常に氷点下の気温で吹雪が猛威を震う極寒の地、雪山地帯。
ヒラヤマを模したとされる大自然に囲まれた修行の地で、一人の少女の声が木霊する。
「はぁぁぁぁっ!!」
手にしたハリセンを振り上げ、目標に向かって背後から襲い掛かる明日菜。
渾身の力を込めて振り下ろすが。
「…………」
目標であるバージルは振り返りもせず、片手で頭上から振り下ろされたハリセンを防ぎ。
そのまま明日菜を自分の間合いに引き寄せ。
「ぐえっ」
腹部に拳を叩き込んだ。
力は微塵も入れてはいないが、それでも明日菜にとっては途轍もない威力を誇る。
雪の大地を二、三回バウンドして数十メートル転がった所で漸く止まった明日菜は、プルプルと震える体を立たせてゆっくりと起き上がり。
「……くっ!」
眼前に佇む滑稽な姿となったバージルを睨み付ける。
何故滑稽か?
まず最初にバージルはハンデとして目と片手、片足と更には足場を制限し極力氣を使わない事にした。
だが、それでも五秒と持たなかった為に翌日は聴覚を封じる為に耳栓をして。
それでも大して変わらなかった為、今度は嗅覚を封じる為に鼻栓を施した。
外見は耳栓と鼻栓をし、目隠しをして片足で立っているおかしな子供にしか見えない。
しかし、その強さは笑えず、出鱈目としか言えないモノに、明日菜は理不尽を感じ憤慨した。
「だぁーっもう! どうしてアンタは目も見えないのに私の動きを見えてるのよ!? インチキしてんじゃない!?」
バージルにハリセンを向けて不正を訴える明日菜たが。
「………あぁ? あんだって?」
耳栓をしているバージルに聞こえる訳がなく、明日菜は悔しさに地面を蹴り飛ばした。
バージルは氣、即ち生き物の力を察知できる能力を我流で編み出している。
それは魔法世界にいた時から旅をし続け、自然の中で生きていた過程で偶然に見つけた力。
しかし、それは然程特別なモノでもない。
バージルに限らず、武術を極めた者の中には相手の気配や力量を察知出来る達人もいる。
現に、エヴァンジェリンの別荘で修行を続けていた者の何人かは、その事に気付き始めている。
バージルはただその探知能力を強化出来ないかと試行錯誤を繰り返し独自に修行を詰んだだけ。
だが、明日菜といったまだその境地に達していない人間からすれば十分インチキに思える。
故に、バージルは耳栓をすると同時に氣の探知を止め、更には気配を探る事も止めた。
バージルに残された感覚は、味覚を除いて触覚と勘の二つのみ。
それでも、この三日で一度もバージルに一撃を浴びせられない所を見ると、二人の間には途方もない実力差がある事を思い知らされる。
しかし。
「くそっ! 絶対一発当ててやる!」
明日菜は両手を前に出すと同時に左右によって違う光を放ち、二つの光を混ぜ合わせる。
すると、明日菜の体が光に包まれ、再びバージルに向かって突っ込んでいく。
(またか……)
雰囲気……明日菜の空気が微妙に変わった事を肌で感じ取ったバージルは、目隠し越しに目を細める。
そして、何の策も無しに突撃してくる明日菜を待ち構え、自身の間合いに入った瞬間。
「っ!」
振り抜いた拳が空を切り、空振りした事にバージルは僅に目を見開かせる。
すると、腕を振り抜く音がバージルの背後から聞こえ、瞬時に向き直ると。
目の前まで明日菜のハリセンが迫って来ていた事に気付く。
瞬動術。
接近戦に於いて必要とされる戦士の必須技術。
とうとう捉えたバージルの顔に一発入れられると確信した明日菜は、してやったりと頬を弛ませる。
しかし。
「ヌンッ!」
「きゃぁぁぁぁっ!?」
バージルの無造作に振り抜いた腕から発せられる暴風に煽られ、明日菜は再び吹き飛ばされ、雪山の岩肌に叩き付けられる。
「ぐっ……けほ、こほ」
咳き込む口から血が吐き出され、悶え苦しむ明日菜。
