『前書き』
この作品の大元となるネタを下さった某氏に最大限の感謝を捧げます。
聖夜に決着がついた闇の書事件の余波被害として、その残滓が引き起こした闇の書の欠片事件も終結してから一夜が明け、これでようやく日常は平穏へと戻ると思われていた。
しかしここハラオウン邸は、冬の貴重な太陽の光がありがたい昼下がりにも関わらず、異様な空気に包まれていた。
現在この家に住むフェイト、クロノ、リンディ、エイミィ、アルフはもとより、なのはとユーノ、さらにははやてとリインフォース、ヴォルケンリッターまで勢ぞろいなのである。
総勢13人という大所帯にも関わらず彼らの間に会話はなく、ただただ視線は中央の机の上に注がれている。
「な、なんだよー! ボクなにもしてないだろー!」
「ええい塵芥どもが! 我を見下ろすな!!」
「……さてどうしたものでしょう」
上から力のマテリアルこと雷刃の襲撃者、王のマテリアルこと闇統べる王、理のマテリアルこと星光の殲滅者。
そう、彼らは闇の書の残滓により生まれた三体のマテリアル。昨夜の闇の書の欠片事件において激戦を繰り広げた結果どうにか退け、消滅させることができた……はずだったものだ。
「というよりボクおなかぺこぺこなんだけど……」
「自らの立場をわきまえんかうぬらは!」
「なにかするのであれば手早くお願いしたいものです」
もう一度言う。集まった人々の視線は机の上に注がれている。
そう、机の上である。
「えっとぉ……」
初めてマテリアル以外で沈黙を破ったのはなのはだった。
もうどう反応したらいいか分からないのだろう、非常に微妙な笑顔を浮かべ、皆に招集をかけたクロノに視線を送る。同時に、他の全員もクロノへと視線を向ける。
「く、クロノくん?」
「あー、うん……」
「なんで、この子たちこんなにちっちゃいの?」
再び全員の視線が机の上に、より正確にはその上の虫かごの中に集まる。
「な、なんだよそんないっぺんに見るなよ! こ、こわいだろっ!」
フェイトと全く同じ容姿だが目にも鮮やかな青色の髪が際立つ、ちょっと涙目な雷刃の襲撃者。ただしサイズはスプーン以下。
「ふ、ふんっ! 今ならまだ許してやらんこともないぞ? さあ解放せよ!」
白銀の髪を持ちはやてと瓜二つ。へっぴり腰をごまかすように傲慢不遜に振舞ってみせる闇統べる王。でも身長のライバルは携帯電話。
「もう少し広い虫かごはなかったのでしょうか? 三人では狭くてかないません」
ショートカットにしたなのはのコンストラストを全体的に暗くしたような姿を持つ、全く動じていない星光の殲滅者。だけど風呂は茶碗で事足りる。
なぜか、昨夜はフェイト、はやて、なのはというオリジナルと同じ大きさだった三人共が手のひらサイズになって目の前にいるのだ。
「クロノ、そろそろ説明してくれないかな? どこで拾っ……捕まえてきたの?」
「ああ、うん……」
フェイトに言われ、どうにも疲れた様子のクロノは重い口を開いた。
「僕もなにがなんだかよくわからないんだが……」
ゆっくりとクロノは自身の記憶を遡る。
「全く、昨日の今日だというのに母さんもエイミィも人使いが荒い」
ため息と共に愚痴を吐き出しながら、クロノは建物から出て、寒風に身を震わせた。
その手には、背後に立つ大きな建物と同じロゴが入った大きな袋。
海鳴市に引っ越してきて結構な時間が経ち、ぼちぼち足りないものが見えてきたハラオウン邸では、闇の書事件の余波被害もひと段落ついたということで、それら不足しているものを買い足そうとなった。そこで海鳴市の少し郊外にあるホームセンターまで買い物に行かされたのが、唯一の男手ということで選ばれたクロノだったわけだ。
「さっさと帰るか……」
ぽつりと呟いて、珍しく誰もいない道を歩き始めたクロノだったが、ふと道端においてあるダンボールが目に入った。
「なんだ、不法投棄か?」
反射的に眉をひそめる。
どこの世界でもこういうマナーを守らない手合いは多いものだ。海鳴市は綺麗な街だが、やはりこういう人間がいないというわけではないらしい。
遺憾には思えど、海鳴の行政の官僚でもなんでもないクロノはそれを横目に通り過ぎようとして、
「よし、うぬに我の右側に行くことを許そう。感謝せよ」
「やだよそっち風上じゃないか!」
「暴れて無駄に体力を使うのもどうなのでしょう?」
耳に入った言葉にぴたりと足を止めた。
――な、なんだ今のは?
