人類が知らない間に有史以来初の種族の存亡を懸けた戦いを経験し、光の雪を浴びてから数日後。
世界はこれ以上ない穏やかな日々を過ごしていた。
……いや、穏やかというのは訂正しよう。
正確には、争いなど起こす暇などない程の忙しい毎日に追われていた。
宗教や文化、人のすれ違いによる内紛、紛争。
長い間争い続けてきた人々も、今は復興という二文字しか頭になく、武器を取る者など一人もいなかった。
武器を取る暇あったら鍬を持て。
そんなありそうで無い格言の下、人は唯ひたすら働き続けた。
そこには人種も国境も宗教もなく、同じ人間として協力し合う人々の姿があった。
皮肉な事だが、世界は漸く同じテーブルに着く事となる。
だが、人々は知らない。
何の見返りも、目的もなく。
ただ強い奴と戦いたいとだけ願う一人の少年が、世界を救った事など。
故に誰も望まない。
この世には神などいはしない。
だから人は願う。
今日も良い日でありますように。
皮肉にも、世界は破壊の下で新しい創造が始まろうとしていた。
「オラーイ、オラーイ」
「部長、次は何処の区画でしたっけ?」
「次は繁華街区画の瓦礫の撤去作業だ。それが終わったらそこの復興作業に入るぞ」
「ウィーッス!」
極東の島国、日本。
広大な瓦礫の地となったここ麻帆良学園も、麻帆良大土木建築研や専門の業者の方々による連日徹夜作業により、徐々に以前の姿を取り戻しつつあった。
瓦礫の山だったものがみるみる内に無くなり、土台や鉄骨等を組み立てていく。
学生達の土木建築研による早く、それでいて確りとした仕事振りに、専門の業者達は驚き、感心した。
余談だが、土木建築研の生徒達は後に大手の建築会社に引き抜かれていくのは、また別の話。
土木建築研の生徒や、そんな彼等を支える一般生徒達で賑わう中、学園長である近右衛門は隣に高畑を従えて生徒達の活躍振りを眺めていた。
全身傷だらけで、未だに完治していないものの、二人は平然とした態度で眺めている。
「ほぅ、随分作業がすすんでおるの」
「この分だと、夏休み前迄には終りそうですね」
目の前で行われる生徒達の復興作業。
予想以上の早さに、近右衛門は素直に驚いた。
現在、日本中の建築士や大工、消防隊や自衛隊等、知識を持った全ての専門家が日本全土に広がり、救助、援助、に回り救援活動を行われている。
幸にも、あの巨大樹木が光の雪となって消えてから、大地や森林は以前と変わらぬ姿を取り戻し。
傷付いた地球を自ら修復していき、その恩恵を受けたのか、あれ程の災害に見舞われたにも関わらず、作物等は例年に比べ豊作となっていた。
お陰で野菜や果物ばかりではあるが、食べる物には困らず、人々は元気を維持したまま頑張れる様になっていた。
その他にも、雪広財閥といった世界有数の企業も無償で復興作業に全力を注いでいる。
高畑の言う通り、もしかしたら夏休み前に学園を元に戻せるかもしれない。
「皆言ってましたよ。あんな中途半端で学園祭を終えるのは悔しいって、署名もこんなに」
「ほっほっほ、元気があって何よりじゃ」
高畑の手元にあるファイル。
その中には学園祭の再開を訴える生徒の署名が記されてあった。
ビッシリと刻まれた生徒一人一人の名前、それを見た近右衛門は嬉しそうに笑った。
あれだけの経験をして、この学園に戻って来てくれるという生徒がこんなにもいる。
全生徒の八割近い署名の数に、近右衛門は目頭が熱くなるのを感じた。
「いかんな。歳を取ると涙脆くて叶わん」
「案外、皆分かっていると思いますよ。こんな時だからこそ元気に過ごさないといけないって……」
「……そうじゃな。復興作業の人達には申し訳ないが、もう少し頑張ってもらうよう言ってみるかの」
「そうですね」
優しく微笑む二人、逞しく育っていく生徒達に感慨深いものを感じていると。
「……しかし」
「………うむ」
途端に二人の表情は暗くなり、俯かせる。
この戦いを経て、世界中の人々は纏まりつつあるが。
同時に凄惨な傷痕も残してしまった。
今回の一件で、世界は大混乱に見舞われ、多くの死傷者が出てしまった。
この麻帆良学園にも決して少なくはない人数の人を死なせてしまっている。
ターレスの部下であるアモンド達と戦った魔法教師達。
十数人もいた精鋭達が、たった五人の侵略者の手によって壊滅。
全員病院で入院中、酷い者は今でも意識不明で生死の境を迷っている。
「刀子先生、神多羅木先生、ガンドルフィーニ先生も皆、未だ意識が回復しておりません。ガンドルフィーニ先生に至っては意識が回復したとしても、何らかの障害が残るかもしれないと……」
「………」
高畑からの報告により、近右衛門は口を重く閉ざす。
今回の一件で重症を負った魔法教師達。
仮に奇跡的に回復して普通の生活を送れる様になったとしても、体に深く刻まれた傷痕によって、もう二度と魔法使いとして生きていく事は叶わないだろう。
病院には彼等の親族達が詰め掛け、未だ目覚めない家族の安否を按じている。
