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No.20306の一覧
[0] 【世界観クロス:Cthulhu神話TRPG】蜘蛛の糸の繋がる先は【完結】[へびさんマン](2013/05/04 16:34)
[1] 蜘蛛の糸の繋がる先は 1.死をくぐり抜けてなお残るもの[へびさんマン](2012/12/25 21:19)
[2] 蜘蛛の糸の繋がる先は 2.王道に勝る近道なし[へびさんマン](2010/09/26 14:00)
[3] 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド[へびさんマン](2012/12/25 21:22)
[4] 蜘蛛の糸の繋がる先は 4.著作権はまだ存在しない[へびさんマン](2012/12/25 21:24)
[5]   外伝1.ご先祖様の日記[へびさんマン](2010/10/05 19:07)
[6] 蜘蛛の糸の繋がる先は 5.レベルアップは唐突に[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[7] 蜘蛛の糸の繋がる先は 6.召喚執行中 家畜化進行中[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[8] 蜘蛛の糸の繋がる先は 7.肉林と人面樹[へびさんマン](2012/12/30 23:41)
[9] 蜘蛛の糸の繋がる先は 8.弱肉強食テュラリルラ[へびさんマン](2012/12/30 23:42)
[10] 蜘蛛の糸の繋がる先は 9.イニシエーション[へびさんマン](2012/12/30 23:45)
[11] 蜘蛛の糸の繋がる先は 10.因縁はまるでダンゴムシのように[へびさんマン](2010/10/06 19:06)
[12]   外伝2.知り合いの知り合いって誰だろう[へびさんマン](2010/10/05 18:54)
[13] 蜘蛛の糸の繋がる先は 11.魔法学院とは言うものの[へびさんマン](2010/10/09 09:20)
[14] 蜘蛛の糸の繋がる先は 12.ぐはあん ふたぐん しゃっど-める[へびさんマン](2010/11/01 14:42)
[15] 蜘蛛の糸の繋がる先は 13.呪いの侵食[へびさんマン](2010/10/13 20:54)
[16] 蜘蛛の糸の繋がる先は 14.命短し、奔走せよ[へびさんマン](2010/10/16 00:08)
[17]   外伝3.『聖地下都市・シャンリット』探訪記 ~『取り残された人面樹』の噂~[へびさんマン](2010/08/15 00:03)
[18]   外伝4.アルビオンはセヴァーンにてリアルラックが尽きるの事[へびさんマン](2010/08/20 00:22)
[19] 蜘蛛の糸の繋がる先は 15.宇宙に逃げれば良い[へびさんマン](2011/08/16 06:40)
[20] 蜘蛛の糸の繋がる先は 16.時を翔ける種族[へびさんマン](2010/10/21 21:36)
[21] 蜘蛛の糸の繋がる先は 17.植民地に支えられる帝国[へびさんマン](2010/10/25 14:07)
[22] 蜘蛛の糸の繋がる先は 18.シャンリット防衛戦・前編[へびさんマン](2010/10/26 22:58)
[23] 蜘蛛の糸の繋がる先は 19.シャンリット防衛戦・後編[へびさんマン](2010/10/30 18:36)
[24]   外伝5.ガリアとトリステインを分かつ虹[へびさんマン](2010/10/30 18:59)
[25]   外伝6.ビヤーキーは急に止まれない[へびさんマン](2010/11/02 17:37)
[26] 蜘蛛の糸の繋がる先は 20.私立ミスカトニック学院[へびさんマン](2010/11/03 15:43)
[27] 蜘蛛の糸の繋がる先は 21.バイオハザード[へびさんマン](2010/11/09 20:21)
[28] 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定(第一部最終話)[へびさんマン](2010/11/16 22:50)
[29]    第一部終了時点の用語・人物などの覚書[へびさんマン](2010/11/16 17:24)
[30]   外伝7.シャンリットの七不思議 その1『グールズ・サバト』[へびさんマン](2010/11/09 19:58)
[31]   外伝7.シャンリットの七不思議 その2『大図書館の開かずの扉』[へびさんマン](2010/09/29 12:29)
[32]   外伝7.シャンリットの七不思議 その3『エリザの歌声』[へびさんマン](2010/11/13 20:58)
[33]   外伝7.シャンリットの七不思議 その4『特務機関“蜘蛛の糸”』[へびさんマン](2010/11/23 00:24)
[34]   外伝7.シャンリットの七不思議 その5『朽ち果てた部屋』[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[35]   外伝7.シャンリットの七不思議 その6『消える留年生』[へびさんマン](2010/12/09 19:59)
[36]   外伝7.シャンリットの七不思議 その7『千年教師長』[へびさんマン](2010/12/12 23:48)
[37]    外伝7の各話に登場する神性などのまとめ[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[38]   【再掲】嘘予告1&2[へびさんマン](2011/05/04 14:27)
[39] 蜘蛛の巣から逃れる為に 1.召喚(ゼロ魔原作時間軸編開始)[へびさんマン](2011/01/19 19:33)
[40] 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔[へびさんマン](2011/01/19 19:32)
[41] 蜘蛛の巣から逃れる為に 3.魔法[へびさんマン](2011/01/19 19:34)
[42] 蜘蛛の巣から逃れる為に 4.嫉妬[へびさんマン](2014/01/23 21:27)
[43] 蜘蛛の巣から逃れる為に 5.跳梁[へびさんマン](2014/01/27 17:06)
[44] 蜘蛛の巣から逃れる為に 6.本分[へびさんマン](2011/01/19 19:56)
[45] 蜘蛛の巣から逃れる為に 7.始末[へびさんマン](2011/01/23 20:36)
[46] 蜘蛛の巣から逃れる為に 8.夢[へびさんマン](2011/01/28 18:35)
[47] 蜘蛛の巣から逃れる為に 9.訓練[へびさんマン](2011/02/01 21:25)
[48] 蜘蛛の巣から逃れる為に 10.王都[へびさんマン](2011/02/05 13:59)
[49] 蜘蛛の巣から逃れる為に 11.地下水路[へびさんマン](2011/02/08 21:18)
[50] 蜘蛛の巣から逃れる為に 12.アラクネーと翼蛇[へびさんマン](2011/02/11 10:59)
[51]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(12話まで)[へびさんマン](2011/02/18 22:50)
[52] 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前[へびさんマン](2011/02/13 22:53)
[53]  外伝8.グラーキの黙示録[へびさんマン](2011/02/18 23:36)
[54] 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さん[へびさんマン](2011/02/21 18:33)
[55] 蜘蛛の巣から逃れる為に 15.王子様[へびさんマン](2011/02/26 18:27)
[56] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議[へびさんマン](2011/03/02 19:28)
[57] 蜘蛛の巣から逃れる為に 17.ニューカッスル(※残酷表現注意)[へびさんマン](2011/03/08 00:20)
[58]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(13~17話)[へびさんマン](2011/03/22 08:17)
[59] 蜘蛛の巣から逃れる為に 18.タルブ[へびさんマン](2011/04/19 19:39)
[60] 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer[へびさんマン](2011/04/08 19:26)
[61] 蜘蛛の巣から逃れる為に 20.桜吹雪[へびさんマン](2011/04/19 20:18)
[62] 蜘蛛の巣から逃れる為に 21.時の流れ[へびさんマン](2011/04/27 08:04)
[63] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤[へびさんマン](2011/05/04 16:58)
[64] 蜘蛛の巣から逃れる為に 23.幕間[へびさんマン](2011/05/10 21:26)
[65]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(18~23話)[へびさんマン](2011/05/10 21:21)
[66] 蜘蛛の巣から逃れる為に 24.陽動[へびさんマン](2011/05/22 22:31)
[67]  外伝9.ダングルテールの虐殺[へびさんマン](2011/06/12 19:47)
[68] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲[へびさんマン](2011/06/23 12:44)
[69] 蜘蛛の巣から逃れる為に 26.梔(クチナシ)[へびさんマン](2011/07/11 20:47)
[70] 蜘蛛の巣から逃れる為に 27.白炎と灰塵(前編)[へびさんマン](2011/08/06 10:14)
[71] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)[へびさんマン](2011/08/15 20:35)
[72]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)[へびさんマン](2011/10/15 08:20)
[73]  外伝.10_2 ヴァリエール家の人々(2.カリンと蜘蛛とルイズ)[へびさんマン](2011/10/26 03:46)
[74]  外伝.10_3 ヴァリエール家の人々(3.公爵、エレオノールとカトレア)[へびさんマン](2011/11/05 12:24)
[75] 蜘蛛の巣から逃れる為に 29.アルビオンの失墜[へびさんマン](2011/12/07 20:51)
[76]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(24~29話)[へびさんマン](2011/12/07 20:54)
[77] 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑[へびさんマン](2011/12/27 21:26)
[78] 蜘蛛の巣から逃れる為に 31.蠢く者たち[へびさんマン](2012/01/29 21:37)
[79]  外伝.11 六千年前の真実[へびさんマン](2012/05/05 18:13)
[80] 蜘蛛の巣から逃れる為に 32.開戦前夜[へびさんマン](2012/03/25 11:57)
[81] 蜘蛛の巣から逃れる為に 33.開戦の狼煙[へびさんマン](2012/05/08 00:30)
[82] 蜘蛛の巣から逃れる為に 34.混ざって渾沌[へびさんマン](2012/09/07 21:20)
[83] 蜘蛛の巣から逃れる為に 35.裏返るアルビオン、動き出す虚無たち[へびさんマン](2013/03/11 18:39)
[84] 蜘蛛の巣から逃れる為に 36.目覚めよ英霊、輝け虚無の光[へびさんマン](2014/03/22 18:50)
[85] 蜘蛛の巣から逃れる為に 37.退散の呪文[へびさんマン](2013/04/30 13:58)
[86] 蜘蛛の巣から逃れる為に 38.神話の終わり (最終話)[へびさんマン](2013/05/04 16:24)
[87]  あとがきと、登場人物のその後など[へびさんマン](2013/05/04 16:38)
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[20306] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:b87f4725 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/03/02 19:28
 トリステイン魔法学院に向けて歩みを進める馬車の一団。
 先頭を行くのは、ユニコーンの曳く豪奢な馬車である。
 百合の家紋をあしらったそれは、アンリエッタ姫を乗せている。
 不機嫌な王女様を宥めるために、今までの道中は、老獪な宰相マザリーニ(通称“鶏の骨”)が、同乗していたのだが、彼は今、先頭の馬車には乗っていない。