その声はよく知る少女三人のものにそっくりで、だけど口調は全く違う。
周囲を見渡すが付近にはクロノの他には誰もおらず、声の出所はわからない。
――き、気のせいだろう。うん、きっと昨夜の疲れがあって……
「うー、寒いしお腹すいたしもーやだ!」
「まったくやかましいやつめ、口を閉じるということを覚えたらどうだ?」
「なぜそうも元気なのですかあなた達は……」
また聞こえた。
いい加減に幻聴では済まされなくて、今度ははっきりわかった声の聞こえてきた方向に視線を向ける。
「……」
そこにはボロボロのダンボール。
――いや、まさか、そんなべたでバカなことが……
そうは思うもののクロノの魔導師として鍛えられた感覚は、その中に非常に薄くながら魔力反応を三つ感知した。
いやな予感しかしない。けれど、覗かないわけにはいかない。
無理とはわかりながらなにもありませんようにと願うクロノは、恐る恐る足音を立てないように近寄って、ダンボールを覗き込む。
「……おや、執務官ではありませんか」
小さい人影と目が合って、
「こんにちは。昨晩はどうも」
普通に挨拶を返された。
「それで、とにかく放ってはおけないからとりあえず三人にバインドをかけた後、大急ぎでホームセンターに戻って虫かごを買ったんだ」
「で、そん中に放り込んで帰宅……やな?」
「ああ。そして皆を呼んだんだ」
「でもなんでこの子たち魔法使って逃げようとせんの?」
「わからない。ただ、マテリアルたちの魔力反応は恐ろしく小さくなっているからそこが関係しているんだろう」
全員に再びの沈黙が降りる。
ちなみに、話の途中だろうと関係なくわめいてうるさかった雷刃の襲撃者と闇統べる王は、現在は虫かごに入れてやったクッキーにかかりっきりになって静かになっている。
一心不乱に自分と同じ位の大きさのクッキーを齧る姿は可愛らしいのだが、ここにいる全員はそう和んでもいられない。
「というよりさー、なんでこいつらこんなことになってんだ?」
皆の気持ちを代弁したようなヴィータの質問が飛ぶが、そんなの聞かれたクロノが知りたい。
「リインフォース、なにかこういう事態に心あたりはないか?」
「…………」
闇の書に関する事態においては最も詳しいと思われるリインフォースにクロノが尋ねるが、彼女は腕を組み、目を閉じてなにやら考え込んでいる。
「……申し訳ないが、わたしでも皆目検討がつかない」
しかし、暫くして申し訳なさそうにこう口を開いた。
「役に立てなくて申し訳ない」
「いや、君が謝るようなことじゃない」
「ああ、このような事態はイレギュラーだわからなくて当然だ」
肩を落として頭を垂れたリインフォースだったが、すぐにクロノとザフィーラがフォローを入れる。
「……すまない」
「だから謝るなって」
ヴィータに小突かれて目を丸くするリインフォースに全員が笑みを漏らす。
とはいえ、事態は一向に先が見えていないのは変わらないわけで、
「結局どういうことなんでしょうね……」
シャマルの呟きに、全員が頭をひねってしまう。
このままでは事件は迷宮入りか、というところで小さな声があがった。
「そこは私が説明しましょう」
声の出所は虫かごの中。両手にクッキーの欠片を持って、口をもごもごとさせながらも周囲の人々を見上げている星光の殲滅者だった。
「君が?」
「はい。私たちは信用ならないかもしれませんが、情報が何もないというなら聞いていただけないでしょうか?」
む、とクロノは考え込む。
星光の殲滅者の言う通り、こちらには予測を立てるだけの情報もない。しかし、そうやすやすと敵の話を聞いていいものなのか。
「いいでしょう。聞いてみましょう」
「か、母さん、そんな簡単に決めるのは……」
「話を聞くだけならタダでしょ、いいんじゃないかしら?」
「むぅ……」
あまりにも早い決断に異議を申し立てたクロノだったが、リンディが簡単ではあるが正論でもある理由を説明してしまうと、黙るしかなかった。
