クリスマス。
それは、イエス=キリストの誕生を祝う聖誕祭。
そして今日はクリスマスイブ。
キリスト誕生の前夜祭でもある今日は、世界中は勿論ここ麻帆良学園もクリスマス一色に染まっていた。
街道を歩けばアチコチにカップルが手や腕を組んで歩いている中、一人の少年が両手に肉まんとその袋を持ち、雪降る学園内を謳歌していた。
「……寒いな」
肉まんを頬張りながら、バージルは雪降る空を見上げた。
向こう……魔法世界では雪など辺境の場所でしか降ってはおらず、バージルが魔法世界で旅をしていた時に見掛けたのが最初だった。
エヴァンジェリンの別荘にある高山地帯の雪山にも雪は降るが、こういう季節的な雪を初めて見る。
どこか不思議そうな面持ちで空を見上げていると。
「……ん?」
ふと奇妙な氣を感じ、感じられる氣の方角へ視線を向けると。
「何だ?」
普段はあまり立ち寄らない公園、その茂みの中から赤い服を着た老人と真っ赤な鼻をしたトナカイが見えた。
隠れているつもりなのか、老人とトナカイは辺りを見渡して落ち着きなくしている。
しかしあれだけ目立つ格好をしていれば目が良い人間なら大抵気付ける筈。
だが、その公園を横切る人々の目には映っていないのか、誰も老人とトナカイを気に掛ける事はない。
まるでそこに何もいないかのように。
「…………」
そんな彼等に興味を持ったのか、バージルは袋に入った最後の肉まんを頬張ると、老人に向かって近付いていった。
「く、くそったれ〜、待たしても腰が〜」
「兄貴〜、いい加減引退したらどうなんですか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ、オラァ天下のサンタ様だ。たかが腰をやられただけで腑抜けになる俺じゃねぇ!」
「で、でもぉ〜」
「安心しな、この世にサンタを信じているガキがいる限り、俺は死なねぇよ」
「あ、兄貴〜」
「…………」
目の前で繰り広げられる三文芝居、ぎっくり腰で立ち上がれない自称サンタとその弟分と思われるトナカイのやり取りに、バージルは鯛焼きの入った袋を片手にギッシリとアンコの詰まった鯛焼きを口にしながら眺めていた。
「…………おい」
「ん?」
「え?」
「一体何をしているんだ?」
バージルの声に老人とトナカイはゆっくりと振り返る。
「……坊主、それは俺達に言っているのか?」
「他に誰がいる?」
「ぼ、僕達の事が見えてるの!?」
「何を言っているんだ?」
トナカイの質問に首を傾げて、疑問符を浮かべるバージル。
そんなバージルの様子にサンタとトナカイはドバーッと涙を垂れ流し始めた。
「ま、まさかあの兄ちゃん以外に俺達の姿が見える奴がいたなんて……」
「世の中、まだまだ捨てたものじゃないんだね兄貴」
「………何なんだ?」
オイオイと涙を流し、何やら感激している二人にバージルは訳が分からないと言った表情で困惑していた。
「で、お前達がそのサンタクロースだと?」
「正確に言えば、オイラは兄貴のソリを引くトナカイで兄貴がサンタクロースなんだ」
「どっちでもいいさ、肝心なのはサンタを信じている純粋な心なんだからよ」
「…………」
あれから、人気のなくなった公園でサンタクロースと名乗る老人から話を聞くこと数十分。
何でも目の前の老人はプレゼントを配る為に世界中を回っており、今もその真っ最中だとか。
しかし、突然腰痛に襲われてしまい身動きが取れなくなってしまったという。
しかも。
「それよりもプレゼントだよ。どうしよう、クリスマスイブが終るまでに配り終らないと……」
クリスマスイブ、つまり今日の日付が変わる前にプレゼントを配り終えなければならない。
「何でクリスマスイブが終るまでに何だ?」
「坊主、俺達は謂わば子供達の夢の結晶だ」
「夢の結晶?」
「あぁ、4世紀の頃、東ローマに住む三人の娘を持った父親の家に金塊をブチ込んだらな、どういう訳かこういう事になっちまった」
ブランコに座るサンタは面倒くさそうにそう語るが、その表情はどこか愉しそうに見えた。
「明日になればキリストの誕生日だ。そうなれば俺の存在意義が消えてなくなる。んなことになっちまえば俺を信じてくれるガキ共を裏切る事になっちまう」
「兄貴ぃ……」
「だから、俺はここで立ち止まる訳にはいかねぇんだよ」
そう言ってブランコから立ち上がったサンタは覚束ない足取りで雪車に向かう。
しかし。
「ぐうっ!?」
「兄貴!?」
激しい腰痛がサンタを苦しめ、身動きを封じてしまう。
「兄貴、やっぱり無理だよ!」
「無理でもやんなきゃいけねぇんだ。俺はサンタだ。サンタはガキ共に夢を与えなきゃならねぇんだよ!」
痛みを堪え、キリスト教の教父聖は立ち上がろうとする。