 代わりに、まだまだ親衛隊でも珍しい女性衛士であるアニエスが、ご機嫌取りを任せられていた。

「あ、アンリエッタ様! そ、空が青うございますね!」

「私には灰色に見えるわ、アニエス……」

「ほら、路傍に、野花が、こんな環境に負けず、美しく!」

「私も自由に咲いて枯れる野花になりたい……」

 魂が口から半分出ているアンリエッタの相手をするのは大変である。アニエス受難の時であった。
 誰か助けてくれ、とアニエスは切に願ったが、残念ながら彼女の苦難は続く。
 頑張れ、王都に帰れば、故郷を焼いた黒幕を追い詰めるための資料を閲覧できる! もう少しだ! と、アニエスは何とか危ういところで自分で自分を鼓舞し糊塗する。

 アンリエッタ姫を擁する馬車団のうち、二台目の馬車の中にて、宰相であるマザリーニ枢機卿は、苦悩していた。
 その向かいには、護衛の魔法衛士隊の隊長である、使える男ことワルド子爵が同じく難しい顔で座っている。
 その隣を見れば、マザリーニを悩ませる元凶を運んできた公爵令嬢ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの風魔法による分身体がちょこんと座っていた。

「トリステイン領空にて空賊行為を行っていた、アルビオンの王太子であるウェールズ殿下を、捕まえた、と」

 マザリーニが、重々しく、杖の上に組んだ両手の上に、額を落として、ポツリと言う。
 狭い馬車の中に、苦労性の宰相の溜息が響き渡る。
 馬車は、宰相の気性を反映してか、非常に質素で簡素なものとなっていた。その質素さが、彼のあだ名である“鶏の骨”だとか“鶏肋”だとかに繋がってしまっているのだが。

「その通りでございます。私の本体が、学院の授業を“自主休講”し、有志数名と、トリステイン国民を安堵するために亜人討伐を行っていましたところ、空賊行為を目撃。該当不審艦艇を拿捕いたしました。すると、あらびっくり」

 向かいに座るルイズの姿の『偏在』は、そんな宰相閣下の様子を気に止めず、朗々と、いけしゃあしゃあと語る。
 色々と誤魔化しは入っているが、彼女は概ね真実を言っている。
 それに、彼女の行為には、何ら罰するところがないのであるから、この開き直りようも当然であった。

「“あら、びっくり。その中にはウェールズ殿下が”、という訳かい、ルイズ」

「その通りですわ、ワルド様。問答無用で手打ちにせずに済んで良かったですわ、本当に。私、空賊に死の制裁を加えなかった、本体の方の賢明なる判断を褒めてあげたいですわ。まさか一国の王子が空賊に身をやつしているなんて、考えもしませんでしょう?」

