<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.20306の一覧
[0] 【世界観クロス:Cthulhu神話TRPG】蜘蛛の糸の繋がる先は【完結】[へびさんマン](2013/05/04 16:34)
[1] 蜘蛛の糸の繋がる先は 1.死をくぐり抜けてなお残るもの[へびさんマン](2012/12/25 21:19)
[2] 蜘蛛の糸の繋がる先は 2.王道に勝る近道なし[へびさんマン](2010/09/26 14:00)
[3] 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド[へびさんマン](2012/12/25 21:22)
[4] 蜘蛛の糸の繋がる先は 4.著作権はまだ存在しない[へびさんマン](2012/12/25 21:24)
[5]   外伝1.ご先祖様の日記[へびさんマン](2010/10/05 19:07)
[6] 蜘蛛の糸の繋がる先は 5.レベルアップは唐突に[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[7] 蜘蛛の糸の繋がる先は 6.召喚執行中 家畜化進行中[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[8] 蜘蛛の糸の繋がる先は 7.肉林と人面樹[へびさんマン](2012/12/30 23:41)
[9] 蜘蛛の糸の繋がる先は 8.弱肉強食テュラリルラ[へびさんマン](2012/12/30 23:42)
[10] 蜘蛛の糸の繋がる先は 9.イニシエーション[へびさんマン](2012/12/30 23:45)
[11] 蜘蛛の糸の繋がる先は 10.因縁はまるでダンゴムシのように[へびさんマン](2010/10/06 19:06)
[12]   外伝2.知り合いの知り合いって誰だろう[へびさんマン](2010/10/05 18:54)
[13] 蜘蛛の糸の繋がる先は 11.魔法学院とは言うものの[へびさんマン](2010/10/09 09:20)
[14] 蜘蛛の糸の繋がる先は 12.ぐはあん ふたぐん しゃっど-める[へびさんマン](2010/11/01 14:42)
[15] 蜘蛛の糸の繋がる先は 13.呪いの侵食[へびさんマン](2010/10/13 20:54)
[16] 蜘蛛の糸の繋がる先は 14.命短し、奔走せよ[へびさんマン](2010/10/16 00:08)
[17]   外伝3.『聖地下都市・シャンリット』探訪記 ~『取り残された人面樹』の噂~[へびさんマン](2010/08/15 00:03)
[18]   外伝4.アルビオンはセヴァーンにてリアルラックが尽きるの事[へびさんマン](2010/08/20 00:22)
[19] 蜘蛛の糸の繋がる先は 15.宇宙に逃げれば良い[へびさんマン](2011/08/16 06:40)
[20] 蜘蛛の糸の繋がる先は 16.時を翔ける種族[へびさんマン](2010/10/21 21:36)
[21] 蜘蛛の糸の繋がる先は 17.植民地に支えられる帝国[へびさんマン](2010/10/25 14:07)
[22] 蜘蛛の糸の繋がる先は 18.シャンリット防衛戦・前編[へびさんマン](2010/10/26 22:58)
[23] 蜘蛛の糸の繋がる先は 19.シャンリット防衛戦・後編[へびさんマン](2010/10/30 18:36)
[24]   外伝5.ガリアとトリステインを分かつ虹[へびさんマン](2010/10/30 18:59)
[25]   外伝6.ビヤーキーは急に止まれない[へびさんマン](2010/11/02 17:37)
[26] 蜘蛛の糸の繋がる先は 20.私立ミスカトニック学院[へびさんマン](2010/11/03 15:43)
[27] 蜘蛛の糸の繋がる先は 21.バイオハザード[へびさんマン](2010/11/09 20:21)
[28] 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定(第一部最終話)[へびさんマン](2010/11/16 22:50)
[29]    第一部終了時点の用語・人物などの覚書[へびさんマン](2010/11/16 17:24)
[30]   外伝7.シャンリットの七不思議 その1『グールズ・サバト』[へびさんマン](2010/11/09 19:58)
[31]   外伝7.シャンリットの七不思議 その2『大図書館の開かずの扉』[へびさんマン](2010/09/29 12:29)
[32]   外伝7.シャンリットの七不思議 その3『エリザの歌声』[へびさんマン](2010/11/13 20:58)
[33]   外伝7.シャンリットの七不思議 その4『特務機関“蜘蛛の糸”』[へびさんマン](2010/11/23 00:24)
[34]   外伝7.シャンリットの七不思議 その5『朽ち果てた部屋』[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[35]   外伝7.シャンリットの七不思議 その6『消える留年生』[へびさんマン](2010/12/09 19:59)
[36]   外伝7.シャンリットの七不思議 その7『千年教師長』[へびさんマン](2010/12/12 23:48)
[37]    外伝7の各話に登場する神性などのまとめ[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[38]   【再掲】嘘予告1&2[へびさんマン](2011/05/04 14:27)
[39] 蜘蛛の巣から逃れる為に 1.召喚(ゼロ魔原作時間軸編開始)[へびさんマン](2011/01/19 19:33)
[40] 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔[へびさんマン](2011/01/19 19:32)
[41] 蜘蛛の巣から逃れる為に 3.魔法[へびさんマン](2011/01/19 19:34)
[42] 蜘蛛の巣から逃れる為に 4.嫉妬[へびさんマン](2014/01/23 21:27)
[43] 蜘蛛の巣から逃れる為に 5.跳梁[へびさんマン](2014/01/27 17:06)
[44] 蜘蛛の巣から逃れる為に 6.本分[へびさんマン](2011/01/19 19:56)
[45] 蜘蛛の巣から逃れる為に 7.始末[へびさんマン](2011/01/23 20:36)
[46] 蜘蛛の巣から逃れる為に 8.夢[へびさんマン](2011/01/28 18:35)
[47] 蜘蛛の巣から逃れる為に 9.訓練[へびさんマン](2011/02/01 21:25)
[48] 蜘蛛の巣から逃れる為に 10.王都[へびさんマン](2011/02/05 13:59)
[49] 蜘蛛の巣から逃れる為に 11.地下水路[へびさんマン](2011/02/08 21:18)
[50] 蜘蛛の巣から逃れる為に 12.アラクネーと翼蛇[へびさんマン](2011/02/11 10:59)
[51]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(12話まで)[へびさんマン](2011/02/18 22:50)
[52] 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前[へびさんマン](2011/02/13 22:53)
[53]  外伝8.グラーキの黙示録[へびさんマン](2011/02/18 23:36)
[54] 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さん[へびさんマン](2011/02/21 18:33)
[55] 蜘蛛の巣から逃れる為に 15.王子様[へびさんマン](2011/02/26 18:27)
[56] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議[へびさんマン](2011/03/02 19:28)
[57] 蜘蛛の巣から逃れる為に 17.ニューカッスル(※残酷表現注意)[へびさんマン](2011/03/08 00:20)
[58]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(13~17話)[へびさんマン](2011/03/22 08:17)
[59] 蜘蛛の巣から逃れる為に 18.タルブ[へびさんマン](2011/04/19 19:39)
[60] 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer[へびさんマン](2011/04/08 19:26)
[61] 蜘蛛の巣から逃れる為に 20.桜吹雪[へびさんマン](2011/04/19 20:18)
[62] 蜘蛛の巣から逃れる為に 21.時の流れ[へびさんマン](2011/04/27 08:04)
[63] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤[へびさんマン](2011/05/04 16:58)
[64] 蜘蛛の巣から逃れる為に 23.幕間[へびさんマン](2011/05/10 21:26)
[65]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(18~23話)[へびさんマン](2011/05/10 21:21)
[66] 蜘蛛の巣から逃れる為に 24.陽動[へびさんマン](2011/05/22 22:31)
[67]  外伝9.ダングルテールの虐殺[へびさんマン](2011/06/12 19:47)
[68] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲[へびさんマン](2011/06/23 12:44)
[69] 蜘蛛の巣から逃れる為に 26.梔(クチナシ)[へびさんマン](2011/07/11 20:47)
[70] 蜘蛛の巣から逃れる為に 27.白炎と灰塵(前編)[へびさんマン](2011/08/06 10:14)
[71] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)[へびさんマン](2011/08/15 20:35)
[72]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)[へびさんマン](2011/10/15 08:20)
[73]  外伝.10_2 ヴァリエール家の人々(2.カリンと蜘蛛とルイズ)[へびさんマン](2011/10/26 03:46)
[74]  外伝.10_3 ヴァリエール家の人々(3.公爵、エレオノールとカトレア)[へびさんマン](2011/11/05 12:24)
[75] 蜘蛛の巣から逃れる為に 29.アルビオンの失墜[へびさんマン](2011/12/07 20:51)
[76]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(24~29話)[へびさんマン](2011/12/07 20:54)
[77] 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑[へびさんマン](2011/12/27 21:26)
[78] 蜘蛛の巣から逃れる為に 31.蠢く者たち[へびさんマン](2012/01/29 21:37)
[79]  外伝.11 六千年前の真実[へびさんマン](2012/05/05 18:13)
[80] 蜘蛛の巣から逃れる為に 32.開戦前夜[へびさんマン](2012/03/25 11:57)
[81] 蜘蛛の巣から逃れる為に 33.開戦の狼煙[へびさんマン](2012/05/08 00:30)
[82] 蜘蛛の巣から逃れる為に 34.混ざって渾沌[へびさんマン](2012/09/07 21:20)
[83] 蜘蛛の巣から逃れる為に 35.裏返るアルビオン、動き出す虚無たち[へびさんマン](2013/03/11 18:39)
[84] 蜘蛛の巣から逃れる為に 36.目覚めよ英霊、輝け虚無の光[へびさんマン](2014/03/22 18:50)
[85] 蜘蛛の巣から逃れる為に 37.退散の呪文[へびさんマン](2013/04/30 13:58)
[86] 蜘蛛の巣から逃れる為に 38.神話の終わり (最終話)[へびさんマン](2013/05/04 16:24)
[87]  あとがきと、登場人物のその後など[へびさんマン](2013/05/04 16:38)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20306] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:b87f4725 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/23 12:44
 学院の庭で、炎蛇コルベールと氷餓アニエスが対峙する。

