「……何処にだ?」
「え?」
バージルからの返答、想像していたものとはかけ離れた応えにフェイトは思わず間の抜けた声を出してしまった。
「何を驚いている。お前が来て欲しいと言ったんだろうが」
呆気に取られているフェイトに、バージルは眉を寄せて苛立ちを露にする。
フェイトの来て欲しいという言葉の意味を、全く理解していないバージルに月詠は掛けていた眼鏡をズルリと傾けて乾いた笑みを浮かべていた。
「ば、バージルはんって鈍感とかそんなレベルやないんやな」
「?」
呆れている月詠に、バージルは何なんだと首を傾げている。
すると。
「大体、俺はいつまでここにいなければならない? いや、そもそも何故お前の言うことに従わなければならない?」
「!」
「俺はいつかお前を倒す。お前を倒しナギを倒し、そしてラカンを倒す」
そう言うとバージルは徐に立ち上がり、扉の取っ手に手を掛ける。
扉を開け、外からの空気が入り込み、バージルの髪を撫で上げた。
「……次に会った時、その時は覚悟しておけ」
振り向き様にそれだけ告げると、バージルは白い氣の炎を纏って空へと舞い上がって行った。
瞬く間に米粒程の小ささとなり、姿を消すバージルに月詠はやれやれと肩を竦め。
「相変わらずバージルはんは物騒な人やなぁ、命の恩人に次は殺すやなんて」
言っている言葉とは裏腹に愉快そうに語る月詠。
確かにバージルを助けたのは事実だが、それを鼻に掛けるつもりもない。
そしてバージルも恐らくは助けて貰ったつもりもないのだろう。
今すぐには仕掛けて来ないのは、彼なりのせめてもの気遣いなのか。
何れにせよ、相変わらずのバージルに月詠は嬉しくて堪らなかった。
対するフェイト。
その表情は何時もの無表情だが、どこか悲しみの色が混ざっていた。
(そう、僕と彼は敵。僕にとっては不確かで彼に取っては明確な……)
彼が、バージルが自ら戦う道から外れない限りこの定めは変わらない。
だが、彼は気付いていない。
自身の力が今どれ程のものなのか。
(これは……嬉しいという気持ちなのかな)
絶大な力を既に手にしながら、未だ高みを目指すバージル。
そんな彼に力の差が分からないとは言え“敵”として見てもらえる。
自分を人形としてではなく、フェイトとして見てくれている。
しかし、だからこそ二人は相容れない。
自分を見てもらうにはバージルの敵であり続けなければならない。
悲しさと嬉しさ、二色の色は入り交じり、フェイトの中に複雑な感情を植え付ける。
(ああ、そうだね。それが君だ)
敵として自分を見てくれる。
ならば最後までその役割を演じよう。
人形として生まれた自分には、余りある栄光だ。
「さようなら、バージル君。……いや、戦闘民族サイヤ人」
ピクル。
バージルのサイヤ人としての名前を小さく呟くと、フェイトは月詠と共に水の転移で姿を消した。
約一ヶ月弱という、復興にはあまりにも早すぎる時を経て麻帆良学園は嘗ての姿を取り戻していた。
まだ瓦礫や立ち入り禁止区域があるものの、学園内は人で賑わい。
そして、異例にも今年二回目の学園祭が行われていた。
前回とは違って規模は小さいが、訪れる一般客は皆笑顔だった。
辛い時こそ笑っていられる。
それは人間にだけ出来る強さなのかもしれない。
苦しく、辛い明日を乗り切る為に今を全力で生きる。
その為に本土から英気を養う為にここへ訪れる人も多い。
しかし、同時に今回の一件で学園から去っていく者も少なくはない。
麻帆良学園は謂わば今回の災害の根元の地。
人の中には忌むべき地として後世に語る者がいるかもしれない。
しかし……いや、だからこそ人はこの地を祭りの場所として選んだのかもしれない。
起こってしまった出来事は変える事などできない。
だとすれば、その上で人は生きて行かなければならないのだから……。
「………」
笑顔で学園内の出店やアトラクションを眺めている人々を、シルヴィは新しく出来た噴水を腰掛けにして遠巻きに見つめていた。
前代未聞の大災害。
それこそ、星の存亡すら危ぶまれた危機を体感したのにも関わらず、笑顔を絶やさずにいる人々。
小さな子供が両親の手を握り、満面の笑みを浮かべている姿に、シルヴィは自然と笑みを溢していた。
「……さて、私もそろそろ行くとしましょうか」
そう言ってシルヴィは立ち上がると、未だに片付かない瓦礫の山の立ち入り禁止区域に向かって踵を返した。
バージルがいない今、もうこの場所にいても仕方のない。
そもそもバージルは主であるフェイトが連れ去ってしまったではないか。
監視対象がいない今、最早この地に居続ける理由はない。
それに、今ならば人も多く警備も甘いこの状況なら容易く脱出出来る。
シルヴィは来るときに持ってきたヴァイオリンのケースを担いだ時。
「あ……」
「貴方は……」
立ち入り禁止区域からネギの生徒の一人である綾瀬夕映が、シルヴィの前に現れた。
お互い思わぬ所で再会した為、二人は一瞬驚き、戸惑うが。
シルヴィはすぐに表情を引き締め、無表情のまま夕映の横を過ぎ去ろうとした。
すると。
「ま、待ってください!」
「…………」
夕映の動揺の声に呼び止められ、シルヴィは渋々と足を止めて振り返った。
「……何ですか?」
丁寧な口調だがありありと見える敵意に夕映は後退るが、グッと息を呑み込み前に出る。
「ここから先は立ち入り禁止区域ですよ。危ないから入らないで下さい」
「貴方に言われる筋合いはありません。それに、貴方だって今そこから出てきたじゃありませんか」