 白々しい遣り取りを、ワルド子爵とルイズが交わす。
 お互いに顔は笑っていない。はっきり言って笑えない事態だし、笑わないとやってられない事態でもある。
 はぁ~、と、またマザリーニの溜息が馬車を支配する。

「それで、ミス・ヴァリエール。君の亜人討伐の道行きには、誰が同行していたんだったかね?」

 確認するようにマザリーニが言葉を吐く。
 実際、これはもう何度も繰り返されたやりとりであった。

「政治外交上重要な者のみ、申し上げますね」

「ああ、済まない。年をとると、忘れっぽくってかなわんからね」

「あら、まだまだ現役でらっしゃるでしょう?」

 ルイズの『偏在』が、【てめぇ、まだまだ引退してもらっちゃ困るんだよ】という空気を滲ませて返答する。
 ルイズが虚無の系統であることを、ヴァリエール公爵からの報告(渋々であった)から知っているマザリーニは、その裏に隠された真意を思って、また溜息をつく。
 この小さな始祖の後継は、世界を征服(彼女の言い分では“解放”)してしまうつもりなのだ。その日まで、あるいはその後も、トリステインを支え続けろと、この少女は言っているのだ。マザリーニの胃が軋む。

「君が健康に良いものを送ってくれるおかげでね」

 だから、毎月、マザリーニの屋敷には、ヴァリエール公爵家三女の名義で、精力剤のたぐいが届けられるのだった。

「贈り物が役に立っているようで、誠に結構ですわ。それで、何でしたっけ」

「君の一行の、主だった人員について、だ」

「ああ、そうでした。ベアトリス・フォン・クルデンホルフ。キュルケ・フォン・ツェルプストー。ジョゼット・ドルレアン。この三名が、特に外交上重要な者だと思われます」

 アルビオン以外の主要国の大貴族網羅してんじゃねえか。

 また、マザリーニが、杖の上に額を伏せて、溜息をつく。
 そんな宰相を見つめるワルド子爵の目が、憐れむものに変わっている。なんで空賊やってたんだ、ウェールズ王子。こうなることが予見できなかったのだろうか。
 ワルド子爵の中では、ハルケギニアの王族は血が濃すぎてオツム出来がアレという噂は本当なんじゃないか、という疑惑すら芽生えつつあった。

「彼女らは本国に報告すると思うかね?」

「……クルデンホルフは、別に報告がなくとも知っていると思います。ゲルマニアは不明ですわ。ガリアは、まあ、報告するでしょう」

 クルデンホルフは、各国の王族の動きなど、とっくの昔に元から把握していることだろう。あの国は情報収集がライフワークというか、国是であるからして。
 キュルケは、半ば実家から放置されているので、口止めしておけば、問題あるまい。彼女の行き過ぎた毒体質は、本家でも持て余されているのだ。
 ジョゼット(タバサ)は、伯父王が大好きなので、きっと報告してしまうだろう。ミョズニトニルンに連絡用の魔道具も持たせられているかも知れない。

「ウェールズ王太子殿下直々に、空賊の真似事をやっているということは、アルビオンの現王派は、風前の灯火ということか」

「恐らくはそうでしょう。指揮官たるべき彼が戦場から離れているということは、普通ではありえません」

 マザリーニの確認に、ワルド子爵が自分の考えを述べる。
 軍事においては、ワルド子爵の見識は確かである。
 マザリーニも彼のことを信頼しているから、今回のゲルマニア行幸に彼が隊長を務めるグリフォン隊を同行させたのだった。

「あるいは、初めから他国に拿捕させて、そこから強引に亡命させるつもりだったという可能性もありますね」

 ルイズも自分の考えを述べる。

 テューダー朝の命運が尽きたのを悟った老王ジェームズが、せめて王子だけでも生かしたいと、国外の任務に就けさせていたのかも知れない。
 だが正直言って、他国にとっては亡国の王子だなんて厄介事にしかならない。
 喜んで引きとってくれるとすれば、クルデンホルフ大公国の学術都市シャンリットくらいのものだ。

「亡命、といっても、どこが受け入れると言うんだね。そんな物好きで、余裕があるところは、クルデンホルフくらいのものだろう」

 シャンリットは何でも受け入れる。
 王族ともなれば、その存在自体が持つ、歴史的価値、文化的価値は計り知れない。
 一説には、クルデンホルフ大公国から他国への貸付限度額の算定には、その国の王族ひいては国民一人ひとりの“存在価値”全て(遺伝情報や蓄積された経験など全て)の評価価格が反映されているのだとか。
 つまり、彼らシャンリットが本気で各国の借金を取り立てようとすれば、王族を筆頭に全国民が拉致され実験台にされるということもありうるのだ。今までにその強制執行が実行されたことは数えるほどしかない。逆に言えば、実例はあるのだ。小国が破産して、シャンリットの取立て部隊によって壊滅したという噂は、漏れ聞こえてくる。

 だから、ウェールズ王子の身柄は、彼らにとってみれば、大事な価値ある文字通りの『人“質”』なのである。
 実際にウェールズ王子を“買い取らないか”と持ちかければ、喜んで幾許かのアルビオンへの貸付と相殺にして、引きとってくれる(身売りを受け入れる)はずである。
 だが、ウェールズ王子の身柄を受け入れる国はクルデンホルフ大公国シャンリットのみではないだろう。

「いえ、もう一国ありますわ」

 ルイズがマザリーニの発言を訂正する。

「だって、うちの姫様は、ウェールズ王子に懸想してらっしゃるんでしょう? それなら、二つ返事で亡命だって受け付けると思いますわ」

「ぬぅ……、だからこうやって悩んでおるのだ!」

 マザリーニが嘆く。
 ルイズは自分の考えを滔々と述べる。

「亡命を受け入れる受け入れない以前の問題で、ウェールズ王子がトリステインに居ると、姫様に知れたら、きっと二度と内戦中のアルビオンには返そうとなさらないと思いますわ。それこそ毒を盛ってでも、ウェールズ王子を引き止めるかも」

「はぁ、全くどうしてこんなタイミングで……。 折角ゲルマニアとの同盟が上手く行きそうだというのに」

 マザリーニが顔を俯けたまま嘆く。

「ウェールズ王子の身柄は、一旦は魔法学院に運ぶつもりです。そこでグリフォン隊に引き渡そうと思いますわ」

「ああ、そうだな。そうしてくれ。トリステイン随一の叡智を誇る、オスマン老の意見も聞きたいからな。……そういう訳で、子爵。君たちの隊には、負担をかけるが、ウェールズ王子の護衛もお願いしたい」

