世界が死んでまだ一週間も経っていないのに、僕達は色んな体験をした。
〈奴等〉を片っ端からやっつけ、時には人を見殺し、時にはヒーロー染みた事もやった。
永を殺して男を死に追い詰め、小さな女の子を助けて、幼馴染みの父親の家で皆のリーダーとなり、狂った世界の中で僕は色んな体験をした。
大抵の事には耐性が付いたと、そう思っていた。
つもりだった。
「……小室」
「何だよ平野」
「僕達は今、何を見ているんだろうね」
僕達は今、スーパーの中で一時の安らぎを得ていた。
勿論、その間にも色々な出来事が起こった。
お婆さんの病気の為に血液を取りに病院に行ったり。
……その際に一人を犠牲にしたり。
兎に角色んな事があった。
そして今、あさみさんの先輩である一人の女性警官が〈奴等〉と成り果てた姿を見て。
錯乱したあさみさんを尻目に再び窓ガラスから見える〈奴等〉を前にした時。
彼はいた。
最初見たときは彼も〈奴等〉の一人だと思った。
血塗れとなり、上半身が裸の男の子。
しかし、男の子の体には何処も怪我をしている様子はない。
しっかりとした足取りで歩き、あさみさんの先輩の女性警官に近づいた。
その時。
……僕は我が目を疑った。
外見はありすちゃんと対して変わらない普通(?)の男の子なのに。
彼は女性警官の背後から抱えると。
「そいや」
そのままエビ反りになり、プロレスのジャーマンスープレックスをかましたのだ。
グシャリと嫌な音が響き、辺りに肉片が飛び散る。
その音に反応した〈奴等〉が男の子に群がっていく。
普通の人間なら恐怖に顔を歪める場面なのに、その男の子は違った。
愉しそうに、調度良い暇潰しを見付けた年相応の子供の様に。
嬉しそうに、口元を歪めていた。
そこから先は、まるで映画を見ている気分だった。
男の子は近付いてくる〈奴等〉……いや、周辺の〈奴等〉の殲滅を始めた。
ある〈奴等〉には下顎と上顎を持ち、スライスチーズの様に左右に引き裂き。
またある〈奴等〉には凪ぎ払う蹴りで胴体を引き裂き。
またある〈奴等〉にはパンチ一発で粉微塵に吹き飛んでいった。
……永が無双ものゲームで妙にテンションが高かった時の事を思い出す。
もう、何がなんだか分からなかった。
騒ぎに駆け付けてきた毒島先輩や高城、麗や他の人達も漫画やアニメでしか見たことのない光景に呆然唖然としていた。
軈て辺り一帯の〈奴等〉が動かぬ肉の塊に変わり、スーパーの駐車場は文字通り血の海となり。
あれだけ暴れまわったのに、男の子は全く疲れた様子はなく、体に付いた返り血を鬱陶しそうに拭っていた。
「何なのよ……アイツ」
高城のその言葉は、この場にいる全員の総意が込められていた。
男の子は楽しむ様に〈奴等〉を壊し、ひたすらその暴力を尽くす。
獣染みた雰囲気すら滲み出している男の子は、顔に付いた返り血を全て拭うと。
「「「っ!?」」」
僕達に向かって視線をぶつけて、ニタリと不気味に微笑んだのだ。
何だアレは。
何なんだアレは。
駐車場の真ん中に佇んでいるアレは、本当に人間か?
