世界は平穏を取り戻した。
巨大な根に蹂躙された大地も、光の雪によって再生され地球は元通り……いや、以前よりも青く輝きを放っていた。
人によって築かれた文明は破壊され、人間は否応なしに新たな段階へと進んでいく。
人種も宗教も国も全ての垣根を越えて、人はいずれ一つのテーブルに着くことになる。
世界が変わり行くそんな中、極東の……日本にある麻帆良学園はお祭りの真っ只中にあった。
今回の災害の原地点であるのにも関わらず、人々は誰も気にした様子もなく、それぞれ祭りを楽しんでいた。
まるで、忌まわしき災厄を振り払う様に人々は笑顔を振り撒いていた。
しかし。
太陽の如く燦々と輝いていた人々の笑顔が、一瞬にして凍り付いた。
人々が行き交う麻帆良学園の大通り。
人で溢れ返っているその通りに一人の少年と二人の少女が歩いていた。
二人の少女は麻帆良女子中学の制服を着ているが、別段不思議な所はない。
問題なのは少年の方だ。
上半身はほぼ裸と言って良いほどに肌を露出し、10程度の子供とは思えない肉体を露にして。
その両手には四本のフランクフルトと巨大な綿飴が握られていた。
「ングング、中々イケるなこのフランクフルト、肉汁がジューシーで旨い」
口元をケチャップで汚し、鼻には綿飴が付いている。
外見とは違い、年相応の行動をしている少年……バージルに、人々は唖然としていた。
……否、それだけではない。
生徒達は勿論の事、祭りに参加している一般人達はバージルを知っているのだ。
ターレスと戦っていた時のバージルの姿を。
地を抉り、海を割り、空を駆けた……人には出来ない人外の戦いを。
血を流し、獣の雄叫びを上げるバージルの姿に人々は言い表せない悪寒を感じた。
そして、その怪物が今自分達の目の前を歩いている。
10歳程度の少年に人々は恐れ、誰も近寄ろうとしなかった。
そんな冷たい畏怖の視線を浴びながらも、バージルは平然とした態度で屋台の並ぶ大通りを闊歩していた。
(これが、世界を救った英雄に対する仕打ちか……)
シルヴィは言葉では表現出来ない怒りでどうにかなりそうだった。
バージルは世界を救った。
誰かに頼まれた訳でもなく、見返りも求めず。
傷付き、それこそ死ぬ思いをしながらも。
戦い、この星の窮地を救った。
なのに……。
(こんなの……あんまりじゃないっ!)
バージル本人からすれば、シルヴィのそれは余計なお世話なのかもしれない。
だけど、それでも許せなかった。
シルヴィが顔を俯かせ、手を握り締めていると。
「……?」
ふと、横から感じる視線に振り向くと……。
「…………」
「あ、あの?」
バージルはシルヴィの持つたこ焼に視線を釘付けにしていた。
ジュルリと涎を啜り、キラキラと目を輝かせているバージルの姿は、とても地球を救った英雄には見えなかった。
ジィッとたこ焼きを凝視しているバージルに、シルヴィはフッと笑みを浮かべ。
「食べます?」
「っ!」
シルヴィのちょっとした呟きに、バージルは目を見開いて今度はシルヴィの顔を凝視する。
「……いいのか?」
「私はもうお腹いっぱいですので……はい、口を開けて」
「ん、あー……」
口を大きく開き、目を瞑るバージル。
たこ焼きを爪楊枝で刺し、バージルの口元に運ぶと。
「あぐっ、ングング……」
パクリと口に含み、ゆっくりと味わって食べた。
幸せそうに食べるバージルの顔を見て、シルヴィも自然と笑みを溢した。
しかし。
(……はっ! わ、私は今何を!?)