「コルベール、だと……!!」
「如何にもそうだ、氷のケモノ。その様子だと以前から私を知っていたようだが、何故私の名前を知っている?」
「答える必要は、無い! 氷よ鎧え、風よ助けよ――『駆動氷鎧(ホワイト・アルバム)』!」

 学院の中庭で、デルフリンガーを構えるサイトを中間に置いて、アニエスとコルベールの視線がぶつかる。
 アニエスの瞳は憎悪に燃えている。
 それに対して、コルベールの視線は冷ややかで、口調も冷たいものであった。

 憎悪に燃える氷の使い手と、どこまでも冷酷な炎の使い手。
 それぞれに扱う属性とは正反対の心性の二人の間で、殺気を孕んだ空気が紫電を散らす。
 アニエスの身体を、獰猛な獣を模したような氷の鎧が覆っていく。

 “氷餓”のアニエスの二つ名の由来となった、『駆動氷鎧』の魔法である。
 氷の鎧は彼女の機動を助け、銃や剣を弾き、敵を両断する膂力と爪を与え、追加効果で氷漬けにする。
 アニエスは白兵戦特化の氷の戦士なのだ。

 それを見てコルベールが片眉を上げる。

「また珍妙な魔法を使うのだな、ウェンディゴの娘。いや、それは本当に系統魔法か? 氷の眷属よ」
「貴様に答える必要は無い。だが、私の質問には答えてもらうぞ、虐殺の炎蛇」
「良かろう、冥土の土産だ」

 コルベールは無表情にアニエスを促す。

「ダングルテールの村を焼いた、魔法研究所実験小隊隊長は、貴様だな、ジャン・コルベール」
「そうだ、如何にも。ではそういう貴様はやはり、ダングルテールの生き残りか。全て焼いたつもりだったのだが、燃やし残しが居たのだな」

 コルベールはやはり、ダングルテールを焼いたことなど何とも思っていないのだろう。
 絵画の塗り残しを見つけたときに、それを塗りつぶすような気持ちで、アニエスを燃やすつもりなのだ。

 サイトは二人の会話に置いてけぼりにされつつ、油断無くデルフリンガーを構えている。

「なあ、デルフ、これって、俺、どうするべきだ? とりあえず間に入ったは良いものの、なんか二人の間には因縁があるっぽいし。それに正直、これだけの手練同士の決闘を仲裁するのって、かなり難易度高いんだけど」
【相棒なら出来るって】
「マジでか。後ろのアニエスさんの凍りつくような邪気も酷いけど、目の前のコルベール先生の圧力が半端ないんだが」

 一流同士の“気当たり”に、流石のガンダールヴも及び腰だ。
 そんな彼を安心させるように彼の愛刀が語りかける。

【大丈夫。系統魔法なら俺っちが吸い込めるから】
「……熔けないよな、デルフ」
【大丈夫だって、系統魔法の炎なら、オクタゴンだって吸い込んでやらあ。クトゥグァの炎とか、魔力由来じゃない炎だと、試したこと無いから分からんが】

 冷や汗を流しながら、サイトは前と後ろのどちらに注意をはらうべきか頭を回転させる。
 前門の炎蛇、後門の氷狼。
 魔法に対して圧倒的なアドバンテージを誇る魔刀デルフリンガーを手にしているから、幾許かサイトの心に余裕があるものの、手にしているのが只の武器であったならば、前後の二人を無傷で無力化することなど考えもしなかっただろう。

 20年前でさえ戦闘者として完成された天才的な実力を持っていたコルベールは、今現在まで腕を錆びつかせること無く研鑽を積み、超人的な技量に達している。
 トリステイン国内でも一二を争う強者のはずだ。
 彼の高すぎる技量と冷酷すぎる精神を危惧した上層部によって魔法学院というある種の監獄に封じられていなければ、何百のも門下生を育成していてもおかしくない程の才能の持ち主。

 対するアニエスは、あのベテラン傭兵“白炎”の弟子であり、トリステイン魔法衛士隊の新進気鋭の女性隊士。
 氷と風の魔法を得意とし、氷の鎧を纏っての高速機動戦を主な戦法とする彼女は、あの高名な雷光の風使い“閃光”ワルドの部下でもある。
 獣を思わせる駆動氷鎧のフォルムと、その餓狼のような旺盛な戦闘意志力から、彼女には“氷餓”の二つ名が与えられている。

 アニエスを庇うように立つサイトに向かって、コルベールが語りかける。

「サイトくん、何故ソレを庇う。ソレは王国の、いや人間の敵だ。人喰いだぞ」

 それをアニエスが否定する。

「何を言うか。私は人喰いではない。コルベール、貴様こそ私の故郷を焼き尽くした虐殺者ではないか。貴様の謀反を危惧した上層部に左遷させられたのを知っているぞ。まさか左遷先が魔法学院だとは知らなかったがな。……少年、私の仇討ちの邪魔立てしてくれるなよ」

 事実彼女は未だ、ウェンディゴに変異しては居ない。
 人肉を食っては居ない。

 サイトはそれでも退かない。

「いやいや、知り合い二人が殺し合うのを傍観するなんて出来ねーよ。何か他に方法があるんじゃないのか」

 そんなお人好しの言葉は、炎蛇と氷餓には通じない。

「異形を相手に語る言葉など無いな」
「私は二十年コイツだけを探してきたのだ! 他に方法など無い」
「あー、もう! 二人とも落ち着いてくれ!」

 三者三様の三竦み状態で、ジリジリと立ち位置を変えながら、しばらく時間が流れる。

「……」 「……」 「……」



 竜騎士のルネは、膨れ上がる殺気に手に汗握って固唾を飲んで見守っている。
 その隣に居る、千年生きる触手竜のヴィルカンは、退屈そうだ。

「……頑張れサイト。俺には見ていることしか出来ない。……俺はトリステイン人でもないしな」
【退屈だのう。――ちょっと発破かけてやるとするか】

 場の殺気が飽和し臨界に達しようとした瞬間、ヴィルカンが動く。

【そぉれっ!!】

 ヴィルカンが長い触手の一本を、おもいっきり振るうと、甲高い破裂音と共に、場面が動き出す。
 まるで徒競走の開始を告げる空砲のように響いたヴィルカンの合図で、炎蛇と氷餓とガンダールヴが、弾けるように動き出す。

「ッ!!」

 膠着状態に陥っていた三人が動き出す。
 コルベールはアニエスに、アニエスはコルベールに、サイトは両者を邪魔するように。
 先鞭をつけたのは、アニエスだ。

「はぁあっ!!」

 アニエスが駆動氷鎧によって強化された速度で、疾風のようにコルベールへと迫る。
 残像が出来るような超高速の突撃。
 氷爪が振りかぶられて、コルベールの身を断罪し断裁するために加速する。

 しかしコルベールもさる者。

「フン。ケモノらしい単調な攻撃だな」

 アニエスの攻撃は、コルベールが両手で持つ長い杖によって受け止められた。

 さらにコルベールは杖でアニエスの氷爪の攻撃を受け流し、その代わりに杖の石突きをアニエスの腹目がけて勢い良く振り上げる。

「くっ、受け流し……!? いや、こうでなくては! 二十年探し続けてきた甲斐がないというものだ!」
「ほざけ、氷の獣。暫く貴様の間合いに付き合ってやるから、実力の差を魂に刻んでから灰になれ!」

