エヴァンジェリンを除いて、最初に気付いたのは刹那だった。
遥か前方から見える光の爆発。
アレだけ規模の大きい爆発にも関わらず、未だ音や衝撃波が響いてこない。
刹那は懐から四つの道具を持ってネギ達を守る為に、対魔戦術絶待防御の四天結界独鈷練殻を展開する。
そして。
「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「うぅっ!!」
轟音、次いで襲い来る衝撃に建物は揺さぶられ。
強固な結界に護られていると言うのに、ネギ達はその衝撃波に吹き飛びそうになっていた。
ただ、エヴァンジェリンだけは爆発のあった方角に目を向き、呆れた様子で笑みを溢していた。
軈て衝撃波が収まり、光が消えていき、それに合わせるかのように刹那の張った結界は粉々に砕け散る。
「な、何なのよ今のは」
訳が分からない。
そんな面持ちの明日菜にエヴァンジェリンは鼻で笑う。
「小僧以外誰がこんな芸当が出来る?」
「い、一体何をどうやったらこんな事が……」
今起きた大爆発の原因が、バージルの仕業だと聞かされるネギ達は、どうやったらこんな事が出来るのか、何故こんな事をしているのか。
疑問と驚愕で思考が塗り潰された。
しかし。
「所で坊や、今のは刹那が咄嗟にやった事だから追及はしないが、次からはお前一人で耐えてみせろ」
「え?」
「安心しろ。他の奴等は比較的安全な場所へ移してやる。……坊やは一人ここにいるんだ」
突然エヴァンジェリンから言い渡される言葉に、ネギは表情を青ざめる。
今の衝撃波だけでもあの威力。
もし直撃すれば自分の身体など粉微塵に吹き飛ぶだろう。
それをエヴァンジェリンは一人この場に残ってひたすら耐え続けろと言うのだ。
「ち、ちょっと待ってよ! こんな危ない場所にネギ一人を置いて行ける訳ないじゃない!」
当然、保護者である明日菜はエヴァンジェリンに物申す。
しかし。
「黙っていろ神楽坂明日菜。私は坊やに言っているんだ」
振り返り様に睨み付けるエヴァンジェリンの眼光。
その鋭さに明日菜は後退り、ウッと息を呑んだ。
そして、エヴァンジェリンはネギに向き直り。
「どうする坊や、決めるのはお前だぞ?」
挑発的な笑みを浮かべたままネギに問い掛けるエヴァンジェリン。
ネギは押し黙り、爆発のあった方角へと見つめ続けている。
バージル=ラカン。
自分と同い年でありながら圧倒的強さを持つ者。
自分と同い年でありながら既に世界中を回り、自分の父親である千の呪文の男を探し続けている。
……何もかも、バージルの方が上だった。
覚悟も、力も。
そんな彼に、ネギは次第に父親と同じ何かを感じ、無意識の内に追い掛け始めていた。
エヴァンジェリンは気に入らないだろうが、ネギは自分なりに強くなろうと思い、弟子入りを志願。
強くなりたい。
その思いだけは偽りじゃない。
だから、逃げる訳にはいかない。
「……分かりました。エヴァンジェリンさん、宜しくお願いします」
ネギは振り返ると同時に再試験を受けると言い放った。
エヴァンジェリンは愉快そうに口元を歪ませ、明日菜は止めるよう言い聞かせようとする。
「だ、ダメよネギ! こんな危ないのは……」
「明日菜さん、心配してくれてありがとうございます。……でも、ここで逃げる訳にはいかないんです」
そう言って修行しているバージルに向き直り、立ち続けるネギ。
一歩も動かない様子のネギに、明日菜はウガーッと吠えて。
「じゃあ、私も残る!」
「ほう?」
「あ、明日菜さん!?」
「私はコイツの保護者だもの、一緒に残るわ!!」
ネギの制止も利かず、隣に並ぶ明日菜。
「ほんならウチも」
「お嬢様!?」
「ウチも保護者やし、ネギ君が頑張ろうとしてるから、少しでも応援したいんよ」
「し、しかし……」
