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No.20306の一覧
[0] 【世界観クロス:Cthulhu神話TRPG】蜘蛛の糸の繋がる先は【完結】[へびさんマン](2013/05/04 16:34)
[1] 蜘蛛の糸の繋がる先は 1.死をくぐり抜けてなお残るもの[へびさんマン](2012/12/25 21:19)
[2] 蜘蛛の糸の繋がる先は 2.王道に勝る近道なし[へびさんマン](2010/09/26 14:00)
[3] 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド[へびさんマン](2012/12/25 21:22)
[4] 蜘蛛の糸の繋がる先は 4.著作権はまだ存在しない[へびさんマン](2012/12/25 21:24)
[5]   外伝1.ご先祖様の日記[へびさんマン](2010/10/05 19:07)
[6] 蜘蛛の糸の繋がる先は 5.レベルアップは唐突に[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[7] 蜘蛛の糸の繋がる先は 6.召喚執行中 家畜化進行中[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[8] 蜘蛛の糸の繋がる先は 7.肉林と人面樹[へびさんマン](2012/12/30 23:41)
[9] 蜘蛛の糸の繋がる先は 8.弱肉強食テュラリルラ[へびさんマン](2012/12/30 23:42)
[10] 蜘蛛の糸の繋がる先は 9.イニシエーション[へびさんマン](2012/12/30 23:45)
[11] 蜘蛛の糸の繋がる先は 10.因縁はまるでダンゴムシのように[へびさんマン](2010/10/06 19:06)
[12]   外伝2.知り合いの知り合いって誰だろう[へびさんマン](2010/10/05 18:54)
[13] 蜘蛛の糸の繋がる先は 11.魔法学院とは言うものの[へびさんマン](2010/10/09 09:20)
[14] 蜘蛛の糸の繋がる先は 12.ぐはあん ふたぐん しゃっど-める[へびさんマン](2010/11/01 14:42)
[15] 蜘蛛の糸の繋がる先は 13.呪いの侵食[へびさんマン](2010/10/13 20:54)
[16] 蜘蛛の糸の繋がる先は 14.命短し、奔走せよ[へびさんマン](2010/10/16 00:08)
[17]   外伝3.『聖地下都市・シャンリット』探訪記 ~『取り残された人面樹』の噂~[へびさんマン](2010/08/15 00:03)
[18]   外伝4.アルビオンはセヴァーンにてリアルラックが尽きるの事[へびさんマン](2010/08/20 00:22)
[19] 蜘蛛の糸の繋がる先は 15.宇宙に逃げれば良い[へびさんマン](2011/08/16 06:40)
[20] 蜘蛛の糸の繋がる先は 16.時を翔ける種族[へびさんマン](2010/10/21 21:36)
[21] 蜘蛛の糸の繋がる先は 17.植民地に支えられる帝国[へびさんマン](2010/10/25 14:07)
[22] 蜘蛛の糸の繋がる先は 18.シャンリット防衛戦・前編[へびさんマン](2010/10/26 22:58)
[23] 蜘蛛の糸の繋がる先は 19.シャンリット防衛戦・後編[へびさんマン](2010/10/30 18:36)
[24]   外伝5.ガリアとトリステインを分かつ虹[へびさんマン](2010/10/30 18:59)
[25]   外伝6.ビヤーキーは急に止まれない[へびさんマン](2010/11/02 17:37)
[26] 蜘蛛の糸の繋がる先は 20.私立ミスカトニック学院[へびさんマン](2010/11/03 15:43)
[27] 蜘蛛の糸の繋がる先は 21.バイオハザード[へびさんマン](2010/11/09 20:21)
[28] 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定(第一部最終話)[へびさんマン](2010/11/16 22:50)
[29]    第一部終了時点の用語・人物などの覚書[へびさんマン](2010/11/16 17:24)
[30]   外伝7.シャンリットの七不思議 その1『グールズ・サバト』[へびさんマン](2010/11/09 19:58)
[31]   外伝7.シャンリットの七不思議 その2『大図書館の開かずの扉』[へびさんマン](2010/09/29 12:29)
[32]   外伝7.シャンリットの七不思議 その3『エリザの歌声』[へびさんマン](2010/11/13 20:58)
[33]   外伝7.シャンリットの七不思議 その4『特務機関“蜘蛛の糸”』[へびさんマン](2010/11/23 00:24)
[34]   外伝7.シャンリットの七不思議 その5『朽ち果てた部屋』[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[35]   外伝7.シャンリットの七不思議 その6『消える留年生』[へびさんマン](2010/12/09 19:59)
[36]   外伝7.シャンリットの七不思議 その7『千年教師長』[へびさんマン](2010/12/12 23:48)
[37]    外伝7の各話に登場する神性などのまとめ[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[38]   【再掲】嘘予告1&2[へびさんマン](2011/05/04 14:27)
[39] 蜘蛛の巣から逃れる為に 1.召喚(ゼロ魔原作時間軸編開始)[へびさんマン](2011/01/19 19:33)
[40] 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔[へびさんマン](2011/01/19 19:32)
[41] 蜘蛛の巣から逃れる為に 3.魔法[へびさんマン](2011/01/19 19:34)
[42] 蜘蛛の巣から逃れる為に 4.嫉妬[へびさんマン](2014/01/23 21:27)
[43] 蜘蛛の巣から逃れる為に 5.跳梁[へびさんマン](2014/01/27 17:06)
[44] 蜘蛛の巣から逃れる為に 6.本分[へびさんマン](2011/01/19 19:56)
[45] 蜘蛛の巣から逃れる為に 7.始末[へびさんマン](2011/01/23 20:36)
[46] 蜘蛛の巣から逃れる為に 8.夢[へびさんマン](2011/01/28 18:35)
[47] 蜘蛛の巣から逃れる為に 9.訓練[へびさんマン](2011/02/01 21:25)
[48] 蜘蛛の巣から逃れる為に 10.王都[へびさんマン](2011/02/05 13:59)
[49] 蜘蛛の巣から逃れる為に 11.地下水路[へびさんマン](2011/02/08 21:18)
[50] 蜘蛛の巣から逃れる為に 12.アラクネーと翼蛇[へびさんマン](2011/02/11 10:59)
[51]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(12話まで)[へびさんマン](2011/02/18 22:50)
[52] 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前[へびさんマン](2011/02/13 22:53)
[53]  外伝8.グラーキの黙示録[へびさんマン](2011/02/18 23:36)
[54] 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さん[へびさんマン](2011/02/21 18:33)
[55] 蜘蛛の巣から逃れる為に 15.王子様[へびさんマン](2011/02/26 18:27)
[56] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議[へびさんマン](2011/03/02 19:28)
[57] 蜘蛛の巣から逃れる為に 17.ニューカッスル(※残酷表現注意)[へびさんマン](2011/03/08 00:20)
[58]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(13~17話)[へびさんマン](2011/03/22 08:17)
[59] 蜘蛛の巣から逃れる為に 18.タルブ[へびさんマン](2011/04/19 19:39)
[60] 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer[へびさんマン](2011/04/08 19:26)
[61] 蜘蛛の巣から逃れる為に 20.桜吹雪[へびさんマン](2011/04/19 20:18)
[62] 蜘蛛の巣から逃れる為に 21.時の流れ[へびさんマン](2011/04/27 08:04)
[63] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤[へびさんマン](2011/05/04 16:58)
[64] 蜘蛛の巣から逃れる為に 23.幕間[へびさんマン](2011/05/10 21:26)
[65]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(18~23話)[へびさんマン](2011/05/10 21:21)
[66] 蜘蛛の巣から逃れる為に 24.陽動[へびさんマン](2011/05/22 22:31)
[67]  外伝9.ダングルテールの虐殺[へびさんマン](2011/06/12 19:47)
[68] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲[へびさんマン](2011/06/23 12:44)
[69] 蜘蛛の巣から逃れる為に 26.梔(クチナシ)[へびさんマン](2011/07/11 20:47)
[70] 蜘蛛の巣から逃れる為に 27.白炎と灰塵(前編)[へびさんマン](2011/08/06 10:14)
[71] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)[へびさんマン](2011/08/15 20:35)
[72]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)[へびさんマン](2011/10/15 08:20)
[73]  外伝.10_2 ヴァリエール家の人々(2.カリンと蜘蛛とルイズ)[へびさんマン](2011/10/26 03:46)
[74]  外伝.10_3 ヴァリエール家の人々(3.公爵、エレオノールとカトレア)[へびさんマン](2011/11/05 12:24)
[75] 蜘蛛の巣から逃れる為に 29.アルビオンの失墜[へびさんマン](2011/12/07 20:51)
[76]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(24~29話)[へびさんマン](2011/12/07 20:54)
[77] 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑[へびさんマン](2011/12/27 21:26)
[78] 蜘蛛の巣から逃れる為に 31.蠢く者たち[へびさんマン](2012/01/29 21:37)
[79]  外伝.11 六千年前の真実[へびさんマン](2012/05/05 18:13)
[80] 蜘蛛の巣から逃れる為に 32.開戦前夜[へびさんマン](2012/03/25 11:57)
[81] 蜘蛛の巣から逃れる為に 33.開戦の狼煙[へびさんマン](2012/05/08 00:30)
[82] 蜘蛛の巣から逃れる為に 34.混ざって渾沌[へびさんマン](2012/09/07 21:20)
[83] 蜘蛛の巣から逃れる為に 35.裏返るアルビオン、動き出す虚無たち[へびさんマン](2013/03/11 18:39)
[84] 蜘蛛の巣から逃れる為に 36.目覚めよ英霊、輝け虚無の光[へびさんマン](2014/03/22 18:50)
[85] 蜘蛛の巣から逃れる為に 37.退散の呪文[へびさんマン](2013/04/30 13:58)
[86] 蜘蛛の巣から逃れる為に 38.神話の終わり (最終話)[へびさんマン](2013/05/04 16:24)
[87]  あとがきと、登場人物のその後など[へびさんマン](2013/05/04 16:38)
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[20306] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:a6a7b38f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/15 20:35
 ラグドリアン湖上。
 巨大な竜巻が、湖水を上空へと吸い上げていく。
 かつて愛娘を取り返しにシャンリットに突撃した烈風カリンは、たった一人で都市災害(ディザスター・レポート)級の台風を発生させたというが、それに勝るとも劣らない規模の竜巻である。

