私はネギのパートナーになるってあの日、海に浮かぶ朝日の前で誓った。
一生懸命だけど……ドジで危なっかしくて、放って置けなくて。
立派な魔法使いになる為に、行方不明のお父さんを探す為に、ボロボロになっても前に進むあいつを守る。
でも、学園祭の時に現れた訳の分からない連中に手も足も出なかった。
高畑先生の足手纏いになり、ネギを守る事も出来ず。
私はボロ雑巾のようにズタボロにされただけだった。
これじゃあ駄目だ。
このままではネギを守る事なんて出来やしない。
私は自分の修行で手一杯の刹那さんに無理を言って、一緒に修行をしてもらえるようにしてもらった。
他にも古菲や楓さん、小太郎にも厄介になった事がある。
自分なりに必死に強くなろうとして、皆に沢山迷惑を掛けた。
迷惑を掛けた分、強くなろうとした。
エヴァちゃんに誘われた時も、正直嬉しかった。
私が頑張ればアイツの負担もそれだけ減らせるんだから。
……だけど。
「え、エヴァちゃん、まさか特別講師って……」
「あぁ、特別講師のバージル=ラカン先生だ」
にやけた表情で目の前の怪物を紹介するエヴァンジェリン。
明日菜は雪山で薄着のせいかガタガタを体を震わせている。
いや、恐らくは寒さだけが理由ではないだろう。
目の前で不機嫌そうに佇むバージル。
彼のこれまでを目撃してきた明日菜にとって、エヴァンジェリンの言葉は悪夢にしか思えなかった。
「じゃあな、精々頑張れよ」
「ち、ちょっと待ってよ!」
明日菜は踵を返してその場から立ち去ろうとするエヴァンジェリンに抱き付き、行かないでと叫ぶ。
「ま、まさかこのまま置いていく気!? こんな極寒の山で!? しかもコイツと一週間過ごせって!?」
「そうだが? 何か問題でも?」
エヴァンジェリンは明日菜の引き止めにシレッと答え、掴んでいた手を払い向き直る。
「何だ? もしかしてもうギブアップか? まだ始まってすらいないのに」
「だ、だって……」
バージルを前にした途端に戦意を喪失させる明日菜。
対照的に待たされているバージルは沸々と苛立ちを募らせている。
それを見かねたエヴァンジェリンはやれやれと溜め息を漏らし。
「確かに修行に誘ったのは私だが付いてきたのはお前だぞ?」
「うっ……」
「まぁ別に構わないがな、所詮お前は口だけが達者な普通の女子中学生だからな」
フッと笑みを浮かべて挑発するエヴァンジェリン。
口だけが達者の女子中学生、その一言が明日菜の鎮火仕掛けていた意地という炎を燃え上がらせる。
「わ、分かったわよ! やるわよ! やりゃあいいんでしょ!?」
「フッ、本当にいいのか? 後で泣いても知らんぞ?」
「な、泣くわけないでしょう!?」
ウガーッと吠える明日菜、してやったりとほくそ笑むエヴァンジェリンは再び踵を返して今度こそその場を後にする。
「ふん……ならばその覚悟、遠巻きから見学させてもらうとしよう」
「へ、へーん! 後で吠えズラかかせてやるんだから、覚悟してなさい!」
「ふふ、いい度胸だ。……しかし、いいのか?」
「へ?」
「ソイツにはお前が余りにも成長する見込みがない場合、お前を消してもいいと言い含めてある」
「……え?」
「精々気を付ける事だな」
エヴァンジェリンの最後の一言に、明日菜は呆然となる。
そんな彼女の反応が面白かったのか、エヴァンジェリンはクククと笑を溢し、その場から空を飛ぶことで去っていった。
「ち、ちょっ!」
飛び立ったエヴァンジェリンを呼び止めようと我に返る明日菜だが、既に遥か遠くに離れ、しかも吹雪で視界が悪く彼女の姿を捉える事は出来なかった。
今この場に残されているのは自分と……。
「おい」
「っ!」
バージル。
苛立ちと僅に滲む怒りの色の混じった声に、明日菜は恐る恐る振り返ると。
「そろそろ始めるぞ」
既に戦闘態勢に入っているバージルが、緑色の炎を纏って此方に向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
一歩ずつ近付いてくるバージル。
心臓がバクバクと鳴り、全身から嫌な汗が噴き出していく。
「ちょっ、ちよっとタイム!」
「あ?」
「わ、私、実はまだ心の準備が……」
「なら今すぐ整えろ」
「で、でも、私はてんで素人だし」
「誰だって最初は初めてだ」
「そ、それにアンタの修行の邪魔になるかもだし……」
「今回はお前と一緒に修行するのが俺の修行だ」
近付いてくるバージルを止まらせ、明日菜は必死にこの状況から逃げ出そうと模索する。
正直、明日菜はこれが修行とは思えなかった。
刹那や楓ならまだしも、相手がバージルでは修行の相手になれる筈がない。
バージルの修行方法は仮想敵による組手が大部分、その相手がもし自分なら。
(死ねる! パンチ一発で死ねる!)