「これは、話をしてもいいということでしょうか?」
「ええ、お願いできるかしら?」
尋ねてきた星光の殲滅者にリンディはにこやかに笑いかける。
「では」
こほんと咳払いをしてから彼女は語り出す。
「まず、私たちがどのような存在かというところから説明いたします。私どもは闇の書の残滓が生み出したマテリアル。それに間違いはありませんが、どちらかと言えば守護騎士システムの守護騎士諸氏に近いものでしょう」
「確かにわからんでもないが、それがなんだというのだ?」
秀麗な眉を歪め、シグナムが胡散臭げに問いかける。
星光の殲滅者はそんな反応を気にすることなく話を続けた。
「つまり、私たちは闇の書の断片が映し出す過去のコピーとは違い、あくまで意志を持つ一個体としてあり、独立したリンカーコアを持っているのです。闇の書が失われた今も守護騎士が問題なく魔法を行使できるのと同じように、私たちを生み出した大元が失われたとは言え、それすなわち私たちの消滅とはならなかったのでしょう」
「大した洞察力だが、今の姿になる理由にどう繋がる?」
「そのように疑問や不満を抱かれるのも最もですが、ここからが問題なのです」
涼しい顔で流す星光の殲滅者にシグナムは鼻を鳴らす。話を頭から否定しようとしているわけではないのだが、未だに夜天の書のことを闇の書と言って憚らない彼女が気に入らず、どうも態度に出てしまったのだ。
夜天の書から闇を払ってくれた主がいなかったかのように扱うようで、嫌な時代の記憶を思い起こさせられるようで、彼女にそんなつもりがなく八つ当たりとわかっていてもつい苛ついてしまう。
――私も、まだまだ修行が足りんな。
深く自嘲の息をついて、シグナムは全身から力を抜いた。
一方で、説明は続く。
「守護騎士システムを参考にして生み出されたであろう私どもですが、残念ながら完全に守護騎士と同一のシステムというわけにはいかなかったのでしょう、闇の書の闇が真に消滅した結果、自分で自身の身を維持しなければならなくなったのです」
「もしかして……」
なにかに気づいたように声をあげたフェイトに、星光の殲滅者は頷く。
「はい、おそらく想像の通りでしょう。私たちは魔力により自身の維持を行っています。こればかりは推測ではなく実感としてわかることです」
どこか納得するような空気が流れる。
クロノが言っていたように魔力反応が微小であることや、魔法で暴れないというのは、維持に膨大な魔力が持っていかれているということなのだろう、と。
「えっと、じゃあ、今とっても小さいのって……」
「維持には常に大量の魔力を使用しますので、常時ではこのサイズが限界です。一日三分ほどであれば元の大きさになれますが」
「どこのウルトラの星の人やねん……」
「はい? それはなにか問題解決に繋がるものでしょうか?」
どうやらはやての呟きがわからなかったらしく首をかしげて見上げる。
「いや、わからんかったならスルーしてや、そんなに見上げんといて!」
「はぁ……」
星光の殲滅者にしてみれば、なにがそんなに嫌なのだろうかという感じで視線を逸らすはやて。
――闇統べる王のオリジナルですし、理解できないところがあって当然ですかね。
さらに首を傾いていたが、そう納得して疑問を意識の外に放り出す。
「なんや失礼なこと言われた気分がする……」
「小烏と同じというのは癪だが我も同じ気分だ……」
並んで二人は頭を捻るが、星光の殲滅者の内心を覗くことはできず疑問符を頭上に浮かべるだけだった。
「使える魔法の限界っていうのはなにかあるの?」
横合いからひょこりとなのはが顔を出す。
「十分な魔力供給を受ければ本来と変わらぬ力を発揮できるでしょうが、現状では段差を越えたりするために数秒飛行魔法を発動するのが限界でしょう」
「そ、そうなんだ……」
眉をハの字にして、困った笑みを浮かべる。