 轟然と巻き上げられる水は、饐えたような甘い匂いを放っている。
 その竜巻を練り上げているのは、小さな小さな青い少女だった。
 蒼天よりも湖水よりも鮮やかな青い髪の少女が、天地を掻き混ぜた巨大な天津沼矛のごとき竜巻を操っているのだ。

 その横で竜巻を見上げるルイズが、青い少女――タバサことジョゼット・ドルレアンに話しかける。

「どう? 順調かしら、ガリア製の蜘蛛の糸は?」
「……出力良好。マジックカード・オブ・ミョズニトニルン、ガリアの護り絨毯は、瑕疵なく威力を発揮している。……蜘蛛の糸、とは呼ばないで欲しい。義母さま(かあさま)が厭がるから」
「……そうね、思慮が足りなかったみたい。私も、口に出してみてそう思ったわ。でも、“義母さま”? ミョズニトニルンと、あの鬱屈王は結婚したんだっけ?」
「“鬱屈王”も、禁止」

 誰だって、父母のように慕っている人たちのことを悪く言われれば、気分を害する。
 ルイズだって、父母を貶されれば、当然怒る。

 湖の毒気に当てられた所があるとしても、流石に無礼が過ぎた。
 神の頭脳(ミョズニトニルン)がシャンリットから奪い取った、大地を覆う魔道具を“蜘蛛の糸”と忌まわしい名前で呼び、ガリア王を“鬱屈王”だと貶めるだなんて。
 非礼は詫びなければ。

 素直に、ルイズは詫びる。

「ごめんなさい。タバサ。ホント今の私はどうかしてるわ」

 そう言う彼女の姿は、異形であった。
 朱鷺色の翼が生えた背中、半ばまで鱗に覆われた鋭い爪のついた手、百人居れば百人は振り返るほどのプロポーション。
 傍らには断続的に笛のような音を発する、夢のクリスタライザー。

 彼女の後ろには、長い長い鞭を携えたサイトが跪いて控えている。
 彼の身体は、ミ=ゴの生体装甲を応用した、甲殻類を思わせるような鎧で覆われている。
 右手に握られた鞭は、どれだけの長さがあるのだろう。湖をぐるりと一周してしまうほどだ。

