麻帆良の空に一閃の閃光が煌めき、光の渦から一人の人間が力なく地上に落下していく。
まだ10歳程度しかない少年は、弧を描きながら神精樹の根に落ち。
仰向けの状態でピクリとも動かなかった。
「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥッ!!」
大猿の雄叫びによって、ハッと我に返ったネギ達。
負けた?
あのバージルが?
微動だにしていないバージルにネギ達は絶句し、どうすればいいか途方に暮れていた。
対照的に大猿となったターレスは雄叫びを上げ続け、胸元を叩いている。
しかし。
「グルルルル………」
倒れているバージルを見付けたターレスは呻き声を漏らし。
「カァァァァッ!!」
口を開き、先程の閃光を再び放とうとしていた。
その時。
「っ!?」
突如背中が爆発を起こし、その衝撃により収束した光は一気に拡散していった。
「グルル……」
苛立ちの声を漏らしながら振り返ると、そこには手を此方に向けて佇むエヴァンジェリンが、冷や汗を浮かばせながら佇んでいた。
「ち、やはり利いてはいないか」
舌打ちを打ち、出鱈目な耐久力を持つ目の前の怪物に悪態を付く。
そんな彼女の言動にネギは瞬時に理解した。
ここで逃げても、奴は次に此方に狙いを定めてくるだろう。
いや、そもそも何処に逃げろと言うのだ?
あれ程の火力をもっているのだ。どんなに強固な盾を以ても防ぐ事は敵わないだろう。
それに、逃げた先で暴れられてはそれこそ空前絶後の大災害になる。
だとすれば、出来る事は唯一つ。
「木乃香さん、夕映さん、千雨さんを連れて早く逃げて下さい」
「え?」
「ね、ネギ先生!?」
自分のするべき事を悟ったネギは、一般人である千雨達に避難するよう指示を出す。
無論、千雨達だけではない。
真名や古菲も、楓と刹那も、小太郎も高音も、そしてエヴァンジェリンと明日菜も逃がし、最終的には自分が残り、皆を逃がすつもりでいた。
それが教師として自分に出来る最期の仕事だと。
ネギは震える腕を抑えて眼前の怪物を睨み付けた。
しかし。
「馬鹿か貴様は」
「え、エヴァンジェリンさん?」
呆れた様子で罵倒してくるエヴァンジェリンに、ネギは一瞬呆けた表情となる。
「貴様風情が足止め出来る相手か? そんな事をしたら私達も瞬時にあの世行きだ。……尤も、私は死なんが」
「あ、あぅぅ……」
エヴァンジェリンからの手厳しいダメ出しに、ネギは項垂れる。
「それに、貴様よりも確実な方法がある」
「……え?」
「近衛木乃香!」
「な、何?」
エヴァンジェリンからの突然の指名に、木乃香はビクリと肩を震わせる。
「私達が奴を引き付ける。その間にお前はアイツを……バージルを治療してやれ」
「え?」
「奴の生命力なら、まだ生きている筈だ。お前の力を全て使い、アイツをまた戦える様にするんだ」
「っ!」
木乃香がバージルを助ける。
エヴァンジェリンからの作戦概要に、木乃香はやや呆然と聞いていた。
「これはお前にしか出来ない。アイツを治療し、奴とマトモに戦えるのは小僧だけだ」
つまり、この危機を脱する可能性を持っているのは自分だけ。
漸く自分に課せられた事の重大さに気付いた木乃香は、自身の足が重くなるのを実感した。
バージルを助けられるのは自分だけ。
それはつまり、失敗すればこの場にいる全員の命が無くなるという事。
自分の行動が、ネギや明日菜達の命を左右するという事実に木乃香は押し潰されそうだった。
「そんな、危険過ぎます! お嬢様だけでは……」
「ではお前が護衛に付くのか? この作戦は全員の力を以て当たると言うのが前提条件だ。僅かでも戦力が瓦解すれば全てが水泡に帰すぞ」
エヴァンジェリンの話に、刹那は渋々と押し黙る。
刹那も気付いていた。
この作戦は自分達一人一人の力が戦況を左右する。
僅でも戦力が削がれれば全員の死へと直結する。
逃げるという選択肢が無くなった以上、恐らくはエヴァンジェリンの作戦が全員が生き残れる最も可能性が高いものだろう。
しかし、木乃香は自分の全てを賭けて守ると誓った相手。
そんな彼女を一人で死地に向かわせるのはどうしても抵抗があった。
そんな時。
「私も行きます」
千雨と同じ一般人である夕映が、木乃香の護衛に名乗りを上げた。
無論、ネギはこれに反対だ。
しかし、今の状況は教師だから生徒だからという悠長な事など言えはしない。
そもそも刹那や明日菜、生徒達を戦わせている時点で自分が教師と言える資格は無いのだ。
「……千雨さん」
「あ、は、はい!?」
「自力で立てますか?」
「え? は、はい。何とか……」
気絶から立ち直った千雨は、ずり落ちて皹の入った眼鏡を掛け直し、ネギに言われた通りに立ち上がる。
先程とは違い、足腰に力が入り、体力もそれなりに回復している。
「カモ君、頼んだよ」
「分かってまさぁっ!」
ネギが何を言おうとしているのかを瞬時に理解したカモは、千雨を連れてその場を力の限り走り去っていく。
「……すまないのぅ、ネギ君」
「学園長?」
「本来ならばアレを相手にするのは儂等の役目なのじゃが……」
申し訳なさそうに項垂れる近右衛門。
そんな学園長にネギは笑い掛け、首を横に振った。
「明日菜君、僕からも……」
「いいんです。それに、高畑先生と一緒に戦えて……ちょっぴり嬉しいですから」
にこやかに笑う明日菜。
