……響く。
『コイツが、――――の息子の?』
『あぁ、確か名前は―――だ』
頭の中に、声が……響く。
誰だ……お前達は。
俺の……何を知っている。
『それで? コイツの戦闘力は?』
『推定50、下級戦士に分類されるな』
お前達は一体、何なんだ?
『ふむ、なら適当な惑星に送るのが妥当だな。それで、どの惑星に?』
そして……俺は。
『惑星カノム。そこに決まった』
『それじゃあ、早速』
『あぁ……』
誰なんだ?
「また、あの夢か……」
バージルが住むマンションの一室。
バージルは頭を抑え、暗鬱の表情で窓から見える空を見上げていた。
まるで頭に靄が掛かったような感覚。
酷く、苛つく。
バージルは舌打ちをしながらベッドから起き上がり、洗面所に向かって顔を洗った。
そして、玄関にあった小包を開き、新しい服に腕を通す。
赤いラインの入った黒いジャケット。
ズボンも同様のデザインのもので、バージルは着替えると扉に手を掛けて自室から出ていった。
空を仰ぎ、空気の感じと人気の無さ、太陽がまだ顔を出したばかりの所を見ると、かなり早い時間帯に起きたようだ。
バージルはまだ生徒が登校していない大通りを歩き、朝の散歩を楽しんでいた。
すると。
「あれは?」
ふと、バージルの視界の端にある人物の姿が入った。
ネギ=スプリングフィールド。
千の呪文の男の息子が何故ここに?
バージルは辺りを見渡すと、どうやら自分はいつの間にか図書館島の近くまで来ていたようだ。
こんな所にいても何の意味もない。
バージルは踵を返し、元来た道を戻ろうとすると。
「どうしてダメなのですか!!」
「?」
ふと、バージルの耳に女子の声が響いてきた。
何なんだと思い振り返ると、そこにはネギに突っ掛かっている女子がいた。
身長はネギや自分と同じ位で、長い髪を二つに纏めたデコッパチが印象的。
「や、止めなよユエ〜」
酷く興奮している少女を、今度は傍に控えていたショートヘアの女の子がユエと呼ばれる少女を宥めていた。
大人しい……悪く言えば引っ込み思案と言うのが印象的な少女。
どちらもバージルには覚えのない顔だった。
何を揉めているのかは知らないが、心底どうでもいいバージルは今度こそその場から去ろうとする。
しかし。
「確かに、夕映さんとのどかさんには父さんの手掛かりを見付けてくれた事に関しては感謝しています。ですが……」
「っ!!」
ふと聞こえてきたネギの情報に、バージルは驚いた様子で振り返った。
ネギの父、即ち千の呪文の男に関する手掛かりがある。
本来の目的であるナギの情報を、思わぬ所から聞いたバージルは詳しい事を聞き出す為にネギの下へ歩み寄った。
「何故、何故そこまで拒むのですかネギ先生!」
「何度も仰った通り、此方側の世界は一体どんな危険があるか分かりません。修学旅行のような事もあるのですよ」
夕映とネギが言い合いをしている理由。
それはネギという魔法使いと深く関わりたいという事。
修学旅行の一件以来、非日常に対して強い憧れを抱いた夕映は、ネギに図書館島へ潜る際には自分も連れていって欲しいと、朝早く起床しネギを先回りして願い出たのだ。
これには勿論ネギは反対した。
魔法に関わると言うのは少なからず裏の世界に関わると言う事。
修学旅行の時の様な危険に巻き込まれてしまう可能性だってある。
実際、あの事件で死人が出なかったのは奇跡のようなもの。
あの様な事件に巻き込まれたら、今度こそ唯では済まない。
そもそもネギは父の手掛かりがあるとされる場所まで、様子を見に行くだけのつもりだった。
何度も何度もしつこく頼み込んでくる夕映、のどかもどこか期待した眼差しで見つめてくる。
どうしたものか。
ネギは何とかこの二人を納得させる糸口を探しだす。
と、その時。
「千の呪文の男の情報を手に入れたようだな」
「「「っ!?」」」
「詳しく聞かせて貰おうか?」
不意に聞こえてきた声に振り返ると、腕を組んで不敵な笑みを浮かべているバージルが、のどかと夕映の背後に佇んでいた。
突然聞こえてきた声と、振り返った先で見たバージルの姿に、二人は酷く驚き、目を見開いていた。
「あ、貴方は……」
突然現れたバージルに戸惑いながらも声を掛ける夕映。
目の前の少年は木乃香の実家で来客として、一度自分達と会っている。
(やはりこの少年も、ネギ先生と同じ魔法使い?)
