――負けた。
ジャック=ラカン以外の男に初めて敗北した。
拳も、体術も、技も。
奴には届かなかった。
ターレス。
自分と同じ戦闘民族サイヤ人であり、惑星カノムへ送り出した張本人。
何故奴が地球に?
何が目的で何をする為に?
暗闇に閉ざされたバージルの思考に、一瞬だけそんな考えが過る。
しかし、その直後に来る激情に、そんな疑問は彼方へと吹き飛んでいった。
――悔しい。
ただ一点、バージルの思考は暗闇から深紅にそまる業火へと燃え上がっていく。
ジャック=ラカン。
奴を超える為に戦い、その為だけに強くなる事を渇望し続けてきた。
故にその過程で死せば、それまでだと自分に言い聞かせてきた。
所詮、そこまでの人間だったと。
――だが、それは違った。
胸の奥から沸き上がる怒り、それが自分に戦えと訴えてくる。
戦え、そして勝て。
サイヤ人? 戦闘民族? ピクル?
どうでもいい。
自分はバージルとして存在し、バージルとして生きていく。
故に戦う。
故に願う。
このままでは終れないと。
終わる訳にはいかないと。
さぁ、目を覚まそう。
自分は生きている。
生きているならばやる事は一つ。
再び始めよう。
戦いという名の舞台へと舞い戻る為に……。
「う……ん?」
何か体にのし掛かっている。
生暖かくて柔らかく、だけど妙な匂いがする。
鼻腔を擽る刺激が、バージルの思考をより覚醒へと導いていく。
そして、ふと瞼を開けると古い木材でできた天井が視界に映った。
生きている。
バージルは両手両足の指先を動かし、自分はまだ生きている事を確信した。
――パチリッ。
火が弾ける音に頭を動かすと、部屋を暖める為の暖炉が淡い炎の光を放ちながら、煉瓦で出来た囲いの中で燃え上がっていた。
暖かい理由はこれだったか。
バージルは自分の体を包む暖かさの原因に満足し、目を瞑ろうとするが。
「あん、バージルはんくすぐったい」
「?」
ふと、バージルの体にのし掛かる重みから艶の掛かった声が聞こえてきた。
バージルは半身だけ起き上がり、何だと思って視線を下に向けると。
「おはようございます〜。よう眠れましたか〜?」
酷く間延びした口調が特徴の月詠と目が合った。
しかも裸。
一糸纏わぬ姿、決して小さくはない乳房をバージルの胸板に押し当てて、妖艶な笑みを浮かべている。
眼鏡を掛けず、素の表情を晒す月詠。
それは通常の美少女とは違った魔性の美しさを放っている。
まだ幼さを残すが、一種の美の究極体を見せ付ける彼女を前に、理性を保てる男性は少ないだろう。
しかし。
「何だお前は?」
一閃。
神鳴流の使い手でも惚れ惚れする様な一閃の一言を漏らすバージルに、月詠は僅に口端を吊り上げる。
だが、すぐに表情を戻し、クスクスと微笑みながらバージルとの距離を開けた。
その際に見えた月詠の滑らかな艶肌の全てを目にしても、バージルは全く以て動揺はせず、鋭い眼光のまま月詠を射抜いていた。
「あん、そんな見つめないで下さいな〜。濡れてしまいます〜」
何が?
バージルは月詠に問い掛けようとした時、ドアノブから捻る音が響き、扉が開かれる。
ギィィと、古めかしい音と共に現れる人物に、バージルは僅に眉を吊り上げた。
フェイト=アーウェルンクス。
修学旅行以来出会う事なかった人物、それが何故自分の前にいる?
「目を覚ましたかい?」
「………」
「そう睨まないでくれないか? 押し付けがましい事は言うつもりはないが、まだ君の体は万全じゃない筈だ。もう少しは大人しくしてくれ」
フェイトにそう言われ、バージルは自分の体に視線を下ろすと、自分の身体中至る所に包帯が巻かれている事に気付く。
そして同時に自分も月詠と同様に丸裸だった事にも……。
「バージルはん、体は小さいのにある部分は規格外なんですもの〜、危うく一線を超える所でした〜」
紅潮する頬を抑え、イヤンイヤンと左右に首を振る月詠。
そんな彼女を視界の外に追いやり、バージルはフェイトに睨み付けながら問い掛けた。
「……何故助けた?」
バージルの疑問は当然だった。
フェイトとは情報を交わす仲であっても命を助けて貰う間柄では決してなかった筈。
どんなに苦境に陥っても生き延びてきたバージルにとって、フェイトの自分に対する行いは正直言って余計なお世話の一言。
これまで一人で生きてきたバージルには、フェイトの行動が理解出来なかった。
すると。
「……君の言いたい事も分かる。しかし、事態は既にそれを許せる状況ではないんだ」
ゆっくりと口を開いたフェイトから聞かされる話に、バージルは疑問に眉を吊り上げた。
「歩けるかい?」
「……あぁ」
ドアを開け、一緒に来てくれと促すフェイト。
バージルは自身に被せてあった布切れを身に纏い、フェイトの後を追っていく。
その際、あれ〜とベッドから転げ落ちる月詠は部屋を後にするバージルの背中を恨めしそうに見つめ。
「うーん、やっぱり少し位摘まみ食いすれば良かったなぁ〜」
ペロリと舌舐めずりをするのだった。
フェイトにそのままでは寒いだろうと言われ、背中に妙な絵柄の入ったジャケットと黒に赤のラインが入ったズボンを着用し。
バージルはフェイトに連れられ、扉の向こう側へと足を踏み出すと。
「っ!?」
目の前の広がる光景に絶句した。
