エヴァンジェリンの別荘。
ネギとバージルの為に新しく用意した五つの魔法球。
湿地地帯、高山地帯、砂漠地帯、南極地帯、とエヴァンジェリンが嘗て保持していた城を中心に新しく出来た別荘。
どれも過酷な環境である為、ネギ達も未だ全ての環境を制覇していない。
そんな中、数日振りに麻帆良へと帰還したバージルが南極を模した極寒の地にて修行を開始していた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………っ!!」
氷の大地に立ち緑色の炎を全身から吹き出す。
バージルの声が一面に響き渡ると、氷の大地に亀裂が入り音を立てて崩れていく。
周りの氷も削られ、残ったのはバージルが足場にしていた場所だけとなり、辺りは氷から海へと姿を変えていた。
氣弾を放った訳でもなく、大魔法を使用した訳でもなく。
ただ氣を高めただけで地形を変えたバージルに、上空でその様子を眺めていたエヴァンジェリンはホトホト呆れ返っていた。
「やれやれ、相変わらず出鱈目な奴だな」
「な、何だか以前よりも力を付けてませんか?」
エヴァンジェリンの後ろで、高音も同じようにバージルの修行風景を眺めていると。
「………」
「む?」
「ど、どうしたんでしょう?」
ふと、下から氣の奔流が消えるのを感じ取ると、バージルは緑色の炎を消して何の構えも無くその場で立ち尽くしていた。
今までとは違う様子のバージルを不思議に思ったエヴァンジェリンが近付いていく。
「どうした小僧、今日はもう終いか?」
「……違う」
「む?」
「あの時感じた力は……こんなものじゃなかった」
悔しそうに自分の手を見つめるバージル。
ターレスの時、確かに自分はやられた筈。
体から力が消え失せ、指一本すら動けなかった筈なのに……。
突然、自分の内側から何かが爆発した感覚が全身に広がったのを感じると。
力が何倍……いや、何十倍にも膨れ上がったのを感じた。
……覚えているのはそこまでだ。
「あの力、あの力さえあれば……」
きっと、ラカンを超える事も容易い筈。
しかし、幾ら力が沸いたと言っても一時的なもの、覚えていると言っても意識的にではなく感覚的にでしかない。
どれだけ強い力を手に入れても、自在に使えないようでは強くなった内には入らない。
このままでは、永遠にラカンには届かない気がする。
「クソっ!」
「っ!」
ラカンに勝てないかも知れない。
認めたくない現実と事実がバージルの中で苛立ちとなり、悪態となって吐き出される。
「珍しいな、お前が修行で行き詰まるなんて」
「闇の福音……」
どうやら余程心境に余裕がないのか、背後に佇むエヴァンジェリンに漸く気付いた。
「闇の福音、聞きたい事がある」
「何だ?」
「あの時……俺に何が起こった?」
バージルの言うあの時、それは恐らく大猿となったターレスにやられた時の事だろう。
(やはり、覚えていないか)
確かにバージルはあの戦いを経て更に強さを増していった。
しかし、あの時の……金色に輝いていた時のバージルの強さは次元が違っていた。
大猿となったターレスを圧倒しただけではなく、どんなに手を尽しても傷一つ付けられなかった神精樹を破壊したのだから。
しかし。
「正直、私にもよく分からんさ」
「…………」
「既にお前の強さは私の……いや、この世界の理から外れているのだからな」
「何?」
「分かりやすく言えば、私はお前が思う程に強くはないという事さ」
それだけを告げると、エヴァンジェリンは転移魔法陣が施された場所まで移動して姿を消し。
「……私も、失礼します」
この場にいてはバージルの修行の邪魔だと悟った高音も、エヴァンジェリンの後を追って極寒地帯から姿を消した。
極寒地帯に一人残されたバージルは、自分の腕に取り付けられた腕輪に視線を落とす。
「やはり、全力の状態でないとなれないのか……」
