誰もが何が起こったのか分からなかった。
突然、学園の裏に広がる森が爆発したと思った瞬間、火柱が立ち上り麻帆良の空を深紅に染め上げた。
誰もが言葉に出来なかった。
先程まで賑わっていた学園が、一瞬にして静寂に包まれていた。
「な、何なの……今のは」
クラスの出し物を手伝っていた村上夏美が、誰もが思っていた事を口にする。
学校の窓から見える炎。
ここからは森の方角まで大分距離があると言うのに、煙が大きく立ち上っているのが分かる。
「ちょっと、何あれ」
「どこかのサークルの出し物か?」
クラスの出し物であるお化け屋敷を前に並んでいる一般客の人達が、不安に煙の上がる方角へと見つめていた。
「村上さん」
「いいんちょ?」
「只今学園長から連絡があって、これから本土の方まで市民の皆様を避難誘導をするとありました。私も雪広コンツェルの代表として手伝いますので、夏美さんは千鶴さんと一緒にクラスの皆を避難させて下さい」
「え? え?」
突然告げられる雪広からの言葉に、夏美は軽くパニックを引き起こす。
「これはまだ非公式ではありますが、どうやらあの爆発は人為的なものらしく、何者かのテロ行為ではないかという話が……」
「て、テロッ!?」
大声を上げる夏美の口を抑え、雪広は動揺し始めている民衆に苦笑いを浮かべる。
「あまり大声を出さないで下さい!」
「だ、だって、一番戦争とか縁のないこの国がなんたってテロに……」
「あくまでこれは噂でしかありません。……確かに私も迂闊に話すべきではないと反省はしています。しかし、こうして予期しなかった不足の事態が起きたのです。夏美さんと千鶴さんは私の代理として、クラスの皆さんを避難させて下さい」
「い、いいんちょはどうするの!?」
「私も自分の仕事が終えたらすぐに合流します。ですので携帯は必ず手にしといて下さい」
そう言って、雪広あやかは人混みの中へと消えていき、残された夏美は言い付けを守り、千鶴と共にクラスの避難誘導を始めた。
「さて、こんなものでいいだろう」
麻帆良学園の上空に佇むターレス軍団。
その中でも巨漢を誇るアモンドは、森の中に出来た巨大な空洞を前にニヤリと笑みを浮かべていた。
後ろに控えていたダイーズに視線を向けると、ダイーズはアモンドと同様に不敵な笑みを浮かべながら頷き。
懐から一粒の豆を取り出した。
「カッシリ根付けよ」
ダイーズの指に弾かれ、アモンドが開けた穴に豆が落ちていく。
底の見えない穴へと落下していく様を見つめるターレス。
そして、豆が穴の底へと落ちると、ドクンッと脈打ち。
その小さな豆から、巨大なな根が飛び出し。
麻帆良の大地に根付いていった。
その様子に、ターレス達は目を見開かせる。
「何だか、妙に成長が早くねぇか?」
「この星には普通とは違う別の力がある。恐らくはそいつを吸収する事で神精樹の成長を促してるんだろ」
「…………」
アモンドの説明にターレスは腕を組んで考え事に浸る。
偵察機からの情報ではこの星にそんな力など無かった。
それにより一度は地球とは違う星に流れたのではないかと疑ったが、地質や地殻は偵察機の情報と一致している。
ならば地球で間違いないのか?
(だとしたら、何故カカロットの奴がいない?)
カカロット。
産まれたばかりの頃は戦闘力も低く、地球へと派遣された。
しかし。
(この星にいたのは、カカロットではなくピクルだった)
地球同様、然程脅威というものが無かった惑星カノム。
しかし、惑星カノムはピクルことバージルが向かった瞬間に爆発し、ブラックホールとなってバージルを乗せたポッドを呑み込んだ。
一体どうなっている?
いない筈のピクルがいて、いる筈のカカロットがいない。
そして情報とは噛み合わない地球のエネルギー。
矛盾する情報、人物にターレスが思考を巡らせていると。
「君達かの、この騒ぎを起こしたのは」
「ん?」
不意に声が掛けられた方に振り返ると、何処から現れたのか、いつの間にか複数の人間に囲まれていた。
「何だお前等は?」
「儂らはこの学園に勤務する教師じゃ、君達こそ一体何者じゃ?」
ターレスに尋ねる老人、近右衛門は額に汗を浮かべながらも眼光を鋭くさせる。
異様な雰囲気を纏うターレス達に、他の魔法教師達にも緊張が走る。
すると。
「そうだな。平たく言えば侵略者……かな?」
「何?」
クククと含み笑いを浮かべ、ターレスの横にいたダイーズが応える。
「侵略者とは……どういう意味かの?」
「さぁ? ご想像にお任せするぜ」
ギンッと睨み付ける近右衛門の眼光に動じた様子もなく、ダイーズは相変わらず笑みを崩さないでいる。
そして、近右衛門は自分が尋ねたかった質問を口にした。
「先日、アジア支部の魔法組織が壊滅したと話が此方にも来てな、お主等は何か心当たりはないか?」
「? いや、知らない……あぁ、もしかしてあの妙な術を使う連中か?」
「っ!?」
「あの時は少々驚いたぜ、何せ俺達も知らない技や術を繰り出して来るんだからよ。ビビったぜ」
「尤も、俺達の敵ではないがな」
「ンダ」
淡々と応えるダイーズ。
ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべ、嘲笑っている彼等を前に、近右衛門の額からは青筋が浮かび上がっていた。
「……それで」
「?」