今自分がした事を思い出すと、シルヴィは顔を真っ赤にさせて頭から湯気を立ち上らせる。
「モグモグ……ング、あー」
「はぅっ!?」
再び口を開き、次のたこ焼きが来るのを目を瞑って待つバージルにシルヴィは顔を更に赤くさせる。
半ば放心状態でバージルの口にたこ焼を運ぶシルヴィ。
その様子を後ろから眺めている夕映は背中がむず痒くて仕方がなかった。
端から見れば仲の良い姉弟にも見える二人に、畏怖の視線を飛ばしていた人々も怖がっている自分がバカらしく思えてきた。
そんな時。
「ングッ、ふー……小腹も少しは満たされたし、そろそろ闇の福音の所に向かうとするか」
大通りの食べ物を一通り全て平らげたバージルは、首をコキリと音を鳴らし、本来の目的であるエヴァンジェリンの家に向かって歩き出した。
すると。
「どうもこんにちは! MNNです!」
「?」
マイクを手にした女性とカメラを携えた男性がバージルの前に立ち塞がった。
それを切っ掛けに他のマスメディア関係の人間が集まり、バージル達は瞬く間に囲まれてしまった。
「貴方は先日、この麻帆良学園で大規模な戦闘を行ったとされますが、それは本当ですか!?」
「貴方が戦っていた相手は何者なんですか!?」
「先日の件について一言お願いします!!」
マイクを突き付け、行く手を妨げる記者関係者達。
真実を市民に伝える義務のある彼等にとって、何としても情報を手に入れなければならない。
しかし、相手が悪すぎた。
マイクを突き付けてくる記者達に、バージルの怒りは早くも頂点に達しようとしている。
ビキビキと額に青筋を浮かべ、不機嫌を露にするバージル。
しかしそんな事は気付きもせず、記者達は更にマイクをバージルに突き付ける。
「あ、あの! 止めて下さい!」
「こ、こういうのは困ります!」
このままでは彼等の命が危ない。
シルヴィと夕映は咄嗟にバージルの前に出て、記者達に止める様に言い含めた。
しかし。
「貴方達も彼の関係者何ですか!?」
「一体彼とはどういった関係で!?」
「何かコメントを!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
「止め……きゃっ!」
二人が前に出た事により更に記者達は詰め掛ける。
その際、前に出すぎた記者の一人にぶつかる。
「……あれ?」
痛みはない。
地面にぶつからず、まるで力強い何かに包まれている様な感覚。
ふと見上げると、そこには阿修羅の顔をしたバージルが記者達を睨み付けていた。
「……せろ」
「はい?」
「失せろ」
ギラリと目を光らせ、一人の女性記者に睨み付けた。
「っ!?」
バージルの殺気をマトモに受けた女性記者は、泡を吹いて地面に倒れ伏した。
「なっ!?」
「い、一体何が!?」
いきなり倒れた記者に、他の報道陣が動揺を見せる。
「ぼ、暴力に訴える気か!?」
「そんな事をすれば、世論が黙っては……」
「黙れ」
「っ!?」
「殺すぞ」
10歳の少年とは程遠い目付き、殺意と殺気に満ち溢れた気迫に報道陣の全員が女性記者の様に白目を向き、地面に倒れ伏した。
倒れ伏した報道陣の中で佇むバージル。
その光景に人々は怯え、再び恐怖の視線がバージルに突き刺さる。
しかし、その恐怖の視線をぶつけられても、バージルは動揺一つ見せずにいた。
遮ったものが無くなり、バージルはフンッと鼻息を漏らすと。
「おい」
「ひ、ひゃい?」
「どけ」
「ご、ごめんなさい!」
そう言われると、自分が今までバージルの片腕に抱き留められていた事に気付くと、シルヴィは慌てて立ち上がり、バージルから離れる。
「さて、鬱陶しい奴等もいなくなったし、今度こそ行くか」
気持ちを入れ替え、バージルは再びエヴァンジェリンの家へと向かう。
シルヴィも、そして何故か夕映もバージルの後へ着いていき、エヴァンジェリン宅へと足を進めた。
「たぁぁぁぁっ!!」
「絶影!」