 アニエスが急角度で上昇する杖を氷鎧の脛当てで受け止める。流石の反応速度である。
 だがその動作はコルベールの予想範囲内だったのだろう。
 コルベールは動きを緩めずに連撃。
 並の鎧では、この時点で行動不能になっていただろう。しかしアニエスの氷鎧は、致死の連撃に耐えた。

「こんなモノか、コルベール!」
「まだだ。“カーノ(炎よ)”!」

 さらに連撃の最中に、コルベールは一小節のルーンを詠唱。
 彼の魔力を受けて、アニエスとコルベールの至近に幾つもの炎が出現する。
 それらの火炎のうちの一つが内部の高温ガスを噴出させながら加速し、まるで重量級の拳闘士の曲打の如くアニエスの胴に突き刺さる。

「う、ぐ! 炎の拳だと」
「魔法の使い方によっては、近接体術の手数を十倍にも増やすことが出来る。“ウル・カーノ”」
「ぬおっ!?」

 胴に突き刺さった火球の炸裂爆発によってアニエスが吹き飛ばされる。
 だが、その先には、またコルベールの炎の球が浮遊している。
 コルベール自身も、猛烈に踏み込み、連打を途切れさせない。
 息もつかせぬ必殺の連打が雨霰とアニエスを打ち据える。
 彼女を覆う氷鎧も、次々に激突する火球によって溶かされ、拳打によって罅が入っていく。

「くそっ……! 鎧が保たない……」
「存外に粘るな。だが、もう終わり、だっ」

 一際強くコルベールが踏み込む。
 震脚。
 踏みしめられた大地が凹む。
 大地を踏みつけた反作用は、脚から体幹、腕へと骨格を伝わって筋肉によって増幅調整されながら作用し、遂には掌からアニエスの胸当てに吸い込まれる。

「吹き飛べ、ケダモノ!」
「ごっ、ふ――」

 アニエスはまるで竜に吹き飛ばされたかのような勢いで、宙へと投げ出される。
 胸骨を砕いた手応えがコルベールの手に残った。
 必殺の掌打。
 だがこれで終わりではない。
 暗殺者でもあったコルベールは、標的を完殺するまでその手を休めない。

「とどめだ! 行け『炎蛇』よ!」

 指揮するようにコルベールの杖が振られ、同時に8匹の炎の蛇が宙を走る。
 8つの炎蛇はアニエスに喰らいつくように口を広げる。
 だがアニエスも、大ダメージを受けながらも、決してなすがままにはならない。

「――ま、だ……だぁ! 風よ!」

 アニエスは甚大なダメージを受け、胸骨を砕かれながらも、風の魔法を発動。
 地面に叩きつけられる前に、さらに宙へと舞い上がる。

「炎の蛇など串刺しの蒲焼にしてくれる! 氷爪、射出!」

 同時に氷鎧の篭手から氷爪を射出。
 合計10本の氷爪が、追いすがる炎蛇を迎撃する。
 だがコルベールは焦らない。

「その程度でどうにかなると思ったのか? “エオー(変化せよ)”!」

 8本の炎蛇のうちの2本が、コルベールの詠唱に応じてその顎を広げ、氷爪を受け止める。
 10本の氷爪は、2本の炎蛇によって相殺されてしまう。
 残った6本の炎蛇が、螺旋を描きながら空中のアニエスを追い詰める。

 絶体絶命と思われたその時、乱入者があった。

「だ、か、ら――二人とも、止めろって! 言ってんの!!」

 宙をのたうつ炎蛇が魔刀によって両断され、その刀身に吸い込まれるようにして消え去る。
 サイトが地面から数メイルも跳躍して『炎蛇』の魔法を断ち切ったのだ。

 そのままサイトは空中で器用にアニエスをキャッチし、小脇に抱えてしまう。

「がは、ちょっ、何をする! 少年」
「俺と一緒なら、先生からは攻撃されないでしょ! 炎は俺が全部斬りますから!」
「ええい、離せ、少年!」

 じたばたとサイトに抱えられたアニエスが暴れる。

「ああ、胸折れてるんだから、そんなに暴れると――」
「げふっ!?」
「ほら吐血した。じっとしてて下さいよ!」

 数秒の空中遊泳を経て、そして着地。
 直ぐにサイトは瀕死のアニエスを地面に下ろし、庇うように彼女に背を向ける。
 後ろでアニエスが咳き込みつつ何か吠えているが無視する。

 ――と、コルベールの方を見たサイトの視界いっぱいに炎の色が広がる。
 コルベールの炎だ。

「な、ぁ!」
【サイト、危ない!】

 その炎を横からエキドナが丸呑みにする。

【けふっ】
「サンキュ、エキドナ!」
【このくらい朝飯前よ。幾らでも平らげてあげるわ】

 口の端から炎の残滓を吐き出しつつ、エキドナが答える。
 サイトは感謝の言葉もそこそこに、コルベールを睨む。
 先程の炎は、サイトもろともにアニエスを焼き滅ぼすつもりだったに違いない。

「何すんですか! コルベール先生! 俺ごと焼こうとしたでしょう!?」
「君なら、翼蛇が庇わずとも、その魔剣で斬って無効化出来ただろう。以前の放課後の演習を見る限り、それだけの実力があると私は分析したのだが。……そして、君たちが炎を避けたなら、そのまま後ろのケモノを焼くだけの話だ」
「うわ、この先生とんでもねぇ! マトモだと思ってたのに!」

 ショックを受けるサイト。
 最早物理的な圧力を伴って吹きつける殺気の風と、常人離れしたコルベールの思考に気圧されて、サイトの戦闘意欲が失せていく。
 サイトはこの場から逃げ出したくなっていた。

 その心の隙をコルベールは見逃さない。
 コルベールは素早く必勝の呪文を詠唱する。
 次の瞬間、サイトとアニエスを取り囲むように、8匹の『炎蛇』が突如出現する。

「げ!」
「戦意を失ったな、サイトくん。丁度いい」
「まさか――」

 8匹の『炎蛇』はサイトとアニエスを中心に、竜巻のように螺旋に渦を巻く。

「――う、わ。やっぱり俺ごと焼き尽くすつもりだ、この先生!」
「いやいや。戦意が萎えたと言っても、その魔剣があれば炎の渦から生還可能だろう。それくらいの能力がその魔剣にあるというのは、日頃の鍛錬の様子から既に分析済みだ」

 確かにデルフリンガーの魔法吸収能力を以てすれば、サイトは生還することは可能だ。翼蛇エキドナも、さっきのように炎を喰らってくれるだろう。
 そう。
 サイトだけは、生還可能だ。

 穏やかにコルベールが微笑んでサイトに語りかける。

「何、多少火傷するかも知れんが心配要らない。私が治してあげるよ。火傷の治療は慣れているのでね」
「怖いよー、この先生怖いよー!」 「……っ!」

 ニッコリと心の篭ってない笑みを浮かべるコルベールに、サイトとアニエスが戦慄する。

 いよいよ『炎蛇』たちが融合し、火炎竜巻となってサイトたちを席巻する。
 最早ここまでかと、見物人に徹していた竜騎士ルネがゴクリと息を呑む。

 その時であった。

「喝ーーーー!!」

 大音声と共に、空から竜巻を押しつぶすほどの大きさの風の槌が降ってきた。
 その魔法の主は――。


◆◇◆




 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲と侮るなかれ




◆◇◆


 炎蛇の火炎竜巻を圧し潰した魔法。
 それだけの魔法を使えるのは、トリステインでもごく限られた人間だ。
 そしてココが魔法学院であることを考えれば、答えは自明だ。

「学院長!!」

 長身の老メイジが、空から降りてくる。
 学院長であるオールド・オスマンだ。
 傍らには秘書のロングビルも付き従っている。

 火炎竜巻は風の槌に圧し潰されて、完全に掻き消されてしまった。
 オスマンの瞳は険しく歪められている。
 その巌のような瞳が、じろりとコルベールを睨む。

「のう、コルベール君。学院内での刃傷沙汰は御法度じゃと、厳しく言い含めておったよな? それが国の騎士に手を出し、あまつさえ生徒の使い魔にまで攻撃を仕掛けるとは何事か」
「は、申し訳ありません。しかし――」
「喝! しかしも案山子もあるか! しばらく窖(あなぐら)で反省せい!!」

 オスマンがコルベールを一喝する。
 瞬間、コルベールの足元に底も見えないほど深い垂直な狭い穴が口を開く。
 オスマンの錬金の魔法が、深い深い穴を地面に穿ったのだ。

