気付かなかった。
修行で身に付け始めていた氣の探索術も、匂いや気配も感じなかった。
精々分かるのは、骨格からして相手が男だという事。
何者だ?
バージルは背後に立つフードを被った男と向き直り、警戒を強める。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
フードの男はそれを見透かす様にクスリと笑みを溢した。
気に入らない。
まるで見下す様な態度の男に、バージルは必然と拳を握り締める。
「おや、どうやら逆効果でしたか。あまり事を荒らげたくはなかったのですが……」
顎に手を添えて、如何にも困ったと表す男にバージルは更に苛立ちを募らせる。
「おい」
「ん?」
「お前、何者だ?」
ギロリと睨み付けるバージル。
鋭い眼光と共に発せられる殺気に空気がビリビリと震え、バージルは男に覇気を容赦なく突き付け。
それを前に、男からのおちゃらけた態度は消え、フードの男の表情は真剣なものへと変わった。
「失礼、私の名前はアルビレオ=イマ。この図書館島の司書長を勤めています」
「っ!」
その名前を聞いたバージルは、僅に眉を吊り上げた。
アルビレオ=イマ。
それは嘗て大戦期に千の呪文の男と共に戦場を駆け巡り、様々な功績を残した紅き翼の英雄の一人。
「お前が……アルビレオ=イマ」
「はい。お父さんから少しは私の話を聞いていた様ですね。バージル君」
「っ!」
名乗った訳でもないのに自分の名前を言い当てる。
……どうやら本物の様だ。
この際、何故自分の名前を知っているかはどうでもいい。
千の呪文の男と共に戦っていたとされるこの男ならば、奴の情報を何かしら知っているのかもしれない。
地図に記された手掛かりの図、それは恐らくコイツ自身。
ならば。
「お前に聞きたい事がある」
「はい?」
「ナギ=スプリングフィールドは何処にいる?」
「お答えできません」
瞬間。
バージルがいた足場はグボンと凹み、バージル一瞬にしてアルビレオとの距離を詰めて、その顔面に向けて蹴りを放つ。
アルビレオ=イマは紅き翼の中でもかなりの曲者。
最初からマトモに話が聞けるとは思ってはいない。
ならば、残された選択肢はただ一つ。
力づくで聞き出すのみ。
相手は大戦の英雄、不服も不足もない。
バージル振り抜いた蹴りはアルビレオの顔面を捉えた。
しかし。
「っ!?」
バージルはそのままアルビレオとスレ違い、ガリガリと地面を削りながら着地し。
振り抜いた蹴りの衝撃波が地面を抉り、土煙を巻き上げる。
(避けた? ……いやまさか)
バージルの蹴りは間違いなくアルビレオを捉えていた。
なのに手応えが全くなかった。
まるですり抜けた様に、空気を相手にしているかの様に。
(……成る程、そう言う事か)
バージルは自分の攻撃が通らなかった理由を知り、ゆっくりと立ち上がる。
その際に浮かべた不敵な笑みが、アルビレオの表情を曇らせた。
「流石ですね。もう私の正体を掴んだのですか」
「ま、何となくだがな」
そう言ってバージルは拳を握り締め、構えを取った。
恐ろしい子。
アルビレオがバージルに対する印象はこれだ。
たった一度拳を交えただけで相手の術や技を見切る動体視力と洞察力。
そして、常識ではあり得ない……魔法も使わず、己の肉体のみで戦える卓越した戦闘技術。
まるで、戦う為だけに生まれた存在。
(全く、ジャック=ラカンも恐ろしい子供を拾ったものです)
アルビレオは今はこの場にいない嘗ての盟友に、内心で悪態をついた。
対するバージルは愉快そうに口元を歪め、全身から氣を吹き出して緑色の炎を纏い。