「とりあえず、私たちの現状はこういったところです」
言って、一番正面にあるクロノの顔を見上げるが、当人は眉間にしわを寄せ、なにやら唸っていて、周囲を見てもたいていの人間が同じように頭を悩ませている。
そうでないのは、じろじろと見てくるヴィータに、興味なさそうに欠伸をするアルフ、もう既に我関せずとばかりに寝そべっているザフィーラといったところ。
――ああ、後ろの二人もそうでしたね。
振り返ると、欠片がバリアジャケットにくっつくのも気にせずにクッキーにかじりついている同じマテリアル二人。
「ん……? あ、そうだ、あれがあったじゃんボクら!」
たまたま星光の殲滅者と目のあった雷刃の襲撃者が、思い出したように声をあげる。
「なにか、ありましたか?」
「ほらー、よくわかんないけどボクたちオリジナルとだけはその、あれだよ! あれできるようになったじゃん!」
「指示語だけでは理解できないのですが……」
全身を一杯に動かしてなにか表現しようとしているのは理解できるが、それが何をさしているのかはわからず、いつも以上に冷たい視線を雷刃の襲撃者に送る。
「う、だからあれだよ! こう承認したらガッシーンとファイナルフュージョンみたいなやつだよ!」
「ああ」
突き刺さる氷の視線にびびりながらどうにかそれっぽい描写をした雷刃の襲撃者の言葉に、星光の殲滅者はぽんと手を打つ。
「確かに、オリジナルとユニゾンできるようになっていましたね」
「にゃっ!?」
「ええっ!?」
「なんやそれ!?」
忘れてました、とばかりにさらっと言ってのけた星光の殲滅者とは正反対に、当のオリジナル三人は驚嘆の声を上げる。
「それすっごい重大なことだよねっ!?」
「ゆ、ユニゾンってどんな気分なのかな?」
「人間からデバイスに進化……いや、退化かなんか? いやそれはともかく意味わからんて」
三人が一気に体ごと虫かごに近づけてきて、さすがの星光の殲滅者もその迫力に一歩退いてしまった。
「ど、どうでしょう。管制人格が分離の際に失った自立的ユニゾン機能が流れてきたと取ることも可能ですし、そもそも私たちがプログラム体であることも出来る可能性を高めます。ですが、なにぶん私たちの主観であり実際に行ってはいませんので確証までは……」
「じゃあ、やってみればいいんだよね?」
フェイトが決意を決めた様子でさらに顔を近づける。
「待てテスタロッサ! ユニゾンには融合事故が起きる可能性というのもある。むやみにやってもいかんぞ。やつらの罠かもしれん」
「大丈夫だよ。嘘言っているようには見えないし、もしなにかあってもこれだけみんなが集まってるんだから、ね?」
すかさずシグナムが声を張るが、フェイトに信頼の笑みを向けられてしまい、うっと黙り込んでしまう。
他の皆も同じ気持ちだったが、意外にやると決めたら頑固なフェイトだ。きっと生半可なことでは止まらない。それに、マテリアルたちがただのデバイスであれば検査すればわかるかもしれないが、彼女らはデバイスではない。それに、相手がユニゾンデバイスとはいえはやてがリインフォースにユニゾンできたこともあって、それだけで不可能であると断定することもできない。
実際にフェイトの言うようにやってみなければ嘘かどうかわからないのだ。
「……わかったわ。それじゃあフェイトさん、お願いできるかしら?」
「はい!」
「母さんっ!?」
「仕方ないわクロノ」
立ち上がって抗議するクロノをなだめながら、リンディは目を瞑る。
「でも、取れる対策は取るわ。まずユーノさんとシャマルさんは結界を、それと全員戦闘態勢に」
次の瞬間にはリンディは目を見開き、力強く宣言する。
「了解です!」
「承知しました」
「はい!」
一瞬静まり返るも、その場にいた全員がそれに対し次々と返事を返していく、途端にあわただしくなる中、リンディはフェイトに近寄る。
