地球に根付いた巨大な大樹、“神精樹”。
麻帆良を覆い尽くす枝葉の影は人々の不安を象徴しているように、黒く、大地を染めている。
途徹もなく巨大な大樹は、まるで地球を嘲笑うかのように聳え立ち、犯す様に地球全土にその根を這わせていた。
地球の……旧世界の各魔法組織は秘密裏に行動し、何とか根を排除しようとするが。
やはり、どうやっても取り除く事は出来なかった。
炎や雷、風や水を操っても傷一つ付けられず、無意味に時間だけが過ぎていき。
それに連れて地球からは命が消えようと、徐々にその姿を変えていった。
緑で生い茂る森や、アマゾンといった森林地帯の木々は枯れ果て、動物や虫達も死んでいき。
母なる海も干上がり始め、地球は赤茶けた色へと変わり。
地球の……星の死が、もうすぐそこまで迫っていた。
そして、その聳え立つ神精樹を前に一人佇む人物がいた。
ターレス。
残された数少ないサイヤ人であり、バージルを惑星カノムへ送り出し、数多の星々を神精樹に喰らわせてきた張本人。
ターレスは眼下で遊んでいる部下達を見ながら、愉快そうにほくそ笑んでいた。
「ククク、さぁて、あと何分持つかな?」
スカウターと呼ばれる機械から、ピピピと音が鳴り響き、画面から一つの点が消えた。
それを見るとターレスは舌打ちを打ち、赤いボタンを押す。
「おいダイーズ、殺すなと言っただろうが」
『も、申し訳ありません。つい力が入ってしまって……』
「奴等から治癒力を持った魔法使いの居場所を吐かせる生け贄だからな、丁重に扱え」
『ハッ』
赤いボタンから指を離し、再び眼下へと視線を落とすターレス。
血気盛んな部下を持つと大変だなと、心にもないことを呟くと、ターレスはヤレヤレと肩を竦めた。
すると。
「む?」
再びスカウターから機械音を鳴らし、近くに生命反応があると知らせてくる。
何だと思い振り返ると、そこには長い金髪の小さな女の子が腕を組んで佇んでいた。
「高見の見物とはいい身分じゃないか」
「何だ貴様は?」
「私はただの魔法使いさ、但し、悪のだがな」
「ほぅ?」
エヴァンジェリン=A.k=マクダウェル。
彼女が、ターレスの前に立ち塞がる様に佇んでいた。
「それで、その悪の魔法使いが俺に何の用だ?」
「なに、大した事じゃない。お前のお陰で学園の結界が解けたのでな、それのお礼に来ただけさ」
「結界?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
すると、エヴァンジェリンから膨大な魔力が放出され、周囲の空気を震わせた。
「それともう一つ、貴様にお礼がしたい事がある」
「うん?」
「よくもまぁ、人が気持ちよく家で寝ているのを邪魔してくれたな。しかも家をバラバラにしてくれて……」
エヴァンジェリンの家、ログハウスは森付近にある。
その為、神精樹の根の侵攻をまともに受け、バラバラに散ってしまったのだ。
髪はざわついて逆立たせ、怒りを露にするエヴァンジェリン。
しかし、ターレスは動揺した素振りも見せず、フッと笑みを浮かべ。
「それで? まさかその程度の戦闘力でこの俺とやり合うつもりか? しかも一人で……」
確かに、この星に来てからは戦闘力とは別の能力で若干手間取る事は度々あった。
治癒術で回復させる者、幻影等を使って翻弄する者、大地や風を操り行く手を遮る者、この地に赴くまで様々な術を使い自分達に挑んできた。
アジア支部の魔法組織は、旧世界でも一、二を争う実力者が集まっている区域。
故に全滅した。
彼等の奮闘が奴等の勘に障り、その地域ごと消し飛ばされてしまったのだ。
喩え目の前の小娘がどれ程の魔法を駆使した所で、自分には掠り傷一つ付けられる事はない。
ターレスは寧ろ、どんな魔法を扱うのか楽しみになってきていた。
今まで滅ぼしてきた星、その中でも抵抗してきた奴等の中ではトップクラスで面白い連中。
ターレスは手品を披露するマジシャンを前にする子供の様に、胸をときめかせていると。
「一人ではありませんよ」
「っ!?」
突然背後から聞こえてきた声に振り返ると、フードを被った男がいつの間にか自分の背後で佇んでいた。
「何……だと?」
スカウターには何の反応も示さなかった。
スカウターは戦闘力だけではなく、生命反応を感知するシステムがある。
その性能さ故に、時折動物と間違う事もあるが支援アイテムとしては画期的な装置。
その気になれば星の裏側にいても探し出す事も出来る。
それなのに、この男に対しては何の反応も示さなかった。
(スカウターの故障か?)