「まぁいい。お前が自分から奴の情報を吐き出すまで、付き合ってやるよ」
「それは……随分体力に自信があるのですね」
「それだけが自慢だ」
バージルは、通用しないと分かっていながら、敢えてアルビレオに突っ込んでいった。
話を聞こうとすらしない。
それはアルビレオにとって、最も苦手とする人種だった。
魔法世界某所。
暗く、灯りのない闇の空間。
人工的に産み出された闇の中で、一人のフードを被った人間が佇んでいた。
長身でフルフェイスのマスクをしている為、性別も種族も分からない。
「……ムゥ、マズイな」
目の前に漂う水晶。
透明な水晶に映し出された光景に、マスクの人間は困惑の声を漏らす。
「デュナミス、“扉”の様子はどうじゃ?」
「!」
背後からの声に、デュナミスと呼ばれた人間が振り返ると。
自分と似たようなフードコートを身に纏った少年が佇んでいた。
何一つ物音を立てず、一切の気配を感じさせずにデュナミスの背後に立つ少年。
フードから覗かせる顔つきは、バージルやネギと同年代に思わせる。
そんな少年を前に、デュナミスは大して驚いた様子も見せず、溜め息混じりに振り向いた。
「思わしくないな。10年前よりも徐々にだが大きくなっていく……このままでは」
「“侵略者《インベーダー》”の方は……どうなっておる?」
「テルティウムの……アーウェルンクスの従者の報告によれば、大した動きは見せず修行に明け暮れているらしい」
「……あれだけの力を持っていながら、まだ高みを目指すか」
デュナミスから告げられる話に、少年は呆れた様に溜め息を漏らす。
「ジャック=ラカンも、大戦期よりも遥かに力を増している。……厄介事が多すぎる。このままでは我々の計画が」
デュナミスは顔を抑え、酷く嘆いていた。
「別に、奴に対してはそれほど悩む必要はなかろう」
「…………」
「如何に強くなろうと、奴も所詮我等と同じ人形。人形師にはどう抗おうと逆らう事は出来ないからの」
少年は無表情だが、デュナミスには何処か笑っている様に見えた。
「何れにせよ。儂等はアーウェルンクスと合流するまで待機。動くのはそれからじゃ」
それだけ言うと、少年は踵を返して立ち去り、少年は闇の中に消えていった。
残されたデュナミスは、水晶に映し出された映像を眺め、マスクの間から見える目を鋭くさせ。
「侵略者……バージル=ラカン」
その手を強く握り締め、憎しみを込めて名前を溢した。
水晶に映し出される光景、そこに見えるのは真っ黒な景色。
その中に点々と浮かぶ輝き、それは星々の煌めきそのものだった。
宇宙。
デュナミスは無限に広がる大宇宙を前に、ギリッと歯を噛み締める。
広大に広がる宇宙の光景。
その中に、穴が空いた様にポッカリと隙間があった。
その穴の中心には不気味な輝きが灯っており、怪しく光っている。
目の形をしているその穴は、微弱ながら力を発しており、僅かずつだが周囲の空間に侵食するように広がっていた。
「貴様が、全ての災厄の根源だ」
悔しそうに、怨めし気に吐くデュナミスの呟きは、薄暗い空間の中へと溶けていった。
「ジャラァァァッ!!」
「フッ」
アルビレオに向けて、拳の乱打を打ち込むバージル。
しかし、幻影のアルビレオには物理的攻撃など一切通用せず、バージルの拳は虚しく空を切るだけに終っていた。
幾らやっても無駄。
しかし、バージルはそれを承知の上で行っていた。
無駄だと分かっていながら、バージルは敢えて幻影のアルビレオに攻撃を加えていた。
何故そんな事をするかって?
