「オーブは他の中立国、赤道連合、リーベン、スメリアと同盟を締結した!!」
これが、重大発表があると開かれた記者会見で、オーブ元首、ウズミ・ナラ・アスハが発した最初の一言であった。その一言に国中がどよめきが走った。
しかし、ウズミは威厳ある言葉を続けた。
「オーブが今後も中立を貫くという方針に変更はない。だが、現状のオーブでは連合、もしくはザフトが攻撃を仕掛けてきた時、それに耐え切れるだけ力が無い。この同盟は他国の侵略に対し、備える為のものである。オーブがオーブである為の唯一の道として選ばれたものである。今後、オーブは他国の侵略を受けた時、同盟国の支援を受けられ、また同盟国が侵略を受けた時、支援する立場になる。この同盟はオーブの理念の一つ、“他国の侵略を許さず”を重視したものだ」
ここで、ウズミは一度息をつく。記者も、国民も、じっと黙って、続く言葉を待つ。そして、ウズミは再び口を開いた。
「このような、重大な出来事を、国民に打ち明ける事も無く、推し進めてしまった事はまことに申し訳なく思う。だが、この同盟が中途半端な状態で連合やザフトに知られてしまう恐れがある為、明らかにする事はできなかった。だが、私はこの得た力をオーブの国民の命と!!誇りと!!権利を!!守る為に使う事を約束する!!」
その言葉に国中で歓声が起きた。こうして、中立国同盟は国民に明らかになり、世界に知られるようになった。これは、オーブと赤道連合が同盟を結んでから19日目。そして、それは奇しくもザフト最大の作戦スピット・ブレイクが発動された僅か6時間後の事だった。
・
・
・
>>>>オーブ記者会見7時間前
「シホ・ハーネンフース、ただいまより、ジュール隊に所属させていただきます!!よろしくお願いします!!」
敬礼する黒髪の少女、シホ。彼女は、赤服を着ていた。アスラン達の一期下の世代でアカデミーを優秀な成績で卒業したエリートであった。
「ああ、働きに期待しているぞ」
それに答えるイザーク。彼は現在、新たに結成されたジュール隊の隊長を務めていた。これは、アスランが特務隊に異動し、部隊を外れた為である。
「まもなく、スピット・ブレイクが発動される。これは、ザフトの命運を駆けた重要な任務だ。新米隊員だからと言って甘えた事は言うなよ」
「はい、必ずやお役に立って見せます!!」
シホが再び敬礼して答える。彼女はアスランの代りの補充要員として、新しく部隊に編入された唯一の隊員だった。補充要員がたった一人なのは、ザフトでもずば抜けた実力を持つイザーク隊に生半可なパイロットを加えたとしても足手まといにしかならないという評議会の判断であり、それはまた、選ばれた彼女がそれだけ優秀なパイロットであるという証でもあった。
「グゥレイト!! 女の子が入るとやっぱ華があるねえ」
その時、ディアッカが横から茶化すように言った。それに対し、イザークが睨みつける。
「ディアッカ、新人の前であまりふざけるな。それに、あまり調子に乗っていると、シホに抜かされる事になるぞ」
「大丈夫だよ。なんてったって、俺のバスターも強化してもらったしな」
それに対し、不敵な笑みを浮かべるディアッカ。バスターには大型バッテリーとその重さを補うブースターが追加され、銃身にも改良がされた事で、機動力がそのままに火力が大幅アップさせられていた。
「ばっちりやってるから、まかしときな。っと、いう訳で、俺とデートしない」
真面目な表情で答えた後、表情を崩し、いきなりシホにナンパをしかけるディアッカ。それに対し、シホは慌てたように言った。
「だ、駄目です。私はイザーク隊長の事が・・・あっ・・・」
言ってから顔を赤くするシホ。ヒューっと口笛を吹くディアッカ。それに対し、イザークはあまりわかっていないようだった。
そして、スピット・ブレイクが発動される。だが、その目的地は前々から言われていたパナマではなく、アラスカ。味方すら騙した裏を欠いた作戦。しかし、この目論見はたった一人の裏切り者の手によって崩されることとなる。
もっとも、彼に聞けば裏切り者ではないと言うかもしれない。何故なら、彼は最初からザフトの味方などではないのだから……。
・
・
・
「国民に受け入れられてほっとしましたよ」
「ああ、まったくだ」
アムロとダイキが対話する。同盟が結ばれてから発表まで19日。この間に、すでに中立国各国では、MSの製造が始まっていた。オーブは中立国に対して、M1アストレイの製造データを渡し、同時に完成品の輸出も開始している。中立国同盟は形だけではなく、内情が整いつつあった。ただし、まだ完璧とは言えない。事実、他国に提供するOSは最新のものから見て1世代前のverを使用していた。同盟を結んだとはいえ、その信頼関係はいまだ浅かった。
「モルゲンレーテからの技術提供のおかげで空戦ユニットの開発も何とかめどがつきました。コストの問題で全機に配備とは行きませんけどね・・・」
開発に困難を極めたM1クロスの飛行ユニットは先にそれを完成させたM1アストレイのフライトユニットの技術を取りいれ、完成に近づいていた。そして、M1アストレイはこれらの成果により再評価され、一時は中断されていた生産が国内でも再開されていた。