「それとフェイトさん。あにかあっても困るからデバイスを預からせてもらっていいかしら?」
「あ、そうですね……じゃあ、はい」
ポケットからバルディッシュを取り出して渡す。
「はい、確かに預かったわ。それじゃ、頑張ってね」
「……はい」
笑顔を浮かべながら頭を軽く撫でてあげると、フェイトはちょっと恥ずかしそうに視線を落として、こくりと頷いた。
「ねーねー、ユニゾンするのはいいんだけどさ、ここから出してくれなきゃ無理だよ?」
こんこんと透明なプラスチックの壁を叩きながら主張する雷刃の襲撃者の声に、二人はあ、と声を揃えて零した。
「ご、ごめんね! 今開けるから」
慌ててフェイトは虫かご蓋についている小窓を開ける。
「全くもー」
「ごめんね?」
「ほんとだよ、ユニゾンには二人の相性が大事なんだからな!」
「あう……」
ふわりと飛んで、虫かごから出てきた雷刃の襲撃者はそのままフェイトの手のひらの上に降り立って、ぴーぴーと色々叫んでいる。
小さなそっくりさんにすまなそうに頭を下げるフェイトというのもどこか可愛らしい。抑えられない微笑みを浮かべながら、リンディは開けっ放しの蓋を閉める。すると、後に続いて外に出ようとしていた闇統べる王がショックを受けた表情でわめいた。
「なぜ王たる我を差し置いておぬしだけ外に出れておるのだ!」
「あなたは話をなにも聞いていなかったようですね。あと、口まわりにクッキーのかすが大量についています」
「なにっ?」
「あー、こっちです」
虫かごの中では星光の殲滅者が口元をぬぐってやっていた。
どうも和むなぁと思ったリンディの耳に、まだなにやらやり取りをしているフェイトと雷刃の襲撃者の声が届く。
「いいか! とにかくこれでボクたちが最強だってことを証明するんだ!」
「え? うーん、いきなりでなんかよくわかんないけど、とにかく私も頑張るね」
「そうだ! その意気だ!」
手のひらの上で、満足そうに雷刃の襲撃者は頷いている。
くすりと笑い声を漏らしながら、周囲を見回すと結界も展開し終わっており、全員がバリアジャケットにデバイスの準備も完了しており、目でいつでもいいとリンディに伝えてきていた。
「それじゃあフェイトさん、それと雷刃さん、はじめてください」
皆の後ろにエイミィと一緒に下がってから二人に声をかける。
「はい、リンディ提督」
「よーしやるぞお!」
二人は視線を合わせると、お互いに頷きを返す。
「準備は、いい?」
「ユニゾン承認!」
「「ユニゾン・イン!!」」
言葉が終わるのとほぼ同時に、二人の姿が光につつまれ、見えなくなる。
ほんの一秒程で、光が治まると、そこに立つのは一見先ほどと変わらない様子のフェイト。
しかし、その手の上には雷刃の襲撃者はおらず、なにより容姿にところどころ変化がある。服装はそのままであるが、リボンは雷刃の襲撃者と同じ濃い青色だし、金色のツインテールの髪の先っぽは染めたような黒になっている。
ユニゾンしたフェイト自身も不思議な感覚なのか、自分の体を見回し、手を握ったり開いたりしている。しかし、どうやら融合事故を起こしていたり、マテリアルたちの罠で乗っ取られたりという様子はなさそうである。
「ど、どうフェイトちゃん?」
「今なら……」
恐る恐るなのはが声をかけると、フェイトはそちらへ視線を返すことなく呟き、ぐっと右手を握りこむ。そして自信に満ちた瞳で真っ直ぐに前を見た。その目はどこか好奇心旺盛そうな輝きを放っている。
「恥ずかしい台詞も気にせず大きな声で叫べる気がする!」
『なんだよもっと言うこと色々あるだろ! 「強靭! 無敵! 最強!」とかさ!』
念話を通して全員の耳に入った雷刃の襲撃者の言葉に、その場にいた皆は一同に、なるほどと、次には、これユニゾンなのか合体じゃないの、とも思った。
『ほら! せっかくユニゾン成功したんだからなにか決め台詞を言わなきゃだめだよ!』