しかし、彼女の負けん気……意地がそれを許さないのか、明日菜は力の入らない足を岩肌に寄り掛かる事で立ち上がる。
既に体はボロボロの格好となり、服も殆ど破れているが。
依然として、明日菜はバージルに睨む力を弛めずにいた。
そんな明日菜をジッと見据え(実際は見えていないが)、バージルは明日菜のここ数日で突然実力が段違いに変わった事に、正直驚いている。
この二日では全くそんな素振りを見せていなかった明日菜の実力に、バージルは訳が分からなかった。
(まさか……実力を隠していた? いや、それはあり得ない)
明日菜と共に修行して最初は素人だと思っていた。
しかし、二日の終盤以降はさっきと同じ様に両手を重ねると同時に力を高めるのが、空気の震えで感じてからは、見違える様に明日菜の動きが変わっていった。
今の瞬動といい、まるで忘れていた技術を思い出しているかのように、日に日に実力を上げていく明日菜にバージルは軽く混乱していた。
だが。
(まぁいい。どっちにしろ、俺にとってはどうでもいいことだし……)
「はぁぁぁぁっ!!」
明日菜は足下に力を込め、瞬動を何度も使い分けて瞬く間にバージルとの距離を詰めていく。
そして、バージルの側面からハリセンを振り抜こうとした。
その時。
「っ!?!?」
バージルは体を捻る事で回避し、遠心力を付けた状態で手刀を明日菜の背中へ叩き込み、地面へとへばりつかせた。
「お前が雑魚であることには変わりはない」
ピクピクと痙攣を起こし、口から泡を吹いて微動だにしない明日菜に、バージルは冷たい目線で見下ろし、吐き捨てる。
バージルは目隠しと耳栓、鼻栓を取ると動かなくなった明日菜をそのまま放置し、転移魔法陣の下へ歩いていった。
「まほら……」
「武道会?」
ネギの幼馴染み、アーニャという少女が突然現れて混沌としたその場を納めたネギの生徒である葉加瀬聡美。
麻帆良の頭脳と呼ばれる超鈴音の右腕とされる彼女が何故ここに?
咄嗟に浮かんだ疑問がネギを動かし、神社の門の前に立つ葉加瀬に問い掛けようとするが。
「では、今大会の主催者より開会の挨拶を!」
葉加瀬の声に呼び止められ、賑わってきた人々に阻まれる。
仕方ない、主催者の挨拶というものが終ってから話を聞こうとネギが一歩下がった時。
「えっ!?」
「あれって……」
「超さん!?」
門が開かれ、その中から現れる麻帆良学園の頭脳と呼ばれる天才少女、チャイナ服を身に纏った超鈴音の登場にネギ達は驚愕する。
麻帆良学園の生徒達も、現れた超に驚きが隠せずにいると。
「皆さんこんにちは、まずはお忙しい中お集まり下さりありがとうございますネ」
中国の服装の特徴である広い袖口内で腕を組み、ペコリと感謝の意を現す超。
「今回、何故いきなり私がこの大会を開いたカ、理由は差して難しい事ではないヨ」
「………」
「現在、日本……いや、世界中が大変な時期に入っているのは百も承知、それでも私はこの大会を開かせて貰いたかった」
静寂。
超の演説染みた言葉に、人々は横槍を入れずに黙って聞き入れていた。
「この大会で、世界とまでは言わないが、学園内にいる人々を更に活気づかせル。私の目的はそれだけネ」
「超さん……」
簡潔に、それでいて純粋な超の願いに、ネギが感銘を受けていると。
「さて、ではルールを説明するヨ。まず参加者にはAからHまでの各組に分かれ、それぞれ二人になるまで戦って貰うネ。そして残った16名が明日行われる本選へ出場となるネ」
「へぇ、バトルロワイヤルか、面白そうやんか」
「尚、今回の大会の優勝賞金は2000万。参加者全てにも他に参加賞を用意しているカラ、奮って参加してほしいネ」
「なっ!?」
「に、2000万!?」
優勝賞金の2000万と参加者全員に贈られる参加賞という言葉に、自分達の回りに集まった屈強な男達が雄叫びを上げる。