 マザリーニの命令に、ワルド子爵は面倒臭いと思う内心を押し隠して、了解の意を返す。

「了解です。ですが、さすがに我がグリフォン隊も、疲労が大きいです。今から王城に『偏在』を遣わせて、マンティコア隊かヒポグリフ隊の増援を頼みたいのですが」

「……あまり大人数に知らせたくはないが、致し方あるまい。いや、これは最早秘密にできる問題ではないな。増援については許可しよう。それと関連省庁に連絡し、閣議を開く準備をさせておいてくれ」

 マザリーニが閣議招集の命令書を書き記して、ワルドに渡す。

「は、了解いたしました。では、失礼します」

「ワルド様、私が乗ってきたペガサス型ガーゴイルをお使いください。特別製ですので、きっと疲れたグリフォンよりは速いと思います」

「そうさせてもらうよ、ありがとう。ルイズ」

 ワルド子爵は馬車の外に『偏在』を作り出し、マザリーニから受け取った書類を持たせると、ルイズが馬車に並走させていた天馬型ガーゴイルに跨らせ、王都の方へと駆け出させる。

「それで、『偏在』のミス・ヴァリエールは、もうここで消えてしまう積りかね?」

 ジロリとマザリーニがルイズの偏在を睨む。
 ルイズはその視線を受けて身じろぎする。
 本当はさっさと消えてしまいたかったが、仕方ない。

「……もし、宜しければ、なのですが、姫様のお話し相手を務めさせていただければと思います」

「そうか! 是非そうしてくれたまえ!」

 マザリーニの顔が明るくなる。姫様のご機嫌取りに、宰相も参ってしまっていたところだ。
 『厄介ごとを増やしたのだから、少しくらいは、彼らの心労軽減に役立っておいたほうが良いだろう』と、さしものルイズも考えたのだ。それに久しぶりに会うお友達が、沈んでいるなら、慰めてあげたいとは思うし。
 マザリーニたちが乗った馬車が停まり、ワルド子爵とルイズ(偏在)が降りる。子爵は自分のグリフォンへ、ルイズは前を行くユニコーンに曳かれた馬車へと向かって歩く。

 魔法学院までは、未だ少し距離がある。


◆◇◆




 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議(話し合い)では何も決まらない。重要なのことは根回しで決まる




◆◇◆


 魔法学院に王女一行は到着した。
 時を同じくして、ルイズ本体一行と、拿捕された空賊船(アルビオン軍人積載で雲のような物に包まれたモフモフな物体)も魔法学院に帰還(曳航)。
 使い魔品評会は予定通り開催し、姫様にはそちらに出てもらうことに。
 その間にマザリーニは、緊急閣議のために、王都へ竜籠で移動。当事者のルイズたちも、事情聴取のために王都へ同行。

 中略。

 ウェールズ王子が居るのが姫様にバレた。

「ぁあ、ウェールズ様……! 私、わたし、結婚することに、ぅえ、ひっぐ、ゲルマニアの、皇帝と……」

「すまない、アンリエッタ。テューダー王朝が……、僕が不甲斐ないばかりに、望まない結婚を……!」

「いえ、良いのです。トリステインが弱いのが悪いのです。国の礎となるのは、王族の定め……。……ぅうっ、ですが、ですがぁっ!」

 ひし、と、抱き合う二人。
 燃え上がる恋心。
 しかし、ウェールズは国を捨てることはできない。

「アンリエッタ、僕には、やはり、国を、父を、家臣を捨てることは出来ない。アルビオンに、ニューカッスルに、帰らなくては」

「そんな、そんな、ウェールズ様!」

 ウェールズはニューカッスルの現王派の元まで帰りたい。
 アンリエッタは、当然だけどウェールズを帰したくない。

「……ウェールズ様が、その気なら、私にも考えがあります。今のあなたは、空賊で捕まったただの一介の犯罪者……。『ウォーターウィップ』! 水の縛めよ、彼を捕えなさい!」

「く、何をする! アンリエッタ!」

 アンアンがウェールズにアンアンしそうになるのを、監視していたグリフォン隊やマンティコア隊がなんとか気づき、総出で突入して(その際に王子の恋を応援する『イーグル』号乗員のアルビオン軍人たちと乱闘が発生)、未遂に終わらせる。
 間一髪であった。ウェールズ王子は水の触手に拘束されて半脱ぎで組み敷かれており、アンアンはだらりと前髪を垂らして顔の上半分を影にして、王子の上に覆いかぶさっていた。
 ゲルマニアへ輿入れする前に、姫様が傷物になったりしなくて良かった。……姫様は、水魔法で排卵を促して、一発で孕む気満々だったらしいことが後で判明し、一同は冷や汗を流した。

 トリステイン王国としては、正直、ウェールズにはお帰り願いたい。
 しかし、トリステイン領空で空賊の現行犯として逮捕した以上、そう簡単に返すわけにもいかない(空賊は、拷問してアジトを吐かせた後に処刑するのが通例である)。
 というかそもそも、アルビオンの交渉チャンネルを、現王派にするか王弟派にするかどうかも、閣議に諮らないと決定できない。
 現在、トリスタニアで閣議は紛糾中。

 さらにウェールズ王子逮捕の情報は、何処からかアルビオン大使の耳にも入ったらしい。
 トリステインに駐在するアルビオン大使は、当然ながら、即時引渡しを要求している。
 アルビオン大使が現王派か王弟派かどうかも不明である。

 その後。

 国の都合で引き裂かれた王子と王女というのが、トリスタニアの新聞にすっぱ抜かれたり。
 市民の同情票が集まって「ゲルマニアとの同盟を止めて、アルビオン現王派を支援するべし」などという、現実を全く見ていない論調もあれば。
 「私掠船許すまじ、トリステインの国法に合わせて、断固処刑するべし!」と、のたまう空賊被害に遭った商工会連合の発言もあったり。
 ゲルマニア皇帝はゲルマニア皇帝で、「他の男に惚れている女をじっくりと自分のものにするのもまた一興」とか言って、静観の構えだし。

 紆余曲折。

 「何にしても情報が必要だ」というグラモン元帥の発言により、アルビオン情勢がはっきりするまで、ウェールズ王子はトリステイン法に基づいて拘留することとなった。
 一方で、最新の情報を手に入れるために、ワルド子爵ら腕利きを中心にして、アルビオンへの潜入工作部隊が結成された。ワルド子爵、明らかにオーバーワーク、マジで乙です。
 ウェールズ王子の身柄は、アンアンの「間違い」が二度と起きないように、王城から離れた場所に拘留してあり、一部の人員しかその場所は知らされていない。

 ウェールズ王子の身柄を確保するということは、アルビオンから介入を受ける要因であると同時に、アルビオンに介入する口実でもある。
 何も選べないなら、何でも選べるように。選択肢は常に多く確保しておくべきである。
 そういった観念のもと、ウェールズ・テューダーの身柄は、トリステイン王国預かりになった。