ガンドルフィーニの娘が、窓ガラス越しから父を眺めている姿が、未だに瞼から離れない。
彼女の父を傷付けたのは自分だ。
彼等をあんな目に合わせたのは紛れもなく自分だ。
弁明の余地などない。
ガンドルフィーニや他の魔法教師の皆の親族には、近い内に全てを話す事になるだろう。
恐らくは、彼等の親族達に深い憎悪を抱かれる事になるだろう。
だが、誰かがこの役目を負わなければならない。
それが偶々自分だっただけの事。
そんな思いを胸に、近右衛門は淡々と仕事を続けている生徒達の姿を見守っていた。
「さて、これからどうするんですか超。ある意味では貴女の願いが叶ったみたいですけど……」
「そうネ……」
麻帆良学園と本土を繋ぐ陸橋周囲。
そこでは雪広コンツェルンが用意した避難所で生徒の八割が支援を受け、学園の復興を待った。
残りの二割は保護者である生徒の父兄達が生徒達を連れていき、それぞれ安全とされる場所で生活している。
学園の復興を待ち望んでいる生徒達を横目に、学園以来始まっての天才と言われている少女、超鈴音はクラスメートの葉加瀬の問い掛けに空を仰ぎ見た。
あの戦いを経て、世界は変わった。
今まで目を逸らしてきたものを真っ正面から見据える様に。
徐々にだが人々の認識が変わってきている。
地球を覆い尽くした神精樹、どんな兵力兵器でも傷一つ付けられなかったものが突然光の粒子となって四散したのだ。
世界中に降り注がれた光の雪は、枯れていた大地に恵みを与え、草木と動植物達に命を吹き込んでいった。
人々は自分達に理解出来ない現象を目の当たりにし、漸く気付いた。
世界には自分が知らない何かがあるのではないか、と。
皆、口には出さないが頭のどこかにはそんな疑問が残っている。
故に、近い将来魔法という存在は自然と公に出てくる事だろう。
強制的にではなく、人々自身の意志で。
だとすれば、自分の役目は……。
「そうネ、確かに過程は大分違ったガ、結果は私の目的に殉じているみたいダネ」
「……大勢の犠牲が出ましたけど」
「だからこそダヨ。だからこそ人は目を背ける訳にはいかない」
沢山の人が傷付いた。
大勢の人が苦しみ、泣き、悲しんだ。
だからこそ、忘れてはならない。
自分達が行おうとしていた計画なら、確かに人々から今回に関する記憶を“無かった事に認識させる”事は出来るだろう。
だが、それはダメだ。
辛い事があったからこそ、逃げてはならない。
真実に目を向けてこそ、人は前へと進める。
「破壊による再生……か」
「え?」
「いや、ただ。今回の功労者である勇者はどうしているのだろうかなっと思ったダケヨ」
フッと口元を吊り上げ、超は淡く光り輝き始める世界樹を眺めた。
「俺のターン、正義の味方カイバーマンをリリースし青眼の白龍を特殊召喚、ハーピィーレディ三姉妹に攻撃!」
「あぁ! ウチの三姉妹がぁっ!!」
「粉砕! 玉砕!! 大喝采!!!」
「………何をやってるんだい?」
フェイト達が重傷を負ったバージルを連れて早数日。
再起不能と思われていたバージルの体は、フェイトの治癒魔法によりみるみる回復。
未だ左腕は完治せず、ギプスを取り付けてはいるが。
右手で手札のカードを持ち、左足でカードから引いていく迄に回復したバージルを目に、フェイトは驚きを通り越して呆れてしまっていた。
「これで俺の三連勝、約束は……覚えているな?」
「はい〜、ウチの貞操をバージルはんに捧げるんでしたね」
「何故脱いでいる? 約束は今晩のおかずだ」
「あん、バージルはんウチをオカズにしたいだなんて〜。恥ずかしいどす〜」
頬を朱に染めてイヤンイヤンと首を横に降る月詠に、バージルはダメだコイツと彼女をスルーしてフェイトに向き直った。
「今晩の晩飯は何だ?」
「僕はいつから君の母親になったんだい? ……今日は君にお願いがあって此処に来たんだ」
「?」
フェイトに連れられてから数日、バージルは以前世話になった小屋で生活していた。
幸いにも此処は普通の人間では辿り着けない秘境の地、人目に付かない場所でゆっくりと体を癒せる事が出来た。
バージル本人は早く修行したいと言って聞かず、止めるにかなりの労力を強いられたが、今回の様に彼が興味を示したもので何とか今日まで引き留める事が出来た。
その間、月詠がバージルの世話をすると言っていたが、色んな意味で危ないので結局自分も面倒を見ることになった。
「何だ。お願いってのは」
「…………」
「さっさと言え、こっちは早く体を動かしたいんだ」
何故か口を閉ざすフェイトにバージルは苛立ちを隠そうともせず、舌打ちを打つ。
そして、フェイトはゆっくりと息を吐くと。
「……僕達と共に来て欲しい」
二年前、魔法世界にて言った同じ言葉を口にした。
〜あとがき〜
また更新が遅れて本当に申し訳ない!
前半の事後処理的な話でかなり手間取ってしまい……。
でも主人公と月詠との件からはかなりスイスイ書けましたww
次回はなるたけ早く更新しますので、どうかご了承下さい。