「参加者定員は160名まで、多くの参加者が集まるのを楽しみにしてるヨ。……そうそう、今大会は飛び道具及び刃物などの使用は認めない他に“呪文詠唱”も禁止されている為気を付けてネ」
「なっ!?」
「超さん!?」
サラッと魔法に関する情報を流す超に動揺を見せるネギと高音。
「何か今更って気もするけどなー」
「真名、お主はこの事を?」
「あぁ……まぁ、それっぽい事は聞いていたな」
過ぎ去っていく超の後ろ姿、龍宮は先日まで自分の雇い主の背中を射抜く様に見つめていると。
「ふ、ふふふふ……」
「へ?」
「あ、アーニャ?」
突然不気味に微笑むアーニャにネギが振り返ると。
「まさか、合法的にネギをボコボコにできるなんて……ネギッ!!」
「ひ、ひゃい!?」
「アンタもこの大会に出なさい! 公の場でフルボッコにしてやるわ!!」
「あ、アーニャさん落ち着いて……」
「アンタ達もよ、そこの乳デカ共!!」
「む?」
「拙者もでござるか?」
「本当なら纏めて相手にしたい所だけど、それは本選までの楽しみしておくわ。私が勝って貧乳にも需要がある事をネギに、ついては世界中に知らしめてやる!! 覚悟なさい!」
どうやら、彼女は既に理性を失っているようだ。
血走った目で神社の門を潜り、大会にエントリーする彼女に誰も止められず。
「……やっぱり、僕達も出た方がいいのかな?」
「ここで逃げたら後が怖そうやから……そうしとき」
阿修羅の面構えのアーニャを止められなかったネギ達も、仕方なく大会に参加する事となる。
こうして、様々な騒ぎが起こった中でまほら武道会が開催される事となった。
「……ナ」
「ん、んぅ?」
「スナ、明日菜っ!!」
「はっ!?」
体を揺さぶられる感覚に意識を取り戻した明日菜は、自分に何が起こったかを思い出すと、一気に覚醒して勢い良く起き上がった。
「あ、私……生きて」
「明日菜っ!!」
「のわっ!? こ、木乃香!? ど、どうしてアンタが!?」
自分が生きている事に疑問を抱く暇もなく、いきなり抱き付いてくる木乃香に明日菜の思考は更に混乱に陥る。
訳が分からないと混乱する明日菜に、後ろで控えていた刹那が事情を説明し始めた。
「明日菜さん、貴女はあと少しで死ぬ所だったんですよ」
「死っ!?」
「えぇ、しかし彼が……バージル=ラカンがお嬢様達を呼び出し、治療する様に言ってきたのです」
「アイツが?」
「しかし、間に合って本当に良かった。あと少し遅ければ手遅れになる所でしたので……」
「………」
あと少しで死ぬ。
その言葉には未だに実感が湧かず、それよりも明日菜は別の疑問を考えていた。
(アイツ……何で私を)
アイツ、バージルには自分を助ける理由はない。
なのに何故助けた?
未だに泣き止まず、抱き付いてくる木乃香の頭を撫でながら、明日菜はその事を考え続けていた。
一方、そんな彼女達をバージルは遠くの山頂からエヴァンジェリンと共に見つめていると。
「闇の福音」
「……何だ?」
「もう、いいだろう?」
目を細め、静かに苛立ちを露にしていくバージル。
その眼光はより鋭く、より冷徹になって明日菜を射抜いている。
バージルはずっと我慢していた。
自分よりも弱いとされる人物と修行する事で、今までにない新しい力を得ること信じて。
しかし、結局はただ無駄な時間を過ぎていくだけだった。
明日で四日、もう充分我慢した。
故に。
「明日、俺はアイツを……」
バージルは組んだ腕の中で拳を握り締め。
「――殺す」
静かに呟いた。
〜あとがき〜
また更新が遅れてしまい申し訳ありません。
そろそろクリスマス。
皆さんは如何お過ごしですか?
次回、明日菜ファンの皆様には本当にアレな事になるかもです。
すみません。