麻帆良学園。
本来なら学園祭で賑わっていた筈の場所が、今は侵略者が芽生えさせた神精樹の実によって蹂躙され、その面影は見るも無惨なものへと変わっていた。
瓦礫に埋め尽くされた学園、チャイムを鳴らす鐘が突然何かにぶつかり破壊される。
舞い上がる土煙、崩れた瓦礫の中から一人の少女が姿を現した。
高音=D=グッドマン。
服は破れ、傷だらけとなった彼女は、絶影という新たな力を手にしたにも関わらず、ボロボロに追い詰められていた。
絶影。
高音が得意とする影魔法、今の自分が出せる最高の技。
影で作られた人形であり、自律能力を持った……謂わば高音に取ってはもう一人の自分。
顔半分を覆った仮面には皹が入り、腕を抑え込んだ拘束具を模した装甲にも幾つもの亀裂が刻まれている。
「くっ!」
高音は空中に佇む小さな怪物、レズンを睨み付け。
「はぁぁぁっ!」
絶影と共に飛翔する。
高音と絶影、二人の挟んでの同時攻撃。
高音は影によって強化された拳を放ち、絶影は二つの紐を螺旋状に絡ませて、一つの槍を撃ち込む。
二人の攻撃が届いたと思った。
その時。
「ヒャッハァッ!」
「っ!」
レズンの体が光を放ち、二つの影が飛び出し。
「あうっ!」
高音と絶影、それぞれの顔と腹部に衝撃が貫かれ、地面に叩き付けられる。
激しい痛みのある腹部を抑えながら、立ち上がろうとする高音だが。
「う……けほ、かは」
口から大量の血が吐き出され、足下の瓦礫を鮮血に染め上げる。
「また、あの技か……」
ギリッと歯を噛み締めて、レズンのいる上空を睨み付けると。
「レズン!」
「ラカセイ!」
「「俺達双子の兄弟さぁっ!」」
レズンとまるっきり瓜二つの男、ラカセイ。
どういう原理か分からないが、一人かと思えば二人になり、二人かと思えば一人になるレズンとラカセイの連携攻撃に、高音は翻弄されていた。
「残念だったな」
「折角二対一の有利な状況になってたのになぁ」
「くっ!」
思ったより体にダメージはなく、一人で立ち上がる高音。
当然だ。
何せ向こうは殺さないように手を抜いているのだから。
悔しかった。
エヴァンジェリンの下でアレ程修行を重ねて来たというのに、全く以て相手にされていない事実に。
高音は拳を握り締めて、レズンとラカセイに睨み付けた。
その時。
「っ!」
「ラカセイ!?」
突然、背後から
無数の黒い狗がラカセイを襲い、爆発を引き起こした。
二人を囲むように煙が広がり、レズンは何が起こったのか辺りを見渡すと。
「狼牙双掌打っ!」
「ぬがっ!?」
レズンのスカウターが反応を示した瞬間、真下から突き上げる様に突き出された掌、その先から伝わる衝撃にレズンは顎をカチ上げられ。
「しゃらぁっ!」
「がぁぁぁっ!?」
腹部に叩き込まれた蹴り、レズンは瓦礫の中へと吹き飛んでいく。
「れ、レズン!?」
いきなり吹き飛んだ兄弟に、動揺するラカセイ。
すると。
「疾空、黒狼牙!」
黒髪から犬のような耳を覗かせる少年から放たれた先程と同じ幾つもの狗、それら全てラカセイに撃ち込まれ、レズンと同様に瓦礫の中へと落ちていく。
突然起こった出来事に高音は混乱していると。
「姉ちゃん、無事か!?」
「き、君は……」
狗族の少年、犬上小太郎が目の前に降り立ち、高音へと駆け寄っていった。
「どうして君が……」
「俺もさっきまで一般人を避難させてたんや、そしたらなんや滅茶苦茶ヤバそうな気配を感じたんで他の連中に任せてここに来たんや」
因みに避難の方は無事に完了した。
小太郎から告げられる現在の状況に、高音が胸を撫で下ろしていると。
「この糞ガキィィィィッ!!」
「ただで済むと思うなよぉぉぉっ!!」
レズンとラカセイを吹き飛ばした方角から瓦礫が吹き飛び、怒りの雄叫びを轟いた。
小太郎の油断を突いた不意討ちも、大して利いた様子はなく、寧ろただ怒りを買っただけにみえた。
雄叫びから感じられる怒りの度合いに、小太郎はヤバいと直感した。
「どうやら、俺のした事はただアイツ等の怒りを買っただけみたいやな……」
「みたい……ですね」
