ガンドルフィーニは憤慨していた。
バージル=ラカンは危険だ。
自分はこれまで、何度も学園長に彼に厳格な処置をするよう促してきたが、全く取り繕ってくれなかった。
ここ最近は大人しくこのままなら大丈夫かと、見通しが甘かった自分達にも責任はあるだろう。
しかし、その為に昨日の大地震の件で如何に自分達の認識が甘かったのかと痛感させられた。
原因は間違いなくあの少年。
あの地震のお陰で、地下の水道管は幾つも破裂破壊が起こり、地盤にも悪影響を及ぼしている。
発電所は今も停止しており、住宅街地区には余震の恐れもあると言うことで火器の使用は禁止されている。
今は他の教師の方々は業者の皆様と共に、事態を安定させる為の作業に入っている。
徐々に事態は安定を保ち始めてはいるが、それでも人々の恐怖は拭いきれなかった。
これ以上、彼をここに留めておくのは危険だ。
ガンドルは学園長に直談判をする為に、単身で学園長室に乗り込み。
「学園長、お話があります!」
近右衛門にバージルについての今後を話し合おうとした。
しかし。
「が、学園長!?」
「…………」
席に座り、灰のように真っ白となった近右衛門を前に、ガンドルは慌てて駆け付けた。
机にあるのは山のように積み上げられた書類の山。
全ての書類にサインや手続きの書留が記されており、ガンドルは悟った。
そう言えば、この学園長はここ最近外で見かけた事がない。
それに、業者の方々も対応が早く、状況の安定は思ってたよりも早く片付いた。
そう、全ては学園長一人で手配していたのだ。
「学園長、しっかりして下さい! 学園長!!」
「へへ、ガンちゃん。儂……燃え尽きたよ。真っ白にな」
満足した笑みを浮かべて、近右衛門は気を失った。
そして、今回の騒動の張本人であるバージルはというと。
「マンゴープリンまいう〜」
南の島にて、傷付いた体を浜辺にあるパラソルの下で癒していた。
何故こうなったのか、それはバージルが図書館島での激闘を終えた次の日の事だった。
思った以上にアルビレオから受けたダメージが酷く、本調子では無かった頃。
バージルが痛めた体を動かし、空腹を満たすために外へ出ようとした時。
ネギ=スプリングフィールドと近衛木乃香の二人が訪れ、南の島に行かないかと誘ってきたのだ。
何でも、彼の生徒の一人である雪広あやかがネギを南の島へ招待したいのだと。
何故そこで自分が出てくるのかとバージルは疑問におもったが、特に断る理由もないし美味いものが食べられるのならば、バージルはどちらでも良かった。
それに、エヴァンジェリンの別荘も完全には修復されていない為、結局付いていく事になる。
だが、ここで一つ問題があった。
それは、ネギの生徒達が喧し過ぎる事。
お陰でここに来るまでの間、飛行機の中では質問攻めにあった。
あまりにも喧しいから思わず殺気を飛ばし、一番五月蝿かった双子のチビを気絶させてしまう。
それ以降特に騒ぐ事はなく、バージル達は南の島へ無事到着した。
一時は大人しくなった女子中学生達だったが、一度海を前にすると再び活気を取り戻し、今はおおはしゃぎで騒いでいる。
そんな彼女達から離れ、バージルはトランクス型の水着を履いて、黒いグラサンを掛けて一人マンゴープリンを頬張っていた。
そして50杯目を食べ終わったグラスを右のテーブルに置いて、左のテーブルに置かれてある次のマンゴープリンに手を伸ばした時。
「はぁ、やっと解放されました」
バージルのパラソルの下に、ビキニ姿のシルヴィが此方へ近付いてきた。
今回の南の島へ招待されたのは、バージルだけではない。
シルヴィもまた、今回の旅行へ参加していたのだ。
恐らくは3−Aの誰かが誘ったのだろう。
シルヴィは以前告白事件で騒がれた張本人。
その為に彼女もバージル同様、彼女達に散々な目にあったのだ。
「……お前はこう言うのは苦手だと思っていたんだがな」
「私の目的は貴方の監視、ついていくのは当然です」
誤魔化すのに必死で、漸く質問の嵐から逃れてきたシルヴィだが、バージルに対し応えるだけの気力はあるようだ。
「これはやらんぞ」
「いりませんよ。というか良くそんなに食べれますね」
「食べ物はどんなに食べても飽きないからな」
それだけを言うと、バージルは再びマンゴープリンを食べ始める。
無邪気にプリンを食べるバージル。
まるで戦っている時とは別人の顔をするバージルに、シルヴィは少し頬を緩ませて愛くるしい思いを抱く。
しかし、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。
「っ!」
バージルの顔から少し下へ視線を向けると、シルヴィは言葉を詰まらせた。
右胸に刻まれた……何か貫かれた様な傷痕。
左腕には、切り刻まれた傷痕。
右腕、左足、腹部、バージルの体の至る所に、様々な傷痕が残されていた。
中には致命傷だと思えるような深いものまである。
その傷痕の数々が、バージルがこれまでどんな生き方をしてきたのか、容易に想像できた。
たった10年しか生きていないのに、その内容は血で埋め尽くされ、戦いに染まり。
人とはかけ離れた生き方を、自ら進んで行ってきたのだ。
全ては、たった一人の男を超える為に……。
先日、エヴァンジェリンの別荘で目撃したバージルの相手。
それは、バージルの父で嘗ての英雄ジャック=ラカン。
バージルは自らの父親を超える為に、あそこまで自分を追い詰めていた。
誰もが出来る事じゃない。