理由はない。
ただ、暇潰しに戦っているだけ。
確かに、相手は此方の攻撃が一切通用せず、反則と言っていい程デタラメな術を使っている。
この世界樹に宿る魔力が要因の一つであるかは定かではない。
だが、バージルにはそんな事はどうでも良かった。
少なくとも、目の前の相手はそれなりに楽しませてくれる。
「フンッ」
「………」
砂塵の中から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべるバージル。
対するアルビレオは、微笑みを浮かべてはいるが、額から大粒の汗を流していた。
喩えアルビレオが反則的な技を使っていようと、それは術を以て現した幻影に過ぎない。
その程度、今のバージルには幾らでも破る方法があった。
そう、精神的に追い詰められていたのは、バージルではなくアルビレオの方なのだ。
「フッ!」
「?」
バージルに向けて、アルビレオは掌を向ける。
すると、バージルを中心に足場がベコリと凹み、メキメキと窪んでいく。
重力魔法。
アルビレオの最も得意とする魔法。
文字通り、通常とは異なる重力を以て相手を押し潰す魔法なのだが。
「またこれか」
バージルはやれやれと溜め息を吐きながら、呆れた様子で肩を竦めていた。
「……これは、通常よりも30倍も負荷を掛けているのですがね」
「既に負荷を掛けている状態に、今更この程度の重力を加えられてもな。……まぁ、それでもシャツ一枚の重さは感じるかな?」
そう言いながら、今度はバージルがアルビレオに掌を向けて。
「ヌンッ!」
「っ!?」
アルビレオに向けて、氣功波を放った。
バージルの放った氣功波がアルビレオに直撃、成す術なく吹き飛んでいくアルビレオは、壁に叩き付けられていく。
壁に磔にされるアルビレオ。
ガラガラと崩れる瓦礫と共に、アルビレオは地面へと着地する。
ダメージは無い。
しかし、予想を遥かに上回った力を持つバージルに、アルビレオは追い詰められていた。
(うーん。困りましたねぇ。まさかこんな事態になるとは)
やはり、大人しくバージルにナギの情報を教えてやるべきだったか。
しかし、今更もう遅い。
目の前のバージルは既にナギの情報から自分へと標的を変えている。
今はまだ遊んでいるだけだからそれほど心配はないが、もしその気になればこの場所は吹き飛んでしまうだろう。
それこそ、下手をすれば世界樹ごと跡形も残さずに。
(……仕方、ありませんね)
アルビレオは観念した様に溜め息を吐いて、一枚のカードを取り出した。
「バージル君、貴方の想像通り、私は君よりも遥かに弱い。ですので、少々大人気ないやり方に変えようと思います」
「?」
そう言って、アルビレオは一本の毛髪を取り出した。
「この髪は、最初に君が私に蹴りを放った時に頂いた毛髪です」
来たれ。
その呟きと共にカードが光だし、アルビレオの周囲は無数の本によって囲まれる。
「私のアーティファクト、イノチノシヘンの能力は特定人物の身体能力と外見的特徴の再生です」
「…………」
「これからはこの力を以て、私は貴方自身となってお相手致しましょう」
そう言ってアルビレオは、宙に浮かぶ一冊の本を取り出す。
その本には何の題名も書かれておらず、中身も白紙だらけ。
すると、アルビレオが手にしていたバージルの毛髪が栞へと変わり、それを本の間に差し込まれた。
同時に本に光が溢れ、バージルと言う名の本が完成する。
そしてアルビレオが本を掲げた瞬間、辺りは光に包まれた。
軈て、収まってきた光にバージルは目を開くと。
「っ!」
そこには、自分と瓜二つのアルビレオが、不敵な笑みを浮かべて佇み。
そして。
「お待たせ致しました。……さぁ、第二ラウンドを始めましょうか」
バージルとなったアルビレオは、本物のバージルに向かって駆け出していった。
〜あとがき〜
ども、アルビレオにオリジナル設定を付け足した作者です。
最近、番外編として主人公が完全なる世界に付いた物語を妄想しています。
そしてまた、あるDVDを見たお陰である電波を受信致しました。
フェイト「バージル君、君だけは僕が必ず……幸せにしてみせるよ!」
さて、モトネタは何でしょう?
正解数が20人を超えたらXXX板に挑戦してみようかな……。
なんてww