バージルの放った拳が自分の体に当たったら……。
想像しただけで極寒の雪山にも関わらず、身体中から再び嫌な汗が大量に噴き出す。
このままでは間違いなく殺される。
明日菜は自他共に認めるおバカなオツムをフル回転させ、この状況を抜け出す方法を考えていた。
一方、バージルの方は。
(闇の福音め、よりによってコイツを寄越してくるとは……)
自分の中で最も毛嫌いする一人の相手を前に、バージルは内心でエヴァンジェリンに悪態をついていた。
てっきりネギや高音辺りが来るものだとばかり思っていた為、より一層苛立ちを募らせる。
しかも当の相手は待てと言って中々修行を始めようとしない。
何やらブツブツと一人言を呟いている明日菜に、バージルはいい加減嫌気がさした。
「……おい」
「な、何?」
「まずは準備運動から始めるぞ、支度をしろ」
「へ?」
いきなり何を言うのかと思えば準備運動と言われ、途端に肩の力が抜けていく。
とうとう来たかと身構えた自分が間抜けみたいだと明日菜はホッと安堵の溜め息を溢した。
(な、何よ。コイツ結構マトモなんじゃない)
経験上、いきなり問答無用で殴り掛かってくる事を想像していた為、意外に常識を持っている。
明日菜はそう思ってバージルに対する評価を改めようとした。
その時。
「ふん」
「え?」
突然、バージルの手から氣弾が放たれ、明日菜の頬を掠めて行った。
緑色に輝く光球は勢いを衰えぬまま山頂に向かい。
大爆発と共に山の頂を吹き飛ばした。
「…………」
いきなり起こった出来事に明日菜は言葉を失う。
「おい、ボーッとしていていいのか?」
「へ?」
「来るぞ」
バージルの言葉に我に返る明日菜、と、同時に大地を揺さぶる様な地響きが雪の山々を震わせる。
「ま、まさか……」
振り返ると、巨大な大雪崩が此方に向かって来るではないか。
しかもその中には吹き飛ばした山の一部らしき岩石も混じっている。
「う、嘘でしょう!?」
あれに巻き込まれたら一巻の終わり、明日菜は手にしたカードを起動させてアーティファクトであるハリセンを握り締め、カードを通じて流れ込んでくるネギの魔力による肉体強化を頼りに、雪崩から逃げ出した。
「先に行ってるぞ」
「え、えぇっ!?」
そう言うと、バージルは走りで明日菜をあっさりと追い抜き、瞬く間に山を降っていった。
「ま、まさか……アイツの言う準備運動って……」
先程言ったバージルの準備運動、それがこの事だと思い知った明日菜はほんの数十秒前の自分を殴り飛ばしたくなった。
「いやーっ!! た、助けてぇぇぇっ!!」
涙混じりに叫ぶ明日菜だが、誰かに聞き届く筈もなく、吹雪の中に溶けていくだけだった。
一方、離れた場所からその様子を眺めていたエヴァンジェリンとチャチャゼロは。
「ハハ、イキナリヤリヤガッタナアイツ」
「フッ、流石ラカンの息子、やり方の無茶苦茶具合は父譲りか」
大雪崩に追われている明日菜の姿を肴に、酒を飲んでいた。
「ソレニシテモ、本当ニ良カッタノカ御主人」
「何がだ?」
「屈託ノナイ考エナシッテノハ御主人ノ好ミジャナカッタカ?」
「フン、うるさいぞ」
チャチャゼロに指摘された部分に気に入らない部分があったのか、鼻で笑うがどこか不機嫌な口調となった。