たった一つの目的の為に、ここまでがむしゃらになれるものなのか。
シルヴィは改めてバージルの凄まじさを覚えていた。
すると。
「……何だ? やっぱりお前も食べたいのか?」
「へっ!?」
「さっきから視線を感じるのだがな……」
「あ、あう……」
「まぁいい、元々お前の目的は俺の監視だ。視線も不愉快なものでもないしな」
それだけ言うと、今度はマンゴープリンではなく、バージルはパイナップルの果汁100%ジュースの入ったグラスを手に、一気に飲み干した。
幼い顔とは裏腹に鍛え抜かれた肉体と全身に刻まれた傷痕。
10歳の少年にしては異質過ぎる雰囲気を纏うバージルに、シルヴィ以外誰も近付こうとしない。
筈だった。
「こんにちは」
「?」
バージルがマンゴープリンを食べ続け、70杯目を手にした時。
おっとりとした声が聞こえてきた方へ振り向くと。
「貴方は……遊ばないの?」
「!」
「っ!?」
たわわに実った果実に、シルヴィは頭に鈍器で殴られた様な衝撃を覚えた。
「誰だお前……」
「私は那波千鶴、飛行機の中ではあまりお話出来なかったから……」
「それで?」
「貴方と、少しお話したいの」
那波千鶴。
3−Aのクラスの中で、外見も内側も成熟した生徒。
女子中学生とは思えないプロポーションの持ち主で、たわわに実った果実は多くの男性を虜にする。
男性学生は密かに彼女を“ダブルオー”と呼んでいるのは、割とどうでもいい話である。
千鶴は保育園でアルバイトをしており、その為か彼女は女子中学生とは思えない落ち着きを持っている。
そんな彼女は、一人マンゴープリンを頬張っているバージルの事が“孤独”に見えた。
別に偽善ぶっている訳ではない。
だが、一人でいるバージルの事が気に掛かった。
側に今日知り合った女の子が一緒にいるけれど、千鶴にはバージルは“一人”にしか見えなかった。
「何で俺がお前と話をしなければならない?」
「貴方と……友達になりたい。それじゃあダメかな?」
微笑みを浮かべながら訪ねてくる千鶴。
しかし。
「トモダチって何だ?」
「え?」
知らないという風に首を傾けて逆に訪ねてくるバージルに、千鶴は目を見開いた。
友達を知らない。
バージルの表情から見て、嘘をついているようには見えない。
友達そのものを知らないと言い放つバージルに、千鶴は何て言えばいいか分からなかった。
「話はそれだけか? シルヴィ、行くぞ」
「え? は、はい……」
パラソルから離れ、場所を移すバージルに言われるがままに付いていくシルヴィ。
千鶴は離れていくバージルに言葉を掛ける術がなく、ただその後ろ姿を眺めている事しか出来なかった。
パラソルから離れて数分。
ただ何をする事なく、浜辺を歩いているだけの二人。
ただ会話もなく、歩いているだけの時間。
しかし、シルヴィはどこか楽しかった。
それに。
(似てる……)
シルヴィは思った。
バージルとフェイトは、何となくだがどこか似ている。
決して他者と関わる事はなく、たった一つの目的の為に突き進むバージル。
受け継がれた意志の元に、どんな手段を用いても計画を遂行させようとするフェイト。
目標こそは違うが、目標の為に前へ進むバージルにシルヴィはフェイトが彼処まで彼に惹かれる理由が分かった気がした。
「あ、あれ?」
つい考え事をしていた為、バージルを見失ったシルヴィ。
辺りを見渡し探すと、海辺に向かって佇むバージルを見つけた。
「何を……しているんだろう?」
まさか泳ぐつもりなのか?
シルヴィがただ立ち尽くすバージルに声を掛けようとした。
瞬間。
「邪王!!」
「っ!?」
「皇……炎……」
突如、バージルは大声を上げて奇妙な動きをし。
「天竜! 咆哮!! 爆裂閃光魔神斬空刃亜慈瑠拳!!」
拳を突き出し、その際によって生じた拳圧が海面を爆発させて水飛沫を巻き上げる。
降り注ぐ水飛沫の雨に打たれながら、いきなり理解できない行動を起こすバージルにシルヴィは呆然となった。
すると、バージルは苦虫を噛み砕いた様に表情を渋くさせ、悔しそうに拳を握り締めた。
「くっ、まるでダメだ。技名が長すぎる。語呂も悪いし名前を入れるのも。……いっそ羅漢拳とシンプルにするか? イヤダメだ、それじゃあ奴と被ってしまう。エクストリームブラストの他に技を考えるのは良かったが、まさかここまで難しいとは……認めたくはないがジャック=ラカン、大した奴だ」
無意識に氣を纏い、一人ブツブツと呟くバージルに、シルヴィは声を掛けるのを躊躇っていた。
というか、無闇矢鱈に氣をブッ放さないでほしい。
そんなシルヴィの心情とは裏腹に、バージルは自らの新しい技の開発に勤しんでいると。
「あ、あの!!」
「ん?」
声を掛けられ、反射的に振り返ると。
二人の少女が、少し怯えた様子で此方に近付いてきた。
「あ、あの、私、宮崎のどかと言います」
「私は綾瀬夕映と言います。バージル=ラカンさん、いきなりで申し訳ありませんが、お願いがあります」
「あぁ?」
突然訪ねてくる二人に、バージルは何なんだと眉を吊り上げ。
「せーのっ!」
「私達を!」
「弟子にして下さい!」
いきなり告げられる弟子入りに。
「………はい?」
バージルはキョトンと、目を点にしていた。
〜あとがき〜
更新が遅れた上にグダグダな展開。
誠にすみません!
そして次回の更新は、番外編としてフェイト側のifを書こうと思います。
そして、やはりバージルはラカンの息子だという罠