「そうか、まあ、それはいいだろう。ところで、あの少年はいまだに家に帰ってないのかね?」
アムロの話に頷いた後、ダイキが尋ねる。それを聞いてアムロは苦い顔をした。
「ええ、モルゲンレーテでの宿舎で」
ダイキの言う少年、それはキラの事だった。オーブに帰りついてから既に3週間が経過するにも関わらず、キラは家に帰って両親に会う事もユズハ達友人に会う事もしなかった。
一度は断ったOSの改良を引き受けてまで、モルゲンレーテの宿舎に寝泊りをしている。そのことについては口止めをされているので、アムロからも話してはおらず、ユズハ達はいまだに彼がオーブに居る事さえ知らなかった。
「一体何があったのだろうな」
「戦場では辛い事はやまほどあります。ましては、彼はコーディネーターですしね」
アムロ自身NTとして特異な存在として扱われた事がある。恐らくは彼も同じような何かがあるのだろうとアムロは考えていた。
「ふぅ。無理もあるまい、彼はまだ子供だ。しかし、このままと言う訳にはいかないだろうな。どんなに辛い事があろうと、人は生きている限り、何時かは立ち上がらなくてはいかんのだから」
「そうですね。何かきっかけがあればいいんですが……」
ダイキの言葉にアムロは胸が痛い思いを受けながらそう呟いた。
・
・
・
「ねえねえ、昨日の記者会見見た?」
「おう、見た見た、こっちに移住してきてもさあ、オーブもいつヘリオポリスみたいになるんじゃないかって心配だったけど、元からオーブに居る奴は根拠もなく大丈夫だって安心しきってるしさあ。けど、あんな、味方が出来るなんて頼もしいよな」
「そうだよね」
ウズミの記者会見の翌日、ミリアリアとトール、カズィが学校への道すがら会話する。3人はオーブ本国に移住した後、こちらの大学に編入して通っていた。
「ねえねえ、ユズハはどう思う?」
そこで、ミリアリアが隣のユズハに話しかける。彼女も数日前に編入手続きを済ませ同じ大学に通っていた。
「あ、うん、そうだね……」
ミリアリアに対しユズハの返したのは気の無い返事。自分が何もしていない間に、世界がどんどん動いている。ユズハはその事に漠然とした不安を覚えていた。フレイやサイの乗るアークエンジェルは今も戦い続けている。こうしている間にも、連合はオーブに攻めてくるかもしれない。何かしなくてはいけないのでは無いかという脅迫観念に捕らわれるか、何をしていいのかわからない。ユズハは今、そんな状態だった。
「どうかしたの?」
ユズハの様子がおかしい事に気付いたミリアリアが心配そうに尋ねる。彼女だけでなく、トールとカズィも同じような表情をしている事に気付いた。
「えっ!? なんでもない、なんでもないよ!!」
慌てて誤魔化す。その露骨な態度に3人は明らかに疑った顔をする。
「隠し事なんてしないで。よかったら、私達にも打ち明けてよ」
「そうだよ。僕達アークエンジェルじゃあ、一緒に戦ったりした仲間じゃないか。まあ、僕達は直ぐに降りちゃったけど……」
終盤、尻すぼみになっていうカズィ。しかし、ユズハはその気遣いが嬉しく思い、だからこそ言えなかった。
「ありがと、でも、ほんとに何でもないの」
「そうか? まあ、いいけど、ほんとに辛かったら、言ってくれよ。俺達で頼りになるかはわからないけどさ」
そうトールが答え、ユズハは“うん”とだけ返した。
・
・
・
「ムウ・ラ・フラガ少佐、ナタル・バジルール中尉、フレイ・アルスター二等兵以外の乗員はこれまでどおり、艦にて待機を命じる」
これが、アラスカにたどり着いたアークエンジェルクルーに出された指示だった。面食らったフラガが尋ねる。
「では……我々は?」
「この三名には、転属命令が出ている。明朝○八:○○、人事局へ出頭するように―――以上だ」
あわただしく資料をまとめ、部屋を出て行こうとするサザーランドをナタルが慌てて呼び止めた。
「あの……アルスター二等兵も転属、というのは……?」
転属の基準がわからず尋ねた彼女に、サザーランドは眉を上げて答えた。
「彼女の志願の理由は聞いているだろう? アルスター家の娘でもある彼女の言葉は、多くの人の胸を打つだろう。その志願動機とともにな。彼女の活躍の場は、前線でなくてもよいのだよ」
つまり、それはフレイを宣伝灯として使おうという事だった。その言葉にマリューは苦いものが口の中に広がるように感じた。
・
・
・
部屋の天井を見上げる少年、キラ・ヤマト。彼は何をするでもなく、部屋で寝転んでいた。
「今日で何日だっけ……」
OSの改良は数日で終わってしまい、それ以来特にやる事もなかった。もともと完成度は高く、部分的には彼でさえ、感嘆する所のあった、M1アストレイのOSは全体的な見直しを含め、極僅かな改良だけでする事はなくなってしまったである。それでも、エリカは感謝し、作業が終わっても宿舎に寝泊りできるよう会社にかけあってくれたが、いつまでもそれに甘える訳にはいかないだろう。
「僕は、どうしたらいいんだろう……」
部屋に力ない呟きが響き渡るのだった。
アラスカ襲撃まで後、42時間
(後書き)
中立国に対する情報です。
(現在同盟を結んでいる中立国)
赤道連合
リーベン(旧沖縄・小笠原諸島)
スメリア
(地理的な関係上いまだ同盟を結んでいない中立国)
スカンジナビア王国
スイス