 虚無の主従の周囲の景色は、彼らの漲らせる魔力によって、陽炎のように揺らいでいる。
 なるほど、これだけの魔力を漲らせていれば、少々HIGHになるのも頷ける。
 タバサは、おどろおどろしいまでの迫力を醸しだす虚無の主従に若干引きつつも、ルイズに返事をする。

「大丈夫、気にしていない。それよりも、これからの準備は、出来ている?」

 作戦の肝心要は、やはり、この虚無の主従――ルイズとサイトなのだ。
 勇猛果敢なのは結構だが、浅慮短慮の傲慢はいただけない。
 戦術思考は万全か、とタバサは問う。

 タバサの問い掛けに、ルイズは、艶然と微笑んで答える。

「万全よ。少なくとも私はね。――サイトは?」

 主人の問い掛けに、跪くガンダールヴが答える。

「問題ないぜ。夢の結界による肉体強化は万全だし、武器も十全だ。なあ、デルフリンガー。なあ、エキドナ」

 彼のルーン輝く左手には魔刀が。
 そして右手には、ぐるりと湖を一周するような長さの、長大な、まるで巨橋を吊り下げる索条のような、世界を囲む終焉の蛇(ヨルムンガンド)のような鞭が握られていた。
 この鞭は、翼蛇エキドナが精霊魔法で変化したものである。

 その魔刀と巨鞭のそれぞれが、操主のサイトに返事をする。

【もちろんだぜ、相棒!】
【ええ、サイト。貴方と共にある限り、私たちは無敵よ】

 頼もしいことだ、とサイトは思う。

 ルイズがサイトに声をかける。

「サイト、こっちへ」

 サイトは立ち上がり、ルイズが招くままに、彼女の正面に回りこむ。

 異形の夢の女王となったルイズと、サイトの視線の高さは同じくらいだ。
 二人の熱のこもった視線が、絡む。
 するとルイズは、ルーンが輝く彼の左手を掴み、デルフリンガーの切先を自分の目の前に持ってくる。

「……んっ」

 そしてそのまま、デルフリンガーの刃筋を、赤く長い舌で舐め上げる。
 当然、鋭い魔刀は、ルイズの舌を裂く。

「ちょ、ルイズ、何、デルフを舐めて――つうか、舌裂けてるっ! 何を――んぅっ!?」

 サイトがルイズの奇行に慌てるが、彼女は構わず、デルフから舌を離すと、そのままサイトの口を塞ぐ。
 ルイズの舌からあふれる鮮血が、サイトの口から漏れる。

「ん、ちゅ、……んぅ」
「ふ……ん、ぅぅんむ!?」

 サイトの口内を、ルイズの二つに裂けた舌が蹂躙する。

 鮮烈な血の味。
 歯列を舐め回す舌の柔らかい感触。
 それらに、サイトが目を白黒させる。

「ちゅ、んん、むぅ……、……ん」
「んん――――!?」

 そして同時に、彼の身体を駆け巡る、膨大な魔力の奔流。
 幻夢郷の魔女にして虚無遣い、そして彼の主人たるルイズの魔力を溶かした血が、一騎当千の英雄(ガンダールヴ)に染み込んでいく。
 生贄の乙女の血と、カーの分配によって交換された左眼、そして、使い魔と主の運命的な結びつきが、魔力を還流させ、増幅させていく。

 水を巻き上げる竜巻と、露になっていく湖底、そして湖底から這い上がる甘い腐敗の匂いと、口づけをする二人。
 まるで世界の終末を絵にしたようだ。

 そして充分に五分ほどは、下僕の口内を堪能してから、ルイズが口を離す。

「ん、ぷはぁっ。充電完了っ!」
「ぷはっ、な、何いきなりキスして、ルイズ――」

 熱い口づけを交わした二人の口の端から、ルイズの舌から流れた鮮血が滴る。
 べろりと、唇を舐め回すルイズの舌が、再生作用によって、見る間に塞がる。
 周囲の者が、彼女たちを囃し立てる。

【おお、魅せつけるじゃねえか、二人とも】
【嫉妬嫉妬。サイトは私のものなのにぃー】
「……情熱的」

 ルイズはそんな周囲を気にした風もなく、口から首筋に向かって垂れる血液と唾液の混合物を拭うと、そのまま勢い良く手を虚空に振り抜き、拭いとったそれを、湖を囲う鞭となったエキドナへと降り飛ばす。
 飛び散った唾液混じりの血液は、巨大な鞭となったエキドナに染みこんでいく。

「これで、サイトの力は数倍にも増幅されたはずよ。……私の力もね。やっぱり私たちは、身体も血も魂も、相性が良いみたいね。――気持ち良かったわ。んで、ちょっと癪だけど、ついでにアンタにもお裾分けよ、エキドナ」

 魔力の付与<ENCHANT>によって、デルフリンガーの刀身は清め<BLESS BLADE>られ、サイトの肉体は保護<FLESH WARD>された。デルフリンガーは何モノをも切り裂き、屠るだろう。強化されたサイトの肉体に与えられた加護は、これからの戦闘でのダメージを、大幅に軽減し、肩代わりし、普段に倍する力を彼に与えるはずだ。
 彼女の手から迸った接吻の残滓は、鞭となって横たわるエキドナに掛かり、やはりそれを強化する。この巨大なワイヤーは、触れるものを鎧袖一触に蹴散らすに違いない。
 そして、【カーの分配】によって、魂と肉体の一部を交換しているルイズとサイトは、お互いに相互作用して感覚を鋭敏化<KEENNESS OF TWO ALIKE>させた。励起され拡張された彼らの認識は、たとえ死角からの攻撃や未知の攻撃であっても、避け、防ぎ、対処することを可能ならしめるはずだ。

「さて、水の精霊も退いてくれたし、彼女が退いた窪みからの腐水の巻き上げも、いよいよ佳境みたいね」

 ルイズは、相変わらず轟々と渦巻く水柱を見上げる。
 そのまま水柱を伝って、視線は湖の底へ。
 水精霊が湖の水を移動させ、エジプト記のモーセのように、ラグドリアン湖が割れている。
 ちなみに、モンモランシーは、水の精霊との交渉が終わったので、危険を避けるために、湖から退避させている。
 タバサが操る、天を衝く竜巻は、その湖の裂け目から、さらに、水精霊の加護が及ばない腐水を汲み上げている。