その様子を、バージルは考え事をしながら眺めていた。
(サンタ、トナカイ、トナカイの肉、プレゼント……)
カシャカシャと一世代前の演算器の音を鳴らしながら、バージルは思考を早めると。
(よし、これにするか)
軈てカシャーンと音と共に考えを纏めたバージルは、最後の鯛焼きを頬張ると袋をゴミ入れに投げ捨て、サンタへと歩みよっていき。
「おい」
「?」
「俺が変わりに配ってやる。さっさと袋を渡せ」
サンタに袋を渡すよう手を差し伸べ。
「ぼ、坊主……」
「君が、兄貴の代わりを?」
「あぁ、但し」
「ん?」
「条件付きだがな」
不敵な笑みを浮かべるのだった。
「それじゃ、これがプレゼントを渡す子供の名前とその居場所を載せたメモだ」
「分かった」
とあるビルの屋上、そこでは赤と白のカラーリングを施した格好と帽子、白く大きな付け髭。
サンタと同じ姿をしたバージルが巨大な袋を持って佇んでいた。
「それじゃあそろそろ時間だけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
「ったく、あの兄ちゃんに続いて坊主にまで……こりゃ俺もマジで引退を考えるか」
「まぁまぁ、……それじゃあバージル君。頼んだよ」
「そっちこそ、忘れるなよ」
「あぁ」
不貞腐れるサンタを宥め、バージルに今年のクリスマスプレゼントを託したトナカイは、バージルに出発の合図を送る。
同時に、バージルは腕に取り付けられた封具を外し、氣を一気に解放して空へと舞い上がり。
「よし、行くか」
バージルは一瞬にして、空の彼方へと消えていった。
それから、バージルは様々な場所へとプレゼントを配っていった。
ある時は能力開発がされている学園都市へ。
またある時はとある海の家を営んでいる一軒家へ。
またある時は三人の天使の住まうとある町へ。
イギリス、フランス、アメリカ、他にも未だ紛争が終らない国々と。
バージルは全ての子供達へそれぞれ平等にプレゼントを配り。
クリスマスイブが終る迄には、既に全てのプレゼントを配り終えた。
そして日付が変わり、バージルは白じんできた空の中、出発したビルの屋上へ戻ってきた。
「悪かったな坊主、面倒に巻き込んじまって」
「別に、それよりも……」
「分かってる。お前の住んでいる部屋の枕元に置いといたよ。流石に靴下には入らなかったが……」
「…………」
「そろそろ、時間だな」
サンタの呟きと共に朝日が顔を覗かせ、太陽の光を浴びると同時に、サンタとトナカイは徐々に透けていった。
「坊主、お前には言いたい事が山程あるが、もう時間がない」
「だけど、これだけは言わせて」
「?」
一体何だと疑問を浮かべるバージル。
すると、二人(?)は顔を見合せ。
「「メリークリスマス」」
満足そうな笑顔と共に、朝日の中へ溶けていった。
残されたバージルは。
「……眠い、闇の福音の別荘で休むとするか」
口を大きく開いて欠伸をし、学園の喧騒の中へと戻っていった。
「トーマ! 大変だよトーマ!」
「んん〜? どうしたんだよ朝っぱらから」
「私、キリスト教のニコラウス教父聖からプレゼント貰っちゃった! どうしよう!?」
「……どちら様?」
「げ、ゲソ〜〜っ!!」
「んも〜、朝っぱらから五月蝿いわね〜」
「一体どうしたの?」
「ち、千鶴、栄子、朝目が覚めたらエビがこんなに!」
「あらあら、凄いわね」
「一体誰が?」
「僕は知らないよ」
「い、一体誰が……」
「あら、そんなの決まっているじゃない」
「マスター」
「ん? どうしたイカロス」
「これ……」
「スイカの種? どうしたんだこれ?」
「分からないです。気が付いたら私の部屋に」
「ふーん、まぁ折角だし庭に植えておこうか?」
「ハイ……」
プレゼントを受け取った全ての子供達は、それぞれの家族と共にクリスマスを過ごした。
そして。
「おい、小僧」
「何だ。闇の福音」
「そんな高そうな肉焼きセット、どこで手に入れたんだ?」
エヴァンジェリンは別荘でやけに高そうな肉焼きセットを磨いているバージルに問い掛けると。
「フ、そんなの決まっているだろ?」
バージルは嬉しそうに頬を緩ませ。
「サンタクロースからだよ」
愉しそうに応えた。
〜おまけ〜
「ところで」
「ん?」
「その肉焼きセットはどこで使うんだ?」
「…………くく」
「っ!?」
「? どうしたのカモ君」
「い、いや、今なんか寒気が」
〜あとがき〜
ども皆さん。メリークリスマス。
そして本編を書かずにこんな番外編を書いてしまい申し訳ありません。
次回からは本編を進めますので、どうか宜しくお願いします。
プレゼントされた子供達については自分なりに分かりやすく書いたつもりですが。
大丈夫でしょうか?