世界は混乱のドン底に叩き込まれた。
ほんの数時間前までは、いつもと変わらない日常を誰もが過ごしていたというのに……。
突如現れた巨大な木の根。
圧倒的に、そして爆発的に育っていく根は世界中を蹂躙し、軈ては地球全土に張り巡らせていった。
合衆国や軍を有する国々は、すぐにこの根を焼き尽くす等の対処を取るが。
焼こうが爆撃しようが根には傷一つ着かず、最新兵器を駆使するが、それでも樹肉を晒す事はなかった。
軍内部の過激派は核の使用を進言し、大国は……否、世界は更なる不安と混乱、更なる混沌へと叩き込まれる。
麻帆良学園の裏側。
普段は緑で生い茂げり、動物が多く生息している豊かな森だが。
今は見る影もなく枯れ果てている。
草や木はみるみる枯れ、動物達からは生気が失われ、地に倒れ伏している。
命が消えていく。
学園から日本から世界から、地球上から命が消えようとしていた。
「な、何なんじゃ……これは」
近右衛門は絶句していた。
命が目の前で消えていく。
まるで巨大な樹木が地球の命を吸い上げていく様な……。
見たことも聞いたこともない事象を前に、近右衛門を始めとした魔法教師の面々も、皆驚愕に目を見開いていた。
「貴様等、一体何をしたぁぁっ!?」
近右衛門の激昂の声が、教師達の目を醒まさせる。
鋭い眼光で目の前にいる怪物達を射抜く近右衛門だが、ターレス達は笑みを浮かべて余裕の態度を崩さずにいた。
「何、大した事じゃない。この星……地球を神精樹の苗床にしただけだ」
「苗床……じゃと?」
「そう、この神精樹には大量の栄養分が必要でな、それも星一個丸ごと分の。一度根付けば最後、その星の全てのエネルギーを喰らうまで枯れる事はない」
「っ!?」
「しかも、一度吸い付くされたら数百年は草一本生えないという嬉しい特典付きだ」
後に聳える樹木、ターレスはその概要を愉快そうに説明する。
地球が死ぬ。
途方もない話を前に、近右衛門達は愕然としていた。
だが、それは真実だと思い知らされる。
神精樹と呼ばれる樹木が根付く前から、森は枯れ果てて命が消えていくのが分かった。
そして、神精樹が完全に姿を現してからは命が消える速さが増していった。
「今すぐ止めさせろ! アレを止めるんじゃっ!」
このままでは文字通り世界が死ぬ。
海は消え、大地から緑が消え、地球全土が砂漠で覆われる。
それは、この星にとっては正に死を意味する。
その様な事態など、許す訳にはいかない。
近右衛門はターレスに即刻神精樹を排除するように言い渡すが。
「丁重にお断りしよう」
ターレスはこれを一蹴。
鼻で笑いながら近右衛門の申し出を断った。
「ならば……致し方あるまい」
轟ッと、近右衛門は魔力を解放し、それに続いて魔法教師達も臨戦体勢に入る。
対するアモンド達も、ターレスを除き、笑みを浮かべたまま拳を握り締める。
「せいぜい楽しませてくれよ」
「以前遊んだ連中よりはできるんだろうなぁ?」
「ンダ」
「連中?」
アモンドとダイーズの話に疑問符を浮かべる近右衛門だが、脳裏にアジア支部が壊滅したという報告を思い出し、まさかと目を見開かせる。
「まさか……先日アジア支部の魔法組織を壊滅させたのは……」
「あぁ、俺達だよ」
レズンの即答に近右衛門達に戦慄が走り、同時に怒りへと変わり。
そして。
「……散っ!!」
近右衛門の一言で、魔法教師達は瞬動を以て瞬く間に姿を消していく。
「殺しはするな。遊ぶだけにしておけ」
「「「「ハッ!」」」」
「ンダッ!」
ターレスの指示の下、アモンド達もピシュンッと音と共に姿を消していった。
何故ターレスが部下達に殺すなと命じたのか。
それは近右衛門達の使う魔法に興味があったからだ。
以前潰したとされる魔法使いの組織に、傷を治す輩がいたことを思い出す。
