第一話 ならばそれは、世界の声だ(前編) 一切が真空という名の闇に閉ざされ、星々の僅かな光のみが輝く空間で一際輝く星があった。 若草色と深い血の色、対極に位置するようにも見える二対の輝きは互いに反発しあい、よりいっそうその輝きを強めていた。 若草色の光を発するのは、世界の変革を促がした為に世界を敵に回した機体。 ソレスタルビーイングという組織が保有するモビルスーツ。 太陽炉という特殊なエンジンにより、かつては無敵と同義であったガンダムという名の機体である。 そのガンダムの中でもより近接戦闘に主眼を置いた機体、エクシアであった。 そしてもう一方の深い血の色の光を発するのは、世界の変革の波により歴史の影に埋もれるはずであった機体。 太陽エネルギーと自由国家の連合、通称ユニオンがかつて世界に誇っていた主力量産型モビルスーツ。 ガンダムにより駆けるべき空を穢された機体である。 ただし、今現在エクシアと死闘を繰り広げている機体には、本来あるはずもないものが搭載されていた。 ガンダムが保有する太陽炉、それを限りなく近いものに模倣した擬似太陽炉。 それを搭載したGNフラッグであった。 その両機がそれぞれGNソードとビームサーベルで鍔迫り合いを行う。「だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる。行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように」「なっ……それが分かっていながら、何故戦う!」 エクシアのパイロットが、激昂するままにGNフラッグを押しやった。 そのまま僅かな距離にGNソードを差し込み、薙ぎ払う。「軍人に戦う意味を問うとは」 斬り払われたかに見えたGNフラッグは、かすり傷を受けたのみであった。 機体が流された勢いを無駄には殺さず、宙返りをして態勢を整える。 即座に手にしたGNビームサーベルをエクシアへと向けて突き出すように構えた。「ナンセンスだな!」 一気に加速したGNフラッグが、エクシアへと襲いかかった。 GNソードを大きく薙ぎ払った格好のエクシアは、払う事も避ける事も出来きない。 エクシアの頭部にあるアイカメラへと、GNビールサーベルが深々と突き刺さっていく。 装甲の厚さや耐ビームコーティングの加護により、貫通こそは免れていた。 だが元々、首部分は耐久度が低く出来ている。 GNビームサーベルの威力に押され骨格やケーブルが引きちぎれ、エクシアの頭部が千切れ飛ぶ。 だが人体とは違い、モビルスーツの頭部は急所ではない。 千切れ飛んでいく頭部を見送る事もなく、エクシアは踏み込み過ぎたGNフラッグへとGNソードを薙ぎ払う。「貴様は歪んでいる!」 返す刀でGNフラッグの頭部を切り払うが、そこが急所でないのは向こうも同じ。 密着状態からGNフラッグの拳がエクシアの胴体部へと打ち込まれた。「そうしたのは君だ」「うッ」 コックピットに極々近い場所を打たれ、激しい震動にエクシアのパイロットが苦悶の声を漏らした。「ガンダムという存在だ!」 直接パイロットを襲うダメージに動きが鈍ったエクシアを前に、GNフラッグがさらに追撃を行う。 続行される密着状態からGNビームサーベルは使えず、格闘戦によってだ。 宇宙戦闘では、ほぼ飾りとも言える脚部にてエクシアを蹴りつけ、再度パイロットに揺さぶりをかける。 だがその揺さぶりは互いの機体を離れさせ、エクシアに再起の可能性を与えてしまった。 GNソードを折り畳み、そこに内臓されている小型GNビームライフルの銃口をGNフラッグに向けられる。 武装という点で圧倒的に劣るGNフラッグは回避しか許されなかった。 上へ下へと激しく機体を振り回し、小型GNビームライフルから放たれる銃弾をかわしていく。 並のパイロットならば、かかるGの重圧に瞬く間に気を失ってしまう事だろう。 だがGNフラッグのパイロットは並のパイロットではなかった。 性能で圧倒的に劣るフラッグで、幾度もガンダムのパイロット達を苦しめたトップファイターである。 ただし、激しい回避行動を前に肉体的ダメージが皆無とは、さすがにいかなかったようだ。「だから私は君を倒す」 気を吐くパイロットが被るヘルメットのバイザー部分には、吐き出した血がこびり付いていた。