緑に生い茂った大地、その一角が突如爆発し、砂塵と共に三つの人影が空へ舞い上がる。
黒き分身を操る高音と、杖を足場変わりにするネギ。
二人の魔法がそれぞれぶつかり合い、空を彩かせる。
「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!」
「行きなさい、絶影!」
「光の聖霊17人集い来たりて……」
主の命に従い、ネギに向かって両手が塞がった人形はネギの放つ光の魔法矢の弾幕を潜り抜けていく。
そして絶影がネギの懐に潜った瞬間、その二本の触手を一つの槍へと姿を変え、ネギに向かって放たれる。
しかし。
「あれはっ!」
「はぁぁぁっ!!」
虚空瞬動。
空中や足場のない場所で魔力や氣を練ることで瞬動と同じく、素早い動きが可能とする高等戦闘技術。
自分でも未だに完全には習得しきれていない技を使うネギに、高音は一瞬動揺を見せるが。
「たりゃぁぁぁっ!」
背後からくるネギの拳、桜華崩拳と呼ばれるネギが得意とする一撃が高音の背後を捉える。
しかし。
「っ!?」
高音の手が自分の拳に触れたと思った瞬間、ネギは空高々と打ち上げられていた。
一体何が起こったと、思考が追い付けずにいると自身の真上に絶影が現れ。
「あぐっ!」
絶影の蹴りがネギの腹部にめり込み、ネギは大地へと叩き付けられた。
「す、すげぇぇぇっ! 魔法すげぇぇぇっ!!」
二人が戦ったとされる森、それを見下ろせる程に高く聳える城のテラスで、戦いの一部始終を見ていた者がいた。
ネギの生徒で夕映やのどかの親友である早乙女ハルナ。
そしてこの場所はエヴァンジェリンが持つ別荘の一つでもある。
先日の激闘から数日、結界が破壊された事により殆どの魔力を取り戻したエヴァンジェリンは趣味として持っていた人形を糸で操り、家を以前よりも広く大きく建てる事が出来た。
バラバラとなった家の中から見付かった魔法球を使い、ネギ達の修行場として使われている。
「いやー凄いわ! まさか本物の魔法をお目にかかる事が出来るなんて……クーッ! 生きてて良かったぁっ!」
「何が魔法だ。……くそ、悪夢を見てるのか? 夢ならさっさと覚ましやがれ」
魔法という存在に出会えた事に歓喜するハルナに対し、同じく眼鏡を掛けた少女……長谷川千雨は酷く暗鬱な表情で今の戦いを眺めていた。
すると。
「や、やっぱり高音さん強いですね。全く歯が立ちませんでした」
「いえ、ネギ先生もまた腕を上げられました」
「全く情けない奴やな〜、何回も女に負けて」
「コラコラ、年上に対してそう言う言い方はないでしょ」
テラスの中央から転移による魔法陣が輝きだし、その中からネギ、小太郎、高音、明日菜の四人が現れた。
「ふん、一通りは終ったか」
「あ、師匠!」
四人が現れるのと同時に、城の中から妖艶な大人の女性が現れた。
ネギはそんな女性を師匠と呼び、人懐っこい笑みを浮かべる。
「エヴァちゃん、まだその姿なの?」
「当然だ。完全でないとはいえ殆どの魔力が戻ったのだ。結界がいつ戻るか分からないのでな、当分は楽しませて貰うさ」
そういって、自らの幻術で生み出した豊満な胸を揺らし、大人となったエヴァンジェリンは悦に入っていた。
すると。
「ギャァァァァッ!!」
「で、でたぁぁぁぁっ!!」
「「「っ!?」」」
突如、背後から聞こえてきた悲鳴に振り返ると。
「ほぅ、随分と変わったものだな」
「あ、貴方は……っ!」
腕を組み、辺りをキョロキョロと見渡しているバージルが佇んでいた。
一方、麻帆良学園では。
「もう、あのバカったら何の連絡も寄越さないんだから! 一度会ってぶん殴ってやらなきゃっ!」
尖り帽子を被り、赤い髪を靡かせながら、少女は学園の中へと入っていった。
〜あとがき〜
ラヴ?な話を自分なりに書いてみました。
相変わらずの更新の遅さで申し訳ありません。
そして何故ハルナや千雨がいるのかは次回ご説明します。