「私は部活による経験上、立ち入り禁止区域の見回りを承っています。ですからこの場所に踏み入れようとする輩を呼び止める義務があります」
「………」
「………」
真っ正面から睨み合う二人。
不穏な空気が漂い、シルヴィが軽く舌打ちしたその時。
「よっと」
「「っ!?」」
二人の前にバージルが降り立った。
何の予兆も前兆もなく、空からいきなり降りてきたバージルに、二人はビクリと肩を震わせた。
「ふぅん? 結構綺麗になってきたな」
辺りを見渡し、元の姿に戻りつつある学園にバージルは素直に感心した。
フェイト達と離れてから数日間、バージルは再び世界中を文字通り飛び回っていた。
目的は勿論、ナギ=スプリングフィールドを探し出す為。
以前のカモからの忠告を教訓に、バージルは余裕を以て世界を回っていた。
しかし、やはりナギの情報を得られず、バージルは左腕も完治した事を切っ掛けに再び体を鍛え直す為、この学園へと戻ってきたのだ。
「あ、貴方は……」
「バージル=ラカン」
「ん?」
自分の名前が呼ばれた事に気付き、振り返ると。
「あぁ、いたのか」
「っ!?」
バージルの何気ない素振りにシルヴィは真っ赤に顔を染め上げた。
ボロボロになった服、ほぼ裸と言ってもいい程に破れきった布。
歳に似つかわしくない肉体には幾つもの傷痕が刻まれ、その顔付きは凛々しい男の顔となっている。
弱冠の10歳とはとても思えないバージルの姿に、シルヴィは混乱の極みに入っていた。
「は、はわわわ……」
顔が燃える様に熱く、先程までの冷えきった思考の歯車が、今は火花を散らす程に高速回転をしている。
(な、ななな何故彼が此処に!? フェイト様の所にいたのでででは!?)
「さて、闇の福音は生きているかな? ……不老不死だし死んではいないか」
すると、二人に背を向けたバージルは、エヴァンジェリンの氣を頼りにその場から離れようと足を進める。
行ってしまう。
追わなければ。
何故?
監視対象だから?
しかし、自分の任務は既に終っているのでは?
否、終ってなどいない。
行ってしまう。
追わなければ。
「はわわわ……」
グチャグチャに混ざっていく思考、呂律も回らなくなり自分自身何を言っているのか分からない。
頭から湯気が立ち上ぼり、目を回しているシルヴィに、夕映はどうしたんだと引いていた。
そして、ブツリとシルヴィの頭の中から何かが切れる音が聞こえ。
「あ、あの!」
「?」
再び呼び止められ、バージルは面倒臭そうに振り返ると。
「一緒に、学園祭、回りませんか!?」
「「…………はい?」」
シルヴィからの突然の申し出に、夕映とバージルは首を傾けたのだった。
魔法世界、メガロメセンブリア。
魔法世界の本国とも呼ばれるこの都市にメガロメセンブリアの……通称MM元老員と呼ばれる幹部、その中でも極一部の限られた人間が一部屋の会議室に集まっていた。
「……と、この様に旧世界の魔法協会によると、今回の騒動の一件は外宇宙からの侵略者によるものではないかという報告を受けています」
円型の会議室、中央にて今回の出来事の原因について報告している男性議員に、元老院の面々はモニターに表情されている映像に視線を注いでいた。
巨大な根に蹂躙された大地、破壊され瓦礫となった街並み。
凄惨な旧世界の光景に、議員達は皆息を呑んだ。
しかし。
「ふん、外宇宙からの侵略者だと? 馬鹿馬鹿しい。一体何を根拠に……」
一人の議員の一言に会議室内はシンッと静まり返った。
その男は議員の中でも指折りの権力を手にしている為、誰も口出しする事など叶わなかった。
「し、しかし、現に旧世界は壊滅の一歩手前にまで追い込まれています。旧世界と言っても彼処には様々な軍事力を有している国がありますし、我々にもそう簡単には……」
「大方、どこぞの大国が秘密裏に兵器の開発を行って失敗したんだろう。全く、人騒がせな世界だ」
無茶苦茶だ。
第一、災害現地は極東の麻帆良と確定情報があるというのに、どこから大国という言葉が出てくるのだろうか。
しかし、相手は魔法世界有数の権力者、下手に異論すれば此方が危うい。
議員の誰もが発言出来ない中、一人の男性が席を立ち上がった。
「議員、事態に対し決め付けは良くありませんよ」
「貴様は……」
眼鏡を掛けた男性、クルト=ゲーテルの一言に議員全員が振り向いた。
「自身の理解が追い付かないとは言え、妄想で解決しようなど、見ていて恥ずかしいですよ」
「何ぃっ!?」
クルトの発言によりいきり立った議員は、席から立ち上がり声を荒げる。
しかし。
「それに、根拠ならありますよ」
「な……に?」
「此方です」
クルトの言葉と共にモニターの映像がブレ、次の画像が映し出されると。
映し出された映像に議員達は唖然となり、言葉を失った。
巨大な円盤、まるでSF映画に出てくるような外観。
ジャングルの緑に囲まれ、明らかに異なった文明の色を放つ異物。
その建造物に議員達は絶句し、何も言えずにいた。
「これはアマゾンの奥地で録られた映像です。発見したのは支部の魔法使い。現在は結界によって守られています」
「ば、バカな……」
そして、そんな議員達の横でクルトは不敵な笑みを浮かべながら。
(そう、あれこそはまさに我々の方舟……)
誰にも見付からないよう、手を強く握り締めた。
〜あとがき〜
相変わらずグダグダで申し訳ないです。
次回からは再びラヴコメ?になるかも………?
そして、今更ながら原作を読んで一言。
僕らの勇者(裸)王が!!