何度も避難するよう呼び掛ける刹那だが、動こうとしない木乃香に折れ、彼女を守るために刹那も残る事にした。
「さて、残るわ貴様等だが……」
「……私も、見届けさせて貰います」
「わ、私もです!」
「結局、全員残るわけか……まあいい。刹那、結界を張るのだったら木乃香と一般人だけにしろ。神楽坂と高音は自分で何とかしろ。坊やは……分かっているな?」
「はい!」
「ちょ、何で私も!?」
ネギの勢いある返事に対し、何故自分もと抗議する明日菜。
しかし、そんな事を言う間もなく、巨大な水柱と爆発の衝撃波が明日菜達を襲い掛かった。
再び悲鳴を上げる明日菜達。
「ていうか、一体何やってんのよアイツは!?」
先程から爆発したりと、訳の分からない行動を続けるバージルに、明日菜は憤慨の声を上げる。
それは、この場にいる誰もが思った事。
と、その時。
「「っ!?」」
自分達の頭上に姿を現したバージルに、ネギ達は驚愕した。
どうやら海面にいたのはバージルらしく、全身ずぶ濡れとなっている。
だが、ネギ達が驚いているのはそこではない。
所々怪我をし、バージルが血を流している事に驚いていたのだ。
刃や爆発を以てしても決して傷付く事はないバージルが、全身から血を流して追い詰められているのだ。
あのエヴァンジェリンやスクナですら叶わなかった光景が目の前で起きている。
その意味を知った刹那とネギは目を見開き、肩で息をするバージルを見つめていた。
そして、バージルの姿がネギ達の視界から消えると、今度は別方向に水柱が立ち上り、衝撃が響き渡る。
吹き飛びそうになる程の衝撃波を受け止めながら、ネギは何とか踏み止まった。
「本当、訳分かんない……」
掠れた声で一人呟く明日菜。
すると。
「その内分かるさ、奴の事を見ていれば自ずと……な」
不敵な笑みを浮かべてバージルのいる方角へ視線を向けるエヴァンジェリン。
一向に分からない様子の明日菜、しかし。
「あ、あれは!?」
何かに気付いたのか、刹那はバージルが睨み付けている何もない空間に指を指した。
「ふーっ、ふーっ……」
呼吸を整えて額から流れる血を拭い、バージルは目の前のイメージで生み出したラカンに睨み付ける。
向こうも自分と同様に怪我を負って血を流し、ダメージを受けているように思える。
しかし、ラカンは相変わらず笑みを浮かべたままで余裕を保ったまま。
バージルはそんなラカンに苛つき、全身から氣を放って構えをみせた。
次は此方から仕掛ける。
超スピードで一気に間合いを詰めて、その鼻っ柱をへし折る事を考えるバージルだが。
『…………』
「っ!?」
ラカンが取り出した一枚のカードに、バージルの表情は一瞬強張った。
そして、ラカンの手にしたカードが輝きだし、無数の剣が現れた瞬間。
「チイッ!!」
手にした刃、その全てがバージルに向かって投擲される。
それはまさに剣の嵐。
弾幕の如く降り注がれる剣の雨を、バージルはその身体を以て粉砕する。
蹴りで、突きで、手刀で、或いは歯で受け止めて。
止むことの無い剣の暴風を、バージルは身体一つで受けきっていた。
しかし、ラカンの投げる剣は全て氣を纏わせた特別製。
超高濃度に練り上げられた氣は、バージルの肉体すらも簡単に切り裂いていく。
防御仕切れなかった部分は容赦なく切り裂かれていく。
頬を、腕を、足を、太股を、剣によって切り裂かれて血が流れ落ちていく。
バージルの足下の海面に、幾つもの赤い水滴が落ちていった。
その時。
ラカンの手からこれ迄とは比較にならない巨大な剣が顕現され、バージルに向けて狙いを定める。
しかもその剣にはこれまで以上の強い氣が練り込まれ、ラカンの周囲の空間をネジ曲げていく。
恐ろしく昂った氣に、流石のエヴァンジェリンも苦笑いを浮かべて頬から冷や汗を流し出す。
「ね、ねぇ、これ……ヤバいんじゃない?」