氣を高めていけば、封印状態でもあの境地に辿り着けるのではないかと、淡い期待を抱いていたが。
どうやら見当違いだったらしい。
喩え封印を解いたとしても、あの境地にまでは届く事はないだろう。
今の自分には何かが足りない。
「……まぁいい。あの時の強さを自在に発揮出来ないというのなら、地力でその境地に達すればいい」
そうだ、まだ自分には修行という強くなる為の手段を持っている。
やり方は今までと変わらない。
ひたすら自分の限界に挑み、そして超え続ければ、何れはあの境地にも届く筈。
そして、その時こそ。
「ジャック=ラカン、その時こそがお前を超える時だ」
新たな目標が定まった事により、俄然やる気を出したバージルはいつもの修行を始めようと構えた。
その時。
「ヨウ、バージル」
「チャチャゼロ? 何の用だ」
背後から掛けられる聞き覚えのある声、振り返った先にはマフラーと帽子と完全暖房を着用したチャチャゼロが親しげに話し掛けてきた。
「修行ヲ始メヨウトシタ所悪イガ、チット場所変エテクレネェカ?」
「何故?」
「ゴ主人カラノ言イ付ケデナ、オ前二アル奴ノ面倒ヲ見テ欲シインダトヨ」
「は?」
修行を始めようとした矢先にチャチャゼロから言い渡される突然の頼み事。
バージルはこれからと言うときに邪魔をされ、正直嫌だと言うつもりだが。
「ゴ主人カラ聞イタゼ、何デモ修行二行キ詰マッテルミタイジャネェカ」
「…………別に」
「ケケケ、図星カ」
自分が気にしていた事をあっさりと見抜かれたバージル。
しかも本当の事でもある為言い返せれないバージルは、誤魔化す様にチャチャゼロに背を向ける。
「マァ、ソンナニ怒ルナヨ。別二悪イ話デモナインダゼ? 他ノ奴ト修行スレバ今マデトハ違ッタモノが見エテクルカモダゼ。ソレガ喩エ格下相手デモナ」
「………」
チャチャゼロの言う事も一理あるかもしれない。
これまで、自分は一人で修行してきた。
仮想敵としてラカンとギリギリの模擬戦闘を行って来たが所詮は仮想、実戦には敵わない。
しかも、自分にとって宿敵と呼べる相手はターレスを除いてラカンとフェイトしかいない。
ナギとは戦った事は勿論、未だに出会ってすらいない。
ここは一つ、エヴァンジェリンの誘いに乗るのも手なのかもしれない。
「モシ聞イテクレルナラゴ主人ガ最近コノ辺リニ新シク出来タラーメン屋ヲ教エテヤルッテサ」
「いいだろう」
気持ちが固まったのか、それともチャチャゼロの最後の台詞が決め手となったのか。
「……オ前、食イ物二釣ラレ過ギダロ」
食べ物の話になると聞き分けが良すぎるバージルにチャチャゼロは若干引いた。
エヴァンジェリンの居城、レーベンスシュルト城。
その内部にある食堂……所謂厨房と呼ばれる場所で、木乃香は二人の助手と共にバージルが修行から帰ってくる間に頼まれた料理を造っていた。
「せっちゃんごめんなー、手伝わせちゃって」
「いえ、この程度何ともありませんよ」
「シルヴィさんもごめんな、バージル君大食いやからウチ一人では無理やったから……」
「……いえ」
刹那は食材を切り分け、木乃香は調理と味付け、シルヴィは皿出しと盛り付けといった具合にそれぞれ役割を担い、数々の料理を造り上げていた。
厨房の中心にある大テーブルには、既に多くの完成された料理が並べられており。
中華、洋風、和風などの様々な料理で彩られているが、木乃香達の手は止まる事はなかった。
何せ相手は店一つの食材を一人で食べ尽くす程の胃袋を持っているのだ。
どんなに作っても残す事はないし、下手をしたら足りないと言われるかもしれない。
しかも修行を終えた後なのだから、きっとかなり食べるのだろう。
木乃香達はその事を想定しながら、黙々と作業を続けた。
「なぁ、シルヴィさん」
「……何ですか?」
「バージル君の事……好きなん?」