 湖底に残る水量は、あと僅かである。
 目に見える速度で水面が下がり、湖底の泥が見えてくる。
 そして、水底に積み上げられた、奇怪で捻くれた、石のような動物の骨のような、何とも判別できない、建造物か墓標らしきものが、徐々に姿を現してくる。

 水底から現れるのは、モンモランシ領やオルレアン領の先祖たちが、祖先の鎮魂のために沈めた葬送儀礼品たちが織り重なったものだろう。
 だが、それは今や、汚らしいヘドロで覆われ、光を浴びて緑錆のようになって崩壊するアンデッドたちが蔓延る、異教の尖塔と化している。
 その尖塔からは、こんこんと毒に侵された腐水が湧き出している。

 甘く腐った、忌まわしく、穢らわしい匂いが、クチナシの匂いが、むっと臭ってくる。

 それを見たタバサが、嘆き、憤る。

「……酷い。私たちの先祖は、こんなモノのために、葬礼のヤグラを沈めたのではないのに――!」

 水を吸い上げられたラグドリアン湖は、いよいよ数千年ぶりに、あるいは数万年ぶりに、その底を白日の下に晒そうとしている。
 雲間から差した陽光が、湖底を直に照らす。
 じゅう、と何かが焼け焦げる音と共に、緑色の崩壊の噴煙がそこかしこから上がる。

「あらあら。これは案外簡単に済んじゃうかしら?」

 グラーキの神毒に侵された屍体は、陽光によって崩壊する。
 事態が簡潔に完結することを期待する、ルイズたち。
 だが、彼女たちの、最良の予想に沿って、神話的事態が展開したことは、一度としてないのだ。

 探索者が遭遇する事件は、常に、予想の斜め上を行く。

 不意に、軽快で捻くれて引き攣るように澄んだ、金管楽器の音が、湖底から奏でられた。

「フルート……?」

 フルートの狂った音色が、ナイアガラのように割れた湖の道に響く。
 そしてその一部が、フルートの音色と共に、不自然に暗黒化する。
 魔力を帯びた金管楽器によって喚起される、光を消す<DAMPEN LIGHT>魔術が発動したのだ。

「ふぅん、【グラーキの従者】の中に、魔術師が居るのかしら」
「まあ、“門”があるのだから、それを維持する魔術師くらいは居るだろう、ルイズ」
「陽光に対する対策は万全ってわけ? それともまた、あの混沌の化身の、【闇の跳梁者】でも出てくるのかしら?」

 湖の底に、暗闇が広がっていく。
 そして、光では見通せない、闇の中に、確かに蠢く者がいることを、サイトたちは感じ取った。
 風メイジであるタバサは、彼らの中でも鋭敏に、その邪悪な気配と動作する何モノかを感じ取り、その数に慄然とする。

「……数が、多い」
「そりゃあそうよ。タバサやモンモランシーのところの領民が、どれだけの遺体を、湖に還してきたと思っているの? 全てが全て、グラーキの神毒でアンデッドになった訳じゃあないでしょうけど――」

 見通せない闇の帳の向こうで蠢く気配の数は、百や千では到底足りない。
 湖の底自体が、まるで蠕動する巻貝の腹足になったかのように、ぞわぞわと律動している。
 水葬されて降り積もった遺体と、アルビオンから門を通じてやって来た尖兵たちが、黄泉返って死に損なって、地獄の軍団となって、ルイズたちに牙を剥こうとしていた。

 その数、ざっと見積もって――。

「――七万。そうね、敵兵は、七万の、死者の軍勢よ」

 その言葉を皮切りに、サイトが湖の底へ向かって跳躍する。
 跳躍によって惹起された振動が、ヨルムンガンドモードのエキドナを伝い、巨大な鞭を躍動させる。

「じゃあ、行くぜ、ルイズ!」
「ええ頼んだわよ、サイト。アンタが奴らを殲滅する間に、私は呪文を用意するから」
「ああ、前衛は任せろ! 神の盾の神威(ちから)を、見せてやる!」

 割れた湖。
 聳える水の竜巻。
 湖底の暗闇。
 七万の悪鬼。

 世界の終りのような、壮絶な景観。
 そのただ中を、右手に一リーグを超えるような長大な鞭を携えて波打たせ、左に魔刀を掲げ、英雄(ガンダールヴ)が、七万の死者の群れへと、邪神の尖兵へと突撃する。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 終末の景色の中、突進する騎士。
 彼の背後で、高らかにルーンを唱える虚無の巫女。

 戦いが、始まった。
 神話のような戦いが。

 神に抗う戦いが!


◆◇◆




 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵の狂宴




◆◇◆


 時刻は若干前後する。
 夜半。場所は、トリステイン魔法学院。
 そこでも、人外の、神話の戦いが繰り広げられていた。

「かはは、ニンゲンにしては良く粘るのう! さすがは、音に聞こえし火焔の傭兵、“白炎”のメンヌヴィル!!」

 砂煙や重い霧のように、何か灰のようなものが、視界を遮る。
 灰色の塵埃が、傭兵メンヌヴィルに降り積もらんと、深々と落ちてくる。

「くっ、ロートルかと侮っていたが、成程、これが貴様の本気か! オールド・オスマン!」

 直後、メンヌヴィルが操る白熱の火焔が、彼を覆い潰さんとした得体の知れない“灰塵”を吹き飛ばし、掻き散らせる。

 周囲は一面、汚れた雪景色のように、灰がうっすらと積もっている。
 人質の生徒も、メンヌヴィルが連れてきた傭兵も、誰も居ない。
 見渡すかぎり、灰色で、崩壊した、風化した、世界。

 その灰色の世界の真ん中に、焼け焦げて捻くれた脊柱骨のような不気味な杖を持つ、老爺――オールド・オスマンが、佇んでいる。
 深々と降り積もる灰色の雪が、メンヌヴィルとオスマンを隔てている。
 距離にして、70メイルほど。

 たった70メイル。
 その程度の距離、メイジの戦いにおいては、無いも同然である。
 だが、その70メイルが、異常に遠い。

 メンヌヴィルが、トリガーワードを叫ぶ。

「“白炎”!!」

 次の瞬間、メンヌヴィルの杖から、全てを焼き尽くす炎が迸る。
 炎は、70メイルの距離をあっという間に食い潰し――オスマンを呆気無く飲み込んだ。

「くっ、またか!? この炎でも、未だ足りないというのか!」

 だがその戦果を見ても、メンヌヴィルは苦虫を噛み潰したような表情をするだけであった。
 確かに、オスマンは燃え尽きた。
 白炎は、三百年を生きる、時の魔神の下僕を、飲み干した。

