麻帆良で下着ドロがうっかり綺麗なお花畑をさ迷っていた頃、魔法先生であるガンドルフィーニは麻帆良を離れ、青森に居た。純粋に、教師としての出張である。
仕事を終えたガンドルフィーニは、ビジネスホテルでほっと一息ついていた。
最近、ネギ達が来てからというもの、学園が騒がしい。
別にネギ達を責めているわけではなく、むしろネギ達の成長に必要な騒ぎであれば、全力でサポートするつもりだ。だが、最近起きた騒動は、危うく命を落としてしまうような事件であり、麻帆良に第三者の介入を許してしまった。
そして、ガンドルフィーニにとって最もショックな出来事は、友人が理解しがたい理由で家屋を爆破した事だろう。友人は上昇志向のある男ではあったが、まさか、そんな事をするなどとは到底信じられなかった。
「はぁ……」
ガンドルフィーニは溜息を吐きながら、スーツをハンガーにかけ、ベッドに腰掛けた。
正直、ガンドルフィーニは最近の麻帆良での騒動に辟易していた。
麻帆良で、ネギの修行に関して『強行派』だの『穏健派』だのというくだらない派閥が出来、麻帆良の魔法使い達の足並みが乱れた。学園には魔法に関し、貴重な魔法道具や書物が多数存在し、常に警戒を怠ってはならないのに、魔法使い達の関係はぎくしゃくしてしまっている。ネギやアルカという狙われやすい人物が増え、学園内に侵入しようとする不届き者が増えた今、こういう時こそ足並みを揃え、魔法使い達の結束を硬いものとしないといけないというのに、現実は情けない様相を見せている。
そして、先日の事件以来、麻帆良に住む魔法使い達に『再教育プログラム』を受ける事が義務化された。
一体何をさせられるのかと思えば、魔法の秘匿に関する、魔法使い達にとっては当たり前の事を復習させるだけの内容だった。正直、気が抜けた。
人目につくような所では魔法を使ってはいけない。たとえ誰も見ていないとしても、魔法で何かを成そうとしてはいけない。例えば料理や洗濯など、魔法で簡単に出来るとしても、魔法は使わず、自分の手で成せることは自分の手で成すこと、等々。
魔法が秘匿される『旧世界』では当然の事で、もちろん自分は――と、そこまで考えて、ガンドルフィーニは思考を停止させた。
そういえば、生徒が缶の蓋が空かないといって困っていた所を、こっそり魔法を使って空けてやらなかっただろうか。
ガンドルフィーニの頭から血の気が引いた。
おかしい、何で気付かなかった? 『再教育プログラム』を受けたときに気付いても良さそうなものじゃないか。一体何時からだ? 自分は何時からこんなに魔法に関してルーズになったというんだ?
思わず頭を抱えてしまったガンドルフィーニだったが、ふと、ある事に気付いた。
「……魔法?」
そう、魔法だ。自分は、魔法を使うことに関してルーズになっている。それも、学園内に居る間だ。現に、出張に来てからというもの、一度も魔法を使っていない。学園内に居る時は一日に数回は気楽に使っていたというのに!
ここと麻帆良との違いは?
「……認識阻害魔法か!?」
『認識阻害魔法』
それは、魔法のことを知らない一般人に対し、魔法を認識する前に別のモノに意識を逸らし、深く記憶に残さないための魔法である。この魔法は安全面の考慮から、魔法に対し、完璧に意識を逸らせることは出来ず、各魔法使いの魔法秘匿のための注意、努力が必要となる。
麻帆良では、数年に一度、その認識阻害魔法を掛け直すのだ。今回、ネギ達が来るということもあって、念を入れて認識阻害魔法を掛け直したのだ。
それからだ。魔法使い達は、魔法を使う事に躊躇することが激減している。
それは、何を意味するのか。
「魔法の失敗……」
認識阻害魔法というのはとても難しい魔法で、巨大にして緻密な魔方陣を各ブロックごとに用意し、数日掛けて多くのベテランの魔法使い達が執り行うのだ。そして今回、どうもその魔法に失敗したらしい。魔法使い達は、魔法を使うという事に関し、認識を阻害されていた。どうやら今回の失敗は一目で分かるほどの大きな失敗ではなかったらしく、小さな綻びがここまで誰にも気付かれず、大きくなってしまったのだ。
まさか、奴の仕出かした事も、認識阻害魔法に関係しているんじゃ……。
その思いつきに、ガンドルフィーニは青くなる。
家屋を爆破するなどという友人の行いが魔法の所為であれば良いなどと、都合の良い事と分かっていながら、そう思ってしまう。
しかし、もしそうであれば、それは最悪の事態である。何時、再び誰かがそんな事を仕出かすかもしれないのだ。
事態は一刻を争う。
ガンドルフィーニは慌てて携帯をスーツから引っ張り出し、学園長に直通の緊急用の番号に電話する。
――プルルル……、プルルル……。
早く、早く!