〈奴等〉は脳の制御が無いせいか力は強く、毒島先輩ですら組みする事は絶対にしない。
だがアレは真っ向から力で以て〈奴等〉を粉砕した。
笑いながら〈奴等〉を踏み潰した。
そしてその存在がゆっくりと此方に向かって歩み寄ってくる。
戦慄が、走る。
全員が互いに目を合わせて向かってくるアレにどうしようかと訴える。
僕達全員に緊張が張られる。
そして、彼がもう一歩歩いたその時。
「バーちゃん!」
ありすちゃんの声がスーパー内に響いたと同時に、男の子は血の海に足を滑らせ。
豪快にスッ転んだのだった。
「バーちゃん! バーちゃん!」
「おい、その呼び方は止めろ」
スーパーにある肉や魚を生で喰らうバージル。
普通ならドン引きする光景に、ありすは生臭さを厭わずにバージルに抱き付く。
最初は鬱陶しそうに払ったが、何度もしつこく抱き付いてくる為にバージルは諦めた。
背中から抱き付いてくるありすを無視し、バージルは肉と時々ポテチを頬張りながらエネルギーを補給していた。
周りから感じる視線、恐怖や疑念と敵意に満ちた視線をものともせず、バージルは食料を頬張り続けていると。
「ちょっとアンタ!」
「?」
桃色の髪をしたツインテールの少女、高城沙耶が高圧的な態度でバージルに近付いてきた。
「アンタには色々聞いておきたい事はあるけど、これだけは聞かせてくれない?」
「……何だ」
「アンタ、何が目的なの? 見た所〈奴等〉に噛まれた様子はないけど……」
「ある奴を探しているが、それは今はいい」
「え?」
「コイツや他の奴から話を聞いたが、俺の探している奴は見ていないらしくてな、一先ずは置いておく事にした。どうせ何処かでノウノウとしているだろうし」
無駄な事に時間を割くのもバカらしいと着けたし、バージルは食料を食べるの再開する。
バージルの話に沙耶は色々と突っ込みたい衝動に駆られるが、何とか押し殺して最後の質問に移った。
「最後に質問、アンタ……何者なの?」
「バージル=ラカン」
「略してバーちゃん!」
「なぁ、コイツ殺っていいか?」
「…………」
高城沙耶は頭が痛くなった。
まるで話にならないやり取りに疲れた沙耶は、小室達のいる所へ戻ろうと踵を返すと。
「あぁそうだ。お前、高城沙耶という女を知っているか?」
「え?」
「もしソイツに会ったら伝言とコイツを渡してくれ」
知る筈の無い自分の名前を呼ばれて振り返ると、バージルの手には手紙が握られていた。
「確か、“私とあの人、皆は無事です。もし余裕があるならばこの場所で一週間程待つ”だったか?」
「っ!?」
「じゃあ、確かに伝えたぞ」
渡される手紙と聞かされる言伝てに沙耶は驚愕した。
目を見開いて震えている沙耶を余所に、バージルはその場を後にし。
そして、バージルが姿を消してから自称天才は再稼働するのだった。
「やっぱり、あの程度では足りないか」
街を一望出来るスーパーの屋上で、バージルはベンチで腰掛けて不満そうに腹を擦っていた。
旧世界と呼ばれるこの世界に来てからというもの祿な食べ物を口にしていない。
唯一マトモに食べられたのは、高城壮一郎と名乗る憂国一心会会長とやらの屋敷で一度食べたきり。
しかも到底満足とは程遠い量しか食べれなかった。
空腹に苛つき、何度もそこら辺に転がっている〈奴等〉(小室達がそう呼称しているのを聞いた)に八つ当たりしてきたが。
全身が返り血まみれになるという因果応報の結果に終った。
そして漸くこのスーパーにある食品売り場の食べ物を、半分程喰い尽くした事で小腹は満たされたが。
「……折角来たんだ。腹一杯飯が喰いたい」
今ははぐれていないが、フェイトを早く見付けて美味い飯にありつきたい所。
バージルは深い溜め息と共に空を見上げ、何処かへ消えた相棒に内心で悪態を付いていると。
「ほらここまでだ。辛くないか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「?」
ふと声が聞こえ、バージルは徐に辺りを見渡すと、隅で街を眺める二人の老夫婦が佇んでいた。
何やら二人で話し込んでいるが、空腹でやる気のないバージルにはどうでもよく、ゴロンとベンチで横になるが。
ギャゴゥゥゥ………
「ひゃ!」
「な、何じゃ今のは!?」
怪獣の鳴き声にも似た空腹の音色。
あっという間にエネルギーとして吸収してしまったバージルは、舌打ちと共にムクリと起き上がる。
「もしかして今のは……坊やのお腹の音かい?」
「たまげたの。まるで怪獣の雄叫びじゃ」
「…………」
やはり足りないかと、バージルは心配してくる老夫婦を他所に腹を擦り、食品売り場の材料を全て喰らい尽そうと立ち上がる。
「仕方ありませんよ。男の子ですし、こんな世の中になってしまえば……」
「〈奴等〉さえいなければ、お前手製の味噌カツを食わせてやれたんじゃがのぅ」
「!」
ピタリッと、屋上の出入口に向かって進めていたバージルの足が止まる。
味噌カツ?