「姉ちゃん、今の内に逃げとき。アイツ等は今や俺だけしか狙ってへん。今なら姉ちゃん一人位なら逃げれるかもしれんで」
震える体を抑えながら、小太郎は笑みを浮かべて高音に逃げろと言い聞かせる。
これまで生きてきて、小太郎は何度も修羅場を潜ってきた。
殺しや盗み、捨て駒にされたりと生きる為に命を懸けて戦い。
そして、今日まで生き抜いてきた。
だが、今回は流石に相手が悪い。
迫り来る脅威を前に、小太郎は自分の死を覚悟した。
すると。
「何を、馬鹿な事を……」
「は?」
「私は貴方よりも年上、逃げるとするなら私ではなく貴方の方です」
「なっ! それをいうなら姉ちゃんは女やないか! 殿は男の勤め、姉ちゃんが逃げや!」
自分が死ぬ覚悟でいたというのに、それを台無しにする高音。
互いに逃げろ逃げろと言い合い、ギャーギャーと騒ぎ立てる二人。
お互いそれぞれ譲れないものがあるのか、依然として引こうとしない。
しかし。
「安心しな」
「どっちも殺してやるよ」
「「っ!?」」
既に脅威は間近まで迫り、二人は完全に逃げるタイミングを逃してしまった。
「……どうやら、もう逃げられないみたいですね」
「腹ぁ、くくるしかないみたいやな」
血走った目で睨み付けてくるレズンとラカセイ。
対する二人は今度こそ覚悟を決めて、迎え撃つ体勢に移った。
小太郎は絶影と共に前へ、高音は後方に呪文を唱え。
「ガァァァァッ!!」
小太郎は自分の内に流れる狗族の血を目覚めさせ、獣化し。
「ウォォォォッ!!」
雄叫びと共に大地を蹴った。
小太郎と高音が決死の覚悟でレズンとラカセイに挑んでいる一方、神精樹の上部付近では。
「ハァァァッ!」
「フッ!」
「チィッ!」
ターレスに対してエヴァンジェリンと自身のアーティファクトの力でバージルとなったクウネルが、激闘を繰り広げていた。
「喰らえ!」
エヴァンジェリンはターレスに狙いを定めて、無数の氷の矢を放つ。
「そんな小細工がっ!」
ターレスはこれを一蹴、掌から放つ光の矢でもって相殺し、エヴァンジェリンが放つ矢よりも遥かに多い物量で、彼女を射抜いていく。
「あ、が……」
手、足、胴体、至るところを撃ち抜かれ、エヴァンジェリンの躯から大量の血を噴き出す。
地面に向かって落下していくエヴァンジェリンを見て、“今度こそ”仕止めたと口元を歪める。
しかし。
「ツァッ!」
「ぬぐっ!?」
背後からのクウネルの蹴りがターレスを捉え、エヴァンジェリンと同様地面に向けて落ちていく。
すぐに全身を強張らせてブレーキを掛け、クウネルの方へ振り返るが。
「っ!?」
既に目の前にはバージルの拳が迫っていた。
首を捻り、回避するターレスだが。
バージルとなったクウネルの拳圧が真空の刃となってターレスの頬を切り裂いていく。
「ヌァァッ!!」
「っ!!」
ギリッと喰い縛った歯軋りの音が、ターレスの憤慨の度合いを思わせる。
そして、振り抜いた体勢によりがら空きになった脇腹に返しの蹴りを放つ。
直撃をマトモに受けたクウネルは、エヴァンジェリンのいた方角とは正反対の場所へ吹き飛び。
地面へと叩き付けられる。
地下に幾つもの空洞を持つ麻帆良学園、魔力を失いつつある大地はその衝撃に耐えきれる筈もなく、激しい音と共に崩れていった。
轟音と共に舞い上がる砂塵、ターレスはそれを眺めながら頬から流れる血を拭うと。
「奴等、一体何なんだ?」
ターレスは見たこともない術や技を使うエヴァンジェリンとクウネルに、苛立ちを募らせていた。
戦闘開始直前、突然クウネルが妙なカードを出したと思った矢先、これまたいきなり無数の本が現れ。
その中の一冊を手に取り、栞を抜き取ったかと思えば、眩い光と共に現れたのはまだ幼さを残す少年だった。
(あの魔法使い、ピクルの面影がある奴に化けやがった。何なんだあの術は……)
クウネルが変身したのは、以前戦ったバージルのコピー。
強さはターレスが戦った時とは比べ、数段劣っているように感じられた。
(確かフリーザ軍の中に似たような術を使う奴がいたと聞いたが……まさか奴が?)
