「な、何が起こったんだろ?」
鉄骨の槍からエヴァンジェリンを助け出したネギ。
バージルとターレスが戦い、二人の速さに早々に着いて行けなくなったネギは、兎に角自分に出来る事をする為、自分に残ったほんの僅かな魔力を使い、生徒達と近右衛門に簡単な治癒術を施していた。
そんな中、空が緑色の光を放ち、ネギは光のあった空を仰ぎ見ていると。
「ネギくぅ〜ん!」
「ネギ先生!」
「こ、木乃香さん!? 夕映さんも!?」
背後から自分を呼ぶ声に振り返ると、本土へ避難した筈の木乃香と夕映が自分の所に駆け寄ってきたのだ。
「ふ、二人共、どうしてここに!?」
「済まねぇ兄貴! 二人をここまで連れてきたのは俺っちなんだ」
「カモ君っ!? そんな、どうして……」
「ネギ君、カモ君を責めんといて。これはウチが自分で決めた事なんや」
「木乃香さん……」
「ウチの力なら皆を治せるんやろ? エヴァちゃんから以前触り程度だけど教わった事がある」
「私も、部活動で怪我をした時に良く治療をした事もあり、それなりに知識はあるです」
「で、でも……」
「兄貴、二人は俺っちが責任持って避難させる。幸いあの化け物共はいないんだ。今の内に……」
「……分かりました。でも、危険が迫ったらすぐに逃げてくださいね」
「うん!」
「了解です」
どちらにせよ、自分一人では皆に満足な治療を施せない。
生徒達を助けるには、誰かの手を借りなければならない状況だった為、ネギは口には出さなかったが正直助かった。
またあの二人が此方に戻ってくる前に、明日菜や皆を連れて安全な場所に移動しなければ。
ネギは夕映が持参してきた救急箱を用い、比較的怪我の具合が軽い部分を殺菌、消毒した後に包帯で巻き。
木乃香は仮契約カードを使って、不器用ながらも皆の怪我を僅かずつだが治癒していった。
そんな中。
「う、うわぁぁぁぁっ!?」
「っ!?」
突然聞こえてきた悲鳴の方に振り返ると。
「ち、千雨さん!?」
そこには、無惨な死体となったレズンの姿を見て腰を抜かした千雨が地面に座り込んでいた。
「な、どうして千雨さんが!?」
ネギはカモの方に視線を向けるが、カモは全く知らないと首を激しく横に振った。
「ね、ネギ先生……」
千雨は、初めて目の当たりにした死体に顔を真っ青にしている。
「と、兎も角千雨さんもこっちに!」
ネギは何とか千雨を落ち着かそうと、精神を安定させる初歩的な魔法を掛けてあげようとした。
その時。
「「「っ!?」」」
突如空から何かが飛来し、自分達から少し離れた位置に落ちた。
ネギは何が落ちてきたのかと、舞い上がる煙の中を眺めていると。
「あ、あれはっ!?」
煙の中、クレーターとなった大地に倒れ伏し、白目を向いたターレスがいた。
上半身を覆った鎧は砕け、黒褐色肌の腹部には拳の痕がアリアリと刻まれており。
ネギが初見に見た姿とはあまりにもかけ離れていた。
一体誰がこんな事を。
いや、こんな事が出来るのは一人しかいない。
ターレスの姿を見た直後に起きる自問自答。
そして、その答えの人物が自分達の目の前に降り立ったのだ。
ゆっくりと空から降り、地面へと着地するバージル。
「う……く」
だが、力の殆どを出し切った為なのか、地面に足を着くや否や、バージルは膝を着き、額から大粒の汗を流し、地面に滴を落としていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「ば、バージル君っ!?」
至る所から血を流し、地面を朱に染めるバージル。
木乃香はバージルを呼び掛けるが、気付いていないのか此方に振り返らない。
バージルは仰向けになって倒れているターレスを、未だ警戒心を解かないまま睨み付けている。
「あ、アイツは……」
「し、死んでるのですか?」
ピクリとも動かないターレスに、夕映とカモが恐る恐る覗き込んだ。
その時。
「く、クソッたれがぁ……」
「「っ!?」」
「……チッ」
ギロリと瞼を開けるターレスに、カモと夕映は声にならない悲鳴と共に腰を抜かし、地面に座り込んだ。
バージルはやはりと言った表情で、ゆっくりと立ち上がるターレスを見つめていた。
バージルとターレスの実力はほぼ互角。
実を食べる以前はどうかは解らないが、飛躍的に戦闘力を上げられる神精樹の実を口にした時から、鍛練を怠けていたのも事実。
たった10年しか生きていないバージルが、自分よりも戦いの中で生きてきたターレスに僅差で打ち勝てたのは、その隙を突いただけの事。
しかも、最後に打ち抜いた一撃は僅かに浅く、ターレスの命を刈り取るには力が足りなかった。
どうする?