「っ!?!?」
木乃香から突然言われた一言にシルヴィは大きく動揺し、思わず皿をジャイアントスイングで壁に叩き付けてしまう。
「な、ななななななな何ををいきいきなり仰りやがって!?」
「あぁ、お皿が!」
顔を真っ赤にさせるシルヴィの隣で、刹那は粉砕した皿を片付ける。
何故藪から棒に、というかなんの前触れもなく、いきなり過ぎる木乃香の質問にシルヴィは困惑していた。
「だって、シルヴィさんよくバージル君と一緒にいるし、何か仲良さそうやったから……」
「それは偶々一緒になっただけですし、別にこれといって仲が良いという訳では……」
「そうなん?」
「そうですよ。……それに、木乃香さんだって彼の事を気にしているんじゃないのですか?」
「ふぇ!?」
返されるシルヴィの言葉、それにより今度は木乃香がクマが出来た瞼の下の頬を朱色に染める。
「だってそうじゃないですか。幾ら彼に作れと言われただけで普通こんなに作りませんよ」
「それは……ウチには、これ位しかできへんから」
「え?」
「ウチ、皆の様に戦う力なんてできへんから……こんな事しか出来ないんよ」
フッと自嘲気味に笑みを浮かべる木乃香。
月詠に言われた事が悔しくて、必死に医術に関する勉強を積み重ねて来たが……所詮は素人の付け焼き刃、大して成果を上げる事は出来なかった。
ネギや小太郎が怪我をした時に手当てをした事があるし、それにより感謝された事もある。
しかし、現実的に考えれば現代の医学よりも魔法による治癒術の方が断然役に立てるのだ。
魔法によって傷を塞げば傷痕も残らず、医術による手術に比べると、やはり手間が少ない所もある。
しかも自分のアーティファクトは完全治癒能力。
どんな重傷者でも生きてさえいれば忽ち元の元気な姿へと回復させる事ができる。
……しかし、バージルの一件で木乃香はアーティファクトをあまり使おうとはしなかった。
「……ウチって、やっぱり役立たずなんかなぁ」
掠れた声で滲む涙を拭き取り、木乃香は無理に笑みを作る。
「お嬢様……」
そんな木乃香の姿を前に、刹那は掛ける言葉が見付からず、ただその場で立ち尽くす事しか出来ずにいた。
一方その頃、ヒマラヤを模したとされる高山地帯では。
「な、何なのよこれはぁぁぁっ!?」
神楽坂明日菜が凍える吹雪の中で叫んでいた。
「五月蝿いぞ神楽坂明日菜」
「だ、だって! 特別な修行を付けてくれる何て言うから!」
あれはまだエヴァンジェリンの居城のテラスで古菲と修行をしている最中だった。
いきなりエヴァンジェリンが子供姿で現れると、ネギ達を別荘から追い出し自分に問答を仕掛けて来たのだ。
『本当にこちら側に関わり続ける気か? “ただの”女子中学生でしかないお前が』
まるで足手まといだからもう関わるなと言うような口振りに、明日菜も思わず当たり前だと反論してしまう。
ならば特別講師を用意するからそいつと七日間修行をしろと言われ、これを受けてしまう。
「何だ。この程度で音を上げるのか? だったら逃げてもいいんだぞ?」
「に、逃げないわよ! 上等よ、やったろうじゃないの!」
エヴァンジェリンの挑発に乗せられ、ズカズカと雪に埋もれた山道を往く。
「……本当に、ソイツと修行すれば私、強くなれるの?」
「あぁ、勿論だとも、もしソイツと七日間耐えきればお前ははぐれメタル100匹分の経験値を得るだろう」
「ほ、本当でしょうね!?」
「安心しろ。嘘は言わん」
そう言ってエヴァンジェリンがニヤリと笑みを浮かべる一方で。
(ま、まさか特別講師って高畑先生だったり!?)
明日菜が期待に胸を膨らませていると。
「待たせたな」
「……遅いぞ」
「………………へ?」
しかめっ面のバージルが、目の前で佇んでいた。
〜あとがき〜
今回はバージルらしくないバージルを書きました。
次回はいよいよ彼女が登場!?