そんな彼女の笑顔に押し黙り、高畑は表情を曇らせる。
だが、敵が目の前にいることに意識し、すぐに戦士の顔付きへと代わる。
「やれやれ、これじゃあお前の計画も台無しなんじゃないのか?」
「ハハハ、確かにそうかもネ。しかし、そう簡単には諦める訳にはいかないヨ」
「? 何の話アルか?」
龍宮と超がボソボソと話をしている。
そして。
「さて、お喋りは楽しんだか?」
「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥッ!!」
「「「っ!」」」
周囲を震わせる大猿の雄叫びが、ネギ達を戦闘体勢にさせる。
「へ、今になって漸く動き出しやがったか」
「拙者達を敵と認識していなかったのか、そもそも唯の気紛れか」
「分かりませんね、どうやらあの方は既に理性を無くしている様ですし……」
「ならば……」
付け入る隙はある。
如何に強大な力だろうと、ただ闇雲に振るうだけならば何とか対象出来るだろう。
だが、油断は許されない。
理性が失われ、正気を無くしても敵は遥かに強大。
全ては木乃香とバージルに託されている。
一人でも僅かなミスをすれば、この場にいる全員が死ぬことなる。
「それじゃあ、始めるか」
エヴァンジェリンが低く、小さく呟くと、小太郎や刹那といった接近戦を得意とするものは大猿に挑み。
ネギとエヴァンジェリンは、持ち前の魔力を最大限に生かす為、呪文を唱えてそれぞれ魔法の大砲を射つ。
そして。
「行こう夕映!」
「はいです!」
魔法の光が放たれた直後、木乃香と夕映は同時に駆け出し。
倒れ伏しているバージルの下へと急ぐ。
「バージルはん、負けてしまったんか〜」
「………」
麻帆良から離れ、陸橋の場所でフェイトは目を細めて、月詠は表情を曇らせて戦いを眺めていた。
「あーあ、これでこの世は終りになるんですかね〜、何や残念です」
落胆の口調で世界の終りを予見する月詠。
対するフェイトは何も語らず、ネギ達が戦っている様を眺めていた。
「あそこにかの青山鶴子がいれば、多少は状況が変わっていたかもしれへんけど……ダメやな」
諦めたかの様な月詠の口振り。
今はネギ達が何か騒いでいるが、それもいつまで持つか。
あの化け物がその気になれば、あの辺り一体は一瞬にして焦土と化す。
バージルが戦えなくなった以上、月詠はこの世の終りを静かに悟った。
しかし。
「まだ、まだ終ってません」
「?」
「調?」
自分達の後ろにいた調が、力強くそれを否定した。
「私は今まで、彼の姿を近くで見続けてきました。彼は戦います。何度でも」
自分は知っている。
バージルという男を。
自分の前に聳え立つ壁を破壊するまで、何度叩き潰されてもどれだけ傷だらけになっても。
彼は絶対に立ち上がる。
何か確信した表情で戦場を見詰める調。
そんな彼女の横顔を月詠は面白くないのか、若干の不機嫌さを見せる。
「……何れにせよ」
「!」
「何れにせよ、彼が再び戦えるか否かは……あのお姫様に掛かっているみたいだね」
フェイトが向ける視線の先、そこにはバージルに向かって掛けていく木乃香と夕映が映っていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「木乃香さんもう少しです。頑張って下さい」
「う、うん」
夕映を先頭に、瓦礫の山を登っていく木乃香。
バージルの下まであと少し。
震える膝に力を込め、木乃香は踏み出す一歩に力を入れる。
ここまで来る間、流れ弾や瓦礫が雨の様に降り注ぎ二人の行く手を阻んだ。
その度に傷付き、身体は疲労と恐怖で既に限界を超え、僅に気を抜けば倒れてしまいそうだった。
そんな中、夕映の手助けのお陰で何とかここまで辿り着けた。
体の至る所に傷痕を残しながらも、それでも走り続け。
そして。
「いた! いました! 彼です!」
神精樹の根の上に横たわるバージルを見つけ、二人は最後の力を振り絞って駆け寄った。
「バージル君、しっかりして!」
木乃香はバージルに近付くと、その凄惨さに絶句する。
左腕は折れて左脇腹はどす黒く変色し、体組織の六割近くが火傷に覆われている。
閃光の直撃を受けた背中の皮膚は焼け爛れ、血が留め留めなく流れている。
「…………」
「!」
「ま、まだ息が!」
しかし、バージルの胸が呼吸で僅に上下に動いているのを確認すると、木乃香は懐から一枚のカードを取り出し。
「“来たれ”!」
ネギと仮契約を果たしたカード、アーティファクトを展開させる。
自分の完全治癒魔法ならば、バージルを助けられる。
木乃香は自分の全魔力を注ぎ込むつもりでバージルの体を治そうとする。
「お願い!」
懇願の声と共に、木乃香の体から光が溢れていく。
しかし。
「え、えっ!?」
眩き始めた途端、木乃香の体から光が消えていった。
「ど、どうしたですか!?」
「う、うそ……そんな」
怪我をしたまま目を瞑っているバージルを前に、木乃香は目を見開いて膝を着いた。
何が起こったのかと、夕映は木乃香に問い掛けると。
「ウチ……ウチ」
木乃香はボロボロ涙を溢しながら。
「間に……合わへんかった」
掠れる様に小さく呟いた。
〜あとがき〜
な、難産でした。
しかもかなり突っ込み所が多くある。
どうもすみません。
PS。
某SSSの動画を見たらまたエンジェルビーツを見直してしまったww