「あ、じゃあ、えーと……私は一人じゃない! 私たちは、一つだ!!」
『いえーい!!』
びしっとポーズも決めて高らかに叫ぶフェイトに、ハイタッチでもしているような歓声をあげる雷刃の襲撃者。ぶっちゃけユニゾンで雷刃の襲撃者の影響が入ったのか、フェイトの性格が変化している。
「さすが二人で一つなユニゾンやな、あの真面目キャラなフェイトちゃんが……おもしろ!」
「フェイトちゃんが、フェイトちゃんが電波ちゃんになっちゃった……」
笑いを堪えるので精一杯な様子のはやてに、嘆き始めるなのは。それぞれが色々な反応を返している。
「まあ、危険はなさそうだし、よかったわ」
苦笑いを浮かべながらリンディはほっと一息をついた。
「わたしもやってみよかな……」
「主!?」
「いやー、なんかフェイトちゃん楽しそうやし」
驚くリインフォースにはやては笑いながら言う。
「なのはちゃんもやらへん?」
「えっ、わたしも?」
「そや。どうせなら全員でやってみんとおもろないやろ?」
「う、うーん……」
ユニゾンに興味はあるが、そんな簡単に決めていいのかと悩みリンディを盗み見ると、笑顔で見守っているばかり。
「なのはもやろうよっ!」
そしてうきうきと言ってくるのはテンション高めのフェイト。
「じゃ、じゃあちょっとだけ……」
押し切られる形で、苦笑いと共に頷いた。
「……なんやこう無意味に自信が湧いてくる気分やな」
『ふん。小烏め、ユニゾンは我の温情の結果だとよく覚えておけ』
「裸の王様がなに言うてんの? わたしとユニゾンせんと碌な魔法使えんくせに」
『おのれなにを偉そうに!!』
「かっかっか! 真の王は常にわたし一人! 残りはパチもんや!」
銀色の髪を揺すってと哄笑を響かせるのは闇統べる王とユニゾンしたはやて。リインフォースとのユニゾンより髪色が薄くなって以上の変化がないように見えるが、髪飾りは闇統べる王と同じ蝙蝠のようなものになっている。
『いかがですか?』
「今ならどんな敵もなぎ払えそうだね」
『あなたをモデルにしている私ですから、ユニゾンの相性に関してはこれ以上がないというレベルです。魔導の力の上昇もかなりのものでしょう』
「戦車500両くらい潰せそうなの」
『もっと大物の戦艦を真っ二つにというのも捨てがたいものです』
一見落ち着いた様子で、しかし物騒な会話を繰り広げるのは星光の殲滅者となのは。髪はなのは本来と同じ色と長さだが、星光の殲滅者のように下ろされており、なによりも声の抑揚を始め全体的にクールな雰囲気が漂っている。
「あ、主……」
「なんやリインフォース? わたしの家族や言うんならもっと胸を張らんと!」
『まったく、管制人格ならそれらしく構えぬか。そなたの振る舞い如何で王たる我の格が疑われるのだぞ』
頭を抱えてしまったリインフォースの背中をはやてはばんばんと叩いている。
「はやてちゃん……」
「あー、シャマルもや。ドジばっかりしてないでもっとしゃんとせなあかん」
「ドジじゃないですよ!」
『スクランブルエッグでフランベをする奴などうぬ以外に我は知らん』
「なんであなたが知ってるんですか!」
『小烏が今思い浮かべたのが見えただけだ』
「はやてちゃーん!!」
半泣きのシャマルにぽかぽかと叩かれるが、はやてはどこ吹く風。全く気にせず笑い声を上げている。
「空の悪魔め……」
『高町なのは、今のは宣戦布告ではありませんか?』
「違うよ、模擬戦のお誘いだよ。ヴィータちゃんは好戦的だなあもう」
『なるほど』
「ち、ちげーよバカやろー!」
独り言を拾われてしまったヴィータは、にこにこと笑顔で近寄ってくるなのはから逃げ出し、そのまま近くにいたシグナムの後ろに隠れる。
「そーゆーのはシグナムとやれよ!」
「なっ! ヴィータお前いきなりなにを言って……」
「そういえばわたしシグナムさんと戦ったことなかったですね」
『……心躍ります』
「高町……」