ターレスはいつの間にか冷静を取り戻し、クウネルの術について考え始める。
正直、クウネルの術についてはそれほど脅威ではない。
ピクル……いや、バージルの面影がある子供に変身したのは驚いたが、それでも自分を脅かす程ではない。
問題はあのクウネル自身。
どれだけ攻撃しても、まるで雲を相手にしているように手応えがなく。
「ハァァァッ!」
「チィッ!」
直ぐにまた体勢を整えて攻撃してくる。
それだけではない。
「闇の吹雪!!」
「っ!?」
確かに致命傷を与え、地面に落下した筈の小娘、エヴァンジェリンがクウネルと同様に直ぐに復活し、攻撃を再開する。
(何がどうなっている!?)
治癒術も使わず、そんな素振りも見せず、尚復活して攻撃してくる二人に、ターレスは動揺と焦りを見せ始めていた。
ターレスが二人の攻撃を掻い潜り、回避し続けている。
その時。
「フンッ!」
再び背後に回り込んだエヴァンジェリンが、ターレスに向けて魔力で凝縮した刃を降り下ろした瞬間。
「調子に……乗るなぁぁっ!!」
振り返り様に降り下ろされる刃を防ぎ、残された手で。
「が……」
エヴァンジェリンの心臓を貫いた。
手応えあり。
心臓を貫かれ、グッタリと項垂れるエヴァンジェリン。
ボタボタと落ちてくる血がターレスの頬に付着すると。
ターレスはそれを舌で舐めとり、含み笑いを浮かべて漸く仕止めたと確信した。
しかし。
「フッ」
「なっ!?」
突然、笑みを浮かべて腕を掴んでくるエヴァンジェリンに、ターレスは大きく目を見開かせた。
確かに自分は心臓を貫いた筈。
それが人間型の最大の弱点である以上、エヴァンジェリンの死は絶対。
なのに。
「残念だったな。私は不老不死でな。私には死というものが存在しないのさ」
「何っ!?」
不老不死。
エヴァンジェリンから聞かされる言葉に、ターレスは驚愕の表情を浮かべていると。
「戦いの最中、余所見とは感心しませんね」
「し、しまっ!?」
既に懐にはクウネルが潜り込み、その拳を力強く握り締められ。
「ダァッ!!」
「っ!?!?」
クウネルの放った拳がターレスの鎧に亀裂を入れて、神精樹のポッカリと空いた空洞へと吹き飛ばしていった。
「チィッ、油断した」
地面に膝を着き、ターレスは口元から流れる血を拭い取る。
忌々しげに眉を潜め、憤怒の色を露にするターレス。
すると、ふと自分がいつの間にか神精樹の内部にいたことに気付き、上を見上げると。
「こ、これはっ!?」
ターレスは自分が目にした光景に、歓喜の笑みを溢した。
「もうすぐ時間切れです」
「あぁ、次の一手で決めるぞ」
エヴァンジェリンとクウネルは、ターレスに最後の一戦を挑む為に神精樹の内部へと突入していた。
エヴァンジェリンも闇の魔法を使い続け、そろそろ自我に限界が訪れ。
クウネルも世界樹の魔力切れによって姿を保つ事も敵わなくなってきた。
二人は……特にエヴァンジェリンは自身の存在を掛けてターレスに挑もうとしていた。
そして、遂にターレスの下へと辿り着くと。
「ククク……小娘、小僧、一足遅かったな」
「何?」
「どういう事だ」
待ち構えていたのは、不敵な笑みを浮かべて赤い果実を手にしたターレス。
「良く頑張ったが……お前達の負けだ」
そう言うと、ターレスは手にした赤い果実を一口。
かぶり付いた。