――プルルル……、プルルル……。
鳴り続けるコール音に焦りつつ、ガンドルフィーニは待ち続ける。
――プルルル…ブツッ、もしもし?
「学園長! ガンドルフィーニです!」
――ほ? ガンドルフィーニ君とな? どうしたのじゃ、そんなに慌てて。
「実は……」
こうしてガンドルフィーニから連絡を受け、学園長は直ぐに調査に乗り出した。
そして分かった事は、認識阻害魔法による、魔法を使う事に対する意識阻害だった。この効果は、認識阻害魔法を掛け直した際に学園内に居た魔法使い達全員に及び、学園外に出ないと解けないという事だった。
頭が痛い思いをしつつも、学園長は報告書を読み進め、ある項目に目を留めた。
――魔方陣に、故意に改竄された部位を発見。
「鼠が居るのかのう……」
学園長は怜悧な光を目に宿らせ、手を打つべく学園長室を後にした。
第二十三話 暗躍
――ガション!
「ヒギャァァァ!?」
朝早く、麻帆良の中等部女子寮の一室で、何者かの悲鳴が響いた。
「ふわっ!?」
「ふえ~?」
「ちょ、何の音!?」
「ん~、何やの~?」
その悲鳴に叩き起こされたのは、ネギ、マリア、アスナ、このかの四人だった。
各々は眠そうにしながらも、その悲鳴の元へ視線を向ける。
そして、四人が見たものは、刃を潰したトラバサミに挟まれた小動物だった。
「キュ、キュ~……」
少々気まずそうに鳴いてみせる小動物の足元には、アスナのブラジャーが落ちていた。
「こ、このエロオコジョ~っ!!」
「カモ君。全然懲りてないようだね……」
怒りに燃えるアスナとネギは、カモの前に仁王立ちし、流石にヤバイと悟ったカモは冷や汗をかく。
カモは助けを求める為に視線を泳がせるものの、このかは眠気に負けて舟をこぎ始めており、マリアに関してはあの瘴気を放つ箱の中をごそごそと漁っている。
先日、まさかこの封印を解く日が来るなんて、と言いながら黒いオーラを撒き散らしながら箱を開けるネギが居たのは余談である。
「昨日の三時間の説教じゃ足りなかったようだね……」
そう言って黒いオーラを立ち上らせながら、カモににじり寄るネギに、カモはガタガタと震える。アスナはその様子に、ちょっと引いている。
そんなネギに、マリアは怯む事無く声をかけた。
「ネギくん、これなんか効果的だと思うの」
そう言ってマリアが差し出した物は、一見何の変哲も無さそうなキャリーバックだった。
ネギは少し首を傾げ、それを受け取り、普通のキャリーバックとは何か違うのだろうかと思いつつ、ふと、バックの内側を除いてみた。
「うっ!?」
ネギはその内側を除いた瞬間、呻くと共に、びくっ、と肩がはね、少し顔色を悪くしながらマリアに視線を向けた。
「あの、マリアちゃん、これは……」
「兄さんが懲りてないようなら使えって」
何やらメモらしき小さな紙を見ながら、マリアは答えた。
「一瞬で大人しくなるらしいよ」
「それは……、そうだろうけど……」
ネギはちら、とカモを見やり、同情たっぷりの視線を投げ掛け、言う。
「カモくん……成仏してね……」
えー!? おれっち、何されるのー!? とキューキュー鳴きながらトラバサミから逃れようと暴れるカモをネギは鷲摑み、トラバサミを解除して問題のバックの前まで移動する。
そして、キャリーバックという名の地獄へ、カモは押し込められた。
「――――っ!?」
ガンッ!