夕映はバージルの事を自分なりに分析し始めた。
しかし、バージルは自分を呼び掛けている夕映の事など気にも止めず、ネギの方へと詰め寄る。
「ば、バージルさん……」
「応えろ。千の呪文の男の手掛かりを」
一方ネギは、いきなり現れたバージルに戸惑い、どうすればいいか分からなかった。
口調こそは最初に会った時と比べて、若干弱くなった様な気がしない事もない。
しかし、バージルの身の内から発せられる圧力は、自分達の足下に亀裂を刻んでいく。
ビシリと皹の入った地面に、夕映とのどかは何なんだと怯え始める。
ネギがどうすればと追い詰められたその時。
「よう、バージルの兄ちゃん。やっと来やがったな」
今までネギの後ろで隠れていたカモが、バージルの前に出てきたのだ。
「カモ?」
いきなり現れたカモに面食らうバージル。
その際に見せた僅かな隙を、カモは見逃さなかった。
「いやー、実は兄ちゃんにも一緒に来て欲しいと思ってさ。呼びに行こうと思ってたんだよ」
「……そうなのか?」
「あぁ、でもよ。兄ちゃんの居場所は分からないし、連絡手段もないからさ、正直困ってたんだ」
「…………」
「本当なら兄貴の試験の合間に話ておこうとかと思ったんだけど、兄ちゃんは兄ちゃんで修行に没頭してたからよ。中々話す機会がなくて」
無論、これらはカモが咄嗟に思い付いた出任せ。
しかし、ある意味カモの事を信頼しているバージルは、このオコジョの言うことを素直に耳を傾けたのだった。
「分かった。そう言う事なら……」
そう言って引き下がり、大人しくなったバージルに、カモは内心でガッツポーズをした。
そして。
「それと、兄ちゃんにはそっちの二人をお願いしたいんだけど……」
「か、カモ君!?」
「?」
突然言い出すカモの提案に、ネギは目を丸くした。
夕映とのどかは自分の生徒。
担任であり教師であるネギとしては、これ以上魔法に関わらせたくない。
ネギはカモに何を言っているのかと問い詰める。
しかし。
(兄貴、ここは一旦連れていった方がいい)
(だ、ダメだよ! 二人を危険な目には……)
(今ここで頑なに拒んだら、この二人の事だ。意地でもついてくるぞ)
そう言われて、ネギは改めて二人に目を向ける。
夕映は何がなんでもついていくと目で訴え、のどかもオドオドとしているがついていきたいと、夕映と同じように見つめてくる。
(ここは一度折れて、戻ってきたら後は誤魔化しゃあいい。俺っちも協力するから)
(うぅ……)
確かに、今強引に引き剥がしても、好奇心の強い二人はついてくるだろう。
ネギが向かおうとするのは、以前に訪れた場所よりも更に地下。
二人だけではかなりの危険が伴ってしまう。
ネギは一度バージルに視線を向けた後、深い溜め息を吐いて。
「……分かりました」
カモの提案を呑み、一緒に行く事にした。
渋々だが同行を許してくれたネギに、夕映とのどかは嬉しくなってはしゃいだ。
しかし。
「おい、行くならさっさと行くぞ」
「「ひ、ひゃい!」」
ギロリと睨み、舌打ちを打つバージルに二人は萎縮し、一行はナギの手掛かりがあるとされる図書館の地下へと向かっていった。
その途中、様々な罠がバージル達を襲うが。
その全てがバージルによって打ち砕かれた。
例えば。
「うわーっ!」
「お、大玉がーっ!?」
「ふんっ」
迫り来る巨大な大玉を粉砕。
「て、天井ーっ!」
「わわわっ!?」
「はっ」
落ちてくる天井を破壊。
「こ、今度は水責めーっ!?」
「し、死んじゃうぅぅっ!!」
「……はぁ」
