、恐る恐ると声が上がる。

 「やった、のか……?」

 直ぐに声は上がらない。皆、口を開けなかった。
 しかし、さあね、と高城が答えた。よっこらせ、と倦怠感を隠さずに立ち上がる。此方も、かなり疲労が出ていた。肉体よりも精神的な蓄積だろう。

 「アレでも死んでない可能性は、かなり高いわ。――――でも、確認出来る?」

 「……いや」

 出来る筈が無い。電線が切れて漏電しているし、まだ液体爆薬は燃え続けている。動かなくなりはしたが、それでも死んでいる、と判断が出来ないのだ。下手に接近する勇気はない。
 平野が口を挟んだ。

 「今の内だ。行こう。……ここで奴を倒せる確信が無い以上、ここでこれ以上に、余計な無駄弾は使えない。まだ必要になるんだ。――――今なら《奴ら》も多くない。無理矢理でも抜けられる」

 平野のアーマーライトと宮本のスプリングフィールド。両者は共に7,62ミリ弾を使用している。今夜使用した数は、九十発近いだろう。残弾はまだ残っているが、それでも半分近くを消費してしまった。

 何時まで続くか分からない地獄だ。補充の宛が無い以上、使い所を見極めなければいけない。
 命の掛かった場面で出し惜しみはせず、場が変わったら引き摺らない。
 そう言う事だ。

 「そうだな。……行こう。親子を助けると言う本来の目的は達せられたんだ。……玄関右側の塀を越えれば、そのままハンヴィーへ乗り込める。流石に、私も近寄りたくはない」

 木刀を拾い直した毒島冴子が促す。

 一番ハンヴィーに近かった宮本麗が、エンジンを懸けたままの自動車。その背中に繋がっていた、電柱倒壊の功労者たるロープを取り外した。これでしっかりと発進が出来る。

 駆動音に寄せられる亡者もいる。しかしそれらはハンヴィーに搭載していたワイルドキャット・クロスボウで、救出した父親が排除していた。中々の腕前だ。数が少ないお陰で、其れほど苦戦していない。

 あの怪物を退けたお陰だろう。正直、《奴ら》が全く怖くなくなった小室達だった。

 「――――良し。それじゃあ」

 イサカを構え直して、彼は告げる。

 「高城家を目指そう」




 二日目の夜を生き延びた彼らを乗せ、ハンヴィーが夜闇へと消えていく。
 倒れたまま動かない『彼』の指は、それでも緩慢に、生を示している事に、彼らは気が付かなかった。

 二回目の接触は終わった。
 再度、彼らが巡り合うのは、もう少しだけ、後に成る。




 近くで子犬が啼いていた。
















 ネメシス第三形態風の主人公。フルボッコの巻。

 今回、めっちゃ気合い入れました。スタイリッシュ学園アクションの本領発揮でしょうか。作者の本気です。ネメシス大暴れ。主人公達も大暴れ。既に背景の《奴ら》。娘と共に命を拾ったありす父こと、命名・希里章(まれさと・あきら)。

 冴子さんも言っていますが、主人公の弱点は、まだまだこれだけありましたよー、と言う事でもありました。攻撃防御体力生命力はチートでも、技量が零。運動能力と戦闘能力は別モノです。馬鹿ではないが経験不足で罠に引っ掛かる。意志無き《奴ら》や混乱した民衆は蹴散らせても、武装した知恵ある人間の連携を倒すには至らない、と。

 今回一番大変だったのは、如何に主人公を倒すかでした。只管に銃弾を叩きこんで、拘束して、燃やして感電させて、と大きくダメージを与えましたが、正直、小室らには補正が入っているでしょう。殆どゲーム並みです。

 ではまた。
 救いの手は次回です。


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