「世界など、どうでも良い。己の意志で!」「貴様だって、世界の一部だろうに!」 エクシアのパイロットの声は届かない、歪んだまま届く。「ならばそれは、世界の声だ!」 憎しみを抱いたままGNフラッグが加速する。 つい先ほど、エクシアの頭部を吹き飛ばした場面を彷彿と、いやそれ以上の加速振りを見せてGNビームサーベルを向けていた。「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ。貴様のその歪み……」 エクシアのパイロットも覚悟を決め、腕を薙ぎ払いながら折り畳まれていたGNソードを伸ばす。 太陽炉が生み出すGN粒子がそれに呼応するように銀光に紛れて光っていた。「この俺が断ち斬る!」「良く言ったガンダム!」 互いに胸の内を全てを吐き出し、後は互いに己の武器で死を突きつけあいながら駆けるのみ。 宇宙空間に若草色の光と深い血の色の光の帯が伸び、近付いていく。 両機はまるで未来を生み出すように、暗闇しかない宇宙空間に光の道を作り出していた。 だが二つの道は決して交わる事はない。 それが交じり合った結果、GNフラッグの胴体部にエクシアのGNソードが深々と突き刺さる。 エクシアも決して例外ではなく、GNフラッグのGNビームサーベルが同じく胴体部に突き刺さっていた。 壮絶な相打ちを飾り立てるように、両機の機体から放電が走る。 そして放電現象に誘発され、機体各部から負荷に耐え切れない事を嘆くように爆破が起こり始めた。「ハワード……ダリル。仇は……」「ガ、ガンダム……」 途切れそうになる意識を繋げ、最後の言葉を呟きあう二人のパイロット。 胸に抱いた言葉の全てを口にする事は出来なかった。 何時終わりが来てもおかしくはない状況、薄れ行く視界の中でエクシアのパイロットがとあるものを見た。 ひび割れたコンソール、その中に浮かんだ文字はツインドライヴシステム。 それの意味するところも分からぬまま意識が閉じられる。 最後の爆発を控え、量産されていくGN粒子。 物理的接触を果たしたエクシアの太陽炉とGNフラッグの擬似太陽炉は、安全域を超えて過剰に稼動し始めていた。 二つの機体を中心に、異なる色のGN粒子の輪を宇宙空間に広げていく。 若草色の輪と深い血の色をした巨大な輪が僅かに重なり、ダブルオーの形をとる。 その輪に祝福されるように、塵となって消えるようにそれぞれの色の量子となって消えていった。 GNフラッグのパイロット、グラハム・エーカーは幸運にも意識を取り戻す事が出来た。 それが意識と呼べるのか、そもそもグラハム本人と呼べるのかは分からない。 だが人としての意識がそこにあった事は間違いなかった。 星々に僅かに照らされた宇宙空間よりも暗い、何処か。 意識のみが存在する暗所。「私は既に、涅槃にいるというのか……」 グラハムはそこを死後の世界かと思ったが、かろうじて把握できる視界の先にて小さな光を見た。 それは一人の女性が持つ銀髪の輝きであった。 グラハムを招くように両手を広げ、迎え入れるその女性には三対の黒い翼がある。 天使なのかそれとも悪魔なのか。 グラハムがその女性へと手を伸ばした瞬間、何故か突き飛ばされた。 直接触れられたわけではないが、強い力に押されたように吹き飛ばされている 意味が分からないまま、意識が宇宙空間を漂うようにふわふわと飛んで行く。「上げて落とすとは、私とした事が……してやられたようだ。全く、先程の女性といいガンダムといい。ほとほと私を困らせるのが好きなようだ」 苦笑しながら、ガンダムとの相打ちに持ち込んだ瞬間を思い浮かべる。 自分は成すべき事を成して、そして果てた。 人をからかう前に早く部下の二人に会わせて欲しいと、切に願い始める。 すると視界が切り替わり始めた。 宇宙空間より暗い場所から、宇宙空間と同等に、さらにもう少しだけ明るい場所へと。 そこを照らすのは窓に掛かるカーテンの隙間より漏れる星明りと、消された蛍光灯の脇にある小さな白熱電球であった。 あの世とも言える場所から急転過ぎると呆れたくなる状況で、グラハムは気付いた。 博物館級の旧世代な造りの部屋の中にあるベッドの上である。 こんもりと盛り上がる布団の中から、少女のようなか細い声によるすすり泣きが聞こえてきていた。「お父さん、お母さん。