閉じ込められ、水で水没する罠を溜め息を吐きながら周囲の壁を砕いて突破。
その罠が発動した原因の殆どが、図書館探検部の二人だという事に、バージルは心底うんざりしていた。
そして。
「なぁカモ」
「どうした兄ちゃん?」
「コイツ等、邪魔じゃね?」
「「っ!?」」
ハッキリと言いたい事を言ってくるバージルに、二人にグサリと言葉の槍が突き刺さった。
カモに頼まれ、渋々と二人の面倒を見ることにしたが、次々と罠に引っ掛かる二人にバージルはいい加減何処かに置いていきたかった。
ネギでさえ暗い道には魔法の炎を使うという気の利いた事をしているのに、後ろの二人は足を引っ張る事しかしない。
苛つきを募らせるバージルに、カモは苦笑いを浮かべるしかなかった。
すると。
「あ、どうやら目的地に着いたみたいですよ!」
ネギの指差す方向から光が差し、バージル達は広い空洞へと出た。
地下だというのに辺りは陽が射し込んでいる。
そして。
「この扉の奥に……」
「奴の手掛かりが……」
樹木に包まれた扉。
幻想的な光景を前に、二人の英雄の息子は胸を踊らせていた。
「ゆえゆえー、この地図何だけどー……」
二人が扉に向かう一方、ある疑問を持ったのどかが夕映を呼び出し。
地図に掛かれた危険という文字と、動物の絵に触れた。
その時。
突然頭に掛かったベタつく液に触れ、二人が顔を上げた。
そこには。
「グルル……」
腹を空かせているのか、鋭い歯の間から唾液を溢している翼竜が、此方に睨み付けていた。
「「は?」」
物語の本やゲームでしか存在を知らない二人は、目の前の翼竜を前に思考を停止していた。
危険とは思っていた。
だが、まさか竜がいる等と予想すらしていなかったネギは、混乱しながらも二人を助けようとする。
雄叫びを上げ、威嚇する翼竜。
このままでは二人が危ない。
ネギは杖を手に、二人を連れて離脱しようと試みる。
すると。
「っ!?」
突如翼竜は何かに怯える様に震え、その巨体で後退った。
一体何に?
夕映とのどかに?
あり得ない。
それともネギに?
まさか。
理由は更にその後ろにいる化け物に、だ。
全身から滲み出る殺気。
その人物を中心に空間が歪み、地面に亀裂が入る。
そして、翼竜である自分を見つめる目。
それは捕食者の目だった。
そして。
――ニタァッ――
「っ!?!?」
獲物を見付け、歓喜に口を歪める化け物に、翼竜は遂に逃げ出した。
ネギは突然去った翼竜を前に、これ以上ここに留まる事は危険だと判断し、二人を連れて逃げ出そうと試みる。
「バージルさん、一緒に逃げましょう!」
その際、ネギは一緒に逃げようと誘うが。
「先に行け。俺はここに用事がある」
「っ!!」
断るバージルに、ネギは一瞬迷った。
また先に行かれるのか?
既に目の前には父の手掛かりがあると言うのに……。
悔しかった。
このままでは、自分より先にバージルが父に到達するのではないかと。
ネギは焦った。
しかし。
(僕は、夕映さんやのどかさん。皆の先生なんだ!)
自分は教師。
ならば生徒である二人を守る義務がある。
「それじゃあバージルさん、お気をつけて!」
そう言って、ネギは二人を連れてその場から離脱し。
残されたバージルは。
「さて、行くか」
千の呪文の男の情報があるとされる扉の向こう側に行く為に。
扉に手を添えた。
その時。
「困りますねぇ、こう言う事をされるのは」
「!」
突然声のした方に振り返ると、フードを被った何者かが、ラカンとは別の意味で苛つく笑みを浮かべて佇んでいた。