相手は自分よりも長く戦い続けてきた強者。
幾らダメージを与えたと言っても、此方も結構な痛手を負っている。
加えて、自分に残された力はもう僅かしかない。
一瞬でも気を抜けば、死ぬのは自分だ。
バージルは両手足に力を込め、眼前の敵を睨み付ける。
「う、ゲホォッ!?」
込み上げる痛みと嘔吐感、ターレスが吐き出した血の塊が足下と足場を紅く染める。
明らかに致死量だ。
常人ならばショック死を起こしかねない程の出血を流しても、ターレスは狂気に染まった眼光で睨み付けた。
「ピクル……ピクルゥゥゥゥゥッ!!」
「っ!」
「貴様は、貴様だけは絶対に許さん!! こうなったらもう神精樹の実など要らん!! この星諸とも宇宙の塵にしてやるっ!!」
深く傷付いた体からはあり得ない程の怒声を上げるターレス。
突風すら思わせるターレスの咆哮にネギ達は尻込み、バージルは言い表せない悪寒に襲われる。
「はぁっ!」
「っ!」
ターレスの掲げた掌から一つのエネルギーの塊が現れ、バージルは何をするつもりだと身構える。
すると。
「ヌンッ!」
「何?」
ターレスは白く輝く光の玉を、バージルではなく空に向けて放ち。
「弾けて、混ざれっ!」
ターレスが手を握り締めた瞬間、光は爆散し、周囲を白に染め上げた。
軈て光は収まり、バージルは腕で遮っていた視界を露にすると。
目にしたのは――。
「つ、月だと?」
自分達の上空に、白く輝く満月が燦々と光を放っていた。
いや、正確にはあれは月ではない。
エネルギーを媒介に擬似的な月を造り出したに過ぎない。
ターレスは一体何の為にこんな事を……。
「っ!」
そこまで考えて、バージルはやっとターレスの狙いに気付いた。
満月。
それはサイヤ人が最もその狂暴さと残忍さを発揮できる日。
それはつまり。
「ピィィィクゥゥゥゥルゥゥゥゥッ!!」
「っ!?」
「これで貴様は終りだ。尻尾を無くした事を後悔するがいいっ!!」
「ま、まさか……」
ターレスの笑い声が響く中、バージルは驚愕に目を見開き。
そして。
「ウゥゥゥ……ガァァァァァァッ!!」
「きゃあぁぁっ!?」
「な、何だぁっ!?」
獣の咆哮。
凄まじい音量で響き渡る雄叫びに、ネギ達は耳を塞ぎ、何が起こっているのかと混乱し。
そして、ターレスの体に変化が現れた。
体は巨大化し、全身は茶色い体毛に覆われ。
顔は変形し、人の形ではなくなり。
その目は紅く、血の色に染まり。
「し、しまった……」
バージルが悔恨の声を漏らす頃には、既にターレスの“変身”は終わっていた。
バージルを、周囲をも覆う影。
その光景にバージルは舌打ちを打ち、ネギ達は愕然の表情で絶句していた。
一同が目にしたもの。
それは、巨大で強大な。
「グォォォォォォォオオオォォォォオオオオッ!!」
猿だった。
「う、うん?」
「た、龍宮さん! 気が付いたんですね!」
「ね、ネギ先生? 私は……そうだ私は」
朦朧とする意識の中、ゆっくりと体を起こす龍宮。
ネギの呼び掛けに徐々に意識が覚醒していくと、彼女は自分の身に起きた出来事を思い出した。
あのサイボーグはどうなった?