 黒焦げた背骨のような杖が、がらんと投げ出されて、塵の海に落ちる。
 しかし、この戦場を覆う、灰色の塵の雪は、一向に収まる気配はない。

『無駄無駄。無駄じゃよ、メンヌヴィル君』

 そして、この塵色のフィールドのそこかしこからオスマンの声が――。

 否。

 全てを覆う塵の一つ一つ(・・・・)から、オスマンの声が反響する。
 無数の塵の全てが、オスマンの残骸であり、そして、彼の本質であるのだ。
 オスマンが、呪われた最果ての魔神“クァチル・ウタウス”の使徒であることの証なのだ。

『お主もさっさと塵になるがいい。全ての時間が崩壊したあとにも、塵は残る。塵こそが残る。風化と腐敗の果てを垣間見るが良い。君の部下たちのように、魂までも崩れると良い』
「ほざけ!!」

 一喝。
 メンヌヴィルは静かに降り積もる塵を、炎の爆圧で払い除ける。
 この塵に触れてはいけない。

 この“塵”は、オスマンの燃え滓で本質たる灰塵は、ただの塵ではない。
 

 風化の魔神の加護を受けた、オスマンの“塵”は、『触れるもの全てを風化させる』。

 この塵に触れた途端に、メンヌヴィルの部下たちは、一瞬で老人になり、そして、身体の端から細かな塵に分解されて崩壊して、終には、一塊の塵の山になってしまったのだ。

「おおおお! オールド・オスマン! 貴様は許さん! 許さんぞ! よくも、俺の部下を! 信仰を同じくする同胞を! よくも、よくも、よくも――」

 メンヌヴィルを中心にして、炎の魔力がうねり、彼に降り積もろうとする塵の雪を、掻き乱す。
 彼は、怒っていた。
 死んでも魂を炎の神に捧げると誓い合っていた、彼の傭兵団の部下たちの、あの、死ぬよりも悲惨な末路を、声なき無念の叫びを思い出し、怒りに燃える。
 怒りを燃やす。
 全身全霊の憤怒を燃料にして、魔力を噴出させる。

「許さん、許さんぞ! オールド・オスマン!」
『先に学院を襲って――ワシの領域に手を出してきたのは、お主らじゃろうに。まさか傭兵稼業の者が、死ぬ覚悟もできていなかったというのかのう?』
「貴様ああああ!!」

 炎が、灼熱が、爆風が、灰色を掻き乱す。
 陽炎が、灰色を歪め、虹色の儚い蜃気楼を見せる。

「ああ、そうだ、俺たちは、傭兵だ。死ぬ覚悟なんて、疾うの昔に出来ている。たとえ戦場で死のうとも、その魂を炎の神に――クトゥガ様に捧げるのだと、そう誓い合っていた!」

 部下たちが殺された。
 見るも無残に殺された。
 肉体が風化して、塵にされて殺された。

 そう、それだけ(・・・・)なら、まだ良かった。

「だがなあ……、こんな、こんな――捧げる魂すらも崩壊する(・・・・・・・・・・)終わりなど、奴らは望んでいなかったのだぞ!!」

 クトゥグアに信仰を捧げるメンヌヴィルの、神官として研ぎ澄まされた感覚は、部下の魂の行く末を見てしまった。
 彼らの魂は、あの星辰の果ての煉獄フォーマルハウトへと飛び立つ前に、灰色の光に飲まれて、魂までも塵になってしまったのだ。
 灼熱の信仰に捧げるはずの魂が、無念のうちに塵になる、あの無念と悔恨の叫びが、メンヌヴィルの耳から離れない。


 ――嫌だ、このまま塵になるのは嫌だ。
 ――クトゥガ様の御下に行くのだ。
 ――誓いを、信仰を果たすのだ。
 ――こんな、こんなところで、魂さえも朽ち果てるのは、絶対に、嫌だ。
 ――隊長。
 ――メンヌヴィル隊長。
 ――どうか。
 ――どうか。どうか、仇を。
 ――お願いします。
 ――お願いします、お願いします、お願いします。
 ――そして、ごめんなさい。
 ――どうやら、私たちは、もうダメのようです。
 ――時間が。
 ――腐敗と風化の死神が、後ろから追い抜いて。
 ――ああ魂が、最早持ちません。
 ――ごめんなさい。
 ――すみません。
 ――ごめんなさい。
 ――フォーマルハウトで待つことも出来ません。
 ――塵を踏む足音が、死神の足音が、魂を踏み躙らんと。迫って。
 ――無念です。
 ――嫌だ、嫌だ、このまま、消えるなんて、絶対に――


 奥歯を噛み締めて、杖を握り潰すほど拳に力を込めるメンヌヴィルを前に、ざあ、と塵が集まる。

『ほ、ほ、ほ。そう憤ることもあるまい。何、直ぐにお主も、おぉんなじよぉうぅにぃ、塵にしてやろうっ!』

 旋風のようにして集められた塵は、直ぐに人型に固まっていく。
 中から現れるのは、塵が固められて出来た、ミイラのような、縮こまった、悍ましい老人。
 時の魔神クァチル・ウタウスの使徒、オールド・オスマン。

 干からびて皺くちゃのそれは、引き攣るように凝り固まった手足をギシリと動かすと、灰の海に沈んだ、自分の杖を『念力』で引き寄せる。
 直ぐにオスマンの愛杖は、うっすらと積もった灰の雪から飛び上がり、彼の干からびた手に収まる。

 焼け焦げたように黒い、人間の脊柱骨のようなそれは、300年前からオスマンと共に在った、知性ある杖<ウードシリーズ>の169番目である。
 普段は人間を象ったガーゴイルを纏っており、オスマンの美貌の秘書ユージェニー・ロングビルとして、学院に務めていた。
 だが、その化けの皮も、メンヌヴィルの白炎の業火によって、一瞬で熔け落ちてしまい、今やインテリジェンス・メイスとしての本体が剥き出しになっていた。

 インテリジェンス・メイス【ウード169号】を手にしたオスマンの、猿のミイラのような腕に、周囲から更に塵が集まって、徐々に人間らしい腕へと肉付けしていく。
 『錬金』と、自らに重ねるように展開された『偏在』の魔法によって、オスマンの姿が偽装されてゆく。