 コルベールがその窖に吸い込まれる。
 だが急な地形変化にも、炎蛇は対応した。

「な、学院長!! ――『レビテーション』」

 しかし怒れるオスマンは手を緩めずに追撃。

「ええい、往生際が悪い! その窖の底でじっとしとれ!! 『エア・ハンマー』!!」
「ふぐぉ!?」

 浮遊の魔法で穴から飛び出ようとしたコルベールを、オスマンの風の槌が押さえこむ。
 ずん、とまるで巨人に踏み潰されるように、コルベールは窖に押し込められ、エア・ハンマーの勢いで、地表の穴の周りが陥没する。
 暫くして、べちゃっ、と穴の底からカエルが潰れたような音と声が聞こえた。

 オスマンは視線を柔らかいものに変え、アニエスとサイトの方を見る。
 好々爺然としているが、サイトはオスマンの実力を見て萎縮してしまっている。
 オスマンがサイトを手招きする。

「ほれ、そっちの彼女を治してやるから、連れてこんか」
「さ、サー、イエッサー!!」

 サイトは「逆らったらヤバい」と本能的に理解し、胸を砕かれて青息吐息のアニエスを、オスマンの前にまで慎重に運ぶ。
 ぜいぜいと息をするたびに、アニエスの顔が苦痛に歪む。
 オスマンは診療魔法でアニエスを診ると、顎髭を撫でる。

「ふむ、重傷じゃの」

 そう言ってオスマンはナチュラルにアニエスの鎧と上着に手を掛ける。
 実際の患部を直に見るつもりなのだ。
 骨が曲がってくっついたりしては大変だからである。

 かといって純然たる治療行為かといえば、そういう訳でもない。
 オスマンほどの実力者であれば、診察用の水魔法によって怪我の状態を把握し、念力の魔法で患部を調整することも可能なのだから。
 忘れてはいけないのは、このオスマン、300年を経て尚“現役”であるということだ。

「どれ、ではちょいと失礼して――」

 いよいよオスマンがアニエスの服に手を掛け――。

「オールド・オスマン、いちいち服は脱がせなくても良いでしょう?」

 秘書のロングビルが止めた。
 オスマンは不満そうだ。

「えー」
「いっぺん殺しますよ。さっさと治してあげてください」
「ちっ……」
「オールド・オスマン」
「はいはい」

 秘書のロングビルが、凍えるような声を出して押しとどめる。
 オスマンは不満そうにしていたが、諦めると治癒の魔法を使う。
 本格的にアニエスの顔色が悪くなり始めたからだ。

(……いっそのこと人血でも飲ませてウェンディゴに覚醒させて、一晩置いて身体を再構成させても良いかも知れんのー)

 という考えがオスマンの脳裏をよぎったが、それを見透かしたかのようなロングビルの視線に気づき、すぐにそれを打ち消す。
 治癒はオスマンにとって簡単だし、わざわざこんな美人を人外にするのも勿体無い話だと考え直した。
 この間およそ0.2秒。
 老いてもオスマンの頭脳の回転は健在である。

 時の彼方の腐敗と風化の魔神クァチル・ウタウスの加護を受けたオスマンにとって、たった300年など、瞬きほどの間だ。
 何の影響もないに等しいのだ。

 オスマンの杖が治癒の光を発する。

「『ヒーリング』」

 直ぐにアニエスは回復していく。

「う、うぅ……」
「アニエスさん、大丈夫ですか?」

 元から回復力というか生命力が強いのか、オスマンの魔法によって瞬く間に傷は塞がり、青かったアニエスの顔色が赤みを差す。



 その隣ではロングビルと触手竜ヴィルカンが旧交を温めている。
 ロングビルとヴィルカンは、共に、千年以上前からシャンリットに所属している古株である。
 当然ながら面識もある。

【おう、〈169号〉じゃあないか、『偏在』特化型インテリジェンスメイスの。こんなトコロで何しとるんじゃ】
「ヴィルカンじゃないですか。久しぶりですね。そう言えば同じく学院にいるのに、こうやって話す機会はありませんでしたね」

 ロングビルの中身は、シャンリット製のインテリジェンスアイテムなのだ。
 彼女の身体は、一種のガーゴイルであり、その中枢にインテリジェンスアイテムが収納されているのだ。
 ちなみに、彼女の外見はオスマンによって、オスマン好みに弄られてしまっている。

【まあ、お主が学院におるとは知らんかったしな。で、どうして学院なんぞに】
「私はアレです、カルマトロン探知魔法の使い手であるオールド・オスマンに師事して、そのまま彼のお付きになったというわけです。ま、実際は帰還命令が出てないので、なし崩し的に300年仕えているだけなのですが」
【お前さんの存在自体が、シャンリットから忘れられとるんじゃないのか?】

 ウードのお手製であるインテリジェンスアイテム達は、それぞれに成長して、ハルケギニア星の各地で都市規模のネットワークを管理している。
 〈169号〉は、そのウード謹製の初期ロットであり、本来ならばどこか一国に匹敵する地域を担当していても可笑しくはない。
 そうでないということは、オスマンにそれだけの価値があるか、さもなくば忘れられているかだろう。

「そうかも知れませんね。元々私は、ウード様が弟君のために作った『偏在』による飛行実験専用アイテムでしたし、その弟君が亡き今では、シャンリットとしては重要度が低いのでしょう」
【まあ、千年教師長も大概、大雑把じゃからな】

 ヴィルカンはチラリとオスマンの方を見る。

【……それにしても、業子力学(ごうしりきがく)の創始者じゃったのか、あの爺さん。シャンリットに所蔵されとる数々のアーティファクトのレプリカも手がけたという、凄腕の贋作職人の】
「そうです。すごく優秀な研究者であり職人でもあるんですけど、好色で……。本当に、性欲さえなければ、文句の付けようがないのですが。性欲さえなければ」

 ロングビルはため息ひとつ。

「そういうヴィルカンは、ベアトリスお嬢様の護衛でしたっけ」
【おう、そうじゃ。この後はラグドリアン湖まで、虚無の嬢ちゃんの付き添いをする予定じゃな。……おおう、噂をすれば――】

 ヴィルカンが女子寮の方を見れば、準備を終えたルイズたち一行がやってくるところだった。
 彼女らは血相を変えてサイトたちの方に向かっている。
 恐らくは先程の戦闘を見ていたのだろう。

「サイト! 大丈夫だった!?」


◆◇◆


 ……。

 その翌日のことである。
 太陽は未だ若干東にある位の刻限。
 青空の中を飛行する竜が二頭。

 青い鱗の幼風竜と、大きな触手竜。
 その内の大きくて触手を沢山生やしたグロテスクな方は、さらに自動浮遊式の竜籠を二つ牽いている。
 随分パワフルな竜だ。

 それぞれの名前はシルフィードとヴィルカン。

 つまり、ルイズたち一行は、漸くラグドリアン湖に向かっているのだ。

 人員は虚無組(ルイズ、サイト、シエスタ、デルフリンガー、エキドナ)、クルデンホルフ組(ベアトリス、ルネ、ヴィルカン、ササガネ)、オルレアン主従(タバサ、シルフィード)、そしてモンモランシー主従(モンモランシー、ロビン)だ。
 ……ツェルプストー主従と、ラグドリアン湖調査任務を見届けるべき魔法衛士のアニエスは同行していない。


 何故か。

 それは前日のあの『炎蛇の乱心』事件に起因する。


 まず、出発が翌日にズレ込んだのは、サイトが疲労困憊してしまったためで、彼の回復の時間を取るためだ。
 またサイトが巻き込まれた事件の主犯であるコルベールへの事情聴取に、サイトの主人であるルイズが同席すると申し出たためでもある。

 意外なことに、ルイズ自身は、サイトが攻撃を受けたことについては、それほど怒っていなかった。
 むしろサイトにゾッコンの翼蛇エキドナの方が憤っていたくらいである。

「あの程度、サイトなら問題なく捌けたはずよ」

 と、ルイズの従僕に対する信頼は厚いようであった。
 そして、彼女はまた、サイトの悪運についても、絶対の信頼と理解を持っている。

「どうせサイト生来の悪運で、事件に巻き込まれただけなのでしょうし。寧ろ不運だったのは、サイトの悪運に絡め取られて邂逅するはめになった、コルベール先生とアニエスの方ね」

 サイトの持つ主人公気質というか、トラブル招来体質について、彼女は格別の理解と――そして期待をしているようであった。

 そう、期待である。
 虚無の系統や、幻夢郷の魔女の実力を以てしても、如何ともしがたい事柄に対する、期待だ。

 ハルケギニアを数多の邪神の眷属の手から解放するためには、ここ数千年続いた既存の状況の惰性を打破するための、“何か”が必要だ、とルイズは考えている。
 そして、サイトにはその“何か”がある、とも。

 その“何か”とは、彼女が考えるに――即ち、運命。

 “五つの力を司るペンタゴン、我が呼びかけに応え、我が運命に従いし使い魔を、召喚せよ。”