空気の流れで今の状況が途轍もなくマズイ事だと知った明日菜は、ネギに逃げるよう呼び掛けるが。
「…………」
ネギは、その場から一歩も動こうとせず、相対している“二人”を見つめ続けていた。
そして。
「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
バージルの雄叫びが轟き、全身から緑色の炎を吹き出し。
右手の掌にエネルギーを収束させていく。
ラカンの氣とバージルの氣が膨れ上がり、共鳴して大気を震わせる。
刹那は木乃香とシルヴィを守る為に、自分が張れる最大の防御結界を展開し。
高音は明日菜を守るよう、自分の得意魔法である影を使って、防御体勢に入る。
残されたエヴァンジェリンも吹き飛ばされないよう障壁を展開する。
その時、エヴァンジェリンはふとネギの方に視線を向けると。
そこには障壁も張らずにただバージルを見つめるネギの姿があった。
全身汗まみれになりながらもその瞳は揺るがず、ただ一点のみを見つめていた。
それを見たエヴァンジェリンはフッと笑みを溢し。
「坊や、障壁を張らなくていいのか?」
「あ、せ、そうでした!!」
ネギに忠告し、障壁が展開したのを確認した。
瞬間。
「エクストリィィィィムッ!!!!」
「来るぞ!!」
「ブラストォォォォッ!!!!」
バージルは右手に収束された光を振り上げ、ラカンに向けて放った。
対するラカンも巨大な剣……斬艦剣を放ち、バージルの放った閃光に向けて投げ付けた。
剣と閃光、二つの超エネルギーがぶつかり合い。
光が溢れ、バージルは勿論ネギ達すらも呑み込んでいった。
「やれやれ、また別荘の修理か……」
光が収まり、瞼を開けたネギ達が目にしたもの。
「な、何よ……これ」
「こんな……事って」
目の当たりにした刹那はガクリと膝を着き、明日菜は呆然となっていた。
いや、二人だけではない。
高音やシルヴィも、目の前の光景に言葉を失っていた。
何故なら。
ついさっきまでどこまでも広がる海だった場所が、広大に広がるクレーターに変わっていたからだ。
青々とした海は見る影もなく、目の前に広がるのは荒れ果てた大地のみ。
どこまでも広がっていた青空は、暗雲が立ち込めていた。
常夏を思わせる空気が、今は寒くすら感じる。
いきなり変わった景色を前に明日菜達は何も言わず、ただ呆然としているだけ。
「あ……う……」
すると、今まで立っていたネギが急に力が抜けたように、その場に倒れ込んだ。
「ちょ、ネギ! 大丈夫!? しっかりして!!」
すぐにネギを抱き抱え、明日菜は何度も呼び掛けた。
息はしている。
生きている事に安心した明日菜は、胸を撫で下ろし安堵の溜め息を吐いた。
あれだけの衝撃波を前に、よく無事で済んだものだ。
すると。
「ふむ、耐え抜いたか」
「っ!?」
声のした方へ振り返ると、そこにはネギの顔を覗き込んでいるエヴァンジェリンがいた。
耐え抜いた。
その言葉を聞いた明日菜はパァッと表情を明るくさせ。
「そ、それじゃあ!」
エヴァンジェリンに合格なのかと問い掛けた。
「仕方あるまい。こちらから出した条件に応えたのだからな」
そう言ってエヴァンジェリンは別荘に向かって歩き始める。
「神楽坂、坊やを連れてこい。丁度奴の修行も終った所だ。纏めて治療してやる」
「え? いいの?」
「奴を治すついでだ。近衛木乃香、お前も来い。お前の治癒術は役に立つ」
「う、うん。分かった!」
「それなら、私も。治療なら私も少しは心得があります」
そう言って、エヴァンジェリンの後を付いてく明日菜達。
しかし、高音だけは。
「……どうして」
酷く困惑した面持ちで、彼女達の背中を眺め続けていた。
〜あとがき〜
えー、サブタイとは全く違う内容になってしまいました。
ネギの試験合格、そしてエヴァンジェリンなんだか随分甘くね?と言う皆様。
全力で見逃せ!!
これ好きやねん