「ほら、このとおり、いくら燃やされようとも、ワシは無傷じゃ。さっさと諦めて、お主も塵になれぃ!」

 オスマンが骨杖を振るう。
 それに応じて、輝く双月の光に混じって、エンジェルラダーのように、灰色の光条が落ちてくる。

 クァチル・ウタウスが齎す、崩壊の灰色。
 何者も逃れることができない、時間という死神の鎌。
 それが、戦場となった学院の庭全てを、照らし出す。

 逃げ場はない。

 周囲には、もはや彼ら以外誰も居ない。

 メンヌヴィルの部下たちは、既に塵になった。
 人質にされていた生徒たちは、既に、オスマンが操る『念力』の魔法によって、戦場の外に運びだされている。
 この戦いは、精神力が高いメイジとは言え、一般生徒には、ちょっとばかり、いやかなり、刺激が強すぎるからだ。


「ぐ、ぁ、ぁぁああああああアアアアアアアアア!!」

 灰色の光に貫かれて、メンヌヴィルが苦悶の絶叫を上げる。

「おぉ、おお!? 身体が、老いる、崩壊する――!?」

 見る見るうちに、メンヌヴィルの身体から、水分が失われていく。
 命が、魂が、磨り減って崩壊していく。

「存外に粘るのう、メンヌヴィル君。もう普通なら、跡形も残っておらん筈だが」
「おおお、こんな所で、俺は死ぬのか? 部下の仇も取れず、信じる神の御下にも行けず、ただの塵に成り果てるというのか――」

 オスマンの言葉は、最早メンヌヴィルには届いていないのだろう。
 這いつくばって、ぶつぶつと怨嗟の声を漏らしながら、メンヌヴィルが萎んでいく。

「ああ、神よ! 炎の王! クトゥガよ! 俺に、力を、奴を滅ぼす力を――」
「悪足掻きは止すんじゃな、炎の神官。――――塵を踏む者よ、彼の者を永劫の時の彼方に連れ去りたまえ」

 オスマンの言葉によって、灰色のエンジェルラダーが、さらなる重圧を伴ってメンヌヴィルに振りかかる。
 年季の違い。
 格の違い。
 仕える神は違えども、神官として巫覡として、オスマンとメンヌヴィルでは、その年季も実力も、全くもってオスマンのほうが上であった。

 だが、神は、メンヌヴィルを見放していなかった。
 彼が、オスマンの塵の攻撃を爆炎で散らして稼いだ時間は、無駄ではなかった!
 何故なら、刻が過ぎ、ハルケギニアの夜空は動き、遂にメンヌヴィルの宿星が――。

「フォーマルハウトに座します偉大なる炎神、クトゥガよ! ンガイの森を焼き尽くした如く、此処に顕現せよ!」

 ――地平線の上に、炎神の棲家たるフォーマルハウトが、煌々と輝き現れていた。
 這いつくばって、灰の海に沈み、最早身体を半ば以上塵とされながらも、メンヌヴィルが呪文を、祈りを、祝詞を唱える。

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!」

 メンヌヴィルの四肢が砕けて、塵となって舞う。
 オスマンが、更に灰色の崩壊光を集中させる。

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!」

 メンヌヴィルの詠唱にともなって、周囲の温度が上がる。
 次々に現れる、プラズマの光の玉。
 クトゥグアの招来の前兆として、彼の神性の従者である<炎の精>たちが集まりだしたのだ。
 灼熱による上昇気流が、学院の庭に降り積もった灰塵を巻き上げる。

「ふんぐるい! むぐるうなふ! くとぅぐあ! ふぉまるはうと! んがあ・ぐあ! なふるたぐん! いあ!! くとぅぐあ!!」

 メンヌヴィルの身体は、既に、ただの塵が辛うじて結合を保っているにすぎない状態だ。
 しかし、それでも充分だ。
 神官にとって、重要なのは、肉体ではなく、魂。
 魂が風化していない以上、祈りは、魔術は発動する。

「三度の聖句を以て、我、我が魂を、全ての業を捧げん!」
「お主、何ということを……っ! やめろ、それ以上は――」
「捧げる! 捧げる! 捧げる!! 業火の神よ! 我を喰らい、我が願いを聞き届け給え――!!」

 学院の庭は既に、オスマンの領域ではない。
 灼熱と電離気体が渦巻くそこは、炎の領域。
 祈りを捧げ、魂を捧げたメンヌヴィルを中心に、白熱の爆発が起こる。 

「ぬ、あやつ、やりおった! 全てを捧げての、自爆招来――!?」

 灰塵の全てが、白炎で塗りつぶされる――。


◆◇◆


「おおおおおおおっ!! 屍人ども! 挽き潰れろォオオオオ!!」

 割れた湖の中、腐水が湧き出る不吉な尖塔に向かって、サイトが跳躍する。
 彼の向かう先には、何も見通せぬ、魔術による暗闇が、地獄の釜のように広がっている。
 サイトは、右手に握るヨルムンガンドモードのエキドナを、波打たせて、その暗闇へと突っ込ませる。

 巨鞭と変化したエキドナの意志も手伝い、龍のようなそれは、不規則に跳ね回り、亡者の群れを蹂躙する。
 腐りかけた【グラーキの従者】の、ぶよぶよとした腕が、脚が、臓物が、肉が、ばらばらの破片になって、湖底の闇から弾き出されていく。
 だが、それは、軍勢の中の、氷山の一角に過ぎない。

「今のでどの程度削れたっ!?」
【さあ、感触からすれば、ざっと500ってところかしら――】
「まだまだだな。なら、全部擂り潰すまで繰り返すだけだ――」

 その時、デルフリンガーが警告を上げる。

【相棒! 飛び道具と魔術が来るぞ!】
「っ!!」

 その言葉が早いか、サイトと、彼の後ろのルイズたちに向かって、暗闇の蟠りから、雨霰と矢、短槍、各種の魔法が飛来する。
 空がそれらの弾雨で、黒くそして色とりどりに染まる。
 弾が5、魔術が4、空が1、という具合である。