◆◇◆


 そんな情勢の中、ルイズはウェールズ王子との短い接触時間で、ちゃっかりと始祖の秘宝『始祖のオルゴール』の在り処を聞いていた。風のルビーをイミテーションと入れ替えたことはバレていない。
 始祖の秘宝の在り処は、戦火の只中、ニューカッスル城らしい。
 だが彼女の虚無を使えば、離れた場所へ侵入することも可能である。

 使い魔であるサイトを従えて、ルイズは学院寮の自分の部屋へと入る。

「なあ、ルイズ。ついて来いって言われたから、ついて来たけど、これから何するんだ?」

 そして、三枚の壁掛け鏡のうちの一枚を指差す。
 ルイズの魔力を受けて、その鏡が、銀色の湖面のように変化する。
 遠隔地を繋ぐゲート鏡の魔道具だ。

「まあ、ちょっとした会議をするのよ。先に行ってなさい」

「え、ちょ、おま、何だ掴むな、投げるなあぁぁあ?!」

 ルイズの『念力』の魔法によって、サイトは宙に持ち上げられ、頭からゲートの鏡に突っ込まれる。

「さて、行きましょうか」

 ルイズも引き続いて、ゲートの鏡を潜る。


◆◇◆


 ところは変わって、ガリアのグラン・トロワ。
 肩を怒らせて、オデコがチャーミングな王女が廊下を歩いている。
 彼女は王の執務室の前に来ると、一度深呼吸をして、キッとその扉を睨みつける。

「父上!」

 ばたーん、と執務室の扉が開く。
 執務室の中にはは、豪奢なソファーの上で黒髪の美女に膝枕&耳掃除されている、青髪青髭の美丈夫が居た。
 扉を開けた王女イザベラの米噛みに、井桁の怒りマークが浮かぶ。

「父上! またサボって……! もうここ一ヶ月は民衆の前に姿を見せてないじゃないですか! 王としての威光を保つには、メディアへの露出も必要なのですよ!?」

「その辺はイザベラが代わりにやってるから別に良いだろう。国民もオッサンより美少女が前に出る方が良いに決まっておる」

「そういう問題ではありません、父上! シェフィールドさんも、あんまり甘やかさないでください!」

「そうは言っても、イザベラちゃん。ジョゼフ様を甘やかすのが私の役目ですもの。ねー、ジョゼフ様ー」

「そうだとも、余のミューズ。あ、もうちょっと奥、奥、そう、その辺気持ちいい」

「こんの、バカップルが! これならまだジョゼットが居た時の方が、カッコつけるためにマトモに執務していたからマシだった!」

 膝枕&耳掃除でいちゃつく主従の前で、イザベラが慟哭する。
 彼女の義妹ジョゼットが居ると、父王が彼女を猫可愛がりして甘やかすので、これではジョゼットのためにも、ジョゼフのためにもならない、と、イザベラは鬼の心になって、ジョゼットを隣国に留学させたのだ。
 トリステインへの留学は、修道院出身のジョゼットの見識を広めてやるという目的もあった。

 シェフィールドの膝の上でだらけきっているジョゼフを引き剥がそうと、イザベラが二人に近づく。

 その瞬間、虚無の主従二人の真下に、光り輝くゲートが生じる。

「お?」 「あら?」 「あ!」

 そしてそのままボッシュート。

 残されたイザベラは地団駄を踏む。
 イザベラはこの現象に心当たりがあった。

「この……! 国王拉致とか! もうっ、毎回、毎回っ! トリステインの虚無、ルイズ・フランソワーズめ!」

 こっちの都合も考えやがれー!
 そう吐き捨てるように言って、イザベラは虚空を睨む。
 彼女とルイズは、相性が悪いらしかった。


◆◇◆


 ところ変わって、今度はロマリア。
 大衆の前で説教を行っているブリミル教の教皇、聖エイジス32世と、その後ろに控える神官ジュリオ。

「今こそハルケギニア人民は団結しなくてはなりません。私たちハルケギニアの民は、自信を失っています。シャンリットの蜘蛛たちの進歩性に、遅れをとっていると思い込んで、私たちの独自の文化に対する信頼を、失っています。ですが、それは大きな勘違いです」

 そして彼らの足元に開く、虚無の『世界扉』。

「私たちは劣ってなどいない! 私たちが抱いている劣等感は、拠り所の無さに由来するのです。そう、信仰の拠り所を、取り戻すのです! 信仰の拠り所とは、即ち聖地――」

 説教中に、民衆にアピールするために両手を大きく開いたまま、教皇とお付きの神官は、ボッシュート。

「教皇聖下!?」

「猊下が消えたぞ!?」

 大混乱に陥る民衆たちのみが残された。


◆◇◆


「第三回虚無会議ー、かーいーさーいー」

 がらんがらん。
 暗い部屋の中心に置かれた大きな円卓に座ったルイズが、商店街の景品が当たったかのようにベルを鳴らす。
 彼女の後ろには、デルフリンガーを腰に差したサイトが油断無く控えている。
 何となく、黒塗りに『Sound Only』という文字のパネルが机の上に置かれるのが似合いそうな部屋だ、とサイトは思った。

 ルイズの斜め前、彼女を頂点として円卓上に正三角形を成すように、虚無の『世界扉』のゲートが開き、ロマリアとガリアの虚無の担い手が落ちてくる。
 ロマリア教皇ヴィットーリオと、その使い魔であるヴィンダールヴ・ジュリオ。
 ガリア国王ジョゼフと、ミョズニトニルン・シェフィールド。

 それぞれ二組は、用意された席の後ろに着地――落着する。

「また貴女ですか、トリステインの虚無。ルイズ・フランソワーズ」

「僕としてはまた会えて光栄かな、ミス・ヴァリエール」

 ヴィットーリオはやれやれと肩を竦め、ジュリオは軽くルイズの方へウィンクをしてくる。
 サイトはジュリオを睨む。
 イケメン死すべし。

「耳がぁ!? 鼓膜に刺さったぁああ!?」

「ジョゼフ様! 直ぐに癒します!」

 一方でガリア王は、落ちてきたときに耳掻きが刺さったのか、のたうち回っていた。
 シェフィールドの指に嵌められた水の癒しの力を秘めたマジックアイテムが光り輝き、ジョゼフの傷を癒す。
 こっちは何だか残念なイケメンだった。

「うっさい。さっさと席に着け、バカップルめ」

 ルイズが不機嫌そうに口を尖らせる。
 ヴィットーリオと復活したジョゼフが席に着くと、再びルイズがガラガラとベルを鳴らす。どうやらこれが開幕ベルらしかった。
 第三回虚無会議、開催である。ちなみに第一回はお互いの顔合わせと立場の明確化を行い、第二回は呼び出したジョゼフとシェフィールドが合体中だったので中止されている。