数日前、まだバージルが麻帆良へ戻ってくる前の事。
『……ではエヴァンジェリン、先日の一件の礼代わりにまずはアスナさんの情報からお話ししましょうか』
ターレスとの一件で共闘してくれた礼として図書館島最奥部で聞かされた明日菜の情報。
「同属嫌悪……イヤ嫉妬カ?」
「冗談はよせ。……何れにせよあのアホは強くなる必要がある」
「ア?」
「世界は壊され、新しい再生が始まろうとしている。その最中に生じる歪みは表も裏も含め混沌なものになる。その歪みは見境なく暴れ軈ては魔法無効化能力という希少スキルを持つアイツを狙い始める」
「ダカラ強クサセル為ニバージル二預ケタト? 本当随分丸クナッタナァ」
「いや、単に面倒くさいだけだ。因に今言ったのは全部爺から言われた事をそのまま言っただけだぞ」
「…………」
つまり、コイツは近右衛門から頼まれた事をそのままバージルに押し付けただけか。
やはり自分の御主人は悪だった。
それを改めて認識したチャチャゼロは、大雪崩から必死に逃げ惑う明日菜にちょっぴり同情したのは秘密。
「一体どうしたんだろ師匠は? 突然修行は中断して祭りを楽しんでこいなんて……」
明日菜が死にそうな状況に追い込まれているとは露知らず、ネギと小太郎と高音は祭りで賑わう学園を謳歌していた。
ハルナや千雨は自分のクラスの出し物に行かなくてはならないとの事で別行動を取っている。
「ここんところずっと修行ばっかりだったから、あの怖い師匠も気ぃ利かせようとしたんやないか?」
「そう、なのかな?」
小太郎の推測に今一つ釈然と出来ないネギは、ウーンと首を捻ってエヴァンジェリンの急に変わった態度について考え込んでいた。
「エヴァンジェリンさんにどの様な思惑があるかは知りませんが、丁度良い機会です。羽を伸ばして次の修行に備えるとしましょう」
「そう言う事や。高音姉ちゃん話し分かるやないか」
「別に、その方が効率が良いからですよ」
「あーあ、それにしても残念や。折角あのバージルっちゅう奴の修行が間近で見れると思うたのに……やっぱあん時高音姉ちゃんと一緒に俺も行けば良かったわ」
頭の後ろで手を組み、残念がっている小太郎に苦笑いを浮かべ、三人は待ち合わせ場所である“新”龍宮神社の前へとやってきた。
「確かここですよね?」
「はい、ここで見回りと先に戻ったと言う楓さんと古菲師匠、明日菜さんと合流する筈なんですが……」
ネギはそう言うが、辺りにそれらしい人物は見当たらなかった。
楓や古菲は見回りで少し遅れるのは分かるが、先に戻っている筈の明日菜がいない事に、ネギが疑問に思っていると。
「いたぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うわっ!?」
「な、何や!?」
突然耳をつんざく様な声、一体どこからなのかと振り向くと。
「あ、アーニャ!?」
「漸く見付けたわよ! ボケネギ!!」
尖り帽子を片手に、仁王立ちした少女が佇んでいた。
〜あとがき〜
毎回、遅い更新で申し訳ない。
さて、いきなりなんですが……。
女の子版フェイトキタァァァァァァァッ!!
いや、失敬、今週のネギまを読んだらつい。
お陰で番外編の続きを書きたくて仕方がないアホな作者です。