うぅ……なんでやの、なんで私だけがこんな寂しい思いをせなあかんの?」 そのすすり泣きを聞いて、まず最初に浮かんだ戦災孤児というものであった。 戦災ではないが、自分も孤児であった過去から、その寂しさには共感できた。 それ以上に、布団で外界を遮断するようにして泣く少女を前に、何かをせずにはいられない。 例え彼女が戦災孤児で、自分がその原因を作り出したかもしれない軍人であったとしても。 穢された空を前に憎しみを抱き、ガンダムに固執した自分であったが、それでも人間であった。 見て見ぬ振りなど、到底出来るはずもない。「突然だが、失礼する」 丸まっていた布団がビクリと震える。 いささか威圧的な第一声になってしまったが、少女の注意はひけたようであった。 亀が甲羅の中から首を伸ばすように、少女が顔を出してくれた。「だ、誰……」 恐る恐る、まさにその表現がピッタリな様子で辺りを伺ったのは、やはり少女であった。 それも想像以上に幼い、十歳に手が届くかどうかというところだ。 目元を擦りながら体を起こし、辺りを伺う少女の瞳にはグラハムが映っていないように見えた。 部下からは声さえ聞けば何処にいても分かると評されていたが、目の前の少女は対象外らしい。「暗がりでは会話には不都合だろう。明かりを点けたいのだが……何処かな?」「あ、ちょっと待って。今、つけるから」 まだ涙を引きずる声の少女が、布団から這い出した。 自分が灯りを要求したのあが、素直に灯りをつけようとする少女を不安に思う。 ただ不審者を警戒するよりも、寂しさを紛らわさせる事を優先したのかもしれないが。 それ程までに、危うい精神状態だったのかもしれない。 そのままずりずりとベッドの上をはいずり、蛍光灯から伸びる紐にさらに別途括りつけたらしき紐を引っ張る。 カチ、カチと二度引っ張られ、一度完全な無灯となり、蛍光灯が点灯された。 点滅を繰り返してから照らし出された部屋の中で、少女が固まる。 確かに急に自分の部屋に若い男がいれば、固まりもするだろうと、悲鳴でなかった事に感謝しつつグラハムは名乗りを上げた。「突然の夜間の訪問にも関わらず、受け入れてくれた事に感謝する。私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り、軍人だ」「ぐ、え……」「軍人だと言った」「軍人って、人間やよね?」 ようやく自分へと振り返った少女の視線が、何故か天上を見上げるようになっていた。 確かにグラハムの背は高い方だが、いささか天井を向きすぎてはいないだろうか。 ただそれでもちゃんと、自分の視線と少女の視線はかち合っている。 返って来た返答はいまいち意味が分からなかったが、少女も混乱しているのだろうと勝手に納得する。「ああ、確かに軍への入隊は人間でなければならないと明記はしていないだろうが、軍人とは軍隊へと入隊した人間を指しての言葉だ」「は、はあ……」 少女の気のない返事に、何故これしきの事が伝わらないと疑問が浮かぶ。「あの、ええですか? ちょっと時間を貰っても」「慌てはしない。冷静に、現状を把握したまえ」「冷静に把握するのは私やない気がしますけど……」 ベッドの上を再びもそもそと動き出した少女は、そばにあった車椅子へと移るとグラハムの足元まで来た。 両親に続いて足もかと哀しみを深めているグラハムは、まだ気づいていなかった。 死後の世界を垣間見て、妙な悟りを開いた事で細かい事が気にならなかったのかもしれない。「ほら、これで見えますか?」 そう言った少女は机の引き出しから手鏡を取り出して、グラハムの視線の先に置いた。 視線の先に鏡を置かれれば、当然の事ながら自分の姿が映し出される。 沈黙、おかしな現象にグラハムの思考がついてこれなかった。 差し出された鏡に自分の姿が映っていないのだ。 鏡の中に映し出されているのは、勉強机に備え付けであろう本棚と、そこに立てかけられた数冊の本のみ。 ありえない、自分は人外の存在となってしまったのか。 例えばドラキュラ、確かあれは鏡に写らないはずだが突拍子も無さ過ぎる。 突拍子のある考えとなると、「まさか、全てをやり遂げた私に限って……この世に残す未練無し。幽霊になる道理もない。ならば何故鏡に写らない。やはりドラキュラ説が濃厚か!」