あの時は勢い余って殺してしまったが、今となっては後悔している。
あの治癒術は使える。
乗ってきた宇宙船にも傷を癒すメディカルマシンはあるが、魔法使いが使用する治癒術程凡庸性に優れてはいない。
フリーザと近い将来戦うのであれば、ぜひ手元に置いておきたい。
優秀な治癒術者を聞き出す為に、ターレスは部下達に殺すなと命じたのだ。
しかし。
「まぁそれでも、何人かは死ぬだろうな」
ターレス軍団は皆血の気が多いものばかり。
特にダイーズやカカオはつい殺してしまう可能性もある。
やんちゃな部下を持ち、ヤレヤレと肩を竦めて溜め息を吐き。
ターレスは部下達が、近右衛門達を戦闘不能に追い込むまで、高みの見物を楽しむ事にした。
「あ、足が……」
あの優雅な街並みだった麻帆良とは思えない、瓦礫だらけの凄惨な光景。
炎は舞い上がり、破裂した水道管から水が噴き出し、その光景はまるで戦争をしているかの様だった。
大学生や他の教師と共に避難誘導していたシルヴィだが、人波に呑み込まれ自身が避難に遅れてしまった。
そして、崩れてきた瓦礫の下敷きになってしまい、身動きが取れなくなっていたのだ。
「く、このっ!」
何とか瓦礫から抜け出そうと必死にもがくが、瓦礫の重みで全く動く事はなかった。
不味い。
状況が分からない今、この場所に留まるのは危険だ。
しかも、身の毛が弥立つ程の殺気が近くに五つも感じる。
「早く逃げないと……」
シルヴィはこの場から脱出しようと、何度も身を捩ったりなどを試みるが、瓦礫から抜け出す事は出来なかった。
どうすればいいか、手詰まりの状況に唸っていると。
「大丈夫ですか!?」
「!」
突然聞こえてきた声に顔を上げると、ウルスラ学院の制服を着た高音と、その妹分である愛衣がシルヴィの下へ駆け付けてきた。
「貴方は……」
「喋らないで、今助けますから。愛衣!」
「はい、お姉様!」
シルヴィの上に乗り掛かっている瓦礫を二人は魔法によって向上した身体能力を用いて退かした。
引き摺り出されたシルヴィは、どこも怪我した様子はなく、土や泥で汚れているだけだった。
「良かった。無事の様ですね」
「あ、はい。ありがとうございます」
助けて貰った事を素直に感謝するシルヴィ。
しかし、事態はそれを許そうとしなかった。
「ここは危険です。直ぐに橋を渡って本土に避難して下さい。私達がそこまで護衛しますか……」
高音が言い切る前に、三人の隣に何かが落ちてきた。
舞い上がる煙りに咳き込む三人、軈て煙りが晴れて視界がハッキリすると。
「か、神多羅木先生!」
「ガンドルフィーニ先生!!」
そこには傷だらけとなり、満身創痍となったグラサンを掛けた魔法教師、神多羅木とガンドルフィーニが地面に倒れ伏していた。
傷付いた二人に駆け寄ろうとする愛衣と高音だが……。
「うぇへっへっへ、何だぁ? もうお終いかぁ? もうちっと楽しませてくれよ」
二人を遮るように、上空から一人の小柄な男、レズンが割り込んできた。
レズンは満身創痍の神多羅木に近付き。
「ほらよ」
「グホォッ!」
脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
ボキバキと、骨が砕ける嫌な音が響き渡り、愛衣と高音の表情を真っ青に染め上げる。
すると。
「あん?」
ピピピとスカウターの反応音に何だと振り返ると、三人の少女が真っ青な表情で佇んでいるのを見つけた。
ガタガタと震える少女達を見て、レズンはグニャリと歪んだ笑みを浮かべた。
自分達よりも小柄なレズン、しかしその力は強大。
不気味な笑みを浮かべて近付いてくるレズンに、三人は蛇に睨まれた蛙の如く身動きが出来なかった。
「お前ら魔法使いかぁ? 魔法使いなら手を上げろ、そうじゃなかったら……」
「!」
「死んでいけ」
「っ!?」