ターレスはスカウターの動作チェックを行う為に、赤いボタンを何度も押すが。
スカウターはどこも故障してはいなかった。
故障ではないとしたら何かしらの誤差動を起こしたのか。
「貴様、何者だ」
目の前のフードを被った男を前に、ターレスは初めてその顔から余裕の笑みを消した。
「さぁ、何者でしょう?」
「………」
挑発してくる男に、ターレスは内心苛つきを覚えながら、手を拳へと変えていた。
『アルビレオ=イマ、分かっているな』
『えぇ、世界樹の魔力が枯渇していく今、私もこの姿を保てなくなります。そうなる前に……』
念話で互いの目的を確認し合う二人、エヴァンジェリンとクウネル。
神精樹は星の命だけではなく、世界中の聖地の魔力すらも吸収し、自らの糧にしている。
世界樹の魔力も無限ではない、いずれは神精樹に全て吸い尽くされてしまうだろう。
だからはクウネルは今回の騒ぎが始まってから早急にエヴァンジェリンと合流し、首謀者であるターレスを叩こうと手を組んだ。
そして。
「貴方は、少々やりすぎです。ここで叩かせて頂きます」
「そういう訳だ」
二人の最強クラスの魔法使いが、ターレスに前後からの同時攻撃を仕掛けるのに対し。
ターレスは……。
「……虫けらが」
小さく低く呟き、対称的に鋭い怒りと強大な力を解放した。
「な、な、何なんだよこれはぁぁぁぁっ!?」
崩壊し始めた麻帆良学園を、小型ノートPCを脇に抱えて疾走する一人の少女がいた。
長谷川千雨。
途中までクラスの皆と一緒に避難していたのは良かったが、とあるイベント会場にノートPCを忘れた為、すぐに戻るといって皆とはぐれ。
そのまま学園に取り残されてしまった。
失敗した。
幾ら思い入れのあるPCだからとはいえ、そんなものに拘らずにさっさと逃げれば良かったと、千雨は自分を罵倒した。
しかし、今はそれ処ではない。
千雨は急いで本土へ脱出しようと、陸橋に向かって走り続けるが。
「もうイヤァァァっ!」
神精樹の根や瓦礫が道を阻み、陸橋に向かう事は困難となっていた。
それでも、野性的勘か窮地に立たされた人間の底力なのかは分からないが、時折頭上へと落下する瓦礫を回避しているのは驚くべきもの。
しかし。
「っ!?」
瓦礫の中から這い出て、再び陸橋に向かって走ろうとした時。
千雨は目の前の光景に言葉を失い、足を止めた。
先程まで、自分が走っていたのは瓦礫やアスファルトが砕けて剥き出しになっていた大地。
だが、瓦礫となった建物から出てきた時は、地獄へと迷い込んだかの様に見えた。
そこは今までとは違い瓦礫に埋もれた光景ではなく、剥き出しの大地となったもの。
そして、その大地は血によって真っ赤に染め上がっていた。
葛葉刀子、弐集院、他にも自分が知る教師の何人かが、血塗れとなって倒れ伏していた。
何だこの光景は?