「いや、映ってますよ。ほら、この子です」 どの口が冷静で現状をと言ったのか、少女の方が余程冷静に現状を把握していた。 その証拠に、鏡の中に映る一冊の本を指差している。 鎖で封をされ、一風変わった十字架が特徴的なハードカバーの本であった。 置物としては十分だが、日記帳としては面倒そうだと一瞬で感想が浮かぶが、問題はそこではない。 少女が指差したのは、恐らくはそこから声が漏れているからなのだろう。 いやまさかと何度心の中で否定を繰り返した事か。 やがて、現実逃避からしょうもないことに気がついた。「存外ここは、埃っぽい」「す、すみません。あんまり高いところは手が届かなくて……」「いや、君が謝る事ではない。私が我慢をすックシ!」 何処から出たのかくしゃみの弾みで、本棚から零れ落ちた。 一瞬の浮遊感。「なんと、ぐふッ!」 勉強机に叩き付けられては弾み、さらに落下を続けて床に衝突。 最後に力なく椅子の足にもたれ掛かかった。「わ、私が……フラッグファイターたるこの私が、空から落ちただと。地に落ちるとはこの事か。認めたくはないものだな、くしゃみ故の過ちというものは」「ぷ……」 動揺をありありと声と格好で表すグラハムを前に、耐え切れずはやてが吹き出した。「本が、軍人さんやのに……くしゃみして本棚から。あかん、つぼった。これは、あかん。ぽんぽんが痛くなるまで笑えてまう」「ふっ……腹がよじれるまで笑ってくれたまえ。その方がいっそ、清々しい」「あははは、拗ねた。軍人さんが拗ねた。本やのに、本棚から落ちたから!」 床の上に落ちてなお、気障を気取るその台詞がなおさら少女の笑いを助長していた。「あはっ、あかんほんまにつった。ぽんぽん、ぽんぽん痛い!」「それは自業自得だ」「だって、ひぃーん。止めたってや!」 あらぬ原因から打ち解けはじめた両者の自己紹介は、一先ず少女が笑い死ぬまで始まりそうにはなかった。 一先ず、互いに落ち着きを取り戻すと、場所を変える事になった。 二階にあった少女の部屋から、この家屋のリビングへと。 今や一冊の本と成り果てたグラハムはテーブルの上に安置され、少女はソファーの上に身を沈ませ見下ろしてくる。 少女はグラハムを立てるのか、寝かせるべきなのか。 それとも表紙、もしくは背表紙を自分に向けるか、本を開くべきかと悩んだりもしたが表紙を上にして安置する事で落ち着いた。「私、八神はやて言います。貴方は、グラハム・エーカーさんでええですよね?」「相違ない。私がグラハム・エーカーだ。なんの因果か、一冊の本に成り下がってしまってはいるがね」 肯定の言葉には落胆の意が含まれており、悪いとは思いつつもはやてと名乗った少女は微笑んでしまう事を止められなかった。 一冊の本に宿り軍人を名乗る外国人らしき男の人。 奇怪という言葉以外には見つからない珍客ではあったが、客であった。 懇意にしている自分の足の専門医の女性以外に、この家を訪れた最初の客人である。 微笑を隠すように暖めたココアが注がれたカップを持ち上げ、一口含む。 なんだか普段よりも甘く、美味しく感じられたのは気のせいではないだろう。 それと同じものがグラハムの隣にも置かれているのは、はやてなりのもてなしであった。「直前までの行動に、なんか理由があるんじゃないですか?」「理由か……」 至極全うなはやての指摘を前に、思い出す。 だが直ぐにそれを口に出してはやてに伝えるわけにはいかなくなった。 軍人を名乗って今さらかもしれないが、自分は戦場にいた。 はやての両親を奪ったかもしれない戦争にて、少年とも呼べるべき年頃のパイロットとモビルスーツで殺しあっていたのだ。 変革する世界の行く末はおろか、世界そのものも投げ出し、憎しみにかられて殺しあっていた。 一般市民から恨まれるのはある意味で軍人の常であるが、涙で枕を濡らしていた少女にはとても告げられない。「良く覚えてはいない。演習中に事故にでもあったか」「それは、なんて言って良いか。さ、災難やったね」「すまない」 言葉が見つからず、無難な台詞を口にした事で済まなそうに顔を伏せるはやてへ、こちらこそという意味を込めてグラハムが呟く。 しばしの沈黙が訪れ、所在なさげにはやてはココアを口に含む。 ここは嘘をついた自分から状況を打開すべきだろうと、グラハムが何処にあるか分からない口を開こうとする。