レズンがコハァッと零す吐息が、白い煙りになって舞い上がる。
――ゾクリ――
小さな虫が、全身を這いずり回る様な悪寒を感じた。
何とかこの場から逃げ出さないと。
高音は隣にいるシルヴィと愛衣だけでも逃がそうと、震える足を動かして二人を庇うように一歩前に出た。
「お姉……様?」
「あぁん?」
いきなり前に出る高音に、愛衣は未だ正常に思考が定まらないでいる。
「愛衣、貴方はそちらの方を連れて早く本土へ逃げなさい」
「えっ!?」
高音のその一言に愛衣は鉄槌で殴られた感覚に襲われた。
そしてそれは、シルヴィも同様だった。
「お、お姉様、何を……」
「私も神多羅木先生とガンドルフィーニ先生を連れて避難します。貴方達も早く」
「で、でもっ!」
目の前の小さな怪物が、それを許す筈がない。
だが、誰かがこの場に残らなければここにいる全員が殺される。
目の前の怪物は、それを平然と行える存在。
愛衣は肌に突き刺さる程の危機感でそれを悟った。
そして。
「わ、分かりましたお姉様。お姉様も必ず来てくださいね」
「…………」
返事を返さない高音を尻目に、愛衣はシルヴィを連れてその場を離れていった。
そしてその際に。
「………」
シルヴィは見えなくなるまで、高音の後ろ姿を見つめ続けていた。
残された高音とレズン、神多羅木とガンドルフィーニは気絶しているのか、何の反応示さなかった。
すると。
「く、ククク……、馬鹿な奴等だ。どのみちお前達は死ぬ運命だっていうのによ」
「っ!?」
「この星はあと数日で赤茶けた星に変わる。そうなればお前達の住める環境ではなくなり、放っておいても死滅するってオチよ」
歪んだ笑みを浮かべながら、この星の運命を語るレズン。
星が死ぬ。
まるでSF映画を前にしているようで現実味がない。
しかし。
「そんな事は……関係ありません」
「あぁ?」
高音にはそんな事など、最早どうでも良かった。
「貴方達が何処の誰で、何を目的にしていようと。私の知った事じゃありません。……しかし!」
「!」
「貴方達は傷付けた! 人を! 友を! 家族を! そして笑顔を奪った! 私は許さない。貴方達を絶対に許せない!」
最初にこの学園に来た時は、立派な魔法使いになる為の通過点と修行にする足場でしかないと考えていた。
立派な魔法使い。
それは全ての魔法使いが目指す頂き。
自分は正義の為に、人の為に人生を尽くすものだと信じて疑わなかった。
だけど、ある人物と出会って自分だけの考えを持つ様になってからは世界が違って見えた。
自分のクラスに、以前よりも話す機会が多くなった。
いつの間にか友達と呼んで呼ばれる人も増えていた。
嬉しかった。
クラスの皆と一緒に学園の出し物を作った時は、本当に楽しかった。
学園を警備で回っている時も、去年に比べて色んなものを見付ける事も出来た。
お年寄りを助けて上げる子供達。
幼い子供と一緒に笑い合っている夫婦。
そのどれもが、自分には尊く、そして眩しく見えた。
なのに。
目の前奴等はそれを奪った。
蹂躙し、破壊し、踏みにじった。
許せない。
許さない。
「貴方達がどれ程の力を持っていようと、私は絶対に許さない!」
それが喩え、絶望的な差であっても。
コイツ等を許す理由にはなりはしない。
故に。
「だから!」
戦う。
高音の魔力によって髪がざわつき、握り締めた拳に力が入る
そして高音は右手を突きだし、エヴァンジェリンの下で修行したその成果をレズンにぶつけようとした。
高音が使う魔法は影。
それは自分を写し出す鏡。
それは自分が望む最も強き姿。
高音が編み出した自分に持てる最大の分身。
その名は……。
「絶影っ!!」
高音の影から、もう一人の自分が姿を現した。
〜あとがき〜
今回はスーパー高音タイム?
でした!
この話を作った時から高音はこうする予定でした。