「やらせん! エキドナ、サポートを!」
【OK! サイト!】
「うおおおお! 後ろにゃ一本も通さねえぞ、こんちくしょうっ!」

 サイトは迎撃のために大跳躍。

「らあああっ!」
【そうだ、その調子だぜ! 相棒!!】

 ルイズの方へ向かう魔術をデルフリンガーで切り裂く。
 だが、一回の跳躍では、到底全てを迎撃できるものではない。
 ならば、空中で更に撥ね回らなくてはならない。

「エキドナ、足場っ!」
【ええ、了解!】

 ヨルムンガンドモードのエキドナが、ざぁ、と空を覆う弾幕を一掃する。
 そしてタイミングを合わせ、サイトは、鞭の暴風となったエキドナを足場として蹴飛ばす。
 エキドナを足場に、ピンボールのように、空中で次々と向きを変えて、サイトは魔術を切り裂いていく。

 その間も、ヨルムンガンドモードのエキドナの一端は、湖底をのたうって、【従者】の軍勢を挽肉にしていく。
 水精霊も、周囲の水壁から、高圧水流の線条を発射し、闇の底に潜む腐敗の【従者】を切り刻んでいく。
 だが、それでも、一向に魔法の弾雨は減らず、闇の向こうの気配も減りはしない。

「ちぃ、きりがねぇな!」

 サイトが悪態をつく。
 此処にいたって、戦況は膠着したかのように思えた。

 無限とも思える物量を飛ばしてくる【グラーキの従者】と、それに対する虚無の主従たち。
 時間の経過は、実のところ、サイトたちに有利に作用する。
 結局のところ、サイトたちは、ルイズの虚無呪文(切り札)が完成しさえすれば良いのだ。
 それによって、汚染の元である“門”を塞いでしまえば、あとは、掃討戦だ。

 だが、ここで状況に変化が起こる。

「ん? フルートの音が――」

 湖底の暗闇を維持し、【従者】の群れを陽光から守っていた、狂ったフルートの音色が途切れ始め、徐々にその闇が晴れて、泥濘の湖底が露になっていくのだ。
 同時に光が【従者】の身体を冒し、【緑の崩壊】を生じさせる。
 しかしそれも束の間であった。何故なら――

「これは――霧か……?」

 尖塔から湧き出し続ける腐水から、太陽光線を遮る(・・・・・・・)ほどに濃厚な霧が、立ち上り始めたからだ。
 同時に、水底の従者たちが――進撃を開始した。

「【レレイの霧の創造】<CREATE MIST OF RELEH>かっ! 確かに、頭数を揃えれば、光を消す魔術よりも広範囲で、コストも低いからなっ」

『ううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんん!!!』

 戦況が変わった。
 遠距離攻撃では埒があかないと、七万の死者たちは、物量を生かした作戦に切り替えてきたのだ。

 亡者の津波が、サイトたちを飲み込まんと迫る。
 あちこちから立ち上って光を遮る白い霧――魔術によって作られた【レレイの霧】は、【従者】の崩壊をある程度防ぎ、水底から怒涛の進撃を可能としていた。
 あとからあとから押し寄せる亡者たちは、仲間を踏みつけてもお構いなしに、雪崩のようにして、あるいは一個の生物となったかのように、サイトの前に立ちはだかる。

「肉の壁……。これは酷い」
【ルイズのエクスプロージョンで吹き飛ばしてもらえば――】
「他の呪文を詠唱中だから無理だ。かなり上級の呪文だから、詠唱の時間が長い。消費精神力も大きい。だから、“門”の封印のチャンスは一回だ。二度唱える精神力は残らない。ここでエクスプロージョン使っても、精神力不足でアウトだ」
【つまり?】

 サイトは鞭と化したエキドナを振るう。

「ここは死守ってことだ!! 幸い、ルイズの詠唱を聞いてりゃ、沸々と力が湧いてくるからな!」

 幾重にも複雑に束ねられるようにして、ヨルムンガンドモードのエキドナが、こちらも負けずに壁のようになって、【従者】の壁にぶつかる。
 ルイズの詠唱は、終わらない。
 神の盾(ガンダールヴ)の死闘は、続く。


◆◇◆


 学院にて発生した、圧倒的な熱量を伴った閃光は、遥か遠く王都からでも確認できた。
 夜なのに、まるで昼のように空が明るくなった。
 その炎熱の閃光は、学院全てを巻き込み、蒸発させるかに思われた。

 だが、そうはならなかった。

 オールド・オスマンの、風化の灰色光が、閃光を遮り、抑えつけたのだ。
 崩壊と風化を司るクァチル・ウタウスは、時空の魔神。
 その神性の力の下では、全ての物質に流れる時間は、一瞬で、宇宙の崩壊の刻限を超えるまでも加速され、そして、永劫の時間の流れのうちに何もかも凍り付いて塵になるという終焉を迎える。

 それは、炎であっても例外ではない。

 星々すら凍りつく宇宙の最果てでは、炎すらも存在を許されない。
 全ては凍てつき、全ては停止する。
 灰色の、塵を踏む者しか居ない世界。
 時間の極北。

 だが、その魔神の加護をもってしても、それは炎熱を一定領域に辛うじて押しとどめる程度の効果しか無かった。
 オスマンが汲み上げられるクァチル・ウタウスの加護を、メンヌヴィルが呼び出した炎が上回っているのだ。

 地上に顕れた太陽のように輝く、学院の庭の一角。
 白炎の神官と、灰塵の神官が死闘を繰り広げていた、あの戦場。
 光のドームと化したその中を、見通すことなど出来はしない。



 その太陽の如きドームの中、オスマンは、戦っていた。

 メンヌヴィルと、ではない。
 オスマンが相対する者は、既に、メンヌヴィルというヒトでは無くなっている。
 超高温電離気体の生ける炎<炎の精>を引き連れた、神の化身が、そこに顕現していた。

「……こりゃ、ちょいと、ヘヴィーじゃのう……」

 弱気の声を漏らすオスマン。
 彼の視線の先には、圧倒的な熱量と神気を湛えた、炎神クトゥグアの化身が居た。
 眷属たる不定形の【炎の精】たちに守られ傅かれたその中心に、それは居た。

 それは漆黒であった。
 それは黒点であった。
 だがそれは、何よりも力の顕現であり、そして炎であった。

 輝く周囲の空気よりも一段温度が低いためか、それ(・・)は、漆黒の色合いに見えた。
 それの表面は、熱や光を吸収し、それによって内部を更に燃やす性質でもあるのかも知れない。
 周囲に傅く【炎の精】とは違い、それは形を持っていた。