龍宮は手元にあった拳銃を握り締め、辺りを見渡した。
その時。
「グォォォォォォォオオオォォォォオオオオッ!!」
「………は?」
大地が震える程の雄叫び、目の前の山の様に巨大な猿が暴れまわっている光景に、龍宮は言葉を失っていた。
先に目を覚ましていた楓や古菲達も、近右衛門ですらも彼女と同様に唖然とした表情見つめている。
「な、何なんですか……あれ?」
漸く我に返った高音の一言が、近右衛門達を現実に引き戻す。
目の前の怪物は何だ?
誰もが疑問に思っている事を、自称オコジョの妖精カモが説明した。
「ありゃターレスって言って、化け物達の親分格だった奴だよ」
「何?」
「本当なのか?」
「間違いねぇ、バージルの兄ちゃんは一度アイツを追い詰めたんだけど、奴は逆上しやがってな、月を生み出した途端にあんな姿へ変身しちまったんだ」
色々突っ込み所が多いカモの説明だが、今はそんな暇はない。
あれほどの怪物が好き勝手暴れていたら、この学園は数分も立たずに崩壊するだろう。
誰もが逃げる事を考えたその時。
「で、でも、それじゃあ一体奴は何と戦ってるのよ?」
明日菜の疑問の声を出した時、怪物のいる方向から爆発音が響き渡った。
何事かと振り返ると、怪物は煙りに包まれ、その中から緑色の炎が飛び出した。
バージルだ。
バージルは全身に氣の焔を纏い、その速さで以て怪物を翻弄していた。
いくら速さでと言っても、バージルも体力をかなり消耗している。
しかも、巨大化しながらも素早い動きをするターレスに苦戦し、その表情は苦悶に満ち。
「バージル君……」
その様子を遠巻きで眺めていた木乃香は、ただ祈る事しか出来なかった。
一方、自称常識人である千雨は。
「……きゅう」
度重なる衝撃と自分の常識感が崩壊し、疲れ果てた彼女は龍宮の隣で気絶していた。
「ちぃっ! しつこい奴だ!!」
バージルは掌に氣を集め、迫り来る脅威に向けて放つ。
バージルの氣弾は地球の重力を伴い加速し、巨大な猿となったターレスの顔面に着弾する。
「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥっ!!」
悲鳴か、それとも驚愕の叫びか、何れにせよ怯んだ隙にバージルは神精樹の根に着地し、相手の出方を伺った。
手応えなんて感じてはいない。
既に逃げる事でしか対抗出来ていないバージルに、今のターレスを倒す手段など残されてはいなかった。
大猿となったターレスは理性など無くし、ただ闘争本能のみで此方に攻撃してくる。
しかも巨大化したにも拘わらず、俊敏さは凄まじく、少しでも気を抜けば殺られる状況追い込まれ。
そして。
「ガァァァァァァッ!!」
「チッ」
雄叫びと共に降ってくる大猿に、バージルは舌打ちを打ちながら上空へと逃げていく。
このままではじり貧だ。
バージルはこの状況を打破しようと、思考を張り巡らせた。
その時。
「っ!!」
突如、目の前に迫ったターレスの手がバージルを捉えた。
バージルはこれに反応し、左に移動する事で避けて見せるが。
「ギガァァァァッ!!」
「し、しまっ!!」
既にそこにはターレスの振り払った右拳が迫り、瞬時に防御するが。
「ぐっ!?」
防御の上からでも分かる衝撃に意識を刈り取られ、バージルは上空に打ち上げられ。
「カァァァッ!!」
ターレスの口から放つ閃光に、呑み込まれていった。
〜あとがき〜
遅くなって申し訳ありません。
トッポです。
気温が一気に下がり、体調を崩したのかお腹を下してしまいました。
皆様もお気をつけ下さい。