「それじゃあ、前々回のおさらいからいきましょう」

 傲岸不遜で相手の都合を顧みないルイズが進行を務める。

「先ずは、ジョゼフ。あんたは保守派だったわね。現状維持、ガリア国内の発展に注力したい、と」

「その通りだ、トリステインの虚無よ。余は、他国他種族のことについて口をだすつもりはない」

 青髭の美丈夫が重々しげに答える。
 後ろには黒髪の美女、シェフィールドが控えている。
 王弟シャルルの裏切りからすっかり意気消沈しているガリア王を、ルイズは『鬱屈王』と評している。

「弟クンが天空大陸で蠕動してるみたいだけど?」

「ああ、シャルル! 余は、ただお前と肩を並べてガリアを治めたかっただけだというのに!!」

「はいはい分かった分かった。それについては後でまた話題にするわ。次、ヴィットーリオ」

 一人勝手に自分の世界に入って哀哭し始めたジョゼフはさておいて、ルイズがヴィットーリオに話題を振る。

「私は、いえ、ロマリアは聖地から新天地を目指します。かつて始祖がイグジスタンセアからハルケギニアに降り立ったのを模倣して」

「『方舟計画』だっけ?」

「ええ、そうです。これ以上、この不安定な大地に居ることは出来ません。選ばれし民を連れて、遙けき大地を目指します」

 旧支配者が犇めくハルケギニアを捨てて、新たな大地を目指すというロマリアの『方舟計画』。
 既に、ヴィットーリオの虚無の魔法によって、移住先の新天地の目星は付けてあるらしい。
 あとは、聖地の列石に囲まれた“門”を起動し、新天地にて虚無魔法『生命』を発動するのみだという。

「なるほどなるほど。歴代教皇が、シャンリットに突っ掛って勝手に自滅して国力磨り減らしてなきゃ、もう実現できたかもしれないのにね」

「それは言うだけ無駄というものです。そして、ルイズ・フランソワーズ、貴女は主戦派でしたか?」

 ヴィットーリオがルイズに問い返す。

「ええそうよ。力をつけて、邪神共を一掃あるいは封印するのが最終的な目標。先ずは手近な所として、シャンリットを切り崩して行きたいと思っているわ」

「どれだけ荒唐無稽なことを言っているか自覚はあるのですか?」

「無理無茶無謀は承知の上よ。でも、それ以上に、邪神どもとその手先は気に喰わない」

 ルイズが啖呵を切るが、ヴィットーリオとジョゼフは、身の程知らずな彼女を見て、肩をすくめる。
 あるいはこれが若さか、などと彼らは思う。
 自分たちがまだ若かったならば、ルイズのように対邪神に気炎を上げていたかも知れないが、今となってはそれは夢のまた夢。現実を知り、責任を背負った今では、とてもじゃないが、ルイズに同調することは出来ない。

「出来ればガリアは巻き込まないで欲しいのだが?」

「善処はするわ」

「……初めから期待はしておらんよ。だが、余はガリアの臣民を守るためならば、敵対もするぞ」

「必要ならどうぞやって頂戴。でも、基本的にはお互いには不干渉でしょう? 利害が衝突するまでは」

「ああ、そういう決定だったな。この虚無会議の決定によれば」

 相互不干渉条約を、それぞれ方針が違う虚無の担い手たちは結んでいる。
 ガリア王ジョゼフが引き篭っていようが、ロマリアが聖地到達に向けて準備を進めていようが、ルイズが蜘蛛相手に暗闘を仕掛けようが、関知しないし、協力もしない。
 利害がぶつかれば、その限りではないが、お互いに衝突を避ける努力はする。そういう取り決めを交わしている。

「じゃあ、おさらいはココまで。……次は私から通達なんだけど、『風のルビー』を手に入れたわ」

「ほう? ではアルビオンに出向いたのですか?」

「いや、向こうから偶然転がり込んできたのよ。合縁奇縁というやつね」

「それは羨ましい」

「ついでに失陥目前の現王派から『始祖のオルゴール』も確保するつもりなのだけれど、良いわよね」

 断定口調であった。提案ですらない。
 ルイズの後ろに控えるサイトが、初耳な話にギョッとするが、口ごたえしても無駄なのは分かっているので、黙っている。
 他の使い魔二人からの、憐れむような、気遣うような視線が痛い。あんたのご主人は気が強くて大変だなあ。

「好きにすると良い」 「まあ早い者勝ちですからね」

 ジョゼフとヴィットーリオは、特に興味がないのか、反対しない。

「今回は急に呼び出したけれど、次回は私が『始祖のオルゴール』を手に入れてからでも、適当に招待状を送るわ。その時はあんたたちも『始祖の秘宝』を持って集まりなさい。『風のルビー』を貸してあげるから、新呪文が出たら共有しましょう?」

「まあ、良いだろう」 「妥当なところですね」

「じゃあアルビオンの秘宝については、これでオシマイね」

 他に議題は?、とルイズがジョゼフとヴィットーリオに話題を振る。
 ヴィットーリオが律儀に手を挙げる。
 議長のルイズがヴィットーリオを指す。はい、ヴィットーリオ君、発言を。

「アルビオンといえば、レコンキスタでしたか、王弟派の。あれ、元オルレアン公爵シャルルが黒幕でしょう?」

 迷惑してるんですよね、とヴィットーリオがジョゼフに苦言を呈する。ブリミル教会の十分の一税が、アルビオンからは届かなくなっているのだ。おそらくレコンキスタに着服されている。
 ジョゼフはそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になる。
 国家反逆罪で、本来ならシャルルは処刑されるべきだったのだが、ジョゼフが手心を加えたために、国外に逃げおおせたのだった。クルデンホルフもその手引きをしたとかしないとか。まあ、あそこは金さえ払えば大抵のことは請け負うから、そういう事もありうるだろう。

「ああ、そうだ。だが、余には、俺には、弟を殺すことは出来なかったのだ。ああ! シャルルっ!!」

「はいはい。ところで、シャルルは、虚無のことや、邪神のことについてはどれくらい知識があるの?」

 シャルルの話題から、また哀哭モードに入りかけたジョゼフに、ルイズが問い掛ける。
 アルビオンに行くなら、ひょっとすれば相見えることもあるかもしれない。
 尋ねておいて損はないだろう。

「シャルルは、何も知らぬ。余の虚無も、シャルルの娘のシャルロットが虚無の予備であることも、ハルケギニアの人類が、薄氷の如きバランスの上で生存していることも、な。少なくとも、ガリアを追われるときは、何も知らなかったはずだ」