 巨大な漆黒の体躯。
 頭部から生える巨大な七本の捻くれた角。
 その角は、鋼鉄のように滑らかで、水晶のように鋭く、それの、牡牛のような頭部から、出鱈目に生えていた。
 荒れ狂う黒い欲望、漲る力を感じさせる、躍動する野獣のような筋肉。
 理性のない破壊を求める、筋肉に覆われた、目のないミノタウロスのような顔からは、邪悪さが溢れ出している。
 それは、悪魔のように強靭なその肉体を反らせ、背中の翼を大きく広げると、咆哮した。

『ヴォオオオオォォォオオオオオオオ!!!』

 身の毛もよだつ雄叫びが、それ――生ける漆黒の炎<Living Flame of Deepest Black>から発せられる。


 結局、メンヌヴィルの魂を懸けた招来は――失敗に終わったのだ。


 本来であれば、夜空でも最も輝くあのフォーマルハウトに座す炎の神、太陽すら凌駕する熱の神クトゥグアを完全に招来するはずであった彼の祈りは――失敗した。
 足りなかったのだ。
 半ば以上風化して崩壊した、彼の魂では、クトゥグアを招来するのには、足りなかったのだ。

 だがその結果は、あるいは招来に成功した時よりも、悲惨であったかも知れない。
 祈りは完全には届かず、しかし、それは確かに、あの生ける炎の王クトゥグアに聞き届けられたのだ。
 その結果――メンヌヴィルの崩れた魂を喰らって、混沌の炎は、その捧げられた魂に応じた一部のみが、不完全な化身として招来された。

 誰も制御方法を知らない、憎悪と破壊と灼熱の化身が、ハルケギニアの地上に現れてしまったのだ。
 有翼七角ミノタウロスの形をとった“生ける漆黒の炎”には、何も思考は存在していない。
 そこにあるのは、純然たる灼熱焦熱への渇望と、有り余る破壊衝動のみであった。

「……まずいぞい。ワシは死にはせんとは言え、“神官”と“化身”では、格が違う。この風化停止の結界も、一体何時まで持つものやら――」

 今のオスマンでは、退治することは出来ない。
 勿論、崩壊の魔力は送り続けているが、そもそも神が自壊するには、それが化身であったとしても、数億年では利かない時間がかかる。
 決め手が足りない――。

「どうにも千日手じゃのう」

 【炎の精】を従えて突進してくる“生ける漆黒の炎”を前にして、オスマンは、ともすれば暢気にすら聞こえるような発言をする。
 勝つことは出来ないが、負けることもない。
 風化停止の結界を維持しながら、オスマンは、猛り狂う炎の化身を受け止めた。


◆◇◆


 はるか空の上。
 アルビオンはロンディニウム。
 ハヴィランド宮殿にて、ある重大な決定が行われようとしていた。

「擬神機関<Azathoth-Engine>の開発、および、大陸に張り巡らされたレイラインの賦活、完了致しました」

 頭に【シャッガイからの昆虫】を飼っている開発主任が報告する。

「I迷宮要塞も、既に完成しております」

 白くぶよぶよした肌の陸軍将校が、軍服の下の皮膚を蠢かせながら、続けて報告する。

「魚人化部隊、配備完了しております」
「各国後方への浸透攪乱作戦、進行中であります」
「湖底のG回廊を通じ、ラグドリアン湖の汚染増水作戦は進行中であります」

 次々と、居並ぶ将校・閣僚たち――皆、どこかヒトならざる気配を纏っている――が報告していく。
 それらを聞きながら、アルビオンのスチュアート王朝を影から支配する、摂政シャルル・ドルレアンは、満足気に頷く。

「うむ、うむ、うむ。宜しい。素晴らしい。皆の者、よくここまで全力を尽くして頑張ってくれた」
「おお――」 「それでは――」 「遂に――」

 閣僚たちがざわめく。
 彼らを視線で黙らせると、シャルルは先を続ける。

「そうだ、いよいよ時は来たれり」

 ここには、国王であるチャールズ・スチュアートは居ない。
 シャルルが遠ざけているということもあるが、チャールズもこの不気味な会合には進んで参加しようとはしていないのだ。

「諸君、戦争だ!」
「おおおおおおおおおお!!」

 閣僚たちが、一斉に拍手しながら立ち上がる。
 万雷の拍手の中、シャルルが言う。

「今こそ、我らがハルケギニアに覇を唱える時代だ! 天の理というものを、下界の者共に知らしめてやろう!」
「では、最初の標的は――」

 会議の机の上には、いつの間にかハルケギニアの地図が広げられている。

「そんなものは勿論、決まっている!」

 シャルルが、だん、と地図の一点、山岳に囲まれた小国を叩く。
 ガリアもトリステインも、問題としない。
 ハルケギニアで押さえるべきは、ただ一点。

「ハルケギニアの全ての富と文化と、情報と資源と技術の集積地――」

 千年前からの蒐集狂の異端者共。
 蜘蛛の巫覡。
 ハルケギニアの影の覇者。

「クルデンホルフ大公国、シャンリット!!」

 おおおお、と、会議場がどよめきに包まれる。
 自らの勝利を、彼らは全く疑っていない。

「只今を以て、アルビオンは、持てる全てを動員して、第一にして最終の作戦――」

 何故なら――。

「作戦名『大陸堕とし』(OPERATION『FALLING ALBION』)を、発動するっ!!」

 この国全てが、必勝の手段。


=================================

メンヌヴィル退場。オスマンはクトゥグア様の化身と一緒に釘付け。

ラグドリアン来訪とか、死者の部隊(原作ではゾンビウェールズの部隊)とか同時進行中。
あとタバサが行使した水の竜巻は、アンアンとウェールズのヘクサゴンスペルがモチーフですし、対「従者」の軍勢は、原作で言うと七万への単身突撃にあたります。エキドナが変化した鞭のイメージは、フジリュー版封神演義の禁鞭。
学院襲撃も原作エピソードですね。原作と違って、コルベールはメンヌヴィルに負けて、代わりにオスマン無双(?)ですが。
“生ける漆黒の炎”は、ベルセルクの「不死のゾッド」をもっとごつくした感じのイメージです。

次回は、ラグドリアン湖(封印編)&大陸戦艦「アルビオン」始動、の予定。

ヤマグチノボル先生の手術が無事に終わったようで一安心です。先生の回復を祈りつつ更新。
2011.08.14 初投稿


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