ミソカツ?
MI・SO・KA・TU!?
甘美且つ食欲がそそる単語に、バージルはグリンと老夫婦に向き直る。
「おい、それは本当か!?」
「は、はい?」
「な、何じゃあ?」
突然尋ねてくるバージルに戸惑う老夫婦。
そんな二人の困惑など気にもとめず、バージルは老夫婦の片割れである老婆に問い詰めた。
「あの〈奴等〉とかいうのがいなくなれば、その味噌カツと言うものを喰わせてくれるのか!?」
「え、えぇ、材料さえあれば……」
「しかし坊や、お前さんそんなに味噌カツが好きなのか?」
老婆の言葉を皮切りに、バージルは脳内である決断に迫られる。
〈奴等〉は恐らくかなりの数を有している。
加えて今の自分は空腹状態、〈奴等〉を消すには氣を以ての短期決着をするしかない。
だが、氣を使えばデュナミスの口喧しい小言をネチネチと聞かされる羽目になる。
どうする? 味噌カツを味わうか? 説教を逃れるか?
そして、バージルはある結論に至る。
(……バレなきゃいいんじゃね?)
この間約0.002秒という時間を掛けて、バージルはこれからの行動を決めた。
「ちょ、ちょっと坊や!」
「そっちに行っては危ないぞ!」
老夫婦の制止を聞かず、バージルは屋上の角に立ち。
「……二時間だ」
「へ?」
「二時間で〈奴等〉を全て消す。その間中で身を隠していろ」
「ぼ、坊や……一体、何を?」
「味噌カツとやら……楽しみにしているぞ」
それだけを言い残し、バージルは屋上から飛び降りた。
「「っ!?」」
いきなり飛び降りるバージルに老夫婦は急いで駆け寄り。
「な、何事ですか!?」
「い、今のはあの男の子ですよね!?」
一部始終を目撃していた太めの男子学生と若い女性警官も駆け付ける。
しかし、そんな彼等の心配を他所にバージルは何事もなく地面に着地し、〈奴等〉の蠢く街中へと走り去っていく。
「ククク、いやがるいやがる」
笑みを浮かべ未だ多くの〈奴等〉が蠢く街。
バージルはスーパーのある方向に背を向けて、全身に力を込めて緑色の炎を身に纏う。
バチリと弾ける音が〈奴等〉引き寄せる撒き餌となり、無数になってバージルに押し寄せる。
軈て炎は右手に収束され、バージルは〈奴等〉を目掛けて。
「エクストリィィィィム」
大きく振りかぶり。
「ブラストォォォォォッ!!」
閃光を放った。
「くそ! くそ!」
眼鏡を掛けた男性、紫藤は走る。
生き延びる為に、そして恥をかかせた忌まわしいあの女に復讐する為に。
「許さない! 許さない!! 許さない!!!」
憎しみを増しながら、紫藤は走り続けた。
「今に見ていろ! 私に恥をかかせた事を死ぬほど後悔させてやる!!」
歪み、淀んでいく心。
軈て自分の心が怪物になるまで成長した時。
「………へ?」
紫藤は怪物となった心と共に、巨大な翡翠の光へと消えていった。
世界は壊れ、新たな創造が始まる。
代償は〈奴等〉となった数億の命と。
得たものは一人の少年の空腹を満たすだけの。
味噌カツ。
〜あとがき〜
えー、毎度毎度と本当に申し訳ありません。
現在書いている本編に躓いてしまい、気分を変える為にまたもや番外編を書きました。
次回からはまた新しくスレを立てて本編を始めようと思いますので。
何卒、宜しくお願いいたします。