 果たして、運命に引き寄せられたのは、サイトの方だったのか、それとも、あるいはルイズの方だったのか。
 ハルケギニアに招来されたことも、縷縷綿綿と続くサイトの不運で奇運な一生のうちの、ほんの一頁に過ぎないのかも知れない。


 ハルケギニアを動かす運命の一石は、ルイズではなく、サイトなのかも知れない。

 そんな事を、ルイズは時に考える。
 運命の糸が絡みあった特異点に突き刺さる要石――それが、ヒラガサイトという存在なのではないか、と。


 閑話休題。
 つらつらと益体もない事を考えつつ、昨夕、ロングビルの先導で、即席の土牢に案内されたルイズは、コルベールの尋問に臨席した。
 何故かキュルケも一緒に。

 どうやら聞けば、炎蛇の戦いっぷりに、彼女の微熱が燃え上がってしまったらしい。


 事情聴取の結果、ルイズは、コルベールが重篤悪化した狂気を抱えて心を凍らせてしまっていることを見抜いた。
 そして、その旨をキュルケに伝えた。
 次の言葉と共に。

「キュルケ、貴女の微熱で、先生の心を溶かしてあげて」

 と。
 そこまで言われて燃え上がらないツェルプストーは居ない。
 俄然やる気になって、一晩でルイズから即席の精神分析治療術の心得を習い、キュルケは学院に残ることにしたのだった。

 意外なことに、キュルケが残ることには、コルベールも賛意を示した。
 それは彼女に惚れたのどうのではなく、教師としての立場と、ウェンディゴを抑えるための炎使いを確保するためという色気も何も無い理由からであった。
 コルベール曰く――、

「もう一週間もしないうちに学院も始まる。特段の用の無いミス・ツェルプストーは学院に残るべきだろう。それに、あの氷の餓えた獣の相手をするのに、ミス・ツェルプストー程の炎の使い手が居れば心強い。あのケモノは置いていきなさい、君たち生徒を徒に(いたずらに)危険に晒したくはない」

 ということだった。

 実際、オスマンの魔法で治療されたとは言え、“氷餓”のアニエスは未だ、ラグドリアン湖へ出発する時点でも意識を失ったままであり、学院に残していく他なかった。
 ついでに言えば、極上の毒体質であるキュルケをラグドリアン湖に連れていくのはリスクが高い。
 キュルケが毒嫌悪性質の水精霊に襲われるリスク、および、水源をキュルケの毒が汚染してしまうリスクの両方があるからだ。

 であるので、最初からルイズは、キュルケを置いていくつもりであった。

 ゲルマニアがトリステインに併呑された以上、キュルケもまたトリステインの一貴族子女であり、特段の合理的な理由がない限りは、コルベールが言うように学院で待機するのも妥当なように思われることであるし、何よりキュルケの希望もあって、彼女は学院に残ることになった。



 という訳で。

 意識不明のアニエスと、“コルベールを正気に戻し隊”のキュルケは学院でお留守番である。


 代わりに水精霊に縁があるモンモランシ家のモンモランシーが、臨時にパーティに加入した。
 彼女の使い魔の鮮やかな体色のカエルであるロビンも一緒だ。




 一晩休んで、ルイズたち一行は、早朝に学院を発った。
 これなら、昼までには、ラグドリアン湖に到着できる計算である。


 触手竜に曳かれる竜籠の中、ルイズは口に手を当てて欠伸をする。

「ふぁあ~、眠ーい」

 昨晩ルイズは一晩中ずっと、キュルケに精神分析治療術の講義を行っていたのだ。
 コルベール教師を正気に戻すのは、キュルケの献身にかかっている。
 ……キュルケに面倒事を押し付けたとも言う。
 いざという時に備えると、トリステイン有数の炎の使い手であるコルベールが狂気に陥っているのは、望ましくはない。

 四人乗りの竜籠の中には、ルイズの他に、モンモランシー、ベアトリス、シエスタが乗っている。
 モンモランシーが欠伸をするルイズを見咎める。

「ちょっと、ルイズ、その調子で大丈夫なの? もうすぐ着いちゃうわよ」

 ルイズの向かいで、モンモランシーは「お前本気でラグドリアンの大増水を解決する気あるのか?」と胡散臭げに半目でじっとり睨んでいる。
 まあ寝不足ではそう思われても仕方ないだろう。
 モンモランシーの手には、昨日のうちに届いたラグドリアン湖の現状について報告書が握られている。

 ルイズの隣りに座るベアトリスが、眼をキラキラさせながら、自分の膝を叩いて示す。

「おねえさま、眠いのでしたら眠ってくださいまし。ほら、ここへ! こちらです! わたくしの膝の上が空いておりますゆえ!」

 ベアトリスは嬉しそうな顔をしてルイズの隣で自分の膝をポンポンと叩いている。
 背景に華を背負っている。
 むしろ後光が差しそうな勢いだ。実に百合百合しい。

 そんなベアトリスの提案をフォローするように、シエスタが毛布を取り出す。

「ブランケットは用意できていますよー。さ、さ、ルイズ様、ベアトリス様の膝枕で暫くお休み下さいまし」

 ルイズ専属メイドのシエスタは、メイド服に縫いつけられている四次元ポケットから毛布を取り出しつつ、さり気無くベアトリスの方へとルイズを誘導する。
 ベアトリスとシエスタの視線がぶつかる。
 一瞬のアイコンタクト。

(グッジョブですわ、シエスタ)
(いえいえ。美少女二人の絡みというのもまた乙なものです)

 そんな義妹と侍女の思惑は感知せず、ルイズは暢気に答える。

「ん~、そうね。一時間くらいあれば、『夢のクリスタライザー』の効果で、幻夢郷では数時間に相当する充分な休息は取れるはずだし。じゃあ、ベアトリス、膝、借りるわ」

 いつの間にか取り出して、両腕で抱えるようにしていた巨大な卵円形の黄色いクリスタル――秘宝『夢のクリスタライザー』を撫でながら、ルイズは横に座るベアトリスの膝に、ぽふっと倒れる。
 悪夢のようなラグドリアン湖に向かう前に、ルイズは暫し、彼女の夢の王国で鋭気を養う。

「あらあら、あの極零(ゼロ)の魔女も、寝顔は可愛いものね」

 直ぐに寝入ったルイズを見ながら、モンモランシーが微笑む。
 ベアトリスは感極まって昇天したような顔をしている。
 シエスタは侍女らしく、空気のようにその光景を見守っている。


◆◇◆


 一方、ルイズたちの乗る竜籠の後ろに連結されている、もう一つの竜籠の中では、使い魔たちがじっと座っていた。
 乗っているのは、サイトと大蜘蛛ササガネだ。

「……(蜘蛛はトラウマなんだがなあ)」
【ギ、キシキシ】

 サイト(withデルフ&エキドナ)と、ベアトリスの使い魔の大蜘蛛ササガネが、奇妙な緊張感をもってまんじりともせずに対峙していた。

 出し抜けにエキドナがササガネに話しかける。

【ねえ、ササガネの蜘蛛。他に見ている人も居ないんだから、正体を現したらどう?】
「正体?」

 サイトがエキドナに聞き返すが、それに翼蛇が答えるよりも、ササガネが変化する方が早かった。

【ギ? ギ!】

 一体何のことだろう、とサイトが首を傾げるその間に、目の前の大蜘蛛の姿が変容していく。
 頭胸部が裂けるように内側から盛り上がり、蛹から蝶が羽化するように、美しい黒髪の女の上半身がずるりと現れる。

 その女性(の上半身)は、大きく深呼吸して口を開く。

「ぷは~。いあー、流石に苦しかったばい」
「ちょ? え? 人間?」
【違うわよ、サイト。アラクネー、半人半蜘蛛の魔物よ。蜘蛛女ね】

 ぷるぷると水から上がった仔犬のように、人間の上半身を震わせるササガネ。
 蜘蛛形態をとっていたのが、よほど窮屈だったのだろう。
 ササガネが上半身を揺するたびに、彼女のたわわな胸が揺れる。当然ながらササガネは裸だ。サイトの視線が鞠のように弾む巨乳に合わせて上下に揺れる。
 それに嫉妬した蛇が、サイトの首を締めつつササガネを睨んで命令する。

【久しぶりね、ササガネ。こうやって話をするのは、王都の地下水道以来かしら。――あとその胸はサイトの目の毒だからさっさと仕舞いなさい】
「ほいほい、蛇のルイズさん。――“髪よ衣となれ”」

 ササガネは先住の魔法を使い、長い黒髪を織り上げる。あっという間に彼女の上半身は、艶やかな濡烏色のストラップドレスに包まれる。
 だが巨乳の谷間が強調され、かえって扇情的だ。
 エキドナは未だ不満そうだが、これ以上は言っても無意味だと知っているので、一旦はそれで満足し、サイトの拘束を解く。