 あの魔島アルビオンで知らぬままに過ごせるとは思えぬが、と、ジョゼフは悼むように言う。

「聖地奪還を本気で考えているとは思えないしね。まあ、あんなの方便でしょうし。大体、レコンキスタの頭を張ってるモード大公は、エルフを妾にしてるんでしょう?」

「それに加えて、レコンキスタの参謀クロムウェルは、管区からの報告では、とても正気を保っているとは思えませんし」

「管区はどこよ?」

「セヴァーン渓谷です」

 あーそりゃもう完全にアウトだわー、とルイズが天井を仰ぎ見る。
 ジョゼフは、シャルルの末路を想って、顔を真っ青にして崩折れている。
 シェフィールドが、傍に付き添って、ジョゼフの手を握っている。

「……ああ、シャルル! こんなことなら、いっそ俺の手で、引導を渡してやるべきだったか!」

「全くね。でも出来るの?」

「無理だっ!」

 ジョゼフが哀哭する。
 たとえ弟がどんなモノになってしまっても、ジョゼフは止めを刺す事など出来ないだろう。
 兄弟だから。たった二人きりの兄弟だから。だから彼は懊悩し、結局何も選べないのだ。

 重苦しい沈黙がおりる。




【おっかないのが来るぜ】


 唐突に、デルフリンガーが呟く。
 そして次の瞬間に、この円卓の部屋の中に、虚無の『ゲート』が出現した。
 その向こうから声がする。

「ならば私が、彼や彼らの命を狩り“蒐めて”しまっても構わんのだろう?」

 アルビオン王家が代替わりするなら、ちょうどいい機会だ。今までの負債を清算してもらわねばな。

 そう言って、暗鬱とした声が、沈黙を破る。
 その声の主は、未だゲートの向こうで、姿は見えない。
 しかし三人の虚無の担い手たちは、その声の主を知っていた。

 新たに現れた四組目の人物に反応して、虚無の担い手の傍に控える、それぞれの使い魔の三つのルーンが輝く。

 ゲートの光は消えて、一人の男が残される。
 蟲のような男だ。
 蜘蛛のような男だ。
 いや、ヒトのような蜘蛛だ。

「千年教師長っ?!」 「サン・ジェルマン伯爵……」 「ウード・ド・シャンリット、ですか」

 ルイズ、ジョゼフ、ヴィットーリオが、三者三様の呼び名で、ゲートから現れた人影を呼び表す。
 ルイズの対面、ジョゼフとヴィットーリオの間に現れたウードに対して、使い魔たちは主を庇うように位置取る。
 直感的に、彼らは、その人影が、“敵”なのだと理解したのだった。

「お呼びじゃないわよ、千年教師長っ」

「くふふ。そう邪険にするな、ルイズ・フランソワーズ。何、参加資格ならあるさ」

 そう言って、ウードは胸を肌蹴る。

「我は武器」

 デルフリンガーの柄を握るサイトの左手が輝くのは、この部屋にすらも張り巡らされた、ウードの本体たる〈黒糸〉を武器として認識しているからだ。

「我は魔道具」

 ジョゼフを守るように布陣したミョズニトニルンの額は、魔道具である〈黒糸〉に反応して、ルーンが浮き上がっている。

「我は異形」

 ウードのシルエットが崩れ、糸のように変化してバラけたかと思えば、節足動物のような脚を背中から生やした蜘蛛人間フォルムに変化する。
 ジュリオが冷や汗を流しつつも、不敵な笑みを貼り付けて、手の甲が輝く右腕でヴィットーリオを庇うように立っている。

「そして我は使い魔」

「馬鹿な、なんであんたが……」 「ほう……」 「有り得ない!」

 全員が全員、顕になったウードの胸を見て、言葉を失くす。
 そこにはルーンが刻まれていた。
 刻まれたルーンは、神の心臓、リーヴスラシル。それなら確かに、この虚無会議に参加する資格はある。

 だが、資格があるから何だというのだ。
 怨敵相手に敵対しないとは言っていない。敵対しない理由がない。
 虚無遣いたちは、各々の使い魔に命令を下し、自らも詠唱に入る。

「サイト、奴を!」 「シェフィールド!」 「ジュリオ!」

 今、三人の虚無の担い手が揃っているなら、幾許か勝機はあるはず!
 サイトが飛び出し、ジュリオとシェフィールドが、支配能力によって、ウードの動きを呪縛する。

「うおおおお!!」 【行け! 相棒!】

 『加速』と並唱された『解除』の呪文は瞬時に完成し、『解除』の三乗が、ウードへと襲いかかる。


『ディスペル!!』


 これで仕留められずとも、飛び出したガンダールヴが傷を負わせられるはず、と彼らは考えていた。
 時空と魂すら操る最強の系統である虚無の力を以てすれば、いくら千年前から生き続けるヒトデナシであったとしても――

 その思いは、ウードの呪文によって覆される。



「『解除(ディスペル)』、返しっ!!」



 ウードが使った『解除』の呪文が、ルイズたち三人の『解除』をキャンセルしていく。
 千年の研鑽を積んだウードの精神力が、三人の使い手の精神力を上回ったのだ。

「ぐっ!?」 「馬鹿な!?」 「くっ!?」

「修行が足りんぞっ!!」

 ルイズたち三人がたじろぐ。
 そこに、デルフリンガーを振りかぶったサイトが、ウードに突撃する。

「おおおおお!!」

 ウードはそれを背中から生やした蜘蛛脚の一つに『ブレイド』を纏わせて迎撃する。

 しかし、呆気無く、サイトの握るデルフリンガーによって蜘蛛脚は切断される。
 『ブレイド』の魔法は、ウードの蜘蛛脚が纏うそばからかき消されてしまっていた。
 『解除』の四乗を絡めとって、纏ったデルフリンガーによって。

「……やはり、な」

 それを見ても、ウードは大して動揺もしない。
 糸状のマジックアイテムの塊であるウードには、『解除』を纏ったデルフリンガーは致命的であるにも関わらず、だ。
 デルフリンガーに対処は不可能と見切りをつけて、ウードは残った蜘蛛脚でサイトの身体を引っ掛けて投げ飛ばす。