「話は変わ」「あの、グ」 だがはやての方もあえて自分から空気を変えようとし、言葉がかち合ってしまった。「はやて、君の言葉を先に聞かせてくれたまえ」 そこへすかさず年上の余裕を見せて、二の句がかち合う前にグラハムが譲る。「あ、はい。グラハムさんは、これからどうするつもりですか?」「どうするか、か……恐らく私はMIA扱いになっている事だろう」「MIAですか?」 つい呟いてしまった戦争時の行方不明兵士の略語を使ってしまい、問い返された意味は誤魔化す。 同僚に直接ではなく、墓前にてフラッグでガンダムを討ったと報告するのも悪くは無い。 ただし、その見返りとして一冊の本になったとあっては、報告するに出来ない。 何をしているんですかと、怒られてしまう事だろう。 その後のフラッグ強し、ガンダムを超えるというフラッグを称える声も魅力的だが、選択肢としては選べなかった。 それにアレは完全なる相打ち、超えたとはとてもいえない。 だとすれば、どうするべきか。 一冊の本という存在に貶められた状況は、生き恥を晒すにも似た状況で、何をするべきかも分からなかった。 ガンダムを討ち取り、全てをやり遂げてしまった達成感以上に、虚脱感に襲われる。「あの何か理由があって軍に戻れないんやったら、しばらくうちにいませんか?」 まともな意見一つ言えず押し黙ったグラハムへと、伺うようにはやてが尋ねてきた。 あまりにも考えもしなかった選択しを前に、思わず尋ね返してしまった。「この家に?」「あ、嫌やったらええんです。何処へ行くかはグラハムさんの自由ですし、けど……たまに顔を出してくれたら嬉しかったり」「そうか……」 グラハムよりも余程、はやての気持ちははっきりしていた。 軍人と知ってなお、グラハム・エーカーという存在を気に掛けてくれている。 客人としてでも立ち寄ってくれたら嬉しいと。 思い出されるのは一人ベッドで丸まり、外の世界を拒絶するように布団を被った姿である。 最初から一人しかいないこの家で、さらに頭から布団を被って泣きはらすはやて。 だが誘いの言葉を耳にすると、本当は他者との繋がり、もっと言うならば隣人、家族を求めているのだろう事は明白であった。 孤児だった過去の自分を返り見る事で、はやてと重ね合わせればその気持ちは容易に組み取る事が出来た。 このまま涅槃へと赴いても構わないと思っていたグラハムに、小さな未練が生まれる。 余りにも小さくか弱いこの少女を置き去りにして、一人果てて良いのかと。「私の方から、お願いできないだろうか」「なにを、ですか?」「しばらくの間、私をこの家に置いてくれる事を。もし君が求めるのであれば、このグラハム・エーカー。君の家族となる事を約束しよう」 今はまだ、軍人としてこの小さな少女を護らなければならないという義務感の方が強い。 それでも、ただここにいて会話を交わす事で目の前の少女を護る事が出来るのならば、それも悪くはないと思う。 フラッグでガンダムを討ったと同僚に報告するのは、少し先になりそうだと心で謝罪しながら、はやての答えを待つ。「こちらこそ、喜んで。改めて、八神はやてをよろしくお願いします!」「ああ、君の家族としての行動に期待する」「グラハムさん、私以上に動けませんしね」「今さらだが、痛いところをつく」 なにしろ、本棚から床に転がり落ちて以降、移動には常にはやての手を借りていたのだ。 そんな状態で軍に戻ろうという考えは、鼻で笑えてしまう。「一杯、一杯グラハムさんの事を教えてください」「もちろんだとも」 お互いの歳や誕生日に始まり、愉快な経験、失敗談、話の種は早々尽きる事はなかった。 -後書き-ども、お久しぶりですえなりんです。恥ずかしながら帰ってまいりました。出だしはテンプレで御免ね。既にA's編まで全四十九話は完結させてあるので、許してください。赤松板での投稿時と同じく、基本土曜と水曜更新でいこうと思っています。クロスジャンルでカップリングは秘密。グラハム×子供だけはないことは…………あれ、グラハム×ガンダムで良いのか?せっちゃんもリリカル世界にそのうち出てきますし。それでは次回は水曜ということで。赤松板でお世話になった方々やそうでない方々も、よろしくお願いします。最後に注意点を一つ。擬似太陽炉について基本設定をバンバン無視します。