【ふン、まあそれで良いわ。あと、今の私にはちゃんと、エキドナという名前があるわ。そっちで呼びなさい】
「分かったばい、エキドナさん」
「が、はっ、げふっ!? ……はー、苦しかった。というか、何、お前ら知り合いなの?」

 ようやく嫉妬の蛇の戒めから解放されたサイトは、一息つきつつ彼女らの関係を問いただす。

【まあ、ちょっとした縁があってね】
「あはは。いやー、あん時のエキドナさんは恐ろしかったばい」

 ははは、と人外同士が談笑を開始する。


 サイトはそのガールズトークに入れない。

「なんかさっきより肩身が狭くなった気がする」

 まあ女子の会話に混ざれない男子は肩身が狭かろう。
 慰めるようにデルフリンガーが言葉を発する。

【とか愚痴こぼしてるうちにそろそろ着くんじゃねえのか、相棒】
「お、そうみたいだな。ところでデルフ、ラグドリアン湖ってどんな所だー?」
【でっかい湖さ。水精霊ってのが居る。詳しくは、ルイズ嬢ちゃんとの“カー(精妙体、霊体)”のパスを通じて記憶を辿れば良いんじゃないか?】
「おお、その手があったか!」

 サイトの左眼とルイズの左眼は、魔術的な手順によって、そこに宿るカー(霊体)とともに交換されており、その繋がりを介して、彼ら主従は記憶の交換やお互いの位置の把握などが出来るのだ。
 翼蛇エキドナは、元々は、サイトに移植されたルイズの左眼の霊体から発生したものである。
 ルイズの膨大なエネルギーを秘めた霊体は、たとえ左眼一個分であっても、常人一人分以上のエネルギーを内包しており、やがては自由意志を得て自律するようになったのだ。
 その結果の、タルブ村での反逆事件である。

 ちなみに、施術者であるルイズの側からは、サイトの身体の制御権の奪取すら可能である。
 サイトに植えつけられたルイズの左眼相当分の魂は独立したが、依然としてルイズが、サイトの左眼に相当する霊体を掌握していることに変わりはない。
 故にルイズはサイトの身体制御権を強奪し、掌握できるのだ。
 まあ実際は一人で二人分の身体を動かすのが億劫なので、そんな事はしないと思うが。

 ルイズの身体制御権をサイトが奪うことは出来ないが、ルイズの提供する共通記憶(パブリックフォルダみたいなものだと思って頂ければいいだろう)を見ることは可能だ。

 ルイズの断片であるエキドナは、サイトの夢の世界で骨肉相食む交合を繰り返して最早サイトの魂に深く根を張り不可分なほどに融合してしまっていた。
 そのため、エキドナがサイトの霊体から分離したあとでも、その根っこの跡は、未だ充分にサイトの魂に残っている。
 その残された部分を通じて、ルイズやエキドナの持つ情報(プライベートな部分以外)を読み込むことは、サイトの側からも可能なのだ。

 サイトは自分の内面に意識を集中する。

「うむー、むむむむむ」

 サイトはコメカミを揉みほぐしながら電波を飛ばしエーテルの波を渡り、ルイズとエキドナの持つラグドリアン湖についての記憶を探る。
 直ぐに該当する部分が、サイトの脳髄に読み込まれる。

「――『ラグドリアン湖、トリステインとガリアの水源。水精霊の加護によって無限の水量を誇るその湖は、用水の水源としてだけではなく、風光明媚な観光地としても知られている。湖底には水精霊たち(たち、という表現は適切ではないかも知れない。彼女たちは全にして個であるためだ)の築いた都があると言われている』――」

 意識を集中させて、サイトは記憶を検索する。
 ルイズがサイトのために開放している共有記憶区画は、まるで図書館のような整然としたイメージだ。
 彼女は自分の従僕のために、生真面目にも自らの持つ知識を整理して開陳しているのだ。
 そんな記憶の図書館の中から好みの本を探すようなイメージで、サイトはラグドリアン湖についての情報を得ていく。

 湖の広さ、深さ、地形、植生、生態系、国境線……。
 中でも、地の利を得るのに必要な情報は重点的に。

 そして――邪神の眷属に関する情報は尚更重点的に。

「湖、か……。該当しそうなカミサマは、三つ目の有棘蛞蝓型の湖底の神グラーキと、あとは安直だけど水邪の祭司クルゥルゥ(クトゥルフ)の眷属か? どっちも出て来ないのを祈りたいんだけど……」

 これまでの経験上から言って、大体の事態はサイトの最悪の予想の斜め上を行くのであった。
 今までに経験した苦難の数々を思ってサイトは遠い目をする。思えばタルブの『夢のクリスタライザー』を巡る一件でも、運が悪ければ死んでいた。



 と、次の瞬間。


 ドン、と突き上げるような衝撃と共に、竜籠が揺れた。

「うお!?」
【あら、何かしら?】

 サイトとエキドナが周囲を見回している間に、いつの間にか竜籠のドアが開いている。


 そしてササガネが居ない。
 相変わらず竜籠は揺れている。
 揺れる窓の向こうに、純白のパラシュートにぶら下がってゆらりと優雅に降りていく黒い大蜘蛛の姿を認めて、エキドナが叫ぶ。

【あ、あの蜘蛛女! 逃げたわね!!】

 より本能に忠実な魔物であるササガネは、最初に大きく竜籠が揺れた直後に、大蜘蛛形態に戻り、竜籠の扉から自前の蜘蛛糸で即席のパラシュートを編み、スカイダイビングを敢行したようだった。ササガネは律儀に前肢を揺らして「サヨナラ」の動作をしているのが、かえって滑稽だった。
 前の竜籠に乗っている主人ベアトリスを置いての素早い逃げ足だ。
 しかし主人を置いていっても大丈夫なのだろうか、使い魔的に。


 それにしても、ササガネは何故急に飛び降りたのだろうか。

 相変わらず竜籠は揺れている。
 揺れる、揺れる、揺れる――いや、墜ちている。
 サイトが慌てた声を出す。

「な、何が起こっているんだ!?」
【さあ、分からないわ。でも、確かなことは、私たちは何者かに攻撃を受けている、ということよ。あの蜘蛛女が逃げ出したのは、そのせいね】

 エキドナが冷静に分析する。
 竜籠は、風石による高度維持機構を撃ちぬかれ、前の竜籠とつなぐ索条が引きちぎられたのか、重力に従って落下しているようだった。
 ササガネはいち早く外部から狙われていることを察知して、外に飛び出したようだ。

 エキドナが舌打ち一つ。

【墜ちるわね。このままじゃいけないわ――“風よ”!!】

 触手竜の触手を喰らって身につけた精霊魔法の力を用いて、エキドナは、竜籠に残っていた風石燃料に干渉し、風の精霊力を発現させる。
 すぐに旋風のような力場が発現し、竜籠の落下速度が緩やかなものになる。

 しかし、サイトはここであることに思い当たる。

「なあ」
【なぁにー、サイト】
「狙われてるんだよな? じゃあ、ゆっくり降りると――」

 サイトが言い終わらないうちに、彼の危惧は現実化する。
 即ち――

 すぱっ

 と、竜籠が、サイトの目の前で両断され輪切りになったのだ。

 観覧車の座席のような室内は、前後の座席の間で真っ二つにされてしまった。
 行儀悪く向かいの座席に足を乗せて座っていたら、脚も一緒に輪切りにされていただろう。
 おそらくは、竜籠の高度維持機構を破壊したのと同じ攻撃なのだろう。

「――狙い撃ちにされるよな~、やっぱりな~……」

 二つに分けられた竜籠が落下していく。
 竜籠から投げ出されたサイトの回る視界には、ルイズたちが乗っている竜籠を付けたまま無茶な機動をしている触手竜ヴィルカンの姿が見える。
 そして時折、細いピアノ線かレーザーを思わせる銀線が、キラキラと下から上へと走っている。

 あの銀条が、サイトの乗っていた竜籠の高度維持装置を撃ち抜いて、そして先ほど遂に両断したのだろう。

 錐揉みになって落ちるサイトの視界の中、蒼空と、ラグドリアン湖の碧水が交互に巡り回る。

 既にここはラグドリアンの湖上だ。
 増水することで格段に面積を増した湖の上に、既にサイトたちは到達していたのだ。

 そしてどうやら、彼らを撃ち落とした攻撃は、奇妙な虹のような色合いに揺らめき光る湖面から放たれているようであった。


◆◇◆


 サイトたちが落ちて行くのと同時刻。
 ヴィルカンの首の後に設え(しつらえ)られた鞍の上で、竜騎士ルネは必死に慣性制御魔法を操っていた。

「くそ! 狙撃なんて、一体なんで――」
【愚痴ってないで制御に集中せんか、ルネ坊!】

 未知の襲撃者に悪態をつきつつ、ルネは常のように乗機のヴィルカンに慣性制御術式を掛け――ずに、後ろの竜籠に向けて、その術式を放っていた。
 轟々とヴィルカンは背から幾つも生える触手からブレスをふかして飛行機道をジグザグに変えて、湖面からの高圧水流(・・・・)による攻撃を避けていた。
 時に直角や、あるいは鋭角すら描いて複雑な軌道を取る触手竜は、その後ろに、竜籠を一つ連れている。
 数を一つ減らしたその竜籠の中には、ルイズたちが乗っている。