自分が今までいたのは、どこか標高の高い山の頂上付近。
眼下には雲の海が広がり、それは何とも幻想的な風景だった。
だが、バージルが愕然となっている理由はそこではない。
雲の更に下にある地上、人間が暮らす街並みが巨大な根によって蹂躙されていたのだ。
森は枯れ果て、海が無くなり始め、赤茶けた星へと変わっていく地球に、バージルは言葉を失っていた。
「……何だ、これは?」
絞り出すような声で口にするバージルの一言。
一体自分が眠っている間に何が起こったのか、バージルはフェイトに問い質そうとした。
その時。
「っ!?」
突如、東から感じ覚えのある氣が更に爆発的に膨れ上がった事に気付き、そちらに向かって振り返る。
「この氣……奴か!」
遥か遠くの地からでも分かるおぞましく、強大な氣。
しかし、そんな氣を前にしても、バージルは何故か落ち着いている自分の心境に驚いていた。
ターレスに完膚なきまでに叩きのめされ、頭がおかしくなったのか。
バージルは自分の手に視線を落とすと、内側から溢れ出てくる力の奔流に気付いた。
すると。
「さて、バージル君。君には二つの選択肢がある」
「?」
「奴らと戦うか、奴らに組するかの二択がね」
フェイトから突き出される二つの選択肢。
ターレスに挑み再び無様にやられるか、それとも仲間になり命の保証を得るか。
フェイトからの宣告、バージルにはそう聞こえた。
いや、実際にはそうなのだろう。
幾らサイヤ人の特性によって大幅に増大したとはいえ、相手は何らかの手段で更に力を手に入れている。
このまま闇雲に挑んでも、最初の二の舞になるのは明らかだ。
しかし。
「何だそれは?」
バージルはあのジャック=ラカンの息子。
負けると言われてハイそうですかと引き下がれる程、大人しい人間ではない。
故に。
「そんな事、決まっている」
バージルはフェイトの瞳を睨み付けながら宣言した。
「……正気かい?」
「さぁな、だが本気だ」
互いに睨み合い続ける事数秒、そして。
フェイトはヤレヤレと肩を竦め、呆れる様に溜め息を吐くが。
一瞬、ほんの一瞬だが、フェイトの口元が愉快そうに歪んでいたように見えた。
「なら、僕から言える事はもうない。その楔を外して今一度舞台に舞い戻るといい」
フェイトの指先へ視線を落とすと、ラカンから渡された腕輪が視界に入った。
そうだ。
まだ自分には力が残されている。
負荷重力に慣れすぎたせいか、今まで外した事のない腕輪。
どんなに小さな力でも、自分で育んだ力ならばどんなものでも使いたい。
「解放」
バージルが腕輪をなぞる様に封印解放の呪文を唱えると。
腕輪はカションッと短い機械音を鳴らし、斜面へと落下した。
瞬間。
「っ!?!?」
それは、これまでバージルが体験した事のないモノだった。
そこまでいた筈の自分がいなくなり、まるで空気と同化したような錯覚を覚え、全身の細胞が、枯れ果てた大地に大雨が降り注いだ様に歓喜に打ち震え。
肉体がより強固に、より強靭に変化していくのが実感できた。
そして、バージルを眺めていたフェイトも、今までの無表情から一変し、驚愕に目を見開かせていた。
やがて、落ち着きを取り戻したバージルは力を抑え、辺りは静寂に包まれていく。
時間的には一瞬も満たないもの、しかしフェイトには何時間もその場にいるような気がした。
すると、バージルは唐突にフッと笑みを溢し。
「……行くか」
自信に満ち溢れた表情で空を見上げた。
その表情からは何か確信があるのか、見ている此方も知らずに安堵を覚える。
フェイトは相変わらずの無表情でいるが、どこか光の灯った目でバージルの横顔を見つめていると。
「フェイト=アーウェルンクス、お前に聞きたい事がある」
「……何だい?」
「俺を助けたのは、奴らを倒して欲しいからか?」
バージルは空を見上げたまま、フェイトに問い掛ける。
フェイトは瞼を閉じて、数秒そのままでいると。
「さぁね、僕自身も良く分かっていない。……ただ、君の生き様を見たかっただけさ」
「そうか」
フェイトの答えに、バージルはそれ以上問い詰める事はなく。
全身に、今までと違う淡く、それでいて優しい緑の炎を身に纏うと。
バージルは瞬きをする程度の時間で、一気に大気圏にまで跳躍し。
ターレスのいる麻帆良学園まで飛翔していくのだった。
飛び立ったバージルを見届けた後、フェイトは小屋の中に戻り。
「月詠さん、僕達も行くとしよう」
「はい〜」
既に服を着込み、二刀の小太刀を手にした月詠に声を掛ける。
「さぁ、僕達も行こう。彼の……彼による世界の変革を目にする為に」
そう言って、フェイトは月詠と共に自身が得意とする水による転移術を行使し、水溜まりへと姿を消していく。
世界は崩壊し、世界は新たな局面を迎える。
それは破滅か、それとも変革か。
何れにせよ、戦いは次の段階へ。
日本、麻帆良学園。
激震の時、来る。
〜あとがき〜
更新が遅いくせに短い駄目な作者です。
さて、今回はバージル発進の回ですが。
次回からはまたネギ達の話しになります。
どうか寛大な心でお読み下さい。
ps
月詠とバージルは何故裸だったのか、それは所謂人肌で暖めるという行動ですので、決してXXXな展開ではないのであしからず。
……それにしても、何故か月詠が出てくるとアレな表現を出してしまうのか。