突撃性能が二乗されていないか、とシグナムはため息を落とすが、次の瞬間には上空から獲物を見つけた猛禽のような笑みを浮かべなのはを見下ろす。
「だが、私もお前と一度手合わせをしてみたいと思っていたから丁度いい。ユニゾンして力が増しているというのもそそるものだ」
『では今すぐ……といきたいところですが』
「今はレイジングハートはリンディさんに預けてるからまた今度ですね」
「ああ、残念だがそうなるな」
好戦的な薄い笑みでお互いに見合う二人だが、そこに突撃する人影が一つ。
「なのはばっかりずるい! 私もユニゾンしたんだからシグナムと模擬戦したいよ!」
「でもフェイトちゃんはいつもシグナムさんと戦ってるよ?」
『ボクたちはライバルなんだ!』
目の前で姦しくやり取りが起こる。
普段とは逆である、テンションの高いフェイトと落ち着いたなのはというやり取りに目を奪われていたシグナムだが、ふと悪戯を思い浮かんだ子どものように口角を片方だけ吊り上げた。
「それならいい案があるぞ」
どっちが先に模擬戦をやるかの口論をぴたりと止めて、二人がシグナムを見上げてきた。
シグナムは自分の後ろに隠れているヴィータを自分の前に引っ張り出す。
「私とヴィータの組と、高町とテスタロッサの組とでチーム戦にすれば問題あるまい」
「名案なの」
「いいですね」
『二対二……戦術戦略の幅が広がりますね』
『どっちにしろボクらがさいきょーだ!』
すぐに賛同を返すユニゾン組だが、逃げ切れたと思っていたヴィータはそうもいかない。
「おいシグナムてめー! あたしを巻き込むな!」
「ほぅ、鉄槌の騎士は敵に背を向けるのか? まあ、嫌だというなら無理強いはしないが」
「んなわけねーだろ! お前なしでもこいつら全員アイゼンでぶっつぶしてやるよ!」
シグナムにバカにされたと思ったのか、顔をかっと紅潮させてヴィータは叫ぶ。当然、シグナムの策ではあるのだが全く気づいていない。
「はぁ……なんというか。元気がいいことだ」
あっちでぎゃーぎゃーこっちでぎゃーぎゃー。
さっきまで誰も口を開かず机の上を凝視していた空気はどこに行ったのかという姦しさにクロノはため息をつく。すると肩にぽんと手を置かれた。
「まーまークロノくん。いいんじゃない?」
「そうは言うがな……」
「みんな楽しそうだし、ね?」
ウインクを飛ばすエイミィに、ちょっと照れたようにクロノは視線を逸らす。
「まあ、悪さをする気はなさそうではある」
「元々、闇の書の復活を目指していた子たちだからね。闇の書の復活が不可能になっちゃった今は、もうなのはちゃんたちと変わらないただの女の子なんじゃないかな」
「ただの、と言うにはちょっと癖が強すぎるけどね」
「そーゆーのはね、個性的って言うんだよ」
いつの間にか八神家vsアースラチームで模擬戦をしようという話にまで発展している騒動を眺めながら二人は笑顔を零した。
とりあえず星光の殲滅者の言っていたことは真実で、なおかつユニゾンに危険性がないとわかったので、三人共がユニゾンを解除して、マテリアル達の今後についての議論に移ることになった。
ただ、解除直後にはユニゾン中の自分達の異様なテンションにショックを受けた三人の少女を宥めるのに多少時間がかかったが。
「さて、とにかく危険もないようですし、これから彼女たちをどうするかを決めましょう」
場を取り仕切るリンディが、ソファに並んで座る三人の少女と、それにそっくりな三人の小人に視線を向ける。
「悪い子じゃないと思うから、なるべく穏便にできませんか?」
控えめに提案するのは、頭の上に雷刃の襲撃者を乗せたフェイト。
「わたしもフェイトちゃんと同じ気持ちです!」
ぐっと手を握り込んで言うのは、肩に星光の殲滅者を乗せたなのは。
「そもそも悪さできるほどの力もないですし……それに、なんかの実験体にされても気分悪いです」
後半では声を落としたのは、闇統べる王を膝の上に抱えたはやて。