【集中せんと、慣性でお前の主人のベアトリス嬢ちゃんがぶっ潰れるぞ!】
「分かってますって! ちぃっ! し、つ、こ、い、敵だ!」

 急旋回、鋭角機動、急減速、急加速を繰り返すヴィルカンを追って、湖面から銀条が走る。
 ルネは必死に、その急速な重力加速度の変化に晒されるであろう、後ろの竜籠を保護するために『レビテーション』から慣性制御要素を抽出した魔法を使い続ける。
 魔法の対象は、当然ながら後ろの竜籠――彼の仕える主人である大公息女ベアトリスが乗っているもの――である。

 故に、彼自身には、その慣性制御の魔法が掛かっていない(・・・・・・・)。
 乗騎ヴィルカンの高速起動によって、ルネの内臓が悲鳴を上げる。
 だが、幾ら内臓が軋もうが、脳が揺れようがそして偏平しようが、彼は魔法の制御を手放したりはしない。

 空中触手騎士(ルフト・フゥラー・リッター)は、そんなヤワな鍛え方をしていない。

「ああああアアアアアッ!! 何だってんだ! 水精霊め(・・・・)!!」

 ルネは、ラグドリアンの湖面を睨みつける。
 そこは不自然に盛り上がっており、虹色に煌めいている。
 そしてその湖面の盛り上がりの周囲から、ヴィルカンたちを狙う銀条が放たれているのだ。


 狙撃の主は、ラグドリアンに住まう水精霊なのだった。


【かはは、余程シャンリットの蜘蛛の眷属が気に入らないと見える】
「暢気に笑ってる場合じゃないですよ! 千年前からの因縁をずっと覚えているなんて、性質が悪い!」
【ショゴスに間違われたのが余程気に入らなかったらしいな】
「水精霊らしく、そんな昔のことは水に流せばいいものを!」

 急制動によって、ルネの脳内の血流が轟々と渦を巻く。
 血潮の色で赤くなる意識を、彼は気合で引き止める。強靭な触手竜は、そんな騎手の都合などお構いなしに自由に動く。
 湖面からの水の刃(ウォーター・カッター)が迫り、竜籠を寸断する寸前で、ヴィルカンは軌道を変える。


 湖面全体をスピーカーにしたような、地鳴りのような恐ろしい低音が、空気を震わせる。
 水精霊の怨嗟の雄叫びだ。

「――逃ぃいいい、げぇええええ、るぅううううう、なぁああああああ。蜘ぅうううう、蛛ぉおおおおお、めぇええええええ――」

 なにか甘い花のような匂いを伴った高圧水流が、幾度も幾度もヴィルカンと竜籠の傍を通り過ぎる。
 数分も回避機動をとり続けたころだろうか。
 遂にルネが音を上げる。

「ヴィルカン様……、もう、そろそろ、げんか……い……っ」
【鍛錬が足りんなー。まあ、仕方ない。一旦退却するか】
「ぜひ、そう……して、くださ……い……」
【向こうも引かんようだし、スタミナでは未だ向こうに分があったか。帰ったら特訓な】
「猛特訓でも……何でも……いいですから、早くこの空域をっ、離脱しましょうよ……っ」

 ヴィルカンは触手の先から豪炎を吹き、慣性を無視するように向きを変え、増水して五割ほど面積を増しているラグドリアン湖の付近から離脱する。
 一条の矢のようにして、ヴィルカンが曳く竜籠は、湖上から遠ざかる。
 そして、安全域でようやくルネが一息つく。

「うへぇ、お嬢様たちも、助けてくれればよかったのに……」
【空中ではマジックカードの支援効果が9割くらいは減衰するからのう。アレは本体である惑星表面のCNT(カーボンナノチューブ)ネットワーク型マジックアイテムの助力がないといかん。そしてCNTネットワーク〈黒糸・ウード零号〉は空中まではカバーしとらん。虚無の嬢ちゃんはともかく、ベアトリス嬢ちゃんはほとんど無力になってたはずじゃ。自分自身の系統魔法の鍛錬は殆ど積んでおらんからの、ベアトリス嬢ちゃんは】
「分かってます、分かってますよう。マジックカードを、あの化物級に天才的なルイズ様と同等のレベルで操作するためには、お嬢様は自分の系統魔法の鍛錬なんかしている時間は無かったことくらい承知しています」

 ヴィルカンが向かうのは、ラグドリアン湖のガリア側だ。
 シルフィードとタバサは、水精霊からの攻撃が始まった当初に、ヴィルカンの機転で、オルレアン公邸に逃がしている。 
 オルレアン公邸は浸水被害を免れているので、事前にルイズたちはそこをベースにすることにしていたのだ。

 もちろんガリアとトリステインの合同対策本部は、また別の場所にある。
 トリステインの水精霊交渉役モンモランシ家と、ガリア側ラグドリアン湖畔を治める公爵オルレアン家を中心とした対策本部は、国境線付近にあるらしい。
 お互いが事態解決の主導権を握りたがって、結局国境線に本部を置くことで妥協したのだ。
 
 先にオルレアン公邸に着いていたタバサ――ジョゼット・ドルレアン女公爵から事情を聞いていたのだろう。
 オルレアン公邸から、触手竜を迎えるために、数騎の竜騎士が飛び上がってくる。


◆◇◆


 ルネたちがオルレアン公邸に着陸した頃。

 サイトは空中に投げ出された後、エキドナの翼と精霊魔法の補助によって滑空し、ラグドリアンの水辺から少し離れた場所に落着していた。
 水精霊は、滑空するサイトたちを狙わなかった。
 やはり水精霊の標的はシャンリット直系のベアトリスだったのだろうか。

 サイトは湖の方を睨みながら悪態をつく。

「あー、死ぬかと思った。サンキュ、エキドナ。お前が居なきゃ、そのままあの得体のしれない水面に墜ちてたわ」
【どういたしまして。サイトの為だもの、このくらい何でもないわ!】
「しかし、ここはどの辺りだ? 事前の打ち合わせでは、集合場所はオルレアン公邸ってことだったが――」

 サイトは周囲の樹々を見上げる。
 どちらを向いても同じような景色だ。
 先ほどルイズの持つ情報を霊体の繋がりを介して引き出したとは言え、ここが何処かなんて分からない。

 デルフリンガーが口を挟む。

【待ってりゃルイズ嬢ちゃんが回収しに来てくれるだろう。適当に周りの安全を確認したら、待機してればいいんじゃないか?】

 デルフリンガーの提案に、サイトは同意する。

「それもそうだな。俺の居場所は、移植された左眼の繋がりを介して直ぐに悟られるだろうから、待ってりゃいいわな」
【それよりササガネの蜘蛛女よ! 一人で勝手に逃げ出しちゃって、どうしてくれようかしら!】
「その始末は主人のベアトリスがつけるだろ」

 憤るエキドナを宥めて、サイトはデルフリンガーを抜き放つと、いつでも敵に対処できるようにして、藪を漕いで進む。
 少しでも開けた場所の方が、ルイズも見つけやすくて良いだろうと思ってのことだ。

「エキドナは、樹上から警戒を頼む」
【分かったわ】

 エキドナは名残惜しそうにサイトの身体から離れると、木立をするすると登り、枝を渡りながら高いところから周囲を警戒する。

「ん? あっち、なんか急に森が開けてるな。大木が腐って倒れでもしたのか?」

 見れば、サイトが進む先に不自然に明るい空間がある。
 樹々がそこだけ無くなった、森のエアポケット。
 通常は倒木によって作られるようなそれが、行く先に見える。

 風が吹き、その空隙から空気が流れる。
 すると不意に異臭が鼻を突く。
 甘ったるいクチナシの匂いを何倍も強烈にして、腐らせたような、そんなイメージの臭い。

「なんだありゃあ……」

 そして緑色。
 森の空隙は、緑色だった。
 森の植物の色かとも思ったが、それとは違う、緑色。

 ぶちまけられた吐瀉物に青カビが湧いたような、青粉に染まった湖水を手当たり次第にべっとりと塗りたくったような、そんな吐き気のする緑色が、その空間を染めている。

「うげ、なんだこれ……」

 デルフリンガーを握ってない方の手で鼻を覆いながら、サイトはその腐った緑の空間を見通す。
 決してその中心に近づいたりはしない。
 サイトの鋭い嗅覚は、それ以上近づくことを決して許容できない。