 状況は一旦仕切り直し、といったところだ。

「ほら、参加資格はある。私は虚無の使い魔だ。ついでに虚無遣いでもある」

「馬鹿な! リーヴスラシルは、アルビオンの虚無が刻むもののはず!」

 ヴィットーリオが珍しく声を荒げる。
 リーヴスラシルは、『方舟計画』と虚無魔法『生命』の鍵なので、それも当然か。

「くふふ。うちの聖人グレゴリオクローンの工房は、アルビオンにもあるのだよ。そして、何だっけ、『使い魔を選ぶのは、運命と愛』だったかな?」

 怪人蜘蛛男が、陰気に笑いながら語る。

「じゃあ“愛”とは何だろうなあ」

 クツクツと、ウードは笑う。

「千二百年前の聖人グレゴリオの使い魔(ヴィンダールヴ)は、私のクローンだった。私の魂とも、虚無の運命は交錯しているのだよ。虚無の使い魔になる素質は、私にもある」

 そして。

「千年間ずっと弄ばれた、聖人グレゴリオの魂は、私のことをどう思っているのかな? きっと恨んでいるだろう、きっと憎んでいるだろう、きっと殺したいと思っているだろうなぁ。くふふ」

 演説は続く。

「それは最早、愛と呼べるのではないかね? そうだ。愛とは怨恨。愛とは憎悪。愛とは殺意! いとしいだとか、一緒に居たいだとか、そんな生温い気持ちで、運命の軛を断ち切れるものかね!?」

 その言葉に従って、ウードは腕を広げる。
 ウードの胸が、ぐじゅぐじゅと蠢き、肋骨が観音開きに開く。
 その胸部装甲が開いた内側には、どこかヴィットーリオに似た顔立ちの幼い子供が埋めこまれていた。

 その子供は、血涙を流して、表情を憎悪に、そして悔しさに染めて叫ぶ。

『ぁ、アアアアアアァァァァアアアあああ!!』

 子孫よ、どうか、仇を討ってくれ、と、千年前の虚無遣いの聖人グレゴリオが無念の叫びを上げる。

「っ!? まさか、取り込んだの!? さっきの『ディスペル』は、グレゴリオクローンを取り込んでいたから!?」

「ああ、そうだ、ルイズ・フランソワーズ。虚無の力とは良いものだな。内側から燃えるような、魂からの怨恨、憎悪、殺意! それすらも心地良い。千年間弄ばれ続けたグレゴリオ・セレヴァレの想いが、汲めども尽きぬ精神力となっているのがわかるぞ。全ての時空の父祖であるヨグ=ソトースに連なるこの力を持っていれば、君たちのように増長するのも頷けるというものだ!」

「最悪……!」

「そう褒めるな」

 嘲るようにそう呟いたウードは、グズグズに崩れたシルエットを人の形に整え直す。
 叫びを上げるグレゴリオクローンも、装甲に包まれ直されて、見えなくなる。

「まあ、今ここでどうにかしようというわけではない。今日はただの顔見せだからな」

 ウードの足元に『世界扉』が開き、ズブズブと沈んでいく。

「進歩には目標が必要だ。進化には競争が必要だ。進撃には外敵が必要だ。それも適度な難易度の相手が望ましい。君たちが敵に価するまで待ってあげよう。共に切磋琢磨していこうじゃないかね。それに、もう既に千二百年過ごしてきたのだしな。今の時代もその千二百年の流れの一刻に過ぎない。待つことには慣れている。……ああ、そうだ、今ここで、私と戦えるとすれば、デルフリンガーの中身くらいじゃないのかな?」

 一旦ウードは言葉を切る。

「そう、デルフリンガー。『ディスペル』を絡めとって纏うなんて芸当は、余程、虚無魔法に精通していないと出来無いはずなのだがね。かつてシャンリットで君を研究したときに、『記憶(リコード)』で君の記憶を遡ったが、ブリミルを刺した瞬間までしか遡れなかった。つまり、君の意識は、魂は、その瞬間に、生じたというわけじゃないかね? ブリミルが死んだ瞬間に。……まあ、これも所詮仮説に過ぎない。シャンリットの『リコード』の精度が、デルフリンガーに掛けられたプロテクトを上回っていないだけのような気もするしな。……くふふ、では、またな、虚無の担い手たちよ」

 ルイズたちはそれを憎々しげに見ている。

「いずれ殺す。必ず殺す」

 ルイズ・フランソワーズはギリギリと歯を噛み締めて、悔しげに吐き捨てる。
 今、ここで一戦やらかすには、実力に差があり過ぎた。
 千二百年の積み重ねを甘く見ていたと、言わざるをえない。

「その時には助力しますよ、ルイズ・フランソワーズ。聖人グレゴリオと、リーヴスラシルをあの蜘蛛男から解放しなくては、『方舟計画』がままなりません」

 ヴィットーリオも、ウードに敵対するようだ。
 リーヴスラシルは『生命』の要なので当然か。
 ウード・ド・シャンリットを滅ぼし尽くすことはできずとも、内側に捕らえられたグレゴリオクローンを殺して、その魂を解放することくらいは可能なはずだと、ヴィットーリオは考えている。

「余は最早どうでも良い。奴はガリアの害になる訳ではないしの」

 ジョゼフはどうでも良さそうだ。
 殺せそうだからノリでチョッカイを出してみたものの、目の前に現れない限りは、わざわざ探し出して殺そうとは思わない、ということだろう。
 ジョゼフは今や、家族サービス重視のお父さんであるからして。

 ルイズが杖を振り、ガリア、ロマリアに通じる『世界扉』のゲートを作る。招いたなら、きちんと帰さなくてはならない。送迎サービスは万全である。
 ジョゼフとヴィットーリオが、それぞれの使い魔を伴ってゲートを潜って、国に帰っていく。
 第三回虚無会議は、後味が悪く終了したが、ルイズにとっては敵を再認識するいい機会になったと言える。

「帰るわよ、サイト」

「あ、ああ」

「見たわね? 憶えたわね? あれが私の敵よ」

「ああ、刻みつけたぜ、ルイズ」

 サイトは後ろからルイズに追いつき、その手を握る。
 彼女の手は震えていた。
 きっと指摘しても、『武者震い』だと誤魔化されてしまうだろうから、サイトはそのことを指摘しない。
 ルイズがサイトの手をそっと握り返す。

【なあ、相棒……】

「無理に話さなくていいぜ、デルフリンガー。俺は敵よりも、お前を信用する。相棒だからな」

「そうよ、いちいちあの千年教師長の言葉を真に受けてたらやってらんないわ」

 二人とも、デルフリンガーには何も尋ねない。
 敵の言葉に惑わされて、身内を疑うなんてことをしている余裕はない。
 それに、過去のことは、終わったことだ。

【ありがとうよ。サイト。ルイズ】

 だが、その気遣いが、デルフリンガーには嬉しかった。


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妄想設定&厨二病大爆発の巻
「デルフ=ブリミル」説は、あくまでウード君の妄想です

次回、オルゴール回収

2011.03.02 初投稿


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