声にならない悲鳴と共に、キャリーバックから一つ衝撃があった後、バックは沈黙した。
マリアが徐にバックを逆さに振れば、ぼとり、と泡を吹いて気絶したカモが出てきた。
「マ、マリアちゃん。そのキャリーバック、何かあるの?」
カモの様子にどん引きしながら、アスナはマリアに尋ねた。
「えっと、キャリーバック内に、兄さん達がマッスル仲間と宴会した時の惨状の写真がみっちり貼ってあります」
「は?」
アスナは首を傾げながら、マリアに渡されたキャリーバックの内部を覗き込み、べりっ、と音がしそうな程素早く視線を引き剥がした。
「な、何……コレ……」
アスナが見たもの、それは、某ジャパニーズアニメの美少女戦士姿のマッチョや、某萌えキャラ的魔法少女姿のマッチョといった、モザイクを掛けるべきだと思われる最終兵器共の写真だった。それがバック内部にみっちり貼ってあるのだから、たまらない。悪夢の様な光景だった。
顔色を悪くしたアスナが、見たものを振り払うかのように軽く頭を振り、一つ溜息を吐いてから、朝の新聞配達へ行くために支度を始めた。
ネギとマリアはとりあえず泡を吹いて気絶したカモを簀巻きにし、吊るしておいた。
魔よけの札の如く、マッスル双子の写真をカモの目の前に固定するかどうか話し合うマリアとネギを尻目に、アスナはバイトに向かうために部屋を飛び出した。
走りながらアスナは思う。
最近の子供は容赦が無い、と。
* *
時は廻り、午前十時。
最近、恋の病に侵され、すっかり張り合いをなくした桃色吐息な店長を尻目に、アルカは快適なバイト生活を送っていた。
「この平和に反動とか無いよな……」
追い掛け回されすぎたのか、素直に平和を享受出来ないのが悲しい。
アルカは溜息を吐きながら、店先を掃除するために外に出て、気付く。
見られている。
視線を感じ、アルカは周囲の気配を探る。
何となく、誰なのかは分かる。時期的に見て、そして先日のネギからの忠告を考えれば、自ずと答えは出てくる。
そして、その視線の主がアルカの前に姿を現した。
「アルカ・スプリングフィールドだな?」
「………」
ロボット少女、絡操茶々丸を従者に引き連れ、アルカに話しかけたのは、吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。
「……『闇の福音』」
「ふふっ、やはり知っていたか。ぼうやが忠告にでも来たかい?」
楽しげに笑うエヴァンジェリンに、アルカは揺らぐ事なく冷静な視線を向ける。
「何の用だ……」
静かな問いかけに、エヴァンジェリンは口角を上げ、笑う。
「ふっ、やはり、ぼうやとは一味違うみたいだな……。面白い……」
ニヤリ、と悪どい笑みを浮かべ、エヴァンジェリンは告げる。
「お前の様子を見るに、私の力が封じられているのは知っているな? そして、この封印を施した相手も、封印を破る手段も」
「………」
アルカは口を開かず、エヴァンジェリンを見つめる。
「くくっ、私にも運が向いてきたらしい。まさか、奴の息子が二人もこの麻帆良の地にやって来るなんてな……」
エヴァンジェリンはそこで言葉を区切り、アルカを見つめ、嗤う。
「遊ぼうじゃないか? アルカ・スプリングフィールド」
数百年もの長き時を生きぬき、悪の魔法使いとして名を馳せた吸血鬼の真祖。たとえ力を封じられたといっても、その豊富な経験に裏打ちされた実力は底知れず、それはただそこに立ち、見つめるだけでも相手を威圧する。
アルカもまた、そのエヴァンジェリンの迫力を前に、一瞬体が強張ばったものの、直ぐに冷静さを取り戻し、エヴァンジェリンを睨み付けた。
「くくく……。近い内に、遊びに誘わせてもらうよ、アルカ・スプリングフィールド」
楽しげに笑いながら、エヴァンジェリンは茶々丸を引き連れて去って行った。
「………」
アルカはそれを黙って見送り、強く拳を握りしめた。
エヴァンジェリンに意識を集中させていたアルカは気付かなかった。
エヴァンジェリンが去って行った方向とは間逆の位置。建物の影からこっそりとこちらを窺う人影があった事を。
「ネギくんに教えてあげないと……」
花束が詰まった籠を持つ少女、マリアはそう呟き、歩き出す。
マリアは歩きながら、先ほどの光景で少し疑問に思った事があった。
それにしても、あの三人。周りの人の目が痛くなかったのかな……?
少女が異様な威圧感を出しながら少年を遊びに誘う姿は、遠巻きにされながらも、通行人に見られていたのだ。
あれって、一般人から見ると、ちょっと痛い人達だよね……。
痛い人ですんでるみたいだし、まあ、どうでも良いか、などと、どうしようもなく酷い事を考えながら、マリアはその場を後にしたのだった。
そしてマリアは昼休みを利用し、ネギにエヴァンジェリンとアルカの一件を伝えるべく女子中等部に向かったのだが、そこで不審な行動を取る白い小動物を発見し、捕獲したのは余談である。
* *
日が落ち、辺りが暗くなった夕刻。
カモがネギに説教されているその頃、一人の少女が一台のパソコンを見つめていた。
「あちゃー、バレてしまったカ……」
パソコンには、偵察用に飛ばした機械から送られてきた映像が映し出されていた。
その映像は、数人の魔法使いが魔方陣を修正している姿だった。
「まあ、良イ。所詮、認識阻害魔法の改竄なんて、実験ついでの布石ヨ。本命の計画は揺るがなイ……」
映像を見つめながら、超鈴音は静かに笑った。
~後書き~
やっと二十三話をお届け。あぶぶぶ……。
難産でした。やたらと仕事が忙しく、疲れも溜まっていたので余計に頭が回らず、こんな事に……。冬は更に忙しくなるんだゼ……(泣)
今回は、マリアという存在が麻帆良に居たことにより起きた事件と、それにより気付いた出来事、といったお話しのつもりです。
超の暗躍を書いてみたかったんですが、パンチが弱くなってしまいました。切実に文才が欲しいです……。
何はともあれ、更新が遅くなってすいません。今後も更新はスローペースになりそうです。気長に待っていただければ、幸いです。