 あれは、毒だ。
 あの毒々しいまでの爛れた緑色は、毒だ。
 樹々を枯らし、それどころか溶かしつくしてしまっている、この世の道理ではあり得べからざる毒だ。

 神の、毒だ。


 今は未だ彼らは知らないが、この場所は、ある夜にラグドリアン湖から上陸した不審人物たちが、手に持った銛を地面に突き刺して、水精霊の追跡を振り切った場所でもある。

 そして、神の毒を振りまいた侵入者の行く先は、彼らのうち、誰も知らない。
 侵入者が何処から来たのか、誰も知らない。
 そう。今は、未だ。


◆◇◆


 白の国の首都、ロンディニウムにて。
 スチュアート朝の会議が進行している。

「擬神機関(アザトース・エンジン)の進捗は?」
「8割方は完成しております、シャルル様」
「宜しい。トリステイン、ガリア方面への撹乱はどうなっている? 貴族子弟の学舎への襲撃計画だ」

 アルビオンの謀略の手は、ハルケギニア各地に伸びつつあるらしい。

「現在進行中であります。特に懸念されていましたトリステイン魔法学院の襲撃には、なんとあの歴戦の傭兵“白炎”が応じてくれました」
「ほう、それは頼もしい。……だが、相応の出費になるのではないか?」
「いえ、それが、格安で引き受けてもらえました。彼曰く――“俺はオールド・オスマンと戦えるなら何でも良い。……ああ、300年生きたオールド・オスマン、奴を焼いたらどれほど極上の匂いがするだろうか。300年分の業を焼き清める機会など、俺が現役のうちには、おそらくこれを逃せば無いはずだ”ということでした」

 それを聞いて、実質的な盟主シャルルは満足そうだ。

「ふん、そうか。それなら、まあいい。ついでにオスマン老と相討ちにでもなってくれれば良いのだがな。私の妻は、あの“白炎”を毛嫌いしていたからな。あの忌まわしい炎神の使徒と、時の魔神の使徒が潰し合ってくれるのを祈ろう」
「そうでございますな」

 その時、議会場の扉が勢い良く開いた。
 皆が一斉にそちらを見る。
 そこには、墓所の冷気を背負った司祭が立っていた。

「遅刻だぞ、クロムウェル」
「も、申し訳、ありません! つい、つい、つつつ、い、ついついつい、ご、拷問に夢中になっておりますれば――」
「ああ、分かった、もういい。それで、拷問の成果は出たのか? お前の神による呪いは敵国に降り注いだのか?」
「いえ、それが、難航しておりまするるる。敵もさる者。トリステインはアンリエッタの魅了が国民の精神を私の呪いより強固に惹きつけておりまして、ガリアは星慧王の魔術防御が堅く、クルデンホルフに至っては魔術を感知されて刺客という名の取立て屋が宮殿の門戸を叩いて私の集中を妨害しあまつさえイゴーロナク様の御手を借金のカタに持って行こうとする始末で――」
「そうか。しかし続ければ効果が出るのだろう? 続けろ」
「はいはい、了解承知の助でございます。つきましては追加の材料を――」
「地下牢から適当に連れていけ」
「おお! ありがとうございます! では皆さんに我が神イゴーロナク様の加護が有らんことを!!」

 慌ただしくクロムウェルが議会場を出て行く。
 そんな恒例行事が終わって、皆はため息一つ。

「はあ。では、会議を続けよう」


=================================


漸くラグドリアン湖に着いた! 長かった!
次回は探索パートです。

以下おまけで、ルイズとサイトのキャラシート(想定)を公開です
各ステータスの略称は以下を意味します。()内は個人的な補足です。

STR=Strength、筋力(攻撃力)
CON=Constitution、体力(健康度合い、あるいは若々しさ)
SIZ=Size、体格(身長体重)
INT=Intelligence、知性(賢さ、勘の良さ)
POW=Power、精神力(魔術的な才能)
DEX=Dexterity、敏捷性(素早さ、器用さ)
APP=Appearance、外見(容姿、美人度)
EDU=Education、教育(どれくらいの年月教育を受けたか、教養)
SAN=Sanity、正気度(精神的タフネス)※初期値はPOW×5で、技能〈クトゥルフ神話知識〉によって上限値にマイナス補正を受ける
耐久力=いわゆるHP、CONとSIZの平均(端数切り上げ)

一般的な人間の値は以下の感じ。

◆滅多に存在しない典型的な凡人
 STR 11  CON 11  SIZ 11  INT 11  POW 11
 DEX 11  APP 11  EDU 14  SAN 55  耐久力 11
 ■技能
  職業や趣味ごとに特徴的な技能を持つ。ここでは割愛。
 ■キャラシート解説
  中肉中背で十人並みの容姿で、中流家庭出身の中産階級で平均的な学力を持つ。

◆ルイズ
 STR 8  CON 13  SIZ 10  INT 21  POW 25
 DEX 12  APP 17  EDU 25  SAN 50  耐久力 12
 ■技能(代表的な物のみ)
 〈系統魔法:虚無〉 97%
 〈マジックカード〉 99%(コンピュータの技能に相当。〈系統魔法:土、水、火、風〉の判定を代替することも出来る)
 〈夢見〉 99%(ドリームランドでの物品の想像(創造)に必要な技能)
 〈夢の知識〉 99%
 〈精神分析〉 90%
 〈医学〉 50%
 〈クトゥルフ神話知識〉 49%
 〈乗馬〉 80% etc……
 ■使用可能な呪文
  全ての虚無系統呪文、殆どの幻夢郷の呪文、その他POWの一倍ロールに成功すれば任意の呪文を知っていることにしても良い
 ■持ち物
  シャンリットのマジックカード、夢のクリスタライザー、グラーキの黙示録11巻、輝くトラペゾヘドロン・レプリカ、ネクロノミコン(ハルケギニア語版)、ガンダールヴ・サイトなど
 ■キャラシート解説
  ケザイア・メーソン級の大魔術師。幻夢郷関連の技能がカンストしている。成長したPOWは下級の旧支配者クラスに迫りつつある。ルイズさんマジ人外。でも流石に幻夢郷の神官ナシュト&カマン=ターには及ばない(この二人はPOWが約90の超神官である。最も強力だと思われる神アザトースのPOWが100だと言えばその凄まじさが理解できるだろうか)。APPは絶世の美少女であることを反映して高くしてある。EDUは大学教授クラス、実際はもっと高いかも知れない。おそらくハルケギニア人類でも指折りの魔術師である。ハルケギニア人類で彼女に勝てるのはジョゼフくらいか。ウード? あれは人間辞めてるから除外で。

◆サイト
 STR 17  CON 16  SIZ 14  INT 10  POW 16
 DEX 19  APP 11  EDU 20  SAN 35  耐久力 15
 ■技能(代表的な物のみ)
 〈クトゥルフ神話知識〉 64%
 〈目星〉 95%
 〈聞き耳〉 98%
 〈オカルト〉 93%
 〈生物学〉 76%
 〈図書館〉 87%
 〈精神分析〉 67%
 〈製作〉 53%
 〈応急手当〉 87%
 〈心理学〉 61%
 〈鍵開け〉 40%
 〈隠れる〉 90%
 〈忍び足〉 85% etc……
 ■使用可能な呪文
  槍に魔力を付与する(ENCHANT LANCE)←魔力を付与した槍は通常の武器でダメージが与えられない相手にダメージを与えられる
 ■持ち物
  ガンダールヴのルーン(手に持った武器の技能を99%にする。さらにSTRとDEX、POWにもボーナス)、魔刀デルフリンガー、翼蛇エキドナ(使役可能な使い魔的扱い)など
 ■キャラシート解説
  いわゆる典型的なプロ探索者。君は将来スパイか何かにでもなるつもりなのか。忍者か、平成の世に蘇った忍者だとでもいうのか。あと技能値には反映されていないけれど、主人公補正によりダイス運が凄く良いので(七星ALIVE。いや六面ダイス使わないけど)、正気度の減少が少なく、かつ各技能の成長が著しい。特に〈目星〉や〈聞き耳〉、〈隠れる〉などの探索者的技能がほぼカンストするまで成長していることが、彼のこれまでの人生を象徴しているようで泣ける。度重なる冒険での〈クトゥルフ神話知識〉の蓄積が、そろそろ洒落にならなくなってきている。でもダイス運が良いので、なかなか狂気に陥らない。彼は今後も茨の道を歩くだろうと思われる。合掌。


2011.06.22 初投稿
2011.06.23 修正


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.030850887298584