「それで貴様等はこの地で一体何をするつもりじゃ?」
「さぁ、何だろうな?」
「貴様!」
ダイーズの態度と言動に我慢出来なくなった教師の一人が、手を翳して風の刃を生み出した。
刃はダイーズに狙いを定め、斬り刻もうと飛来していく。
しかし。
「…………」
「っ!?」
ダイーズに直撃した筈の刃は四散し、空中へと消えていく。
対するダイーズは何事も無かった様に佇み、相変わらずの笑みを浮かべている。
「オイオイ、風を起こすつもりならもっと強くしてくれよ。これじゃあそよ風にもならないぜ」
ヤレヤレと肩を竦めるダイーズ。
そして、お返しとばかりに右手にエネルギーを収束させ、教師に向けて放とうとするが。
「ダイーズ、少し待て」
「ハッ」
ターレスの命令を聞き入れたダイーズは、右手に集めたエネルギーを四散させ、後ろに下がる。
そして、ターレスは近右衛門に向き直り。
「おい、確かお前は聞いたな。俺達が何をするつもりなのかを」
「?」
「これが、その答えだ」
ニヤリと笑みを浮かべた瞬間。
「「「っ!?」」」
自分達の足下から、突然巨大な樹木が姿を現した。
樹木は通常とは考えられない程の速さで成長し、膨張していく。
そして、樹木の成長に合わせて、大地から根が飛び出していく。
大地の中を蠢き、海を越え、根は世界中へ張り巡らせていった。
アメリカ、イギリス、オランダ、中国。
スイス、スリランカ、コスタリカ、フランス、エジプト。
地球上にあるありとあらゆる国、地域に根は侵入し、破壊していった。
そして、一時間も経たない内に世界は混乱の底に叩き込まれ。
麻帆良の大地に超巨大な樹木が聳え立っていた。
「な、何なんだ。アレ……」
眼前に聳え立つ巨大な樹木。
世界樹よりも遥かに巨大な樹木を前に、ネギは目を見開いて驚愕していた。
天に向かって聳える木。
その木から生える巨大な根。
建物を壊し、蹂躙し、人々を混乱に陥れたモノ。
それら全てが、ネギには初めての体験だった。
「ね、ネギ先生ー……」
「っ!」
手を握り締めてくるのどかの暖かさにより、ネギは我に返り、のどかに振り返る。
混乱に脅え、震えているのどか。
そんな彼女を前に、ネギはしっかりしろと自分に言い聞かせる。
「のどかさん、ここは危険です。早く離れましょう!」
「え? で、でも……」
のどかの返答を聞く前に、ネギは手を引いて走り出し、逃げ惑う人々の波に押し潰されないよう、肉体強化を用いて建物の上へと移る。
すると。
「ネギーッ!」
「明日菜さん! 刹那さんに木乃香さんも、無事でしたか」
生徒である明日菜達も此方に避難してきたのか、生徒達の無事を確認出来たネギは安堵の表情を見せる。
「ネギ、委員長から伝言よ。クラスの避難は千鶴さんと夏美ちゃんが代理としてやっておいたから大丈夫だって!」
「委員長さんは!?」
「今携帯から連絡がありました。此方での避難誘導は完了したから次の区域が完了次第皆と合流するそうです」
明日菜と刹那、二人からの説明によるクラスの無事と状況の確認が取れた事で、ネギは安堵すると共に次の行動を決めた。
「なら僕達も急いで避難しましょう。明日菜さんと刹那さんは木乃香さんとのどかさんをクラスの皆の所へ連れていってあげて下さい」
「ネギはどうするの!?」
「僕は委員長さんの所に行ってお手伝いをしてきます。カモ君!」
「アイサー兄貴!」
「もしかしたら瓦礫に巻き込まれて身動きが取れない人もいるかもしれない。カモ君はそんな人を見かけたら念話で知らせて!」
「合点承知!」
ネギの指示に従い、明日菜と刹那は木乃香とのどかを連れて避難したクラスの下へ。
カモは逃げ遅れた人や瓦礫に挟まり身動きが取れなくなった人がいないかを確認するため、単独で学園の街中へと潜り込み。
ネギは混乱し、逃げ惑う人々を落ち着かせて本土へ避難誘導させる事に尽力を尽くす事にした。
「………」
ふと、足を止めて巨大樹木に振り向くネギ。
樹木の方角から感じられる不気味にして強大な力、まるでバージルと対峙している様な息苦しい感覚。
明日菜はこの事態に対し深く追及はしてこなかったが、恐らくは彼女自身も気付いているのだろう。
アレは自分達の手に余る事態だ。
子供で、まだ未熟な自分が駆け付けた所で、足手纏いにしかならないという現実。
それを前に明日菜は何も言えず、ネギの指示に大人しく従ったのだろう。
目の前に聳える超巨大な樹木。
そこから感じる禍々しく強大な力。
それも複数、あのバージル並にとんでもない奴等があの樹木に存在する事に気付いたネギは、内心諦めていた。
この世界は、もう駄目かもしれない。
この日、世界は壊れた。
混乱に陥った世界も、人も、間もなく思い知る事になるだろう。
地球は間もなく、侵略者達の手によって蹂躙され、駆逐される事を。
それは決められた運命、逃れられぬ楔。
だが、一人だけいた。
終焉に向かう世界を止め、運命を変える力を持っている者。
バージル=ラカン。
傷だらけとなり、死に体となっていた彼だが。
――ドクンッ――
「……うっ」
地球の遥か辺境の地にて、その脈動を動かしていた。
地球が誕生し、有史以来初となる大決戦。
地球まるごと超決戦は、目の前まで迫っていた。
〜あとがき〜
何だか今回はかなりグダグダでした。
次回からは本格的に戦闘開始しますので、もう暫くお待ちを。