前の二人と異なり、なぜ我が小烏などに! などと叫んで暴れたため闇統べる王は掴まれているのだ。
「うーん、そうなのよねぇ……」
リンディは悩みこむ。リンディとてもはや無力でしかない彼女たちをどうにか助けてあげたいとは思うが、その立場は相当危うい。ロストロギアの断片が消失したにも関わらず存在し続け、しかも今は失われた技術でもあるユニゾンが可能ときている。
一枚岩とはとても言いがたい管理局の、限りなく黒に近い方の技術部に知られでもしたらなにをされるかたまったものではない。下手をするとユニゾンについての研究と称して彼女たちのオリジナルの少女にもその手が伸びる可能性もある。
はぁ、と重いため息が漏れるが、こればっかりは仕方がない。幸いなのは、昨夜の事件の詳細な報告をまだ送ってはおらず、また彼女たちの存在をここにいる人間しか知らないということ。
――あんまりこういうことはしたくないのだけれど、仕方ないわね。
「マテリアルの三人とも、夜天の書の一部として報告しちゃいましょう」
笑顔で言うリンディに、目の前の六人は?マークを浮かべる。
「古代ベルカの遺産ということもあってはやてさんと守護騎士の皆さん、それに夜天の書の扱いは聖王教会と管理局がお互いに主張していて、結局双方が双方で見守るという形に今はなってるの。だから、どっちも下手に手を出せなくて、みんな平和に暮らせているっていうのもあるのよ」
ここまで話して、六人を順番に見回すと、フェイト、はやて、星光の殲滅者はなにかに気づいた様子で顔を輝かせ、なのは、雷刃の襲撃者、闇統べる王はまだよくわからないらしく首をかしげている。
「つまり、三人を夜天の書の一部としてしまえば扱いは夜天の書に準じるから、聖王教会も管理局も下手に手を出せなくて、おそらく平和に暮らせるはずよ」
まだわかっていなかった様子だった三人も納得したらしく表情を晴れ上がらせる。
「本当ですか!」
「まあ、色々根回しとか必要かもしれないけど、そこはリンディさん頑張っちゃうから!」
「よかったぁ……」
胸を叩いてみせると、なのはは安心したのかへにゃへにゃと体をソファに預けた。
「じゃあ、この子らみんなわたしのうちに来るですか?」
「うーん、それなんだけれど、せっかくだから星光さんはなのはさんに、みたいにばらばらにお願いしようかと思うけれど、どうかしら?」
「わたしたちは大丈夫です! ね?」
「まあ、安全が保障されればどこでも」
さっそく賛同したのはなのはと星光の殲滅者。末っ子のなのはにしてみれば、妹ができたような気分でちょっと嬉しかったりする。
「私も、それがいいかな」
「ボクはこの位置が気に入った」
フェイトと、自分の立つフェイトの頭頂をぺしぺしと叩いている雷刃の襲撃者も賛成。
「ふん、まあうぬら二人が来ては我の世話をする人数が割かれてしまうからな、これで我慢してやろう! ふはははは!」
「なんや心配やけど放っておけんから、それでお願いします」
はやての手に抱えられているという、全く威厳は感じられない状況なのに不遜な笑い声を上げる闇統べる王も反対ではないらしい。
全員の返答にリンディは満足げに笑う。
「それじゃあ、皆さんにお願いしますね」
「「「はい!」」」
三人の少女の元気のいい返事にリンディの笑みはさらに深くした。
『後書き』
アイディア自体は自分初ではないのですが、「手のひらサイズなマテリアルたち」というアイディアを考えられた方が使用許可を下さいましたので、まだまだ未熟ながらそれを出発点に書いてみました。
途中からユニゾンさせて性格変化させて遊ぶお話になってしまったこともあり、手のひらサイズだった意味がこれだけでは薄いので、星光ちゃん、雷刃ちゃん、統べ子の引き取られた後の話をそれぞれの分のんびり書きます。いつか。
最後に、アイディアの使用許可を下さった某氏には改めて尽きない感謝をいたします。