映画の撮影? 何かのイベント?
千雨の思考は目の前の光景を現実とは受け止めきれず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
だが、鼻につく血の臭いがこの光景を現実だと思い知らせる。
他にも倒れている人もいるし、皆微かだが息をしている様にも見える。
しかし、その中にはピクリとも動かない者もいた。
(ヤバい)
逃げろ、早くここから逃げろ。
全身の細胞、頭から足の爪先まで自分を構成させている全ての細胞が逃げろと叫んでいる。
しかし。
(う、動かねぇ……)
意思とは裏腹に、千雨の足は震えて動けずにいた。
千雨はどうにかして逃げようと、必死にもがくが。
「ンダ?」
「っ!?」
突然目の前に現れた化け物に、千雨は大きく目を見開かせて絶句した。
全身が銀色の鎧に身を包み、まるでサイボーグの様な格好をしているそいつは、マジマジと自分を見下ろしている。
B級のSF映画に出てきそうな奴だが、手に着いている血を見てすぐにそれは間違いだと気付く。
コイツだ。
刀子や他の教師をこんなにしたのは。
血を見ても平然としていて、寧ろそれを楽しんでいる。
殺すのを楽しんでいる。
そこまで思考が追い付くと、千雨はペタンと地面に座り、身動きが出来なくなった。
今自分の前にいるのは、正真正銘の殺戮者。
ふざけた格好をしているが、相手は殺しを平然と行う者。
何故自分がこんな目に?
自分はただ平凡でもささやかな日常さえ過ごせればそれで良かったのに。
千雨はこれまで過ごした記憶を走馬灯の様に思い出していく。
そして、自分の二回り以上大きい化け物に手を伸ばされた。
瞬間。
銃撃の音が鳴り響き、化け物の手を弾き飛ばした。
「やれやれ、困るな長谷川」
「……え?」
「団体行動はキチンと守らないと」
呆れ口調の混じった声に振り向くと、二丁拳銃を手にした同級生、龍宮真名が化け物に向けて銃口を突き付け、瓦礫の上に佇んでいた。
「龍……宮?」
何故同級生の彼女がここに?
千雨は転々と変わる状況に着いていけないでいると。
「長谷川殿、無事でごさるか?」
「アイヤー、トンでもない事になってるネ」
自分の隣に楓、その後ろに古菲が降り立ち、化け物と対峙するように向かい合った。
「ンダ?」
サイボーグは、カカオはいきなり現れた少女達に僅かに動揺した素振りを見せるが、すぐに戦闘体勢に入った。
対する古菲達は皆額に大粒の汗を滲み出し、命の危機を前に極度の緊張感に包まれていた。
「全く超の奴、こんな化け物を足止めしろなどとは……どれだけ金があっても足りないよ」
拳銃を握った手に、震えが止まらなかった。
しかし、姿を晒してしまった以上、下手に逃げる事も出来なかった。
他にも。
「あ、明日菜君、ネギ君、刹那君も、駄目だ。逃げなさい。君達が敵う相手じゃ……」
「分かってる。だから、タカミチや他の先生達を連れてすぐに逃げるよ」
「あまり舐めるなよ。糞餓鬼共」
タカミチの元にはネギや明日菜、刹那がアモンドと対峙し。
近右衛門が相手をしているダイーズの下には。
「苦戦しているようだネ、学園長」
「お、お主は……」
「あぁ? なんだお前は?」
「私? 私は……」
最新型の……自分の持つ技術を集めて完成させた強化服を身に纏った。
超鈴音が。
「ただの通りすがりの……火星人ネ」
背中と、そして右手の甲に海中時計を嵌め込ませ。
「時間加速《クロックアップ》」
目の前の怪物と相対した。
〜あとがき〜
何だか、引っ張るような展開になって申し訳ありません。
次回からは本格的にバトルに突入しますので、もう暫くお待ちを。